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第3話 ゴブリング・サンダー 前編

久々の「東京ダンジョンと四畳半の古龍」です!


今回東京ダンジョンや政府のルール、クエストの受注方法等々を紹介出来るシナリオを目指しました。


かなり四畳半SFファンタジーの冒険譚です!


よろしくお願いします!

木造アパートの4畳半、朝の陽光がカーテンの隙間から差し込む。ミヤシゲの地響きのような鼾で目を覚ましたユウサクは、スマホに届いたシンタローのメッセージにため息をつく。


『ダンジョンの調査クエスト、報酬いいよぉ。市役所で待ってるね。』


「またコイツのペースか…。」


軽快な文面に呟きながら支度を始める。


「面白そうじゃねえか。」


起きるなりビール缶を開けたミヤシゲが狭い四畳半でユウサクの後ろからスマホを見る。


「お前…朝から飲むなよ。」


***



1年前、突如現れたダンジョンは、人間にとって極めて危険なモンスターを内包していた。


ダンジョンと言う幻想的な存在に胸を躍らせ、近接戦闘を挑んだ初期の冒険者たちは壊滅的な結果に終わり、大量の死傷者を出したのだった。


政府は迅速に対応し、銃器で武装した直轄の「特務隊」を設立。特務隊は低層階を制圧し、初期の混乱を抑え込んだ。


この成功を受け、一般冒険者には「安全マージンを重視した遠距離攻撃」と「トラップによる殲滅」が推奨されるようになる。近接戦闘の危険性は広く認知され、魔道具や銃器、トラップを活用し、モンスターとの直接対決を避ける戦術が主流に。


冒険者文化はリスク管理と効率性を重視する方向へ進化した。ユウサクは、パーティの戦略家であるシンタローの立てる綿密な計画がこの厳しい教訓に沿っていることを知りつつ、ダンジョンの不気味さに胸騒ぎを覚えながら市役所へ向かった。




クエスト受注をしに行った市役所ではシンタローが待っていた、掲示板に調査対象の光る石の写真が貼られている。ミヤシゲが一目見るなり


「こりゃ結界石じゃねえか。」


「結界石…ってなぁに?ミヤシゲさん。」


シンタローが尋ねると、ミヤシゲは説明する。


「結界石ってのはダンジョンに飲まれた世界を線引きする石だ。世界を階層として分けてモンスターの混ざりを防ぐ。壊れるとゴブリンだのオークだの色んなモンスターが合体してヤベえ奴が生まれるぜ」


そう言って豪快に笑うミヤシゲ。


「だから階層移動でよく見るんだ。」


シンタローは今までダンジョン内で見かけていた謎の石の存在に納得する。


2人の話を聞いていたユウサクが疑問を口にする。


「その石ならあんなによく見かけるのに、なんで政府がその結界石の機能を把握してねぇんだ?しかも民間の冒険者に調査を委託するとか…。」


すかさずシンタローが答える。


「政府は自衛隊や警察から選抜した特務隊を作って、深層の魔道具回収に注力してるからねぇ。調査みたいな地味な仕事は二の次なんだよ~。特務隊は銃器で武装してて強力らしいけど、民間人を巻き込む誤射も多いって噂だよ。」


そう言って顔を曇らせたシンタローの説明を聞いたユウサクが目を丸くして呟く。


「誤射って…それモンスターより人間の方がヤバいんじゃないか?」



薄暗い市役所のロビーは、湿った空気と書類の匂いが漂う。壁にはダンジョン関連の掲示板が所狭しと並び、結界石の写真が蛍光灯の光を反射している。


クエスト受注の申請をしたユウサク、シンタロー、ミヤシゲは、受付近くのベンチに腰掛け、クエストの詳細を確認中。今回のクエストは6人での受注が条件である為、臨時パーティメンバーの募集をして待っているのだ。


シンタローがタブレットで地図をスクロールしながら呟く。


「7階層の通路、狭いから戦術が大事だね~。遭遇モンスターはゴブリンみたい。」


「またお前、そんなもんどっから手に入れて来るんだ…。」


ユウサクが軽く突っ込み、ミヤシゲは持っていたビール缶を飲み干す。


「ハッ、うちの若手連中の仕事のお手並み拝見だな。」


豪快に笑うミヤシゲ。



そこへ、受付嬢の「6人パーティで登録お願いします」という声が響く。


臨時パーティの3人――書類にショウ、ケンヂ、タツオと言う名前が記載されている――が受付から割り当てられ、ぞろぞろと近づいてきた。


すぐに6人が各々簡単に自己紹介を済ませると、ユウサクは辟易した様子でぼやいた。


「知らねえ奴らと組むのか…。」


「まあまあ、報酬のために我慢してよぉ。」


嫌な気持ちが顔に出ているユウサクを、初顔合わせの臨時のメンバーに聞こえないようにシンタローが宥めるも、ミヤシゲが一喝で台無しにした。


「おい、まとまらねえと仕事終わんねぇぞユウサク!」


傍目に巨大なリザードマンが職人の親方の素振りをみせ目立つはずなのだが、臨時パーティのタツオと名乗った中年男の他2人はタブレットでマップを確認しているシンタローに注目している。


***


臨時のメンバーの一人、ショウと名乗った男は、ジムのトレーナーらしい筋骨隆々の体躯で、自信満々に胸を張って腕を組んでいる。


タンクトップから覗く腕はゴツゴツと血管が浮き、短く刈った髪と鋭い目つきが『ケンカ自慢』を物語る。彼の目は、ベンチに座るシンタローに釘付けになる。


シンタローはエリート風の美貌――滑らかな白い肌、長い睫毛、肩まで伸びたさらさら柔らかそうな茶髪をまとめ、動きやすいチュニックとタイツという軽装だ。

タブレットを操作する指は細く、口元には柔らかな笑みが浮かんでいるお陰で美人特有の近寄りがたさを大きく薄めている。


ショウは「ほお…。」と声を上げ、胸をドンと叩き、ニヤリと笑ってシンタローの正面の席に荒っぽく座り、ドスの効いた声で絡みだした。


「よお、姉ちゃん! こんな危ねえクエストにこんな可愛い子がいるなんてよ! 俺と組めよ、守ってやるぜ!」


シンタローはタブレットから顔を上げキョトンとした表情でショウを見やる。


「え、僕? いや、男だよ。」


いつもの軽い口調で胸を張る。確かに胸は控えめ…というかかなり薄い、声は普段より低いが落ち着いたトーンで返した。


「ハァ!? マジかよ!?」


ショウは絶叫し立ち上がり、顔を真っ赤にする。周囲の冒険者たちがクスクス笑い、ユウサクは「こいつバカだな…。」と呆れ顔。



「ハハハ! ショウとか言ったか!面白え奴だな!」


「まあ、よく間違われるから慣れてるよぉ。」


吹き出したミヤシゲがショウを笑ったのをシンタローは諫める様に誤魔化し、タブレットを閉じる。


「いやいや、だってよ! こんな顔で男ってありえねえだろ! 髪長ぇし、肌ツルツルじゃねえか!」


「髪は動きやすいように束ねてるだけだし、肌は…日焼け止め塗ってるから? ダンジョンって実は紫外線ヤバいよ?」


シンタローは肩をすくめ至って冷静に軽く返すが、目が曇ってきている。成り行きを見守っていたユウサクはシンタローの横で小さく舌打ちし、低く言い放つ。


「おい、ショウ、シンタローは男だって言ったろ。絡むな。」


「…!くっそ、なんっかムカつくぜ…!」


ショウは拳を握るが、市役所にいる人々の視線が集まっている事に気付き席に荒っぽく座り直した。


「まあいい、男だろうが女だろうが、俺がパーティのエースだ! お前、俺の後ろで大人しくしてろよ!」


「ふぁ、はいはい、了解~。」


シンタローは上から目線で指を指してくるショウを適当に流し、ユウサクに「この人、めっちゃ元気だね」と囁く。


「ただの脳筋だろ。」


ユウサクはため息をつくが、ショウのシンタローへの執着はまだ終わらない。ショウはパーティ編成の説明中も、チラチラとシンタローを盗み見し、ブツブツと呟いている。


「いや、やっぱ女だろ…?」


「諦めろ、ショウ! お前は100年早え!」


「…ぅうるせえ!トカゲ野郎!!」


豪笑したミヤシゲに、顔を真っ赤にしたショウが絶叫して返した。



***



一方3人の臨時のメンバーの一人、ケンヂと名乗った少年はショウとは異なる形でシンタローに目を奪われている。


18歳の大学1年生、冒険者漫画に心酔する彼は、今回初めて入るダンジョンを「自分の物語の舞台」と捉える自己陶酔型だ。ショウがシンタローに絡む様子を少し離れた場所から観察しながら、ケンヂの頭の中ではすでに壮大なファンタジーが構築されつつある。


ケンヂの視線は、シンタローの優雅な仕草に吸い寄せられる。タブレットを操作するシンタローの指先、戦術を説明する際に少し傾げる首、仲間を宥める柔らかな笑顔――すべてが、ケンヂの読んだ漫画の「高貴な魔法使いのヒロイン」像と一致する。彼はシンタローを「この冒険譚の鍵を握る神秘的な存在」と勝手に認定。


「パーティの知恵袋、銀髪の魔女(仮)」シンタローをモデルにしたキャラ設定を脳内で膨らませる。


ケンヂの妄想はこうだ。


「広大なダンジョンの中、俺――ケンヂは、運命に導かれて銀髪の魔女シンタローと出会った。彼女は氷の魔力を操り、敵を凍てつかせる高貴な術師。だが、その心は孤独に閉ざされている…。俺の熱い魂が、彼女の氷の心を溶かすんだ! ゴブリンの群れを俺が剣で切り開き、彼女が後ろで魔法を放つ! 完璧なコンビだ!」


ケンヂはニヤニヤと頬を緩める。シンタローがショウに「男だよ。」と答えた瞬間も、ケンヂは「ふっ、彼女は自分の本当の自分を隠してるんだな。きっと古代の魔女の血を引く一族の末裔だ!」と、勝手にストーリーを補完。ショウのナンパを「下郎の愚かな挑戦」とみなし、「俺ならもっとスマートに彼女の心を掴むぜ」と呟き、脳に引きこもっている。


ケンヂは意を決し、シンタローに話しかけるべく近づく。


「結界石の魔力漏れ、もしあったらヤバいかも。」


シンタローが説明している隙を狙い、ケンヂは大仰に咳払い。


「お、お嬢…いや、シンタローさん! 君の戦術、めっちゃ頭いいね! 俺、こういうの得意だからさ、作戦会議でバッチリ合わせようよ!」


漫画の主人公風に胸を張るケンヂ。シンタローは一瞬ポカンとしたが、無邪気に返す。


「え、うん、いいよぉ。地形のデータ共有する?」


その純粋な反応に、ケンヂは脳内で「やっぱり彼女は特別だ…!」とさらに妄想を加速させた。


ユウサクがケンヂのキラキラした目つきに気付いてぼやく様に呟く。


「気持ちの悪い奴だなぁ…。」


「フッ、凡人にはわからんだろう。俺とシンタローさんは運命で結ばれたパーティなんだよ!」


意味深に鼻を鳴らすケンヂにユウサクは目を丸くする。意味の分からない少年にユウサクはイラつきかけた。


「え、運命? 何それ~?」


シンタローが笑いながら割って入ってユウサクを宥める、ケンヂの妄想を全く意に介さない様子だ。


「変な奴ばっかりだな。」


流石のミヤシゲもビールを飲みながら呆れていた。


***


パーティ編成と今回の調査クエストの作戦の説明が終わると、受付嬢が確認を始める。


「結界石調査、6人で進行してください。リーダーは…シンタローさん?」


「ハァ!? こんなヤツがリーダー!? 俺の方が向いてるだろ!」


ショウが食ってかかる。


「え、僕、リーダーとか面倒くさいよぉ。ユウサク、やってよ~。」


「は!? なんで俺!?」


「シンタローの作戦で動くなら誰でもいいだろ。ショウ、黙って従え。」


責任を押し付け合う2人を親方らしくまとめ、ショウに釘を刺すミヤシゲ。


「チッ、いいぜ…でも、シンタロー、俺がお前を守るからな!」


「うん、ありがと~。でも、僕、遠距離でいいから。」


小学生男子の様な態度になっているショウを軽くあしらうシンタロー。


ケンヂはショウの態度に『下郎め、シンタローさんの高貴さに気づかず…!』


4人のやり取りの蚊帳の外でケンヂは脳内で毒づき、食い気味に漫画口調でシンタローに絡む。


「君の魔法、楽しみにしてるよ!」


「魔法って、水鉄砲なんだけど… まあ、見ててよぉ。」


「ふっ、謙遜か! さすがだ!」


一人で盛り上がるケンヂ。臨時メンバーの最後の一人、タツオはそんな騒ぎを遠巻きに見ながら、「報酬さえあれば、何でもいいや…。」と気弱に呟いた。


***


シンタローはショウのナンパとケンヂの妄想に挟まれながらも、冷静にパーティの装備チェックを始める。


「ユウサク、マジックバッグの容量確認して。ミヤシゲさん、予備の魔石ある? ショウさん、前衛頼むね。ケンヂ君、知識あるなら地形のアドバイスよろしく。タツオさん、落ち着いてるから後衛のフォローお願い」


テキパキ指示を飛ばすシンタローに、ショウは気合いを入れて返事をする。


「へい、姉ちゃん…じゃなくてシンタロー! 任せな!」


ケンヂは指示を聞いているのかいないのか、「彼女の采配…完璧だ!」などと呟いてシンタローに見惚れている。



ユウサクは指示通りマジックバッグの容量と装備を確認しながら、「シンタローはこんな時でもやる事はやるんだよな。」と感心しつつ、今回のダンジョン調査への不安を押し隠していた。




ダンジョン入口でのひと幕


ダンジョン7階層の入口、薄暗いポータル前。


パーティは装備を整え、シンタローが地図を再確認中。

唐突にショウがシンタローに肩を寄せて話し掛ける。


「なあ、シンタロー、ダンジョン怖えだろ? 俺の横、確保しといてやるよ」


「え、怖いって…ゴブリンのデータ読んだから大丈夫だよぉ。ショウさん、突っ込みすぎないでね?」


そう言いながらシンタローはショウから離れつつ天然でかわす。


「…あいつのペース、掴めねぇなぁ…。」


ショウは頭をかきながら、シンタローへの興味を膨らませていた。


ケンヂは少し離れた場所からシンタローがタブレットで地図を確認する姿を見つめ「銀髪の魔女、戦闘準備中…その瞳に宿る決意…!」と呟く。


「何だそのキモい独り言。」


「フッ、俺の物語の構想だ。シンタローさんがヒロインなんだよ!」


ユウサクの突っ込みにケンヂは胸を張る。


「ヒロイン? 僕? え、めっちゃ面白いじゃん! どんな話~?」


ショウから離れたシンタローが耳ざとく聞きつけ、無邪気に食いつく。


「え、う、そ、それは…!」


ケンヂは赤面し、言葉に詰まる。


「 おいケンヂ、妄想も大概にしろよ!」


ミヤシゲが笑い、場は一気に和む。


準備が整い、シンタローが柔和な笑顔を浮かべ、クエスト開始の宣言をする。


「さ、行くよぉ。ゴブリンの群れとの遭遇に気を付けつつ、仕掛けられたトラップへの警戒を怠らずにしっかりやろう。作戦通りにやれば大丈夫だよ~。」


パーティをまとめ、ポータルに踏み込む一行。


「ちっ、絶対女だろ…」


ショウは最後までブツブツ言っていた。


「彼女の冒険譚、俺が彩るぜ…!」


拳を握るケンヂ。


「こいつら、絶対足引っ張るな…。」


「まぁ良いじゃねぇか!んなモン気合いで吹き飛ばせ!」


ため息をついたユウサクの背中を叩いて、ミヤシゲがポータルに踏み込んでいった。



ダンジョン7階層、岩窟通路


湿った空気が肌にまとわりつく7階層の岩窟通路。苔むした壁には小さい結界石や細かい魔晶石の淡い光がちらつき、加えて通路には特務隊が設置したと思われる照明が点在していて、照明を持つ必要がある程暗くはない

足元には水たまりと瓦礫が散乱している。


パーティはシンタローの指示に従い、慎重に進む。シンタローはタブレットで地形データを確認しながら冷静に指示を出す。


「ゴブリンの罠は瓦礫の下や通路の曲がり角に多いよ。ショウさん、ゴブリン見付けても突っ込みすぎないでね。まともな方法じゃダンジョンのモンスターに人間は勝てないから。」


ユウサクはマジックバッグを背負い、不安を拭えないながらもシンタローにしたがって歩く。




臨時パーティのショウ、ケンヂ、タツオはそれぞれ異なる空気を漂わせる。ショウはシンタローの性別にまだ納得がいかず、チラチラと彼を盗み見ていた。


ショウは最初こそシンタローの指示に従っていたが、徐々に聞く耳を持たなくなってきている。


「ダンジョンなんざ俺がいりゃあ楽勝よ!」


分厚い胸を叩く。彼の頭は、シンタローへの執着でいっぱいだ。


『やっぱ女だろ…いや、男でもいい、俺の強さを見せりゃアイツの目が変わるぜ!』


手前勝手な論理で突き進む。


「あ、ショウさん、そこ多分罠が――」


「細けえこと言うなよ、姉ちゃん…じゃねえ、シンタロー!」


シンタローの警告を遮り、通路の瓦礫を無視して先にドカドカ進む。


その瞬間、ガコン!と鈍い音が響き、ショウの足元で瓦礫が崩れる。ゴブリンの仕掛けた落とし穴が作動し、鋭い木の杭が飛び出す。「うおっ!?」と叫ぶショウだが、反応が遅れ、杭が脛をかすめる。


「バカ野郎!死ぬぞ!」


ドタドタと走り出したミヤシゲが咆哮し、トラップの追撃である無数の杭からショウを庇い、トラップの中心から瓦礫の壁に投げつける形で守る。


「動きづれえ通路で無茶すんな!お前、何でこんな事した? 意味わかんねえぞ!」


ミヤシゲの鱗に当たって砕けた無数の元トラップの破片の中心から、ショウの執着心に困惑したミヤシゲが怒鳴る。


ショウは血を流す脛を押さえ、返す。


「チッ、シンタローにいいとこ見せんだよ…!」


「ハァ!? なんだそりゃあ!?」


ダンジョンで一歩間違えば確実に死ぬ脆弱な人間の言葉とは思えず、ミヤシゲは呆れ果てる。




ユウサクはこの混乱の中、シンタローに駆け寄る。


「おい、シンタロー、ショウのバカどうすんだ? こいつ、足引っ張るぞ」


「ううん…確かに不安材料だね。でも、このパーティで進むしかないよぉ。ショウさんの怪我は軽いから、ミヤシゲさんに前衛でカバーしてもらおう。ユウサクも落ち着いてね、あてにしてるから。」


といつもの柔和な笑顔で冷静に答える。


「…お前、すげぇなぁ。」


ユウサクは素直に感心しつつ、マジックバッグを握り直す。


シンタローはパーティの知能を担う戦術家として、トラブルを攻略データに組み込みパーティ全体に宣言。



「ゴブリンの罠は単純だけど数が増えてきた、恐らくこの先でゴブリンと接近すると思う。


連携が厄介なモンスターだから基本的に遭遇は回避するけど。


どうしても戦闘避けられない場合に備えて着実に敵を発見していこう、遠距離から通路の狭さを利用して、僕が後衛を足止め、最悪奥の手で数を減らす。


ミヤシゲさんは前でみんなを守って。ユウサク、瓦礫をバッグに詰めて、いつでも投げれる準備しておいてね。ケンヂ君、魔石の予備ある? タツオさん、ショウさんの応急処置お願い。」


的確に指示。パーティはバラバラながら、シンタローの采配でなんとか形を整える。


***



探索が進む中、ケンヂはシンタローの振る舞いにますます見惚れていた。


シンタローがダンジョンモンスターとの遭遇に備え水鉄砲を調整する姿、ゴブリンの動きを予測して指示を出す冷静さ、仲間を気遣う柔らかな笑顔――すべてがケンヂの妄想を加速させる。


彼の脳内では、「銀髪の魔女、戦場の女神に変貌! 俺の剣が彼女を守る運命!」と、漫画のコマ割り風に殴り書きされている。ケンヂはシンタローの後ろを歩きながらボソボソと呟く。


「彼女の知性…まさに俺の冒険譚にふさわしい…!」


自分にとってかませ犬の様だと思い込んだショウの失態も含めニヤニヤが止まらない。





パーティが水たまりの多い広場に辿り着き、シンタローの指示で小休憩を取る。地図を確認するため、シンタローは岩陰に座ってタブレットを操作している。


ユウサクとミヤシゲは投石用の瓦礫を整理、ショウは脛の傷をタツオに手当てされながらブツブツ。


「くそっ、こんなはずじゃ…。」


パーティメンバーの行動を確認したケンヂはチャンスとばかりに、漫画の主人公風に髪をかき上げシンタローに近づいていく。


「シ、シンタローさん! ちょっと…二人で作戦会議しない?」


「え、いいよぉ。どのルートがいいかな?」


二人きりになり、シンタローの無邪気で柔和な笑顔にケンヂの妄想が暴走。


「シンタローさん、君の知性と采配…俺の冒険譚の鍵にふさわしいよ! 俺、君を支える剣になるって決めたんだ!」


ダンジョン調査の道中、脳内物語でシンタローとクライマックスをむかえたケンジはそう言って突然シンタローに抱きつく。


女性経験のないケンヂは、シンタローの身体の柔らかさに衝撃を受ける。ケンヂの頭は真っ白になり、シンタローの「神秘的な存在感」が脳内で神聖化される。


『うわっ、なんだこの…柔らかさ!? 漫画にもこんな感触、描かれてない!?』


「え、ふぁ!? ケンヂ君、急に何!?」


驚いたシンタローは両手でケンヂを押し返しつつ笑ってごまかすが、内心では「うわ、めっちゃびっくりした…!」と動揺している。


シンタローがケンヂを押し返した直後、ケンヂは地面に尻もちをつき、目をキラキラさせながらシンタローを見つめる。


「シ、シンタローさん…! やっぱり君は特別だ! 俺の運命のヒロイン…!」


漫画のクライマックスシーンのように立ち上がり、再びシンタローに抱きつこうと腕を広げて突進する。その目は完全に理性を失い、実状を無視して妄想の主人公になりきっている。


だがその瞬間、ユウサクが素早く動く。


「おい、コラ! いい加減にしろ!」


「うわっ!?」


ユウサクはジャケットの衿を後ろから引っ張る。ケンヂはバランスを崩し、ユウサクに引きずられる形でシンタローから離された。


「な、なんだよ、ユウサクさん! 俺、ただシンタローさんに…!」


「ただじゃねえだろ! お前、シンタロー困らせてんだよ! 少しは空気読め!」


普通にキレているユウサクが一喝。


「くっ…俺の情熱が…!」


ケンヂは漫画口調で悔しがるが、呆れた様に舌打ちをしたユウサクの睨みに気圧されてしゅんとする。


「ふぁ、ユウサク、ありがと~。ケンヂ君、ほんと急にびっくりしたよぉ。」


シンタローは目を丸くして驚きながらも、いつもの柔和な笑顔でフォローに入る。


だが、その笑顔はケンヂの妄想の燃料になる。


「うっ…シンタローさんの笑顔…!」


「…こいつ、ほんと救いようねえな…。」


ユウサクはケンヂのキラキラした目つきに気づき額を押さえつつ、シンタローに小さい声で注意する。


「お前も天然すぎんだよ。もうちょっと警戒しろ、こういう奴は一度許すと何度もやってくるぞ。」


「まあ、ケンヂくんは漫画の主人公になりたいみたいだね。ちょっと熱くなりすぎただけだよぉ。」


「お前なぁ…。」


態度を崩さずないシンタローにユウサクはため息をつく。


「ふふ、ユウサク、過保護だね~。学生時代から変わんないなぁ。」


ユウサクとシンタローは中学時代からの腐れ縁で、ユウサクの内向的な性格をシンタローが軽やかな知性で支えてきた。


「ユウサク、覚えてる? 高校の文化祭で僕が舞台装置作ってた時、ユウサクが裏方サボって寝てたこと。」


「ぇああ…俺、あの時風邪だったんだよ!」


唐突な話題に赤面するユウサク。


「ハハ! なんだそりゃ?ユウサク、お前カッコつけてたのか!?昔話だな、悪くねえ!」


ケンヂの起こした騒ぎから話を聞いていたミヤシゲが割り込み、和やかな空気が流れる。


学生時代の自分の態度を『カッコつけてた』と的を射た短い総括でまとめられたユウサクは黙ってショックを受ける、ミヤシゲのまとめがツボに入ったシンタローはしばらく座り込んで笑っていた。


パーティ内の騒動が一段落し、ミヤシゲはふと臨時パーティメンバーに思いを巡らし、少し考えてからタツオに近付き話し掛ける。


「よおタツオ、ショウのバカはシンタローにこだわりすぎだし、ケンヂのガキは頭おかしい。タツオ、お前何かわかるか?」


臨時パーティの不可解な行動に頭を悩ませたミヤシゲは、素直に尋ねる。


「いや…ショウさんは自信家だけど、根は悪くないっすよ。ケンヂ君は…若いだけ、かな?」


気弱そうな中年のタツオは控えめに答える。


「ハッ、そうかよ。オメェも大概わかんねえ奴だ!」


そう笑ったが、タツオの冷静さに信頼を持ったミヤシゲだった。


***



タツオの応急措置のお陰で問題なく動ける様になったショウは、シンタローとユウサクの親しげなやり取りを見て新たな疑惑を抱く。


「待てよ…シンタロー、女なのに男って騙ってるんじゃねえか? ユウサクと付き合ってて、冒険者としてバレないように男を騙ってるんじゃ…?」


当たらずも遠からずな勝手なストーリーを構築。彼はシンタローの笑顔やユウサクへの信頼を「恋人同士の絆」と誤解し、「くそっ、ユウサク、いい男じゃねえか…!」と嫉妬に燃える。




一方、ケンヂはケンヂで先ほどの暴走をシンタローが笑って流したことに、「彼女、俺を受け入れたんだ!」と妄想をさらに膨らませている。


「フッ、シンタローさん、俺の情熱を認めたな。次はもっとカッコいいとこ見せるぜ!」


誰にと言わず宙に向かって宣言しているケンヂ、ユウサクの警告も意に介さない。


「ありゃあ…ほんと救いようねえわ。」


遠目に見ていたユウサクは頭を抱える。



***



「ジムじゃ誰にも負けた事ねぇのに…なんかムカつく…。」


ショウはシンタローへの疑惑とユウサクへの嫉妬が混じり、劣等感を募らせていた。



そんな中、ショウはふと見た通路の奥でゴブリンの姿を見付ける。


「アレがゴブリンか! 俺の強さ、見せてやる!」


先程のシンタローの警告を無視してパーティに報告もせず歩き出す。


ユウサクは目的をもった歩き方をするショウの先に、ゴブリンを見付け状況を把握した。


「お、おいバカ!待て!」


ユウサクが叫ぶとショウは拳を振り上げ走り出し、ゴブリンに飛びかかっていく。


ゴブリン達も飛びかかってきたショウに気付き、錆びた剣や棍棒を手に、甲高い叫び声を上げながら一斉に襲いかかる。


「ハッ、こんな奴ら、俺の敵じゃねえ!」


ショウは拳を振り上げ、最初のゴブリンを殴り倒す。筋骨隆々の体躯が唸り、2体目のゴブリンの頭を砕く、絶命したゴブリンから血とは別に赤く光る霧の様なものが噴出する。


「ぶぉ!!なんだこれ!」


冒険者には周知の事であるが。このモンスターが絶命すると噴出する赤く光る霧は恐らく『魔力』であろう、と定義されている。


遠距離戦が推奨されている現代冒険者のユウサクとシンタローは過去の冒険で何度となく目撃した物だ。市役所でも説明されている。


だが初めてダンジョンに入った、加えて説明を聞かないショウには未知の現象であり、数秒で消えた赤く光る霧に気を取られていたショウは凄まじい数のゴブリンに取り囲まれる。


彼は不敵な笑みを浮かべファイティングポーズを取り、迎撃体勢を取った。


「っしゃあ!来いや!」


ショウの正面から2体、ゴブリンが躍り出て飛び掛かった。1体目をダッキングでかわし、沈んだ体勢から空中にいる2体目に強力なボディブロウを叩き込もうとした瞬間。


別のゴブリンがショウの死角から錆びた剣を振り下ろす。ショウの左腕に剣が食い込み、血が噴き出す。


「グッ!?」


ゴブリンの群れは狡猾に動く。


更に別のゴブリンが棍棒でショウの腹を強打し、続けて剣が横腹を深く切り裂く。鮮血が岩窟の地面を染め、ショウは膝をついて恐慌状態に陥りだす。


「くそっ、あああっ…!」


ダンジョンのモンスターに人間は勝てない。その実態を初めて目の当たりにしたユウサクは助けに入るのを躊躇い、焦る。


「ああもう!何やってんだ!!」


「なんだあ!?おい!!」


ユウサクの叫びにタツオと話していたミヤシゲが騒ぎに気付いて走りだすが、足が遅い。距離がありすぎてこのままでは間に合わない。


ショウを取り囲んだゴブリンの群れは容赦なく襲いかかる。剣と棍棒が四方から振り下ろされ、ショウはあっという間に血と泥でボロボロになっていった。


腕と腹の傷がさらに広がり、ゴブリンの刃が肩をかすめて肉を抉る。「うああっ!」とショウが叫び、倒れ込む寸前、ゴブリンのリーダー格が錆びた剣を振り上げ、止めを刺そうとしていた。


シンタローが「ショウさん、伏せて!」と叫び、咄嗟に魔石を扱える様に改造した水鉄砲から氷結弾を数発放った。

1発がゴブリンリーダーの頭を掠めほんの少しの時間を稼ぐも、すぐさまゴブリンリーダーを守る様に壁を形成したゴブリンの群れに阻まれ届かない。


「おい!ショウ!戻れ!」


ユウサクは叫ぶが、ショウはダメージが深く動けない様だ。業を煮やし駆け出そうとするユウサク。


「…~っ!!くそったれ!!」


するとユウサクの横を抜け、タツオと名乗った気弱そうな中年男が走っていった。


「え?」


「お前!ダンジョン入った事無いのか!!?」


間の抜けたユウサクの声をよそに、タツオは叫びを上げゴブリンの群れに突っ込んでいく。


タツオは数個の瓦礫を群れに投げつけ、更に手に持った粗末な魔道具――壊れかけの魔石ランタン――をゴブリンに放り投げた。


瓦礫が飛んでくる方向に目を向けていたゴブリン達の前でランタンが砕け、魔石の光が一瞬ゴブリンの群れを怯ませる隙になる。



タツオはショウの腕を掴み、全力で後ろに引きずり怒鳴る。


「動け、ショウ! 死ぬぞ!」


目が眩んだゴブリンの剣が空を切る中、彼はショウを群れの中心から引き離した。


タツオの足元は瓦礫で不安定だが、彼は驚くべき冷静さでゴブリンの動きを読み、ショウを岩壁の陰に押し込む。


ゴブリンの棍棒がタツオの背中をかすめ、薄いジャケットが裂けるが、彼は歯を食いしばって耐える。


「くっそ、死なねぇぞ…!」


ショウを庇いながら瓦礫を蹴ってゴブリンを牽制。


「タツオさん!ナイス!」


シンタローがすかさず水鉄砲を連射し、ゴブリンの足を凍らせて追撃を防ぎ、パーティに反撃の隙を作った。



ショウは岩壁に寄りかかり、血を流しながら息を荒げる。


「タツオ…てめえ、なんで…」


「うるせえ!人間はモンスターに勝てねぇ!市役所で何回も言われたろ!?お前説明聞いてなかったのか!?」



怒鳴るタツオ。

気弱な見た目とは裏腹に、一人突っ走ったショウをしっかりと叱る。


「借り、作っちまった…。」


悔しそうに項垂れて呻くショウだが、意識を保つのがやっとの様だ。


「みんな、フォーメーション! ショウさんをカバー!大丈夫!立て直そう!!」


魔石使用の強化水鉄砲を構えたシンタローが普段とは違う毅然とした態度で指示を飛ばした。


ショウの無謀な突撃から始まったゴブリンとの遭遇戦、パーティは戦闘に突入する。


***



後方へ下がるタツオとショウと入れ替わる形で逸早く接敵したミヤシゲは怪力でゴブリンを殴り、掴み、投げ、叩き潰して戦っている。


時折ミヤシゲの死角から連携を取ったゴブリンの錆びた剣で攻撃されるが、エンシェントドラゴンの鱗を持つミヤシゲにはゴブリンの攻撃が一切通らない。


だが4発に一回程の割合でミヤシゲの拳が空を切り、遠心力でよろけている。

エンシェントドラゴンのミヤシゲがリザードマン形態を取っている事で重心が狂った結果、運動音痴になっているのだ。


「ちっ、狭え通路は動きづれえ!」


ぼやくが、どうにかゴブリンの数を減らしていく。


そのやや後方、ユウサクは素手でミヤシゲの前線を抜けたゴブリンを殴り、蹴るが、すぐにスタミナが尽きる。やらねば死ぬ状況の中息を切らし、攻撃どころか動くのすら億劫になっていく。


「映画の戦闘シーン、嘘っぱちじゃねえか…!」


軽口を叩くとゴブリンの剣が肩をかすめ、血が滲む。恐怖と怒りが混じる。


追い詰められ出したユウサクを見たミヤシゲは、ゴブリンから刃こぼれだらけの粗末な西洋剣と木の盾を奪い、ユウサクに投げる。


「ユウサク、こんなんでもねえよりマシだ! 拾え!」


ユウサクは投げて寄越された西洋剣と盾を拾い、戸惑う。


「こんなモンどうすんだよ!?」


「構えろ! 敵は待たねえぞ!」


ユウサクはミヤシゲの叱咤で奮起し、構え方も分からないなりに剣と盾を構える。


すると、ユウサクを舐めているのか見え見えの正面から打ち込んできたゴブリンの攻撃を盾で受け止める。

ゴブリンの笑う顔を見て内向的激情型の性格に火をついた。


「くそくらえ!」


ゴブリンに突進。盾で剣を弾き、西洋剣で斬りつけるが、剣が折れる。


「ハァ!?なんだこのゴミ武器!」


「道具じゃねえ、お前の頭で戦え!」


焦って叫ぶユウサクにミヤシゲが一喝、親方らしい振る舞いに不思議とユウサクは冷静になる。


この時ユウサクの足元で絶命したゴブリンから出た赤く光る霧の様な物をユウサクが浴びていた。


「ゴブリンは群れで動く、単体を狙え! 右の奴がリーダーだ!」


すかさずミヤシゲが良く通る声でユウサクの思考を補佐。


ユウサクが死角のゴブリンの動きを見逃すと、ミヤシゲが瓦礫を投げてゴブリンを誘導し、攻撃しやすい位置に追い込む。


「ほら、そこだ! 視野を広くしろ!」


ミヤシゲは自らもゴブリンと戦いながら、戦闘経験のないユウサクに次々と具体的な指導を教えていく。


「盾は叩きつけるもんだ! 力いっぱい振ってみな!」


元々生真面目なユウサクとミヤシゲの指導が噛み合い、戦闘中に視野が広がる。ゴブリンの動きを予測し、盾で突進を防ぎながら瓦礫を蹴って牽制。


新たに拾った折れた西洋剣でゴブリンの腕を斬り、不思議ととっくに切れているはずのスタミナを気合でカバー出来ているユウサクは高揚する。


「これなら…行ける!」


ゴブリンの攻撃が止んだ一瞬の隙に、ケンヂが落としたマジックバッグを拾いシンタローに渡す余裕も出てきた、ユウサクの周りは倒したゴブリンから出た赤く光る霧で溢れている。


「シンタロー、これ使え!」


この時シンタローは技術の上達とは違う何かに底上げされて強くなっていく様なユウサクの戦いに気付いていたが、先ずはゴブリンの殲滅を優先。

マジックバッグを受け取り、瓦礫を詰めてゴブリンに投下。数体を押し潰し、群れの勢いを止める。


更に氷結弾を狭い通路に集中射撃し、ゴブリンの後衛を分断に成功。


「前は任せたよぉ!」


するとミヤシゲがゴブリン達の前衛である密集地帯に突っ込み、怪力で数体を岩壁に叩きつける。運動音痴の隙はシンタローが水鉄砲の氷結弾でカバーする。


「若造ども、俺が道開ける! 続け!」


ユウサクは折れた剣を捨て、盾を武器にゴブリンを叩き潰す。ミヤシゲの指導で視野が広くなった彼はゴブリンの背後を取る動きを覚え、リーダー格のゴブリンを盾で倒す。


やはり赤く光る霧、『魔力』を浴び確実に強くなっていく。


***


岩窟通路はゴブリンの甲高い叫び声と血の匂いで満たされ、湿った空気がさらに重く感じられる。臨時パーティのケンヂは戦闘の恐怖に圧倒され、完全にパニック状態に陥っていた。



ケンヂは岩壁の陰に縮こまり、膝を抱えて震えている。彼の目はゴブリンの錆びた剣や血飛沫に釘付けで、漫画の主人公を夢見た自信は跡形もなく崩れ去っている。


先程ゴブリンのリーダー格がショウに剣を振り下ろした時、ケンヂは「う、うわぁっ!」と叫び、逸早く後方へ逃げ隠れたのだ。


ケンヂの脳内は漫画の「冒険譚」が血と恐怖の現実に塗り潰され、急性ストレス反応が彼を支配していた。


「や、やだ…死ぬ、死ぬよ…! こんなの、漫画と全然違う…!」


ケンヂの声は上ずり、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。マジックバッグを握り潰し、中の魔石が地面に転がるが、彼は拾う余裕もない。


隠れている岩壁の陰の近くをゴブリンの群れが迫るたび、ケンヂは「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、身体をさらに縮こませる。


ユウサクは盾でゴブリンの攻撃を弾きながら、岩壁の陰で震えるケンヂを発見。ゴブリンの剣が肩をかすめ、血が滲む中、ケンヂの情けない姿に苛立ちが募る。


「チッ、なんだよあのガキ…! ビビって動かねえのか?なんで来たんだよ!」


ユウサクはゴブリンを盾で突き飛ばしながら毒づく。彼自身も恐怖で手が震えているが、生真面目な性格が「やらなきゃ死ぬ」と彼を突き動かしている。ケンヂの泣き声が聞こえるたび、ユウサクの眉間に皺が寄る。


「主人公だのヒロインだの、ふざけたこと言ってたくせに…!」


ユウサクは一瞬、ケンヂに駆け寄って怒鳴ろうかと考えるが、ゴブリンの棍棒が盾に当たり、意識を戦闘に戻される。


「クソが!しつけぇんだよ!!」


ユウサクに気を配っているミヤシゲはゴブリンを怪力で投げ飛ばしながら、彼の苛立ちに気づく。ミヤシゲはエンシェントドラゴンの鱗でゴブリンの剣を弾き、苛立つユウサクの近くに踏み寄る。運動音痴でよろけながらも、親方らしい眼光でユウサクを見据える。


「ユウサク、ケンヂのガキがビビってんのは見りゃ分かる! だがな、アイツはお前が声かけりゃ動くぞ!」


ミヤシゲの声は戦闘の喧騒を突き抜け、ユウサクの耳に届く。ユウサクはゴブリンを盾で押し返しながらケンヂに対する苛立ちをそのままに反発する。


「ハァ!? なんで俺が!? アイツ、ただの足手まといだろ!」


ミヤシゲはゴブリンの頭を掴んで岩壁に叩きつけ、笑う。


「ハッ! 足手まといでも仲間だろ! お前が一喝すりゃ、ガキの目ぇ覚める! エンシェントドラゴンの勘だ、信じな!」


ミヤシゲの言葉は荒々しいが、どこか信頼に満ちている。


「チッ、なんだよそれ…!」


ユウサクはぼやきつつ、ミヤシゲの指導で視野が広がったことを思い出し腹を決める。


「…くそ、やってやるよ!」




ユウサクはゴブリンの攻撃を盾で受け流し、ケンヂのいる岩壁の陰に素早く移動する。前線を少しの間ミヤシゲに任せ、ゴブリンの群れが一瞬隙を見せたタイミングでケンヂの肩を掴んで引き起こす。


「おい、ケンヂ! いつまでビビってんだよ! 主人公なんだろ!? なら立て!」


ユウサクの声は怒りに満ちているが、どこか必死だ。ケンヂは涙で濡れた顔を上げ、ユウサクの鋭い目に気圧されながら震える声で返す。


「で、でも…俺、怖くて…!」


ユウサクはケンヂの胸ぐらを掴み、ゴブリンの叫び声が響く中、顔を近づけて叫ぶ。


「怖えのは俺も一緒だ! でも、シンタローやミヤシゲが戦ってんだよ! お前がビビってたら、みんな死ぬぞ! 魔石入ったマジックバッグ持ってんだろ? シンタローに渡せ! 今、お前は動かなきゃ意味がねえんだよ!」


ケンヂはユウサクの言葉にハッとし、震えながらユウサクの後ろで懸命に戦う仲間達が視界に入る。漫画の「主人公」という曖昧な夢は砕けたが、ユウサクの「お前は動かなきゃ意味がない。」という言葉が漫画よりも色鮮やかな現実を認識させる。


「…今…行かなきゃ…!」


涙そのままに立ち上がる。妄想や思い込み等という空想の武器はない、丸腰のスタートだ。


「行くぞ、余計な事考えんな!」


ユウサクはケンヂの目を確認して短く言い放ち、駆け出した。


ケンヂはゴクリと唾を飲み込み、ユウサクの後ろを彼に言われたように何も考えず必死でついていく。ユウサクは盾を構え直し、ゴブリンの攻撃を防ぎながらケンヂをシンタローの近くへ誘導する。あと一息のところで3体のゴブリンがユウサクに組み付いた。


「行けケンヂ!」


一心不乱にユウサクの横を駆け抜け、戦場の後衛に無様に転がり込んだケンヂはシンタローにマジックバッグを差し出した。


「シ、シンタローさん! これ、使ってください!」


声を震わせながら叫ぶケンヂのバッグをシンタローは柔和な笑顔で受け取り、中から魔石を確認する。


「ケンヂ君、ありがと! これで勝てるよぉ!」


その笑顔に、ケンヂの恐怖が一瞬和らいだ。

自身に組み付いたゴブリンを撃破したユウサクも追い付き、ケンヂの背中を叩いてから戦闘に戻る。



***


タツオは血まみれのショウを岩壁の陰に引きずり、マジックバッグから布を掴み出す。


「ショウさん! この布で腹を押さえろ! 強く、だ!」


清潔な布をショウの右手に押しつける。ショウは意識が朦朧としながら、「…くそ、痛え…。」と呻き、弱々しく布を横腹に押し当てる。傷口から噴き出す血が布を濡らすが、ゴブリンの赤い霧を浴びたショウの身体は、異常な回復力で血栓を形成し、血流がわずかに緩む。


タツオはショウの手を一瞬押さえ、出血が制御されつつあるのを確認。


「そのまま押さえてろ! 離すな!」


そう念押しし、左腕の処置に移る。ショウの左腕は剣で深く斬られ、骨が見え、鮮紅色の血が流れ出る。


「これは…!クソ、大丈夫、大丈夫だ…やるしかねえ…!」


布で血を拭いて視界を確保。止血剤を振りかけ、魔力の効果も合わさり血流が一時的に抑まる。


針に糸を通し、タツオは傷口の端から素早く縫合開始。筋肉層を粗く縫い、皮膚を閉じる。


「ぐっ…ぉお!」


「我慢しろ! すぐ終わる!」


と声をかけ、ショウの呻きを無視して集中。

ゴブリンの叫び声が近づく中、タツオは2分で5針を縫い終え、布で腕を包んで固定。魔力のおかげか、縫合後の滲み血は通常より少ない。


横腹の傷を再確認し、ショウが押さえた布を新たな包帯で覆い、ベルトで固定。


「ショウさん、意識保て!」


ショック状態の症状を見せているショウを平らな岩に寝かせ、足を瓦礫で上げた。自分のジャケットで体を覆い、声をかけ続ける。


「ショウさん、死なせねえぞ!」


ゴブリンが迫る中、タツオは瓦礫を投げ最後の壊れた魔石ランタンを床に叩き付け光で牽制。


「近づくな!クソゴブリンが!」


気迫でゴブリンを睨む。

ゴブリンが距離を詰めようとした時、シンタローの氷結弾がゴブリンの頭に着弾。

頭部が凍りついたゴブリンは転んだ拍子に頭が氷像の様に砕けた。


「タツオさん、大丈夫!?」


「シンタローさん、助かった…!」


大きく息を荒げながら、タツオはシンタローに答えた。


***


ゴブリン達の前衛の数を確実に減らしていくミヤシゲとユウサクだったが、ここでゴブリンの後衛に動きが見える。


狭い通路を利用し、シンタローが凍らせたゴブリン達で後衛と分断していたのだが、封じ込めたゴブリンの後衛に更にゴブリンの仲間が集まり、凍ったゴブリン達を数の暴力で砕き押し退け出したのだ。


凍った仲間も凍っていない仲間も砕き、押し潰しながら這い出てこようとするゴブリンの群れの様子にユウサクは戦慄して叫ぶ。


「シンタロー、ゴブリンの後衛が出てくるぞ!」


「わかった!奥の手使うよ!!ユウサクとミヤシゲさんは左右に展開!避けてて!!」


シンタローの宣言に慌てて退避を始めるユウサクとミヤシゲ、シンタローは頭に叩き込んだダンジョンの地図を思い返し、ゴブリン達が出てこようとしている通路が直線である事を確認し、シンタローは先程ケンヂから受け取ったマジックバッグから水の魔石を2個取り出す。


シンタローは水鉄砲の装填口を2段スライドさせ、メインスロット、拡張スロットを露出。

2つのメインスロットから氷結の魔石を外し、水の魔石を装填、残った水の魔石に加え、更に水の魔石を拡張スロットに押し込む。カチッと音が響き、魔石が青い光を放ちながら共鳴を始める。


シンタローは左手を水鉄砲の銃口を押さえ込むように構え直し、ユウサクとミヤシゲの退避を確認。


引き金の横にある赤い安全レバーを親指で解除すると、魔石に耐えられる様に強化を施した水鉄砲の内部で3個の魔石が過剰なエネルギーを放出し、銃身が低く唸るような振動を帯びる。青い光が銃口から漏れ、シンタローの顔を照らす。


通路に閉じ込められたゴブリンの群れが溢れ出るのと同時にシンタローはパーティの安全のため叫ぶ。


「行くよお!!」


引き金を強く引く。

銃口から放たれた水流は、通常の射撃とは比べ物にならない圧力で迸る。細く絞られた水流は空気を切り裂き、まるで光の刃のようにゴブリンの後衛を直撃。通路で直線に並んだゴブリン達が一瞬で四肢、胴体、頭部のいずれか両断され、血と断末魔の叫びが岩窟に響く。


水の魔石を3つオーバーフローさせる事で水圧カッターと化した水流は、直線通路の狭さを活かしゴブリンの群れを切り裂く。壁に当たった水流は岩を抉り、魔力の霧と瓦礫を巻き上げて通路を一掃。


水圧カッターの発射後、水鉄砲のスロットから焦げたような煙がわずかに立ち上っている。3個の水の魔石は一撃で魔力をほぼ使い切り、青い光が鈍く曇る。シンタローは装填口を開き、使い切った魔石を素早く取り外す。


シンタローの髪が水しぶきで濡れ、チュニックが風圧で揺れるが、冷静に氷結の魔石と予備の水の魔石を装填して通常モードに戻した。


残りのゴブリンを確認する。


「ふぁ、魔石3個は痛いなぁ…。」


そこまでレアではない水の魔石を、現代科学で兵器に変えたシンタローが苦笑いをした。


水圧カッターの驚異から難を逃れた5体のゴブリン達は混乱している。前後不覚で慌てているゴブリン2体の頭をミヤシゲが掴み、握り潰しながらぼやく。


「全くとんでもねぇな…それ。」


生真面目にゴブリンと戦闘を再開したユウサクは、やはり慌てているゴブリンの首を木の盾の横で殴りつけへし折り、手近にいたもう一体を盾で岩壁に挟み仕留める。低品質な木の盾はここで壊れた。


最後の一体が死角からユウサクに襲い掛かる、この戦闘が始まった時素手のユウサクはろくにゴブリンを仕留められなかったはずだった。


ユウサクは死角から襲い掛かったゴブリンの棍棒をかわし、その顔面を殴り付ける。


ゴブリンの頭蓋はあっさり砕け、魔力を噴出して崩れ落ちたのだった。




通路はゴブリンの死体と血で埋まる。



息が上がっているユウサクはミヤシゲに近づき、気恥ずかしそうに言う。


「あー…ミヤシゲ…お前、その、助かった。」


「ハッ!どうにかなったぜ。」


ミヤシゲはそっぽを向き、ユウサクの肩を裏拳で軽く叩く。

親方が難しい仕事を終えたような満足げな笑み。ユウサクはミヤシゲの指導で視野が広がった実感に浸る。


パーティの損害を確認したシンタロー


「ショウさんは大丈夫?」


最後にショウの怪我が緊急を要する物でないか確認する。


シンタローの声を受けたタツオがショウを見る、タツオの応急措置の甲斐もあるだろうが魔力の影響か容態は落ち着いているようだ。


タツオが両手で大きく丸のサインを出したのを確認するシンタロー。


「よし、さあ稼ごう!」


パーティをまとめ、ゴブリンの死体から魔石(低品質、換金用)と粗末な魔道具(錆びた魔石ランタン、壊れたポータル装置)を回収。ユウサクがマジックバッグに詰めていく。


「ショウさんの当面の治療費に、水の魔石代も回収出来たし!これでしばらく生活費は困らないね~。」


「ビール代もな!」


笑いながら現実的な経費を回収していたシンタローの言葉に、ミヤシゲが自身の要望を付け加える。


「お前そりゃ自分で出せよ!」


戦場の空気からやっと落ち着いたユウサクが笑いながらツッコんだ。

普段砕けた身内の人の仕事の時のしっかりさに驚く事ってありますよね!


ミヤシゲの親方っぷりの片鱗が書けた気がします!後編もありますので、良かったらどうぞ!

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