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勇気

あぁ無理だ。

俺は神話の怪物を目の当たりにして、現実を受け止めざるを得なかった。

「ギャオォォス」

ビリビリと空気が揺れる。咆哮の衝撃波で何本か細い骨が折れる。

剣はもう手放していた。勇気があるから勇者なのであって、特別な力や能力があるわけじゃない。そんなこと分かってたつもりなのに、街のみんなを救いたいがためにこの怪物に挑んでしまった。

気づけば、俺は上半身を喰われ怪物の胃の中にいた。最早俺には痛覚すらなかった。俺に回復の加護なんか付けた僧侶を恨むぐらい、もうどうでも良くなっていた。

じわじわと分解されていくのを感じる。

俺の人生は物語じゃなかった。

ハッピーエンドなんて妄想でしか無かった。

現実はあまりに惨めだった。


俺が「人として」最後に抱いたのは悔しさであった。


────もう朝か。

今日は僧侶や戦士に起こされずに起きれたな。俺は横に置いてある聖剣を触る。俺の一日はこれで始まると決めている。

しかし、妙だ。聖剣があまりに小さすぎる。それに、何か忘れている気がする。

あれ?俺、死んだんじゃなかったっけ。

「⋯⋯⋯」

「⋯⋯ギャオス」

俺⋯

「(ドラゴンになってる!?!?)ギャオォォス!!」


俺は、ひたすらに無力だった。

村で力自慢大会があった。大岩を持ち上げるだけの、至って単純なもの。俺は大人五人分はある岩を持ち上げたが、他の奴らはそれを軽々と超えていった。

街に出て魔法試験を受けた。俺が出来たのは、せいぜい拳一つ分もない火の玉を出す程度だった。

17歳にしてようやくスキルが開花した。内容は、「勇気」。勇気があればあるほど力が増す内容だったが、俺の魔力量では一割増で頭打ちだった。

それでも俺は諦めなかった。

自分を信じた。

仲間が着いてきてくれた。


でもダメだった。

圧倒的な理不尽の前では、膝をつくしかなかった。

俺がかつて語っていた理想は、鋭い爪に裂かれて消えていった。

…こともどうやら無かったようだ。


赤く染まった手、いや前足を鋭い牙で噛んでみる。

「ギャオス!(痛い!)」

一瞬血が出て、一瞬で塞がれる。

どうやら夢や幻の類ではなさそうだ。それもそのはずだ。さっきから恐ろしいほどの魔力量を腹の底から感じる。今にも爆発しそうなぐらい、莫大なエネルギーだ。

「グルル!(そんな事してる暇じゃない!)」

パーティのみんなが怪我しているんだ。早く治さないと。

傷が重そうな戦士の元に近づく。酷い。右足はちぎれてなくなり、骨はおそらく全身骨折だろう。

(間に合ってくれ…!)

すうっと、無くなったはずの足が元通りになっていく。ドラゴンは最上級レベルの回復魔法さえ使えるようだ。


同じようにして僧侶も治した。

…これからどうしようか。

この姿ではもう街には戻れない。だからと言ってここに居たままでは俺を倒そうとする者たちが来るかもしれない。

「ギャオス…(逃げるしかないか…)」

そんなことを考えていると。

「な…!」

戦士が目を覚ましてしまった。まずい…

「お前、もしかして勇者か…?」

俺は驚きのあまり沈黙してしまった。人間の声帯じゃないせいではない。

なぜ分かった?いやそれよりも、どうやって俺であることを伝える?

俺はその瞬間、近くにあった聖剣が目に入った。そうだ、これを使えば…

「!」

俺は聖剣を天に向け、そっと床に置いた。俺がいつもやっていた儀式である。

「本当に…」

戦士は絶句していた、というよりも、ひたすらに驚いているようだった。

「何があったかは知らねぇが、助けてくれてありがとな。」

戦士はそう言って拳を出してきた。俺は戦士と五倍は差がある赤い拳を、力強く合わせた。

すると、

「ギャオス!?」

みるみる体が小さくなっていき、深紅の巨大だった体があっという間に元の人間の姿に戻った。

「喋れる…」

助かったんだ。

俺は下を向いて静かに泣いた。そんな俺を、戦士は力強く抱擁してくれた。

俺たちは未だ起きない僧侶を担いで近くの宿に泊まった。

「本当に分からねぇのか?ドラゴンになった理由とか、その姿に戻れた理由とか。」

深刻そうな顔で戦士が聞く。

「あぁ。でもただひとつ覚えてるのは、俺がドラゴンに食われたってことだ。」

「食われた!?じゃあ寄生虫みたいにドラゴンを取り込んじまったってことか?」

「どうやらそのようだ。」

「ッ…!」

威厳のある低い声が部屋に響く。

「誰だ!?」

「誰だとは失礼だな。ついさっき戦ったばかりじゃないか。」

よく耳を澄ましてみると、声は俺の腹辺りから聞こえてくる。もしかして…

「あぁ、もしかしてだ。お前に“寄生”された、ドラゴンだよ。」

「なっ…」

驚きのあまり、戦士も俺も息を呑んだ。

「そんな構えるな。私はどうせ無力だ。今はそれより、状況を整理するべきだと思うがね。」

さすが神話の生物とでも言うべきだろうか。俺に取り込まれてなお意識があるなんて、感嘆よりも恐怖心が勝るぐらいだ。

「私は貴様に取り込まれてしまった。お前のスキル“寄生”によってな。」

「寄生?俺にそんなスキルは無いぞ。」

「バカを言うな。貴様は自分のスキルすらまともに知らないのか?」

呆れた口調でドラゴンが言う。

いや、本当にない。ついこの間ギルドでステータスを確認したが、そのような項目は書かれていなかった。しかも、人間はスキルを“ひとつまで”しか持てない。既に「勇気」スキルを持っている俺はもうひとつのスキルなど待てるはずがないのだ。

「まあいい、そんなことは重要では無い。今貴様にとって重要なのは、そこの未だ目を覚まさない僧侶だろう?」

「なに…?お前、僧侶に何かしたのか!」

思ったより大声が出た。ビリビリと大気が揺れる。

「僧侶は私の『威厳』スキルを食らった。それが何を意味するか分かるか?」

ゴクリと唾を飲み込む。

「今僧侶は、“恐怖”状態にある。つまり、ただの回復では目が覚めないだろうな。つまりだ、体を私に渡せ。そしたら私が治してやろう。」

「お前こそバカを言うな!今自分がどんな状況かわかっているのか?」

「…。」

少しの間沈黙が続いた。

「お前なら治せるのか?」

「さあ、どうだろうな。」

ドラゴンはどうやら答える気は無いようだ。

「取り敢えず、街の医者に診てもらおう。ドラゴンに頼ったって埒があかねえよ。」

戦士が宥めるように言う。

「そう、だな。話はそれからだ。」

「今日は遅いしもう寝ようぜ。久しぶりの宿だしな。」

戦士はそう言って笑う。

「あぁ、言い忘れていたが…」

「何だよ。まだなんかあんのか。」

「私は夜行性だ。」

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