浄化
私たちを乗せた馬車は、馬を替えながら走り続け、翌日の昼頃にクヌギ村へと到着しました。
馬車から降り立つ私たちの前には、一見、いつもと変わらぬ光景が広がっています。
「聖力石は力のこもった物に取り換えたはずだが……」
エリックさまは周りを見回しながら言いました。
「ええ、結界は大丈夫です」
私は聖力の気配を辿りながら結界が無事であることを確認しました。
結界は緩んだだけで壊れたわけではありません。
聖力を流し込めば、再び機能してくれます。
「ですが、瘴気が……」
緩んだ隙間から流れ込んだ瘴気が、村のあちらこちらによどんでいるのを感じます。
厄介なことに、瘴気と魔獣の気配は区別がつきにくいのです。
「兵士たちも先に送り込んである。何かあれば村人を守ってくれるはずだ」
「村の人たちは避難したのでしょうか?」
「ああ。私がいつも使っている屋敷へ避難しているはずだ」
エリックさまはクヌギ村への滞在時、村から少し離れた場所にある地方貴族の屋敷に滞在されます。
村人がそこに集められているのなら、万が一、魔獣が出ても守りやすいはずです。
浄化するのは聖女でなければ難しいですが、魔獣を狩ることは剣術に秀でた兵士であればたやすいでしょう。
村人たちの安全は確保されています。
私はエリックさまに向かって了解の意味でうなずきました。
「私は浄化に向かいます」
「そうしてくれ。私は屋敷の方で村人たちから話を聞くことにするよ」
私とエリックさまは、馬車を振り返りました。
そこにはイジュが立っていました。
「あなたはエリックさまと一緒に屋敷の方へ行ってね」
「いや、オレはアマリリスと一緒に行くよ」
私は一瞬迷いました。
イジュはエリックさまと一緒に屋敷へ向かってくれたほうが安全です。
ですが、彼の様子を見るに、そのつもりはなさそうです。
ここで揉めるより、同行してもらったほうが早いかもしれません。
ペンダントを渡してありますから、イジュに滅多なことは起こらないはずです。
「家や畑の様子も気になるし。危険なことが分かっていて君と離れるのは嫌だよ、アマリリス」
「なら、一緒に行きましょう」
エリックさまが念のためにと兵士を三人付けてくれました。
「オレも鍬使いなら得意だけど」
魔獣相手に鍬? とも思いましたが、モグラが魔獣化することもあるので、完全に無しというわけでもないかもしれません。
ん、微妙。
「キミたちも十分に気を付けてね。屋敷に着いたら馬車だけ戻すから、今夜は向こうで合流しよう」
私とイジュはうなずいて、エリックさまを乗せた馬車を見送りました。
エリックさまの使う馬車には加護がかかっていますから、小型の魔獣くらいなら近付くことすらできません。
それと同じくらいの加護が、私たちが住む家と実家には窓のガラスによってかかっています。
「まさかとは思うけど、実家を覗いていきましょう」
私たちは村の中を確認しつつ、私の実家へと向かいました。
「魔獣は見当たらないけど、瘴気は溜まっちゃってるわね」
そう言いながら、私は瘴気溜まりを浄化します。
白く発光し、光が自然に収まってきたら浄化が終わった合図です。
光が一瞬で消えたり、光らなかったりするときには失敗ですから再度、浄化しなければなりません。
今のところ、私の持っている聖力で浄化が出来ています。
「まだまだ瘴気を感じるから、思っていたよりも入りこまれているかもれないわ。今日だけでは終わらないかも……」
瘴気溜まりと魔獣の区別はつきにくいので、村は安全とは言えません。
「瘴気溜まりに普通の人が近付いちゃったら、どうなるの?」
「んー、このくらいの濃度なら、死ぬまではいかないわ。熱が出て三日くらい寝込めば終わりかな」
「そっか」
イジュは青ざめているが、瘴気溜まりは浄化すれば終わりだから、たいして怖くはない。
問題は魔獣だ。
「父さんたち、ちゃんと避難してくれているといいけど」
瘴気溜まりを浄化しながら移動したので、実家に着くまで思っていたよりも時間がかかりました。
ちょっと悪い予感を感じながら、私は実家の扉を開けます。
「あら、おかえりなさい。アマリリス」
「思ったよりも早かったな。王都はどうだった?」
悪い予感ほど当たるものですね。
そこには、いつもと同じように生活している両親の姿がありました。




