オレ以外のヤツと一緒になるとか考えるのも嫌だった
なんとなく暴走気味に結婚準備が進んでいくなか、私はイジュの家へとやってきました。
我が家と彼の家は、敷地を間に挟んで隣り合っています。
もともと仲の良いお隣さん同士であった両家ですが、イジュの両親が亡くなってからは更に付き合いが濃くなりました。
まだ九歳と幼いイジュが一人で暮らすのは大変だろうと、父が「我が家で共に暮らさないか?」という提案もしました。
私たち家族は彼と一緒に暮らすことを望んでいましたが、ですが彼は違ったのです。
イジュは自分の家で暮らすことに強くこだわっていて、その意思を覆すことは難しく。
我が家が彼の生活をサポートする、という形で決着がつきました。
だからイジュの家は、我が家と同じくらい知り尽くした家でもあります。
もっとも、私は聖女修行で王都へ出向きましたので、ほかの家族ほど頻繁に来ていたわけでもありません。
「いらっしゃい。どうぞ」
イジュに招き入れられた室内は、よく手入れされていて。
男一人暮らしだとは思えないほど綺麗に保たれていました。
イジュが両親と三人で暮らしていた家は、我が家と同じくらいの広さがあります。
結婚後は、ここに二人で暮らすのはどうでしょうか?
私は何となくそう考えながら勧められるまま椅子に腰かけ、我が家とよく似た居間を見回していました。
「どうぞ」
イジュが低くて張りのある声と共に、紅茶を出してくれました。
素朴なカップに入っているのは、素朴な茶葉を使った色の濃いお茶です。
「ありがとう。いただきます」
私はお礼を言って一口、紅茶を飲みました。
庶民的で力強い味がします。
まるでイジュのようです。
イジュのお父さんが作った大きなテーブルの上には、お茶のカップとティーポット。
そして私の持ってきた焼き菓子と今年初めて採れたイチゴが並んでいます。
派手さはありませんが、こんな素朴な生活をしていくことができたら……とぼんやり考えていた私に、イジュが話しかけてきました。
「で、何の話かな?」
私の正面には、顎の張った力強くて男性らしいハンサムな幼馴染が、優しい笑顔を浮かべて座っています。
畑仕事で焼けた黒い肌は健康的で、ムキムキマッチョな筋肉質な体には贅肉もなければ無駄な筋肉もありません。
真面目な働き者のイジュ。
誠実な彼に、聞いておかなければいけないことがあります。
「どうして私との結婚を受け入れてくれたの?」
私は、彼と結婚できたら嬉しいです。
だからといって、彼のほうもそうだとは限りません。
あの場にはイケイケドンドンのマイペース王族、エリックさまがいましたし。
王子さまの提案を蹴ることができる平民なんて、そうはいません。
だから、キチンと聞いておきたいのです。
もちろんどんな返事がきても、結婚そのものをやめる気なんて私のほうにはありません。
確認しておきたいだけです。
「あ……えっと……」
言いよどみながら、イジュの男らしい精悍な顔が赤く染まっていく。
それを眺めながら、私は返事を待ちます。
筋肉質な体を持つ大柄な男性が頬を赤く染める姿がこんなに可愛く見えるなんて、いままで知りませんでした。
「あの……さ。オレ、アマリリスは聖女だから、結婚しないと思ってたんだ」
ええ。私もそう思っていました。
「オレも、結婚とか考えてなかったし」
それも薄々、分かっていました。
淡々と仕事をしているイジュからは、生活していければそれでいい、という考えがダダ洩れでした。
「でもさ……アマリリスが結婚するかも、って考えたときに……」
はい、はい。
そう考えたとき、どうなっちゃったんですか?
私は固唾を呑んで、言葉の続きを待ちました。
「オレ以外のヤツと一緒になるとか、考えるのも嫌だったから……」
考えるのも嫌⁈
それって実質、愛の告白のようなものでは⁈
「アマリリスが結婚したいのなら……結婚しなきゃいけないのなら、オレでいいじゃん? って思って……」
イジュは太い眉を困ったように下げながら、まだ何かもにゅもにゅと言い続けています。
でも、私の耳にはもう何も入ってきません。
だって、だって。
オレ以外のヤツと一緒になるとか、考えるのも嫌だったから……、とか。
もう、もうっ、イジュってば。
早く言ってよ。
オレでいいじゃん? って、もちろん私も、アナタでいいです。というか、アナタがいいです。
瓢箪から駒。
棚から牡丹餅。
例えは、もうこの際、なんでもいいです。
イジュと私は両想いだった。
これだけ分かれば充分です。
キャー、両想いですって。キャー。
頬が熱いです。とてつもなく、熱いです。
「それで、あの……アマリリスは、相手がオレでいいの?」
いいです、いいに決まってます。
私はコクンコクンと何度も、何度も、うなずいて。
でも、彼の不安そうな表情で、これでは足りないと気付いたので。
どうにかこうにか喉の奥に力を込めて、「私も、イジュと結婚したいです」と短い言葉だけれど、必死の思いで伝えて。
イジュのホッとした表情を見て、ますます頬が熱くなるのを感じていました。