101話 シロップと迂闊
迂闊な発言は鬼神を目覚めさせる。
今すぐにでもこの濃縮樹液を味見したいところだが、取り出しても周囲の熱ですぐに蒸発することが判明してしまった。樽を開けるまでは大丈夫なのに、開けた瞬間からその保護がなくなってしまうのだとか…こういうところはまさにファンタジーだよなぁ。現実だったらすぐに蒸発して樽の隙間から漏れ出すか爆ぜるだろ。
「味見は下山した後にするしかないか」
そういって項垂れるモルト。個人的には今すぐ確認をしたかったけど仕方がない。
『むぅ』
「フェルちゃんも言ってるけど、そんなに気にすること?確かに何かの液体が入ってるっぽいけど多分樹液でしょ?」
確かゴムって樹液から作られてたからそれなら欲しいけど、確か白色の樹液だし。このエルダートレントの樹液は切り株から見た限り違ったからなーとぼんやり考えていたピリン。
「まぁ樹液は樹液なんですけど…俺って鑑定を持ってるじゃないですか」
「そういえばそうだったわね。それで食べられるものだったから試してみたいってこと?」
『あむ?』
「多分辛くはないと思うわよフェルちゃん…」
だとしてもそこまで残念になるほどの物なのだろうか…確かお父さんがキュアベリーの栽培に使えるって木炭作りの時に出来た液体を回収してたけど、あれは焦げ臭いし触ると危ないんじゃなかったっけ?まぁ頑張れば燻製みたいな物を作るのには使えそうだけど。
ただその液体だとしてもそんなに項垂れるレベルの物じゃないだろうと、フェルをしれっと抱えて樽を運ぶ作業を再開しようとしたところで。
「この樽の中身メープルシロップだと思うんですよね」
「メープル……シロップ?」
『んむぅ~』
離せ~と腕の中で藻掻くフェルをよそに――どうやら筋力強化の付与はもう切れてしまったようで、顔を真っ赤にしても抜け出せていない――非常に危険なワードがモルトの口から発せられたことに反応するピリン。
「はい!多分あのエルダートレントって楓の仲間だと思うんですよね…種も翼果で濃縮していない樹液の方にさっぱりした甘さで爽やかな味がするって書かれてたので」
思い返してみれば炭化した樹皮が爆ぜた時に、樹液が蒸発した香りがスイカみたいだったんだよ。確かサトウカエデとかの樹液って瓜系の爽やかな香りがするって聞いたことがあるし、合ってると思うんだ。
「ただここら辺の植生的にきちんとしたヤツかどうかは分かりませんけどね。でも濃縮樹液に色の濃厚さの違いとかが書かれていて、クッキーやパン生地などに練りこむのがいいってあるんでほぼ確定だと思う「ストップ!そこまで!」んえ?」
突然焦ったような顔と手の動きでこちらの話を遮ってくるピリンさん…そんなに必死な動きをする必要があるかな?……ああ成程!
「別にこのドロップ品を分けて欲しいとかはないですよ?俺は俺でマジックバッグにもう入ってますから」
女性は甘いものに目がないって言われるもんなー。なんだっけ、実際女性の方が甘いものを食べた時に幸せを感じやすいって研究があるって姉ちゃんに言われたことがあったっけ…まぁ5つ入りのどら焼きを誰が2つとるかって時に言ってたやつだから本当かどうかは知らんけど。
「それは今どうでもいいの!今大事なのは…遅かった……」
『ひぅ!』
フェルが悲鳴を上げながら両手を目に当てた。何か恐ろしいものでも見てしまったかのように動きに疑問を覚えながら、目を隠す前の方向に体をゆっくりと向けた――自分の背後だけど。
「何か他のモンスターでも来たか?それに遅かったってどういう「は~いモルトちゃん~」……」
そこにはどこまでも輝くような笑顔を携えながらも背後にオーラを携えたパネットが、両腕に濃縮樹脂の小樽を抱えながら立っていた。うん、見事に薄い方と濃い方を選んで持ってキテルナー。
「そのお話、ちょっと後で詳しく聞かせてもらえないかしら?」
パネットは狂うというか本気な時はゆったりした雰囲気が抜け、言葉も波線「~」が無くなるイメージにしています。
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