神殿へ
私は屋敷の馬車に乗って、神殿へと向かいました。
屋敷に用意されていたのは黒塗りの馬車です。
白地に青と金の縁取りのある華やかな箱型の馬車はエリックさまの所へお返ししましたが、村へと帰る時には迎えに来てくれるらしいです。
大型の馬車は乗っていて楽ですが、ちょっと仰々しくて恥ずかしい感じがします。
屋敷に用意されていた黒塗りの馬車は、色はもちろんサイズも王都向けでちょうど良くて嬉しいです。
馬のいななきと御者の声と共に馬車は動きだします。
あいにくのお天気ですが、恵みの雨でもありますので文句は言えません。
軽快に走る馬車の中では、馬の足音や車輪の音、パラパラと雨の落ちる音が聞こえてきます。
雨の日の音は微妙に湿っていて、体に響いてくる雰囲気も変わります。
久しぶりの神殿だというのに、欝々とした空模様と同じでカラッとした気分にはなれません。
馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、私は自分について思いを巡らせます。
村が魔獣に襲われて私が聖力に目覚めた後、すぐに神殿へと迎えられました。
血なまぐさい襲撃の後ということで、先輩方をはじめ色々な方が私を気遣ってくれました。
特にエリックさまからの気遣いは凄くて、私は逆に恐縮してしまったものです。
襲撃を受けたのは村全体であるのにも関わらず、気遣いが向いているのは私。
モゾモゾする感情を抱いたものの、その感情を表現する言葉すら思いつかなかった私に出来ることといえば、修行くらいでした。
真面目に取り組む私を見て、エリックさまや先輩聖女の方々は更に複雑な思いを深めたらしいです。
みな口々に「あんな残酷な目に遭うと分かっていたら、幼くても早々に神殿へと迎え入れればよかった」と言っていました。
そうなっていたら私は神殿にいて無事だったかもしれません。
しかし、村はもっと酷いことになっていたでしょう。
もしも王都の神殿に私がいて聖力にも目覚めていたならば、結界が緩むこと自体、起きなかったことかもしれません。
私が修行に出された村には聖力石の護りも与えられていて、結界が緩んだくらいで魔獣が襲ってくることなどなかったかもしれません。
ですが、もしもの話を今更したところで何の役にも立たないのです。
憐れむ目で見られる居心地の悪さのなかで、私はそう思っていました。
だけど自分自身もやはり、もしもの話で後悔しているのです。
私が聖力を使えていたらイジュの両親は死なずにすんだのではないか。
時折そう考えては、自らを苦しめ罰するのです。
人間とは、そのような生き物なのかもしれません。
屋敷から王都の神殿までは、十分程度で着きました。
私が聖力を失くす前提での屋敷選びだったはずですが、元がついても聖女の住まいは神殿の近くが好ましいようです。
馬車から降り立つと、雨はまだ降っていました。
私の上に降ってくる小さな雨粒は、聖衣に弾かれて表面を滑って落ちていきます。
聖力を一番効率よく溜めることができるのは聖力石ですが、他の物にもまとわせることはできます。
そのひとつが聖衣です。
またガラスなどにもまとわせることができるので、実家や我が家には軽く守護がかかっています。
エリックさまの馬車にも守護として聖力がまとわせてありました。
それが王都の神殿ともなると桁違いの守護がかかっているのです。
煌めくような聖力に身の引き締まる思いがします。
「久しぶりね、アマリリス」
「お久しぶりです、大聖女イレーナさま」
「ふふ、イレーナでいいわ。いちいち大聖女なんて付けるのは大げさよ」
イレーナさまは、私が王都に出てきたあと一番初めにお世話係としてついてくださった先輩です。
イレーナさまは公爵令嬢で、エリックさまの従姉でもあります。
身分の高い方だと気付いたのは、神殿での修行に入ってしばらく経ってからのことです。
ですが、後から知ったことなので、イレーナさまの顔を見ると甘えたくなります。
「結婚されたそうね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「でも、前途多難というところかしら?」
イレーナさまは、私の髪を見ながら言いました。
やはり普通に結婚すれば、ピンク色の髪がそのままということはないようです。
「はい。結婚って、難しいですね」
私が言うとイレーナさまはフフフと笑った。
「聞いた話だけれど。聖女相手だと殿方は構えてしまったり、考えすぎてしまったりするようね」
「そう……なのですか、ね?」
私には、よく分かりません。
「私も結婚したことはないから分からないけれど……貴女が幸せになることを私も、エリックも願っているわ」
村が襲われたのはイレーナさまのせいではないのに、私の心の傷をとても心配してくれた先輩でもあります。
「久しぶりなのだし、後どれだけ聖女で居られるか分からないのだから、一緒に祈りませんか?」
イレーナさまに誘われて、私はうなずきました。
私は久しぶりに神殿へ祈りを捧げながら、このまま聖女で居続けるのと、聖女でなくなるのと、どちらが自分にとって幸せなのか考えずにはいられませんでした。




