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過ぎたるは尚及ばざるが如し  作者: こーひーさまー
第一章 力の目覚め
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02 賢者マーリン

 チュン、チュン、チュン。

 翌朝、鳥のさえずりによってベッドから起きるサトシ。


「あれ、ここは。何だ、昨日のあれは全て夢か」

 病院のベッドも壁も元通り。午前中に医師の診察を受け、無事退院となった。私物は会社の同僚が運んできてくれていた。自宅である古いボロアパートに着き、鍵を開け、中に入ろうとすると、部屋の中が突如として輝き出す。


「な、何だ、これ!?」

 光が収まると、扉の向こうには見たこともない世界が広がっていた。島が幾つも浮かび、半球状のドームに包まれている。そして島一つ一つが全く違う文明のようだ。煮えたぎるマグマがふつふつと湧いている島もあれば、中世ヨーロッパ風の城が建っている島、工場が建ち並び、スモッグが煙突から絶え間なく吹き上がっている島もある。

 あまりに幻想的な光景に、とてもこの世のものとは思えず、半ば思考停止状態に陥るサトシ。棒立ちのところに”とある人物”の声が脳内に響き渡る。


「サトシ、サトシ、聞こえますか。私です。ムッシュです。今、私は事情があって動けません。貴方の助けが必要なのです。さぁ、一歩踏み出して」

 怪訝な表情を浮かべながらも、手を異空間の先へと突き出すサトシ。トポンと滑らかに空間の先に腕が入っていく。それと同時にどこからともなく、邪悪な笑い声が聞こえてくる。

「クゥー、クック。ハァー、ハッハッハ。入りましたね! たしかに自らの意志で“エデン”へ。それでは1名様ご案内!」

 突如、突き出していた腕が強引に引っ張られ、身体ごと異空間へ引きずり込まれるサトシ。

「ぐわぁ~、なんじゃ、こりゃー」

 上下左右も曖昧な世界で、色とりどりの島の間を駆け抜けるように進むサトシとムッシュ。事態に全くついていけないサトシは自分の腕を掴んでいるのがムッシュと分かると、ようやく問い質す。

「お前は昨日の謎生物。何者なんだ一体。それにここはどこだ? 俺をどこに連れて行くつもりだ?」

「ふっふっふ。それは着いてのお楽しみですよ」

 どれほど時間が経っただろうか。体感的には1時間以上ジェットコースターに乗せられたようにも感じられたが、案外5分位のことだったのかもしれない。息も絶え絶えのサトシが気づいたときには、古びた神殿のような所にいた。


「マーリン様、到着が遅くなり誠に申し訳ありません。『智の称号を有する者』をお連れいたしました」

 先ほどまでのふざけた態度から一転、膝をつき、礼儀正しくお辞儀をするムッシュ。壇上には一人の大柄な老人がいた。古の聖人のような白っぽい生成りの衣を身にまとい、背筋は伸びていた。手には年季の入った杖と分厚い革の本が握られていた。

「ほっほっほ。お主がサトシか。直接、顔を合わせるのは初めてじゃな。儂の名はマーリン。賢者などと呼ばれておるが畏まる必要はないぞ。お主には仕事を引き受けてもらうのじゃからな。むしろ感謝するのはこちらのほうじゃ」

 状況からこの老人が親玉だと察するサトシ。また、その声にも聞き覚えがあった。

「あんたがこの訳の分からない生物の親か? それに俺の腕についているこのデバイスもあんたの仕業か? この世界は一体何だ? 俺は何に巻き込まれたんだ?」

 疑問点が多すぎて、混乱するあまり、口調が荒くなるサトシ。老人は幼子をいたわるようにその様子を眺めていた。

「まぁ、まぁ、落ち着け。順を追って話そう。ところで、マエストロ。どこまで説明はしたのかの?」

 賢者マーリンに冷たい眼で見つめられ、見る見る内に青ざめていくマエストロ・ムッシュ。

「失念しておりました。も、申し訳ございません。昨夜はゴーレムの襲撃があり何も。本日は連れてくることだけに夢中でして・・・・・・」

 あきれ顔のマーリン。そう、ムッシュはおっちょこちょいであった。

「もうよい。サトシ、急にこのような場に連れ出し、すまなんだ。まず、こやつはマエストロ・ムッシュ。智の称号者に寄り添う精霊じゃ。少々そそっかしいところはあるが優秀じゃぞ。そして、お主の腕に装着されているデバイスは“オーガスト”。称号者が力を発揮するのに必要なアイテムじゃから絶対になくすなよ。といってもそう簡単に外れはせんがな」

 ムッシュをしばし見つめた後に、おもむろにデバイスを外そうとする試みるサトシ。たしかにデバイスはどうやっても外れそうにない。

「そして、この世界のことじゃな。これからお主に頼むこともそのことじゃから都合がいい。お主がこれまで生きてきたのは地球の日本という島国じゃろう。四季があり、緑豊かでよい国じゃの。では、この世界のことはどう思う?」


 一瞬で転移したそこは死の世界。緑はひとつもなく。空は真っ暗。大気は薄汚れており、地面はひび割れた荒野のようであった。

「およそ人が住める環境じゃないですね。これはひどい」

「中々、素直な感想じゃ。しかし、もし、ここがお主が住んでいた国の成れの果てだと言ったらどうする?」

「ハァーッ? どういうことですか? こんなひどい所が日本な訳ないでしょ。それこそ核戦争でも起きない限り」

「ふむ、そのとおりじゃな。では戻ろうか」

 また、一瞬にして神殿に転移した。

「哀しいことじゃが先ほど伝えたことは真実なのじゃ。お主がゴーレムに襲われたあの日、実は各国の要人が暗殺されるところであった。お主が入院していた病院には、日本の大臣が入院しておってな。疑心暗鬼に陥った各国は小競り合いをし始めて、最終的には核戦争が起き、あのような死の世界を招いた」

 俄には信じがたい話であったが、老人の言葉には真実味が感じられた。


「仮にそうだとして、なぜ俺なんだ。なぜ俺みたいな取り柄のない奴にこんな力を」

 デバイスを凝視しながら、昨日のことを振り返るサトシ。あれは常人には絶対にできないことだった。それに大臣なんて偉い人がいたならその人に力を持たせた方が安心なのではとも思った。

「“オーガスト”を授けるにはいくつかの条件があっての。1つ目は現状への強い不満。理想とする自分とのギャップとも言えるかの。満たされている者ではその力は十全に引き出せぬ。そして、2つ目は想像力。想いの強さじゃ。神秘の力を実体化するためには、柔軟な頭脳が必要となる。あの場にいた中で、最も“オーガスト”にふさわしかったのがお主なのじゃよ、サトシ」

 賢者マーリンの言葉を反芻するサトシ。言われてみればサトシには会社で思うようにいかない強いストレスがあり、妄想力だけはアニメやゲーム、ファンタジー小説を昔からこよなく愛してきたからか、ピカイチであった。


 やや納得がいった様子のサトシに、マーリンは優しく微笑みかけた。

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