第三部 魚身求神篇 その八
実況「実況はパンノケル王国国営放送アナウンサーのカルダーノ・セントヘレナが行ってまいります。解説はアントピウス聖皇国親衛隊副隊長の平井雛鳥様にお願いしております。平井様、本日はよろしくお願いします」
解説「よろしくお願いします」
実況「さあいよいよ盛大なセレモニーがはじまりました。……まずは勇者チーム「神の炎」のメンバーである木暮丈二選手による演武です。平井様、演奏も演出も素晴らしいですが、木暮選手の演武、どうお感じでしょうか?」
解説「美しくて力強い。それにとどまらない迫力を感じます。あの体躯で弓兵というのですから、狙われた獲物はどこへ逃げようと間違いなく射貫かれるでしょう。剣の腕もご覧のように確かですから、遠近どちらの攻撃にも対処できる最強の戦士であると私は確信します」
竹越「……なんだ、あのレベル」
宮良「97……勇者チームだけあってバケモノだな、あれ」
浅野田「あんなに強いなら、魔王軍なんてすぐにやっつけられんじゃないの?」
奥宮「ちくしょう……俺だって腕がこんなじゃなきゃ……」
実況「演武が終了いたしました。お聞きいただけるでしょうか。十五万人の観衆が送る盛大な拍手と好意的な歓声。平井選手がキラキラと汗で肉体を光らせながら観客に向かってお辞儀をし、悠々(ゆうゆう)と最初の場に戻っていきます」
解説「本当に見ごたえのある演武でした。勇者を讃える祭りの始まりに相応しいですね」
実況「はい。そしていよいよ……本選に勝ち残った選手63組の入場です!」
解説「どのような強者が現れ、そして勇者に立ち向かうのか、見ものですね」
晴音「……マソラ君、いると思う?」
朱莉「もしいたら、今すぐこんなクソみたいな場所から逃げ出して会いに行く。そんだけだ」
晴音「そうだね。ラクダの肉丼もラクダのミルク粥もケバブも飽きたし、それしかないね」
朱莉「食い物に文句は言うなよ。……お兄ちゃんの〝置き土産〟もあるし」
晴音「「癒地」のこと?そうだね……刀剣、殺す以外に使い道もあるから最高」
朱莉「はぁ……」
晴音「アカリちゃんだって「穢地」でシてるくせに」
朱莉「はぁ?してねぇし!」
晴音「刀の柄からアカリちゃんのエッチなニオイ、ちょっとするよ」
朱莉「!?」
実況「63組の選手たちが次々に入場していきます。会場はさらなる盛り上がりを見せます。63組の選手たちも観客に手を振って行進しております。ちなみに会場の運営及び警備に当たっているのは魔法学園リュケイオンの学生、教授、および卒業生。さらにはパンノケル王国の誇り高き兵士、そして異世界召喚された勇者候補生の皆様です!」
竹越「召喚者か。ちっ」
宮良「勇者の候補生……そう言えば、そんなこと昔、言われた気がする」
浅野田「もうウチらには関係ないでしょ。一生このイラクビルの砂漠でラクダごはん食べて魔物殺すだけだし」
奥宮「元の世界にも戻れない。……生きてるだけまし、か」
実況「全選手が会場への入場を終えました。しかし平井様、最後のチーム『アブラカタブラ』への観衆の反応がすごいですね」
解説「そうですね。使い魔に乗るあの魔法使いの選手は体が不自由であると聞きますが、特殊な魔法を使い、本選への出場を果たしたそうです。そのサポート役の元冒険者も相当に腕の立つ人物なので、決して侮れませんね」
実況「どのチームも5名以上で参加するなか、『アブラカタブラ』はたったの2名で参戦。謎多き貴族バーソロミュー家の嫡子とその使用人。果たしてその実力はいかほどなのでしょうか」
晴音「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
朱莉「おい。何考えてんだ?」
晴音「はぁ。んんっ……もしクモに乗ってるアレがマソラ君なら、連れのメイドをどうやって斬り殺そうかなぁって」
朱莉「ばっかじゃねぇの。にしてもたった2人か。ステータスからして魔力もレベルもそこそこ……冗談なのか、自信過剰なのか。あの連中」
晴音「マソラ君ならステータスもパラメーターもきっといじれる。ほらあの時を思い出して……あふんっ!」
朱莉「……」
実況「おっと!選手の入場が済んだところで何ということでしょう!!会場の空全体が突然暗くなってまいりました!!」
解説「かなり大規模な闇属性魔法の気配ですね。……夜空の演出でしょうか」
実況「あっ、本当ですね。真昼の空が闇に包まれたかと思うと、星が瞬き始めました」
ボッ!
実況「会場の一か所で炎が上がります!これは勇者チーム『神の炎』の二人、田部織絵選手と雁坂秀磨選手だ!」
解説「田部選手と言えば闇属性の超級魔法の使い手。彼女以外にこのような空間演出は不可能でしょう」
実況「なるほど!そしてその星空の闇に火をともしたのは、魔法学園リュケイオンで「神童」と呼ばれる天才魔法使い雁坂選手。この開祭式では一体何を見せてくれるのでしょう」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
実況「すごい!会場が湧きます!四つの巨大な火球が宙に泰然と浮かぶ。そして豪快に飛ぶ!おっと!会場の東西南北に据えられた聖火台に今、今っ!聖火が灯されました!!まさに『神の炎』です!」
竹越「あのデブガキ、魔法防御力がいかれてやがる」
宮良「それもそうだが、あっちの気味の悪いワカメ女の特殊スキル……なんだありゃ」
浅野田「勇者チーム、どんだけ強いの?勝つのが決まってるようなもんじゃん」
奥宮「それでいい。それで全然かまわない。勇者が勝って、世界を救う……きっとこのイラクビルの花の魔物も殺してくれる。魔王も倒してくれる。そして俺はもう戦わなくて済む……」
実況「闇が薄れていきます。それとともに選手入場口から現れたのは勇者!龍華院蓮美選手!龍華院選手とともに他の二人の選手も入場してまいります。巫女の姿をしているのはニーナ・エアレンデル選手。儚げで幼い白い手に、何かを掲げています!」
解説「あれは伝説の装備「蟹星の兜」ですね。迷宮アルマーヤの奥深くで勇者自らが見つけ出した究極魔道具にして、このたびのワルプルギスの勝者に与えられる称号のようなものです」
実況「迷宮に封印されていた優勝者への下賜品を勇者自らが見つけ出し、それをあえて主催者に返上するという奇跡が起きたことは、この映像をご視聴の皆様も既に聞き及んでいると思います」
竹越「そんなのはヤラセだろどうせ」
宮良「だが、キナくせぇ噂は流れてた」
浅野田「地下迷宮の試験で音声放送が中断した件でしょ?」
奥宮「地下迷宮……中断……件………事件…………アルビジョワ」
召喚者三人「「「……」」」
実況「今、勇者がワルプルギスにおける宣誓を終え、魔法学園理事長であるヴェロニカ・カロリ枢機卿に蟹星の兜を返上しました。会場が割れるような拍手に包まれ、勇者の栄誉を讃えております!」
朱莉「勇者、龍華院。……ステータスがバグってる」
晴音「それより勇者の後ろの黒子の女の方が、気になる」
朱莉「ステータスを隠すための衣装か。それとも単にくだらねぇ興行に顔を出したくねぇだけなのか。もう一人の天使みてぇな蝶々のお子様とは対象的だ」
実況「ヴェロニカ枢機卿が兜を受け取り、貴賓席へと戻っていきます」
ヴォアアアアアアアアアアアッ!!!!
召喚者四人「「「「!?」」」」
実況「何の絶叫でしょうか!?おおっ!退場口に突如魔物が登場しました。大変です!ベヒモスです!会場のあちこちから悲鳴が上がります」
朱莉・晴音「「……」」
実況「魔物ベヒモスが雄たけびを上げ、勇者の元へとものすごい勢いで駆けていきます!急ぎ避難する出場者!貴賓席を守る雁坂選手と田部選手。出場者を背に立ちはだかるのは木暮選手。三人ともベヒモスの突進を前に怯えの表情は一切見せません!」
解説「来る」
シュン。ヴァサッ!
実況「勇者が消えた!ベヒモスが止まった!あっ!ああっ!!!ベヒモスが!灰塵のように崩れていく!これが勇者!これが魔剣デュランダル!」
ウォオオオオオオオオオオ……
竹越「ヤラせとはいえ」
宮良「ベヒモスのレベル、確かに70はあった」
浅野田「それを一瞬って、何?」
奥宮「勇者だ。本物の勇者だ!救ってくれ!世界を救ってくれよ!勇者様!!」
実況「パンノケル王国、アントピウス聖皇国、イラクビル王国の皆様!会場からの勇者コールが聞こえますでしょうか!!そしてその映像をご覧になられているでしょうか!!これが勇者です。これが勇者のカリスマです」
解説「魔法を伴える剣をふりましたが魔法を使ってはいませんね。勇者龍華院はまだ一割ほどの力も見せていないと言えるでしょう」
実況「なるほどなるほど。これは『神の炎』の試合が楽しみ……」
痛いよぉ……
実況「?」
苦しかったよぉ……
つらかったよぉ……
解説「……」
実況「何か……会場がどよめいております」
朱莉・晴音「「……」」
悔しいよぉ……
悔しいよぉ……
実況「会場の中からでしょうか、声のようなものが響いています。館内が動揺していますね」
解説「ええ」
あの悪魔たちを殺してよぉ……
あの悪魔たちを殺してよぉ……
実況「悪魔……何のことでしょうか?子どもの声にも聞こえるのですが」
解説「……」
朱莉・晴音「「………」」
あの悪魔たちを…………でキルじゃろウ?
実況「声がっ!」
我を屠リシ、お前なラ託せル……ナガツマソラ。
召喚者「「「「「「!!!!」」」」」」
我らの仇をとっテタもう。魔神よ。
蒙昧な勇者ノ血ヲ枯らしてたモウ。魔神よ。
欺瞞の僧侶の死の絶叫を聞カセテタモウ。断祭魔よ。
実況「え、演奏がただいま始まりました!木暮選手に促され、選手たちが退場していきます。勇者龍華院選手が笑みを浮かべ魔剣デュランダルを天高く掲げる!魔を打ち祓うその雄姿に沈黙していた会場が再び活気を取り戻します!勇者は何者にも屈しない!まさにそう思わせる姿です!」
朱莉「……」
晴音「何考えてるの?」
朱莉「………」
晴音「ふふ」
朱莉「はぁ、はぁ、はぁ……」
晴音「疼いたでしょ?濡れ濡れの私と同じくらい強烈に」
朱莉「ふぅ……」
晴音「これから毎晩、手伝ってもいいよ?」
朱莉「……今日だけだ」
晴音「そ。でもこんなに興奮したの、マソラ君に葬魔刀をもらったあの日以来。……今夜は絶対に、寝かせないから」。
8.モルック
「キシャー」
パンノケル王国モントピーリア州カテニン市のスタジアム内のどこかの部屋。
もうどこだっていいよ。はぁ。
「エリザベス。腕を上げましたね」
参った。
マジでやらかした。
いきなり俺の名前を出す奴がいるなんて思わなかったからまさかねぇ……
勘弁してよ。
メデューサの黒真珠。
陽子崩壊なんてチート魔法を使う魔物の残骸を、素粒子レベルで調べもせずに即換金したのがいけなかった。
宿屋ザビヤチカの一人娘ロスチャが働くための店を買うためとはいえ、ミスったなぁ。
飼育魔物ベヒモスの魂核に共鳴して遺言を出すなんて。
まさか敵地のど真ん中に来て俺の名前を連呼されるとは思わなかった。
試合会場の観客席に黒真珠をつけてくる貴族がいるなんて、計算していなかった。祭りという特別な日なんだから、特別におしゃれをする貴族がいるって、なんで考えなかったんだろう。完全なミスだ。
「キシャーシャー」
「余計なお世話です。私は下投げだろうと上投げだろうと誰にも劣りません」
やるじゃんメデューサ。
絶命させた後の方が厄介だなんてね。
おかげで仕事の難易度が上がったよ。
お前のせいで、アントピウスに俺の生存情報はたぶん知れ渡った。
パンノケルに潜伏している諜報部のミソビッチョもパニクってるかもしれない。ホントにゴメン。
アントピウスの知る、俺の最後の生存確認地点はアルビジョワ迷宮のあるシータルの森。つまり現シギラリア要塞。
このままだと、シータルの森の要塞に残るマソラ4号が特に危険にさらされる気がする。
森から西のマルコジェノバ連邦にいるマソラ2号は場所が場所だけに大丈夫だとは思うけれど、森に東接するゲッシ王国にいるマソラ1号も安全とは言えない。ゲッシ王国の北の国々がどう動くかはスパコンレベルの4号でも完全にはたぶん読み切れない。それに4号のスペックのほとんどは東の魔王領バルディアに向けられている。
マジでやらかした。
一番しっかりしないといけない3号の俺がやらかした。
「エリザベス……せっかく散らしたのによくもまた……」
「キーキーキーシャッ!」
仕方ない。気落ちしていても現状は変わらない。
俺は俺の責務を果たして帰ろう。それで帰ったらみんなに謝ろう。
トクン。トクン。トクン。トクン。
開祭式が終わってすぐに、ワルプルギスは一回戦の始まり始まり。
試合場所は全チーム、開祭式の行われた闘技場カリキマタ。
四日間で計64組のチームが一回戦を争うトーナメント形式。
四日間で三十二試合。
単純計算で一日八試合を消化する。
ただし今日一回戦初日は開祭式があったから七試合のみ組まれる。そして一回戦最終日の四日目は勇者チームの戦いをいれて、九試合というシナリオ。
本選出場チームのリーダーがくじを引いて第一回戦の相手が決まったらしいけれど、肢体不自由の俺も魔獣のコマッチモもベニオオウミグモのエリザベスも、くじを引いた覚えは全くない。
ドックン。ドックン。ドックン。ドックン。
というかたぶん、この〝控え室〟にいる俺たち『アブラカタブラ』を含めた7チームは誰もくじを引かされていない。
控え室。
180平方メートル、つまり高校の普通教室三つ分くらいの広さの中に、7チームがチームごとにかたまって〝控えて〟いる。
7チームは戦う順番に①アリアンロッド、②アイゼンクラウト、③アカサーウ、④ワーフガー、⑤ラースアルハゲ、⑥クリアクス、そして⑦アブラカタブラ。
控え室。
灰色のコンクリート壁の厚さはどこも三十センチ以上。窓はなし。出入口は二か所。その出入口はアントピウスから派遣された騎士団一人と魔法学園リュケイオンの教諭が固めている。
二つの出入り口の間には勇者候補生が一人立つ。
同じように出入口のない反対側の壁面にも騎士団二人に魔法学園教諭二人、そして勇者候補生が立つ。もちろん全員武装している。
「……」
それらをなるべく見ないように、あるいはすべてを諦めながら、誰も立っていない壁一面に広げられた投影用のスクリーンに目を向ける参加チームメンバー。
7チーム。
どこかで見た顔だと思ったら全員二次予選で一緒に迷宮アルマーヤに潜ったメンバー。
ドクドクドクドクドク……
ご苦労様。
そしてお気の毒に。
どこかの二人組チームが隠し部屋を見つけて魔剣『ピュセルの水轟柩』を壊してメデューサを解放してしかも殺さなければ、こんな目にあわなかったのにね。
1人は残りを錯乱させるため俺のチンダラガケの河童が殺したから、クリアクスの生き残りは6人。でも河童に殺されたほうがよかったかもね。尋問と拷問でみんな10キロくらい痩せた感じ。
俺と視線がかち合うとギュッと目を瞑って俯く姿が憐れを誘う。お疲れ様。
ガチャン。
控え室の重い扉一つが開く。投影水晶仕掛けのスクリーンに目をやっていた一同がビクリと震える。
ドグドグドグドグドグドグ……
「準備はいいか。アリアンロッド」
呼ばれた10人の戦士たちはおもむろに立ち上がる。互いを見つめ、頷き、リーダーが「はい」と返事をする。控え室という名の監獄を出ていく。
やっと試合が始まる。
メデューサの声の発生源をくまなく探したって無駄だってことだよ。
もう黒真珠は完全に〝ただの〟黒真珠になった。控え室に監禁される前にそれだけは確認した。メデューサの魔力素の残滓は完全に消滅した。
「さあ、いよいよ第一回戦第一試合が始まります。東門から登場するのはチーム『アリアンロッド』。荒くれ者の冒険者チームは打倒勇者を目指して勝ち上がれるのか!」
荒くれ者か。
控え室にいる時は心療内科にかかる患者の集まりかと思ってた。それくらい誰も彼もみんなだんまり。試合前なんだからウォーミングアップぐらいすればいいのに。みんなただスクリーンの変わらない画面をぼんやり見ていただけ。
『西門から登場したのはチーム『マニドゥ』。砂漠の国イラクビルの生粋の戦闘民族は、魔物相手に常在戦場!対するアリアンロッドを六人の猛者が待ち受ける!荒くれ冒険者と魔物狩りのプロ。勝つのは果たしてどっちだああ!!』
さすがパンノケル王国一の国営アナウンサー。開祭式の時よりかなりテンション高め。プロレスとか総合格闘技の実況ができそう。二次予選のアナウンサーみたいに消されないことを祈るよ。
「なっ!?エリザベスに勝ち越された……」
「キシャー!」
「はい。これでオマリが5勝でエリザベスが6勝」
第一回戦の初日。
今日の七試合はすべて、二次予選九回目のグループが出場する。
理由は単純にして明快。
誰が封印されし言葉「ミガモリ」を迷宮アルマーヤから持ち去ったのかを突き止めるため。
開祭式で勇者龍華院がヴェロニカ枢機卿に返還した宝具「蟹星の兜」には元々、封印されし言葉「ミガモリ」が入っていた。だからこそ、それを守るべく魔物メデューサが〝目〟を光らせて、隠し部屋に配置されていた。
それをマソラ3号の俺とコマッチモが破った。
さらに「ミガモリ」を俺が手にし、魂核にローディングした。
少なくとも「蟹星の兜」の中に「ミガモリ」が入っていたことをヴェロニカ枢機卿が知っていることは、元老院メンバーにしてこちらの内通者であるジブリール図書館長から暗示してもらった。ジブリール自身はよく分かっていないみたいだけれど、封印されし言葉について詳しく知る必要なんて、彼にはそもそもない。〝こんなもの〟は〝どうかしている召喚者〟が知っていればいいだけの話だ。
今回のこの第一回戦の組み方からして、ヴェロニカ枢機卿は二次予選第九組に参加した誰かが「ミガモリ」を握っていると考えている。そう読んで間違いない。だからこそ、
「なあ、これどうやって遊ぶんだ?」
「キシャ?」
「これはモルックと呼ばれる遊戯でございます」
「さっきからずっと見てたんだけど、すっごくおもしろそうだな!」
「はい。退屈しのぎにはもってこいでございます」
「お願いだ!私も……」
「お仕事の方は、よろしいのですか?」
「あっ……」
倒れて散っていたスキットルを拾って俺たちに話しかけてきた召喚者石原野々花は、おそるおそる仲間の方を見る。
怒った様子で石原を睨み、鼻息を荒くする室野井創。
ドクンドクン……
石原に向かって困った表情で小さく首を左右に振る深堀彩芽。
ドクン。ドクン。
勝手に下投げのイメージトレーニングをする今泉航佑。
ドックン。ドックン。
モルックのルールがようやく判って感心してうなずく藤井良輔。
ドックン。ドックン。
人間椅子をやって汗を流す曽根義宗。
ドクドクドクドクドクドクドク……
曽根の尻の肉を指でつねったり、太く短いロープで曽根の股間を軽く殴ったりして曽根に座る塩澤玲。
トックン。トックン。トックン。……
「……」
そして床に胡坐をかいて座り、壁に背をあずけ、俯いたまま眼を閉じてじっとしている岡安竜太。
召喚者チーム岡安。
スクリーンの反対側の壁を占める八人の召喚者集団。
二次予選第九組の中に「ミガモリ」を持っている奴が必ずいると疑っているからこそ、こいつらをここに配置してきた。
『おっと!ここにきてアリアン・ロッド!なんだ!なんだこれは!?水晶?マニドゥの起こした激しい砂嵐から水晶の壁がアリアンロッドを守っているううう!!』
「「「「「「!!!!!」」」」」」
ドックンッ!ドックンッ!ドックンッ!
控え室内の騎士団と魔法学園、そして勇者候補生の気配が変わる。殺気立つ。耳に手を当てる奴。ピンマイクのようなものを口元に近づける奴。あからさまだねぇ。
「……」
で、肝心の岡安は全く動かない。
ただ耳栓をしていない。
聴覚超鋭敏の召喚者が聴覚を研ぎ澄ましている。
何を聴こうとしているのかな?
ドックン。ドックン。
誰の、何を聴きたいのかなぁ?
ドクドクドクドクドクドクドクドクドク……
「エリザベス。提案があります」
「キシャ?」
「この十一回の戦いは全てハンディとして私が後攻でしたが、今回からは交代交代で先攻と後攻にしましょう」
「キシャー」
「では今回は私が先攻です。ほっ!」
ガランガランッ。
『試合終了!!魔力が尽きたマニドゥがとうとう降参しました!!勝者!アリアンロッド!!』
盛りあがる会場の様子をスクリーン越しに見つめる5つのチーム。まだお通夜を続けるつもり?
次の試合はアイゼンクラウトが出場予定。
「やるしかない……」
アイゼンクラウトの震える若きリーダーが仲間を必死に鼓舞する。一同は頷き、立ち上がる。武器と詠唱の確認と、入念なストレッチが急ぎ始まる。二次予選の始まりの時と同じような光景をどうにかこうにか作ろうとする。
ガチャン。
「試合だ。アイゼンクラウト」
重い扉が開き、呼びに現れたスタッフが声をかける。
「よっしゃ!!」
アイゼンクラウトが気合を入れて出ていく。
「勝ったアイツらは?」
扉が閉じ、少しして、控え室の戦士の誰かがポツリと言う。
波紋のようにその声は皆の耳に広がって届くけど、誰も答えない。
だって誰も分からないから。
「アリアンロッドはたぶん、治療室に連れていかれたんじゃないか?」
「試合が終わって帰った……でも荷物がまだここにあるから……そうだな」
誰も正確な答えを知らない。
アリアンロッドが今どこでどんな目にあっているかなんて。
どこかで何かがはじまろうとしているなんて、誰も分からない。
部外者に近い立場で気づいているとしたら、聴覚超鋭敏の現召喚者と、花禍王オパビニアを喰らって手に入れた封印されし言葉「カンダチ」で嗅覚超鋭敏になった俺だけかな?
『さあ!興奮も冷めやらぬまま、第一回戦第二試合の準備が整いました!それでは選手入場です!……東門から登場するのはぁ、リュケイオンのエリート魔法使い集団アイゼンクラウト!』
捕らし魔物メデューサ。
魔剣「ピュセルの水轟柩」とそこに長年封印してきた魔物メデューサについて、聖皇オファニエルと枢機卿ヴェロニカは話し合いの場を設けていると、ジブリールは教えてくれた。なんてったってあのお爺ちゃんもその密議に参加させられている。
そうなると当然、ヴェロニカ枢機卿はメデューサに守らせてきた蟹星の兜の〝中身〟についても第三者に言及するかどうかを決めなくちゃいけない。
封印されし言葉「ミガモリ」が宝具「蟹星の兜」の中に入っていることを歴代聖皇が知らないとは考えにくい。となると、
(1)そんな相手に、「ミガモリ」は「兜の中にまだあります」と嘘をつくか。
(2)そんな相手に、「ミガモリ」は「兜の中からなくなりました」と正直に告げるか。
ヴェロニカ枢機卿はこの二択を迫られる。
世襲貴族や二世政治家みたいに脳みそがふやけていない限り、答えは(2)。
獣のように生存本能を働かせて、今すぐ世界の果てまで逃げても、この異世界ではあまり意味はなさそう。
だってこの異世界は科学ではなく魔法が支配しているから。
この世界の権力は魔法に裏打ちされていることが多い。要するに相手の命を本当に奪える実力者がそのまま権力を握っている場合が多い。
聖皇も例外じゃない。
仲間のミソビッチョと内通者ジブリールがもたらしてくれる情報でそれはある程度分かった。
聖皇を名乗るカディシン教の親玉はただの魔法使いじゃない。
封印されし言葉も扱えるらしい。たぶん召喚者の血を何らかの方法で継いでいる。
『おおっと!ナナブージョ!アイゼンクラウトの間断なき魔法攻撃に対してこれは!水晶の槍を盛んに投げる。鋭く研ぎ澄まされた水晶の槍クリスタルランスがアイゼンクラウトの魔法を突き破る!肉を破る!押していたアイゼンクラウトに対して猛烈な反撃が始まった!投げる槍!掃う槍!叩く槍!すべてが水晶!その水晶に今稲妻さえも宿ったああっ!!』
封印されし言葉。
超災害級の特殊魔法を扱える能力。
それは王国幹部の部下たちも知っている。元老院カペルラのメンバーならなおさら。
要するに「ミガモリ」管理人のヴェロニカ枢機卿は嘘なんて言わず、正直に、命がけで真実を聖皇に話すのが最善の策。
後の対応は見ての通り。
「必ず取り戻せ」。
そう聖皇に言われたんだろう。
そうすればたぶん首を刎ねられずに済むんだろうね。
試合会場で「ガラスの壁」が発動した瞬間のスタッフの雰囲気でよく分かった。
彼らに一斉に送られた暗号通信は「控え室の6チームの状況を詳細に報告せよ」。そして口をなるべく動かさずに、それぞれ集中的に監視している参加チームの様子を本部に報告。でも岡安だけが無言。しつこく通信で尋ねられて一言「調査中」。
『あっ!ここで審判が試合を止めました!!なんということでしょう!……アイゼンクラウトのマルコポーロ選手の胸に水晶の槍が突き刺さっている!!夥しい出血!!マルコポーロ選手の容態はどうなのでしょうか……駆けつけた医療班がサインを出しました。これは大変なことに……試合は終了です。ナナブージョ!相手チーム「アリアンロッド」のマルコポーロ選手を絶命させてしまったため、ここで反則負けとなります!』
盛り上がる会場。ブーイングと称賛が半々くらいかな。
「……」
固まったままの控え室の闘技者。落ち着かなく動くのはスタッフばかり。
「「「「「……」」」」」
なんでこの部屋の警備を行っているのか、本当のところが分かっていない曽根、塩澤、藤井、今泉、石原。
「「……」」
とりあえず岡安に合わせ、岡安の邪魔をしないようにしている深堀、室野井。
「……」
そしてこの部屋に色々と理由があって呼ばれているはずの岡安。
何が聞きたい?
ドクンドクンドクンドクンッ!
誰を聴きたい?
ドックン!ドックンッ!ドックン!
マソラ3号の俺?ヒトに化けている魔獣のコマッチモ?使い魔のエリザベス?
ガチャン。
「あっ!」
誰かが驚きの声を上げる。
重い扉。二つあるうちの、今まで開かなかった方の扉。
その扉の向こうから現れたのは、くたくたに疲れているアイゼンクラウト。仲間一人を失い、全部で九人。
一同の凝結がほどける。戦いを待つ4チームの挙動が慌ただしく始まる。
急ぎアップを始めるアカサーウ。
アイゼンクラウトより先に部屋を出たのに戻ってこないアリアンロッドについて、チーム内であれこれ意見を交わし始めるワーフガーとラースアルハゲ。
事情を理解し、深いため息をついて寂しげに微笑むクリアクス。さすが現在進行形の拷問経験者集団。理解が早い。
「準備はいいか?アカサーウ」
運営スタッフに促されて扉の外へと出ていく闘技者。その顔色はアリアンロッドたちが部屋を出ていくときより若干いい感じ。
「マニドゥ……強かった」「水晶が太陽光を反射しまくって攻撃が全然見えなかったわ」「水晶の槍の生成なんて、学園で習ったことある?」「あるわけないだろ。あんな魔法誰も知らないよ」
みな、戻ってきたアリアンロッドの会話にそれとなく聞き耳を立てているね。特にスタッフが……ん?
「はじめまして」
肘掛け椅子に腰かける俺の前に、召喚者が一人、立つ。
自分の膝に手を当て、座っている俺と同じ目線の高さにするソイツの名前は岡安竜太。
「俺、岡安竜太っていいます。変な世界からこっちの世界に飛ばされてきた関係で、召喚者やってます」
残りの岡安チームがすんごく驚いてる。そうだね。驚くよね。
こっちはずっと待ってた。
「召喚者様と言えば、勇者となる資格を備える超人だと聞き及んでいます。岡安様はそのようなすごい方なのですね」
「いや、すごいだなんてとんでもない。すごい召喚者はみんなこの世界の僻地で魔物相手に必死に戦っています。俺たちは戦力的にあんまり使いもんにならないんで、このワルプルギスの観客誘導にまわされたんです。要は戦力外です」
長めのレングスのミディアムセンターパートが笑う。首の動きに合わせて、艶のある黒髪が揺れる。
「そのようなご謙遜を。人生において、戦うことが全てではないでしょうし、強さの在り方は人それぞれです。他の召喚者様と比較などせず、ワルプルギス運営という尊い職務に励んでくださいませ」
岡安の顔全体を見ながら言葉をいなす。
「失礼ですがお名前を伺ってもいいですか?」
「私ですか?私はハダリ・バーソロミューと申します」
「ああ、そうでした。すみません!ラジオ、じゃなくて放送で聞き知ってました。バーソロミュー様でしたね。すみません」
「バーソロミュー様などと。ぜひハダリとお呼びください」
「はぁ、はい。ハダリさん」
顔がかなり近い。そこまで近づけたって無駄だよ。
お前の〝手〟だけは丁寧に計算してる。
岡安竜太。
こいつがこの部屋に送り込まれたのは、俺たち二次予選第九回出場者をマークするため。
岡安の聴覚超鋭敏はこの異世界に召喚された時点で、アントピウス聖皇国の上層部に知られてる。
そしてその岡安がどんな手を使ったのか、このワルプルギス大会の会場の警備を担当している。楽な任務につくために頭を使ったんだろうけれど、その実は知らない。
けれどそういう巡り合わせで、岡安の傍に同期の召喚者だった俺がいる。
封印されし言葉「ミガモリ」の所持者を見つけるために現段階で打てる最適手と考えた元老院がヴェロニカ枢機卿を通してこの部屋に岡安を送り込んだ。「ミガモリ」発動の瞬間の控え室闘技者たちの心音異常を探知させるため。ステータスやパラメーターの変化は他の七人の召喚者でも勇者候補生でも見られる。でも音の変化までは拾えない。だから岡安が必要になる。
そして俺は特にその岡安からマークされているはず。
ヴェロニカ枢機卿が一番疑っているのはまず間違いなく俺とコマッチモのチーム「アブラカタブラ」。魔剣「ピュセルの水轟柩」を持ってコマッチモが魔物をぶち殺した時点で、疑われるのは当然。
これが、岡安竜太がこの控え室にいる一つ目の理由。
俺と「ミガモリ」のつながりを〝音〟で見破ること。
もう一つは、開祭式の珍事件のせい。
魔物ベヒモスと魔物メデューサの遺言の意味が分からなくても、「ナガツマソラ」というキーワードは確実に皆に聞き取られた。
ナガツマソラ。永津真天。
つまり俺。
すなわち岡安の元同期の同級生。
岡安に追加された仕事はおそらく、この部屋にナガツマソラがいるかどうかを調べること。
死んだはずの召喚者が生き延びているとすれば、そこに封印されし言葉が絡んでいる可能性は高い。聖皇も、召喚者の研究を長年やっているジブリールと接している元老院もそれくらいは考えが及ぶ。
要するに「ナガツマソラ」が見つかれば封印されし言葉も芋づるのように見つかる。「ミガモリ」が見つかれば御の字だし、それ以外の言葉が見つかれば万々(ばんばん)歳。
だからナガツマソラを見つけろ。
これが岡安に追加された二つ目の仕事。ここにいる二つ目の理由。
もし控え室にナガツマソラがいれば、それを見つけ出すこと。
「……」
そして岡安の聴覚はこの控え室の中でも、特に俺に向けられている。俺の筋肉が起こす動作音と呼吸音に。
でも俺は首から下の筋肉のほとんどを自由に動かせない。呼吸音は変わらない。
よって岡安が聞いているのは実質的に、俺の心音。
ここまで顔を近づけて、ひょっとしたら、相手の脳の血流音まで聞こえるのかもしれないけど、それでも俺が永津真天であるかどうかは見破れないよ。
『一回戦第三試合、最初に動いたのは冒険者チーム「ブラックアッシュ」!レベルは若干劣るが数で勝るブラックアッシュの連携攻撃が傭兵チーム「ワーフガー」をじわじわと追い込んでいくぅ!!』
「先ほどからちらちら見てたんですけど、面白いゲームをされてますね」
岡安が俺から視線を外し、コマッチモとエリザベスに目を向ける。
「ええ。だいぶ昔のことですが、邸に泊めた旅の冒険者の方に教えていただき、以来実家では息抜きに使用人や奴隷も交えて楽しんでおります」
岡安からしてみれば、一つ目の仕事と二つ目の仕事はたいして違いなんてない。
「ゲームの名前はなんていうんですか?」
「冒険者の方から教わったのはたしか、モルック」
俺がナガツマソラだと見破ればいい。俺=封印されし言葉だから。
「モルック。ああ、じゃあその冒険者は俺が元いた世界から来た人の知り合いかもしれません。俺たちの世界にもモルックっていう、これとまったく同じようなゲームがありましたから!」
「そうですか。では岡安様もルールをご存じで?」
「いや、やったことはなくて聞いたことがあるだけなんですよ。よかったら教えてもらえませんか?」
「私のメイドと使い魔が手に掴んで投げている棒がモルック。そして二人が倒そうとしている、床に立てる切り株みたいな棒がスキットル」
「へぇ」
感心しながら岡安が石原を見る。手招きする。「私?」と驚いて石原がこっちにやってくる。なるほど。今度はそうくるか。
「あの二人が投げてんのがモルックって棒で、床で何度も倒れたり直したりする棒がスキットル。わかったか?」
「おお!分かった。リーダー!」
「ふふ。スキットルには見ての通り、数字が書かれています」
「倒すと数字の点数がもらえるのか!?」
「スキットル一本だけを倒したら、そのスキットルに書かれている数字の点数が自分の得点になります。二本以上倒してしまうと、倒した本数が自分の得点になります」
「「なるほど~」」
「そして順番こで選手はモルックを投げます。先に合計得点が50点になった方が勝ちです」
「「おお~」」
「投げる場所はモルッカ―リというあの二人の足下の枠組みからになります。モルックを投げる際、モルッカ―リから足が前に出ても、触れてもダメ。投げ方は下投げのみ。三回連続でスキットルに当たらない場合は即失格負け。倒れたモルックは倒れた位置で立て直す。数字の書かれている断面が投げ手に見えるように立てます」
「おんもしれ~!」「だな!なあナガツさん。俺たちもやらせてもらえないか?」
名前を間違える。ベタだね。
俺にも、俺の細胞を植え付けているコマッチモにもそれは通用しないよ。
「ナガツ?」
「ああすんません。パーソロミュー様、じゃなくてハダリさん。ダメっすか?」
余計な三文字を岡安が発したことで、モルックを止めに入ろうとしていたスタッフの動きが変わる。石原以外の召喚者六人の視線も含め、こっちに集中する。上等。
「構いませんよ。2対2でやりますか?」
「う~ん。いや。俺はコイツに指示を出します。コイツ運動神経は抜群だけど、ちょっと抜けてるところあるんで、俺がどこに投げろってアドバイスするの……アリっすか?」
「もちろんです。モルックは技術だけでなく駆け引きも必要となりますから、仲間が多いにこしたことはありません」
俺はそう言ってコマッチモとエリザベスに合図する。既に何が起こるか分かっている二人は試合を中断し、スキットルを並べ直している。
「ハダリ様、チーム戦でしょうか?」
「いや、個人戦を召喚者様はご所望だ。二人のうち強い方一人を出そう」
「キシャー」
「そうですね。つい今しがた追いついたと思ったらまたエリザベスに勝ち越されてしまったので、今回ばかりはエリザベスに譲ります」
「キシャ!」
「使い魔なのに超優秀なんですね」「うう、でもちょっと見た目がエグ~」
「そんなことを言っているようでは、うちのエリザベスには勝てませんよ」
「だとさ。石原」「よっしゃ!クモが相手でもボッコボコにしてやる!!」
コマッチモがさりげなく移動し、余っている椅子一つを岡安のために運んでくる。
「あ、こりゃすんません」
礼を言う岡安が次に藤井と今泉に顔を向ける。
「藤井!今泉!並べてある木の棒が倒れたら、倒れたその場で棒を立て直してくれ!その場から動かさないで、数字だけ石原と使い魔のクモさんに見えるように立たせんだ!頼む!」
言われてひょこひょこと移動する藤井と今泉。人間椅子を止めた曽根と、曽根に座っていた塩澤は、室野井と深堀に指示を仰いでいる。仰がれた二人は口を動かす。「岡安の指示があるまで動くな」と。
「複数のスキットルを倒した時、完全に地面に倒れていないスキットルは倒れた本数に見なされないので注意してください」
「よ~く分かりました」
「キシャキシャ」
「うわ!なんかまたクモが叫んでる!」
「先攻が有利なのでどうぞ。そう言ってます」
「なに~!?そんなのフェアじゃないといいたいところだけど、初心者だから遠慮なく先攻させてもらいまーす!」
「あのっ!上投げは禁止ですよ」
「あ、そっか。あっぶねあぶね」
モルック。ゲーム開始。
「とりゃ!」
石原の手を離れたモルックの棒は、まとめて並べ置いてあるスキットル棒のはるか先に落ちる。
「お前よぉ、せめて掠るくらいはしろよぉ」
顔をしかめて石原を軽くなじる岡安。
「ごめんリーダー!重さがよく分からなくてミスった!」
「ごめんなさい。一つ言っていませんでした。モルックは転がしてもいいです。今のように直接スキットルめがけて放ってもいいですが、最初はとにかくスキットルを散らせるのが定石です」
藤井が石原の投げたスキットルを持ってこっちに走ってくる。
「説明不足だったのでもう一度最初からやりましょうか?」
「いやいや。コイツのコントロールのなさが原因ですから、このまま続行でお願いします」
「なんだとリーダー!?」「だって本当のことだろ?」「転がしていいなら当てられたもん!」「はいはい。負け犬ほどよく吠えるって昔から言うぜ」「ぐ~っ!じゃあどうぞクモさん!」
「キシャッシャ?」
「「本当にいいのか?」と申しています」
「女子に二言はない!クモさんどうぞ!!」
威勢のいい石原の返事を受けて、ベニオオウミグモのエリザベスがモルックを強く転がす。
ガラガララン!!
「「おお!」」
1から10まで書かれた10本のスキットル全てが完全に倒れて散る。
エリザベスさんや。手加減なしかい。さすが弱肉強食の自然界を生きる生物。
「キシャシャ」
「互いに1投目終了。エリザベスが10点に対し、召喚者様は0点。ちなみにあと二回召喚者様が外せばその時点で試合は終了。ついでですが、エリザベスは平均して5投で50点に達します」
身体を揺らし挑発するエリザベスと、相手を追い詰めるように宣告するコマッチモ。笑ってる二人はどこからどう見ても立派な悪役だ。
「くっそ~!」「こりゃウカウカしてられねぇなぁ」
そう。うかうかしてられない。
「こうなったら10のスキットル一本だけ当ててやる!」「バカよく見ろ!10のスキットルの前後に3本もあるんだ。今はとにかくたくさん倒せ!ミスんなよ」「オッケーリーダー!」
俺の心音を読んで黒か白か当てるんだろう?岡安。
ここまで近づいて外すわけにはいかない。召喚者岡安。
さあ、当ててごらん。岡安竜太。
『アカサーウに立ちはだかるコーンマザー。一線を退いたとはいえ、さすがはパンノケル王国最強騎士団ハウメア元所属!鉄壁の守り!勝つために必要なのは若さじゃない!数でもない!必要なのは団結力だ!おっと―っ!守りに入っていたコーンマザーのシールドタックル!これはアカサーウ痛い!盾は守るためだけにあらず!盾は武器だ!盾は凶器だぁ!』
「よっしゃ!」「リーダー四本倒したぞ!!」「よくやった石原!」
加減良く投げた石原のモルックは横倒しになって転がり、四本のスキットルをとにかく倒す。さらに散らばるスキットルを藤井と今泉が丁寧に素早く直す。
「キシャ」
エリザベスがモルックを放る。いちばん離れている8のスキットル1本だけが倒れる。
「なんつうコントロールの良さ!人間のレベルじゃねぇ」「そりゃそうだリーダー!とにかくまずいぞ!!」
「これでエリザベスが18点に対し召喚者様は4点。エリザベスの勝利まであと32点」
いつの間にか審判みたいになっているコマッチモを見て俺は苦笑する。
その俺の様子を常に耳で解析している岡安。魔力素の流れの細かいこと細かいこと。
「まだ始めたばかりですから、とにかく連続で外さなければ……」
『なんだなんだぁ!?チーム「アカサーウ」九名全員が七色に輝きだしたぁ!すごい!これはもしやクリスタル!!クリスタルが九名の全身を覆ってる!!クリスタルヘルム!クリスタルアーマー!クリスタルガントレット!クリスタルシンガード!クリスタルシューズ!これにはコーンマザーも動揺を隠せない!!一方のアカサーウは自身満面の笑みを浮かべる!まさにこれこそ切り札と言わんばかりの表情だああっ!!』
岡安。魔力素が乱れてるよ。
「挽回の可能性はありますから、あきらめずにがんばってください」
「おうよっ!負けないぞ!なあリーダー!」「ん?ああ!もちろんだ」
集中する石原と岡安。集中している内容は違うだろうけれど、せいぜい足掻け。
ガラン!
「ああっ!」「くそ。9だけのスキットル狙いがあだになったか!」
石原の3投目のモルックは9のスキットルを倒した後もとまらず転がり、奥の4のスキットルまで倒してしまう。つまり二本倒したから2点になる。
「キ……シャ!」
「「?」」
エリザベス。石原の狙った9のスキットルと4のスキットルの間にモルックを投げる。そしてモルックは着地と同時にバックスピン。9のスキットルだけが倒れる。
「「はぁ!?」」
「これぞ秘技バックハンド。モルックの握り方を変えたエリザベスの放つ正確無比のバックハンドは、狙ったスキットルを狙った本数だけ倒す。そう!まるでクモが獲物を仕留めるかのように!」「キシャシャシャシャシャッ!!!」
「オーホッホッホッホッ!」と高らかに笑うコマッチモとエリザベス。
衝撃を受けて膝をつく石原と遠くの藤井、今泉。なぜか性的に興奮している曽根とそれに気づいて妬みを抱く塩澤。呆れる深堀と眼鏡を光らせ微笑を浮かべる室野井。
「27対6か。追い込まれてきたなこりゃ」
髪をクシャクシャと手でいじりながら、苦笑いする岡安。
「でもまだどうなるか分かりません」
スクリーンを見ながら俺は岡安に言葉を返す。
魔力素がまた安定しはじめた。
「あの光り輝く装備を完全に破るのは難しそうですね」
スクリーンの中ではチーム「アカサーウ」とチーム「コーンマザー」が激闘中。砕けたクリスタルが装備者と攻撃者の両方の肉に刺さる。血管が破れて血を噴き上げる。蛍光灯で殴り合う血まみれのデスマッチプロレス状態だ。盛り上がってるけど観客席は失神者や嘔吐者が出てるね。
「……」
「投げないんですか?」
俺は岡安を見ずにゆったりと言う。
「そうだな。投げなきゃ始まらねぇ」
あくまで俺に対して耳を澄ませている岡安は、石原とどこにモルックを投げるかを協議。コマッチモもエリザベスとひそひそ何かを協議。
「よっしゃ!いくぜ!!」
額に汗を浮かべた石原がモルックを放る。放物線を描いたそれは見事に7のスキットルだけを倒す。これで27対13。
「キッシャ」
エリザベスのバックハンド。スピンをわざと強くして四本のスキットルを強引に集める。31対13。
『ついに!ついに決着がついたか!?コーンマザーの最後の一人が倒れて起き上がれない!審判が駆け寄ります!……決着!!決着!!!チーム「アカサーウ」の勝利です!!』
「せあっ!」
集められたスキットルを再び散らせることにしたらしい石原。六本のスキットルを倒す。31対19。
「エリザベス!そろそろ真の恐怖を見せておやりなさい!」
審判だか黒幕だか分からない声援を送るコマッチモ。
「キシャッ!」
普通は横に倒して持つモルックを縦に持つエリザベス。
ヒョイ。ゴトン。
「「!!」」
他のスキットルに包囲されているのに、10のスキットル1本だけを倒す曲芸を披露。41対19。
エリザベス。モルックの世界選手権があったらお前を出してあげたい。
ガタン。
「ワーフガー。準備はいいか?」
重い扉が開き、暗い表情の運営スタッフが、何度目かの同じセリフを吐く。
「「「「「……」」」」」
勝ったのに戻ってこないアカサーウ。チーム「クリアクス」以外も徐々に理解し始めるこの部屋の〝ルール〟。
試合中、水晶を何らかの形で発動したら、そのチームは控え室には戻ってこられない。
勝とうが負けようが、クリスタルを出したら無事では帰れない。
モルックではない〝別ゲーム〟に参加させられているとようやく気づいた彼らは、互いに隠し事がないかしつこく尋ね合う。確認する。声を荒げる。身の潔白を示すために服まで脱ぐ。念書を書く。装備を見せ合う。それを無気力で眺めるクリアクス。仲間の死で拾った幸運を、震えながら確かめるアイゼンクラウト。〝別ゲーム〟で勝利が確定しているのは、クリスタルを発動できなかったアイゼンクラウトだけ。
チーム「ワーフガー」がよろよろと出ていく。次が出番の「ラースアルゲ」が目に余るほど揉める。仕方なくスタッフが止めに入る。
控え室の世界が三つに割れる。
スクリーンに映る映像をただ見る「アイゼンクラウト」と「クリアクス」。
水晶に怯え、疲れ、翻弄される「ラースアルゲ」と彼らをなだめるスタッフ。
モルックで戯れる「召喚者チーム」と「アブラカタブラ」。
三つの世界全てを音で分析しつつ、俺を見張らなければならない岡安。
耳栓なしで、いつまで正気を保てるかな?
「キシャー!」「ふふふ。勝利ですね。完全な」
50対26でエリザベスが石原に勝つ。悔しそうに地面を殴る石原。
「オマリ」
「はい。ハダリ様」
「召喚者のお二人にお水を差し上げて」
「かしこまりました」
いつもの様子に戻ったコマッチモがリュックから水を取り出す。悔し涙を流す石原に、ハンカチをそっと肢で差しだすエリザベス。
「キシャキシャ」
「なんて言ってんのか分からなくてキモいけど、悔しいっす!!ぜひ弟子にしてください!!」
「キシャ?」
岡安竜太。
もしお前が今の石原の言動を計算していたのなら、本気でお前たちの相手をしてあげる。
「何言ってんだお前?」「止めないでくれリーダー!強くなって師匠を打ち負かす!それが弟子の生きざまだ!!」「はい?生きざま?」
アントピウスにいた頃の対抗試合では確か、俺の所属していた竹越チームはお前らに負けっぱなしだった。まぁ俺はそもそも戦力外で戦わせてもらえなかったけれど。
「まあまあ」
今度のサーリュは俺だけで、相手をしよう。
「召喚者石原様は腕がいいですし、何度も練習すればすぐに上達します。それにもともとこのモルックは食事や酒を楽しみながら興じるゲームなので、熱くなりすぎる必要はないのです」
「そうなんですか。いやぁ、よかった」
次の一手は何?
「その、もしよかったら俺たち、昼飯を用意しているんで、今ここでおすそ分けとかしてもいいですか?ちょっと作りすぎちまって」
「召喚者様の昼食を私たちがいただいてもよろしいということですか?」
「ハダリ様。それでしたら……どうぞお二人だけでお楽しみください」
コマッチモがエリザベスの所へ向かう。
「エリザベスは所用ができたので私が代わりに指南いたしましょう」
「え!?」
「こう見えてもエリザベスにモルックを指導したのはこのオマリ。腕前はさほどエリザベスに劣りません」
「よっしゃああっ!」
モルックに興じる石原とコマッチモ。
岡安が暢気を装って深堀を呼ぶ。緊張していた深堀がハッとした表情で岡安の所へ駆けてくる。
「すまん。ちょっと俺たちの昼飯、この御方にご馳走しちゃってもいいか?」
深堀は声を立てず、ただ岡安の目を見たままゆっくりと頷く。そしていったん引き返すと、深堀は室野井の横に置いてあったバスケットをもって急いで戻ってくる。爆弾処理班みたい。
「みなさまの昼食をいただくのはやはり忍びないのですが」
「いやいや!気にしないでください!むしろ異世界の人にはぜひ食べてもらって感想を聞きたかったんですよ!」
強張る深堀の握るバスケットが、たった今こちらにマントをつけて凱旋して、休むことなくテーブル替わりになってくれたエリザベスの上に載せられる。マントはテーブルクロスに早変わり。
「よろしければあなたも一緒にお食べになりませんか?」
俺がギョロリと目を向けると、小動物みたいにビクリとした深堀が「あ、いえ!大丈夫です」と返事をする。岡安をちらりと見たあと「失礼します」と頭をチョンと下げ、元の三人の所に急ぎ戻っていく。その三人、室野井・曽根・塩澤はただこちらの様子を注視している。三人とも銀行強盗を犯す直前の強盗犯みたいに真剣な眼差し。それじゃ俺に色々と気取られちゃうよ?
「貴族様が普段どのような食事をなさっているのかはちょっとわからないんですけど」
と断りをいれながら岡安は、バスケットの中から料理を盛られた皿を取り出す。
「わらび餅です!」
きな粉をまぶした、柔らかい石のような形の菓子が皿に乗る。
クレイモア地雷でも取り出すのかと思ったけど、本物の食べ物だ。それもかなり意外なチョイス。
「あ……その、気を悪くなさったらすみませんが、形がなんとも……粉を噴いたスライムのようですね」
騙し合いの化かし合い。
「そうです!でもまだまだ!」
さらに岡安が取り出したのは、本当に意外な料理。
ワラビ漬けにワラビの海苔巻き。
まさかの蕨尽くし。
「この野草は……さぞ下処理が大変だったことでしょう」
ワラビ漬けを見ながら、どう〝攻撃〟するか決める。
「ハダリ様はワラビをご存じですか?」
「ブラッケンルートと地元では呼んでおり、恐れられております。牧草地に生えた葉を食べた家畜は神経炎症や心不全を引き起こしますし、他の植物の成長を阻害して枯らし、根は深く張り巡るため、古代からの遺跡を破壊します」
「え?そうだったんですか?」
焦るな焦るな、岡安。それとも、それすら演技?
「明らかな毒草ではありますが、木灰で灰汁抜きして調理すれば毒はほぼ除去できるため、飢饉の際は重宝されたと、家の侍従から聞いたことがあります」
「あの、毒味はまず俺がしますんで大丈夫です!」
岡安がバスケットの中から急いでナイフとフォークを取り出す。それを見つめるコマッチモ。
大丈夫だよコマッチモ。俺に毒は効かない。クレイモア地雷をゼロ距離で食らっても今の俺は殺せない。
それにこいつが用意している〝毒〟はたぶん別にある。
ん?ちょっと待てよ。
食べるって言っても俺は体が首から下は動かせない。
それで、コマッチモはモルックの最中。
ということは……しまった。コマッチモがなんであんな鋭いまなざしをこっちに向けているのか気づいてしまった。
「うん!マジ美味しいっすよ!絶対に毒なんてないです!」
しまった。まずい!
コマッチモさんや!岡安にそんな怖いガンを飛ばさないの!モルックを片手で握り潰そうとしないのっ!
「や、やっぱり私は遠慮します」
「どうしてっすか?毒ならこの通り平気です!」
「ほらあの、私は体が不自由なもので」
「ああ、そういうことですか。じゃあはいどうぞ。あ~ん」
パクリ。モグモグ。
やっちゃった。
というかやられちゃった。
コマッチモの目の前で、コマッチモ以外の人から「あ~んパク」をやられちゃった♡
ズドンッ!!
「よっしゃ!勝ったああ!!」「…………」
下投げなのに、藤井と今泉のすぐ横の壁に突き刺さったモルック。
コマッチモさんが投擲三回連続失敗により、反則負けのようです。
ちなみにコマッチモさんのモルック三投目は、藤井と今泉の所に飛び込んで「僕もスキットルです!」と背中を向けて叫んだ曽根の尻に直撃。「きゃふううんんっ!」と喜びの悲鳴を上げた後、泡を吹いてアタオカ曽根は失神。
曽根よ。どうして防具を脱いで走ってきた?
俺はやっぱりお前が一番怖いよ。
『冒険者チーム「ブラックアッシュ」の集団高等闇魔法の前になすすべなく怪力集団「ワーフガー」は散るのか!?幻術を祓う術はあるのか……なっ!?ワーフガーの一人が拳を空高く掲げる!拳の先に光が灯る!これはなんだ!またもや虹色の光!!ワーフガーのシャノテ選手の拳から虹色の光が風のように流れる!無数の宝石の粉を撒き散らしたかのような神秘的な光が、ブラックアッシュの闇を切り裂いていく!!水晶の灯火!クリスタルランタンが出現したああ!!』
スクリーンの前で深いため息をつくチーム「クリアクス」と「アイゼンクラウト」。いさかいが止まる「ラースアルゲ」。三チームの選手全てが床に腰を下ろす。乱れた息と服を戻し、元のポジションに戻る運営スタッフ。
白熱する試合とは裏腹に、消沈していく控え室。
その温度差に混乱の表情を隠せない深堀と室野井。ギャップが理解できず、曽根の介抱にだけ専念する塩澤。倒れたスキットルの立て直しに集中する藤井と今泉。
この六人の不幸は、〝クリスタルゲーム〟と〝モルック〟という二つのゲームを行きつ戻りつしているせいで何もつかめていないこと。参加しなくていい代わりに、何も状況が呑み込めないこと。
「やったあ!バックスピン成功!」「ふふ。テクニックだけでは勝てませんよ」
最初からモルックにしか頭が回っていない石原。スクリーンに映る映像と控え室の様子で冷静になり、再び石原とモルックに興じるコマッチモ。
「どうですか?ワラビの海苔巻き」
手に脂汗をにじませた岡安が、箸で俺の口に海苔巻きをそっと運んでくれる。俺は目を閉じ、ゆっくり咀嚼し、舌の上で丹念に食材を転がす。
「大変美味しいですね。シンプルであっさりしていますが、ブラッケンのぬめりと風味がしっかりと生きている」
瞼を開き、岡安の瞳の奥を覗き込みながら俺は感想を返す。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン……
岡安。鼓動が早いよ?魔力素の流れも乱れてる。
部屋の情報量が多すぎるから?
俺にときめいているから?
それとも何かを急いでいるから?
「褒めてもらってありがとうございます。ワラビの灰汁抜きは手間がかかるんですけど、根気よく一日丁寧にやれば結構おいしくできるんですよ」
「そうなのですか」
「このわらび餅だってそうです」
岡安は自分がまず食べた後、俺の方にそっと差し出す。「いただきます」といって俺はわらび餅を口に入れる。
モニュ、モニュ、モニュ、モニュ、モニュ……。
「ふわりとしたやわらかさがまた上品ですね」
「でしょう?ほっとするような甘味。温かさ。優しい歯ごたえ。これを作ったのはあそこの壁に立ってる深堀って女と、モルックをケツに食らって喜んでた曽根、そして曽根を治療している塩澤なんです。けど、前は仲間の一人だけが作ってくれてたんです。それは、これよりもずっと美味かった」
……ふふ。はじまった。
『ワーフガーのバルビエ選手、コダック選手、ジェノア選手が動かない!動かないぞ!審判が様子を見に走ります。……あっ!審判が試合を止めた!ブラックアッシュ!文字通り止めを刺してしまったぁ!場内騒然です!ブラックアッシュが相手チーム「ワーフガー」の三名の命を奪ってしまったため失格となりました!勝者ワーフガー!!』
「そうなのですか。それで、その御方はどちらに?」
「あいにくと、ここにはいません」
ふふふふ。続けなよ。
「そうですか」
「俺たち召喚者は魔物との戦闘に駆り出されることがたびたびあって、その時にソイツは犠牲になっちまったんです」
ガタン。
「用意はいいか!ラースアルゲ!」
「「「「「「「「……はい」」」」」」」」
「それは、たいそう気の毒なことでございます」
「そいつとは、古い馴染みなんです。幼いころ孤児院で一緒で、一度は離れ離れになったんですが、高校……学園でまた一緒になったんです」
「それは何かしら縁を感じますね」
「はは。縁があったかどうかは分かんないです。アイツは俺のことは、たぶん覚えていないと思います。とてもじゃないけれど、そんな居心地のいい孤児院じゃなかったから」
「そうでしたか。しかしそれほど近しいご友人が異世界にまで一緒に召喚され、それで犠牲になられたとは、行動を共にされていたお仲間の皆様も含め、岡安様の悲しみの深さはいかばかりか。察しきれぬ召喚者様の心中、どうかご容赦ください」
「まだ」
「?」
「実はまだ、死んだかどうかは分からないんです。ただ気づいたらいなくなってた。それが真実なんです」
「そうでしたか」
「俺たち召喚者の中には、そういう奴が二人いるんです。一人は俺と幼馴染の雫石瞳。もう一人は、永津真天」
「お二人も。……皆さん無事に生きているといいですね」
「はい。本当にそう思います」
これで終わり?
こんなのジャブだよね?
こんなんじゃ俺の心音は乱れないよ?
まあ最初から雑音まみれの不整脈にしてあるけど。
でもちょっとだけ情報が得られたのはよかった。
雫石瞳か。そう言えばここで見ないと思ってたら、やっぱり「チーム岡安」を離脱していたか。アイツのことだからしぶとく生き延びてどこかで変なことやってるんだろうね。
1号と2号と4号にタイミングを見て送信しよう。
それで、何かを取り出し始める岡安。……それか。
雫石ときたら〝そう〟だよね。それでストレートを決められるかな?
『アントピウスの冒険者チーム「ラースアルゲ」とパンノケルの傭兵チーム「マスクラット」の戦いの火ぶたが今切って下ろされました。……あっと!いきなりマスクラットの全員がクリスタルの盾を装備した!見事な大きさ!見事な装飾!それにしてもクリスタルがひっきりなしに登場するこの第一回戦!いったいどうなってる!!……あっ!えっ!?なんということでしょう!ラースアルゲが突如棄権を申し出てきた!白旗を上げての降参だ。場内大ブーイング!!この反応は仕方がない!何のためにここにきた!何のためにこの場まで勝ち上がった!恥を知れと言わんばかりの観客からのブーイングに泣き崩れるラースアルゲ!一体彼らの中で何が起きているんだ!!??』
ドックン!ドックン!
「これは〝分〟」
「ブン?」
「ええ。分をわきまえるとか、分相応、分際なんて言葉に使う〝分〟です。人間なんて一人じゃたいしたことなんてできないから、他の連中の力を借りて生きるしかない。だから覚悟しろってことでしょうね。雫石が俺を見て思いつくままに書いてくれた字です。〈刀〉がメッチャ尖ってて、それが〈八〉を二つに分けるのが字義とか何とか言ってました。だから全体的に鋭く尖った書体なんス」
呼紙に墨汁で書かれた一文字。書道に精通する雫石が岡安を見て書いたのは「分」。
悪くない。
ガチャン。
開かずの扉が開く音。
「帰ってきた!帰ってきたぞ!」
アイゼンクラウトが叫び、戻ってきたラースアルゲと抱き合う。クリアクスが寂しげに拍手する。部屋のスタッフは目を潤ませる。別の扉の向こうから少し遅れて呼びに来たスタッフは厳しいまなざしをクリアクスに向ける。その視線だけで、クリアクスたちは無言で立ち上がる。
「準備はいいか。クリアクス」
「どうだろうな」
「準備がよかったら何だってんだ」
「どうか、クリスタルに嫌われますように」
「なにをゴチャゴチャ言っている!いいか!お前たち「クリアクス」はカディシン教とアントピウスの威信を背負って」
「じゃあアンタも一緒に戦うかい?」
「!?」
「七色に輝いて喝采を浴びたと思ったら、どこか暗闇に連れ去られる。夢みたいね」
「早く案内だけしろよ。頭の中がお花畑の腰抜け野郎」
長く続く拷問と尋問のおかげで怖いモノなしになったエリート集団は、呼びに来たスタッフに冷たく言い返し、部屋を出ていく。
トックン。トックン。トックン。
「戻ってこい……」
両手を組み、まっすぐな祈りをクリアクスの背中に送るアイゼンクラウトとラースアルゲ。試合に負けたけど無事に控え室に戻れた〝勝ち組〟2チームの強い祈りはクリアクスが扉の向こうに消えた後も続く。
ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
「これは〝眠〟。睡眠の眠の字です。「目」の「民」みたいに、部首がちょっと離れて、同じくらいの大きさに書かれているでしょ。まあそういうわけで左右がほぼ対称の大きさなんで、ずっと見ていると、なんつうか、ほっこりしてきます。楽しい夢が見られそうなこの字は、あそこにクソ真面目に立ってる深堀ってヤツのために雫石が書いてくれたんです」
岡安を想う深堀にあてた文字は「眠」か。
試合前にごはんを食べたら眠くなってきたよ。こんなのいつまで続けるんだろう。俺がボロを出すまでか。もう面倒くさくなってきた。
『さあ東門から登場するのはいまや人気絶頂のヒーローチーム「クリアクス」!二次予選選抜において、魔道具そっちのけで他チームの救助に向かった話は誰の耳にも届いている!飾らぬ正義!揺るがぬ正義!縁の下の力持ち達はよもはラースアルゲのような途中棄権なんてしないだろう!それに対するは、西門から現れたチーム「シェイクボルディング」!魔法学園OBとOGからなるベテランチームは間違いなく実力者。勝利を手にするのはどっちのチームだ!!』
スクリーンの中で再び盛り上がる会場。
さて、どっちが「ミガモリ」を発動するかな?
「これは〝門〟。ゲートです。あの深堀の隣で落ち着かない室野井のために雫石が書いたんです」
開祭式でメデューサの黒真珠が〝鳴き出した〟時点で俺は、自分の細胞を闘技盤に残して散らしている。
細胞たちが闘技盤で最初に発動した魔法はずばり、ステータス表示の〝最小化〟。
ステータスをもつ対象を見た時、対象より少し小さいくらいの大きさで表示されるパラメーターやステータスは、顕微鏡でも使用しないと見えないように細工した。
見えているけれど、見えていることが分からない。
分解能0.2マイクロメートルの視力を必要とするステータス表示。
俺の細胞のステータスは表示されているけれど、今回は小さすぎて誰も認識できない。
光属性の魔法でステータスを拡大視できる人物がどれほどいるかは知らない。
ただ光属性の魔導書に、そういう魔法の記述はなかった。
というかステータスやパラメーターをいじる光属性魔法の記載を見たことがない。
だからたぶん平気。
そして俺の細胞を踏んだ誰かの中で、俺の細胞が移動して脳を侵し、記憶を改変する。
俺の細胞が寄生した連中は「最初から封印されし言葉「ミガモリ」を知っていた」と思い込み、「ミガモリ」の能力、つまりケイ素操縦を当たり前のように発動する。
『クリアクスがシェイクボルディングの仕掛け魔法に臆せず、果敢に挑む!クリアクスに恐怖の文字はないのか!?鎧も盾も壊れるぞ!肉が千切れるぞ!骨が砕けるぞ!内臓が吹き飛ぶぞ!それでもクリアクスはシェイクボルディングに斬りかかっていく!何が彼らをそこまで駆り立てる!?何が彼らをそこまで強くする!騎士団の矜持か!勝利への渇望か!!』
誰が俺の細胞を踏むかは運次第。
踏んだ誰かがどんな魔法を思い描くかは本人次第。
ゆえに人任せ。
俺の細胞は「ミガモリ」を発動させた後、脳血液関門を脱出し、血管内でプログラムに従って自殺する。つまりアポトーシス。
残骸は体内にある白血球が食作用で食べてお終い。証拠は残らない。
本人は試合で「ミガモリ」を使ったことはわかっても、「ミガモリ」が何であったのか認識できない。なぜ使ったのかは答えられてもどうやって使ったのかは答えられない。なぜなら既に知らないから。夢を見たのは覚えているけれど、夢の中身が思い出せないように。
よって本部による試合後の取り調べは長引く。
取り調べる対象はどんどん増えていく。
取り調べる側も取り調べられる側も途方に暮れる。
「シェイクボルディング!ここにきて9名全員が魔法詠唱!杖を捨てたその手にはクリスタルソードが握られた!!全員二刀流の魔法使い集団!こんなの見たことがない!聞いたことがない!勝利を確信したのか雄叫びをあげるシェイクボルディング!それに負けじとクリアクスも気合いをこめた雄叫びを上げた!!」
諦めろ。
すべてを諦めろ。
「ミガモリ」はもう諦めろ。
お前たちパンノケル王国にもアントピウス聖皇国にも永久に戻らないよ。
なぜなら俺が手に入れてしまったから。
俺はメデューサよりしぶとい。
だからもう諦めろ。
夢のごとく諦めろ。
そして俺の横に座る聞き耳ピエロをもう撤収させろ。いい加減遊ぶのに飽きてきた。
「あ、ごめんなさい」
石原のために書かれたとかいう「吉」の字の説明を岡安が済ませてしまおうとしたとき、呼紙が俺の腕の上に落ちる。その端は岡安にも触れている。
〈聞こえます?〉
……。
紙の振動で、俺に話しかけている?
糸電話ならぬ紙電話か。
〈心音をさっきから乱したり雑音を混ぜたり、この部屋にいるいろんな奴と同じに心音を変えられるアンタだから、多分聞こえてますよね?〉
岡安からのラブコール。
さて聞こえないふりをするか、どうするか。
〈正直なところ、アンタの隣にいるのがメチャクチャ怖いです、俺〉
「それにしても、すごい試合展開ですね」
「ええ。再びクリスタルの魔法が放たれたようです」
「クリアクス、なんかうれしそうですね」
〈俺たちがこの部屋に呼ばれたのは今日いきなりです。本当は会場警備のはずだったんですけど、開祭式で〝アクシデント〟があった後、予定変更でこの部屋に缶詰めです〉
メデューサの黒真珠は全く想定していなかった。でも俺とコマッチモがここにくることは予想できた。だからこの部屋にお前たちが来ることはある程度決まっていた。お前の本当のような嘘はお見通しだよ。
〈俺たち召喚者8人はさっき話した永津真天と面識があって、しかも召喚者は人や魔物のステータスやパラメーターが見えるもんだから、この部屋を監視するよう言われたんです〉
「さすがクリアクス、強ぇ」「相手のシェイクボルディングと互角に渡り合ってる!」
〈でもステータスやパラメーターを見てても、全然何の変化もありません〉
「勝って、戻ってきてクリアクス!」「クリスタル見ただけでブルッて降参した俺達が言えた身分じゃねぇけど、ここまで来たら格好よく最後まで戦ってくれ」
〈受けた命令は監視。クリスタルが万が一試合会場で出現した場合、魔法を使用している者がこの部屋の中にいる可能性が高い。だからそれを見逃すな、です。でもクリスタルは万が一どころか試合ごとに出現して、そしてこの部屋の中は何の変哲もない。あることといったらモルックやってるアンタらの一喜一憂だけです。まあ徐々に他のチームの選手も、ここに缶詰めにされた理由に気づいて試合内容を気にするようになって騒ぎ始めましたけれど〉
『シェイクボイルディングの魔法剣は点ではなく面攻撃!まさに地獄の壁!!これはとてもじゃないが第一回戦とは思えない超激戦!クリアクス!地獄の壁を突破できるか!?お前たちの誇り高き傷だらけの盾は地獄の壁すら跳ね返すのか!?』
〈クリスタルを発生させている奴を特定するのは無理。俺はそう思いました。なので、俺にしかできないことをこの際やってみようと思いました〉
嘘と真実をうまく織り交ぜて、ほんとによくしゃべる。
〈俺、実は耳が人よりいいんです。まあそれで幼い時から損ばかりしてるんスけど、時々役にたったりします〉
聴覚超鋭敏は、元の世界じゃ地獄だったろうね。退屈だけど、どうぞ続けて。
〈俺、この耳を使って、この控え室に永津真天がいないか、ずっと探していました。まあ非効率の極みっつうか時間の超無駄遣いな気はしてます。生きているか死んでいるかもわからない奴が、とある国の、とある施設の、とある一室にいるかいないかを調べるなんて、バカげてます〉
そうだろうね。そんなことはとっくの昔に分かっていたよ。
〈クリスタルを操る魔法使い。みんな、アンタがそうじゃないかって疑っています。でも俺は疑ってません。というかソレ、俺にしてみればどうでもいいです。俺がはっきりさせたいのは、アンタが永津真天かどうかです〉
それが一番大事だもん。そりゃそうだ。
それさえわかれば後はほとんどどうでもいいだろうさ。
〈もしアイツが生きてたら「すげぇな。どうやって生き延びたんだ」とか声かけたいですし、そのことを永津真天の妹や、赤荻晴音っつう永津のこと大好きな女子に伝えて、アイツらを喜ばせたい。ついでに雫石にも伝えたい。……まあ、伝える前に雫石探すの手伝ってくれってお願いするかもしれないですけど〉
岡安の魔力素の流れを俺は凝視する。
うわ~、嘘を言っていないのが恐いんですけど。
〈で、結論をいいます。アンタは間違いなく永津真天だ。すげぇな。どうやって生き延びたんだ?〉
……。
〈って言っても乗ってこないですよね。タネを明かします。俺、心音以外にも音、拾えるんです〉
……。
〈人には人固有の音があります。だいたいは心音がそうなんすけど、アンタは心音を変えられる。血流の速度だって変えられる。だからアンタ固有の音は心臓にも血液にもない〉
……。
〈でもだからって終わりじゃないんスよ。賭けでしたけれど、やっぱり永津じゃんって音があったんです。何だと思います?〉
……。
〈食事音です〉
………・……・……・……。
〈永津真天ってメッチャ、グルメなんですよ。クマとかイノシシとかシカとかネズミとかムササビとかヤマメとかイワナとかザザムシとかカエルとかヘビとかウサギとか、とにかく色々な素材の味を知っているし、料理の腕も立つ。女子力メチャクチャ高い男子なんスよ。それで、アイツの癖が独特で、食事を、料理をとにかくしっかり味わおうとする〉
……。
〈普通、人って噛むときに右の歯とか左の歯だけで噛んで「はいおしまい」なんスけど、永津真天は違う。必ず両方の歯を使うし、舌の上で転がして口全体で味わう。鼻に抜ける香りまでちゃんと堪能しようとする。あんな食べ方するの、俺たち同期の召喚者の中で、アイツだけです。真似したことありますけれど、ひと切れの肉を食べるだけで疲れちゃいました〉
……。
〈で、ワラビの海苔巻きとわらび餅を食ってるアンタの食事音で確信しました〉
……。
〈永津真天とハダリ・バーソロミューは同一人物だ〉
……。
へぇ。こりゃ参った。降参だ。
食事音か。
たしかにそれだけは〝俺〟の場合、絶対に変えられない。
食事の楽しみをとったら、俺はもう人間じゃなくなっちゃう。ただの魔力素の塊だ。
だから食べることだけは、元のままでいたいと常に願っている。
それは異世界召喚される前から、生まれ変わるずっと前からたぶん変わらない。
修学旅行前からも、山を下りる前からも、ずっと変わらない。
双子の妹の前で、
両親を生きたまま解体した時から、
俺が壊れた時から、
変わらない。
俺の中で唯一変わらない喜びは〝食〟だ。
だからそれだけは変えられない。
……。
そっかぁ。
……。
こいつ、やっぱすごい。
俺の潜在欲求を出会った短期間で見抜いて、しかもそれを記憶していたのか。
バケモノだねこいつ。
俺なんていうしょうもない人間の咀嚼音とか舌の動作音とか食事における呼吸音を記憶しているなんて、普通じゃないよ。
いやそもそもワラビの海苔巻きっていうチョイスからしてすごい。山と海が混ざっている。命のひしめく場所に俺が興味を惹かれると見抜いている。
岡安竜太。
召喚者のくせに、普通の人間のくせに、本当にどうかしてるよ。
《召喚者様》
呼紙を吐息で吹いて落とした後に、俺は話しかける。
「!」
自分から呼びかけておいてそんなに驚くなよ。まあ紙じゃなくて俺の髪の毛一本の糸電話だから驚くのも無理ないか。
《召喚者様はインスリンをご存じですか?》
岡安。
こいつをどうしたものか。
《インスリンは血糖値を下げるホルモンで、糖尿病患者はインスリンが膵臓から血管に出にくくなっている場合が多いので、多くの患者は自己注射キットを持ち歩き、食後血糖値が上昇するのに合わせて、インスリンを注射するんです》
抜け落ちた一本の髪を震わせて話しかける。その相手は心音が乱れている。
《ある所に兄と妹がいました。その兄と妹は両親を失い、別の両親に引き取られました》
『クリアクスの盾がシェイクボルディングの魔法を弾く!!ようやくシェイクボルディングの魔法剣に到達するっ!!互いの魔法剣が激しくぶつかる!互いの意地が烈しくぶつかる!全身全霊の捨て身の攻防が火花を散らすううう!!』
《義理の母親は糖尿病を患っていたので、食後のインスリン注射を欠かしません。一方の義理の父親は肉体的には健常でしたが、酒癖が大変悪い男でした》
岡安竜太。
こんな天才、殺したくないなぁ。
《義理の父親は血のつながりのない兄にいつも怒鳴り、「お前は俺の子じゃない」と繰り返し繰り返し告げ、機嫌の悪い時には殴る蹴るの暴行を行いました。けれど兄は耐えます。理由は血のつながっている妹がいるから》
でも岡安が危険人物であることは確定した。
《義理の父親は妻が病気のせいで肉体関係、つまりセックスを拒むようになると、あろうことか義理の娘に手を出し始めました。不眠症の自分のために処方されている睡眠薬を娘に飲ませ、寝ている間に事を済ませる卑劣な手口です》
このまま放置すると岡安は俺のことを誰かに話すかもしれない。っていうか絶対に話す。それが人間だ。……脈拍異常。呼吸異常。目の焦点拡散を確認。
《妹が受ける仕打ちを見かねた兄は仕方なく、義理の母親のインスリンを、欲を満たし酔い潰れて寝る義理の父親の舌下と陰茎に注射しました。すると何が起こるか》
『ついにフィニッシュ!ついにフィニッシュ!激闘を制したのはクリアクスだ――!』
「「「「「「「やったあああああっ!!」」」」」」」
《インスリンは血糖値を下げるホルモンですが、その下げ方は、血管を流れている糖分を細胞に取り込んでもらうという方法。高血糖状態を正常に戻す働きがありますが、もしこのインスリンが健常者の体内に大量に流れると、急激な低血糖が発生します。これで困る臓器はずばり脳。脳は糖分以外を、栄養に使用できません。ですから急激な低血糖は脳にダメージを与え、運が良ければ死亡。悪ければ極度の脳障害を引き起こします》
とは言っても岡安は悪い奴じゃないんだよなぁ。それに場合によっては利用できるかもしれないし……
《その兄は、インスリンの致死量を正確に知っていました。インスリン製剤は3.85mg/mLで、義理の父の体重75kgでは0.43mg注入すれば死ぬ。ですのでそれを超さないように、そして注射跡が残らないように性器と舌の裏を選び、そっと注射したのです》
ガチャン。
「準備はいいか?」
グチュ。
《結果として義理の父親は》
「アブラカタブラシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッ!!!!!!」
《植物状態となりました。今のお前のように》
上半身を巨大セミに変態させた元スタッフのチンダラガケが爆音を鳴らす。
発音筋の振動と発音膜による音声変換、共鳴室による音の増幅で、爆音の音圧は230デシベル。150デシベルで人間の鼓膜は破れる。離陸寸前で点火しているジェット機の傍に立っている状況が150デシベル。
変態に気づいた時点で耳を塞いだエリザベスと防御態勢に入ったコマッチモを除き、部屋の全員が230デシベルの前にうずくまるしかない。
ドサッ!
聴覚超鋭敏の召喚者の場合、それだけじゃ済まない。
「大丈夫ですか」
鼓膜を外している俺にもたれかかるように崩れ、耳から血を流す岡安に声をかける。
かけても無駄だよね。
もう聞こえちゃいない。
鼓膜は破れ、耳小骨も砕け、うずまき管内のコルチ器も壊した。ついでに聴神経と大脳の聴覚野とその周辺の知覚言語野、ブローカ中枢、ウェルニッケ中枢、あと海馬も傷つけた。
つまり言語の文法処理も、記憶することも、もうできない。脳を知り尽くした魔法使いでもない限り、脳の完全再生は無理。
ポタ。ポタ。
意識を失い脱力した岡安の体重によって肘掛椅子ごと倒された俺は、耳から零れる岡安の血を口で味わう。いつも通り噛むように味わう。
マソラ3号の俺は他人の無核の赤血球からでも細胞を再生できるし、そこから断片的にだけれど、記憶を採取することもできる。雫石について情報をもっているようだから、岡安の細胞を増殖させて情報が手に入り次第、他の分裂体に送信するとしよう。出たとこ勝負で驚いてばかり、迷惑かけてばかりだけど、〝何でもあり〟がマソラ3号の俺の強み。失点は必ず取り返す。そして1号2号4号に報いる。
グシャッ!!
控え室の武装した運営スタッフによって仕留められるチンダラガケ。
爆音を上げること以外何も改造していないから簡単に、造作もなくチンダラガケは殺される。試合会場と控え室を何度も往復しているスタッフに俺の細胞を植え付けるのは訳ない。そして自滅させるのも容易い。
激戦を終え医務室に連れていかれた後取調室ではなく控え室にようやくたどり着き、開かずの扉を開けていきなりの惨状に仰天するクリアクス。
耳から血を流しつつも、どうにかして持ち直すアイゼンクラウトとラースアルハゲ。意識のない仲間を必死に介抱している。
俺にのしかかって倒れる岡安のもとへ駆け寄ってくる深堀ら召喚七人。彼らの邪魔にならないよう、俺にゆっくりと近づいてくるコマッチモ。石のように動かないでいるエリザベス。
「竜太!」「「「リーダー!!」」」「「岡安!!」」「しっかりしろリーダー!」
鼓膜が破れ、自分たちの声さえまともに聞こえていないであろう召喚者七人。
鼻血を拭え。まずは自分たちの鼓膜を治せ。岡安はどうせすぐには目を覚まさないから。
「ハダリ様、大丈夫でございますか?」
召喚者七人によってどかされた岡安の下敷きになっていた俺を、コマッチモがゆっくりと抱き起こす。俺の服は岡安の血で少し汚れている。
「お召し物をお替えになられますか?」
「いや、大丈夫。このままでいい」
蝉型チンダラガケが入ってきたことでスタッフが俺から目を離した瞬間から、コマッチモの触手は俺の方に伸びていて、こちらも〝糸電話〟で事情を伝えてある。
岡安を破壊したこと。彼の血を使うので、すぐにこちらに助けに来ないこと。
指示通りにコマッチモは動き、俺に声をかけた後、懐から取り出したポーションを俺に飲ませる。これはただの演技。水に等しい価値しか俺にはないけれど、芝居の小道具にはちょうどいい薬液。
「よろしければどうぞ」
耳の聞こえていない回復術師の深堀の肩を叩き、エリクサーの入った竹筒を彼女の足下にコトリと置いたコマッチモはすぐに立ち上がり、震えて動けなくなっているエリザベスの様子を見に行く。
深堀は竹筒の中身を舐めて意味を理解し、自分の鼓膜の治療にかかる。そして意識のある七人の仲間の鼓膜を急いで治す。竹筒の中身を少しずつ飲みながら深堀と塩澤の二人が岡安の治療に入る。全力を注ぐ。その岡安の手を握りしめる室野井と石原。声をかけ続ける藤井と今泉、曽根。治せるのはせいぜい鼓膜と耳小骨くらいだろうね。
ガチャン!
「どうした!?何があった!」
蝉型チンダラガケを倒した武装スタッフが急ぎ救助要請に向かい、それが多数の医療スタッフと会場スタッフを引き連れて控え室に戻ってくる。
「見ての通り、だ……」
片方の鼓膜を再生し終えた勇者候補生が事情を説明する。その間にコマッチモは肘掛け椅子を起こし、俺を座らせる。エリザベスをさする。エリザベスがよろよろと動き始める。もちろんこれも芝居。芸達者なベニオオウミグモはモルックのスーパー選手だけでなく瀕死の使い魔という役も完璧にこなす。
「アブラカタブラ、いけるか?」
肘掛け椅子ごとエリザベスの上に設置された俺に、事情を一通り知った会場スタッフが問いかけてくる。
「何とかなりそうです」
岡安の血のおかげで傷ついたように見える俺の姿はいい感じに痛々しい。コマッチモも耳とエプロンドレスの肩の部分を、いつの間にかつくった血糊で汚している。
「何を話した?」
「?」
俺とコマッチモとエリザベスが控え室を出ていこうとした時、室野井の声が響く。
「なんのことでしょうか?」
「うちのリーダーは耳がいい。俺たちに聞こえない声で、あなたと個人的に何らかのやりとりをしたくて、リーダーはあなたに近づいた。何を話していた?」
「見ていらっしゃったと思いますが、私は食事をご馳走になりました。その私の口に合うか、誰が作ったか、誰が一番上手に作れるのか。そうした話をしておりました。後は皆様について、召喚者のとある方が書かれた文字を見せていただきながら説明していただきました。「分」の岡安様。「眠」の深堀様。「門」の室野井様。「吉」の石原様。「父」の今泉様。「午」の曽根様。「芒」の塩澤様。「蛙」の藤井様」
「うちのリーダー。口を動かさなくても話せんだよ」
石原が、低く言う。
さすが野獣。ただの脳筋じゃなかったか。
「ええ。これらの文字を書いた召喚者様について、聞こえないように、けれど詳しく語ってくださいました。たしか雫石瞳様。現在行方知れずで、一刻も早く見つけて謝りたいと」
「「「「「「「……」」」」」」」」」
「もうよろしいでしょうか?」
七人は何も言わない。俺はそれを承諾とみなし、スタッフの後に続き試合会場へ向かう。
「どうしてリーダーは雫石のことをあの男に……」
何か相談し始めた召喚者の声を微かに、耳の奥が捉える。
そんなこと、考えるまでもないだろうに。
俺をナガツマソラだと疑っているからに決まってるだろう。
でもそれを証明できる人間はたった今、いなくなった。
俺が同級生を壊したのはこれで二人目。
一人は脳が薬物でイカれて獣のように襲いかかってきてくれたからサンドワーム型チンダラガケに変えた。岡安と同じで性格のいい奴だった。「気は優しくて力持ち」の大羽剛。竹越チームの中の同性で唯一、対等な人間関係をか弱い俺と築こうとしてくれた人格者。でも若気の至りというか、同じチームの古舘華と駆け落ちして脱走した罪で、薬物漬けにされて見境なく敵を殺す兵器になり、ついに俺に挑んだ。
俺に挑んだ。
壊す理由はこれで十分。
どいつもこいつもそう。
壊されたくなかったら、俺に挑むな。
あと何人同期を壊すことになるのかなぁ。まぁ、あと二人くらいは壊すだろうね。
妖しい女と怪しい女の二人くらいは。
『さあ、ついに第一回戦最終試合の準備が整いました。東門から現れたのは、極悪非道の犯罪集団「ハロウィーンペリカン」!10名の囚人の懲役期間は足し合わせるとなんと合計1447年!快楽殺人鬼に強姦魔そして放火魔の凶悪囚は勝ちあがるほど懲役刑が軽くなる恩赦目当てで参戦!!許すまじハロウィーンペリカン!参加を認めた魔法学園そして王国はこう言う。悪を滅せよ!さもなくば勇者に挑む資格なしと!!』
すんごい。ここのアナウンサー。本当の悪者が誰だか分からなくして盛り上げるの、ほんとに上手。視聴率目当てで参戦させたプロデューサーが悪いに決まってんじゃん。
それにしても俺の細胞、ちょっとやりすぎだね。
闘技盤の周りが水晶のオブジェで一杯。武器系の水晶は回収されたみたいだけど、第一試合の水晶の壁が多すぎて撤去できなかったみたい。
『西門!西門だ!西門を見ろ!そこから現れしは謎の魔法使いとその守護者の二人組「アブラカタブラ」!二名での大会参加そして予選通過はこの一組だけだ!!それでも勝つ自信がある。それでも勇者に挑む自信がある!だから二人で十分!まずは凶悪犯罪者に正義の鉄槌を下してみせろ!!』
なんか勝手なこと言ってるね。まぁいいか。
エリザベスとコマッチモ、観客に適当に手を振っておいて。
「へっへっへっへっへ」「美味そうな姉ちゃんを連れてるじゃねぇか」「あらぁん、アタシは蜘蛛の上の坊やがタイプよ~ん」「うっほ!あの二人のクソとションベンは俺が最初に食べるぞ!」「気絶するほどあとで犯してまくってやる」「首絞めファック!ケツ穴ファック!!」「シャバで暴れられるのは何年ぶりだ?血が騒ぐ」「ああ!この「殺せ」コール!!僕たちに向けられてるんだよね!?どうしよう!!もうこれだけで勃起が止まらないよ!!ねぇイッていい!?イッていい!?」「どうでもいい。とにかく泣いて命乞いをする姿が見ながら殺す」「あの女、肌キレイ。剥いで、俺着る。そしたら俺、ママの好きな女に生まれ変われる」
笑っちゃうくらい「いかにも」な感じの犯罪者集団「ハロウィーンペリカン」。この世界にも変わり者は結構いるね。
「今夜のお食事は何になさいますか?」
会場が割れるほどの「殺せ」コールに包まれる中、コマッチモがハロウィーンペリカンを蔑むような目で見ながら尋ねてくる。
「久しぶりに、ウサギの煮物でも食べようか」
シギラリア要塞にいるマソラ4号から亜空間ノモリガミを通じて定期的に送られてくる養殖ウサギ。
アルビジョワ迷宮の下にあった要塞を起動し、迷宮と要塞を守る八部族ヤツケラや要塞に封じられていたミソビッチョたちとともに国家「鎮守の森」を造るまでの草創期は、ウサギをよく食べた。
俺にとっては大事で思い出深い食の味。
「承知しました。兎糞は絞り出しますか。そのままにしますか?」
「俺たちの糞尿を食べたいっていうスカトロ野郎の声が聞こえたから、糞まで食べる気は失せたよ」
「承知しました。糞は絞り出します」
「でも腸は洗わなくていいよ。シータルの森のクロモジの樹皮の匂いが少し残っているのも、悪くない」
俺自身の細胞を十分にまき終えた俺は、コマッチモとの口頭での会話をそこで終える。髪を使い、エリザベスも含めて指示を出す。
『さあいよいよ第一回戦初日最終戦が審判の合図のもと始まりました!放送にはあまりにも不適切な会場コールが鳴りやみません!平井様!この戦いの見どころはどこにありますか?』
『先ほども伝えましたが、ハダリ・バーソロミュー選手の魔法は未知数です。今回もまた海を祀る魔法が放たれるとすれば、魚がハロウィーンペリカンに襲いかかる可能性は十分にあります』
『あの驚異的な数の魚の誘導魔法ですね!』
『そうです。そしてハダリ・バーソロミュー選手を援護するオマリ・グラニュエール選手。魔法の腕は不明ですがかなりの武術家。ハロウィーンペリカンがもし慢心していると痛い目に遭うのは必至でしょうね』
『ありがとうございます。さあ先ほど会場の下の方で騒ぎがあった模様で、そのせいかアブラカタブラの二名の服に血のようなものが滲んでいますね』
『はい。そう見受けられます』
『そのアブラカタブラの両選手。凶悪なハロウィーンペリカン相手に万全で挑めているのかどうか。あっ、ハロウィーンペリカンの十名が大きくのけぞる!なんだ!何を始める!!』
ブシャアアッ!!!!
『な!?』
『平井様!あれは!?あれはいったい!』
『……翼』
『なんだこれはああ!ハロウィーンペリカン十名の背中から飛び出したのはクリスタルの翼だ!動くのか!まさかその翼!動くのかぁ!!』
動くさ。トンボみたいに。
ボボボボボボボボボボボッ!!!
『十名のハロウィーンペリカンが空を舞い始めた!信じられません!!まさにクリスタルウィング!!』
「ひゃあはははははははっ!!」
嬉々として俺とコマッチモに突っ込んでくるハロウィーンペリカンの面々。
ドゴドゴドゴンッ!!!
それを防ぐのはコマッチモの技とエリザベスの肢。
「滅せよ」
コマッチモの拳と足が赤く燃え上がる。コマッチモに植えつけてある俺の細胞が火属性魔法を発動する。
「火車!」
拳の一撃一撃とともに繰り出される炎の波動。離れていようと熱波にふれれば水ぶくれ以上のⅡ度熱傷。近づきすぎて殴られればⅢ度の大火傷を負う。
「くそがっ」「いてぇえ!」「ああ、気持ちいい!!」「焦げた自分の肉、案外うめぇ」
『なんということでしょう!天使、ではなく羽虫のごとく飛び回るハロウィーンペリカンに向けて、オマリ・グラニュエール選手の炎の拳と蹴りが炸裂するうう!近づきたくても近づけないハロウィーンペリカン!逃げるのに必死だ!!けれど殺りたい!犯りたい!奪りたい!だからこそ火元に戻っていく極悪集団!これぞまさしく飛んで火にいる夏の虫!』
「隙あり!!」「死ねぇ!!」
コマッチモを狙うのをやめて俺を標的にしたまともな二人の囚人。
「キシャ」
ドゴドゴンッ!
地面に足先を突き刺したエリザベスが口を開く。牙に付着した俺の細胞が唱える。「炎蛇」と。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
射程距離300メートルの火炎放射を前に、二人のクリスタルウィングが本人の肉体を守るべく犠牲となる。
それでも全身にⅡ度の火傷。いたるところに水膨れが生じている。ガラスが溶けて付着した部位はⅢ度を超える重傷。髪が燃えて瞼も唇もなくなった。心と同じくらい見た目も醜くなっていい感じ。
『なんだかすごいぞハダリ選手の使い魔!オマリ選手同様に、いやそれ以上の火力を発揮して見せた!!量より質!オマリ選手が連射弓なら、ハダリ選手の使い魔は投石機!どちらも煉獄の炎魔を宿した怪物だああ!!!』
「量より質って、それだとまるで私がエリザベスに劣るみたいな言い方でございますね」
「キーシャ」
「モルックはモルック!これはこれです!」
コマッチモの体を、メラメラと火が包みこんでいく。エリザベスの地面に突き刺した肢が持ち上がり、溶岩のように蕩けた炎が肢先に滲んで膨らむ。
「火達磨」「キシャ!」
全身を火炎で包んだコマッチモが囚人の追跡に入る。全力で逃げる囚人たちの軌道を予測し、焼夷弾「火土産」を投げまくるエリザベス。
「ぎゅああああっ!!」「痛いっ!」「助けてくれえええ!!!」
そうだね。助けてあげないといけない。最初から最期まで俺が「ミガモリ」で。
ガシガシガシガシッ!
『今度は一体なんだ!?ハロウィーンペンギンのジャドソン選手とクリッテンデン選手、アンドラ選手それにテスティクル選手が集まり肩を組み合った!!ここにきて作戦会議か!スクラムか!?こんなところで何をやって……は?……なん、だこれ』
メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキッ!!!!!!!
この会場、デカいのはいいんだけど屋根がないんだよね。
だからクリスタルマッシュルームをプレゼント。
会場の真ん中にガラス製のキノコを一本立ててみた。
これで雨が降っても濡れずに戦える。
『巨大な、なんと巨大なキノコ!キノコの形をしたクリスタルが四名の選手を呑み込んで完成した!四名は無事なのか!?四名は……』
「さっきはよくもやってくれたなぁ」「尻が裂けるまで犯してやるわよ」「皮要らない。もうお前たち、殺す」「クズが死に腐れ!!」
『無事というより、有事です!』
キノコの柄に浮かぶ四人の囚人の顔。
「「「「メテオストライクッ!」」」」
ズドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!
キノコ傘の裏のヒダからクリスタルの胞子が雨粒よりかなり早く落下する。秒速700メートル。ライフル弾に慣れていないと多分躱せないよ。
まあ慣れていても一斉射撃だから逃げ場がないんだけどね。
雹だと思って受け止めるしかない。
「げああっ!」「ぐはっ!」「きぇっ!」
まだ飛び回っていた六人の囚人にクリスタルスポアが突き刺さる。肉片になり尽くす。
ジャバアアアッ!!!
コマッチモとエリザベス、それと審判三人に水晶胞子が被弾する前に、俺は水蜜牢を展開。アクアリウムの中をクリスタルが揺蕩う。それ以外は闘技盤に突き刺さり、闘技盤をバキバキに破壊してしまう。
『なんという攻撃でしょう!敵味方容赦のない殺戮攻撃!!審判たちが試合を止める!これは明らかにハロウィーンペンギンの反則負けだ!!』
「うるせえ!」「皆殺しだ!!」「私が最強なのよ!」「みんな、死ね」
「「「「メテオストライクッ!!」」」」
再び水晶胞子の雨あられ。今度の俺は審判を守らない。
つまり三人とも穴だらけの即死肉塊。
しかも傘の角度の制御も取っ払った。要するに水晶胞子の射程は広がる。囚人四人のやりたい放題。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!
最前列に座っている観客まで即ミンチ。「殺せ」コールは単なる阿鼻叫喚に変化。
『大変なことになりました!ハロウィーンペンギンによる容赦ない大虐殺が起きています!皆様今すぐその場からお逃げくだ』
四つの人影が突如現れ、クリスタルマッシュルームに向かって舞う。
「クリムゾンメガフレア!」
「アストラルブルーメイズ」
「轟磊爆憧矢!!」
「神技壱。刃城一陽」
待ってました。チーム「神の炎」。
ぽっちゃり坊やの大袈裟ファイアと低血圧女の怨念サイコキネシス。爽やか筋肉ダルマのステルス爆弾矢、そして勇者サマサマの鋭い横一文字。
これでガラスのキノコは木っ端微塵。中から出てきた火傷だらけの囚人四人は集中治療室のあとで監獄拷問室のスペシャルツアー確定。
『出たぞ出たぞ出たぞ出たぞ!「神の炎」が出たああ!勇者チームが暴走したハロウィーンペンギンを止めた!』
沸きに沸く歓声。手を組み、首を垂れ、泣いて祈りを捧げる熱心な信者たち大勢。
『世界よ見届けよ!これがまさに勇者たちの力!悪魔を打ち祓ったのは龍華院選手率いるチーム「神の炎」!第一回戦初日からこのような奇跡を目の当たりにできるとは思わなかったあ!』
いつの間にか「悪魔」=「ハロウィーンペンギン」と解釈して紹介してくれているアナウンサーの声に苦笑しながら俺は水蜜牢を解く。
「よく耐えたな!」
俺の近くには「神の炎」の一人、開祭式で演武を行った木暮丈二がいる。
木暮丈二Lv97(勇者候補生)成長補正付与。
生命力:20000/20000 魔力:5000/5000
攻撃力:100000 防御力:9000 敏捷性:500 幸運値:400
魔法攻撃力:7000 魔法防御力:9000 耐性:土
特殊スキル:錬成矢
銀髪オールバックで爽やかでハンサムでゴリマッチョでレベル97。いいねぇ。あっちに立っているすました勇者よりよっぽど勇者っぽいと思う。
「危ないところを助けていただきありがとうございます」
「主人の危機を救っていただきまことに感謝いたします」「キシャキシャ」
俺はコマッチモとエリザベスと一緒に木暮に礼を言う。
「運のいい御仁」「彼ら、命拾いしたね」
開祭式で〝夜闇〟と〝聖火〟を披露した魔法使いの二人雁坂と田部が聞こえるか聞こえないかの声で何か喋ってる。
「……」
黙ってこちらを見つめているのは勇者龍華院。
龍華院蓮美Lv77(勇者)成長補正付与。
生命力:20000/20000 魔力:30000/30000
攻撃力:50000 防御力:50000 敏捷性:3000 幸運値:10000
魔法攻撃力:20000 魔法防御力:30000 耐性:光・闇・火
特殊スキル:神の祝福
チート持ちのレベル77だからって、そんな格好つけてるとすぐにマッスル木暮と勇者チェンジになるから気を付けなはれや!なんて俺は思ってないからね。
『不慮の事故により不在となった審判に替わりまして、改めて放送席から試合結果を申し上げます。第一回戦最終試合の結果はチーム「アブラカタブラ」の勝利となります!』
勇者チーム「神の炎」がサプライズ登場した時に比べるとかーなり小さい喝采。まあいいよいいよ。この場を凌げればどうでもいいから。
「それではアブラカタブラ、この場から退場しなさい。勇者様御一行はどうなされますか?」
あ~?なんで俺たちには命令調なのに勇者には敬語で疑問形なのよ?
なんてことはいっさい考えずおくびにも出さず、俺はエリザベスに乗ってコマッチモとともにノコノコと退場する。
「肉体は死しても、清き魂は天に必ず召される!悪しき魂は必ず罰せられる!!」
開祭式で聞いたこの声は勇者龍華院か。
死んだ観客のための鎮魂の叫びを挙げるとは偉い。おかげでまた大盛り上がり。おまけにカディシン教の聖歌まで響いてきた。大虐殺のあとにこれだけ熱狂できるなんて、どいつもこいつもアタオカだね。
「控え室に戻るのでしょうか?」
壁を揺らすほど響く斉唱の中、俺は引率してくれる会場スタッフに尋ねる。
「いいえ。今日の戦いは全て終了したので、控え室は先ほど閉鎖しました。第二回戦まで少なくとも三日はありますので、傷を可能な限り癒しておいてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「では気を付けてお帰り下さい」
「はい。あと忘れ物です」
引率するスタッフがこっそり俺の服に忍ばせた発信機型魔道具をコマッチモがスタッフに返す。
「……!?」
もちろん俺の接着剤付きで。
「あっ、おい。あんたら」
会場の外。
歌を歌い終え、熱狂冷めやらぬまま会場を後にする大勢の客の流れの中、ぽつねんと立っている少女がいる。
「あなた様はたしか控え室でお会いした召喚者様」
青髪ワンカールの、あどけなさの残る同級生。
石原野々花。
泣きはらした顔。その大きな胸としなやかな筋肉質の腕の間に、モルック一式を抱えている。
「これ、忘れ物」
「「「……」」」
たかがそんな玩具を返すために、こいつはここで俺たちを待っていたの?
馬鹿なの?
モルックより大事な〝モノ〟が俺に壊されたっていうのに。
「ああ。そうでした」
石原がこっちに近づいてくる。
……。
……やれやれ。
……お前も、どうかしてるよ。
……はぁ。
お前みたいなタイプは正直苦手なんだ。
……なんでかな。
苦手だけど、悪くはない気がする。
「召喚者石原様」
たぶんあれだ。俺の真逆だからだ。
「なに?」
「私と一つ、勝負をしませんか?」
こいつは俺の対極の存在。だから苦手で、昔から眩しい。
「……する気にならないから、しない」
「勝てたら我が家に伝わるネチェルエリクサーを一本進呈します。これを使えば、後遺症は残るでしょうけれど、召喚者の岡安様の意識は戻るかもしれません」
「ほんとか!!??」
抱えていたモルックを落とした少女が叫ぶ。
「ネチェルエリクサーは魔力と体力の両方を回復させます。損傷部位がたとえ脳だとしても多少は癒えるでしょう。ただ、今までの記憶や、岡安様のおっしゃっていた鋭い聴覚なるものが元に戻るかどうかは全くもって分かりません。仮に意識が戻ったとしても、その後は、お仲間の皆様で手厚い介護を続け、脳機能を少しずつ取り戻させる必要があります」
「そんなのお安い御用だ!リーダーの介護なら死ぬまでやってやる!それよりネチェルエリクサーとかいうのでリーダーは目を覚ますのか!?」
覚めるわけないじゃん。
エリクサーはあくまで疲労回復薬だもん。魔力素は回復するけどケガの治療なんて効能はない。
でもそれは一般の魔法使いの話。
エリクサーという薬液に俺の細胞を混入させるからこそ、人体を修復できる。
それだけだ。
ネチェルエリクサーの魔力素供給を受けて、俺の細胞が岡安の免疫細胞を騙しつつ、アイツの脳を修理する。
直近の、ここ数年間の記憶は徹底的に壊す。聴覚も治さない。どっちも俺には邪魔で迷惑だ。
……。
あとはまあ、どうでもいいことだから、戻してやる。
石原野々花。お前という〝陽〟に免じて。
「先にも言いましたが、あくまで目を覚ます可能性があるということです。あるいはそう、ネチェルエリクサーはそもそも高値で売れますので、そのお金を治療費に充てるのもよろしいかもしれません。いずれにしても損はない勝負だと思いますが、いかがいたしますか?」
「やる!可能性がゼロじゃないなら、なんだってやる!でも私、馬鹿だから何を賭けていいのか分からない!私は何を賭けたらいい!?」
「何も要りません。この勝負は所詮、昼のワラビの海苔巻きとわらび餅をいただいた礼に過ぎませんから」
強烈な西陽の中、石原がジャンピング土下座し、頭を地面に叩きつける。
「勝負はモルック。あなたの相手は私のエリザベス。それでいかがですか?」
「受けますっ!!!!!!!」
石原のパフォーマンスのせいで人だかりができる。
そんなことなど全く意に介さず、額から血を流す石原はスキットルを急いで並べ始める。鎧も上着も脱ぎ、動きやすい下着姿になる。
本気になるとなりふり構わないのは岡安と同じで嫌いじゃないけど、スケベな男たちがさらに集まってくるからストリップショーはやめてよもう。
「どっちが先攻っスか!!!???」
「いただいたわらび餅が美味しかったので、先攻はあなたに譲ります」
目を伏せて俺は返す。
「キシャー!」
「エリザベスが「弟子よ。全力でかかってこい」と言っております」
コマッチモが微笑を浮かべながら俺を椅子ごとエリザベスから下ろし、並べたスキットルの向こうへ移動していく。悪いね。スキットルが倒れたら元に戻してあげてコマッチモ。
「しゃあおらああっ!!」
モルックを握った石原。モルッカ―リから足が出ないよう気をつけつつ、力強く投げる。1投目。
ガラガラガランッ!
モルックのぶつかったスキットルが激しく散らばる。倒れた十本のうち三本が他のスキットルに折り重なる。つまり7点。
ルールを知らない観客たちが突然盛りあがる。たぶん石原の胸がめちゃくちゃ揺れたからだろう。しかも石原は汗っかきで今ガチだから、乳首がすでに透けてる。これで喜ばない男子はまずいない。コマッチモをこっちの代表選手にしなくてよかった。鼻の下を伸ばしているのがばれたらスキットルじゃなくて俺がモルックでハチの巣にされちゃう。俺に曽根みたいな趣味はない。
「キッシャア」
コマッチモが倒れたスキットルを素早く立て直した後、エリザベスのゴッドハンドがモルックを投げ、9のスキットル一本だけを倒す。精密機械のように安定したショット。
「1投目終了。7対9!エリザベス2点リード!」
このコマッチモのコールで頭の回転の速い観衆の何人かはモルックのルールを理解し始める。石原のおっぱいじゃなくてモルックという競技そのものに関心が向かう。
「むんっ!」
石原のバックハンド。
モルックは着地と同時にバックスピンをし、しかもエリザベスがわざと他のスキットルに寄せて倒しにくくした9のスキットルだけを倒す。
「キシャ?」「ワオ」「やりますね」
9のスキットルに触れたのは、転がるモルックの端の部分だけ。この短期間でどれだけ正確に投げられるようになったんだこいつ。
「キィ……シャア!」
横ではなく縦にモルックを持って投げるエリザベス。そんなリスキーな技を平然とできるの、異世界でも元の世界でもお前だけだと思うよ。
ガタガタン。
狙いは数字の大きなスキットルを一か所にまとめること。見事なスーパーショット。エリザベスさん、空気読んでくださいよ。
「2投目終了。16対13!召喚者様が3点リード!」
「おっしゃあ!」
「キッシャッシャッシャッシャ!」
ほぼほぼルールの分かってきた観客が熱狂の声を上げる。土埃が舞う。体臭が舞う。唾が舞う。帽子が舞う。香水と汗が舞う。
「てりゃあっ!!」
「「「?」」」
うっそ。
石原がスナップを利かせた下投げを見せる。モルックがトマホークのようにクルクル回転する。下投げだから一応ルール上問題はない。けれど、そんなのあまりにハイリスク。
ほんとに馬鹿なの?
それともなにこれ計算してやってんの!?
ガラガタン。
マジか~、やりやがったコイツ。
エリザベスがまとめたスキットルを再度散らして、しかもちゃんと倒してる。
石原。お前、元の世界に転生したらモルックの日本代表になれ。うちのエリザベスと世界制覇を狙えるよ。
「キシャアッ!!」
そのエリザベスさん。気炎を上げての、スキットル1本狙い。果たして10のスキットルのみ倒す。
なにこのハイレベルな戦い。エリザベス、負けてあげるつもりないのね。
「3投目終了。22対23!エリザベス1点リード!」
「まだまだ!!」
「キシャァアアア……」
「「「「「うおおおおおおおおおおおお――っ!!!!」」」」」
なんか興奮した観衆に俺まで肩や頭をバンバン叩かれるんですけど。
「4投目終了。30対25!召喚者様5点リード!勝利まであと20点!」
「がんばれオッパイ嬢ちゃん!!」「ちくしょうっ!!!負けんじゃねぇぞクモ!!」
「次はどこを狙うんだ!?」「あんな遠くの棒、どうして正確に倒せるのよ!いやあああっ!!」
謎の怒号と泣き叫ぶ声をBGMに、5投目。
ゴトォーン。
「5投目終了。38対35!召喚者様が3点リード!勝利まであと12点!」
「あせるなオッパイ!」「もう見てられないわ!きゃああああっ!!」「ふんばるんじゃ!そしてもっとワシの息子を奮い立たせてくれい!」「落ち着けクモの旦那!!まだ勝機はあるっ!!」「そのまま!そのまま!!」「逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!!逃げちゃだめだ!!!」「勝たせなければ負けないんだから!!はいあがってよキショいクモさん!!」
ゴトンッ!
「6投目終了。45対45!同点!両者とも勝利まであと5点!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!!!」」」」」
「もらったっス!!」
バスケ漫画の選手みたいに大量の汗を流しながら石原が早くも勝利宣言。
「キシャァァァァ……キシャ!」
「弟子よよく見よ。小さな数字のスキットルは散らしてあるが、大きな数字のスキットルは寄せてある。油断は禁物じゃ。……私のエリザベスはそう言っていますね」
「前から思っていたけど……」
モルックをバックハンドで握る石原が血管を浮かせる。ここにきてバックハンド?
「どうしてクモの言葉が分かるんスかああっ!!」
手首のスナップが早すぎて見えない!
高得点のスキットルの集中地帯をはるかに超えて、モルックが放たれる。どういうつもり?
ガタン!
放物線を描いたモルックは離れた所にある3のスキットルの表面に触れてスピンだけで倒して……止まらない!モルック、回転したままこっちに戻ってくるよ!嘘でしょ!なにこれ?
ガラガラガラガラン。
スキットルを一本倒しても止まらなかったモルックがとうとう止まる。
「「……」」
スキットル四本をさらになぎ倒して。
「7投目先攻、召喚者様。50点に達したので勝利です!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!!!」」」」」
あちこちで響き渡る「おっぱい」コール。声域からして主に男性陣。
メデューサの陽子崩壊でも食らったかのようにガタガタ震えながら脱力するエリザベス。
エリザベスに駆け寄り、肢を抱きしめて泣きだす子どもたちと、その場で顔を蔽って泣き叫ぶ女性陣。すっげぇ光景。
「おめでとうございます。モルックの神様はどうやらあなたに微笑んだようです」
何かよく分からない神様を引き出して改造ネチェルエリクサーを石原に渡すコマッチモ。コマッチモの背が高くなったのかと思ったら、コマッチモのために人間ピラミッドをやってる男が四人もいる。すんごい協調性。
「勝ったぞおおおおおっ!!!!」
ネチェルエリクサーを受け取り、雄たけびを上げる石原と、いつの間にか石原の手を取り彼女を称賛するエリザベス。口から吐いた泡を撒き散らす紙吹雪ならぬ泡吹雪がこれまたニクい演出。今まで悔しくて泣いていた子どもたちがゲラゲラ笑ってる。「おっぱい」コールは消え、大喝采の拍手でモルック勝負は幕を下ろす。
「これなんていう遊びなんですか!?」「これ?モルック」
「その投げている棒はなんていうの!?」「モルック。並べてあるのがスキットル」
「どうやって遊ぶの!?」「モルックを下投げで投げて、スキットルを倒して、先に50点になった方が勝ち。一本だけ倒すとスキットルに書いてある点数がもらえて、たくさん倒すと、倒した本数の点数がもらえる」「ワシの家の嫁に来ぬか!?」「キモ」「召喚者様の汗を今すぐ舐めさせてください!」「死ね」「お姉さんが水浴びをした残り湯を売ってください!」「お前も死んでいいぞ」「彼氏とかいるのか姉ちゃん!?」「いない」「俺の奥さんになってください!」「やだ」「胸のサイズは!?」「101センチJカップ」「このモルックどこで売ってるんですか!?」「知らない」……
質問攻めにあう石原とモルックを残し、俺はエリザベスそしてコマッチモとともに今度こそ、宿屋ザビヤチカへ向けて帰路についた。
lunae lumen
crystallum