11話 名前と分かたれた主従
やっと正式に始まります。
「いやぁ、綺麗に忘れてたな」
『名前を決めるのなんて一番大事なことなのに…』
「最初から衝撃的だったからな!」
上空から襲い掛かってくる謎の妖精とその後のことを考えれば、何かしらが抜けていそうなのはあり得るかもしれない。というか実際にあり得ている。
『私も何で忘れていたのかしら?』
思い出されるのは最初の落下からギフトの先行取得、ゴブリンに襲い掛かる草刈り人間に精霊様の登場、ならびに精霊の泉へ着水――うん、忘れていてもしょうがないわね!
「まぁ名前はもともと決まっていたからいいか」
『あらそうなの?新しい世界での名前なんだから、結構悩むものかと思っていたのに』
「元々の名前をもじっただけだからなぁ…名前はモルトで決定っと」
『モルト?ビールに使われたりするやつだっけ?』
「それもあるが、味噌に使われる方だな」
耕司だから同じ呼び方の麹。さらに英語にしてmaltといった具合であり、シーズが言ったのは麦芽で同じ英単語が使われる。ややこしいね!
<名前をモルトで決定しました>
<すべての項目が記入されました。やり直しは出来ませんがこれでよろしいですか?>
「よろしいですよっと…うおっ!」
『おおーここで種族が反映されるのねー』
<種族スキルを選定中・・・龍眼を取得しました>
全身からゾワッとした感覚と、耳の後ろから何かがにゅっと生えてきたようで少しこそばゆい。
「ってあんまり変わらないんだな。そんで種族スキルの龍眼ってなんだ?果物?」
『そんなわけないでしょ…種族ごとにある固有のスキルよ、それでも氏族によって多少の違いがあるし人族とかだと無いのよね。それにしても龍化とかだったら面白かったのに』
「人の獲得スキルで面白がるんじゃないよ、まったく。耳の後ろがこそばゆかったのは…角か?」
触ってみると硬い手触りがあるので角でよさそうだ。
『結構小さいのねー言われないと耳飾りだと思うぐらいだわ』
「おい、勝手に触るな。くすぐったいぞ」
『あれ、ちゃん感覚があるのね。鹿氏族の角とかと一緒だと思ったわ』
頭は外れないし煎餅も出てきません。コプターにもコーヒーメーカーにもならないが武器にはなる。
<続いて装備品を選択してください>
「装備かぁ。武器は割と使いやすかったし大鎌でいいか。他の農具は現地で買えばいいや」
『いいんじゃない?あれでドンドンゴブリンやオークを狩ってくれたらいいわね!』
「はいはい(しれっとオークが追加されたな)。バッグはウエストバッグでいいし、防具は…最初から決まっている感じか」
『頭装備はないから早めに購入しないとねー』
バッグは初期装備として選べるのがリュックサックかウエストバッグのどちらかで、装備は頭以外の胴・腕・脚・靴の五種類となっている。
「これで終わりだな。決定っと」
『さっきと変わらなくてつまんなーい』
「変えようがないんだから仕方ないだろ。バッグに採集物は…無いよなぁ」
戻って来た時までに使っていたバッグと形は同じだが、中身まで一緒というわけではないようだ。あきらめの悪い男だ。
「何か貶されたような気が」
『気のせいじゃない?』
<クプースへの異転の準備が整いました。異転する国を選択してください>
「そこも選ぶのか」
『結構重要よー?国ごとに出てくるモンスターや気候が違うんだから』
「生えてる植物も違うだろうからな。タップで説明が出るっぽいし見て決めるか」
【ノス帝国:冬の時期は大雪に国土の半分が覆われる国。商業が発展しており近代的】
【サワス王国:いつでも温かい常夏の国。海が近いため漁業や養殖、ウォータースポーツが人気】
【イストン共和国:獣人が集まりできた国。闘技場での戦いや牧畜が行われている】
【ウェンス王国:様々な種族が集まる国。自然が多い国であり採掘や農業が盛ん】
『まぁ、あなたはウェンス王国よね』
「なぜわかった!?」
『農業の文字があるんだから一択でしょうに…それに顔がわかりやすすぎるわ』
顔?そんなに分かりやすかっただろうかと思ったが、ウェンス王国の説明を読んでいくうちに口角は上がるわ目の中の輝きがどんどん増えるわと誰が見ても明白である。
「それじゃあウェンス王国で決定っと」
<ウェンス王国で本当によろしいですか?>
「やけに強調してくるな…」
『そりゃまあ、一番最初に降り立つ場所なんだもの。きちんと考えて欲しいじゃない』
「誰が考えなしだって?」
『農業の文字だけで決めたんだから何も変わらないでしょうに』
「採掘も大事だから決めたぞ!」
結局その二つの文字で決めたようなもんなので考えなしと変わらない気がする。
『これから大丈夫なのかしら…まぁ何とかなるでしょうから頑張ってね!』
「頑張ってねって…付いてこないのか?」
『私は担当官として誕生をサポートするだけだもの。それが終わったら元の生活に戻るのよ』
「なるほどな。これからでも説明とかしてくれたら助かったんだが」
『頼ってくれるのは嬉しいけど、まずは自分自身で頑張っていかないとねー』
「そんなもんか」
「そんじゃあシーズ。また会えたら会おうな」
『ええ!その時にはもっと面白くなってくれていたら嬉しいわ』
そこは期待しないでほしいなぁと思いながらもお互いに手を振り、モルトはウィンドウの<はい>を押した。
<ウェンス王国へ異転を開始します。どうぞ新しい生活をお楽しみください>
『なぁーんてね♪仕方がないからあな
<プレイヤーの重複が確認されました。他の地点に転移します>
<プレイヤーの重複が確認されました。他の地点に転移します>
<プレイヤーの重複が確認され――
シーズの姿が見えた気がするが、瞬時に景色がどんどん切り替わっていく。
同じような言葉が20回ほど続きようやくどこかにたどり着いたようだ。
<ウェンス王国第3エリア・隠し村ファティリに転移しました>
「お、やっと完了した…第3エリア?1じゃなくて?」
…どうなってんだ?
―――第1エリアに置いていかれた妖精
『なぁーんてね♪仕方がないからあなたに付いていってあげる!楽しい生活を送ってくれないと承知しないんだからね!』
そういって目の前の犬獣人に指をさす…獣人?
「お、おう。い、一体どうした?人違いじゃないか?」
そういって、自分の後ろや周囲を確認する犬獣人の異転人。しかし、周りにはこちらに注目する異転人ばかり。
『え…い、居ない!?あなた龍人の男を見なかった!?』
「竜人の男?リザードマンの奴ならそこにいるが」
犬獣人のプレイヤーがそういって少し離れた場所にいるリザードマンを指さす。
「俺じゃない」
そう答えるリザードマンの異転人。
「ってかリザードマン?そんな種族無かったぞ!?」
「まさかレア種族か!」
「掲示板を見ろ。もう行くぞ」
面倒事を避けるように去っていくリザードマンの男を尻目に、全く関係のない方向に沸き立つ者達。ただその者達を見渡してもモルトは何処にもいない。
『ここにも!あっちにもいない!』
異転人たちがやってくる広場を離れ、街のあちこち確認するが、モルトの姿はどこにも見えない。当の本人はいきなり第3エリアに送られて放心状態になっている。
『どこいったのよー!?』
そう慟哭する声が広場の喧騒に紛れていった。
これにてやっとプロローグ終了です…長かった。
シーズの場合はプレイヤーは異転人という認識なので、表記をそうしています。プレイヤー視点の時は名前かそのままプレイヤーです。
それと人族に固有スキルはないのですが、種族ごとに特性があるのでそこで調和を取る予定です。
掲示板回とちょっとした閑話を挟んで第1章となります!
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