03 分かれ道
ポカーンとした表情で、ぼんやりとしながらも事態を受け止めつつあるサトシ。さも全て分かっていたとばかりにしたり顔で頷くムッシュ。
「では早速じゃが、これからお主に向かってもらう予定の3つの世界を提示しよう。いずれもその時代、その世界には見合わぬ事象が起きており、何者かの介入が疑われるのでその調査をお主にお願いしたい。
1つ目は『倭の国ブシドー』。文明レベルはお主がいた時代よりも500年ほど前、戦国、安土桃山時代にかけてといったところか。元々、刀や弓を使って合戦が行われておったところに、急に近代兵器が使われ出したとの報告がある。
2つ目は『騎士と魔法の国ユーロペ』。文明レベルは中世ヨーロッパといったところ。ただし、この世界には魔法が存在する。“オーガスト”を扱うことができるお主ほどではないが、無から有を生み出す力を持った魔術師がいるから気をつけよ。最近、この世界の根幹をなす魔法そのものに何やら異変が起きておるとのことじゃ。
3つ目は『未来都市ロボ』。文明レベルはお主がいた時代より1,000年は先をいっておるかもしれん。労働は全てロボットが行っている。基幹となる統合型中央演算処理装置ミライエが世界全体を管理し、制御している。人間は一切働かなくても幸せを享受できる満ち足りた世界になったはずなのじゃが、どこの世界にも、はみだし者はおっての。レジスタンスと呼ばれる反体制派が暴れておるらしい」
マーリンは魔法で手に持っている本から、各世界の映像を空間に投影しながら説明をした。サトシは呆然としながらも、何とか情報を頭に1つ1つ入れていく。そして、さっきから1番気になっていたことを質問した。
「分からないことだらけですが、ひとつだけ。俺がいない間の元の世界での仕事のことが気になって。上司とか親に連絡させてもらっても?」
そう仮にも社会人。会社で倒れて入院したものの仕事のことが気になっていた。何だかんだ責任感はあるサトシであった。
「それには心配に及ばぬ。お主の代わりとなる人形を既に送っておる。また、お主が希望するならば、時間を遡って、元の世界に送ってやることもできるから案ずるでない」
マーリンはサトシの部屋の映像を投影して見せた。そこでは精悍な顔つきの青年が、テキパキと病院から持ち帰った荷物の荷ほどきをして、部屋の片付けをする姿が映っていた。
安心したサトシ。心持ち、いや、かなり引き締まった顔つきの自分のダミー人形に当惑しつつも、今後のことを考えていく。
『騎士と魔法の国ユーロペ』。魔法の力は昨日のゴーレムとの闘いで目の当たりにしていた。いくら特別なデバイスを所持し、強化されているとはいえ、素人の自分が歴戦の魔術師がいる世界にいきなり飛び込むのは躊躇した。それに騎士がいるとなると、うっかり失礼な言動をしたら無礼討ちに遭いそうだ。
『未来都市ロボ』。1,000年も先の技術って何だ。それにレジスタンスとかなんか怖そう。
消去法でサトシが選んだのは、文明レベルが自分のいた時代より低く、魔法の存在がなさそうな『倭の国ブシドー』。それにサトシも男の子。織田信長、武田信玄といった有名武将が活躍した戦国時代の話や三国志に、中学生の頃思いっきりはまっており、実際に自分の目でその世界を見てみたかった。
「まずは『倭の国ブシドー』に向かいたいと思います」
「ふむ、それがよかろう。詳細はマエストロに伝えておるから、現地で聞くがよい。それにいくつか必要なものも渡しておこう」
どこから取り出したのかマーリンの手には布袋があり、サトシの左手首に装着された魔術デバイス“オーガスト”にその布袋は吸い込まれた。驚き、目を瞠るサトシ。
「そう驚くこともあるまい。“オーガスト”には無生物なら何でも格納できる。取り出すには念じるだけでよい。やってみよ」
マーリンに促され、試してみる。最初は時間が掛かったが、手元に布袋を自在に出し入れすることができた。
「では、またの」
「え、いきなりですか!?」
アイテムボックス機能が問題なく使えるようになったことを確認したマーリンはサトシの前に空間転送用の扉を開いた。突如として吸い込まれるサトシ。