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過ぎたるは尚及ばざるが如し  作者: こーひーさまー
第一章 力の目覚め
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01 はじまり

 30代サラリーマン新重アラシゲ サトシは困難に直面していた。これまでの人生は順風満帆。持ち前のIQの高さを活かし、有名私立高校に進学、地方国立大学を卒業後は東証一部上場企業に入社。上京し、サイタマの中堅都市を拠点に働く毎日。


 しかし、そこに待ち受ける困難。そう悲しいことに、サトシは会社では全く役に立たない無能と化してしまったのだ。一癖も二癖もあるベテランSEの諸先輩。致命的なコミュニュケーション障害を抱えるサトシは、人に物を尋ねるのがとにかく苦手。また、努力を継続する意志も弱いときた。それまでは自力で本やネットで調べる、周りの様子から何となく技術を盗むことができた。しかし、暗黙の独自ルールも多い会社においては、そう上手くはいかなかった。


 後輩にもバカにされ、周りに全くついて行けず、次第に口数が減る。表情も乏しくなる。大好きだったはずの本を読んでも、映画を観ても、ちっとも楽しくない。

 

 ストレスから異常に甘いものがほしくなり、コーラ2リットル一気飲み。牛乳バーのアイス1箱一気食べを繰り返し、トイレダッシュが日常となった。その頃には、手足の冷え、慢性的偏頭痛、声も上手く出せなくなり、相手の話がよく聞き取れなくなっていた。音としては聞こえるのだが、話が頭に全く入ってこない、理解できないのだ。


 そして、とうとう会社で上司から叱責されている最中に、自律神経の迷走を起こし、突如倒れて入院。


 そうして今、病院のベッドの中で、心の底からサトシは願った。

「ちっきしょー!来世はヒルズ族みたいなキラキラの毎日過ごして、超美人なボンキュッボンの姉ちゃんとハワイで結婚式挙げて、老後は軽井沢の別荘で孫たちに囲まれながら、BBQ三昧してやるんだから」

 人目も憚らず叫び、号泣するサトシ。苦笑する同じ病室の入院患者、看護師たち。どれほど時間が経っただろうか。


「その願い、たしかに聞き届けた」

 部屋の中に突然響き渡る声。目の前の景色が歪む。

「やっぱり俺、相当ヤバいのかな」

 自分の頭がとうとう完全におかしくなったのではと、心配になり出すサトシ。まもなく視界が急に眩しくなり、別の空間に移った気がした。しかし、実際には何ひとつ変わらず、病院のベッドで寝たまま。


「なんだよ、夢か」

 しかし、そこにはさっきまでいたはずの人が誰もいない。看護師も入院患者も。室内はもぬけの殻で、驚くほどに静かだ。

「あれ、それに、何だこれ」

 左手首には黒い時計のような摩訶不思議なデバイスが装着されていた。サトシは着け心地が不快なので、時計やネックレスといった身体に着けるアクセサリーを普段は一切使わない。しかし、このデバイスは全く重さを感じず、身に着けているという感覚すらほとんどない。ぷらんぷらんと腕を振ったり、直接触ってみても変化なし。

「何なんだ一体。うぐっ。うがーっ、うぐゎあが、ぺゴッ%$#」

 サトシの脳内に、サブリミナルメッセージのようにイメージが次々と浮かび上がってくる。

「汝、開眼せよ。先人偉人の残した大いなる智慧の前に跪き、思考の彼方へ誘われよ≪ウィズダム≫」

 あまりにも膨大な知識の奔流の前に、サトシは意識を保つことができず失神した。


 目覚めた時には真夜中のように真っ暗だった。

「全く何なんだ一体」

 ほのかに青い光の粒を放射線状に放ち出したデバイス。恐る恐る人差し指で触れた途端、

「にゃんと!おめでとうございます、旦那様。貴方様は賢者マーリン様からこの国を守るために智者の称号≪ヴィズダム≫を授かりました」

「なんだ、お前。というかこの生き物。生き物で合ってるのか?これ」

 黒くて丸くて短い尻尾の生えた、フサフサした青い眼の生き物?が突然デバイスからぽんっと飛び出して来た。

「申し遅れました。私、精霊族キャット目のマエストロ・ムッシュと申します。以後ムッシュとお呼びください。貴方様の今後の業務のサポートをさせていただきます」

「何だって。ん、それよりも何だ、この物音。病院はペット禁止だ。ひとまず隠れろ!」


 突如、ブザーのような音が病院中に鳴り出した。病院スタッフが来ると思い、ムッシュを抱えて慌てて布団に潜り込んだサトシだったが、全く人の気配がしない。

「おかしいな、こんなに大きな音が真夜中に鳴ってるのに何で誰も騒がないんだ」

 不審に思い、布団から外を覗き見るサトシ。

「“エデン”には一般人は入ることができませんからね。それよりも貴方様、早く闘う準備をしないと死にますよ」

「はあっ!?」

 突然、真顔で物騒なことを言い出す、黒くて丸い謎生物。当惑するサトシが気配を感じて、廊下を振り返り見たその時、


「ズシンッ」

 重低音と共に、金属製で二足歩行のモノアイ・ゴーレムが現れた。

「賢者の手先、魔術師発見。魔力値、計測不能。デバイスが完全に起動していないことから儀式契約の最中と思われる」

 顔の真ん中にデカデカとついたカメラのような眼をギュルギュルと動かして、サトシを吟味するゴーレム。機械音声で誰かと通信をしている。


「ピー、、、ガガガガ、、、コロ、セ、いますぐに。力が目覚める前に。どんな手を使ってもだ。ブツッ」

 冷徹な男の音声が不明瞭ながら返ってきた。同時に、先程まで黒かったゴーレムの眼や関節駆動部が鮮やかに赤く輝き出す。サトシは眩しくて顔の前に手をかざした。

「監視モードから戦闘モードへ移行。武装全解除。外敵を脅威度Sランクと認定。速やかに駆逐する」

 モノアイ・ゴーレムの背中から、翼のような金属パーツが飛び出し、白い蒸気が噴出した刹那、サトシの寝ていたベッドはゴーレムのタックルで吹き飛ばされ、窓際の壁に衝突。勢い余って壁をぶち破り、庭に飛び出した。


「もんげー、何じゃこりゃ!死ぬ〜」

 サトシの病室は3階。会社員時代の苦難、楽しかった学生時代の思い出を走馬灯のように振り返りながら、落下するベッドと、その上のサトシとムッシュ。

「この高さ、ノーダメージとはいかなそうですね。骨の一本や二本折れるかも。どうしますか、旦那様?」

「どうしますかも、こうしますかも、ねーよ。落ちたくない、死にたくねえよ」

 泣きべそをかくサトシ。

「承知しました。落下回避。浮上せよ≪フロート≫!」

 重力に逆らって落下速度を落とし緩やかに止まるベッド。驚愕するサトシ。

「おい、黒玉。なんだ、今の!?」

「黒玉ってもしかして私のことですか。失礼な!私のことはムッシュとお呼びください」

ぷいっと顔をそむけていじけるムッシュ。


「ガギッ」

 一難去ってまた一難。ゴーレムが壁の穴から身を乗り出し、サトシに狙いを定める。

「魔導粒子砲チャージ開始。目標:賢者の手先。3,2,1,ファイア!」

 ゴーレムの左腕砲身から吹き出る熱線。光の速さでサトシに届くかと思われた。

「うわー、あちい。て、あれ、見える。どういうことだ、これ」

 さきほどの落下のときもそうだったが、今回のレーザー砲も非常にゆっくりとした速度にサトシには感じられる。

「旦那様、貴方には賢者から授けられた智者の称号がありますから。あの程度の攻撃、見切れて当然です」

「なんだよ、その称号って?」

「では私がこれから唱える呪文を繰り返してください。いきますよ」

「うわ、ちょっと待って」

「聳えし白い巨塔、虚空を漂うウィンディー、大地に眠るジンの鼓動、我が前に立ち塞がる強敵から我を守り給へ≪3点バリア≫」

「そびえし・・・・・・何だって、分かんねえよ≪バリア≫!≪バリア≫!!ええい、≪バリア≫!!!」

 先に唱えたムッシュの術式の方が先行して展開する。白色、空色、土色の魔法玉が何もなかったはずの空中にゆっくりと浮かび上がり、それぞれの魔法玉をつなぐ線が通ると、透明度の高い三角形の大きなガラスのような壁が、サトシたちの前に出来上がった。

「おお、すげえ。あれ、俺のはどうなった」

「ノーコンではありますが、初見で防御魔法を曲がりなりにも発動させるとは。中々、見所があるようですね。流石は称号者といったところですか」


「ビシッ」

 金属にヒビが入ったような嫌な音が上空から聞こえる。見上げるとゴーレムの左腕砲身を塞ぐように、バリアが三重に展開されていた。熱エネルギーは行き場を失い、逆流したことでゴーレムの砲身が砕け散った。

「エラー発生、エラー発生。左腕損傷甚大、修復不可能。機関部への影響を排除するため、パージする」

 左肩から先がプシューと音を立てて外れる。ごとりと落ちる故障した左腕。

「ハハハ、結果オーライってやつか」

「いいえ、フルメタル・モノアイ・ゴーレムは倒すなら、一撃で心臓の機関部を壊すのが鉄則です。よりによって遠距離攻撃用の左腕に致命的な損傷を与えてしまうとは」

 お気楽なサトシと対照的に状況を冷静に分析し悲嘆にくれるムッシュ。

「なんでだよ、これで、あいつはもうレーザー攻撃はできねえだろ?」

「ゴーレムの本領は遠距離攻撃にはありません。ほら、来ましたよ」

「うおっ!はやい」


 解放した背中の翼を使い、迫り来るゴーレム。巨体を俊敏に動かし、ブンブンと華麗に手足を振り回す。

「リミッター解除。機関部燃焼率120%。自爆プログラム:起動」

「肉弾戦が得意なのかよ。見た目より素早いし。自爆ってなんだ。道連れにする気か!?」

「結構なダメージを与えてしまいましたからね。旦那様を倒して帰還する想定だったのが、予想以上に手強いので、相打ちも覚悟でって判断でしょう」

「冷静に解説している場合じゃねえよ。どうすんだ、これ」

「カウントダウン開始、5,4,3・・・・・・ガシッ」

 サトシたちが腰掛けているベッドを右腕で掴み、覆い被さるような体勢となるゴーレム。


 絶体絶命のピンチの中で、極限の集中状態へと入るサトシ。どこか遠くを見つめる瞳。思い出すのは祖母の家で過ごした夏休みの一幕。

「縁側で飲んだ瓶のソーダ、最高に美味かったな。そういや、お前の眼まるでビー玉みたいだ。縮まれ、縮まれ、ビー玉みたいにまん丸に≪シュリンク≫」

「2,1・・・・・・グギュルルル、キュポンッ」

あわや大爆発という寸前、突如、球状に縮まり出すゴーレム。

「うわわー、て、あれ、なんか止まった!?」

 コロンと転がる鋼色の玉。先ほどまでゴーレムだった物体だ。


「お見事! 稼働限界が近づいていたとはいえ、自爆を無効化しゴーレムを一瞬で封じるとは」

「なんだ、稼働限界って?」

「ゴーレムの弱点のひとつです。特にフルメタルタイプは重量も重く、熱処理にも魔法エネルギーを使うので、本格的な戦闘モードでは3分間しか戦えないのですよ」

「なんだ、そのポンコツは。まあ、いーや。助かったぜ! わっほい!!」

 とりあえず、命が助かったと浮かれるサトシを白い目でみるムッシュ。

(そのポンコツに殺されそうになったのはどこのどなたですか。仮にも賢者マーリンの直弟子となろうものが。これは鍛え甲斐がありそうです)


 サトシはこの時まだ何も知らなかった。平行世界“エデン”のことも、魔術デバイス“オーガスト”のことも、“賢者マーリン”の弟子になるということの意味も。

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