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第4話 ゴブリング・サンダー 後編

ゴブリング・サンダー 後編です!

冒険者がどういう風にダンジョンに挑んでいるのか…長くなってしまったので前後編に分けました!

ハラハラワクワクのSFファンタジーです!よろしくお願いします!

ゴブリンの群れとの激しい戦闘を終えたパーティは、先程ゴブリンが溢れ出ようとした通路を進み、ついに目的の結界石に到達する。


原理は不明だがダンジョンモンスターの死体は魔石を取り出すと溶ける様に消えていくのだ。


現代冒険者達はダンジョンに食われているんじゃないか、と怪談染みた仮説を立てている。



目的の結界石がかなり近かった事で、重傷で動けないショウを先に進むのを躊躇ったケンヂに任せてシンタロー、ユウサク、ミヤシゲ、タツオがメインクエストの結界石の調査を片付けに来たのだ。


勿論、ショウとケンヂを置いてきたのは斥候としてタツオが周囲を探索、先程の戦闘で周囲のゴブリンはあらかた集まり更に殲滅に成功したのを確認出来たからである。



薄暗い岩窟の奥、苔むした壁に埋め込まれた結界石は、淡い青い光を放ちながらも表面に無数のひび割れが走り、明らかに壊れかけている。結界石の周囲には、人間の工具による削り跡やハンマーの打痕が残り、ミヤシゲが一目見て唸る。


「誰かがわざと壊した跡だ。人間の道具の傷だぜ。」


ミヤシゲが鱗を逆立てて言う。

シンタローは市役所で貸与された魔道具の計測器を手に結界石をスキャンし、眉を寄せる。


「魔力の出力が不安定…このままじゃ階層が崩れるかも。ユウサク、欠片を回収して報告用に記録してねぇ。」


柔和な口調ながら真剣に指示。

ユウサクはマジックバッグに結界石の欠片を詰めながら、怪訝な顔をする。


「こんな大事なモン、なんで人間が壊すんだよ…。」


「壊した奴、特務隊じゃねえっすよね…? 民間人ならヤバいっす。」


不意にタツオが呟き、パーティに緊張が走る。


シンタローが神妙な顔で計測器のデータをタブレットに記録していると、突然、通路の奥から地響きのような羽音が響く。ユウサクが身構え慌てる。


「なんだ!? またゴブリン!?」


「ハッ! あのバカどもか!」


ミヤシゲが笑った次の瞬間、岩窟の天井を突き破るように、鱗がキラキラと光る若手ドラゴン――5階層の拠点防衛クエストでミヤシゲを「親方」と呼んだあのドラゴン――がドカンと着地。

狭い通路に似合わない巨体で、尻尾が壁をガリガリ削る。ドラゴンの後ろには、さらに2匹の若いドラゴンが窮屈そうに羽を畳んで控えている。


「親方ぁ~! やっと見つけた! 次の仕事の相談で…って、うわ、血だらけじゃん!?ゴブリンくさあ!」


若手ドラゴンが甲高い声で騒ぐ。その目は結界石にすぐさま気付き、慌ててミヤシゲに報告する。


「あ、これ、結界石! ボロボロじゃん! 親方、これヤバいっすよ!痛い!」


ミヤシゲはドラゴンの頭を拳でゴツンと叩いた。


「うるせえ! 見りゃ分かる! お前ら、ちょうどいいタイミングだ。ついでにこの石、修理しろ!」


「え、修理!? 俺、結界石いじったことねえっすよ!」


「ああ!?やり方は見せた事あんだろうが!!見ててやるからとっととやれ!!」


「ひい! 了解っす!」


***


腕を組んで仁王立ちするミヤシゲの前で、若手ドラゴンは仲間2匹と相談し、口から小さな炎を吐いて結界石のひび割れを溶接するように修復を開始する。


炎は魔力を帯び、結界石の表面を滑らかに整えていく。もう1匹は爪で削り跡を削り直し、魔力の流れを安定させる。3匹目は結界石の周囲に魔力の霧を吹きかけ、ひび割れに魔力を浸透させる高度な技を見せる。ユウサクは呆気に取られる。


「すげえ…ドラゴンってこんな器用なことできるのかよ」


「ふぁ、魔力の出力が安定してきた! ミヤシゲさん、ナイス!」


「やってるのはコイツらだ、まぁまだまだ手際が悪ぃがな。」


目を輝かせるシンタローに親方らしく答えながらも、ミヤシゲは嬉しそうだ。


「ドラゴンが修理…市役所、こんな報告信じるかな…」


タツオが苦笑いをする。修理が続く中、若手ドラゴンがミヤシゲに仕事の相談ついでにボヤく。


「親方、最近遊びすぎじゃねぇですか?下の連中も親方が居ねぇとたるんじまって…。」


「かー…んなもんテメェがしっかりしてねぇからだろうが! 俺だっていつまでも働けねぇんだぞ!?下の奴が見てる前で泣き言抜かすんじゃねぇ!!」


「ひい! 違うんす、親方の指導が恋しいっす!」


怒鳴るミヤシゲに若手ドラゴンが慌てて取り繕う。


「こいつ、ほんとに親方なんだな…。」


ユウサクが呆れつつ、ゴブリン戦の時受けたミヤシゲの指導を思い出し、彼の頼もしさに小さく笑った。


修理が終わり、結界石は青い光を強く放ち、魔力の流れが安定。シンタローが計測器で確認。柔和な笑顔を浮かべ、感謝する。


「完璧! 階層崩壊のリスク、ほぼゼロ! ミヤシゲさん、ドラゴンさんたち、ありがと~!」


「ハッ! よーし、帰ってビール飲むぞ!」


「前くれたシュワシュワっすか!?親方、俺らもビール…!」


ビールに食い付いた若手ドラゴンに、胸を張ったミヤシゲは懐から気前良く持ってきたビール缶を取り出すが、全て破裂する様に割れていた。ショウをトラップから助けた時だろうか、鱗の耐久力に任せてゴブリン相手に大立ち回りを演じた時かもしれない。


「…あー…その…なんだ…。テメェ等は低層の結界石見回ってこい!あぶねぇとこは見張り付けとけよ!」


ミヤシゲに誤魔化す様に一蹴され、しょんぼりする若手ドラゴン、だがすぐに気を取り直して翼を広げた。


「了解っす!!じゃ、親方、また現場で!」


「オウ、しっかりな。」


若手ドラゴンに聞こえるか聞こえないか位の声でミヤシゲは彼らを見送った。ふとシンタローが思い付き洞窟のドラゴンが飛び去った方へ叫ぶ。


「今度お礼にビールセット持ってくるねぇ!!」


***


メインクエストであった結界石の調査を終えた4人は難なくショウとケンヂの元へ帰ってきた。だが、岩床にはショウが安静に寝ているだけでケンヂの姿が見えない。


「あれぇ?ケンヂくんはどこ行ったんだろう?」


落ち着いた様子でシンタローが疑問を口にすると、先行していたユウサクが呆れた顔で岩壁の隙間にケンヂを見付けていた。


ミヤシゲの弟子の若手のドラゴンが起こした地鳴りに怯え、ショウをほっぽりだして隠れていたらしい。大きくため息をつくユウサク。


「全く…お前は毎回そうやって…。」


「まぁユウサクさん、人はそう簡単には変わんねぇっす。ケンヂくんも今回頑張ってたじゃないすか。」


怒りそうになるユウサクをタツオが宥めた。


そのままタツオはケンヂに歩み寄り、背中を優しく叩いて岩壁から立ち上がらせる。




一方でシンタローはショウに近づき、顔を覗き込むと丁度ショウが目覚めた様子だった。

失血のせいかボーッとした顔のショウにシンタローが柔らかく笑い、声をかける。


「ショウさん、大丈夫? 無茶しすぎだよぉ。次はちゃんと僕の指示聞いてね?」


その笑顔と気遣いに、ショウの心は揺さぶられる。


「シンタロー…お前、男でも…いや、男でもいいや。俺、お前に惚れたぜ。」


突然の一方的な告白。重傷に加え魔力の影響でもあるのだろうか、頭が混乱し性別への執着を捨てたショウだ。


「俺、こんな怪我でも…また冒険者として戻ってくる。シンタロー、待ってろよ…!」


力なく再起を誓うが、その目はしっかりとシンタローを捉えている。


「えぇ、惚れた? ふぁ、急に何~? でも、生きて戻ってきてね!」


いつもの軽い調子で返すが、内心では「うわ、こんな状態でも熱い人だなぁ…。」と少し引き気味。

ショウの様子を見に来たユウサクも、彼の復帰宣言を聞き心から呆れ返る。


「はぁ? こいつ、怪我で死にかけてもこんなこと言ってんのかよ…頭おかしいだろ。」


「まあ、ショウさん、根性あるよ。ユウサクも見習ったら?」


「どこをどう見習うんだよ…。今回はこいつのせいで…。」


言いかけるユウサクだったが、今回のクエストで得た物事や何より、痛々しい姿ではあるがどうにかショウが生き残ったのを見て苛立ちの炎が収まる。


「ハァ…。まぁどうにかなったから良いか、とにかくめちゃくちゃ疲れた…。」


そんなユウサクを見てシンタローは柔和な微笑みを浮かべる。




やや離れて3人の様子を見ていたミヤシゲはショウの執念に感心していた。


「ハッ! ショウのバカ、あんな大怪我しても気合い入ってんな! 男らしいじゃねえか!」


「ショウさん、ホント生きててよかったっす…。」


豪笑するミヤシゲの横で、タツオが座り込みながら静かに呟き戦利品の魔石を確認した。


***


夕暮れのダンジョン入口から市役所へと続く砂利道。パーティはゴブリンの戦闘と結界石調査を終え、疲弊しながらも報酬の拾得物や結界石の欠片を手に帰還中だ。


空は茜色に染まり、遠くで市街地の灯りがちらつく。湿った岩窟通路の緊張感から解放されたパーティだが、個々の思惑と感情が交錯し、騒がしい空気が漂う。


ショウは腕と腹に深い傷を負い、歩くのもやっとの状態だ。ユウサクとタツオが両側から肩を貸し、よろよろと支える。


ショウの顔は青ざめているが、シンタローへの告白をやり遂げた満足感で妙に晴れやかだ。彼はユウサクをチラリと見て、ニヤリと笑う。


「なあ、ユウサク。シンタローには俺が惚れたぜ。お前、アイツの恋人だろ? 俺、負けねえからな! ライバル宣言だ!」


弱々しい声ながら力強く言い放つ。

ユウサクは一瞬ポカンとし、すぐに顔をしかめる。


「ハァ!? 何だよ、恋人って! シンタローと俺はただの親友だ! てか、お前、こんなボロボロで何がライバルだよ!」


叫びながらショウの肩から手を離したくなる衝動に駆られる。


「へっ、誤魔化さなくていいぜ。シンタローの笑顔、あれ絶対女の…いや、男でもいい! とにかく、俺は本気だ!」


「うわ、こいつマジで面倒くせえ…。」


ユウサクはショウを支えるのと逆の手で頭を抱えた。


「まあまあ、ユウサクさん、ショウさんは熱いだけっすよ。ショウさんも、ユウサクさんをライバルっつっても、まずは怪我治さないとね。」


タツオが穏やかに仲裁に入った。ばつが悪そうにショウが答える。


「チッ、タツオ、余計なこと言うなよ…でも、助けてくれてサンキュな。」


「タツオさん、なんでこんなバカのフォローまでしてんだよ。」


妙な絡まれ方をしたユウサクは呆れた様に返した。


「生きてりゃいいんすよ。」


タツオの笑う言葉に、渋々ショウの肩を支え直す。タツオの地味な気遣いが、若者二人の衝突を柔らかく収める。


***


前方では、ケンヂが戦闘の恐怖でPTSDの兆候を見せ始めている。ゴブリンの剣が振り下ろされた瞬間や、血と死体の光景がフラッシュバックし、目に見えて震えている。


彼はシンタローの後ろを這うように歩き、隙あらば甘えようとする。


「シ、シンタローさん…俺、怖かったよ…君のそばにいれば、なんか安心するんだ…。」


潤んだ目でシンタローの袖を掴もうとする。


「え、ケンヂ君、大丈夫? もう戦闘終わったよぉ。」


シンタローは柔和な笑顔で宥める。


ミヤシゲはそんなケンヂの態度に我慢の限界を迎える。職人気質の親方らしい眼光でケンヂを睨み、怒鳴る。


「おい、ケンヂ! ガキがグズグズ甘えてんじゃねえ! しゃんとしろ、泣き言は市役所で吐け!」


「ひっ!」


ケンヂは悲鳴を上げ、とうとう泣き出してしまった。


「う、うう…俺、ただシンタローさんに…!」


嗚咽するが、ミヤシゲは容赦なくケンヂの襟首を片手で掴み、引きずるように歩く。


「泣くなら歩きながら泣け! ゴブリンに食われなかっただけマシだろ!」


シンタローはケンヂの泣き顔とミヤシゲの豪快さに挟まれ、困ったように笑う。


「ふぁ、ミヤシゲさん、ちょっと優しくしてあげてよ~。ケンヂ君、ほら、深呼吸して?」


場を和ませようとする。その柔和な笑顔と気遣いが、ケンヂの涙を少し止めさせるが、同時にミヤシゲの脳内で何かが閃いた。


ミヤシゲはシンタローの笑顔をじっと見つめ、現代人の調査で仕入れた知識を思い出す。


ダンジョン探索の合間に、冒険者仲間から聞いた「モテる奴の特徴」や「人間の恋愛文化」の断片が繋がり、彼は突然ハッと目を見開く。


「あ! そうか、わかったぞ、シンタロー! お前が人たらしってやつか!!」


ケンヂを片手で引きずりながら、でかい声で指差す。パーティ全員が一瞬動きを止め、シンタローに視線が集まった。


「えぇ…人たらし? なんのこと~?」


シンタローは困った顔で首を傾げる。


「ハッ! 俺、現代人の話で聞いたぞ! 笑顔でみんなをメロメロにする、そんでショウもケンヂもお前につっかかる! それが人たらしだろ!」


ミヤシゲが得意げに胸を張る。

後ろを歩いていたユウサクの脳内で何かが引っかかる。


ユウサクは歩きながら、ミヤシゲの言葉を大真面目に反芻する。シンタローの笑顔、仲間をまとめる自然な気遣い、ショウやケンヂを惹きつける不思議な魅力――確かに、ただの天然では説明しきれない何かがあるかもしれない。


「おい!ミヤシゲ、シンタローはそんなんじゃ…?」


勢いよく反論を始めるが、シンタローの過去の行動が頭をよぎる。高校時代、文化祭でクラスの女子を無自覚にまとめ上げたこと、冒険者仲間から「シンタローと話すと元気出る」と言われたこと…。


「…ない…のか…?」


声が尻すぼみになり、自信を失っていく。

シンタローはユウサクの動揺に気づき、目を丸くする。


「ちょっ…! ちょっと! ユウサクまで!?」


頬を少し膨らませて抗議する。その表情は、いつもの柔和な笑顔とは違い、どこか子供っぽく拗ねたものだ。慌てるユウサク。


「いや、違う! 俺はただ…考えただけだ!」


「もう、ユウサク、ミヤシゲさんと一緒に変なこと言わないでよぉ!」


弁解するユウサクを軽く睨むシンタロー。


「ハハ! ユウサクもシンタローにやられたな!」


「いや、シンタローさん、普通にいい人っすよね…?」


笑うミヤシゲにタツオが控えめにフォローを入れる。


ショウはシンタローの頬を膨らませた表情を、傷だらけの体でじっと見つめる。その拗ねた顔は、ショウにとって「自分のものではない」特別な瞬間だ。


「くっ…シンタロー、あの顔、めっちゃ…いや、男でもいい! お前、ほんとスゲえよ…。」


シンタローへの心酔がさらに深まる。


「ライバル、負けねえぞ! 俺、怪我治して絶対戻ってくる!」


「うわ、お前まだそんなこと言ってんのか…離れたい…。」


「ショウさん、だからまずは病院っすよ。」


同じやり取りを繰り返す2人を、タツオが苦笑で収める。


一方、ケンヂはミヤシゲに引きずられながら、自身の惨めさに絶望していく。


戦闘でのパニック、シンタローへの暴走、ミヤシゲの喝で泣き出した自分――「俺、主人公どころか、モブ以下じゃん…。」と、PTSDのフラッシュバックに追い打ちをかけるように自己嫌悪に沈む。


彼はシンタローの拗ねた表情をチラリと見る、涙が止まらない。


「シンタローさん…あんな顔でも俺には関係ないのに…俺、ただのガキだ…。」


ミヤシゲに引き摺られ、後方の自分達と向き合う形で泣いているケンヂ。ユウサクはその落ち込みに気付いた、自分の経験とは大きく違うが、その気持ちだけは分かるユウサクは気まずそうに声をかける。


「まぁ、お前がシンタローにマジックバッグ渡したから、ゴブリンを押し返せたんだ…。」


「え…ユウサク、さん…?」


「いや、別に大したことじゃねえよ! ほら、泣くな!」


赤面してそっぽを向くユウサク。ケンヂは彼の言葉に、自分の知る「冒険譚」とは違うが、確かに誰かを助けた実感を噛み締める。


「俺…少しは役に立った、のか…?」


絶望がわずかに和らぐ。

ケンヂの脳内は、ゴブリンの恐怖や血の記憶で最悪な状態になりかかっていたが、シンタローの笑顔がそれを微妙に緩和している。


戦闘中、シンタローが「ケンヂ君、魔石ありがと! これで勝てるよぉ!」と笑った瞬間や、今、拗ねた顔でユウサクを睨む姿が、ケンヂの頭に焼き付いている。


「シンタローさん…やっぱ、俺のヒロインだ…。」


泣きながらもどこか救われたような表情を見せる。幸か不幸か、シンタローの無自覚な魅力が、ケンヂのトラウマを「最悪」から「複雑な執着」に変えたのかもしれない。


シンタローはケンヂの視線に気づき、柔和な笑顔で手を振る。


「ケンヂ君、ほんと大丈夫? もうゴブリンいないよぉ。」


「う、うう…シンタローさん…!」


ケンヂはまた泣きそうになり、ミヤシゲがまた怒鳴る。


「ガキ、いい加減しゃんとしろ!」


「ふぁ、ミヤシゲさん、優しくしてってば~。」


また、シンタローが笑って場を和ませる。



ほうほうの体で市役所のロビーに到着すると、湿った空気と書類の匂いがパーティを迎える。蛍光灯の光が結界石の写真を照らし、受付嬢が忙しそうに書類を整理している。パーティは疲れ果てたまま、役割を分担して後処理を始める。


タツオはショウを支えながら受付に近づき、病院への搬送手配を依頼。ショウは意識が朦朧としながらも、力のこもった瞳で呟いた。


「シンタロー…待ってろよ…。」


受付嬢は手慣れた様子で救急車の手配を進め、タツオに声をかけてくる。


「後で病院に様子を見に行きますか?」


「はい、俺が行きます」


タツオが静かに頷いた。



シンタローはタブレットと計測器を手に、調査クエストの完了報告書を作成。結界石のひび割れ、魔力の不安定さ、ドラゴンによる修理の詳細を丁寧にまとめ、受付嬢に提出。


「ふぁ、報告書って面倒だねぇ。」


シンタローの報告にさっと目を通しながら受付嬢は目を丸くする。


「ドラゴンが修理…? ほんとに?」


シンタローに貸与していた計測器のデータを見て渋々納得していた。



ミヤシゲとユウサクは拾得アイテムの換金手続きに向かう。マジックバッグに詰めた低品質の魔石、錆びた魔石ランタン、壊れたポータル装置を鑑定窓口に提出。


「ビール代になるな!」


「いや、だからお前のは自分で出せよ。」


漫才を始めた2人に、鑑定士が告げる。


「魔石の品質は低いけど、量が多いからそれなりの額になりますね。」


「ショウの治療費と水の魔石代、賄えるか…?」


不安に思っていたユウサクだったが、提示された額に素直に驚く。

ゴブリンの数が多かったのだろう。分配しても思っていた倍近い報酬だったのだ



ケンヂは受付嬢に促され、市役所内の簡易カウンセリングルームへ。ゴブリンの血と叫び声のフラッシュバックに震えながら話す。


「俺…主人公になるはずだったのに…。」


カウンセラーに自己憐憫をこぼす。


「ケンヂくん、ダンジョンは確かに怖い場所です。でも、君がそこでパーティの役割を果たし、仲間を助けたのは本当の物語だよ。


主人公じゃなくたって、君の行動は誰かにとって大事な一ページだったんだ。」


カウンセラーは穏やかに諭し、ケンヂは涙を拭く。ケンヂは自分の思いを吐き出すように続けていった。


「シンタローさんの笑顔だけが…」


忙しい中カウンセリングルーム前でケンヂの書類を整えていた受付嬢が、はからずも話を聞いてしまい苦笑いをしていた。


「またシンタローさん絡みか…。」


***


パーティそれぞれの手続きが終わり、パーティはロビーのベンチで報酬を分配する。


市役所はトラブル防止のため、報酬の内訳書を各メンバーに渡す。換金した魔石とクエスト報酬金を6等分し、ショウの分はタツオが預かり、静かに言う。


「ショウさんの様子、病院で見てくるっす。報酬、ちゃんと渡します。」


「頼むな、タツオさん。」


ユウサクは頷き、タツオの背中を見送った。


「タツオ、ありゃやる男だぜ。人生色々ってやつだな、遠からずまた会う事になりそうだ。」


ユウサクと一緒にタツオを見送ったミヤシゲが、ユウサクに助言をするように笑う。




ケンヂはカウンセリングを終え、報酬を受け取るが、目に見えて落ち込んでいる。


「俺…もうダンジョン、怖いかも…。」


シンタローにチラリと視線を向ける。


「ケンヂ君、今回は頑張ったよぉ。また会えたらいいね。」


「シンタローさん…!」


相変わらず柔和な笑顔で声をかけるシンタローに、ケンヂはと涙目で頷く。ショウはすでに救急車で病院へ搬送済みの為ここには居ない。


臨時パーティはここで解散。シンタロー、ユウサク、ミヤシゲの3人は市役所を後にした。


***


市役所を出て間もなく、シンタローのお腹が鳴った。


恥ずかしそうなシンタローを見たミヤシゲの提案で、帰り道にあるラーメン屋に向かう。


「こってり系の汚え店だから、多少血とか汚れついてても平気だろ!」


「ふぁ、ラーメンいいねぇ!お腹空いたよぉ。」


「ホントに大丈夫か?俺もう自分の臭いわかんねぇぞ。」


ダンジョンでモンスター相手に近接戦闘という、現代の通説ではあり得ない冒険をして汚れきったユウサクがぼやくが、その横でお腹を空かせたシンタロー無邪気に笑う。




薄暗いラーメン屋は、油とニンニクの匂いが充満し、カウンターにはサラリーマンや冒険者が肩を並べている。


3人は血と汗で汚れたまま、テーブル席に座る。ミヤシゲはラーメンに加え、瓶ビールと餃子を注文しご機嫌だ。


「ハッ、クエストの後の一杯は格別だぜ!」


「お前は朝から飲んでたじゃねえか。」


ユウサクは突っ込みつつ、こってりラーメンを注文。


「同じのをチャーシュー多めで!」


シンタローは軽い口調で注文し、タブレットでクエストのデータを整理し始める。


ラーメンが運ばれてくると、3人は一斉に箸を手に取り、ズルズルと麺をすする。シンタローがふと箸を止めて、柔和な笑顔のまま呟く。


「はぁ、今回のクエスト、ゴブリンよりみんなの方が大変だったよぉ。ショウさん突っ走るし、ケンヂ君パニックになるし…ふぁ、疲れたねぇ。」


ユウサクはラーメンをすすりながら、「だろ? 特にショウとケンヂ、頭おかしいって。てか、シンタロー、お前も天然だから絡まれるんだよ。」


シンタローは目を丸くして、「えぇ、またあ? 僕、普通にしてるだけだよぉ。あ、ミヤシゲさん餃子頂戴。」と抗議しながらミヤシゲの餃子を狙う。


「オウ、食え食え!」


気前良く餃子の皿を差し出すミヤシゲ。


「そういうとこなんじゃねぇかなぁ…。」


「なんだよぅ~。あ、おいひい。」


ミヤシゲが注文した餃子を頬張り笑顔になるシンタロー。


和やかな空気の中、シンタローがふと戦闘を振り返り、箸を置いて真剣な顔になる。


「でもさ、ユウサク、ゴブリンを倒すごとに動きが強くなってたよね。なんか…底上げされてるみたいだった。」


ユウサクはラーメンのスープを飲みながらゴブリン戦の記憶を辿る。


「そういや、体が軽くなった気が…。スタミナ切れてたはずなのに、盾振り回してたし。」


ミヤシゲがビールを止めて考え込み、鱗を軽く逆立てる。


「ひょっとしたら、ダンジョンと同化したんじゃねえか? モンスターを倒して魔力を吸ったとか、魔力同化っつってモンスター同士でもたまに起きんぜ。」


ユウサクに起きた謎の現象に、シンタローが目を輝かせタブレットを手にデータを確認しながら反論。


「でも、僕や特務隊にはそんな現象ないよ。政府の冒険者でも聞いたことないし。」


ユウサクがゴブリンを倒した時、赤く光る霧を思い出し丼をカウンターに置く。


「俺、ゴブリンを近接で倒した時あの赤い霧みたいなのめっちゃ浴びたんだ。シンタローや特務隊は遠距離が多いよな。アレやっぱり魔力なんじゃないか?」


シンタローがハッと顔を上げ、市役所の資料にあった赤く光る霧についての考察を思い出す。


「出てからすぐ消えるし全然重要視されてなかったけど、近接で倒すと浴びるんだ…魔力同化…レベルアップ…?


確かに遠距離じゃ関係ない…。」


シンタローとユウサクは死亡確定の傷を負いながら、なぜか生き残った今回のクエストの臨時メンバーに考えが行く。


「ショウか…。」


「ショウさん!」


2人は同時に口走ると、顔を合わせる。


「そういやアイツ最初にゴブリン2体倒して魔力浴びてた!」


「ユウサクに起きたこともつじつま合うよねぇ!?」


少し間を置いて、自分の中で反論があったのだろう、シンタローは怪訝な顔でミヤシゲに視線を送る。

ミヤシゲがビールの瓶を握りながら唸った。


「あー…まぁ俺はエンシェントドラゴンだからな、低層のゴブリン程度じゃ魔力同化しても変わんねぇんだろ。」


「ミヤシゲさんみたいに元々強力なモンスターじゃ影響しない…じゃあ、魔力は持ってる総量が大きい程強くなる…のかな?」


唇に指を当て考え込んでいるシンタロー。


「これ、変な事にならねえよな…?」


ユウサクはまだ残っている身体の強化を不気味に感じ不安そうに呟く。シンタローは柔和な笑顔に戻り、ユウサクの肩を軽く叩く。


「ふぁ、大丈夫だよぉ。ミヤシゲさんみたいに優しくて強いモンスターもいるんだから!」


「ミヤシゲみたいになるってことか…?」


ユウサクがミヤシゲを見る。


するとミヤシゲはふざけてるのか目と口を開いた笑顔で、ユウサクを見下ろしている。


「体が強くなろうが、世の中がどうなろうがな、全部自分次第なんだぜ。わかんねぇ事で余計な心配してねぇで飲みやがれ!ユウサク!」


ミヤシゲが新たな瓶ビールを押し付ける。


「いや、俺、酒弱いって!」


「じゃあ、僕がユウサクの分貰うねぇ~。」


シンタローがユウサクから瓶ビールを取ると、自分のコップに注いだ。


ラーメン屋の喧騒の中、シンタローはユウサクのレベルアップとその要因になった近接戦闘、そのリスクと対策について思いを巡らしていた。




後日談:シンタローの贈り物



ゴブリン戦から一週間が経った日の夕暮れ時、ユウサクとミヤシゲがルームシェアする4畳半。狭い部屋にはビールの空き缶が転がっている。


窓の外ではアパートの住人たちが井戸端会議をしている。


ユウサクは肩の傷(ゴブリンの棍棒による打撲)が癒えつつあるが、戦闘の恐怖とミヤシゲの指導を思い出している。

床に座りぼんやりしながら何十通目かの不採用通知の封筒を眺めていた。



ミヤシゲは部屋の隅にある段ボール箱から、インスタントラーメンを取り出す。


「若造、飯食う前に銭湯行ってこいよ。ゴブリンの臭いがまだ残ってんぞ。」


「ん。おお、わかったよ。」


気のないユウサクが返事をして立ち上がると、アパートのドアをノックされてシンタローが入ってくる。


「ユウサク~、ミヤシゲさん、元気?」


手に布に包まれた細長い包みを持ち、柔和な笑顔で間延びした口調だ。


「シンタローか。どうした、急に。仕事終わったのか?」


シンタローはちゃぶ台を出し、持っていた包みをテーブルに置く。


「ユウサク、この前の話覚えてる?レベルアップ。」


「あぁ、気味悪いけどまだ強化が残ってるよ。何それがどうかしたか?」


ユウサクの怪訝な顔に答えるように、シンタローは布を解く。


無銘の業物――胴田貫どうたぬきを披露。刃渡り約74cm、シンプルだが鋭い光を放つ日本刀だ。


「これからも近接戦闘するかも知れないし、拾った武器じゃなくちゃんとした武器はあった方がいいと思ってさ。ほら、刃溢れが治るダンジョン包丁の魔石、柄に埋め込んどいたよ~。ようこそ冥府魔道!」


「なんだこりゃ?冥府魔道って…拝一刀かよ!どっから突っ込めば良いんだ…。」


恐る恐る初めて触る日本刀に手を伸ばす。


無銘だが、シンタローが入手した本物の業物。商社勤務で得たコネクションを頼り、切れ味の落ちないダンジョン包丁(異世界の包丁)の魔石を柄に埋め込み、刃こぼれが自己修復するエンチャントを施した。

製作者はシンタローの強化水鉄砲を製作した人物だ。ユウサクに最適な重量とバランスをしている。


ゴブリン戦でユウサクが素手で苦戦し、すぐに折れる西洋剣や低品質の盾に頼る姿を見て、「死んで欲しくない友人」への贈り物を用意した。


美術品として、国内運用が比較的簡単な日本刀である。

商社人脈を駆使し、魔石と刀を入手。軽い口調だが、ユウサクへの信頼と友情が込められている。


ユウサクは怖がりながら触っていた胴田貫を鞘にしまい、遠慮気味な態度を取る。


「こんな高価なもん、受け取れねえよ。」


「まぁまぁ、僕からユウサクへの先行投資だと思ってさ!死なれたら困るし…。」


少し困った顔で、どうにか受け取って欲しいシンタローが言葉を並べる中、物珍しげに胴田貫を検分していたミヤシゲが口を挟んだ。


「おいおい…ユウサク、こりゃお前にゃ勿体無い業物だぞ?良いから受け取っとけ。」


少し引いたミヤシゲの反応から、シンタローが苦労して調達してくれたのを察したユウサク。


「う…そうか?じゃあ。」


胴田貫をミヤシゲの後押しで受け取る。

ユウサクは刀を布に包み直して照れながらも生真面目に頭を下げてお礼を言う。


「シンタロー、ありがとな。…ほんと、死なねえよ」


満足そうに柔和な笑顔を浮かべるシンタロー。


「うん。…じゃ、僕もう少し仕事してくるから。あ、ミヤシゲさん、タツオさんが飲み屋で待ってるってメッセがあったよ!それじゃ二人とも、またね~!」


普段と違う友人のリアクションが嬉しかったシンタローは、少し顔を赤らめながら去って行った。


「タツオの野郎、また俺の酒飲む気だな。」


ミヤシゲは新しい友人の情報に笑った。


ユウサクは布に包まれた刀を見つめている。

一年前にダンジョンが現れた時、東京ダンジョンに散っていった冒険者達の夢見た幻想的な冒険に思いを巡らしていた。

ユウサクの専用武装が決まりました!

ガチタンクのミヤシゲがいるので近接戦闘確実になりそうな…戦闘経験がないユウサクに日本刀は早い気もしたので…刃こぼれ修復エンチャント付き胴田貫を思い付きました…僕は自分を切りそうで持ちたくない…な…。


不定期更新ですが、クエストも色々思い付いてます!よろしくお願いします!

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