お宿
またしてもエリックさまにしてやられました。
私とイジュは、通された部屋の大きなベッドの前で言葉を失っています。
予定通り、私たちの乗った馬車は、夕方には宿に辿り着きました。
ですが、エリックさまが用意してくださった宿はとても豪華で、王族が使うようなところです。
そんな宿に農民のイジュと、聖女とはいえ平民の私が連れ立って泊まるのも異様なのですが。
通された部屋がまだ豪奢で、王族専用といっても過言ではないものでした。
実家がすっぽり収まるのではないか、と思うほど広い部屋です。
調度品も豪華なのですが、広さを活かして程よい間隔で置かれているため圧迫感すらありません。
なんて上品かつ華やかな部屋なのでしょうか。
しかも真ん中にあるのは、部屋ですか? と聞きたくなるほどのサイズの天蓋付きベッドです。
エリックさま、これはやりすぎだと思います。
案内してくれた人は高級な宿の勤め人らしく、明らかに身分不相応な宿泊客である私たちにも丁寧に対応してくれました。
こちらの緊張を強いるようなことは全くなかったのですが、私たちは勝手に緊張しています。
イジュなんてポカンと口を開けて固まっています。
エリックさまは新婚らしくない私たちのためを思って、この部屋を用意してくだったのでしょうけれど。
これは逆効果なのではないでしょうか。
チロンと左横に立つイジュに目をやれば、さりげなく視線をそらされてしまいましたよ。
イジュは、焼けた黒い肌の上からでもわかるほど赤くなっています。
真っ赤です。
どうやら意図は伝わっているらしいので、その点はグッドです。
ですが、ちょっと効果があり過ぎて、引いちゃってるんじゃないでしょうか。
私も真っ赤になっているようで、顔だけでなく全身が熱いです。
この後、食堂で夕食を摂りました。
高級な宿らしい素敵な料理が並んでいましたけど、味なんて分かりませんでした。
緊張しすぎると味覚って、どこかへ旅立ってしまうのですね。
王族同席の会食よりも緊張しました。
そして今、私たちは部屋へと戻ってきています。
大きなベッドがひとつだけドーンと部屋の真ん中に鎮座している部屋にです。
これは……これ、は……。
私の胸はドキドキと高鳴ります。
とそこに突然、イジュの大きな声が響きました。
「あっ、こっちにも部屋があるじゃないか」
何のことでしょうか。
「ちゃんとベッドもあるし、オレはこっちの部屋で寝るよ」
部屋を探索していたイジュが、とてもよい発見をしたから褒めて、とばかりの良い笑顔で言っています。
とても可愛らしいですが、彼は一体、何を言っているのでしょうか。
イジュが覗いている部屋を見て、私は思い出しました。
高貴なお方にはお付きの者がいて、続きの間に控えているということを。
イジュが発見したのは、使用人が使う控えの間です。
エリックさまは使用人部屋なんて使う発想がないから忘れていたのでしょう。
詰めが甘い。
「なら、私がこちらを使うわ」
「いや、アマリリスはあっちのベッドを使って」
「でも、ここのベッドは狭いじゃない。イジュよりも私の方が小さいからココでいいわ」
イジュは私と大きなベッドを見比べて、何か考えているようです。
使用人部屋のベッドとサイズ感が合うのは私の方だと気付いたのでしょうか。
「いや、やっぱアマリリスが大きなベッドを使って」
なぜにそのような結論へと達したのでしょうか。
「あの大きくて豪華なベッドに、アマリリスがチョコンと寝ている方が可愛いから。フリルとか、レースとか、たっぷりのカーテンとかアマリリスの方が絶対似合うし可愛いから。そっちの方がメッチャ可愛いから、アマリリスがそっち使って」
かなり早口でまくし立てたイジュは、逃げ込むように使用人部屋へと入ると、ドアをピシャリと閉めてしまいました。
ひとり残された私は、しばし茫然となり戸惑っています。
えっと……可愛いって言われちゃいましたね。
これは、私が大きなベッドで寝た方がよさそうです。
でも……これは、どっちでしょう?
そのまま寝ろということなのか、寝て待っていろという意味なのか。
どっちでしょうね?




