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第三部 魚身求神篇 その六

警1「こちらオズロスク。ペンリネスへ、どうぞ」

警3「こちらペンリネス。どうぞ」

警1「ブリニー、パンジェントともに目立った動きなし。どうぞ」

警3「こちらペンリネス。了解した。引き続き監視(かんし)を続けろ」

警1「了解……はぁ。それにしても、本当か?」

警2「何のことだ?」

警1「あの、ろくに身体も動かせない貴族のせがれとその召使いが、アントピウスの親衛(しんえい)(たい)員をボコしたって話だよ」

警2「ああ。ボコしたどころか、殺しちまったらしい」

警1「な!?親衛隊を……信じられねぇ」

警2「それだけじゃない。同時に一次審査に当たっていた魔法学園(リュケイオン)のベテラン魔法使いも殺されて、生き残ったのは勇者候補生だけだと」

警1「試験官が二人殺されればそりゃ、勇者だろうと何だろうと焦るわな。すぐに止めたんだろ?」

警2「いや。それが何でも、よく分からない魔法をあの貴族の青年がやらかして、それで勇者試験官の方は頭が混乱して……自分の目玉を自分の指で(つぶ)してから、試合を止めたとか。俺たちが今監視しているあの召使いの女に首をへし折られそうになって」

警1「そりゃ、悲惨だ。……にしてもよく分からん魔法とは、さすがは変人家系のバーソロミュー家」

警2「あの家の家督(かとく)を継いでいる連中は、なんだかんだで頭だけはキレる。ただの田舎貴族じゃない。だから未だに世襲(せしゅう)貴族(きぞく)が要領よく領地を治めてる」

警1「なるほどねぇ。封建制(ほうけんせい)の亡霊か。中央派遣の官吏(かんり)統治(とうち)できねぇ所じゃ、昔話級の不可思議な魔法が残っていてもおかしくねぇってオチか」

警2「魔法学園の教師も、アントピウスのソペリエル図書館司書も知らない、海を祀る魔法だとか」

警1「そんな連中の調査にあずかれるとはぁ、俺たちはこれまた磯臭(いそくさ)くて名誉なこった」


()(じゅう)「でしょう?」


警1・2「「!!」」

魔柔「ところで先ほどの暗号通信(サイファー)の中で「ブリニー」と「パンジェント」と(おっしゃ)っていましたが、どちらがハダリ様でどちらが(わたくし)ですか?」

警1「お前、い、いつの間に!?」警2「手錠(てじょう)が!?どうなってる!」

魔柔「お向かいからの覗きが趣味のお二人様にはとても似合ってございますよ」

警1「くっ!外せない!」

魔柔「しかもヒンジ式なので鎖がなく無用な音も出ません」

警2「こんなことをして、タダで済むと思ってるのかお前!」

魔柔「ただで済ませるわけがないでしょう。ハダリ様とこのオマリが」

 パカ。

警1・2「「!!!」」

魔柔「どっちが潮味(ブリニー)で、どっちが辛味(パンジェント)?」

警1「くさ!くっさ!」警2「臭い……なんだこれ!?」

魔柔「これはハダリ様からの贈り物。塩漬けのニシンを長期(ちょうき)発酵(はっこう)させたもので、ハダリ様曰(いわ)く、「世界で一番クサい食べ物」だそうです。私にとっては迷宮(ふるさと)を思い出す(なつ)かしい(にお)いですが」

警1「そ、それ以上こっちに近づけるな!」警2「エホッ!ゲホッ!!」

魔柔「お仕事に精を出されているお二人にハダリ様から四匹も差し入れがございますので、とりあえずは」

 グイ。ボッチャ。ボッチャ。

警1「ひいいっ!おえ!」警2「よせ!やめてくれ!!」

魔柔「持ち帰れるよう、一匹ずつ服の中に入れておきましょう。体温でさらに発酵が進むとよいですね。さて、残りはお口の中に」

 ガシッ。

警1「うっ」魔柔「口を開けてください。さもないと顎を砕きますよ」

 パキパキ。

警1「……んごっ!」魔柔「そうです。そして折れた自分の奥歯もろとも噛んで飲みこむ。できませんか?では、えい」

 ムギュウ!

警1「!!!」魔柔「それでは、次」

警2「頼むやめろ!食べたくない!」魔柔「ハダリ様の贈り物を拒否することは許しません。もし吐いたら、縮みあがっているその睾丸を切り取ってあなたに食わせます。それ」

 ムギュウ!

警1・2「「んん……んふ……んご……」」

魔柔「そうそう。〝死の生々しさ〟をよく噛んで味わってくださいませ。脳みそに突き刺さるような甘味(あまみ)重味(おもみ)塩辛味(しおからみ)でございましょう。排泄物(はいせつぶつ)の香りによく似ております。人間の本能に訴える危険で〝生き苦しい〟風味がたちまち全身に行き渡りましょう」

警1・2「「…………ごくん」」

魔柔「手錠(てじょう)(かぎ)は、先ほど服に入れた土産(みやげ)の中にございます。それと、ハダリ様から言伝(ことづて)を預かっております」

警1・2「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」

魔柔「「遠くで見てないで、〝こっち〟ヘおいで」。以上でございます。秘密警察(トイツブラーテン)様」。

挿絵(By みてみん) 



6.強女


 ス。ズッズ。

 超大陸(ちょうたいりく)アーキア南西部パンノケル王国。

 ヌチャ。

 モントピーリア州カテニン市。つまり首都(しゅと)カテニン。

 天気は少し雲があるけれど、とりあえず晴れ。日が(のぼ)ってまだそんなに時間が()っていないから、気温は低い。

 お祭りワルプルギスが終わるまで長逗留(ながとうりゅう)するかどうか俺が迷っている宿屋ザビヤチカの裏庭で、二人の女はそれぞれの獲物(ナイフ)でそれぞれの獲物(ミート)をせっせと解体(かいたい)している。

 いや、片方のコマッチモはもう解体を終え、調理(ちょうり)に移っている。焚火(たきび)でガラガラと湯の()いた鍋からは、食欲をそそる出汁(だし)味噌(みそ)のいい香り。こりゃ間違(まちが)いなく美味(びみ)だね。って、味わう前から「間違いなく美味」なんて決めつけたら失礼か。美味(おい)しそうにとどめておこう。

 ズッズッズ……

 もう一人の少女は、心を入れ()えたというか(はら)(くく)ったというか、真剣な表情で魚をさばき続ける。(みず)()みくらいしか家の手伝いをしなかった不良(ふりょう)少女(しょうじょ)は見違えるように変身した。

「だいぶ手際(てぎわ)がよくなったね」

「……はい」

 コマッチモを挑発(ちょうはつ)して(ほお)に一生ものの(きず)を負った宿屋の娘ロスチャは今、まな板の上でアジの開きを作り続けている。この一週間、朝早くから昼前までずっと。

 ドチャ。

 俺の用意した氷水(こおりみず)の入った大盥(だいだらい)の中から、ロスチャは()き〆(しめ)状態のアジを取り出して、まな板にのせる。

 与えた出刃包丁(でばぼうちょう)を使って棘鱗(ぜいご)をとり、包丁を入れて腹を開き、(えら)を切り(はな)し、内臓(わた)も取り除き、別の(たらい)の水で手早く肉を洗う。尾の付け根から肛門(こうもん)まで切れ目を入れ、腹側の肉を丁寧に切り離す。背の皮ギリギリまで切り込んで一枚に開く。(かしら)付きのアジの腹開き一枚が完成する。

「ふう……」

 できあがった一品を(となり)のまな板に置く。そしてまた新しいアジを大盥(たらい)から取り出し、ロスチャは(さば)き始める。「これからどうしていいか分からない」と泣きべそをかいていた少女はほんとずいぶんたくましくなった。

 パンノケル王国の沿岸部(えんがんぶ)はともかく、内陸部の首都カテニンに魚専門の職人はほぼいない。いたとしてもそれは干物(ひもの)を扱う商人か観賞用(かんしょうよう)(たん)水魚(すいぎょ)売りくらい。

 そもそも内陸にある首都カテニンに食用の活魚(かつぎょ)は淡水産でさえほとんど出回らない。

 そして魚の干物は塩を使って保存してあるため、ついこの間までは希少品(きしょうひん)かつ高級品。

 でも今は希少品とは限らない。俺がチンダラガケ「モクリコクリ」を使い、隣国のアントピウスの(しお)専売制(せんばいせい)を破壊したから、(めぐ)り巡って塩はパンノケルでも安値で手に入る。

 で、普通だと内陸部で海水魚が生きたまま手に入るわけがない。でもそれは俺が用意できる。亜空間サイノカワラを持つ俺が。

「魚の下処理ができて加工品を作れれば、それで何とか食べていけるよ」。

 娼婦(しょうふ)になるしかないなんて訳の分からないことまで言い始めたロスチャに俺はそう言ってしまった手前、彼女の手に(しょく)をつけさせるべく、日夜魚料理に取り組ませる羽目になる。これぞ因果(いんが)応報(おうほう)自業自得(じごうじとく)

 コマッチモの「面倒なのでチンダラガケに改造(かいぞう)しては?」という案は却下(きゃっか)

 俺がロスチャにしてあげるべきことは魔改造(チンダラガケ)じゃなくて、鮮魚(せんぎょ)の提供と魚料理の作り方&商品化の伝授(でんじゅ)。コマッチモを怒らせたのがロスチャとはいえ、若い彼女の顔に大きな傷をつくってしまったのは少々俺の良心が痛む。だから(ひま)な時間を使ってこれくらいの世話くらいはする。それに今は「果報(かほう)は寝て待て」の時期(タイミング)だ。

 ジャバ!

 夜明けから昼前までに百枚のアジをおろすロスチャのアジの開きを、塩水を張った(たらい)に漬けてから引き上げ、虫よけ(あみ)に移し、風通しの良い軒先に吊るして乾燥させるのは、大の大人の男二人。

 本名じゃないだろうけれど、二人の名前はオズロスクとアルダベーン。

 首都カテニン出身の人じゃないけれど、先日から化学(かがく)兵器級(へいききゅう)の超有名人になった秘密警察(トイツブラーテン)職員のお二方。

 彼らは宿屋ザビヤチカと通りを(へだ)てて向かいの商業(しょうぎょう)施設(しせつ)の高所からずっと日がな一日こっちを監視(かんし)していた。だからお近づきに〝()っぱいニシン〟を送ったところ、その次の日から律儀(りちぎ)に〝こっち〟に顔を出し、手伝いまでしてくれるようになった。

「あんたらのせいで家族も仕事も失うかもしれん」

「でしたら魚河岸(うおがし)で働く商人のように日の当たるまっとうなお仕事を探しなさい。でなければ私の声の届く所でスパイごっこをなさってください」

「お聞きになりましたか?つまりはハダリ様の命令に従わないと魚のように三枚に下ろすということです」

「「ひいいっ!」」

 という穏やかなやり取りを経て三日。さすが秘密警察だけあって、手際(てぎわ)要領(ようりょう)もいい。すぐにアジの一夜(いちや)()しの作り方を覚えた。覚えなくちゃ自分たちが内臓を抜かれて塩漬肉(ジャーキー)にされちゃうと思えば、上達も早いか。これぞコマッチモ流。ロスチャの負担(ふたん)()()れも少し減ったからよかった。

 魚臭いこの娘一人と秘密警察二人は、午後から爆売(ばくう)干物商(ひものしょう)に変身する。

 宿屋の前の長蛇(ちょうだ)の列を相手に、(ぜに)勘定(かんじょう)のできるオズロスクもしくはアルダベーンが釣銭(つりせん)を用意し、残りの一人とロスチャが干物を客に渡す。銭勘定ができないのが(くや)しい負けず嫌いのロスチャはわずかな時間も無駄にせず、二人に算術(さんじゅつ)を習う。

 ムシャムシャ。

 宿屋ザビヤチカの午前中の裏庭(うらにわ)はこういうわけだから、午後に向けて(いそが)しい。

 ムシャムシャ。

 地面にロスチャが()てた魚の内臓(ないぞう)は放っておくとすぐにハエや虫が(たか)る。だからそれらは俺のエリザベスがすぐにペロリと平らげる。ベニオオウミグモの旺盛(おうせい)な食欲ならこれくらい、文字通り朝飯前(あさめしまえ)

 プーン……フ

 それでも集まるハエは、俺の亜空間サイノカワラへご招待(しょうたい)

 ようこそ(そこ)()(やみ)(いろ)胎内(たいない)へ。可愛(かわい)()ってあげる。

「バーソロミュー様」

「これは、どうも」

 宿屋ザビヤチカの主人であるネツキが裏庭にさりげなく現れる。一心不乱(いっしんふらん)に魚を捌くロスチャをちらりと見た後、俺に手紙を渡そうとする。

(ひざ)の上においてくだされば大丈夫です」

「はい」

 俺は自分の膝に置かれた手紙を水魔法「水糸(すいし)」で開封(かいふう)し、目の高さで広げる。

 俺がそれを読んでいる間、ここぞとばかり、一人娘ロスチャの働く姿を目に焼き付ける父ネツキ。

 人の運命(うんめい)(なぞ)が多い。

 若い客と()け落ちした母親がいなければ、娘は心を閉ざしてひねくれなかったかもしれない。ひねくれなければ、()(じゅう)()ったドアノブの破片で顔に傷を負うこともなかったかもしれない。顔に傷を負わなければ、出刃包丁(でばぼうちょう)(にぎ)って真剣に魚をおろそうなんて思わなかったかもしれないし、一生やらなかったかもしれない。

 でも(すべ)ては起きて、(すべ)ては過ぎていく。

 運命(なぞ)(なげ)いても仕方がない。

 父亡き後に女手一つで身を立てていくにしても、家庭を持つにしても、母親をみつけてぶっ飛ばすにしても、殺してバラバラに解体するにしても、刃物(はもの)(あつか)えることは大事だ。

「内容は分かりました。どうもありがとうございます」

「は、はい……では失礼します」

 娘に話しかけたいけれど、向き合って口を()く時間が今までほとんどなかった父は遠慮(えんりょ)して屋内に戻っていく。

「テーブルと椅子(いす)を」

 去り行く父親の背中に声をかける。

「?」

「六人分の椅子と、できるだけ大きなテーブルをこちらに用意していただけますか?」

「……はい!」

 意味が分かったらしいネツキは大きな返事をして戻っていく。

「「「?」」」

 いつもと違うことが起こることに気づき、ロスチャと秘密警察(トイツブラーテン)二人の手も止まる。俺は三人を横目に見ながら、コマッチモに注文しようとする。けれど、

「ではあともう一頭、(つぶ)しましょう」

 既に察していたコマッチモは二匹目のイノシシ肉を俺に要求する。(うなず)いた俺は亜空間ノモリガミから取り出したイノシシと食器、調理器具をコマッチモの前に置く。コマッチモはイノシシを解体用ハンガーにさっさと吊るし、(かや)を再び燃やして毛を丁寧に焼く。

「「……」」

 まだ図りかねていたオズロスクとアルダベーンだったが、もう動き出し、次々とアジの開きを作るロスチャを見て、作業に戻った。


「「「「「「いただきます」」」」」」

 午前八時。暑すぎず寒すぎず、気温もちょうどいい。

 俺、コマッチモ、ロスチャ、ネツキ、オズロスク、アルダベーン。

 六人で囲むテーブルの上には、コマッチモ手製(てせい)のイノシシ料理がずらりと並ぶ。薄焼きパン以外は完全に猟師(りょうし)料理(りょうり)

「マジで、すげぇ」「こんな美味しいものがあるなんて、知らなかった」

 秘密警察(トイツブラーテン)二人が食べているのは最高級料理。その名も「(しし)タンの刺身(さしみ)」。

 解体したイノシシの(した)の表面を火で(あぶ)り、たわしでこすった肉を、ニンニク醤油(じょうゆ)でいただく一品。

 シュールストレミングという〝凶器(きょうき)〟を食べたことで味覚が逆に()()まされているから、なおのこと旨味(うまみ)や触感を味わえるだろうね。そんなに泣くことないのに。まあでも市場(いちば)でもほとんど出回ることがないから、いい記念にはなるかな。

「こりゃ……(うま)い!」「こんなお肉、食べたこと、ないです」

 宿屋の父と娘が口にするのはイノシシのバラ肉。亜空間(あくうかん)ノモリガミに入れておいたから、肉に付着していたウイルスや細菌(さいきん)それに寄生(きせい)(ちゅう)は死んでいる。だから生で食べられる。要するにこれも刺身(さしみ)

 若いバラ肉はサシが多いからさしずめトロの美味。通常なら危険すぎて誰も味わえない妖味(ようみ)。これも記念品。

「お口にあったのならよかったです」

 俺はそう言ってコマッチモに「今日もご苦労様(くろうさま)」と伝える。

「もったいなきお言葉」

 と言いながら俺の口に運んでくれるのはカツオ出汁の猪汁(ししじる)。やっぱりこれだよね~。

 原点(げんてん)回帰(かいき)。刺身肉もいいけれど、やっぱりこれ。()沢山(だくさん)であったまるし、落ち着く。

「上出来。とてもおいしく仕上がってる」

「お()めにあずかり(うれ)しゅうございます」

「食べさせてあげたいけれど、こんな体だから」

「まぁ、では」

 頬を赤く染めるコマッチモは、スプーンで猪汁をすくい、

「どうかお許しを」

 俺ではなく自分の口に運ぶ。

 やだもうコマッチモ。間接キッスで照れちゃうなんて中学生女子みたい。

「こりゃ……あぐっ、もぐ」「スプーンがとまらない……むぐ、もぐ」

 朝っぱらから食欲全開なオズロスクとアルダベーン。野菜と猪肉をカツオ出汁で炒めたチャンプルーを皿ごともって口の中にかきこんでる。いい食べっぷり。こっちは高校の運動部の男子みたい。

「お父さん、塩」「え!?あ、ああ」

「……これもおいしい」「ああ!……とっても、うまいな」

 イノシシの心臓(しんぞう)肝臓(かんぞう)()でてスライスしてあり、これは塩を付けて食べる。

 会話のなかった父と娘の中に、「塩」の一言が入る。それだけで少し、固かったものがほぐれる二人。

 良かったね。「(こころ)(つう)じる道は()を通る」とは言ったものだ。まったくの至言(しげん)

 お?コマッチモ、今度は脳みそのバターソテーだね。

 こりゃチュルルンとして濃厚(のうこう)。まさに魔味(まみ)

「さて、いよいよです」

 たまたま豪勢(ごうせい)かつ大勢になった朝食が済み、みなで紅茶を一服した後、俺は切り出す。

招集(しょうしゅう)がかかりました」

 事情を知っている秘密(ひみつ)警察(けいさつ)二人はごくりと(つば)をのむ。

「ワルプルギス、ですよね?」

 宿屋の主人ネツキが緊張した面持ちで尋ねてくる。オズロスクとアルダベーンが顔をしかめてネツキを見る。秘密警察からの召集だったら笑える。そりゃ面白いね。

「はい。二次(にじ)選抜(せんばつ)試験(しけん)です」

 相変わらずソペリエル図書館館長のジブリールからは情報が多くもたらされているから、二次選抜の大筋はわかっている。それにもう始まってだいぶ経つしね。

 地下(ちか)迷宮(めいきゅう)アルマーヤ。

 霊場(パワースポット)として有名なブランフォーディ遺跡(いせき)という古代遺跡を調査して見つかった地下迷宮アルマーヤは、長年にわたり魔法学園リュケイオンによって管理されていて、そこが二次選抜の会場になっている。

 ジブリール情報によれば6026人いたワルプルギス参加(さんか)希望者(きぼうしゃ)のうち、第一次選抜では600人ぴったりに(しぼ)ることはできず、実際には少し多めの669名に相成(あいな)った。

 チーム数にして92組。

 複数人でのチーム参加出場を認めている以上、これはある程度仕方のないこと。そしてこの第二次選抜で600名もしくはそこを少し下回る数字まで選抜者(せんばつしゃ)を減らすらしい。チーム数にして50組ほどとか。

 ここまではジブリール情報。あとは大衆(たいしゅう)の誰もが知る一般情報。

 最終目的は国庫(こっこ)収益増加(しゅうえきぞうか)だろうけれど、一カ月間全10回にわけて行われるこの第二次選抜は、音声のみだけど第一回からパンノケル王国の国内と、隣国アントピウスの首都アスクレピオスに向けて放送されている。いわゆるラジオ放送に近い。

 ギルドや飲食店はその放送のおかげで日夜大盛況(だいせいきょう)

 夜間(やかん)外出(がいしゅつ)禁止令(きんしれい)の出ていないパンノケル王国の特に首都カテニンの店は24時間営業になり、しかもアスクレピオスと違って菜種油(なたねあぶら)ではなく魚油(ぎょゆ)を使った灯火具のおかげで夜も明るいから人がうじゃうじゃ集まり、東京の新宿(しんじゅく)や大阪の梅田(うめだ)みたいな不夜城(ふやじょう)になってる。

 ちなみに、表向きには禁止されている賭博(とばく)胴元(どうもと)がちゃんと秘密警察(トイツブラーテン)やら王国兵士に賄賂(わいろ)(おく)っているのでお(とが)めなし。この情報は、秘密警察だけど〝魚を通じて〟俺と仲が良くなったオズロスクとアルダベーンから聞いた。二人は職場を解雇(かいこ)されないギリギリの情報まで俺に話してくれる。

 優しいね。たぶんワルプルギスが終わったらクビになるかクビを()ねられると思うけれど、その時はその時。あきらめが肝心だよ。

 んで、選抜試験内容は簡潔(かんけつ)に言うと、迷宮内の魔道(まどう)()探索(たんさく)

 全10回行われる二次選抜は、各回ごとに9組のチームが参加。

 制限時間は三日間。

 ヨーイドンで地下迷宮アルマーヤに9組が一斉に潜り、運営側が用意した指定魔道具を見つけて三日以内に戻ってくればいいという。魔道具の数は全部で9個。見つけたらすぐに出てくればいい。でもこれだけだと盛り上がらない。

 だからルールには続きがある。

 魔道具の各チーム間での略奪、譲渡は自由。複数所持も自由。

 つまり魔道具を探索してもよし。魔道具を得たチームを待ち伏せて狩るもよし。

 だから盛りあがる。賭けが成立する。音声放送では参加団体の細かい紹介と迷宮内の実況が行われるため、聴衆は賭けと酒で陽気に沸き立ちながら、ワルプルギス本選(ほんせん)への期待に胸を膨らませる。

 さらに盛り上がる、というか盛り下げない要素。

 これはジブリールと、目の前で茶を(すす)る秘密警察二人から理由までわざわざ聞かされた。

 受験生であるプレーヤーをプレーヤーが殺した場合、即失格。

 ルールの改変に大きく寄与したのはエプロンドレスを着る、人間のふりをしたどこかの元ヴァルキリースライムと、肘掛け椅子に座る、どこかの貴族のフリをした元召喚者らしい。

 コマッチモをなだめるためとはいえ、試験官二人をいきなり殺して(さかな)(えさ)にしたのはまずかった。反省(はんせい)。次はばれないように魚の餌にしよう。

「勇者チームの名前は『神の炎』。ようやく発表されたらしいです。そしてその初登場は二次選抜最終回の第10回目。これは予想できました。真打(しんうち)は最後に出てくるものですから」

 秘密(ひみつ)警察(けいさつ)二人と宿屋の主人ネツキが(うなず)く。

「予想できなかったのは通常一週間前に来る通知が当日の朝になって参加者の元へ送られてくることくらいでしょうね」

 コマッチモにお茶を飲ませてもらいながら、俺は皮肉(ひにく)とため息を(ちゅう)に向かって()く。

運営側(うんえいがわ)の方で()めたのかもしれません」

「私たちを参加させるかどうかを、ですか?」

 秘密警察のオズロスクが俺を見たまま頷く。「あんたらを参加させるかどうかについては、俺たちも関知してない」と付け加えるアルダベーン。

 ジブリール情報にもなかったから、こればかりは推測(すいそく)するしかない。

 陰謀(いんぼう)協議(きょうぎ)妨害(ぼうがい)?嫌がらせ?ど忘れ?配達(はいたつ)遅延(ちえん)?さぁ?

 まぁ仕方ない。

 もっとも、地下(ちか)迷宮(めいきゅう)の事前調査に俺とコマッチモが出かけたら、魚臭いこの秘密警察二人と宿屋の父娘に危害が出たかもしれない。そう思って迷宮の事前調査はあきらめた。そしてもちろん地下迷宮アルマーヤの地図は極秘情報で、ジブリールすら知らない。ソペリエル図書館にもない。地図情報を知っている人物は、魔法学園理事長で枢機(すうき)(きょう)でもあるヴェロニカ・カロリただ一人とされている。

 要するにこの二次選抜試験は俺らしくない、出たとこ勝負の受験。

 しょうがない。

「それにしても、迷宮探索か……」

 それでも、何とかする。

「ええ、久しぶりでございますね」

 それがマソラ3号の俺。

「やったこと、あるんですか?」

 顔に凄腕(すごうで)冒険者(ぼうけんしゃ)のような(きず)のあるロスチャが俺に聞いてくる。

「うん。〝()ぬ〟ほど昔の話だけどね」

 傷痕(きずあと)を見ながらロスチャにそう答えた俺は食事を終え、出立(しゅったつ)の準備に入った。


 モントピーリア州。ただし首都のあるカテニン市ではなく、(しゅう)辺境(へんきょう)のチャナッカレ市。

 ブランフォーディ遺跡(いせき)

 午前九時十分。

「なんかすっごい」「にぎやかでございますね」

 舗装(ほそう)されていない道は人力車(じんりきしゃ)だと不便(ふべん)なのでベニオオウミグモのエリザベスに乗り換えて移動してきた俺は、コマッチモとともに遺跡周辺を見て感想を()らす。

「遺跡自体は魔法使いの巡礼地(じゅんれいち)として有名だけど、こんなに人がいるとはね」

 焼トウモロコシ屋。ドネルケバブ屋。焼きそば屋。クレープ屋。黒砂糖屋。酒屋。射的屋。金魚すくい屋。トウガラシ屋。貝の煮物屋。植木屋。飴細工屋。おもちゃ屋。骨董屋。くじ引き屋……

 まるでお(まつ)り。屋台がひしめいて、そこかしこに人が集まる。平日だよ?みんな働いてないの?

「まだ予選だというのにこの熱気(ねっき)とは」

「う~ん。……あれ、ほら。チンダラガケの鳴らす(すず)拍子木(ひょうしぎ)(いや)で田舎に集まったっていうのもあるかもね」

「なるほどそうでございますか。しかしそれにしても……思わず(ひと)()いしそうです」

平和(パックス)ってことだよ」

 地下迷宮アルマーヤの入口周辺は厳重(げんじゅう)警備(けいび)されていて、男女問わず屈強(くっきょう)な体つきのワルプルギス運営スタッフが手を後ろに組んで立ち並ぶ。軽装備だけど(かも)雰囲気(ふんいき)とステータスからして、アントピウス聖皇国からの派遣(はけん)社員(しゃいん)っぽい。何とか騎士団(きしだん)ってやつだ。

 彼らが(おも)に見張っていて、迷宮アルマーヤの入口付近に集まっているのが、たぶん二次選抜受験者。

 あれは、服装からして魔法学園(リュケイオン)の生徒だね。

 こんなところで分厚(ぶあつ)い魔導書を開いて、まるで単語帳を(なが)めてる大学受験生みたい。

 大学受験じゃないから背後に気を付けないとヤられちゃうよ?

 それとあちらは、冒険者かやくざ者。

 観客の立入禁止ロープのところまで行って彼ら相手にパフォーマンスして(さわ)いでる。まだ始まってないのにそんなに魔力を使っちゃって大丈夫なの?顔面全体の刺青(いれずみ)は、ただの飾りか。どこかの(バカ)を思い出したよ。

「ハダリ様。あちらが受付(うけつけ)のようです」

 人の動きの多い中、手続き場所を見つけてくれたコマッチモとともに、俺はエリザベスに乗ったまま向かう。

「そう言えばハダリ様」

 コソコソこちらを監視(かんし)して口を動かさないように誰かに何かを伝えている運営スタッフや野次(やじ)(うま)(まぎ)れた秘密警察(トイツブラーテン)の位置と人数をチェックしながら、コマッチモが声をかけてくる。

「なに?」

「チーム名はどうなされますか?」

「チーム名?ああそうか。忘れてた」

 一次試験を通過(つうか)した参加者は二名以上の場合、本人の名前ではなく、登録(とうろく)したチーム名で呼ばれるらしい。本来は一次試験を通過した直後にチーム名を登録するはずだけど、俺たちの場合、〝それどころじゃない〟ことをしでかしたから、結局この二次選抜受付時にチーム名を伝える(むね)が手紙に書いてあった。

 どうしよう?チーム名か。

「貴様がハダリ・バーソロミューか」

「ハダリ様に何の御用(ごよう)でございましょう?」

 まさか「マソラ3号」なんてつけるわけにもいかないし。

「お前には聞いてない」「このボンボン、身体(からだ)だけじゃなくて口も動かせないわけぇ?」「さすがは変人の巣窟(そうくつ)バーソロミュー家だな」

「ハダリ様は今、思案中(しあんちゅう)です。受け答えはこのオマリ・グラニュエールがいたします」

 単純(たんじゅん)に「ハダリとオマリ」じゃチーム名というより漫才(まんざい)コンビみたいだ。それだとちょっと恥ずかしい。名前を宣伝(せんでん)しに来たみたいになる。それはマルコジェノバで〝(えさ)()り〟をやる2号のすることだ。3号の俺のやることじゃない。

「オマリ・グラニュエール……そうだった。てめぇにも用がある」

「それはちょうど良うございます」

 う~ん。

「貴様、チアキ・コイパスを覚えてるか?」

「さあ、どなたでしょう?」

 どうしよう。何かにちなんだネーミングがいいな。

「ふざけるな!貴様が殺した試験官だ!」「私たちの友を殺しておいてよくも……」

「ああ、一次選抜の試験官をなされた(しゃが)れ声のメスでございますね。爆死したあとハダリ様のお飼いになるブルーフィッシュの餌になって消えた雑魚中(ざこちゅう)雑魚(ざこ)と記憶しております」

 何にちなむ?

「てめぇ……」「落ち着け。まぁいい。俺たちは『クリアクス』。アントピウス聖皇国の精鋭部隊から引き抜かれて結成したチームだ」

「要するに〝寄せ集めた雑魚〟でございますね」

 何かにちなむとすれば、やっぱり俺、か。

 マソラ3号……。

「もう我慢できねぇ。今すぐこの場でコイツを」「安い挑発に乗るな」「寄せ集めかどうかは迷宮の中でじっくり味わわせてやるわ」「死なねぇ程度にいたぶってやるよ。〝騎士団流〟にな」

 3号の俺の()()と言えば、魔法。

 魔法か。……魔法と言えば、あれだ。あれ。

「ハダリ様、お決まりになりましたか?」

「うん。決まったよ」

 俺はコマッチモに答える。さっきから耳障(みみざわ)りな七人の目玉に亜空間サイノカワラから出したわずかな海水をぶつける。魚の排泄物(アンモニア)入り。

「「「「「「「!」」」」」」」

 脳死(のうし)判定(はんてい)でも行うけど、眼球表面の角膜(かくまく)にモノが触れたらヒトは反射的(はんしゃてき)(まぶた)を閉じる。

 わずか0・7秒の反射。そしてその反射は普段意識(いしき)されない。なぜなら脳がまばたきの瞬間に意識を中断(ちゅうだん)させるから。

「「「「「「「!?」」」」」」」

 でも意識の中断なんて続かないでしょう?アンモニア水で目がしみるし、そもそも、

「死なない程度に壊しますか?」

「それより受付を済ませよう」

 瞼が開かないんじゃ。

「かしこまりました」

 水糸を使い、親衛隊チームの瞼に塗ったのは接着剤(せっちゃくざい)

「うあああっ!」「くそがっ!目がしみる!!」「目が!目が見えない!!」「誰か助けてぇぇ!!!」

 つまり、何にでも張り付く固着(こちゃく)動物(どうぶつ)フジツボのもつセメント(せん)から分泌されるタンパク質を使用。まぁアントピウスのエリート魔法戦士なら回復魔法ですぐにはがせるよね。

 それまでしばらくは〝闇〟の中。

「私の〝育った家〟では、()(いぬ)()は生まれた時点で(とり)(もち)を使い、(まぶた)を開かないようにしました。そうすると犬の仔は視覚(しかく)を失い、かわりに嗅覚(きゅうかく)聴覚(ちょうかく)()()まされて、(こわ)い犬へと育ちます。その犬は何も恐れません。なぜなら〝一番怖(こわ)いもの〟で最初から()(つぶ)されているから」

 思い出話をさらりと()げて、固まる七人の元から俺は去る。

 ばあちゃん家の〝山犬(やまいぬ)ニキたち〟は強かった。薬の調合場(ちょうごうば)を守る、放し飼いの番犬(ゲートキーパー)全部仕留(しと)めるのに半年かかった。筋肉質でそこまで美味しくなかったけどシチューにして〝勝利の味〟は確かに覚えた。動物を〝動いたまま解体〟できるようになったのもレバーペーストの味を覚えたのも犬ニキのおかげ。

『クリアクス』だか何だか知らないけど、喧嘩(けんか)をふっかけてきた時点で「ステータスが見えちゃう恐怖(きょうふ)」対策はしてるでしょ。だから「何も見えない恐怖」をプレゼントするよ。〝山育ち流〟に。

 フッ

 俺の(となり)から消えるコマッチモ。(たた)みかけなくたっていいよもう。

受付(うけつけ)をよろしくお願いします」

 俺はエリザベスだけを連れて受付に到着。

「私はハダリ・バーソロミューと申します。これは私の使い魔のエリザベスです」

 うろたえる受付のスタッフ三人。やっぱり前回の試験で、運営側の中での俺たちの知名度(ちめいど)は上がっちゃったかな。仕方(しかた)ない。

「ようございましたね皆様(みなさま)。〝これ〟が迷宮に入る前の出来事(できごと)で」

 後ろの方でアントピウスの精鋭(せいえい)たちの悲鳴に混ざって何かコマッチモのぶつぶつ言ってるのが聞こえるけど、気にせず愛想(あいそ)よく笑う俺。エリザベスもきっと愛想よく笑ってる。(はさみ)(きば)を合わせたみたいな(あご)がパクパク動いてるもん。

()れのもう一人は、あちらの『クリアクス』様の耳元で甘い言葉を(ささや)いているオマリ・グラニュエールです。申告(しんこく)が遅くなりましたが、私たちのチーム名は」

 運営スタッフさんが(おび)えた表情でいるのは俺のせい?エリザベスのせい?

「もしまた地下で会うことがございましたら、今度はこのオマリが皆様の目を鳥餅ではなく、口と鼻も含めて()(ふさ)いで差し上げます。(むね)高鳴(たかな)りが止まるほど末永(すえなが)く」

「「「「「「「……」」」」」」」

「『アブラカタブラ』です」

 立っていた運営が慌ただしく駆けつける音を背中に聞きつつ、俺はチーム名を申告(しんこく)

「え?(あぶら)肩油(かたあぶら)?」

 フッ!

「違います。『アブラカタブラ』にございます」

 パニクる『クリアクス』のところから素早くやってきたコマッチモが俺の隣でチーム名を復唱(ふくしょう)する。コマッチモの突然の出現に驚いた受付スタッフの一人が目元を手で(おお)椅子(いす)からひっくり返る。そのまま叫びながら逃げだす。

 もう一人の受付スタッフがその場で嗚咽(おえつ)を始める。その様子が気になったのか、エリザベスが口を「シャー」って開きながら、肢の先端を泣きじゃくるスタッフの顔に近づける。

「神様……」

「神ではなくエリザベスです」

 顔のすぐ近くまでベニオオウミグモの肢先がきたところで、スタッフさんは(あわ)()いてそのまま机の上に突っ伏して失神(しっしん)

 エリザベス、気を悪くしないで。シュールすぎるその見た目、俺は好きだよ。

「遅くなりました。私はハダリ・バーソロミュー様に(つか)え、このたび『アブラカタブラ』の一員として行動いたします、オマリ・グラニュエールと申します」

 自己紹介し、水糸を操る俺とともに、エプロンドレス姿のコマッチモは深くお辞儀(じぎ)する。

「は、はひ」

 受付にかろうじて残り、まだ意識のあるスタッフ一人のおかげで、手続きは(とどこお)りなく行われた。


 ス~、フ~……

 開始までまだ三十分はある。

 俺は封印されし言葉「カンダチ」で周囲の状況の把握を試みる。主目的は俺たち『アブラカタブラ』以外の参加チーム8組のニオイを覚えること。何事も油断はできない。念を入れるに越したことはな……あ、懐かしい匂い発見。

 これはフジオ試験官だね。

 ふむ。(きず)()えてるね。まぁ呪詛(じゅそ)じゃないから当然か。でも不思議。(みょう)に静かな雰囲気(ふんいき)……ああ、目は治療(ちりょう)しなかったのか。当然だね、(もと)勇者(ゆうしゃ)候補(こうほ)(せい)さん。ステータスやパラメーターの見える眼球なんて、あるだけ不幸になるもの。

 余計なモノが見えるくらいなら、光を失ったほうがましだよね。気楽な闇は大事。暢気に杏子(あんず)(あめ)食ってる。っていうか祭りのニオイが邪魔だよもう。

 ん……?

 素敵な香水のニオイが二つ。

 これだけの人がいるから香水の匂いは数多(あまた)あるけれど、こんなに血液のニオイと混ざっているのは珍しい。人、魔物。両方の血のニオイが体臭に沁みつくほど混ざってる。すごい……。

 男性用のスモーキールートと、女性用のエアリージャスミン。

 そもそもこんな香水、アントピウスやパンノケルにあったんだ。

 ひょっとしてマルコジェノバ連邦(れんぽう)で頑張ってるマソラ2号が作った香料(こうりょう)だったりして。そんなわけないか。2号、とにかくファイトだよ。

「では二次選抜参加者の皆様!こちらにお集まりください!!」

 集合時刻の二十分前だけど、集合の合図が出る。

 参加者予定者全員の出欠確認も終わったし、あちこちに散らばっていた受験者がお祭り気分を満喫(まんきつ)してもう迷宮前に殺気(さっき)立って集結(しゅうけつ)しているから早めに開始かな?「早く始めてくれよ兄ちゃん!」「もう待ちきれないわ!」と言った声があちこちで聞こえる。『クリアクス』も目が戻ったみたい。まつ毛が全員ないのがキモい。

「こちらをお受け取り下さい」

 運営スタッフが各チームの代表に何かを配ってる。あ、俺の所にも来た。

「なんでしょうかこれは」

 俺の()わりに受け取ったコマッチモがスタッフに尋ねると、「後で説明があるのでとりあえずなくさないでください」と足早に去っていく。俺の目の中には「ヤクシャの号令砲(ごうれいほう)」と映ってる。条件つきで音が鳴る仕掛けらしい。

「では少し早いですがルールの説明に入りたいと思います!!」

 配り物のおかげで五分たち、予定開始時刻の十五分前。

 運営スタッフの説明がいよいよ始まる。

 ウオオオオオ――ッ!!

 すごい。野次馬の音量が大きすぎる。

「会場にお越しの皆様!ただいま受験者へのルール説明が行われておりますので、ご静粛にお願いします!」

 なんて注意するアナウンサーの声を聞いてる聴衆なんていない。結局警備の運営スタッフが怒鳴って(たて)棍棒(こんぼう)(たた)いて黙らせようとするけれど、それでも全体が静まることはない。まぁお祭りの前夜祭(ぜんやさい)みたいなイベントだし、仕方ないか。

「……通知にもありましたように、ルール変更がありまして、試験中に他のチームの受験生を殺害した場合、そのチームは即失格……」

 カーン!カーン!カーン!

「「「「「!!!???」」」」」

 病人の通過を知らせる拍子木の音で、突如水を打ったように静まる会場。

 カーン!カーン!カーン!

 あれ?

 チンダラガケ「鳴子(なるこ)達磨(だるま)」の仕業(しわざ)かと思ったら違うじゃん。

 カーン!カーン!

 拍子木を叩いている女がいる。そしてその女にしがみついている少女。

「ネブラさん!ダメですよそんなことしたら!というかどうして拍子木なんて持っているんですか!?」

 少女の唇の動きを読むと、こんな感じかな。距離的に、さすがに声は拾えない。

「……」

 カーン!カーン!

 一方で、拍子木の音がよく響くのを分かっていて、女は無言のまま離れた小高い場所で両手に持った木を打ち鳴らしてる。

「「「「……」」」」

 カディシン教を国教とするパンノケル王国において現在、拍子木を〝あえて〟叩いて音を鳴らすことの意味とその危険を知り、女を黙って(にら)む聴衆と受験者。なぜか眼を(そむ)け、彼女を見ないようにしている運営スタッフ。『クリアクス』も目を閉じている。


 ネブラ・ヴァニコロLv65(人間族)

 生命力:6000/6000 魔力:2000/2000

 攻撃力:9000 防御力:2000 敏捷性:5000 幸運値:300

 魔法攻撃力:3000 魔法防御力:3000 耐性:水

 特殊スキル:限界突破


 ステータスとパラメーターからして、普通の冒険者じゃないよね。

 おっと、こっちと目が合った。

 偶然かどうかわからないけれどせっかくだから「静まったのでもう鳴らすのをやめてもらえますか」と俺は口をパクパク動かしてみる。どうかな?唇を読めたかな?

 シーン……。

 ネブラという女は腕をおろし、拍子木を鳴らすを止める。しがみつく少女は「はぁ」とため息を吐く。

「何者でしょうか、あれは」

「当たり前だけど初めて見る顔だね。……スモーキールート」

「?」

 さっき感知(かんち)した(めずら)しい香水は、あの二人か。少女の方がエアリージャスミンか。

「こちらに気があるみたいだね。ずっと見てる」

「ハダリ様に、ですか?」

 コマッチモの目が冷たくなる。

「分からない。でもとにかく手は出さないでね」

「はい。〝指だけ〟にいたします」

 言ってコマッチモが右腕をあげ、中指を女に向けて立てる。〝友達〟をつくるのがいつも上手で、ほんとにもう(こま)っちもう。

「……」

 (かす)かに微笑(ほほえ)み、その場を後にする拍子木の女ネブラと、慌てて彼女を追う少女。背中から生える(はね)からするとあの少女は……。

「で、では説明を続けさせていただきます!」

 野次馬がお通夜(つや)みたいに静まり返ったおかげで、運営スタッフの説明はよく聞こえる。

「選抜試験期間は三日間すなわち72時間です。迷宮内には魔法(まほう)学園(がくえん)リュケイオンが「財宝(ざいほう)」として指定(してい)した魔道具が全部で9個、(かく)されております」

 今回の参加チームはいつも通り、全部で9組。

「指定魔道具はそれぞれ、①プロメテウスの脂肪(しぼう)、②苦汁(くじゅう)ハシシュ、③ウルズの(あさ)(ばな)、④サウスヴァティーの芥子茎(ケシけい)、⑤ナンナのヘレボルス草、⑥ハトオルの向日葵種(フラワーシード)、⑦ダゴンの新生児(しんせいじ)(にく)、⑧紡績機(ぼうせきき)ハスター、⑨白鳥(はくちょう)(ごろ)しの(とげ)となります」

 『クリアクス』7人。平均レベルは57。

 『アリアンロッド』10人。平均レベル47。

皆様(みなさま)は三日以内に「財宝」指定の魔道具を最低(さいてい)1個以上見つけ出し、迷宮から地上へ持ち帰っていただきます」

 『ハヌマーン』8人。平均レベル39。

 『アイゼンクラウト』10人。平均レベル22。

「迷宮内には指定魔道具に似せたダミーも数多く存在します。持ち帰った魔道具が「財宝」指定でない場合、つまりダミーの魔道具を持ち帰ってしまった場合、それは「偽物(にせもの)」と判定(はんてい)され、その場合は試験(しけん)失格(しっかく)になります。判定は迷宮を皆様のチームが出た際に即時(そくじ)行われますが、皆様は試験期間中に一度でも迷宮の外に出た場合、二度と中に戻ることはできません」

 『アカサーウ』9人。平均レベル44。

 『ワーフガー』7人。平均レベル34。

「なお迷宮内でチーム同士の交戦が発生した場合、チーム構成員の過半数(かはんすう)戦闘(せんとう)不能(ふのう)となった時点で、そのチームを「敗北(はいぼく)」と認定(にんてい)します。この時もし「敗北」チームが指定魔(していま)道具(どうぐ)をもっていた場合、その魔道具は自動的(じどうてき)に「勝利(しょうり)」チームの手に渡ります」

 『ラースアルハゲ』8人。平均レベル36。

 『ノクティルガ』10人。平均レベル29。

「迷宮内の様子は映像(えいぞう)を確認できる魔道具「投影(とうえい)水晶(すいしょう)」を用いて、審判(しんぱん)である我々ワルプルギス運営(うんえい)委員(いいん)が常に監視(かんし)し、必要に応じて「敗北」認定を行います。「敗北」認定が下された場合、その後指定魔道具を新たに手に入れ迷宮を出たとしても二次選抜通過者とはなりませんので気を付けてください」

 『アブラカタブラ』2人。平均レベル40。

「最後にもう一つ。この開催式(かいさいしき)挙行(きょこう)する前に各チームのリーダーの方々に魔道具「ヤクシャの号令砲(ごうれいほう)」をお渡ししました。こちらは他のチームが迷宮内の(べつ)階層(かいそう)に移動した際、そのことを()げる(おと)()ります。迷宮の探索(たんさく)にお役立てください」

 説明係のスタッフがそこまで言うと、楽器を抱えて座っていた管弦楽団がザッと立ち上がる。

「それでは本選出場をかけ、皆さまのご健闘(けんとう)をお(いの)りいたします!」

 壮大な演奏が始まる。

 受験者たちが装備と身体の最終調整に入る。

 コマッチモとエリザベスはそれぞれ指と肢をパキパキ鳴らす。二人ともノリノリ。迷宮に入る前に全チーム戦闘不能になんてしないよね。大丈夫だよね。

試合(しあい)開始(かいし)!!」

 演奏二分後に大きな一声が飛び、それを合図に受験者たちが雄たけびを上げて我先にと地下迷宮へ走る。試験の舞台に足を踏み入れていく。拍子木(ひょうしぎ)のお通夜(つや)があけ、再び活気(かっき)を取り戻す野次馬集団。音楽も鳴りやまない。たぶん受験者全員が迷宮に入るまで演奏してくれる趣向なんだろうね。

「俺たちも行こうか」

「はい、ハダリ様」

 移動を始める俺とコマッチモ。

「さあ始まりました!全10回にわたり行われる二次試験選抜。その名も「地下迷宮アルマーヤ探索」!第9回目となりました今回も熾烈(しれつ)な戦いが予想されます!全チーム疾風(しっぷう)怒涛(どとう)(ごと)く迷宮内へと突入(とつにゅう)していきます!」

「要するに審判団が本物だと言う魔道具をいち早く取って戻ってくればよろしいのですね?」

 エリザベスの横を歩くコマッチモが俺の方を見て尋ねてくる。

「そういうことになるね」

「ハダリ様なら本物かどうかなどすぐにわかりましょう」

「俺だけじゃなくて、召喚者の目を持っていれば真偽を間違えることはないだろうね」

「そうなりますと、早い者勝ちのゲームでしょうか」

「そう上手くはいかないようにきっとできてるんだよ。だからボチボチ」


 (たす)けて。


「?」


 助けて。…………助けて。…………助けて。…………助けて。…………


「ハダリ様?」

「なんでもない。とにかく中にはいってみよう」

 疾風(しっぷう)でも怒涛(どとう)でもなくテクテク歩くエリザベスの上で、俺は水蜜牢(すいみつろう)の準備を始めた。


 地下迷宮アルマーヤ。

 魔法学園リュケイオンが実技(じつぎ)訓練用(くんれんよう)魔物(まもの)を閉じ込め、人工(じんこう)繁殖(はんしょく)させている場所。

 繁殖(はんしょく)させるため、餌用(えさよう)家畜(かちく)が投入されているし、照明用魔道具の青や赤の光が数時間おきに切り()わり、陰生植物(いんせいしょくぶつ)を育て、(いた)(ところ)に昼と夜が用意されている。足場も砂利(じゃり)石畳(いしだたみ)、土、(どろ)と様々。気温や湿度は階層(かいそう)空間(くうかん)ごとに微妙(びみょう)(こと)なる。

 その管理(かんり)された迷宮の階層は全部で73ほどある。

 〈こちら本部(ほんぶ)より『クリアクス』へ。58階層のエリア688の状況(じょうきょう)報告(ほうこく)せよ〉

 〈こちら『クリアクス』より本部へ。現在688に到着(とうちゃく)。他のフロアと同様で、この部屋だけ投影(とうえい)水晶(すいしょう)が全て(こわ)されている〉〈魔物もやっぱりいないわ〉

 出没(しゅつぼつ)する(おも)な魔物はディアトリマヘビ。チャンプリネズミ。ジョバリアコウモリ。ブロントムカデ。ヒオリテスゴキブリ。

 この五種類の魔物が各階層ごとに()()け、食い分けを行い、共存(きょうぞん)しているらしい。レベルやステータス、パラメーターは棲む環境によって変動するけどそれは当たり前のこと。

 ダラランッ!ダラランッ!!ダラランッ!!!ダラランッ!!!!

 魔物の共存を可能にする理由の一つであるキーストーン(しゅ)が近くを走っている。

 場所は地下36階層。たまたまそれは、俺たち『アブラカタブラ』が今いる階層。

 メガラニアラーテル。レベル66。

 階層を自由に行き来しているこの魔物が、おそらくはアルマーヤのボス的存在。

「魔道具はいっこうに見つかりませんね」

 部屋にいた8匹の魔物ジョバリアコウモリを0・4秒で切断し尽くしたコマッチモがつぶやく。

「そうだね」

「そろそろお食事になさいますか?」

「そうしよう」

 〈こちら『クリアクス』より本部へ。他のフロアのエリアと同じく、688でも魚の食い残しが見られる。ん?どうしたミラベル〉〈水路(すいろ)に何かいる……〉〈きっと奴らだ。全員鉄(てっ)仮面(かめん)装備!〉

 コマッチモはエリザベスから肘掛(ひじかけ)椅子(いす)ごと俺を地面に降ろすと、(かばん)から(たけ)の皮に(つつ)まれたちまきのおにぎりを取り出す。竹はマソラ1号からの贈り物。1号、元気にしてるかな。

「いただきます」

 コマッチモに食べさせてもらう俺。

 うん。中華(ちゅうか)ちまき、しっとりもちっとしていておいしい。()沢山(だくさん)なのもこれまたうれしい。やっぱりコマッチモと二人きりの時は我慢(がまん)せず、パンじゃなくてコメを食べたい。竹の皮の匂いも落ち着くなぁ。

 〈うおっ!?背中に粘液をやられた!〉〈背後(はいご)を警戒!!〉〈どこ!?どこにいるの〉〈敵は擬態(ぎたい)能力を持つ可能性あり!!〉〈きゃああっ!!〉〈ミラベル!?〉〈水路の天井に別の奴がいやがった!!〉

 〈こちら本部より『クリアクス』へ。状況を報告せよ〉

 〈ミラベル・ペロタス隊員が魔物に拉致された!本部へ繰り返す!ミラベル・ペロタスが連れ去られた!ただちに追跡(ついせき)を行う!〉

(ちまき)はお口に合いましょうか?」

 澄んだ大きな瞳を向けてこちらに問いかけるコマッチモ。その背後を魚のボラが悠々(ゆうゆう)と泳ぎ去り、魔物の肉をついばむ。

「合はなひわけなひひゃなひ。ホハヒのふふってふれた料理なんにゃかは。モグモグ……」

 咀嚼(そしゃく)しながら答える俺。行儀悪くて、ボラに続くブリたちに笑われるかもしれない。

 〈ミラベル!〉〈こちら『クリアクス』より本部へ!敵は他のフロアでも目撃した新種の魔物に間違いない!リュケイオンの情報にはない!俺たちも知らない魔物だ!!……あっ〉〈くそおおおおお!〉〈本部より『クリアクス』へ。投影水晶に敵の姿はまだ映っていない〉〈奴ら擬態してしかも投影水晶の死角(しかく)を動いている!敵は水晶の位置を把握(はあく)してる!!ミラベルの腕らしきものを発見!!追うぞみんな!〉〈クソ魔物!ぶっ殺してやる!!〉

「まあ、ハダリ様ったら。ちゃんとのみ込んでから(おっしゃ)ってください」

 微笑むオマリのお腹からギュルルルと音が鳴る。元スライムのコマッチモのお腹に、鳴るような筋肉の仕組みなんてあったっけ?ほら、近くの足元で魔物の肉を食べていたヒラメも音に驚いて逃げたじゃん。

「ハダリ様のお食事しているところを見ておりましたら、オマリもついお腹が空いて、ついお腹を鳴らしてしまいました。ついついが続いてすみませんが、一口だけいただいてもよろしいでしょうか」

 出ました、純愛王道パターン。接近する蠱惑的(こわくてき)な唇と胸の(ふく)らみから目が離せなくなる~。

「どうぞ。前の食事から6時間も経ってるんだ。オマリもお(なか)()いてるでしょ。食べて」

 間接キッスだけどどうぞ。ボラもブリもヒラメも魔物の残骸を食べることに夢中で見てないから好きに食べて。

 〈こちら『クリアクス』より本部へ。ミラベル隊員の、頭部(とうぶ)を発見。……ぬああああ――っ!!〉〈くそっ!くそっ!!〉

「ではいただきます」

 (ほお)を赤らめたコマッチモが俺の食べている中華ちまきを小さな口でパクリと一口。ゆっくり咀嚼(そしゃく)しているところが、(おく)ゆかしいのに(いろ)っぽいんだよね。

「そんなに見つめないでくださいませ」

「そのままちまき全部食べちゃうのかな~と思って」

「そこは「可愛(かわい)くてつい見とれちゃった」と(おっしゃ)ってくださいませ」

「オマリは可愛くないよ」

「まあ」

「とっても可愛い」

「ハダリ様ったら。……はい。今度はハダリ様がお召し上がりください」

「ありがと」


 ジー……

 俺たちのこんなノロケシーンを監視(かんし)している投影水晶向こうの「ステータス見える組」はたぶん大忙(おおいそが)し。ほらほら、大好きな魚のあふれる、血まみれの〝フォトスポット〟だよ~。

 〈本部より『クリアクス』へ。『アブラカタブラ』の二名は現在36階層にいる。さらに36階層で再び魚があふれかえった。ただちに36階層に向かい魔物の替わりに魚を一掃(いっそう)せよ〉

 〈こちら『クリアクス』より本部へ!いい加減、新種(しんしゅ)魔物(まもの)退治(たいじ)をさせて欲しい!!〉〈お願いだからミラベルの(かたき)()たせて!!〉

 潮騒(しおさい)のように延々(えんえん)と続く無線(むせん)のやり取り。やっと少しは緊迫感(きんぱくかん)が出てきたね。

 〈こちら本部。36階層の魚の殲滅(せんめつ)優先(ゆうせん)せよ。〝新種の魔物〟退治とやらはその後に行え。繰り返す。36階層の魚の殲滅を優先せよ。手っ取り早く(かたき)を討ちたければ魚の殲滅後、同じ36階層のエリア400にいる『アブラカタブラ』を止めろ。リュケイオンの登録(とうろく)に無い魔物はこの迷宮に存在しない。どうせ〝あの二人〟の仕業(しわざ)だ。目を接着剤(せっちゃくざい)でふさがれないよう慎重に戦い、しかも戦闘不能に追い込めば〝バーソロミューの使い魔二匹目〟はおのずと消える〉

 いい(かん)してるね。さすが本部。「ステータス見える組」は伊達(だて)じゃないってことだ。

 〈人だろうと魔物だろうと、殺すことに何のためらいもなく、しかも殺す能力があるあの『アブラカタブラ』の相手ができないというのなら、お前たちは残り六人で手際(てぎわ)よく魚だけ焼いてコソコソと奴らから逃げ回れ。捜索(そうさく)せずともさっきのように〝新種の魔物〟はお前たちを退治にきっと現れる。(てき)()てず(かたき)を討ちたければ(えさ)になって(たたか)え。餌となった仲間のように〉

 〈……こちら『クリアクス』。了解(りょうかい)。36階層の魚の殲滅に向かう〉

 おお。有無(うむ)を言わさぬ名演説(めいえんぜつ)。さすが本部。

「ごちそうさまでした」

「お粗末(そまつ)(さま)です」

 俺は『クリアクス』と運営本部の魔法(まほう)無線(むせん)盗聴(とうちょう)しつつ、昼食だか夕食だかよく分からない食事を()える。

 迷宮に潜り始めて50時間。

 こんなにお日様の光を見ないのは、アルビジョワ迷宮を彷徨(さまよ)って以来かもしれない。

 ピコーン。ピコーン。

「また()りましたね」

「うん。みんな忙しく動き回ってるみたいだ」

 コマッチモの腕につけてある「ヤクシャの号令砲(ごうれいほう)」が鳴る。「砲」なんて御大層(ごたいそう)な名前がついているから榴弾砲(りゅうだんほう)発射音(はっしゃおん)でもするのかと最初はビクビクしてたけど、聞いてみたらスマホの大人しい着信音程度だったから安心した。

 ピコーン。ピコーン。

「またです」

「こっちに誰かが近づいてきている気がする」

「本当ですか。それは楽しみでございます」

 この50時間、俺たちは他チームと一度も遭遇(そうぐう)していない。

 出会ったのは全て魔物(まもの)ばかり。10秒後にはコマッチモによって魚の(えさ)になってる魔物ばっかし。

「殺さなければよろしいのですよね?でしたら舌や目玉を引き抜く鉄火箸(やっとこ)(ハンマー)必須(ひっす)アイテムで……それと、死なないよう切り刻む(のこぎり)手斧(ちょうな)も急ぎ用意しないと……」

 ピコーン。ピコーン。

「ああ。()()を使うのが()(どお)しい。あらいけない!解体用(かいたいよう)のハンガーを宿屋(ザビヤチカ)に忘れてきてしまいました!」

「忘れたんじゃなくて置いてきたのね。イノシシみたいな解体をここで受験生相手にやったら失格(しっかく)になるからやっちゃダメ。とりあえずこの部屋の投影水晶もさりげなく全部壊(こわ)して」

承知(しょうち)しました。ハダリ様の魚に(まぎ)れてさりげなく粉砕(ふんさい)します」

 ピコーン。ピコーン。

 迷宮(めいきゅう)に潜る前に薄々(うすうす)気づいていたけれど、今回潜(もぐ)っている9組のチームのうち、俺とコマッチモの『アブラカタブラ』以外は全員グル。

 ピコーン。ピコーン。

 この50時間の「ヤクシャの号令砲(ブザー)」の鳴るタイミングの規則性(きそくせい)でそれは分かった。

 そして『クリアクス』と運営本部のやりとりから(さっ)して、『クリアクス』の目的は俺たちの〝後始末(あとしまつ)〟であって、本選出場(ほんせんしゅつじょう)じゃない。

 魂核(こんかく)をもつ者のステータスとパラメーターが見える目。

 すなわち召喚者(しょうかんしゃ)の目。

 その目の致命的(ちめいてき)欠陥(けっかん)を突いた俺の魔法「水蜜牢(すいみつろう)」に対する彼らの対応は、「ステータスとパラメーターのある魚は見つけ次第(しだい)殺す」。

 実にシンプルだ。投影水晶の先には召喚者の目をもつ者が少なからずいる。彼らが迷宮内を監視(かんし)しやすいように、俺が亜空間サイノカワラから放った魚を殺すのが『クリアクス』の任務。

 まぁ、それくらいは最初から想定(そうてい)していた。そして盗聴(とうちょう)の様子からして『クリアクス』は召喚者の目を持たない。だから運営本部と無線でやり取りする。運営本部がこちらの無線盗聴を想定していることは、『クリアクス』とのやり取りで分かる。

 奴ら本部は魚と俺たち『アブラカタブラ』の話ばかり持ち出す。()のチームのことを一切口にしない。「聞いてんだろこの野郎(やろう)」みたいな感じがプンプンする。聞いてるさこの野郎。

 そして『クリアクス』にちょっと〝ドッキリ〟を仕掛(しか)けたけれど、『クリアクス』もブレない。だからやっぱり『クリアクス』は俺の魚を殺すことしか命じられていないとみて間違いない。

 俺が水魔法「水蜜牢」を展開できる範囲(はんい)は1フロア、つまり階層(かいそう)一つのみ。水族館(すいぞくかん)展示(てんじ)スペースは一階層分しか作れないことが(もぐ)って判明(はんめい)した。面積でいうと約1平方キロメートル。

 迷宮アルマーヤに入った直後から俺は一階層ずつ水蜜牢を使い、魚をとにかくぶちまける。目的は投影水晶の位置を把握(はあく)すること。俺の魚は魔力素(まりょくそ)に反応する。投影水晶は微弱だけれど魔力素が流れる人工物。俺の魚は自然に投影水晶に集中(しゅうちゅう)する。

 そしてこれを()るのが『クリアクス』の仕事。彼らは宿屋ザビヤチカのロスチャより(ざつ)だけど素早く豪快に魚を下ろしていく。しかもいきなり焼き魚にしちゃうところが干物(ひもの)職人(しょくにん)のロスチャと違う。

 で、これは(おとり)

 (じつ)の目的は迷宮内の魔物の疎密(そみつ)の把握。

 魔物が多く群れている場所は魔物のせいで機能している投影水晶が少なかったり、壊れていることが多い。それだけでもありがたいけれど、俺が今ここで欲しいのは〝仲間(なかま)〟。

 俺の魚が魔物に大量に食べられて、運営本部と『クリアクス』にはとっても都合(つごう)のいい空間へ俺はコマッチモと移動。

 そしてコマッチモが部屋の魔物を殺し投影水晶を破壊して部屋をきれいにした後、俺は(わな)を張る。フグ漁に使われる延縄(はえなわ)漁法(ぎょほう)。つまり水魔法「水糸(すいし)」をふんだんに使った長い糸を部屋の対角線に()るし、その糸に、(とう)間隔(かんかく)に短い糸を複数さらに垂らし、その先には氷の(かぎ)にくくりつけた餌魚を用意。

 で、俺たちは〝漁場(りょうば)〟を離脱(りだつ)

 水糸はその部屋だけ残し、フロアの残りの水蜜牢(すいみつろう)は崩す。魚たちには申し訳ないけど水を失い死んで魔物の(えさ)になるか『クリアクス』に始末される。放っておいて俺たち『アブラカタブラ』は下の階層へ移動する。

 一方で腹を減らせた魔物はやがて、罠を張った〝漁場〟部屋に戻る。あるいはたまたま訪れる。

「!」

 餌の魚を食べると(こおり)(かぎ)に引っかかる。そしてこの氷の鈎には俺の魔力素(まりょくそ)をたっぷり入れてある。

【カマドウマ】

 〔満杯〕〔〔流転〕〕〔呪解〕〔充力〕


 鈎針が口に刺さる激痛に耐えかねてのたうち回り、部屋の中を暴れまわっているうちに、魔物ちゃんは俺の魔力素に汚染され、魂核(こんかく)が「流転(るてん)」。魔獣の前段階であるチンダラガケに大変身(だいへんしん)名前(コード)は〝河童(かっぱ)〟。皮膚(ひふ)呼吸(こきゅう)(えら)呼吸(こきゅう)(はい)呼吸(こきゅう)擬態(カムフラージュ)も泳ぎも走りもできる全身ヌメヌメ水陸両用戦士。

 迷宮に潜ったエリート学園生徒(リュケイオン)魔物媒介(ばいかい)感染症(かんせんしょう)呼吸器(こきゅうき)疾患(しっかん)から守るために迷宮に張り巡らされた衛生(えいせい)管理(かんり)システム、その名も「(よう)水路(すいろ)」。

 これを利用して、河童はフロア内のいたるところに仕掛けられた投影水晶に姿をさらさず移動できるようになる。水路の中に投影水晶を置かなかったのがミスだったね。本部さん。

 そして河童を使い、俺は最重要目的である「地図(ちず)作製(さくせい)」を行う。

 仕事としてはおまけだけど、受験生が近くにいれば彼らの様子を河童(かっぱ)たちは偵察(ていさつ)する。まぁ受験生チームの動きは想像つくから、あくまでこれはおまけ。

 あと「地図作製」がばれないよう、時々『クリアクス』の(そば)に出現させて、〝河童〟を警戒(けいかい)させる。水の中から見たことのない〝何か〟が顔半分だけ出していたら、そりゃビビるよね。

 まぁとにかく欲しいのは正確な迷宮地図(ダンジョンマップ)

 だから時間と魔力と魔物と魚の命をかけて詳細(しょうさい)な地図を作る。

 そんな感じで俺たち『アブラカタブラ』は40時間かけて最下層73階まで水蜜牢(すいみつろう)延縄(はえなわ)漁法(ぎょほう)河童(かっぱ)地図(ちず)作製(さくせい)を行ってきた。そして36階層に戻るまでに、改めて他チームの動きを分析する。

「魔道具をとらせない?」

「そう。『クリアクス』以外のチームの目的は俺たちに指定魔(していま)道具(どうぐ)をとらせないこと。そのために示し合わせて行動している」

 ヤクシャの号令砲(ごうれいほう)と河童の送ってきた映像ではっきりしたのは、7チームは所定(しょてい)の場所で、所定のタイミングで指定魔道具をとり、試験開始48時間以降の所定のタイミングで迷宮を脱出しようとしていること。

 指定魔道具の場所については、ワルプルギス運営本部から教えられたんだろうね。まぁ俺を勝たせたくないはずだから当然だろうけれど。

 魔道具を取るタイミングと迷宮を脱出する時間については、指示されたのか自分たちで決めたのかは不明。でもわかるのは、とにかく協力しているということ。

「さっさと迷宮を脱出しない理由は知らない。八百長(ヤラセ)ってバレたくないからかもしれないし、命令されているからかもしれない。こればかりは神と本人たちのみぞ知るってヤツだよ」

「では神罰(しんばつ)の味を私が(あじ)わわせてまいります。腕二本くらいずつもいでも死にはしないでしょう」

「まぁまぁ怒らないで。それに彼らは近くにいない。「ヤクシャの号令砲」を利用して、俺たちと同じ階層にいないように慎重に行動している」

 『クリアクス』以外のチームは決まった時間(じかん)間隔(かんかく)で階層を移動している。そして『クリアクス』が移動する場合、彼らはわざと階層移動の段階で「降りる➡昇る➡降りる」を行い三回号令砲(ブザー)を鳴らす。これで他チームは『クリアクス』の移動に気づく。『アブラカタブラ』の移動でないことを知る。

 これで他チームは安心。

 あとは決まった時間が訪れるまで階層内の魔物を狩っていればいい。目の前の魔物がいなくなれば一休み。投影水晶の死角に隠れて暇そうにしている。

 そんなお気楽チームには、俺の河童が忍び寄って集団ごと水の中に引きずり込む。

 殺しはしない。

 河童は伝説によると尻子(しりこ)(だま)を抜く。でも尻子玉なんて部位、解剖用語にないから俺なりに解釈。つまり浣腸(フィストファック)させて深刻(しんこく)()にする。

 河童(かっぱ)出遭(であ)った良い思い出になるでしょ。高位の治癒(ちゆ)魔法(まほう)(ほどこ)さなければ、糞便(ふんべん)のたびに筋肉の破れた肛門(こうもん)激痛(げきつう)が走り、同時に(おぼ)れかけた悪夢(あくむ)がよみがえるなんて、考えただけでも最高の嫌がらせ。

 魔物退治にも熱が入るし、河童が恐くて一睡もできないよね。がんばれ受験生。

「指定魔道具のうち、最後の一個は彼ら受験生には簡単にとれないだろうから、俺たちはそれを(ねら)えばいい」

「最後の一個がどこにあるのかハダリ様はご存じなのですか?」

「全フロアで一度水蜜牢を張ったし、俺は(はな)()くようになっているから魔道具の位置は大体分かっている。その中で唯一、最初から不規則(ふきそく)に動きまわっている魔道具が一つ。それは階層も自由に行き来している。しかも「ヤクシャの号令砲」が鳴らない」

「つまりは魔物の中……もしかしてメガラニアラーテルの体内でございますか?」

「その通り。正解」

「でしたら今この階層におりますのでただちに狩り殺してまいります!」

 鼻息(はないき)(あら)くしてコマッチモが右拳(こぶし)左掌(てのひら)にぶつける。

「いや、殺さなくていいんだ。逆にそれをされるとちょっと(こま)る」

「なぜでしょうか?指定魔道具をいち早く手に入れ迷宮を脱出すればこの試験は合格でございますよね?」

「それもそうなだけどね」

 メガラニアラーテルを殺して魔道具を手に入れた時点で、俺が迷宮にいる理由がほぼなくなる。ちょっとそれは困る。

「分かりました。迷宮の入口近くで他の8チームを待ち構え、彼らから指定魔道具をとりあげるつもりでございますね。心得(こころえ)ました。早速(さっそく)拷問(ごうもん)の準備を第1階層で行いましょう」

「それもちょっと違う。……あ、ようやく見つけた」

「え?」

「……間違いないね。そこか」

 843匹造って泳がせている河童(かっぱ)のうち、2匹からの信号が途絶えたり再開したりする。ようやく見つけた。

「何をお見つけになられたのですか?」

「ん?それはね」

 おっと、まずい。

 ピコーンピコーン。ピコーンピコーン。ピコーンピコーン。

『クリアクス』が(さかな)退治(たいじ)のために36階層に到達。このままコマッチモと鉢合(はちあ)わせして「俺たちは魔道具なんて持っていない!」なんてことになったら「隠し場所を自白するまで待ちましょう」ってなって『クリアクス』の全身(ぜんしん)(あな)(ふさ)ぎの拷問(ごうもん)がはじまっちゃう。

 状況(じょうきょう)分析(ぶんせき)のため、もう(すで)に彼らの一人を河童で殺しちゃったからこれ以上は避けよう。

「事情は移動した後に話す。それより急ぐから抱っこして俺を運んでくれない?」

「え!?抱っこしてよろしいのですか!?」

「うん」

 抱きかかえられた俺は亜空間ノモリガミに肘掛け椅子を、亜空間サイノカワラにエリザベスをしまう。

「ところでハダリ様。先ほどから激しい足音と魚の()げる(にお)いが(ただよ)って」

 チュ。

「!!!!!!??????」

 不意打(ふいう)ちにキスをして、自分の唇とコマッチモの頬に接続した水糸を俺はほどく。

「そんなのは放っておいて。最速で46階層に移動して」

「承知しました!!!」

 気合を入れるコマッチモ。なぜかパラメーターが変動してる。どういうこと?

「はあああああああああっ!!!」

 ドゴンッ!!!!

「?」

 うっそ!

 迷宮の(ゆか)()()いた!そのまま俺もコマッチモも落下するけどまさか、

 ブドゴオオ――ンッ!!

 (かかと)()としでまた床が抜ける。

 ピコーンピコーンピコーンピコーン……

 〈なんだ!?何が起きてる!〉〈地震(じしん)?〉

 そうだった。俺もぼうっとしている場合じゃない。46階層につくまでにアレをやっとかないと。


 ――いよいよ迷宮探索試験も残り二十一時間を切りました!


 〈!?〉〈この声、アナウンサー。外で流している放送?〉〈何で今さら迷宮内で聞こえる?〉〈地震の影響か?〉

 ――チーム『アリアンロッド』、第55階層でジョバリアコウモリと(はげ)しく交戦(こうせん)しております!魔道具「プロテウスの脂肪(しぼう)」を手に入れてもなお迷宮に(もぐ)り続けるのは、この期に及んでなおレベル上げに(いそ)しむからでしょうか!?他のチームも『アリアンロッド』に負けていない!『ノクティルカ』と『ハマヌーン』そして『アイゼンクラウト』が第11階層にてボスキャラとも言うべきメガラニアラーテルと激突(げきとつ)しております!!

 〈おいどうなってる?〉

 〈どうして外の放送が迷宮内に流れているの!?〉

 〈こちら『クリアクス』より本部へ!外向けの音波(おんぱ)放送(ほうそう)が迷宮の中まで(ひび)いてる!これだと『アブラカタブラ』に他チームの居場所(いばしょ)がばれるぞ!〉

 〈こちら本部より『クリアクス』へ。迷宮内に外の状況を伝える音声(おんせい)魔道具は仕掛けていない。繰り返す。外の状況を伝える仕掛けはしていない〉

 〈どういうことだ!じゃあどうしてこんなにガンガン放送が響いているんだよ!〉

 ――メガラニアラーテルとチーム三組による激しい攻防が続いております!ものすごい状況です!本来であれば勝ち抜き戦であるこの二次選抜を、力を合わせて乗り切ろうとしているかのようなこの雄姿(ゆうし)!世界中の皆様の目にご(らん)に入れられないことが何より心苦(こころぐる)しいところであります!しかしご安心ください!魔法放送が大変ご好評であり準備も整ったため、次回行われる最終回の迷宮探索は世界中に向け、初の映像発信も行う予定です!どうぞご期待ください!第十回目の迷宮探索には勇者チーム『神の炎』がとうとう参戦……

 〈本部より『クリアクス』へ。問題が発生した〉

 〈こちら『クリアクス』!どうぞ!〉

 〈本部より『クリアクス』へ。『アブラカタブラ』の行方(ゆくえ)不明(ふめい)。『アブラカタブラ』の行方が不明。36階層で最後に目撃されたエリア400へ急行せよ〉

 〈は?〉〈何言を言ってる!?〉〈行方不明って、まさかダンジョンから脱出したとか〉

 〈そんなことあるわけ……〉

 ――おっと、ここにきてとうとう迷宮から人影(ひとかげ)がっ!現れたのはなんと、チーム『アブラカタブラ』!!

 〈〈〈〈〈〈!?〉〉〉〉〉〉

 ――『アブラカタブラ』の二名が地上に姿を現しました!使い魔に乗るバーソロミュー選手の(となり)のグラニュエール選手が両手を(かか)げる!あれはまさに魔道具!しかも一つではありません!!

 〈〈〈〈〈〈!!〉〉〉〉〉〉

 ――審判四名が『アブラカタブラ』に()けよっていきます!さっそく鑑定(かんてい)が始まりました。我々も固唾(かたず)をのんで見守りましょう。……あっ!判定のサインが上がりました。四!四個です!!迷宮から持ち出した四個の魔道具全てが指定された「財宝(ざいほう)」であることを認める判定が下りました!

 〈こちら『クリアクス』!本部!!何がどうなってる!?〉

 〈こちら本部。『クリアクス』。状況を報告せよ〉

 〈ふざけんな!こっちが状況を聞いてんだよ!!〉

 ――大変です!何ということでしょう……一体、迷宮で何が起きたのでしょう!?ジョバリアコウモリと交戦(こうせん)していた『アリアンロッド』が急ぎ迷宮の外へ向かっております!

 〈くそ!どうしてこんなことが起きてる!本部!本部!!説明しろ!!〉

 ――メガラニアラーテルの包囲を突如(とつじょ)解いたチーム三組。メガラニアラーテルが戦士たちの包囲網(ほういもう)をくぐって逃げ出しました!それを追わない三組…………あっ!え?ああっ!!なんと、なんとここで突然の仲間割(なかまわ)れ!!大変です!!仲間、いえチームどうしのバトルが始まりました!いったいどうしたということでしょう!先ほどまでとは打って変わり、チーム(たい)抗戦(こうせん)に状況は一変!!……私の後ろでは聴衆(ちょうしゅう)のみなさまのものすごい歓声が上がっております。全国の皆様、お聞きいただけますでしょうか。第八回目までと同様、これが二次選抜試験の真骨頂(しんこっちょう)なのかもしれません!

 ワァァァァァァァァァァ……

「盛り上がって来たね」

 迷宮(ダンジョン)アルマーヤ、46階層(かいそう)

 お姫様抱っこでコマッチモに連れてきてもらったこの階層には不思議な部屋があることが、河童のダンジョン調査でようやく判明(はんめい)した。

 水糸という魔法が入れず、けれど水路がつながっていたため河童がどうにか気づくことのできた秘密(ひみつ)空間(くうかん)

「それにしてもたくさんの水晶が入口にございましたね」

 監視(かんし)目的か撮影(さつえい)目的か。とにかく他の場所よりも多めに投影水晶が隠し部屋の前には置かれていた。

「そうだね」

 そして秘密の部屋の入口には念入りに結界(けっかい)(ほどこ)されていた。

 結界はたいした魔法じゃないから壊すこと自体は訳ないけれど、侵入(しんにゅう)したことには気づかれたくない。だから俺は色々と小細工(こざいく)(ろう)した。

 まず、全フロアにいる河童たちに水鉄砲(みずでっぽう)を投影水晶めがけて撃たせる。彼らの水鉄砲は長芋(ながいも)()り下ろしたトロロみたいに(ねば)り気があるから、ものの十秒くらいは映像を遮断(しゃだん)できる。


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕


 その十秒の間に46階層にいる俺は、結界つまり呪いを、封印されし言葉「カマドウマ」の「呪解(じゅかい)」で破壊する。他のフロア同様、秘密の部屋の前の大量の投影水晶の〝トロロ〟が(ゆか)に落ち切る時には、俺とコマッチモは秘密の部屋の中という具合。

「迷宮内にこのような場所があるとは想像しておりませんでした」

 隠し部屋。

 そこはまさに、ドクロだらけの神殿。人間族(マヌシア)のドクロが多い気がする。

 部屋の〝管理者(かんりしゃ)〟が綺麗(きれい)()きなのかどうか、ドクロは整然(せいぜん)と並べられ、積み重ねられている。崩れないのはセメントで接着してあるからかな。

「もしかして、この部屋を見つけるのが目的で、ずっと迷宮に(もぐ)っていらっしゃったのですね」

 照明(しょうめい)一つついていなかった暗い部屋は、俺の「水火(すいか)」で青白く照らされている。メタンガスを閉じ込めた氷のメタンハイドレートはこういう時に役立つ。

「そうだね。それに部屋の中で調べものもしたいから、時間(じかん)(かせ)ぎも用意した」

「あの突然始まった放送のことでしょうか?」

「そ」

 河童は迷宮内の水路(すいろ)を行き来できる。

 そして水路は迷宮の外にもつながっている。

 外に出た河童に、外部向けの放送を受信(じゅしん)させ、それを他の河童に電波塔のように伝え、迷宮内部全体に流す。

 (おと)は結局、空気の振動(しんどう)(ひろ)った空気の振動を真似(まね)させることくらい容易(たやす)い。タイミングの差こそあれ、迷宮内の河童たちは伝達され記憶した空気の振動を口から発生させる。受験生はそれを外から流されたものとして聞く。

「みんな少しはあせっただろうね。自分たちの居場所(いばしょ)をもろにばらす放送がガンガンに迷宮内に響いたら」

「それもそうですね」

 俺は肘掛(ひじか)け椅子とエリザベスを亜空間から取り出す。それを見てコマッチモが俺を椅子に座らせ、椅子ごとエリザベスの上に置く。

「だからフェイクニュースにも引っかかる」

「ハダリ様と私が魔道具を持って脱出したというアレでございますね」

「そう。嘘を信じて行動したところをみると、7チームの受験生の中には召喚者(しょうかんしゃ)の目を持つ人はいなかったのかもしれないね」

 フェイクニュース。

 つまり『アブラカタブラ』が指定魔道具をもって迷宮脱出したという偽情報(にせじょうほう)

 そこだけは、本物のアナウンサーの声を迷宮内に流さず、俺が河童を使って声を真似(まね)して伝えた。

 あとは本物の放送を()れ流せばいい。

 9個の指定魔道具のうち4個を持ち出し、それが本物だと判定(はんてい)された。そうと知れば迷宮内に残るチームはまず、自分たちのもつ魔道具が本物かどうかを(うたが)う。その次にやることは二つしかない。

 一つ。戦いに巻き込まれる前に早急(さっきゅう)に迷宮を脱出して自分たちの魔道具を一か八か外で鑑定(かんてい)してもらう。

 二つ。迷宮に残る他チームを戦闘(せんとう)不能(ふのう)に追い込んで相手の魔道具を(うば)えるだけ奪う。

 このどちらかしかない。

 そしてどちらもリスクを(ともな)う。

 脱出して鑑定してもらい偽物(にせもの)であればそこで試合終了。他チームと交戦すれば「敗北(はいぼく)」しかねない。

 残念(ざんねん)だったね。協定関係(グル)があだになった。

 正々堂々、普通に魔道具を見つけてさっさと脱出(だっしゅつ)すれば心にも体にもよかったものを。

 まあいずれにせよ、コマッチモと()り合うよりはましでしょ。

「ところでハダリ様」

 (いのち)保証(ほしょう)だけはあるんだから。

「どうしてこの部屋を探していたのか?でしょ」

「はい」

「実はね、この迷宮に(もぐ)る前からずっと、〝(こえ)〟が聞こえているんだ」

「声ですか?」

「うん。「助けて」のくり返し。ようするに誰かが俺に〝ここへ来い〟って呼びかけ続けていたわけ」

「私にはまったく聞こえず、ハダリ様にだけ聞こえる声でしかも〝ここへ来い〟とは、無礼(ぶれい)(やから)ですね」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

 地下迷宮アルマーヤ。

 迷宮内情報は極秘(ごくひ)

 けれど迷宮の地上部のブランフォーディ遺跡(いせき)は超有名で、パンノケル王国や冒険者で知らない人はほとんどいないらしい。観光(かんこう)案内(あんない)まである。

 霊場(れいじょう)

 この異世界(パイガ)に「霊場」なんて言葉はないけれど、「魔力(まりょく)(さず)かれる」という信仰(しんこう)が昔から(あつ)くて、実際に魔力素が戦争(せんそう)跡地(あとち)でもないのに非常に多い場所。

 アントピウス聖皇国と近いせいだろうけど、お得意のコンクリート技術で大型コンクリブロックを大量製造して、器用にくみ上げて造られた大型古代遺跡。

 風化(ふうか)したコンクリブロックには、絵のような模様(もよう)が自然に浮かぶ奇景(きけい)の遺跡。

 遺跡の石も外に持ち出すと不幸が起きるという妙な言い伝えのある遺跡。

 そして遺跡には実際に、少量の呪詛(じゅそ)の混じる石が多い。微弱だけど魔物を引き寄せる呪いのある石でできた遺跡。

「だから確かめに来た」

 地下迷宮アルマーヤ。

 全てが極秘のこの迷宮がかつて、「とある目的」に使用されようとして、結局放棄(ほうき)された経緯(けいい)がある。

 とある目的。

 それは災花(さいか)封印(ふういん)

 追放聖皇(ついほうせいおう)オパビニアの封印。

 お騒がせ者で、結局は俺が食べた魔法使いオパビニアを、かつてどこに封印するかを決める会議がアントピウスで行われたらしい。ジブリール図書(としょ)館長(かんちょう)が禁書庫の議事録(ぎじろく)を片っ端から(あさ)って見つけてくれた。

「ここは、あの花の魔法使いオパビニアを封印するために一度は候補地(こうほち)にあがった場所なんだよ」

 俺は冷たく沈んだ空気を吸いながらコマッチモに説明する。

「しかし最終的にはイラクビル王国のたしか、バルハチという地に封印されたのでしたね」

「その通り。アントピウスは現在バルハチにある地下迷宮を選び、そこにオパビニアを封じた。封じた場所に後からバルハチができて首都になった、というのが正確だね」

「ここはどうして候補地にあがったのでしょう?」

 天井から釣り下がる紐に括り付けられたドクロの飾りを見ながらコマッチモが聞いてくる。

「それは彼に調べてもらったけれど分からない。候補地から外された理由も分からない」

 紐に吊るされたドクロの飾りは神殿内にいくつもある。そのうちの一本が、風もないのにゆらゆらと揺れる。

「なるほど。ハダリ様を思い(わずら)わせ(なや)ませたことといい、まだ一人の受験者も尋問(じんもん)できていないことといい、そろそろこのオマリが一肌(ひとはだ)()ぎましょう」

「はいはい。脱ぐっていったって擬態(ぎたい)なんだから脱げないでしょ。ほら、あれだ。あそこから声が聞こえる」

 神殿を進むうちにとうとう俺は「助けて」の声が上がる場所に到着する。

 ……。

「ピュセルの水轟柩(すいごうきゅう)

 俺は目の中に表示されるアイテムの名前をコマッチモに教える。効果が珍しく表示されない。暗号化(あんごうか)か。でもソペリエル図書館の(きん)書庫(しょこ)の文献で見た記憶がある。

「魔道具でしょうか?」

「確か文献(ぶんけん)で昔読んだ。……八代目聖皇ゼハンプリュの()(けん)宝具(ほうぐ)だったかな?いや、魔剣だった気がする」

「ハダリ様。魔剣と宝具とはどう(こと)なるのですか?」

「そうだね。説明するから〝一肌脱いだ〟擬態はやめて。トップレスは目のやり場に困る」

「分かりました」

「魔剣も宝具も結局「すごい魔道(まどう)()」に過ぎない。中に元々たくさん魔力素(まりょくそ)が込められている魔道具が宝具(ほうぐ)。誰でも使えるけれど、いつか魔力素は尽きてただの骨董品(こっとうひん)になる。()(けん)は魔力素以外にも呪詛(じゅそ)()められている」

「呪い、ですか」

「そう」

 呪詛は使用する者を限定するためのもの。

 簡単に魔力素を引き出されて使用されないようにするための保険(ほけん)みたいなもの。だから宝具より長持ちする。使用者を制限(せいげん)すれば使用頻度(ひんど)も減るから当然と言えば当然。

「なるほど。そういうことでございましたか」

「さて、それじゃあ「助けて」の声の(ぬし)に対面するために魔剣を壊すから、ビキニも止めてエプロンドレス姿に戻って」

 魔剣「ピュセルの水轟柩」の効果表示隠蔽(いんぺい)暗号(あんごう)解析(かいせき)終了(しゅうりょう)

 なるほど、効果は名前の通りシンプルだね。だけどちとヘビーだこれ。

「水着もいけませんか」

「ダメ。それと、ちょっと(あぶ)ないからエリザベスと一緒に後ろに下がって」

「かしこまりました」

 コマッチモによってエリザベスから俺と椅子が下ろされる。コマッチモとエリザベスが俺の後ろに下がる。

 カチカチカチカチカチ……

 厚さ2メートルの氷壁(ひょうへき)を二人の四方(しほう)に発生させて、天蓋(てんがい)(もう)ける。これで少しは安心。

「さてと」


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔〔充力〕〕〔渦魔導魔〕


「おっぱじめますか」

 ヴ……

 魔剣「ピュセルの水轟柩(すいごうきゅう)」に俺の魔力素を注ぎ入れ、

 ガシャ。

 魔剣を破壊する。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!

 ダムが決壊(けっかい)したように柩型の魔剣から水があふれ出す。恒星(こうせい)重力(じゅうりょく)崩壊(ほうかい)のように、本来圧縮(あっしゅく)不可能(ふかのう)な水を原子(げんし)レベルで圧縮して鉄原子に変えていたものが元の状態に戻る。そりゃあこうなる。

 水圧以前に風圧だけで椅子も俺も吹き飛びそう。

 計測……最大瞬間風速、209メートル毎秒。元の世界だったらスカイツリーが折れて吹き飛ぶくらいかな。

 地面と椅子と俺は氷で接着している。だからこちらはかろうじて持ちこたえられる。全身を氷で覆っているからとりあえず肉も引きちぎれない。こりゃまたおっそろしい。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――……

 部屋どころか迷宮すら消滅できる量の水と風があふれ出し、そしてことごとく消えていく。

 水と風の()(さき)は俺の亜空間ノモリガミ。

 (はる)()(にい)さん。

 ごめん。おそらくこの水量、1(おく)トンくらいある。

 ちょっと多いけれど少しの間我慢(がまん)して。たぶんマソラ4号の俺が使うと思うから、すぐになくなる、はず。それまでしんどいかもしれないけど(たくわ)えといて。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ。

「これで終わりかな?」

 ノアの大洪水(だいこうずい)みたいな激流が消え、噴水(ふんすい)が消え、とうとう壊れた灰色の(ひつぎ)が再び姿を見せる。

「……」

 柩の前に立つ、全身(ぜんしん)拘束(こうそく)()を付けられた女。漂白されたみたいに肌が白~い。

 (うつむ)くその頭には海藻(かいそう)みたいに濡れた長い髪。怖~い。


 Δλ LV h/mc(1−cosθ)

 生命力:σ(θ)~ 魔力:1 / sin*4θ

 攻撃力:B 防御力:n*2 敏捷性:n*2 幸運値:-2*2

 魔法攻撃力:3 魔法防御力:4 耐性56

 特殊スキル:4.1585


「助けに参りましたよ。〝箱入(はこい)(むすめ)〟のお(じょう)さん」

 だから気さくに声をかけてみる。

「……助けて……助けて……助けて」

「さすがに女性のお洋服を脱がすのは憚られるのでご勘弁を」

 顔が上がる。こっちを見つめる目元は(はかな)げ。でも赤い角膜に黄金の瞳。

 シュー……

 やっぱり()(がん)か。まいったな。

 石化の呪詛ってヤツかな。

「ふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふ……ふふふふふふ」

 名前からして、そうだよね。暗号解析終了。


 メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)

 生命力:60606060/70000000 魔力:45000/50000

 攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇

 特殊スキル:石化


 でも本当に石化なんてできるんだ。びっくり。

 全身の細胞が石になっていくのかな?

 シュ~……

「氷が……ハダリ様?ハダリ様!!」

 これは……そう、か………

(なんじ)の主かそれは」

 壊れ……終わ……俺……

「貴様、ハダリ様に何をした!?」

「見ての通り〝石〟と()した。我の持つ凶尽(きょうじん)眼力(がんりき)で」

「……」

「汝も石にしてくれようか?」

「その前に貴様を切り刻んでやる!!」

「やめておけ。お前ごときでは我には到底及ばぬ。我が魔眼はお前の能力値すら見抜く。天地の隔たりが見えるぞ」

「それが虚飾(きょしょく)かどうかを今すぐ試してやる!!」

(あわ)てるでない風前(ふうぜん)灯火(ともしび)。耳を少し貸せ。我は魔王ウェスパシア様の(ほこ)一柱(いっちゅう)メデューサ・カトブレパス。(にく)僧侶(そうりょ)ゼハンプリュに封じられし者。これより穴蔵(あなぐら)をはい出でて後、アントピウスの大地を汚らわしき人の血で赤く染めんと欲す。我が(ひつぎ)の封印を()いたその者の手柄に免じて、汝には〝(ほろ)び〟を(なが)める権利(けんり)(さず)けようぞ」


「〝(やみ)()がり〟とは思えないほど元気だね」


「?」

 ボゴ。ギョロギョロ。

 〈大丈夫でございますか?マソラ様〉

 〈問題ないよコマッチモ。視界(しかい)良好(りょうこう)。お芝居(しばい)苦労様(くろうさま)

 〈お安い御用(ごよう)でございます〉

 コマッチモの引っ込んだ眼球(がんきゅう)()わりに俺は〝俺の眼球〟をつくって()り出させる。

 バクリ。……ンベェ。

陽子(ようし)崩壊(ほうかい)を起こせる魔物がいるとは想像していなかった。これが〝石化〟の正体か。ほんと勉強になったよ」

 コマッチモの(ひたい)の真ん中を(たて)に割って口を作り、俺は礼を言う。

「まさか……我が呪いを受けて生きているのか?」

「どうだろうね。普通に考えたら石というか素粒子分(そりゅうしぶん)(かい)されてハイ人生終了」

「あとは(くだ)けて怨念(おんねん)と魔力素の残骸(ざんがい)になって水路で迷宮の外に運ばれ砂に混ざってコンクリートの材料に使われて遺跡の素材として長い年月を過ごすことになりそう」

 小脳。間脳。中脳。大脳。橋の再生終了。

「でも運が良かった。お前の〝目の前〟にいたのはたぶん、しぶとさが()()の魔法使い。心も体も生も死も始まりも終わりもごちゃ混ぜの闇鍋(ダークネス)

 コマッチモの中には俺の細胞が他の()(じゅう)よりも多めに入れてある。

 それを増殖(ぞうしょく)させて、コマッチモの中で俺は俺の神経細胞(ニューロン)()をまず作成。肘掛(ひじか)け椅子に座る俺は脳細胞全てが陽子崩壊するまでに、脳が保存している全情報を新しい脳みそに魔力素を使い転送する。こうすれば魂核も無事。首から上だけは自由自在。

「……」


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕


「もう効かないよ。膠着子(グルーオン)不投射(ふとうしゃ)方程式(ほうていしき)は、石になった〝(もと)(おれ)〟が解読した。お前の放つ陽子崩壊の呪詛は〝(いま)(おれ)〟が一々破壊してあげる」

 (すみれ)(いろ)の瞳を俺はメデューサの魔眼に向ける。

「ふむ……よかろう」

 メキメキメキメキメキメキッ!

「思えば、我が声を拾い、この地にはせ参じたと抜かした時点で、気づくべきであった」

 メデューサの濡れた拘束具の布が破れ、金属が砕け、全て床に落ちる。

 針金(はりがね)縫合(ほうごう)されていた口の裂け目がブチブチと切れて広がる。怪談話に出てくる口裂け女よりたぶん裂けてる。

「力ある魔法使いでなければソレが叶わぬことを失念(しつねん)しておった」

 ゴキゴキゴキ……

 (ひじ)と顔のこめかみから伸びる(とげ)はクワガタの(つの)のようでデンジャラス。

 体表は(どう)(いろ)(へび)(うろこ)(おお)われていてセクシー。

 背中からは真鍮(しんちゅう)っぽい金翼(きんよく)が伸びて、これはこれでゴージャス。

 シュルシュル伸ばして、熱源(ねつげん)が俺たち以外に存在しないか確かめるその舌。頭全体にいつの間にか生えまくってる蛇はどちらもエロティック。

永劫(えいごう)制水(せいすい)(おぼ)れ、身も心もふやけておった」

 〈口裂(くちさ)蛇女(へびおんな)の魔眼は俺が〝魔法的に〟(こわ)す〉


 永津真天(ながつまそら) 3号:Lv10(渦魔導魔(アルス・マグナ) 窯胴魔(マグヌス・オプス) 窩惑宇間(プリマ・マテリア) 香霧多知(カンダチ) 身硝盛(ミガモリ)

 生命力:400/400 魔力:―――

 攻撃力:0 防御力:0 

 敏捷性:0 幸運値:0

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)


「我が声を(さえぎ)(れい)(びょう)に至り、我を封ずる魔剣を破壊し()る者は魔王(まおう)(さま)以外におらぬと思うていたが、よもや魔王様ではあるまい。ゼハンプリュのごとき欺瞞(ぎまん)手品師(てじなし)でも、勇者を名乗った(きょう)(けん)でもあるまい」

 〈だからコマッチモはあの魔物を〝物理的(ぶつりてき)に〟壊して〉


 コマッチモ:Lv60(魔獣)成長補正付与。

 生命力:5050/5050 魔力:5050/5050

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800

 魔法攻撃力:500 魔法防御力:2020 耐性:闇属性

 特殊スキル:即死魔法。回復薬調製(レクイエム)


「いずれにせよ我が秘術を破り、肉を捨て魂核のみで他者に寄生できるとは、理法(りほう)の外に身を置く外道(げどう)。まさしく異獣(いじゅう)。それほどの力があるのなら、我が右腕にしてもよいぞ、異獣(いじゅう)ナガツマソラ」

 〈マソラ様をケモノ呼ばわりする(へび)ビッチを破壊せよとの命令、承知いたしました〉

 それじゃあヤっちゃおうか。はじめての合体(がったい)

 ギシュギシュギシュ……

(うれ)しさのあまり五臓(ごぞう)六腑(ろっぷ)(こお)り付きそうです」「冷たく(あつか)ってごめんね」


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:5450/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:蛇の口裂き。蛇の皮剥き。蛇の串焼き。蛇鍋。蛇炒め。蛇汁。


「さてもさても異獣よ」

 エリザベスが肢の一本をわずかに動かす。

 ボッ!!!

 コマッチモもメデューサも、微笑したまま影のように消える。

 ガキンッ!!

「!」

 コマッチモのコンバットナイフの刃先(はさき)がメデューサの眼球(がんきゅう)にぶつかって逆に(くだ)ける。

 わお!蛇女だけに(しゅん)(まく)で眼球をコーティングしてるのか。なんちゅう(かた)さ。にしてもいきなり目を狙うコマッチモもエグいね。

 ザシュンッ!!!

 速くて重いメデューサの(かぎ)(つめ)がコマッチモの肉を(けず)る。水もたまらない(するど)い切れ味。

 ドムンッ!!!

 削られたコマッチモがそのまま体を回転させて三日月蹴(みかづきけ)りをメデューサにぶちこむ。前蹴りよりやや外側から伸びた脚先が蛇女の(あご)にクリーンヒット!……したのに微動(びどう)だにしないなんてマジ?防御力9万のパラメーターは飾りじゃなさそう。

 スピューンッッ!!!!

 コマッチモはすぐに距離を取って必殺(ひっさつ)(わざ)を指先から展開(てんかい)。いいぞやっちゃえ。

 その名も鋼線(ジャンガネ)

 スライムの体の一部を極限(きょくげん)まで細くして繊維状(せんいじょう)にしたジョンガネは強度(きょうど)も上々だけど高速で移動させることで大抵の物体は切断(せつだん)できる。例えば首都のレンガ工場の煙突(えんとつ)とか。地下迷宮の魔物とか。

「ふふふ……」

 その場から動かず微笑むメデューサをジョンガネが絡めとる。こりゃ殺っちまって……ない?

「どうした?斬らぬのか?」

「……」

 絡めとったのはいいけれど、いつものように切断できない。滑らかに輝く蛇の鱗が硬すぎる。嘘でしょ?コマッチモのフレッシュワイヤーだよ?斬れないとかないでしょフツー。

 ブシュッ!

 メデューサの肉じゃなくてコマッチモの鋼線(ワイヤー)千切(ちぎ)られる。千切ったのは真鍮の黄金翼。翼の羽毛がチェーンソーの刃みたいに動いてる。うわ~、何でもありだコイツ。

「やっちまったね。こりゃもう泣くしかない」「申し訳ございませんマソラ様。作戦を立てたいのでこの場を一度撤退してもよろしいでしょうか?」

(われ)はいっこうに構わぬぞ。我が眷属(けんぞく)が許すかは知らぬが」

 部屋の壁のドクロというドクロからモゾモゾとムカデとヤスデが出てくる。この量のステータスを隠すのは無理だから召喚したのか。すんげぇ。

 ビシシイイイッ!!!!

 しかも召喚されるなりみんなで発電してやんの。測定、測定……1511Vの4002A。あ~、10両編成の電車が走れちゃう電力だコレ。電気の(おり)かい。こりゃコマッチモの体だと出られそうにない。仕方ない。

「すみませんマソラ様」

 謝ることなんてないよコマッチモ。

 相手が想定外のバケモノってだけのことだ。気にしないで。

 それに、せっかく合体したんだ。

 久しぶりに俺も〝物理的に〟参戦するよ。コマッチモの邪魔にならないようにね。

「ありがとうございます。私の方こそ気を付けてまいります」

 ムチュムチュムチュムチュムチュムチュ。

「先ほどから思うていたが、お前の主もお前も実のところ、人ではあるまい」

「当然です。私は下僕。マソラ様は神です」

 へいおまち!「お口」をさらに六カン追加だよ!

 左右の(ひじ)(あし)(うら)(こう)背筋(はいきん)。オンユアマーク!

「承知しました」

 ゲットセット。


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:5450/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:蛇の口裂き。蛇の皮剥き。蛇の串焼き。蛇鍋。蛇炒め。蛇汁。


「水ゲロ作戦ですね」

 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

「?」


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:5450/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2800

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹(しおふ)


 ドムンッ!

 膂力(りょりょく)と六ケ所から噴き出る水圧(すいあつ)を合わせたコマッチモの超音速左ジャブがメデューサをのけぞらせる。

 ボオオオオオッ!!!

 さらに左フックからの、

 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 右ストレート。

「ちっ」

 ダメージはあんまりなさそうだけど、()けられないのは魔物的に(くや)しいよね。

「水轟柩の水を噴射して加速強化とは、面白い奴よ」

「たいしたことないよ」「たいしたことあります」

「だがその程度では我には効か」

 ドゴォ――ンッ!!!!!!!!

「当たった当たった」「大命中(ブルズアイ)。お見事です」

 俺は貧乏性(びんぼうしょう)だから、噴射して飛び散った水も無駄(むだ)にしない。集めて粘性を高めてアメーバみたいな仮足(かそく)にして、ピュセルの水轟柩をつかんで蛇系女子にポイ。

 結果、車道(しゃどう)に飛び出した小学生がトラックにはねられたみたいによく飛んだ。心臓が止まるほど迫力(はくりょく)満点(まんてん)だね。

 ドガンッ!!ビシイイイイイッ!!!!

 稲光(いなびかり)轟音(ごうおん)をあげて輝く神殿の壁とドクロを激突して壊し、感電した状態のメデューサ。あれ~、こっちを普通に(にら)んでるんですけど。

「電気も平気らしいね」「頭から生えている蛇は感電して焼けているのがいます」

「どうやら手加減は、要らぬようじゃな」

 神殿内が一気に暗くなる。

 メデューサの真鍮の翼、蛇の鱗、爪、角、眼。総てに電気が流れ込む。体の周囲の元素がプラズマ化しちゃって、オーロラをまとってるみたい。すんごい。これがオーラってヤツ?

「手加減はしてくれないって」「そのようです。困りました」「箱入り娘を箱に戻そうとしたのがたぶん気に入らなかったんだ」「デタラメなビッチなので、今度はサンドバックのような〝袋とじ娘〟にでもしましょう」

 オーロラが弾ける。光が弾ける。

 コマッチモとの距離をメデューサが一気に詰める。爪先の光が迫る。

 振れられただけで肉片が炸裂しそう!電子励起爆薬みたい!!

 ドムンッ!!!キュイイイイ……

 亜空間サイノカワラから出したイワシの「鰯球盾(ベイトボール)」でメデューサの突進を止める。水をまとっていなかった四千匹のイワシたちに電子が流れる。

 キュイイイイイ!ドゴオオオオンッ!!!!!!!!!!

 一辺が四メートルの立方体の氷にコマッチモと一緒に漬け籠る俺。でも氷は爆発の衝撃と熱で一瞬にして溶ける。コマッチモの体も少し溶ける。

 ごめんイワシたち!

 お前たちの(こども)は絶対に〝闇〟で(かえ)すからそれで許して!水蜜牢(すいみつろう)展開!!

「コマッチモもごめん!」「(あやま)らないでくださいまし。おかげで身も心も冷たくなってきました」

 ボオオオオオオオオオッ!!!!

「オッケー。今は〝冷え切った関係〟だから大目(おおめ)に見てね」「もちろんでございます」

 カチカチカチッ!!

 コマッチモと俺からの氷結(ひょうけつ)左ボディ。よく(かわ)せたねメデューサ。

 でも噴射する水の圧力が鱗をめくるほどとは思わなかったでしょ?

 おかげで鱗が数枚ペロリンチョ、からの氷柱(つらら)刺突(しとつ)ズクシュ!

 はい肋骨(ろっこつ)一本いただきました!次はきっと肺まで届くよ!

 ドゴンッ!!!

 氷結右ストレート。よく()えられたねメデューサ。

 でも(ひじ)から生える角棘は極低温パンチのせいで砕けた砕けた!ざまぁみそ漬け。〝こっち〟は水圧(すいあつ)だけじゃなくて水温も(いじ)れんだよ。殴った瞬間にお前の角棘の中に送り込んだ水は氷に変身。体積膨張からの組織破壊。どうよこの連続コンボ!

 ドズンッ!!!

 氷結左フック。そりゃ今度は避けるよねメデューサ。

 でもよけ方がマズい。

 コマッチモの肘に作った「俺の口」とお顔が大接近。キスのかわりに、

 ヒュオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 肘の口をすぼめて冷気噴射。よし!額から唇まで一直線の凍傷(とうしょう)完成!片方の(しゅん)(まく)も破った!口裂け女を伝説のヤクザみたいにメイクアップ。この調子ならテニスラケットのガットみたいな格子(こうし)模様(もよう)を顔に彫れそう。

 ゴボンッ!!!

 でもその前に、氷結して高硬度にしたコマッチモの音速パンチがメデューサの鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。内臓殺しのボディーブロー。

「ぐふっ!」

 しかも俺の水温管理も十分だから、食らえば熱中症のおまけつき。カラダ、熱くなってきたかな?それは〝気のせい〟じゃないからね。


 メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)

 生命力:10556060/70000000 魔力:15000/50000

 攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇

 特殊スキル:石化


 すぐに体勢(たいせい)を立て直したメデューサの素早い切り裂きが連続してこっちに(せま)る。だから何もかも早いって!

(めっ)せよ!!」

 メデューサに電気は残っていないけれど、爪が赤熱(せきねつ)している。引き裂かれた魔獣(コマッチモ)の肉は一瞬にして()げる。やだよ、コマッチモのレアステーキなんて見たくないよ!


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:3330/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2800

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


「このままですとマソラ様と一緒に〝熱々(あつあつ)カップル〟になりそうです!」「情熱(じょうねつ)じゃなくて摩擦熱(まさつねつ)焙煎(ロースト)されちゃうかもね!」

 メデューサの足下に()まる水を俺はダッシュで凍結(とうけつ)させる。瞬く間にメデューサに踏み砕かれる。

 でもコマッチモの氷結右ストレート・右アッパー・左フックのコンボは(くだ)けない!

 メデューサの爪が届く前に、分厚い氷壁を築く。それはだけどすぐに溶け消される。

 でもコマッチモの氷結左アッパー・右ストレート・左フックのコンボは砕けない!

 メデューサのパラメーターが少しずつ削れていく。

 でもでも、コマッチモのパラメーターの減りの方が早い!

 メデューサの速くて熱い爪の攻撃はかわし切れない。爪に触れただけで大ダメージ。躱しても爪から出る熱波がそれだけでコマッチモの肉を()く。ダメージを負う。

 コマッチモを回復させたいけれど、この期に及んでメデューサはまだ陽子(ようし)崩壊(ほうかい)呪詛(じゅそ)をチョクチョク仕掛けてくる。「呪解(じゅかい)」に追われて回復まで手が回らない。

 ビシイイイイイイイ……

 やばっ。ドクロの(かべ)にまだたくさんの〝お仲間〟がいるのを忘れてた。

「また雷が落ちそう」「怒らせましたからね」「大目玉を食らうかも」「大目玉とはどれくらいの目玉でしょうか」「そうだね。壁目(ウォールアイ)くらいかな」

 亜空間サイノカワラから俺はスズキを大量(たいりょう)召喚(しょうかん)する。中型の貪食魚(どんしょくぎょ)は尾ひれを動かし電気ヤスデと電気ムカデに急ぎ向かい、それらを捕食(ほしょく)し始める。

 密集盾(ベイトボール)犠牲(ぎせい)にしたイワシの時とは違い、水の被膜(ひまく)水糸(すいし)に守られたスズキに電気は流れ込まない。熱に弱いけれど電気には強くできた。頼むよ吉兆魚(きっちょうぎょ)スズキ。蛇女にサンダーフィンガーなんてやらせない……

(あつ)いのう」

 蛇女の全身の(うろこ)逆立(さかだ)つ。んん?

 プシュウウウウウウ――ッ!!!!!!!

 うっそ……。

 まさかの水蒸気(すいじょうき)大噴射(だいふんしゃ)

 召喚したスズキたちの半分が、まさかの即死(そくし)。コマッチモまで火傷(やけど)

 悪い、みんな。卵も(かえ)すけど、その命はエリザベスがちゃんといただくから成仏(じょうぶつ)して。

「来るがよい。異獣」

「無論です。ところでマソラ様、ウォールアイとは何ですか?」「そのままの意味だよ。(かべ)()だ。それより火傷防げなくてごめん」「大丈夫です。それより謎がさらに謎をよんで面白くなりました」

 コマッチモが飛ぶように走り出す。俺はコマッチモの両拳を氷結させる。

 コマッチモの(こぶし)を警戒しはじめたメデューサがコマッチモの膝蹴(ひざげ)りのフェイントに思わず反応して腕が無防備になる。

 コマッチモの拳の氷結を解除する俺。

 メデューサの腕を掴むコマッチモ。

 そのまま蛇のようにコマッチモはメデューサに絡みつく。鱗を逆立てて刃物にしてコマッチモの肉を突き刺すメデューサ。体液を垂れ流すコマッチモはそれでも野生動物のように無表情。

「ウォールアイとは魚の巨大な目」「やはりそうでしたか」「もしくは……」

 スリーパーホールド。からの、

「死に直面した者の見せる白眼(しろめ)」「謎が解けました」

 ブオンッ!

 (さか)()とし。

 足掻(あが)くメデューサの体が半回転(はんかいてん)して真っ逆さまに地面に落下する。このまま地面に叩きつけられれば運が良くて(けい)(つい)骨折(こっせつ)。悪ければ首チョンパ。

 カチチチチチ。

 でも俺がメデューサの胴体落下予測地点に水を集めて(とが)った氷柱(つらら)を用意したから、運の良し悪しなんて関係ない。

 串刺(くしざ)し逆さ落とし。

 ゴギッ!ズグシュッン!!

 〝白眼(ウォールアイ)〟にならずに()むかなぁ?


 メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)

 生命力:3556060/70000000 魔力:13000/50000

 攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇

 特殊スキル:石化


 やれやれ。タフだなコイツほんと。

「おのれええっ!」

 首が()れて心臓(しんぞう)氷柱(つらら)の突き刺さったメデューサが再びコマッチモに(おそ)いかかる。やっぱり(つめ)の攻撃がえぐい。折れた首を、頭から生える無数の蛇が巻き付いて補強(ほきょう)している。氷柱(つらら)が一瞬で溶けて胸の傷口から血管じゃなくてムカデがワシャワシャ生えてくる。ずいぶん〝剛毛(ごうもう)〟なんだね。

 心臓が弱点じゃないのならその首を千切るしかないよ、コマッチモ。

 それと毒蛇(どくへび)が噛みついてきた時に体に入った神経毒(しんけいどく)筋肉毒(きんにくどく)それに出血毒(しゅっけつどく)、分解しといたから。


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:3000/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2900

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


「何から何まで面目(めんぼく)ありません」「(かお)にコマッチモの()はないから気にしないで」

 何度も仕掛けてきたメデューサの魔眼の呪いが()む。

 蛇女はようやく肉弾戦(にくだんせん)に集中するらしい。こっからか……。

 カチカチカチカチカチ……

 俺はコマッチモの腕から先と、(すね)から下を、氷の(よろい)で大至急覆う。

 ガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンッ!!!!

 蛇女の(つめ)(あらし)はそれを肉もろとも削りに来る。


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:2160/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3000

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


 ガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンッ!!!!

 激しく重く熱い怒気(どき)を乗せた引き裂き攻撃を何とか()えるコマッチモ。


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:1111/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3100

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


 ごめんね。俺がしてやれることと言えば、スズキを使ったムカデとヤスデの(おど)()い。それと、

 ガチガチガチガチ……

 氷の障害物(しょうがいぶつ)作製(さくせい)。テーマは大人も子供も魔獣もメデューサも楽しめるアスレチックジム。

「ちょこまかと逃げよって!」

 蛇女のくせに隠れる場所が多いのは(きら)いみたいだからちょうどよかった。一方で迷宮生まれ、宝箱育ちのコマッチモは、(せま)い所から獲物(えもの)を狙うのは超得意。

 おまけにかくれんぼもコマッチモは得意。

「氷のせいで温度が低いし、焼きたての香ばしい(スズキ)が氷に混じってて、(ねつ)感知(かんち)嗅探知(きゅうたんち)も難しいよね~」

 外見だけでなく体温まで下げて(こおり)擬態(ぎたい)したコマッチモの重いドロップキックを食らったメデューサに、俺はヒントを出す。

「そう言えば(ひつぎ)はどこかな?」

「!?」

 ドゴ――ンッ!!!


 メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)

 生命力:956060/70000000 魔力:12200/50000

 攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇

 特殊スキル:石化


 でも答える前に俺が〝答えを当てる〟。俺ができることと言えばこれくらい。〝今は〟ね。

 スピュキゥウウウウ―――ンッ!!!

 コマッチモの鋼線(ジャンガネ)が吹っ飛ぶメデューサを捕らえる。

 ただし今度のコマッチモワイヤーは俺の「水」付き。水と言っても分子の運動を多少(たしょう)(おさ)えているからマイナス50℃の(こおり)。223ケルビンまで温度を下げた鋼線からはたぶん逃げられないよ。

「いくら糸を丈夫にしたところで我が肉体は斬れぬ!」

 真鍮(しんちゅう)の翼が電気(でんき)(のこぎり)のように回転して鋼線(ワイヤー)の切断を試みる。(きょく)低温(ていおん)だとコマッチモワイヤーはかえって切断されやすい。こりゃもう困っちもう!


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:890/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3200

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


「斬るつもりなんてございません」「がんばれがんばれコマッチモ!」

 コマッチモが大きく全身と腕を()る。メデューサが軌道(きどう)を変えて再び高速でぶっ飛ぶ。

 ドムチュッ。

 鋼線(ジャンガネ)を離れ、壁ではなく障害物にぶつけられたメデューサ。

「どうしたどうしたメデューサ!」「許されると思っているのですか?」

「ぬうううぅぅ!」

「がんばれがんばれコマッチモ!」「そんなにマソラ様とくっついて」

 駆けながら肉薄(にくはく)してくるコマッチモを、(おに)形相(ぎょうそう)(にら)むメデューサ。

 メデューサが衝突(しょうとつ)したのは〝俺〟。

 椅子に座ったまま石化(せきか)した俺の体。

 俺は全身石化が起きる前に、脳とは別に体の中心部分の細胞も増殖させて、その細胞(さいぼう)(かい)収納(しゅうのう)魔法(まほう)を発動させた。つまり亜空間(あくうかん)サイノカワラからフジツボの接着剤(せっちゃくざい)を取り出して、石像になった俺の体に(にじ)ませておくことくらいはできる。

「くううっ!!」

 おかげで(へび)(つの)(うで)も足も(つばさ)もベッチョベチョ。陽子崩壊ギリギリまで時間をかけて、たっぷり用意したもんね。身動きなんてとれないよ。

「マソラ様にお姫様抱っこされていいのは私だけです」「そんなことより」

 ボブシュウウウッ!!!

 コマッチモの()()のラリアットが、

「俺たちから逃げずによく戦えた」

 メデューサの首を、(へび)もろとも千切り飛ばす。

 コマッチモの右腕と俺の石になった首も砕け散る。


 葬思葬哀(ヴァルキリー):Lv35(無理真獣(ラブイズオーバー)

 生命力:335/5450 魔力:―――

 攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3300

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性

 特殊スキル:潮吹き


 メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)

 生命力:0/70000000 魔力:12200/50000

 攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇

 特殊スキル:石化


「さすがコマッチモ。レベル差が100以上ある相手によく勝てたね」「一重(ひとえ)にマソラ様への(あい)の力でございます。レベルなど関係ございません」

 俺の脳がコマッチモの中にあるせいで会話がほぼ同時に成り立つ。会話が噛み合っているかはどうかはともかく、二人のコミュニケーション速度だけは早い。

 でもいくらコミュ力が高くても、肉体(からだ)がないと俺は二次(にじ)選抜(せんばつ)を終えることはできない。ワルプルギスどころの話じゃない。

「ちょっと体を作るから待ってて」「どうかそのような「トイレに行くから待ってて」みたいな軽いノリでおっしゃらないでください。大切なマソラ様のお体。どうぞ丁寧(ていねい)にお(つく)りくださいませ」「ありがとう。コマッチモもさ、ネチェルエリクサーでも一杯ひっかけて腕とか全身とか治しておいて」「承知しました。軽く済ませておきます」。


 二次選抜試験開始後69時間経過。

 カンカンカンカン……

 ガタタタタタタ。ガタタタタタ。

 ムチュムチュムチュ……

 メデューサのいなくなったドクロの神殿(しんでん)廃墟(はいきょ)で、それぞれのDIYは続く。

 カンカンカンカン……

 エリザベスはどこで覚えたのか、工具(こうぐ)木材(もくざい)を使って俺用の椅子を一から作ってくれている。ベニオオウミグモがこんなに器用(きよう)だなんて知らなかった。亜空間サイノカワラで誰からどんな教育うけてんの?

 ガタタタタタタ。ガタタタタタ。

 傷を癒したコマッチモは亜空間ノモリガミから出したミシンと布を使い、俺の服を新調中(しんちょうちゅう)下着(したぎ)からチョッキまで(つくろ)ってもらい、すみません。

 ムチュムチュムチュ……

 で、俺は肉体再生。相変わらず首から下は動かせないけれど、まあそれは最初から()()み済み。

 スンスン。

 ついでに周囲の状況を、復活(ふっかつ)した鼻で確認。

「あれもお()し上がりになるのですか?」

 俺の全身の八割くらいが完成したところで、コマッチモが手を止めて聞いてくる。

「もったいないないし、気の毒だからね」

 皮膚が出来上がっていない俺は()き出しの左右の眼をメデューサの死骸に向ける。

「気の毒、ですか」

「好きで独りぼっちになったわけじゃないでしょ?コイツも」

「それもそうですね。思えば私もこの女も、似たような境遇(きょうぐう)です」

「でしょ」

「そして結果はどうであれ、(めぐ)()えたのです。マソラ様に「助けて」と(さけ)ぶことで」

 コマッチモが再びミシンを動かし始める。

 巡り合えた、か。まぁ、そうだね。

「おかえりなさい」

 俺は背中から銀の(つる)を伸ばす。銀の蔓でメデューサの死骸(しがい)を巻き取る。

(つら)い時はお互い様。(こま)った時はお互い様。俺の(やみ)()けて眠れ」

 命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)……。

 (ぎん)(つる)()れた魔物の死骸が光の(つぶ)になり、蔓の中に吸い込まれる。

「んん?」

「どうかしましたかマソラ様?」

「ああ、いや。ちょっとめずらしくお(なか)をこわしたみたい」

「ええっ!?」

「冗談冗談。でもなんかいつもと違って異物が残る感じ。魔物の怨念(おんねん)は深いね……おえ」

 コロコロコロコロコロン……

 口から異物(いぶつ)を吐き出す。全身(ぜんしん)再生(さいせい)を終えた俺はそれを水糸(すいし)で拾い、(なが)める。

「……」

「本当に大丈夫でございますか?」

「問題ないよ」

 口から吐いた、ビー玉より大きな黒い球体全てを亜空間ノモリガミに回収する。

 コキコキコキコキ。

「おっ。ありがとうエリザベス」

 椅子の修理が終わったエリザベス親方(おやかた)が椅子を自分の背中に乗っけてこっちに来る。

「こちらも仕上がりました」

「ありがとう」

 テーラーコマッチモが仕立ててくれた服を着させてもらい、椅子に座らせてもらう。椅子も洋服もちょうどいい。腕利(うでき)職人(しょくにん)に恵まれて幸せだ俺は。

「じゃあさっそくあそこへ行こう。〝オマリ〟」

「かしこまりました。〝ハダリ〟様」

 水蜜牢(すいみつろう)を張り巡らせたドクロの神殿。その奥で魚たちが(むら)がり、ツンツンつついている箱がある。俺が飼っている魚は餌以外に魔力素(まりょくそ)に反応するから、箱の中身は動物の死骸か魔道具だろうね。

【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔〔充力〕〕〔渦魔導魔〕


 箱を封じる錠型(じょうがた)の魔道具を「充力(じゅうりょく)」で破壊し、箱から感知できる呪詛(じゅそ)をあらかじめ「呪解」で無効化(むこうか)する。メデューサの陽子(ようし)崩壊(ほうかい)の魔眼に比べれば余裕余裕。

「宝箱を見るとどうしようもなくワクワクしてしまうのですが、なぜでしょう?」

「ヤドカリが身体のサイズにピッタリのお(うち)を見つけたら喜ぶのと一緒じゃない?」

「それではまるで私がヤドカリだと仰っていることになります」

「だって前まで宝箱にずっといたじゃん。ヤドカリと一緒だよ」

「〝ずっと〟ではありません。十年に一度くらいは外に出ておりました」

「十年に一度か。そういうのを俺の世界ではヒキニートっていったよ」

「ヒキニート……。イザベル様とクリスティナ様のおっしゃっていた星獣イフリートと響きがどことなく似ていて、何とも強そうでございますね」

「そうだね。コマッチモみたいにヒキニートはみんな強いよ」

 (なご)やかな雰囲気(ふんいき)でコマッチモが「よいしょ」と宝箱を開く。中にはシロツメクサが()()められ、その上にシルクで包んだ物体が入ってる。

「ハダリ様。どうやら四葉(よつば)のクローバーがお宝のようです」

「それは梱包材(こんぽうざい)として入れられているだけだと思う。クローバーはあとで好きなだけ取って構わないから、そのシルクの包み、広げてみて」

「かしこまりました」

 絹布(シルク)をどける。

(かぶと)……のようでございます」

「うん。『蟹星(プレセペ)の兜』だってさ。宝具(ほうぐ)らしい。あれ、ちょっと待てよ。蟹星ってたしか……」

「『蟹星の兜』と言えば、ワルプルギスの優勝(ゆうしょう)賞品(しょうひん)だったと存じ上げます」

「優勝する前に優勝賞品を手に入れちゃったね。アハハ」

「アハハではございません。これはチャンスです。この兜を(しち)にとり勇者や聖皇(せいおう)をおびき寄せましょう」

「こんな兜一つでそんな大物連中が飛びつくわけないで……」

 おや?

「……ハダリ様?」

 この感じ……。

「その兜、ちょっと俺の頭につけてもらっていい?」

「もちろんでございます」

 俺は『蟹星の兜』を(かぶ)る。(まぶた)を閉じる。集中する。

 ……。

 ………。

 …………やっぱり。

『封印されし言葉の入力(にゅうりょく)確認(かくにん)。ミガモリ認証(にんしょう)。身硝盛。美臥銛。魅蛾護。珪素(けいそ)原子(げんし)操作(そうさ)が可能』

 目を開く。

 サー……

「マソラ様!?こちらは一体……」

「これは俺が勇者(ゆうしゃ)候補生(こうほせい)フジオにぶっ飛ばされて倒れたシーンのジオラマだ。よくできてるでしょう。フジオ試験官の冷酷(れいこく)な感じと、体の不自由な俺の弱々しくて情けない感じ」

 ガシャンッ!!!

「ええ。大変よくできております。不愉快(ふゆかい)なほどに」

 フジオ教官の首がコマッチモの上段(じょうだん)(まわ)()りで吹き飛ぶ。胴体(どうたい)亀裂(きれつ)が入る。

 ガシャガシャーン……。

 ガラスのオブジェ全体が粉々(こなごな)に砕け散る。初めて見るダイヤのような輝きに戸惑うエリザベス。

「うふふ」

 宝具『蟹星(プレセペ)(かぶと)』。

 その中に隠されていたのは、封印されし言葉「ミガモリ」。

 ふふふ。

 やっと、〝アドバンテージ〟が手に入った。

 魔力素の大量消費が難点(なんてん)だけど、この大地の大半を占めるケイ素Siを自在に(あやつ)れる(つち)属性(ぞくせい)超級(ちょうきゅう)魔法(まほう)はきっと役に立つ。

 マソラ4号。

 どうか1号と2号に〝これ〟を伝えて。

 ついでに「頑張って」って。

「〝いいもの〟が手に入った。それとさっきのオマリの作戦で行こう」

「ではここを出たら兜に似合う装備を……」

「いや、この兜にもう用はない。むしろここに〝このまま〟おいてあるほうが望ましい」

「?」

 俺はコマッチモに『蟹星(プレセペ)の兜』を絹布(シルク)に包み直させ、宝箱の中に戻させる。四葉(よつば)のクローバーを一本と封印されし言葉「ミガモリ」だけ拝借(はいしゃく)して、俺は宝箱から去る。

「さあ急ごう。残り時間が少ない。指定魔道具をもつメガラニアラーテルを〝派手(はで)に〟始末(しまつ)して迷宮を出よう」

「かしこまりました」。


 二日後。

「塩気もちょうどいい。くどくないし、後味もオッケー。歯ざわりも舌ざわりも文句(もんく)なし」

 宿屋(やどや)ザビヤチカの朝食で出してもらったアジの開きの一夜(いちや)()しの感想を求められて、俺はこんな感想を伝える。

「ありがとうございます!」

 同じテーブルで食事をする宿屋(ザビヤチカ)の娘ロスチャの元気な返事と、いちいちうれし泣きする父ネツキ。

 朝食に出てきたのは一夜干し単品だけじゃない。

 薄焼きパン。アジの開きの一夜(いちや)()し。焼きトマト。マンゴーのピクルス。パクチー。絞ったレモン。付け合わせがパンに合体したその姿は、人呼んで「アジの一夜干しサンド」。

「「……」」

 その絶品一夜干しサンドを(うつ)ろな表情で口に運び続けているのは、秘密(ひみつ)警察(けいさつ)のオズロスクとアルダベーン。二人ともぼんやりして心ここにあらずって感じ。

 大変だよね、俺とコマッチモの監視(かんし)は。

 日の出ている間は魚の調理(ちょうり)販売(はんばい)。日が落ちたら(しょ)に戻って取り調べと今日の調書(ちょうしょ)作成。睡眠時間が一日三十分くらいしかないだろうけどまあ頑張(がんば)って。

 オズロスクとアルダベーンの寝る暇がなくなったのは俺とコマッチモが二次試験選抜を終えたその日から。

 試験開始から71時間11分で俺たち『アブラカタブラ』は地下迷宮アルマーヤを脱出。もちろん脱出前に迷宮のボスであるメガラニアラーテルを倒し、指定魔道具の一つ「ウルズの(あさ)(ばな)」を手に入れた。

 脱落組は全部で二組。

 まずは、迷宮探索二日を過ぎて、俺と河童が流したフェイクニュースが原因でバトルになった『ノクティルカ』と『ハマヌーン』。

『アイゼンクラウト』を含め()(どもえ)の戦争は『アイゼンクラウト』が制した。他の二チームの魔道具を(うば)い、計三つの魔道具をもって『アイゼンクラウト』は脱出したけど、本選どころじゃないほど全員ボロボロ。

 脱落組(だつらくぐみ)は、本当は三組だったらしい。けれど一組、本選出場に()り上がった。

 そのチームは、最初から勝つつもりのない、(さかな)掃除係(そうじがかり)の『クリアクス』。

 彼らは結局、俺の泳がせた魚を焼きまくり、仲間一人を俺の河童に殺され、三つ(どもえ)戦争の後始末(あとしまつ)をして終わった。「本部」の命令(めいれい)と迷宮内の状況の不一致(ふいっち)に終始悩まされた彼らは、最終的に命令を無視(むし)し、戦闘(せんとう)不能(ふのう)の受験者をただ救助(きゅうじょ)して脱出(だっしゅつ)するという道を選んだ。ところがどっこい、

 騎士(きし)(どう)精神(せいしん)(かがみ)――。

 みたいな感じで、これが実況(じっきょう)されて、大うけ。

 指定魔道具をもって出てこなかったけれど、三つ持っていて助け出された『アイゼンクラウト』が一つを迷宮内で『クリアクス』に譲渡(じょうと)した、という設定になって『クリアクス』は脱落(だつらく)回避(かいひ)。しかも生き残った六人全員が英雄(えいゆう)(あつか)いされる始末(しまつ)。彼らの人生の〝(おもて)街道(かいどう)〟は順境(じゅんきょう)

「それにしても、勇者チーム『(かみ)(ほのお)』は本当にすごかったです!」

 ロスチャが興奮気味に言う。

「圧倒的でした。一日で試合終了です」

「え?今日はじゃあもう放映(ほうえい)されないの?」

「はい。終わってしまいましたから」

「どうしてそんなに早く終わったの?」

「えっと、一日目で、迷宮で一番強い魔物を勇者(ゆうしゃ)(さま)たちが倒しちゃって、魔道具も九個全て勇者様が見つけて、それを一個ずつ参加チームに分け与えたんです」

 それ、試験内容台(だい)()しじゃん。いいの、それで?

「しかもワルプルギスの優勝者に与えられる『蟹星(プレセペ)の兜』まで見つけてしまったんです!」「『蟹星の兜』といったら優勝賞品だよね?なんでそれが地下迷宮アルマーヤにあるの?」

 俺はコマッチモに一夜干しバーガーを食べさせてもらいながら、とぼける。

「実はそれもまた〝試験(しけん)〟だったそうです」

「どういう意味でしょうか?」

 コマッチモが興味を示す。いや~な予感。

「『蟹星(プレセペ)(かぶと)』は迷宮に古来(こらい)から封印されていた代物(しろもの)で、勇者(ゆうしゃ)のみが見つけることができる魔道具だそうで、主催者(しゅさいしゃ)はそれを見越(みこ)して二次選抜(せんばつ)試験(しけん)を地下迷宮アルマーヤで行っているという発表でした」

 父ネツキの説明に、ロスチャは頷く。

「試合を見ていた人たちがみんな口々に言ってましたよ。「時は来た!」「勇者は本物だ!」って」

「それはすごい。スプーンをフォークみたいにちぎらないでオマリ。で、兜は結局どうなったんですか?」

「あれ、昨日の報道(ほうどう)をご(らん)になっていなかったのですか?宿に居なかったのでてっきり冒険者ギルドで視聴(しちょう)されていたのかと思いました」

「昨日はちょっと用事があって別の場所におりました。それで兜は?」

 俺は父ネツキに重ねて問う。

「勇者様はこう(おお)せられました。「見つけたのは偶然(ぐうぜん)に過ぎない。もし私が勇者であるならば必然的(ひつぜんてき)に再び兜が私のもとに戻ってこよう」。そして(かぶと)を大会の優勝賞品として、改めてワルプルギスの主催者に(おさ)められたのです」

「勇者様、ほんとにすごいです」

 思い出しながら尊敬の眼差しを空に向けるロスチャ。

「確かに勇者様は立派で謙虚(けんきょ)な方ですね。エリザベスとミット打ちもしないでオマリ」

 で、ニコニコしている俺をボ~っと見ている秘密警察二人。

「大丈夫ですか?二人とも」

「え?」「ああ、いえ」

「それどころじゃねぇよ」と言いたげな疲れ切った顔のオズロスクが、口に入れてたアジの肉をポロリと口の(はし)から(こぼ)す。アルダベーンの目も充血(じゅうけつ)している。

「少し残念なのは、昨日からアナウンサーが変わっちゃったことです」

「アナウンサーが?」

 俺はロスチャに(たず)ねる。

「はい。私、あの人の実況を聞くのが楽しみだったんですけど、勇者様が入った第十回から実況する人が変わったんです。ワルプルギスではまた実況してほしいな~」

 へぇ。

 すごいペナルティー。

 実況(じっきょう)の奴まで処分したか。

 ということはこの秘密警察(トイツブラーテン)二人も『クリアクス』も、いずれ消されるかな。

「それにしてもお魚おいしいですね。二人ともたくさん食べてください。……食べられるうちに」

 オズロスクとアルダベーンの(かた)がビクリと(ふる)える。こっちを凝視(ぎょうし)する。その目、見覚えがある。

 拷問(ごうもん)される人間の目。(おび)えているような、(おこ)っているような、(いの)っているような、強張(こわば)った目。

 二日前の二次試験最終日。迷宮脱出直前。

 指定魔道具をもっていることが(あらかじ)め分かっていたメガラリアラーテルは、俺の流したフェイクニュースと魔物自体の強さとしぶとさのおかげで、まだご存命(ぞんめい)

 それをコマッチモが撲殺(ぼくさつ)した。

 撲殺に使用した鈍器(どんき)は壊れた(ひつぎ)。つまり魔剣『ピュセルの水轟柩(すいごうきゅう)』の残骸(ざんがい)

 俺とコマッチモの『アブラカタブラ』以外のチームは、あれやこれやあって結局既(すで)に迷宮を脱出済み。

 そして投影水晶のない隠し部屋のドクロ神殿から元の迷宮に戻って投影水晶に映った俺たち二人。

 これを実況アナウンサーが放っておくわけがない。一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)をとにかく(しゃべ)りまくる喋りまくる。

 そして(ひつぎ)を使って撲殺(ぼくさつ)したシーン。

 ――ただいまメガラリアラーテルが倒れました!(たお)したのは『アブラカタブラ』の戦士オマリ・グラニュエールです!しかし何という凶器(きょうき)でしょう!巨大な石棺(せっかん)のようにも見えます。え?ピュセル?何ですかそれ?あっ、ちょっと何するんですか!?……

 これでその日は放送(ほうそう)終了(しゅうりょう)

 迷宮に垂れ流させていたアナウンスが途切(とぎ)れたということは、全国放送も終了。

 (さえぎ)られて突然(とつぜん)のプッツン。

 そりゃ誰だって何が起きたか気になるよね。

 で。

 水路を使い、河童(かっぱ)を全員迷宮内から脱出(だっしゅつ)させ、俺はコマッチモと脱出。

 脱出した後は(あん)(じょう)の大盛り上がり。

 放送が突然中断したのが原因で、会場はお祭りじゃなくてデモ隊と警官隊の衝突(しょうとつ)現場(げんば)みたいになっていた。

 呆気(あっけ)にとられる受験生。野次馬VSワルプルギス運営スタッフの大乱闘(パレード)

「こちらが指定魔道具になります」

 ()け寄ってきた武装(ぶそう)スタッフに俺は指定魔(していま)道具(どうぐ)を渡し、コマッチモとその場を去ろうとする。

「おい待て貴様らウッ!?」

 けれど引き留められたから、接着剤(せっちゃくざい)の大好きな俺はスタッフたちの(まぶた)と足の裏に「フジツボンド」をプレゼント。

 一時的に光を失い、動けないスタッフに向かってくる野次(やじ)(うま)集団(しゅうだん)

 彼らの手にはブランフォーディ遺跡のコンクリートブロック片。メデューサの怨念(おんねん)欠片(かけら)(あたま)をかち()るのに最適(さいてき)なサイズの、モース硬度(こうど)4の呪物(じゅぶつ)

潮招鬼(しおまねき)。ああ死を招き。シオマネキ」

(ちか)づく雑魚(ざこ)は。()えて()つべし」

 上の句を読む俺が魚の(えさ)にしたり、下の句を読むコマッチモが拷問すると失格(しっかく)になりそうだから、観客からの集団(しゅうだん)私刑(リンチ)勘弁(かんべん)してもらうことにした。

 撲殺(ぼくさつ)される音や悲鳴を遠くに聞きながら宿に戻り、一日も経つと、ジブリールが河童(かっぱ)を見つけて連絡を送ってくれた。

 アントピウスの首都アスクレピオスは下水道(げすいどう)が発達している。だから河童の移動は事欠(ことか)かない。バケツリレー方式で八百匹以上の河童が情報を伝えてくれるから、その伝達スピードも速い。

 俺はコマッチモを宿屋(ザビヤチカ)裏庭(うらにわ)の井戸に向かわせ、釣瓶(つるべ)を引き()げさせるだけでいい。その中には河童が運んでくれた、(はっ)水性(すいせい)のあるカワガラスの羽毛で包まれた書物(しょもつ)が入っているから。

天地(てんち)をひっくり返したような(さわ)ぎぶり」

 なんて言葉がモールス信号で書いてある。

 ジブリール情報によれば、俺とコマッチモが迷宮を脱出した後、映像の確認はもちろん、実際に地下迷宮に(もぐ)り、魔剣『ピュセルの水轟柩(すいごうきゅう)』が回収された。

 ただちに魔剣の調査が行われ、しかも元老院(げんろういん)カペルラの緊急(きんきゅう)招集(しょうしゅう)まで行われた。

 問い()められたのは迷宮アルマーヤの管理者。つまり魔法学園リュケイオンの理事長(りじちょう)にして枢機(すうき)(きょう)ヴェロニカ・カロリ。

聖皇(せいおう)(それがし)、マリク、ヴェロニカの四者にて密議(みつぎ)。そも神代(しんだい)の魔物を封印せし事実を皆に伝えるべきか(いな)か」

 石化能力をもつレベル200くらいのメデューサを封印してた(おり)が壊れました。そんなわけで、追放(ついほう)(せい)(おう)オパビニアも含めて、レベル200前後のヤバい行方(ゆくえ)不明者(ふめいしゃ)が二名に増えましたとさ。テヘペロ。

 なんてことを伝えたらシャレにならない。だから元老院内で情報共有するかどうかですら、舞台(ぶたい)(うら)で悩んだらしい。

 で、結局黙殺(もくさつ)することに決まった。メデューサは当の昔に魔剣の力で滅び、その後魔剣もいつの間にか力を失い壊れた、だって。

 楽観的過ぎて、どうかしてるよね。

 その〝どうかしてる〟代償(だいしょう)を支払わされたのが秘密警察。トイツブラーテン。

 局員たちはメデューサが本当にいないかどうか、そもそもメデューサの存在すら知らされず、「緊急(きんきゅう)点検(てんけん)」と称し、勇者が迷宮に潜る直前まで全階層の魔物と生態系を調査させられた。元老院はドクロの神殿も調査させたらしい。

 ちなみに神殿調査を行った調査員の末路(まつろ)は不明。図書館長(ジブリール)の予想だと「地図作(ちずづく)り」。つまり無期(むき)懲役(ちょうえき)の政治犯扱いで一生刑務所。

不明(ふめい)と申せば、神代(しんだい)の魔物を、(もと)より()き者としたにもかかわらず、また「蟹星(プレセペ)(かぶと)」が無事存(ぞん)ずるにもかかわらず、落ち着かぬヴェロニカの様子(ようす)

 このメッセージのおかげで、誰が〝(しろ)〟じゃないかは分かった。

 ジブリール図書館長が(だま)さていなければ、という前提だけど。

 とにもかくにも、秘密警察(トイツブラーテン)の局員は全員ヘロヘロ。

 ちなみに俺とコマッチモをマークしなくちゃいけないオズロスクとアルダベーンは午後から取調室(とりしらべしつ)でず~っと取り調べ。あとは俺たちの調書(ちょうしょ)づくり。魔剣『ピュセルの水轟柩』についての情報を引き出すまで続くらしい。

 この状況は迷宮で俺たちと一緒の夜を過ごした『クリアクス』の六人も一緒。いやもっと(つら)いとか。ジブリールによれば「食事抜きの不眠不休の尋問(じんもん)」だから、俺のやる拷問(ごうもん)よりひどい。騎士道人生の〝裏街道(うらかいどう)〟は逆境(ぎゃっきょう)

 オズロスクとアルダベーンが俺たちの(そば)にいない夕方から翌朝まで、別のベテラン秘密(ひみつ)警察(けいさつ)が何度も監視に来たけれど、結局コマッチモの「手錠(てじょう)()っぱいニシンのプレゼント」をもらうと発狂(はっきょう)したように(さけ)んでいなくなる。二十四時間でシュールストレミングを36匹も(おく)ることになるとは思わなかった。大盛況(だいせいきょう)。宿屋の周辺がシュールストレミングのニオイになってこれはこれでキッツイ。

 でもそれに関して俺は手を打った。

 (くさ)いものには(ふた)。ではなくて、臭い場所には近づかないこと。

 俺は昨日一日宿屋(ザビヤチカ)留守(るす)にして、商業ギルドでビジネスライフを満喫(まんきつ)

「こちらは黒真珠(くろしんじゅ)にございます。鑑定と、できれば買い取りをお願いします」

 まずギルドにいる宝石商(ほうせきしょう)と交渉したのはメデューサの結石。

 世の中をあまりにも恨みすぎて、自分の体内で炭酸(たんさん)カルシウムの石まで作っちゃった狂女(きょうじょ)の結晶。

「この大きさ、(つや)漆黒(しっこく)の中に赤や緑、青の(きら)めきがある……見たことがない」

「でしょうね。魚介(ぎょかい)以外の者から偶然採取(さいしゅ)しましたから」

「と言いますと?」

「魔物の体内で作られたものにございます」

「これまた御冗談(ごじょうだん)を。特大サイズの黒真珠(ダークパール)を作る魔物の話なぞ、商いをはじめてこのかた、聞いたことがありません」

「ええ冗談(じょうだん)です。(じつ)はブランフォーディ遺跡の地下での(ひろ)い物です。ワルプルギスの予選(よせん)中継(ちゅうけい)中断(ちゅうだん)するほどの価値(かち)しかございません」

「……」

「……」

「クモにまたがる魔法使い貴族と、メイド姿の元冒険者……そちらの()()()()りましょう」。


「オマリ」

「はい」

 俺の合図でコマッチモがテーブルに封筒(ふうとう)を置く。

「何ですか、これ?」

 差し出されたロスチャは封蝋(ふうろう)された手紙を手に取る。

「その紋章(もんしょう)は、パンノケル王国の商業ギルドの公式印(こうしきいん)……」

 さすが宿屋の親父。組合員(くみあいいん)だから知ってるよね。

「開けてごらん」

 俺に言われてロスチャは手紙の(ふう)(やぶ)る。中に入っている羊皮紙(ようひし)をおもむろに広げる。

「……すみません。なんて書いてあるのか私、文字が読めません」

 あ、そっか。ロスチャの識字(しきじ)能力(のうりょく)を確認するの、忘れてた。

権利書(けんりしょ)でございます」

 コマッチモが立ったまま()げる。

「「権利書?」」

「パンノケル王国の南、ボスラ州ジャフロム市の漁港(ぎょこう)ラノララクに家屋(かおく)一軒(いっけん)漁船(ぎょせん)一隻(いっせき)をご用意しました。既に購入済(こうにゅうず)みです」

「「……へ?」」

「あそこの海は海底が高い。それに東の暖流(だんりゅう)と西の寒流(かんりゅう)がぶつかって絶好の好漁場(こうりょうば)なんだ。船の操舵(そうだ)は自分でできなくても、地元の人を(やと)い入れれば何とかなる。募集(ぼしゅう)さえすれば、自分の船をもつ夢を(かか)えた連中がいくらでも集まってくるよ」

「え、え?」「船?雇う?」

「商業ギルドにはもう商店(しょうてん)登録(とうろく)もハダリ様が済ませております」

 狂女(メデューサ)黒真珠(くろしんじゅ)を手に入れた時に、店の名前は勝手だけど、決めさせてもらった。

「「商店!?」」

店舗(てんぽ)の名前は「ロスチャ」。君の名前だ。君が好きなタイミングで魚屋(さかなや)を開いたらいい」

「という内容がその紙には書かれております」

 コマッチモが()めくくる。

「強く生きなさい、ということです」

 凶女(コマッチモ)が付け加える。少女が泣きそうになるのを必死にこらえる。

「娘さんの顔を(きず)つけた()びとして、どうぞお(おさ)めください」

 俺はそう言ってロスチャの父ネツキに頭を下げる。

 ネツキが椅子(いす)から転げ落ちるようにして地面にひざをつき、手をつき、(ひたい)をこすりつける。こっちはボロボロ泣いている。

「というわけです。運が悪すぎてワルプルギスと同時か、それ以前に人生が終わるかもしれない〝暗礁(あんしょう)に乗り上げた方々(かたがた)〟は今のうちに〝(わか)女将(おかみ)〟にツバを付けておいた方がいいかもしれないですよ。ご家族のためにも」

 水糸(すいし)を使い、頭をあげた俺は秘密警察(トイツブラーテン)のオズロスクとアルダベーンにおっとりと言う。

「「……」」

 局員(きょくいん)二人はお互いの憔悴(しょうすい)した顔を見た後、天を(あお)ぎ、深いため息をついた。

lunae lumen


mulier


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