第三部 魚身求神篇 その六
警1「こちらオズロスク。ペンリネスへ、どうぞ」
警3「こちらペンリネス。どうぞ」
警1「ブリニー、パンジェントともに目立った動きなし。どうぞ」
警3「こちらペンリネス。了解した。引き続き監視を続けろ」
警1「了解……はぁ。それにしても、本当か?」
警2「何のことだ?」
警1「あの、ろくに身体も動かせない貴族のせがれとその召使いが、アントピウスの親衛隊員をボコしたって話だよ」
警2「ああ。ボコしたどころか、殺しちまったらしい」
警1「な!?親衛隊を……信じられねぇ」
警2「それだけじゃない。同時に一次審査に当たっていた魔法学園のベテラン魔法使いも殺されて、生き残ったのは勇者候補生だけだと」
警1「試験官が二人殺されればそりゃ、勇者だろうと何だろうと焦るわな。すぐに止めたんだろ?」
警2「いや。それが何でも、よく分からない魔法をあの貴族の青年がやらかして、それで勇者試験官の方は頭が混乱して……自分の目玉を自分の指で潰してから、試合を止めたとか。俺たちが今監視しているあの召使いの女に首をへし折られそうになって」
警1「そりゃ、悲惨だ。……にしてもよく分からん魔法とは、さすがは変人家系のバーソロミュー家」
警2「あの家の家督を継いでいる連中は、なんだかんだで頭だけはキレる。ただの田舎貴族じゃない。だから未だに世襲貴族が要領よく領地を治めてる」
警1「なるほどねぇ。封建制の亡霊か。中央派遣の官吏が統治できねぇ所じゃ、昔話級の不可思議な魔法が残っていてもおかしくねぇってオチか」
警2「魔法学園の教師も、アントピウスのソペリエル図書館司書も知らない、海を祀る魔法だとか」
警1「そんな連中の調査にあずかれるとはぁ、俺たちはこれまた磯臭くて名誉なこった」
魔柔「でしょう?」
警1・2「「!!」」
魔柔「ところで先ほどの暗号通信の中で「ブリニー」と「パンジェント」と仰っていましたが、どちらがハダリ様でどちらが私ですか?」
警1「お前、い、いつの間に!?」警2「手錠が!?どうなってる!」
魔柔「お向かいからの覗きが趣味のお二人様にはとても似合ってございますよ」
警1「くっ!外せない!」
魔柔「しかもヒンジ式なので鎖がなく無用な音も出ません」
警2「こんなことをして、タダで済むと思ってるのかお前!」
魔柔「ただで済ませるわけがないでしょう。ハダリ様とこのオマリが」
パカ。
警1・2「「!!!」」
魔柔「どっちが潮味で、どっちが辛味?」
警1「くさ!くっさ!」警2「臭い……なんだこれ!?」
魔柔「これはハダリ様からの贈り物。塩漬けのニシンを長期発酵させたもので、ハダリ様曰く、「世界で一番クサい食べ物」だそうです。私にとっては迷宮を思い出す懐かしい匂いですが」
警1「そ、それ以上こっちに近づけるな!」警2「エホッ!ゲホッ!!」
魔柔「お仕事に精を出されているお二人にハダリ様から四匹も差し入れがございますので、とりあえずは」
グイ。ボッチャ。ボッチャ。
警1「ひいいっ!おえ!」警2「よせ!やめてくれ!!」
魔柔「持ち帰れるよう、一匹ずつ服の中に入れておきましょう。体温でさらに発酵が進むとよいですね。さて、残りはお口の中に」
ガシッ。
警1「うっ」魔柔「口を開けてください。さもないと顎を砕きますよ」
パキパキ。
警1「……んごっ!」魔柔「そうです。そして折れた自分の奥歯もろとも噛んで飲みこむ。できませんか?では、えい」
ムギュウ!
警1「!!!」魔柔「それでは、次」
警2「頼むやめろ!食べたくない!」魔柔「ハダリ様の贈り物を拒否することは許しません。もし吐いたら、縮みあがっているその睾丸を切り取ってあなたに食わせます。それ」
ムギュウ!
警1・2「「んん……んふ……んご……」」
魔柔「そうそう。〝死の生々しさ〟をよく噛んで味わってくださいませ。脳みそに突き刺さるような甘味と重味と塩辛味でございましょう。排泄物の香りによく似ております。人間の本能に訴える危険で〝生き苦しい〟風味がたちまち全身に行き渡りましょう」
警1・2「「…………ごくん」」
魔柔「手錠の鍵は、先ほど服に入れた土産の中にございます。それと、ハダリ様から言伝を預かっております」
警1・2「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」
魔柔「「遠くで見てないで、〝こっち〟ヘおいで」。以上でございます。秘密警察様」。
6.強女
ス。ズッズ。
超大陸アーキア南西部パンノケル王国。
ヌチャ。
モントピーリア州カテニン市。つまり首都カテニン。
天気は少し雲があるけれど、とりあえず晴れ。日が昇ってまだそんなに時間が経っていないから、気温は低い。
お祭りワルプルギスが終わるまで長逗留するかどうか俺が迷っている宿屋ザビヤチカの裏庭で、二人の女はそれぞれの獲物でそれぞれの獲物をせっせと解体している。
いや、片方のコマッチモはもう解体を終え、調理に移っている。焚火でガラガラと湯の沸いた鍋からは、食欲をそそる出汁と味噌のいい香り。こりゃ間違いなく美味だね。って、味わう前から「間違いなく美味」なんて決めつけたら失礼か。美味しそうにとどめておこう。
ズッズッズ……
もう一人の少女は、心を入れ替えたというか腹を括ったというか、真剣な表情で魚をさばき続ける。水汲みくらいしか家の手伝いをしなかった不良少女は見違えるように変身した。
「だいぶ手際がよくなったね」
「……はい」
コマッチモを挑発して頬に一生ものの傷を負った宿屋の娘ロスチャは今、まな板の上でアジの開きを作り続けている。この一週間、朝早くから昼前までずっと。
ドチャ。
俺の用意した氷水の入った大盥の中から、ロスチャは活き〆(しめ)状態のアジを取り出して、まな板にのせる。
与えた出刃包丁を使って棘鱗をとり、包丁を入れて腹を開き、鰓を切り離し、内臓も取り除き、別の盥の水で手早く肉を洗う。尾の付け根から肛門まで切れ目を入れ、腹側の肉を丁寧に切り離す。背の皮ギリギリまで切り込んで一枚に開く。頭付きのアジの腹開き一枚が完成する。
「ふう……」
できあがった一品を隣のまな板に置く。そしてまた新しいアジを大盥から取り出し、ロスチャは捌き始める。「これからどうしていいか分からない」と泣きべそをかいていた少女はほんとずいぶんたくましくなった。
パンノケル王国の沿岸部はともかく、内陸部の首都カテニンに魚専門の職人はほぼいない。いたとしてもそれは干物を扱う商人か観賞用の淡水魚売りくらい。
そもそも内陸にある首都カテニンに食用の活魚は淡水産でさえほとんど出回らない。
そして魚の干物は塩を使って保存してあるため、ついこの間までは希少品かつ高級品。
でも今は希少品とは限らない。俺がチンダラガケ「モクリコクリ」を使い、隣国のアントピウスの塩の専売制を破壊したから、巡り巡って塩はパンノケルでも安値で手に入る。
で、普通だと内陸部で海水魚が生きたまま手に入るわけがない。でもそれは俺が用意できる。亜空間サイノカワラを持つ俺が。
「魚の下処理ができて加工品を作れれば、それで何とか食べていけるよ」。
娼婦になるしかないなんて訳の分からないことまで言い始めたロスチャに俺はそう言ってしまった手前、彼女の手に職をつけさせるべく、日夜魚料理に取り組ませる羽目になる。これぞ因果応報。自業自得。
コマッチモの「面倒なのでチンダラガケに改造しては?」という案は却下。
俺がロスチャにしてあげるべきことは魔改造じゃなくて、鮮魚の提供と魚料理の作り方&商品化の伝授。コマッチモを怒らせたのがロスチャとはいえ、若い彼女の顔に大きな傷をつくってしまったのは少々俺の良心が痛む。だから暇な時間を使ってこれくらいの世話くらいはする。それに今は「果報は寝て待て」の時期だ。
ジャバ!
夜明けから昼前までに百枚のアジをおろすロスチャのアジの開きを、塩水を張った盥に漬けてから引き上げ、虫よけ網に移し、風通しの良い軒先に吊るして乾燥させるのは、大の大人の男二人。
本名じゃないだろうけれど、二人の名前はオズロスクとアルダベーン。
首都カテニン出身の人じゃないけれど、先日から化学兵器級の超有名人になった秘密警察職員のお二方。
彼らは宿屋ザビヤチカと通りを隔てて向かいの商業施設の高所からずっと日がな一日こっちを監視していた。だからお近づきに〝酸っぱいニシン〟を送ったところ、その次の日から律儀に〝こっち〟に顔を出し、手伝いまでしてくれるようになった。
「あんたらのせいで家族も仕事も失うかもしれん」
「でしたら魚河岸で働く商人のように日の当たるまっとうなお仕事を探しなさい。でなければ私の声の届く所でスパイごっこをなさってください」
「お聞きになりましたか?つまりはハダリ様の命令に従わないと魚のように三枚に下ろすということです」
「「ひいいっ!」」
という穏やかなやり取りを経て三日。さすが秘密警察だけあって、手際も要領もいい。すぐにアジの一夜干しの作り方を覚えた。覚えなくちゃ自分たちが内臓を抜かれて塩漬肉にされちゃうと思えば、上達も早いか。これぞコマッチモ流。ロスチャの負担と手荒れも少し減ったからよかった。
魚臭いこの娘一人と秘密警察二人は、午後から爆売れ干物商に変身する。
宿屋の前の長蛇の列を相手に、銭勘定のできるオズロスクもしくはアルダベーンが釣銭を用意し、残りの一人とロスチャが干物を客に渡す。銭勘定ができないのが悔しい負けず嫌いのロスチャはわずかな時間も無駄にせず、二人に算術を習う。
ムシャムシャ。
宿屋ザビヤチカの午前中の裏庭はこういうわけだから、午後に向けて忙しい。
ムシャムシャ。
地面にロスチャが棄てた魚の内臓は放っておくとすぐにハエや虫が集る。だからそれらは俺のエリザベスがすぐにペロリと平らげる。ベニオオウミグモの旺盛な食欲ならこれくらい、文字通り朝飯前。
プーン……フ
それでも集まるハエは、俺の亜空間サイノカワラへご招待。
ようこそ底無き闇色の胎内へ。可愛飼ってあげる。
「バーソロミュー様」
「これは、どうも」
宿屋ザビヤチカの主人であるネツキが裏庭にさりげなく現れる。一心不乱に魚を捌くロスチャをちらりと見た後、俺に手紙を渡そうとする。
「膝の上においてくだされば大丈夫です」
「はい」
俺は自分の膝に置かれた手紙を水魔法「水糸」で開封し、目の高さで広げる。
俺がそれを読んでいる間、ここぞとばかり、一人娘ロスチャの働く姿を目に焼き付ける父ネツキ。
人の運命は謎が多い。
若い客と駆け落ちした母親がいなければ、娘は心を閉ざしてひねくれなかったかもしれない。ひねくれなければ、魔獣が蹴ったドアノブの破片で顔に傷を負うこともなかったかもしれない。顔に傷を負わなければ、出刃包丁を握って真剣に魚をおろそうなんて思わなかったかもしれないし、一生やらなかったかもしれない。
でも凡ては起きて、総ては過ぎていく。
運命を嘆いても仕方がない。
父亡き後に女手一つで身を立てていくにしても、家庭を持つにしても、母親をみつけてぶっ飛ばすにしても、殺してバラバラに解体するにしても、刃物が扱えることは大事だ。
「内容は分かりました。どうもありがとうございます」
「は、はい……では失礼します」
娘に話しかけたいけれど、向き合って口を利く時間が今までほとんどなかった父は遠慮して屋内に戻っていく。
「テーブルと椅子を」
去り行く父親の背中に声をかける。
「?」
「六人分の椅子と、できるだけ大きなテーブルをこちらに用意していただけますか?」
「……はい!」
意味が分かったらしいネツキは大きな返事をして戻っていく。
「「「?」」」
いつもと違うことが起こることに気づき、ロスチャと秘密警察二人の手も止まる。俺は三人を横目に見ながら、コマッチモに注文しようとする。けれど、
「ではあともう一頭、潰しましょう」
既に察していたコマッチモは二匹目のイノシシ肉を俺に要求する。頷いた俺は亜空間ノモリガミから取り出したイノシシと食器、調理器具をコマッチモの前に置く。コマッチモはイノシシを解体用ハンガーにさっさと吊るし、萱を再び燃やして毛を丁寧に焼く。
「「……」」
まだ図りかねていたオズロスクとアルダベーンだったが、もう動き出し、次々とアジの開きを作るロスチャを見て、作業に戻った。
「「「「「「いただきます」」」」」」
午前八時。暑すぎず寒すぎず、気温もちょうどいい。
俺、コマッチモ、ロスチャ、ネツキ、オズロスク、アルダベーン。
六人で囲むテーブルの上には、コマッチモ手製のイノシシ料理がずらりと並ぶ。薄焼きパン以外は完全に猟師料理。
「マジで、すげぇ」「こんな美味しいものがあるなんて、知らなかった」
秘密警察二人が食べているのは最高級料理。その名も「猪タンの刺身」。
解体したイノシシの舌の表面を火で炙り、たわしでこすった肉を、ニンニク醤油でいただく一品。
シュールストレミングという〝凶器〟を食べたことで味覚が逆に研ぎ澄まされているから、なおのこと旨味や触感を味わえるだろうね。そんなに泣くことないのに。まあでも市場でもほとんど出回ることがないから、いい記念にはなるかな。
「こりゃ……旨い!」「こんなお肉、食べたこと、ないです」
宿屋の父と娘が口にするのはイノシシのバラ肉。亜空間ノモリガミに入れておいたから、肉に付着していたウイルスや細菌それに寄生虫は死んでいる。だから生で食べられる。要するにこれも刺身。
若いバラ肉はサシが多いからさしずめトロの美味。通常なら危険すぎて誰も味わえない妖味。これも記念品。
「お口にあったのならよかったです」
俺はそう言ってコマッチモに「今日もご苦労様」と伝える。
「もったいなきお言葉」
と言いながら俺の口に運んでくれるのはカツオ出汁の猪汁。やっぱりこれだよね~。
原点回帰。刺身肉もいいけれど、やっぱりこれ。具沢山であったまるし、落ち着く。
「上出来。とてもおいしく仕上がってる」
「お褒めにあずかり嬉しゅうございます」
「食べさせてあげたいけれど、こんな体だから」
「まぁ、では」
頬を赤く染めるコマッチモは、スプーンで猪汁をすくい、
「どうかお許しを」
俺ではなく自分の口に運ぶ。
やだもうコマッチモ。間接キッスで照れちゃうなんて中学生女子みたい。
「こりゃ……あぐっ、もぐ」「スプーンがとまらない……むぐ、もぐ」
朝っぱらから食欲全開なオズロスクとアルダベーン。野菜と猪肉をカツオ出汁で炒めたチャンプルーを皿ごともって口の中にかきこんでる。いい食べっぷり。こっちは高校の運動部の男子みたい。
「お父さん、塩」「え!?あ、ああ」
「……これもおいしい」「ああ!……とっても、うまいな」
イノシシの心臓と肝臓は茹でてスライスしてあり、これは塩を付けて食べる。
会話のなかった父と娘の中に、「塩」の一言が入る。それだけで少し、固かったものがほぐれる二人。
良かったね。「心に通じる道は胃を通る」とは言ったものだ。まったくの至言。
お?コマッチモ、今度は脳みそのバターソテーだね。
こりゃチュルルンとして濃厚。まさに魔味。
「さて、いよいよです」
たまたま豪勢かつ大勢になった朝食が済み、みなで紅茶を一服した後、俺は切り出す。
「招集がかかりました」
事情を知っている秘密警察二人はごくりと唾をのむ。
「ワルプルギス、ですよね?」
宿屋の主人ネツキが緊張した面持ちで尋ねてくる。オズロスクとアルダベーンが顔をしかめてネツキを見る。秘密警察からの召集だったら笑える。そりゃ面白いね。
「はい。二次選抜試験です」
相変わらずソペリエル図書館館長のジブリールからは情報が多くもたらされているから、二次選抜の大筋はわかっている。それにもう始まってだいぶ経つしね。
地下迷宮アルマーヤ。
霊場として有名なブランフォーディ遺跡という古代遺跡を調査して見つかった地下迷宮アルマーヤは、長年にわたり魔法学園リュケイオンによって管理されていて、そこが二次選抜の会場になっている。
ジブリール情報によれば6026人いたワルプルギス参加希望者のうち、第一次選抜では600人ぴったりに搾ることはできず、実際には少し多めの669名に相成った。
チーム数にして92組。
複数人でのチーム参加出場を認めている以上、これはある程度仕方のないこと。そしてこの第二次選抜で600名もしくはそこを少し下回る数字まで選抜者を減らすらしい。チーム数にして50組ほどとか。
ここまではジブリール情報。あとは大衆の誰もが知る一般情報。
最終目的は国庫の収益増加だろうけれど、一カ月間全10回にわけて行われるこの第二次選抜は、音声のみだけど第一回からパンノケル王国の国内と、隣国アントピウスの首都アスクレピオスに向けて放送されている。いわゆるラジオ放送に近い。
ギルドや飲食店はその放送のおかげで日夜大盛況。
夜間外出禁止令の出ていないパンノケル王国の特に首都カテニンの店は24時間営業になり、しかもアスクレピオスと違って菜種油ではなく魚油を使った灯火具のおかげで夜も明るいから人がうじゃうじゃ集まり、東京の新宿や大阪の梅田みたいな不夜城になってる。
ちなみに、表向きには禁止されている賭博も胴元がちゃんと秘密警察やら王国兵士に賄賂を贈っているのでお咎めなし。この情報は、秘密警察だけど〝魚を通じて〟俺と仲が良くなったオズロスクとアルダベーンから聞いた。二人は職場を解雇されないギリギリの情報まで俺に話してくれる。
優しいね。たぶんワルプルギスが終わったらクビになるかクビを刎ねられると思うけれど、その時はその時。あきらめが肝心だよ。
んで、選抜試験内容は簡潔に言うと、迷宮内の魔道具探索。
全10回行われる二次選抜は、各回ごとに9組のチームが参加。
制限時間は三日間。
ヨーイドンで地下迷宮アルマーヤに9組が一斉に潜り、運営側が用意した指定魔道具を見つけて三日以内に戻ってくればいいという。魔道具の数は全部で9個。見つけたらすぐに出てくればいい。でもこれだけだと盛り上がらない。
だからルールには続きがある。
魔道具の各チーム間での略奪、譲渡は自由。複数所持も自由。
つまり魔道具を探索してもよし。魔道具を得たチームを待ち伏せて狩るもよし。
だから盛りあがる。賭けが成立する。音声放送では参加団体の細かい紹介と迷宮内の実況が行われるため、聴衆は賭けと酒で陽気に沸き立ちながら、ワルプルギス本選への期待に胸を膨らませる。
さらに盛り上がる、というか盛り下げない要素。
これはジブリールと、目の前で茶を啜る秘密警察二人から理由までわざわざ聞かされた。
受験生であるプレーヤーをプレーヤーが殺した場合、即失格。
ルールの改変に大きく寄与したのはエプロンドレスを着る、人間のふりをしたどこかの元ヴァルキリースライムと、肘掛け椅子に座る、どこかの貴族のフリをした元召喚者らしい。
コマッチモをなだめるためとはいえ、試験官二人をいきなり殺して魚の餌にしたのはまずかった。反省。次はばれないように魚の餌にしよう。
「勇者チームの名前は『神の炎』。ようやく発表されたらしいです。そしてその初登場は二次選抜最終回の第10回目。これは予想できました。真打は最後に出てくるものですから」
秘密警察二人と宿屋の主人ネツキが頷く。
「予想できなかったのは通常一週間前に来る通知が当日の朝になって参加者の元へ送られてくることくらいでしょうね」
コマッチモにお茶を飲ませてもらいながら、俺は皮肉とため息を宙に向かって吐く。
「運営側の方で揉めたのかもしれません」
「私たちを参加させるかどうかを、ですか?」
秘密警察のオズロスクが俺を見たまま頷く。「あんたらを参加させるかどうかについては、俺たちも関知してない」と付け加えるアルダベーン。
ジブリール情報にもなかったから、こればかりは推測するしかない。
陰謀?協議?妨害?嫌がらせ?ど忘れ?配達遅延?さぁ?
まぁ仕方ない。
もっとも、地下迷宮の事前調査に俺とコマッチモが出かけたら、魚臭いこの秘密警察二人と宿屋の父娘に危害が出たかもしれない。そう思って迷宮の事前調査はあきらめた。そしてもちろん地下迷宮アルマーヤの地図は極秘情報で、ジブリールすら知らない。ソペリエル図書館にもない。地図情報を知っている人物は、魔法学園理事長で枢機卿でもあるヴェロニカ・カロリただ一人とされている。
要するにこの二次選抜試験は俺らしくない、出たとこ勝負の受験。
しょうがない。
「それにしても、迷宮探索か……」
それでも、何とかする。
「ええ、久しぶりでございますね」
それがマソラ3号の俺。
「やったこと、あるんですか?」
顔に凄腕冒険者のような傷のあるロスチャが俺に聞いてくる。
「うん。〝死ぬ〟ほど昔の話だけどね」
傷痕を見ながらロスチャにそう答えた俺は食事を終え、出立の準備に入った。
モントピーリア州。ただし首都のあるカテニン市ではなく、州辺境のチャナッカレ市。
ブランフォーディ遺跡。
午前九時十分。
「なんかすっごい」「にぎやかでございますね」
舗装されていない道は人力車だと不便なのでベニオオウミグモのエリザベスに乗り換えて移動してきた俺は、コマッチモとともに遺跡周辺を見て感想を漏らす。
「遺跡自体は魔法使いの巡礼地として有名だけど、こんなに人がいるとはね」
焼トウモロコシ屋。ドネルケバブ屋。焼きそば屋。クレープ屋。黒砂糖屋。酒屋。射的屋。金魚すくい屋。トウガラシ屋。貝の煮物屋。植木屋。飴細工屋。おもちゃ屋。骨董屋。くじ引き屋……
まるでお祭り。屋台がひしめいて、そこかしこに人が集まる。平日だよ?みんな働いてないの?
「まだ予選だというのにこの熱気とは」
「う~ん。……あれ、ほら。チンダラガケの鳴らす鈴と拍子木が嫌で田舎に集まったっていうのもあるかもね」
「なるほどそうでございますか。しかしそれにしても……思わず人酔いしそうです」
「平和ってことだよ」
地下迷宮アルマーヤの入口周辺は厳重に警備されていて、男女問わず屈強な体つきのワルプルギス運営スタッフが手を後ろに組んで立ち並ぶ。軽装備だけど醸す雰囲気とステータスからして、アントピウス聖皇国からの派遣社員っぽい。何とか騎士団ってやつだ。
彼らが主に見張っていて、迷宮アルマーヤの入口付近に集まっているのが、たぶん二次選抜受験者。
あれは、服装からして魔法学園の生徒だね。
こんなところで分厚い魔導書を開いて、まるで単語帳を眺めてる大学受験生みたい。
大学受験じゃないから背後に気を付けないとヤられちゃうよ?
それとあちらは、冒険者かやくざ者。
観客の立入禁止ロープのところまで行って彼ら相手にパフォーマンスして騒いでる。まだ始まってないのにそんなに魔力を使っちゃって大丈夫なの?顔面全体の刺青は、ただの飾りか。どこかの妹を思い出したよ。
「ハダリ様。あちらが受付のようです」
人の動きの多い中、手続き場所を見つけてくれたコマッチモとともに、俺はエリザベスに乗ったまま向かう。
「そう言えばハダリ様」
コソコソこちらを監視して口を動かさないように誰かに何かを伝えている運営スタッフや野次馬に紛れた秘密警察の位置と人数をチェックしながら、コマッチモが声をかけてくる。
「なに?」
「チーム名はどうなされますか?」
「チーム名?ああそうか。忘れてた」
一次試験を通過した参加者は二名以上の場合、本人の名前ではなく、登録したチーム名で呼ばれるらしい。本来は一次試験を通過した直後にチーム名を登録するはずだけど、俺たちの場合、〝それどころじゃない〟ことをしでかしたから、結局この二次選抜受付時にチーム名を伝える旨が手紙に書いてあった。
どうしよう?チーム名か。
「貴様がハダリ・バーソロミューか」
「ハダリ様に何の御用でございましょう?」
まさか「マソラ3号」なんてつけるわけにもいかないし。
「お前には聞いてない」「このボンボン、身体だけじゃなくて口も動かせないわけぇ?」「さすがは変人の巣窟バーソロミュー家だな」
「ハダリ様は今、思案中です。受け答えはこのオマリ・グラニュエールがいたします」
単純に「ハダリとオマリ」じゃチーム名というより漫才コンビみたいだ。それだとちょっと恥ずかしい。名前を宣伝しに来たみたいになる。それはマルコジェノバで〝餌釣り〟をやる2号のすることだ。3号の俺のやることじゃない。
「オマリ・グラニュエール……そうだった。てめぇにも用がある」
「それはちょうど良うございます」
う~ん。
「貴様、チアキ・コイパスを覚えてるか?」
「さあ、どなたでしょう?」
どうしよう。何かにちなんだネーミングがいいな。
「ふざけるな!貴様が殺した試験官だ!」「私たちの友を殺しておいてよくも……」
「ああ、一次選抜の試験官をなされた嗄れ声のメスでございますね。爆死したあとハダリ様のお飼いになるブルーフィッシュの餌になって消えた雑魚中の雑魚と記憶しております」
何にちなむ?
「てめぇ……」「落ち着け。まぁいい。俺たちは『クリアクス』。アントピウス聖皇国の精鋭部隊から引き抜かれて結成したチームだ」
「要するに〝寄せ集めた雑魚〟でございますね」
何かにちなむとすれば、やっぱり俺、か。
マソラ3号……。
「もう我慢できねぇ。今すぐこの場でコイツを」「安い挑発に乗るな」「寄せ集めかどうかは迷宮の中でじっくり味わわせてやるわ」「死なねぇ程度にいたぶってやるよ。〝騎士団流〟にな」
3号の俺の取り柄と言えば、魔法。
魔法か。……魔法と言えば、あれだ。あれ。
「ハダリ様、お決まりになりましたか?」
「うん。決まったよ」
俺はコマッチモに答える。さっきから耳障りな七人の目玉に亜空間サイノカワラから出したわずかな海水をぶつける。魚の排泄物入り。
「「「「「「「!」」」」」」」
脳死判定でも行うけど、眼球表面の角膜にモノが触れたらヒトは反射的に瞼を閉じる。
わずか0・7秒の反射。そしてその反射は普段意識されない。なぜなら脳がまばたきの瞬間に意識を中断させるから。
「「「「「「「!?」」」」」」」
でも意識の中断なんて続かないでしょう?アンモニア水で目がしみるし、そもそも、
「死なない程度に壊しますか?」
「それより受付を済ませよう」
瞼が開かないんじゃ。
「かしこまりました」
水糸を使い、親衛隊チームの瞼に塗ったのは接着剤。
「うあああっ!」「くそがっ!目がしみる!!」「目が!目が見えない!!」「誰か助けてぇぇ!!!」
つまり、何にでも張り付く固着動物フジツボのもつセメント腺から分泌されるタンパク質を使用。まぁアントピウスのエリート魔法戦士なら回復魔法ですぐにはがせるよね。
それまでしばらくは〝闇〟の中。
「私の〝育った家〟では、飼い犬の仔は生まれた時点で鳥餅を使い、瞼を開かないようにしました。そうすると犬の仔は視覚を失い、かわりに嗅覚と聴覚が研ぎ澄まされて、強い犬へと育ちます。その犬は何も恐れません。なぜなら〝一番怖いもの〟で最初から塗り潰されているから」
思い出話をさらりと告げて、固まる七人の元から俺は去る。
ばあちゃん家の〝山犬ニキたち〟は強かった。薬の調合場を守る、放し飼いの番犬。全部仕留めるのに半年かかった。筋肉質でそこまで美味しくなかったけどシチューにして〝勝利の味〟は確かに覚えた。動物を〝動いたまま解体〟できるようになったのもレバーペーストの味を覚えたのも犬ニキのおかげ。
『クリアクス』だか何だか知らないけど、喧嘩をふっかけてきた時点で「ステータスが見えちゃう恐怖」対策はしてるでしょ。だから「何も見えない恐怖」をプレゼントするよ。〝山育ち流〟に。
フッ
俺の隣から消えるコマッチモ。畳みかけなくたっていいよもう。
「受付をよろしくお願いします」
俺はエリザベスだけを連れて受付に到着。
「私はハダリ・バーソロミューと申します。これは私の使い魔のエリザベスです」
うろたえる受付のスタッフ三人。やっぱり前回の試験で、運営側の中での俺たちの知名度は上がっちゃったかな。仕方ない。
「ようございましたね皆様。〝これ〟が迷宮に入る前の出来事で」
後ろの方でアントピウスの精鋭たちの悲鳴に混ざって何かコマッチモのぶつぶつ言ってるのが聞こえるけど、気にせず愛想よく笑う俺。エリザベスもきっと愛想よく笑ってる。鋏と牙を合わせたみたいな顎がパクパク動いてるもん。
「連れのもう一人は、あちらの『クリアクス』様の耳元で甘い言葉を囁いているオマリ・グラニュエールです。申告が遅くなりましたが、私たちのチーム名は」
運営スタッフさんが怯えた表情でいるのは俺のせい?エリザベスのせい?
「もしまた地下で会うことがございましたら、今度はこのオマリが皆様の目を鳥餅ではなく、口と鼻も含めて縫い塞いで差し上げます。胸の高鳴りが止まるほど末永く」
「「「「「「「……」」」」」」」
「『アブラカタブラ』です」
立っていた運営が慌ただしく駆けつける音を背中に聞きつつ、俺はチーム名を申告。
「え?油肩油?」
フッ!
「違います。『アブラカタブラ』にございます」
パニクる『クリアクス』のところから素早くやってきたコマッチモが俺の隣でチーム名を復唱する。コマッチモの突然の出現に驚いた受付スタッフの一人が目元を手で覆い椅子からひっくり返る。そのまま叫びながら逃げだす。
もう一人の受付スタッフがその場で嗚咽を始める。その様子が気になったのか、エリザベスが口を「シャー」って開きながら、肢の先端を泣きじゃくるスタッフの顔に近づける。
「神様……」
「神ではなくエリザベスです」
顔のすぐ近くまでベニオオウミグモの肢先がきたところで、スタッフさんは泡を噴いてそのまま机の上に突っ伏して失神。
エリザベス、気を悪くしないで。シュールすぎるその見た目、俺は好きだよ。
「遅くなりました。私はハダリ・バーソロミュー様に仕え、このたび『アブラカタブラ』の一員として行動いたします、オマリ・グラニュエールと申します」
自己紹介し、水糸を操る俺とともに、エプロンドレス姿のコマッチモは深くお辞儀する。
「は、はひ」
受付にかろうじて残り、まだ意識のあるスタッフ一人のおかげで、手続きは滞りなく行われた。
ス~、フ~……
開始までまだ三十分はある。
俺は封印されし言葉「カンダチ」で周囲の状況の把握を試みる。主目的は俺たち『アブラカタブラ』以外の参加チーム8組のニオイを覚えること。何事も油断はできない。念を入れるに越したことはな……あ、懐かしい匂い発見。
これはフジオ試験官だね。
ふむ。傷が癒えてるね。まぁ呪詛じゃないから当然か。でも不思議。妙に静かな雰囲気……ああ、目は治療しなかったのか。当然だね、元勇者候補生さん。ステータスやパラメーターの見える眼球なんて、あるだけ不幸になるもの。
余計なモノが見えるくらいなら、光を失ったほうがましだよね。気楽な闇は大事。暢気に杏子飴食ってる。っていうか祭りのニオイが邪魔だよもう。
ん……?
素敵な香水のニオイが二つ。
これだけの人がいるから香水の匂いは数多あるけれど、こんなに血液のニオイと混ざっているのは珍しい。人、魔物。両方の血のニオイが体臭に沁みつくほど混ざってる。すごい……。
男性用のスモーキールートと、女性用のエアリージャスミン。
そもそもこんな香水、アントピウスやパンノケルにあったんだ。
ひょっとしてマルコジェノバ連邦で頑張ってるマソラ2号が作った香料だったりして。そんなわけないか。2号、とにかくファイトだよ。
「では二次選抜参加者の皆様!こちらにお集まりください!!」
集合時刻の二十分前だけど、集合の合図が出る。
参加者予定者全員の出欠確認も終わったし、あちこちに散らばっていた受験者がお祭り気分を満喫してもう迷宮前に殺気立って集結しているから早めに開始かな?「早く始めてくれよ兄ちゃん!」「もう待ちきれないわ!」と言った声があちこちで聞こえる。『クリアクス』も目が戻ったみたい。まつ毛が全員ないのがキモい。
「こちらをお受け取り下さい」
運営スタッフが各チームの代表に何かを配ってる。あ、俺の所にも来た。
「なんでしょうかこれは」
俺の替わりに受け取ったコマッチモがスタッフに尋ねると、「後で説明があるのでとりあえずなくさないでください」と足早に去っていく。俺の目の中には「ヤクシャの号令砲」と映ってる。条件つきで音が鳴る仕掛けらしい。
「では少し早いですがルールの説明に入りたいと思います!!」
配り物のおかげで五分たち、予定開始時刻の十五分前。
運営スタッフの説明がいよいよ始まる。
ウオオオオオ――ッ!!
すごい。野次馬の音量が大きすぎる。
「会場にお越しの皆様!ただいま受験者へのルール説明が行われておりますので、ご静粛にお願いします!」
なんて注意するアナウンサーの声を聞いてる聴衆なんていない。結局警備の運営スタッフが怒鳴って盾を棍棒で叩いて黙らせようとするけれど、それでも全体が静まることはない。まぁお祭りの前夜祭みたいなイベントだし、仕方ないか。
「……通知にもありましたように、ルール変更がありまして、試験中に他のチームの受験生を殺害した場合、そのチームは即失格……」
カーン!カーン!カーン!
「「「「「!!!???」」」」」
病人の通過を知らせる拍子木の音で、突如水を打ったように静まる会場。
カーン!カーン!カーン!
あれ?
チンダラガケ「鳴子達磨」の仕業かと思ったら違うじゃん。
カーン!カーン!
拍子木を叩いている女がいる。そしてその女にしがみついている少女。
「ネブラさん!ダメですよそんなことしたら!というかどうして拍子木なんて持っているんですか!?」
少女の唇の動きを読むと、こんな感じかな。距離的に、さすがに声は拾えない。
「……」
カーン!カーン!
一方で、拍子木の音がよく響くのを分かっていて、女は無言のまま離れた小高い場所で両手に持った木を打ち鳴らしてる。
「「「「……」」」」
カディシン教を国教とするパンノケル王国において現在、拍子木を〝あえて〟叩いて音を鳴らすことの意味とその危険を知り、女を黙って睨む聴衆と受験者。なぜか眼を背け、彼女を見ないようにしている運営スタッフ。『クリアクス』も目を閉じている。
ネブラ・ヴァニコロLv65(人間族)
生命力:6000/6000 魔力:2000/2000
攻撃力:9000 防御力:2000 敏捷性:5000 幸運値:300
魔法攻撃力:3000 魔法防御力:3000 耐性:水
特殊スキル:限界突破
ステータスとパラメーターからして、普通の冒険者じゃないよね。
おっと、こっちと目が合った。
偶然かどうかわからないけれどせっかくだから「静まったのでもう鳴らすのをやめてもらえますか」と俺は口をパクパク動かしてみる。どうかな?唇を読めたかな?
シーン……。
ネブラという女は腕をおろし、拍子木を鳴らすを止める。しがみつく少女は「はぁ」とため息を吐く。
「何者でしょうか、あれは」
「当たり前だけど初めて見る顔だね。……スモーキールート」
「?」
さっき感知した珍しい香水は、あの二人か。少女の方がエアリージャスミンか。
「こちらに気があるみたいだね。ずっと見てる」
「ハダリ様に、ですか?」
コマッチモの目が冷たくなる。
「分からない。でもとにかく手は出さないでね」
「はい。〝指だけ〟にいたします」
言ってコマッチモが右腕をあげ、中指を女に向けて立てる。〝友達〟をつくるのがいつも上手で、ほんとにもう困っちもう。
「……」
微かに微笑み、その場を後にする拍子木の女ネブラと、慌てて彼女を追う少女。背中から生える翅からするとあの少女は……。
「で、では説明を続けさせていただきます!」
野次馬がお通夜みたいに静まり返ったおかげで、運営スタッフの説明はよく聞こえる。
「選抜試験期間は三日間すなわち72時間です。迷宮内には魔法学園リュケイオンが「財宝」として指定した魔道具が全部で9個、隠されております」
今回の参加チームはいつも通り、全部で9組。
「指定魔道具はそれぞれ、①プロメテウスの脂肪、②苦汁ハシシュ、③ウルズの麻花、④サウスヴァティーの芥子茎、⑤ナンナのヘレボルス草、⑥ハトオルの向日葵種、⑦ダゴンの新生児肉、⑧紡績機ハスター、⑨白鳥殺しの棘となります」
『クリアクス』7人。平均レベルは57。
『アリアンロッド』10人。平均レベル47。
「皆様は三日以内に「財宝」指定の魔道具を最低1個以上見つけ出し、迷宮から地上へ持ち帰っていただきます」
『ハヌマーン』8人。平均レベル39。
『アイゼンクラウト』10人。平均レベル22。
「迷宮内には指定魔道具に似せたダミーも数多く存在します。持ち帰った魔道具が「財宝」指定でない場合、つまりダミーの魔道具を持ち帰ってしまった場合、それは「偽物」と判定され、その場合は試験失格になります。判定は迷宮を皆様のチームが出た際に即時行われますが、皆様は試験期間中に一度でも迷宮の外に出た場合、二度と中に戻ることはできません」
『アカサーウ』9人。平均レベル44。
『ワーフガー』7人。平均レベル34。
「なお迷宮内でチーム同士の交戦が発生した場合、チーム構成員の過半数が戦闘不能となった時点で、そのチームを「敗北」と認定します。この時もし「敗北」チームが指定魔道具をもっていた場合、その魔道具は自動的に「勝利」チームの手に渡ります」
『ラースアルハゲ』8人。平均レベル36。
『ノクティルガ』10人。平均レベル29。
「迷宮内の様子は映像を確認できる魔道具「投影水晶」を用いて、審判である我々ワルプルギス運営委員が常に監視し、必要に応じて「敗北」認定を行います。「敗北」認定が下された場合、その後指定魔道具を新たに手に入れ迷宮を出たとしても二次選抜通過者とはなりませんので気を付けてください」
『アブラカタブラ』2人。平均レベル40。
「最後にもう一つ。この開催式を挙行する前に各チームのリーダーの方々に魔道具「ヤクシャの号令砲」をお渡ししました。こちらは他のチームが迷宮内の別階層に移動した際、そのことを告げる音が鳴ります。迷宮の探索にお役立てください」
説明係のスタッフがそこまで言うと、楽器を抱えて座っていた管弦楽団がザッと立ち上がる。
「それでは本選出場をかけ、皆さまのご健闘をお祈りいたします!」
壮大な演奏が始まる。
受験者たちが装備と身体の最終調整に入る。
コマッチモとエリザベスはそれぞれ指と肢をパキパキ鳴らす。二人ともノリノリ。迷宮に入る前に全チーム戦闘不能になんてしないよね。大丈夫だよね。
「試合開始!!」
演奏二分後に大きな一声が飛び、それを合図に受験者たちが雄たけびを上げて我先にと地下迷宮へ走る。試験の舞台に足を踏み入れていく。拍子木のお通夜があけ、再び活気を取り戻す野次馬集団。音楽も鳴りやまない。たぶん受験者全員が迷宮に入るまで演奏してくれる趣向なんだろうね。
「俺たちも行こうか」
「はい、ハダリ様」
移動を始める俺とコマッチモ。
「さあ始まりました!全10回にわたり行われる二次試験選抜。その名も「地下迷宮アルマーヤ探索」!第9回目となりました今回も熾烈な戦いが予想されます!全チーム疾風怒涛の如く迷宮内へと突入していきます!」
「要するに審判団が本物だと言う魔道具をいち早く取って戻ってくればよろしいのですね?」
エリザベスの横を歩くコマッチモが俺の方を見て尋ねてくる。
「そういうことになるね」
「ハダリ様なら本物かどうかなどすぐにわかりましょう」
「俺だけじゃなくて、召喚者の目を持っていれば真偽を間違えることはないだろうね」
「そうなりますと、早い者勝ちのゲームでしょうか」
「そう上手くはいかないようにきっとできてるんだよ。だからボチボチ」
助けて。
「?」
助けて。…………助けて。…………助けて。…………助けて。…………
「ハダリ様?」
「なんでもない。とにかく中にはいってみよう」
疾風でも怒涛でもなくテクテク歩くエリザベスの上で、俺は水蜜牢の準備を始めた。
地下迷宮アルマーヤ。
魔法学園リュケイオンが実技訓練用に魔物を閉じ込め、人工繁殖させている場所。
繁殖させるため、餌用の家畜が投入されているし、照明用魔道具の青や赤の光が数時間おきに切り替わり、陰生植物を育て、至る所に昼と夜が用意されている。足場も砂利、石畳、土、泥と様々。気温や湿度は階層や空間ごとに微妙に異なる。
その管理された迷宮の階層は全部で73ほどある。
〈こちら本部より『クリアクス』へ。58階層のエリア688の状況を報告せよ〉
〈こちら『クリアクス』より本部へ。現在688に到着。他のフロアと同様で、この部屋だけ投影水晶が全て壊されている〉〈魔物もやっぱりいないわ〉
出没する主な魔物はディアトリマヘビ。チャンプリネズミ。ジョバリアコウモリ。ブロントムカデ。ヒオリテスゴキブリ。
この五種類の魔物が各階層ごとに棲み分け、食い分けを行い、共存しているらしい。レベルやステータス、パラメーターは棲む環境によって変動するけどそれは当たり前のこと。
ダラランッ!ダラランッ!!ダラランッ!!!ダラランッ!!!!
魔物の共存を可能にする理由の一つであるキーストーン種が近くを走っている。
場所は地下36階層。たまたまそれは、俺たち『アブラカタブラ』が今いる階層。
メガラニアラーテル。レベル66。
階層を自由に行き来しているこの魔物が、おそらくはアルマーヤのボス的存在。
「魔道具はいっこうに見つかりませんね」
部屋にいた8匹の魔物ジョバリアコウモリを0・4秒で切断し尽くしたコマッチモがつぶやく。
「そうだね」
「そろそろお食事になさいますか?」
「そうしよう」
〈こちら『クリアクス』より本部へ。他のフロアのエリアと同じく、688でも魚の食い残しが見られる。ん?どうしたミラベル〉〈水路に何かいる……〉〈きっと奴らだ。全員鉄仮面装備!〉
コマッチモはエリザベスから肘掛椅子ごと俺を地面に降ろすと、鞄から竹の皮に包まれたちまきのおにぎりを取り出す。竹はマソラ1号からの贈り物。1号、元気にしてるかな。
「いただきます」
コマッチモに食べさせてもらう俺。
うん。中華ちまき、しっとりもちっとしていておいしい。具沢山なのもこれまたうれしい。やっぱりコマッチモと二人きりの時は我慢せず、パンじゃなくてコメを食べたい。竹の皮の匂いも落ち着くなぁ。
〈うおっ!?背中に粘液をやられた!〉〈背後を警戒!!〉〈どこ!?どこにいるの〉〈敵は擬態能力を持つ可能性あり!!〉〈きゃああっ!!〉〈ミラベル!?〉〈水路の天井に別の奴がいやがった!!〉
〈こちら本部より『クリアクス』へ。状況を報告せよ〉
〈ミラベル・ペロタス隊員が魔物に拉致された!本部へ繰り返す!ミラベル・ペロタスが連れ去られた!ただちに追跡を行う!〉
「粽はお口に合いましょうか?」
澄んだ大きな瞳を向けてこちらに問いかけるコマッチモ。その背後を魚のボラが悠々(ゆうゆう)と泳ぎ去り、魔物の肉をついばむ。
「合はなひわけなひひゃなひ。ホハヒのふふってふれた料理なんにゃかは。モグモグ……」
咀嚼しながら答える俺。行儀悪くて、ボラに続くブリたちに笑われるかもしれない。
〈ミラベル!〉〈こちら『クリアクス』より本部へ!敵は他のフロアでも目撃した新種の魔物に間違いない!リュケイオンの情報にはない!俺たちも知らない魔物だ!!……あっ〉〈くそおおおおお!〉〈本部より『クリアクス』へ。投影水晶に敵の姿はまだ映っていない〉〈奴ら擬態してしかも投影水晶の死角を動いている!敵は水晶の位置を把握してる!!ミラベルの腕らしきものを発見!!追うぞみんな!〉〈クソ魔物!ぶっ殺してやる!!〉
「まあ、ハダリ様ったら。ちゃんとのみ込んでから仰ってください」
微笑むオマリのお腹からギュルルルと音が鳴る。元スライムのコマッチモのお腹に、鳴るような筋肉の仕組みなんてあったっけ?ほら、近くの足元で魔物の肉を食べていたヒラメも音に驚いて逃げたじゃん。
「ハダリ様のお食事しているところを見ておりましたら、オマリもついお腹が空いて、ついお腹を鳴らしてしまいました。ついついが続いてすみませんが、一口だけいただいてもよろしいでしょうか」
出ました、純愛王道パターン。接近する蠱惑的な唇と胸の膨らみから目が離せなくなる~。
「どうぞ。前の食事から6時間も経ってるんだ。オマリもお腹が空いてるでしょ。食べて」
間接キッスだけどどうぞ。ボラもブリもヒラメも魔物の残骸を食べることに夢中で見てないから好きに食べて。
〈こちら『クリアクス』より本部へ。ミラベル隊員の、頭部を発見。……ぬああああ――っ!!〉〈くそっ!くそっ!!〉
「ではいただきます」
頬を赤らめたコマッチモが俺の食べている中華ちまきを小さな口でパクリと一口。ゆっくり咀嚼しているところが、奥ゆかしいのに色っぽいんだよね。
「そんなに見つめないでくださいませ」
「そのままちまき全部食べちゃうのかな~と思って」
「そこは「可愛くてつい見とれちゃった」と仰ってくださいませ」
「オマリは可愛くないよ」
「まあ」
「とっても可愛い」
「ハダリ様ったら。……はい。今度はハダリ様がお召し上がりください」
「ありがと」
ジー……
俺たちのこんなノロケシーンを監視している投影水晶向こうの「ステータス見える組」はたぶん大忙し。ほらほら、大好きな魚のあふれる、血まみれの〝フォトスポット〟だよ~。
〈本部より『クリアクス』へ。『アブラカタブラ』の二名は現在36階層にいる。さらに36階層で再び魚があふれかえった。ただちに36階層に向かい魔物の替わりに魚を一掃せよ〉
〈こちら『クリアクス』より本部へ!いい加減、新種の魔物退治をさせて欲しい!!〉〈お願いだからミラベルの仇を討たせて!!〉
潮騒のように延々(えんえん)と続く無線のやり取り。やっと少しは緊迫感が出てきたね。
〈こちら本部。36階層の魚の殲滅を優先せよ。〝新種の魔物〟退治とやらはその後に行え。繰り返す。36階層の魚の殲滅を優先せよ。手っ取り早く仇を討ちたければ魚の殲滅後、同じ36階層のエリア400にいる『アブラカタブラ』を止めろ。リュケイオンの登録に無い魔物はこの迷宮に存在しない。どうせ〝あの二人〟の仕業だ。目を接着剤でふさがれないよう慎重に戦い、しかも戦闘不能に追い込めば〝バーソロミューの使い魔二匹目〟はおのずと消える〉
いい勘してるね。さすが本部。「ステータス見える組」は伊達じゃないってことだ。
〈人だろうと魔物だろうと、殺すことに何のためらいもなく、しかも殺す能力があるあの『アブラカタブラ』の相手ができないというのなら、お前たちは残り六人で手際よく魚だけ焼いてコソコソと奴らから逃げ回れ。捜索せずともさっきのように〝新種の魔物〟はお前たちを退治にきっと現れる。敵を討てず仇を討ちたければ餌になって戦え。餌となった仲間のように〉
〈……こちら『クリアクス』。了解。36階層の魚の殲滅に向かう〉
おお。有無を言わさぬ名演説。さすが本部。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
俺は『クリアクス』と運営本部の魔法無線を盗聴しつつ、昼食だか夕食だかよく分からない食事を終える。
迷宮に潜り始めて50時間。
こんなにお日様の光を見ないのは、アルビジョワ迷宮を彷徨って以来かもしれない。
ピコーン。ピコーン。
「また鳴りましたね」
「うん。みんな忙しく動き回ってるみたいだ」
コマッチモの腕につけてある「ヤクシャの号令砲」が鳴る。「砲」なんて御大層な名前がついているから榴弾砲の発射音でもするのかと最初はビクビクしてたけど、聞いてみたらスマホの大人しい着信音程度だったから安心した。
ピコーン。ピコーン。
「またです」
「こっちに誰かが近づいてきている気がする」
「本当ですか。それは楽しみでございます」
この50時間、俺たちは他チームと一度も遭遇していない。
出会ったのは全て魔物ばかり。10秒後にはコマッチモによって魚の餌になってる魔物ばっかし。
「殺さなければよろしいのですよね?でしたら舌や目玉を引き抜く鉄火箸と鎚は必須アイテムで……それと、死なないよう切り刻む鋸と手斧も急ぎ用意しないと……」
ピコーン。ピコーン。
「ああ。責め具を使うのが待ち遠しい。あらいけない!解体用のハンガーを宿屋に忘れてきてしまいました!」
「忘れたんじゃなくて置いてきたのね。イノシシみたいな解体をここで受験生相手にやったら失格になるからやっちゃダメ。とりあえずこの部屋の投影水晶もさりげなく全部壊して」
「承知しました。ハダリ様の魚に紛れてさりげなく粉砕します」
ピコーン。ピコーン。
迷宮に潜る前に薄々(うすうす)気づいていたけれど、今回潜っている9組のチームのうち、俺とコマッチモの『アブラカタブラ』以外は全員グル。
ピコーン。ピコーン。
この50時間の「ヤクシャの号令砲」の鳴るタイミングの規則性でそれは分かった。
そして『クリアクス』と運営本部のやりとりから察して、『クリアクス』の目的は俺たちの〝後始末〟であって、本選出場じゃない。
魂核をもつ者のステータスとパラメーターが見える目。
すなわち召喚者の目。
その目の致命的欠陥を突いた俺の魔法「水蜜牢」に対する彼らの対応は、「ステータスとパラメーターのある魚は見つけ次第殺す」。
実にシンプルだ。投影水晶の先には召喚者の目をもつ者が少なからずいる。彼らが迷宮内を監視しやすいように、俺が亜空間サイノカワラから放った魚を殺すのが『クリアクス』の任務。
まぁ、それくらいは最初から想定していた。そして盗聴の様子からして『クリアクス』は召喚者の目を持たない。だから運営本部と無線でやり取りする。運営本部がこちらの無線盗聴を想定していることは、『クリアクス』とのやり取りで分かる。
奴ら本部は魚と俺たち『アブラカタブラ』の話ばかり持ち出す。他のチームのことを一切口にしない。「聞いてんだろこの野郎」みたいな感じがプンプンする。聞いてるさこの野郎。
そして『クリアクス』にちょっと〝ドッキリ〟を仕掛けたけれど、『クリアクス』もブレない。だからやっぱり『クリアクス』は俺の魚を殺すことしか命じられていないとみて間違いない。
俺が水魔法「水蜜牢」を展開できる範囲は1フロア、つまり階層一つのみ。水族館の展示スペースは一階層分しか作れないことが潜って判明した。面積でいうと約1平方キロメートル。
迷宮アルマーヤに入った直後から俺は一階層ずつ水蜜牢を使い、魚をとにかくぶちまける。目的は投影水晶の位置を把握すること。俺の魚は魔力素に反応する。投影水晶は微弱だけれど魔力素が流れる人工物。俺の魚は自然に投影水晶に集中する。
そしてこれを狩るのが『クリアクス』の仕事。彼らは宿屋ザビヤチカのロスチャより雑だけど素早く豪快に魚を下ろしていく。しかもいきなり焼き魚にしちゃうところが干物職人のロスチャと違う。
で、これは囮。
実の目的は迷宮内の魔物の疎密の把握。
魔物が多く群れている場所は魔物のせいで機能している投影水晶が少なかったり、壊れていることが多い。それだけでもありがたいけれど、俺が今ここで欲しいのは〝仲間〟。
俺の魚が魔物に大量に食べられて、運営本部と『クリアクス』にはとっても都合のいい空間へ俺はコマッチモと移動。
そしてコマッチモが部屋の魔物を殺し投影水晶を破壊して部屋をきれいにした後、俺は罠を張る。フグ漁に使われる延縄漁法。つまり水魔法「水糸」をふんだんに使った長い糸を部屋の対角線に吊るし、その糸に、等間隔に短い糸を複数さらに垂らし、その先には氷の鈎にくくりつけた餌魚を用意。
で、俺たちは〝漁場〟を離脱。
水糸はその部屋だけ残し、フロアの残りの水蜜牢は崩す。魚たちには申し訳ないけど水を失い死んで魔物の餌になるか『クリアクス』に始末される。放っておいて俺たち『アブラカタブラ』は下の階層へ移動する。
一方で腹を減らせた魔物はやがて、罠を張った〝漁場〟部屋に戻る。あるいはたまたま訪れる。
「!」
餌の魚を食べると氷の鈎に引っかかる。そしてこの氷の鈎には俺の魔力素をたっぷり入れてある。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔〔流転〕〕〔呪解〕〔充力〕
鈎針が口に刺さる激痛に耐えかねてのたうち回り、部屋の中を暴れまわっているうちに、魔物ちゃんは俺の魔力素に汚染され、魂核が「流転」。魔獣の前段階であるチンダラガケに大変身。名前は〝河童〟。皮膚呼吸も鰓呼吸も肺呼吸も擬態も泳ぎも走りもできる全身ヌメヌメ水陸両用戦士。
迷宮に潜ったエリート学園生徒を魔物媒介感染症や呼吸器疾患から守るために迷宮に張り巡らされた衛生管理システム、その名も「用水路」。
これを利用して、河童はフロア内のいたるところに仕掛けられた投影水晶に姿をさらさず移動できるようになる。水路の中に投影水晶を置かなかったのがミスだったね。本部さん。
そして河童を使い、俺は最重要目的である「地図作製」を行う。
仕事としてはおまけだけど、受験生が近くにいれば彼らの様子を河童たちは偵察する。まぁ受験生チームの動きは想像つくから、あくまでこれはおまけ。
あと「地図作製」がばれないよう、時々『クリアクス』の傍に出現させて、〝河童〟を警戒させる。水の中から見たことのない〝何か〟が顔半分だけ出していたら、そりゃビビるよね。
まぁとにかく欲しいのは正確な迷宮地図。
だから時間と魔力と魔物と魚の命をかけて詳細な地図を作る。
そんな感じで俺たち『アブラカタブラ』は40時間かけて最下層73階まで水蜜牢➡延縄漁法➡河童➡地図作製を行ってきた。そして36階層に戻るまでに、改めて他チームの動きを分析する。
「魔道具をとらせない?」
「そう。『クリアクス』以外のチームの目的は俺たちに指定魔道具をとらせないこと。そのために示し合わせて行動している」
ヤクシャの号令砲と河童の送ってきた映像ではっきりしたのは、7チームは所定の場所で、所定のタイミングで指定魔道具をとり、試験開始48時間以降の所定のタイミングで迷宮を脱出しようとしていること。
指定魔道具の場所については、ワルプルギス運営本部から教えられたんだろうね。まぁ俺を勝たせたくないはずだから当然だろうけれど。
魔道具を取るタイミングと迷宮を脱出する時間については、指示されたのか自分たちで決めたのかは不明。でもわかるのは、とにかく協力しているということ。
「さっさと迷宮を脱出しない理由は知らない。八百長ってバレたくないからかもしれないし、命令されているからかもしれない。こればかりは神と本人たちのみぞ知るってヤツだよ」
「では神罰の味を私が味わわせてまいります。腕二本くらいずつもいでも死にはしないでしょう」
「まぁまぁ怒らないで。それに彼らは近くにいない。「ヤクシャの号令砲」を利用して、俺たちと同じ階層にいないように慎重に行動している」
『クリアクス』以外のチームは決まった時間間隔で階層を移動している。そして『クリアクス』が移動する場合、彼らはわざと階層移動の段階で「降りる➡昇る➡降りる」を行い三回号令砲を鳴らす。これで他チームは『クリアクス』の移動に気づく。『アブラカタブラ』の移動でないことを知る。
これで他チームは安心。
あとは決まった時間が訪れるまで階層内の魔物を狩っていればいい。目の前の魔物がいなくなれば一休み。投影水晶の死角に隠れて暇そうにしている。
そんなお気楽チームには、俺の河童が忍び寄って集団ごと水の中に引きずり込む。
殺しはしない。
河童は伝説によると尻子玉を抜く。でも尻子玉なんて部位、解剖用語にないから俺なりに解釈。つまり浣腸させて深刻な痔にする。
河童と出遭った良い思い出になるでしょ。高位の治癒魔法を施さなければ、糞便のたびに筋肉の破れた肛門に激痛が走り、同時に溺れかけた悪夢がよみがえるなんて、考えただけでも最高の嫌がらせ。
魔物退治にも熱が入るし、河童が恐くて一睡もできないよね。がんばれ受験生。
「指定魔道具のうち、最後の一個は彼ら受験生には簡単にとれないだろうから、俺たちはそれを狙えばいい」
「最後の一個がどこにあるのかハダリ様はご存じなのですか?」
「全フロアで一度水蜜牢を張ったし、俺は鼻が利くようになっているから魔道具の位置は大体分かっている。その中で唯一、最初から不規則に動きまわっている魔道具が一つ。それは階層も自由に行き来している。しかも「ヤクシャの号令砲」が鳴らない」
「つまりは魔物の中……もしかしてメガラニアラーテルの体内でございますか?」
「その通り。正解」
「でしたら今この階層におりますのでただちに狩り殺してまいります!」
鼻息を荒くしてコマッチモが右拳を左掌にぶつける。
「いや、殺さなくていいんだ。逆にそれをされるとちょっと困る」
「なぜでしょうか?指定魔道具をいち早く手に入れ迷宮を脱出すればこの試験は合格でございますよね?」
「それもそうなだけどね」
メガラニアラーテルを殺して魔道具を手に入れた時点で、俺が迷宮にいる理由がほぼなくなる。ちょっとそれは困る。
「分かりました。迷宮の入口近くで他の8チームを待ち構え、彼らから指定魔道具をとりあげるつもりでございますね。心得ました。早速拷問の準備を第1階層で行いましょう」
「それもちょっと違う。……あ、ようやく見つけた」
「え?」
「……間違いないね。そこか」
843匹造って泳がせている河童のうち、2匹からの信号が途絶えたり再開したりする。ようやく見つけた。
「何をお見つけになられたのですか?」
「ん?それはね」
おっと、まずい。
ピコーンピコーン。ピコーンピコーン。ピコーンピコーン。
『クリアクス』が魚退治のために36階層に到達。このままコマッチモと鉢合わせして「俺たちは魔道具なんて持っていない!」なんてことになったら「隠し場所を自白するまで待ちましょう」ってなって『クリアクス』の全身穴塞ぎの拷問がはじまっちゃう。
状況分析のため、もう既に彼らの一人を河童で殺しちゃったからこれ以上は避けよう。
「事情は移動した後に話す。それより急ぐから抱っこして俺を運んでくれない?」
「え!?抱っこしてよろしいのですか!?」
「うん」
抱きかかえられた俺は亜空間ノモリガミに肘掛け椅子を、亜空間サイノカワラにエリザベスをしまう。
「ところでハダリ様。先ほどから激しい足音と魚の焦げる臭いが漂って」
チュ。
「!!!!!!??????」
不意打ちにキスをして、自分の唇とコマッチモの頬に接続した水糸を俺はほどく。
「そんなのは放っておいて。最速で46階層に移動して」
「承知しました!!!」
気合を入れるコマッチモ。なぜかパラメーターが変動してる。どういうこと?
「はあああああああああっ!!!」
ドゴンッ!!!!
「?」
うっそ!
迷宮の床を踏み抜いた!そのまま俺もコマッチモも落下するけどまさか、
ブドゴオオ――ンッ!!
踵落としでまた床が抜ける。
ピコーンピコーンピコーンピコーン……
〈なんだ!?何が起きてる!〉〈地震?〉
そうだった。俺もぼうっとしている場合じゃない。46階層につくまでにアレをやっとかないと。
――いよいよ迷宮探索試験も残り二十一時間を切りました!
〈!?〉〈この声、アナウンサー。外で流している放送?〉〈何で今さら迷宮内で聞こえる?〉〈地震の影響か?〉
――チーム『アリアンロッド』、第55階層でジョバリアコウモリと激しく交戦しております!魔道具「プロテウスの脂肪」を手に入れてもなお迷宮に潜り続けるのは、この期に及んでなおレベル上げに勤しむからでしょうか!?他のチームも『アリアンロッド』に負けていない!『ノクティルカ』と『ハマヌーン』そして『アイゼンクラウト』が第11階層にてボスキャラとも言うべきメガラニアラーテルと激突しております!!
〈おいどうなってる?〉
〈どうして外の放送が迷宮内に流れているの!?〉
〈こちら『クリアクス』より本部へ!外向けの音波放送が迷宮の中まで響いてる!これだと『アブラカタブラ』に他チームの居場所がばれるぞ!〉
〈こちら本部より『クリアクス』へ。迷宮内に外の状況を伝える音声魔道具は仕掛けていない。繰り返す。外の状況を伝える仕掛けはしていない〉
〈どういうことだ!じゃあどうしてこんなにガンガン放送が響いているんだよ!〉
――メガラニアラーテルとチーム三組による激しい攻防が続いております!ものすごい状況です!本来であれば勝ち抜き戦であるこの二次選抜を、力を合わせて乗り切ろうとしているかのようなこの雄姿!世界中の皆様の目にご覧に入れられないことが何より心苦しいところであります!しかしご安心ください!魔法放送が大変ご好評であり準備も整ったため、次回行われる最終回の迷宮探索は世界中に向け、初の映像発信も行う予定です!どうぞご期待ください!第十回目の迷宮探索には勇者チーム『神の炎』がとうとう参戦……
〈本部より『クリアクス』へ。問題が発生した〉
〈こちら『クリアクス』!どうぞ!〉
〈本部より『クリアクス』へ。『アブラカタブラ』の行方が不明。『アブラカタブラ』の行方が不明。36階層で最後に目撃されたエリア400へ急行せよ〉
〈は?〉〈何言を言ってる!?〉〈行方不明って、まさかダンジョンから脱出したとか〉
〈そんなことあるわけ……〉
――おっと、ここにきてとうとう迷宮から人影がっ!現れたのはなんと、チーム『アブラカタブラ』!!
〈〈〈〈〈〈!?〉〉〉〉〉〉
――『アブラカタブラ』の二名が地上に姿を現しました!使い魔に乗るバーソロミュー選手の隣のグラニュエール選手が両手を掲げる!あれはまさに魔道具!しかも一つではありません!!
〈〈〈〈〈〈!!〉〉〉〉〉〉
――審判四名が『アブラカタブラ』に駆けよっていきます!さっそく鑑定が始まりました。我々も固唾をのんで見守りましょう。……あっ!判定のサインが上がりました。四!四個です!!迷宮から持ち出した四個の魔道具全てが指定された「財宝」であることを認める判定が下りました!
〈こちら『クリアクス』!本部!!何がどうなってる!?〉
〈こちら本部。『クリアクス』。状況を報告せよ〉
〈ふざけんな!こっちが状況を聞いてんだよ!!〉
――大変です!何ということでしょう……一体、迷宮で何が起きたのでしょう!?ジョバリアコウモリと交戦していた『アリアンロッド』が急ぎ迷宮の外へ向かっております!
〈くそ!どうしてこんなことが起きてる!本部!本部!!説明しろ!!〉
――メガラニアラーテルの包囲を突如解いたチーム三組。メガラニアラーテルが戦士たちの包囲網をくぐって逃げ出しました!それを追わない三組…………あっ!え?ああっ!!なんと、なんとここで突然の仲間割れ!!大変です!!仲間、いえチームどうしのバトルが始まりました!いったいどうしたということでしょう!先ほどまでとは打って変わり、チーム対抗戦に状況は一変!!……私の後ろでは聴衆のみなさまのものすごい歓声が上がっております。全国の皆様、お聞きいただけますでしょうか。第八回目までと同様、これが二次選抜試験の真骨頂なのかもしれません!
ワァァァァァァァァァァ……
「盛り上がって来たね」
迷宮アルマーヤ、46階層。
お姫様抱っこでコマッチモに連れてきてもらったこの階層には不思議な部屋があることが、河童のダンジョン調査でようやく判明した。
水糸という魔法が入れず、けれど水路がつながっていたため河童がどうにか気づくことのできた秘密空間。
「それにしてもたくさんの水晶が入口にございましたね」
監視目的か撮影目的か。とにかく他の場所よりも多めに投影水晶が隠し部屋の前には置かれていた。
「そうだね」
そして秘密の部屋の入口には念入りに結界も施されていた。
結界はたいした魔法じゃないから壊すこと自体は訳ないけれど、侵入したことには気づかれたくない。だから俺は色々と小細工を弄した。
まず、全フロアにいる河童たちに水鉄砲を投影水晶めがけて撃たせる。彼らの水鉄砲は長芋を擦り下ろしたトロロみたいに粘り気があるから、ものの十秒くらいは映像を遮断できる。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
その十秒の間に46階層にいる俺は、結界つまり呪いを、封印されし言葉「カマドウマ」の「呪解」で破壊する。他のフロア同様、秘密の部屋の前の大量の投影水晶の〝トロロ〟が床に落ち切る時には、俺とコマッチモは秘密の部屋の中という具合。
「迷宮内にこのような場所があるとは想像しておりませんでした」
隠し部屋。
そこはまさに、ドクロだらけの神殿。人間族のドクロが多い気がする。
部屋の〝管理者〟が綺麗好きなのかどうか、ドクロは整然と並べられ、積み重ねられている。崩れないのはセメントで接着してあるからかな。
「もしかして、この部屋を見つけるのが目的で、ずっと迷宮に潜っていらっしゃったのですね」
照明一つついていなかった暗い部屋は、俺の「水火」で青白く照らされている。メタンガスを閉じ込めた氷のメタンハイドレートはこういう時に役立つ。
「そうだね。それに部屋の中で調べものもしたいから、時間稼ぎも用意した」
「あの突然始まった放送のことでしょうか?」
「そ」
河童は迷宮内の水路を行き来できる。
そして水路は迷宮の外にもつながっている。
外に出た河童に、外部向けの放送を受信させ、それを他の河童に電波塔のように伝え、迷宮内部全体に流す。
音は結局、空気の振動。拾った空気の振動を真似させることくらい容易い。タイミングの差こそあれ、迷宮内の河童たちは伝達され記憶した空気の振動を口から発生させる。受験生はそれを外から流されたものとして聞く。
「みんな少しはあせっただろうね。自分たちの居場所をもろにばらす放送がガンガンに迷宮内に響いたら」
「それもそうですね」
俺は肘掛け椅子とエリザベスを亜空間から取り出す。それを見てコマッチモが俺を椅子に座らせ、椅子ごとエリザベスの上に置く。
「だからフェイクニュースにも引っかかる」
「ハダリ様と私が魔道具を持って脱出したというアレでございますね」
「そう。嘘を信じて行動したところをみると、7チームの受験生の中には召喚者の目を持つ人はいなかったのかもしれないね」
フェイクニュース。
つまり『アブラカタブラ』が指定魔道具をもって迷宮脱出したという偽情報。
そこだけは、本物のアナウンサーの声を迷宮内に流さず、俺が河童を使って声を真似して伝えた。
あとは本物の放送を垂れ流せばいい。
9個の指定魔道具のうち4個を持ち出し、それが本物だと判定された。そうと知れば迷宮内に残るチームはまず、自分たちのもつ魔道具が本物かどうかを疑う。その次にやることは二つしかない。
一つ。戦いに巻き込まれる前に早急に迷宮を脱出して自分たちの魔道具を一か八か外で鑑定してもらう。
二つ。迷宮に残る他チームを戦闘不能に追い込んで相手の魔道具を奪えるだけ奪う。
このどちらかしかない。
そしてどちらもリスクを伴う。
脱出して鑑定してもらい偽物であればそこで試合終了。他チームと交戦すれば「敗北」しかねない。
残念だったね。協定関係があだになった。
正々堂々、普通に魔道具を見つけてさっさと脱出すれば心にも体にもよかったものを。
まあいずれにせよ、コマッチモと殺り合うよりはましでしょ。
「ところでハダリ様」
命の保証だけはあるんだから。
「どうしてこの部屋を探していたのか?でしょ」
「はい」
「実はね、この迷宮に潜る前からずっと、〝声〟が聞こえているんだ」
「声ですか?」
「うん。「助けて」のくり返し。ようするに誰かが俺に〝ここへ来い〟って呼びかけ続けていたわけ」
「私にはまったく聞こえず、ハダリ様にだけ聞こえる声でしかも〝ここへ来い〟とは、無礼な輩ですね」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
地下迷宮アルマーヤ。
迷宮内情報は極秘。
けれど迷宮の地上部のブランフォーディ遺跡は超有名で、パンノケル王国や冒険者で知らない人はほとんどいないらしい。観光案内まである。
霊場。
この異世界に「霊場」なんて言葉はないけれど、「魔力を授かれる」という信仰が昔から篤くて、実際に魔力素が戦争跡地でもないのに非常に多い場所。
アントピウス聖皇国と近いせいだろうけど、お得意のコンクリート技術で大型コンクリブロックを大量製造して、器用にくみ上げて造られた大型古代遺跡。
風化したコンクリブロックには、絵のような模様が自然に浮かぶ奇景の遺跡。
遺跡の石も外に持ち出すと不幸が起きるという妙な言い伝えのある遺跡。
そして遺跡には実際に、少量の呪詛の混じる石が多い。微弱だけど魔物を引き寄せる呪いのある石でできた遺跡。
「だから確かめに来た」
地下迷宮アルマーヤ。
全てが極秘のこの迷宮がかつて、「とある目的」に使用されようとして、結局放棄された経緯がある。
とある目的。
それは災花の封印。
追放聖皇オパビニアの封印。
お騒がせ者で、結局は俺が食べた魔法使いオパビニアを、かつてどこに封印するかを決める会議がアントピウスで行われたらしい。ジブリール図書館長が禁書庫の議事録を片っ端から漁って見つけてくれた。
「ここは、あの花の魔法使いオパビニアを封印するために一度は候補地にあがった場所なんだよ」
俺は冷たく沈んだ空気を吸いながらコマッチモに説明する。
「しかし最終的にはイラクビル王国のたしか、バルハチという地に封印されたのでしたね」
「その通り。アントピウスは現在バルハチにある地下迷宮を選び、そこにオパビニアを封じた。封じた場所に後からバルハチができて首都になった、というのが正確だね」
「ここはどうして候補地にあがったのでしょう?」
天井から釣り下がる紐に括り付けられたドクロの飾りを見ながらコマッチモが聞いてくる。
「それは彼に調べてもらったけれど分からない。候補地から外された理由も分からない」
紐に吊るされたドクロの飾りは神殿内にいくつもある。そのうちの一本が、風もないのにゆらゆらと揺れる。
「なるほど。ハダリ様を思い煩わせ悩ませたことといい、まだ一人の受験者も尋問できていないことといい、そろそろこのオマリが一肌脱ぎましょう」
「はいはい。脱ぐっていったって擬態なんだから脱げないでしょ。ほら、あれだ。あそこから声が聞こえる」
神殿を進むうちにとうとう俺は「助けて」の声が上がる場所に到着する。
……。
「ピュセルの水轟柩」
俺は目の中に表示されるアイテムの名前をコマッチモに教える。効果が珍しく表示されない。暗号化か。でもソペリエル図書館の禁書庫の文献で見た記憶がある。
「魔道具でしょうか?」
「確か文献で昔読んだ。……八代目聖皇ゼハンプリュの魔剣。宝具だったかな?いや、魔剣だった気がする」
「ハダリ様。魔剣と宝具とはどう異なるのですか?」
「そうだね。説明するから〝一肌脱いだ〟擬態はやめて。トップレスは目のやり場に困る」
「分かりました」
「魔剣も宝具も結局「すごい魔道具」に過ぎない。中に元々たくさん魔力素が込められている魔道具が宝具。誰でも使えるけれど、いつか魔力素は尽きてただの骨董品になる。魔剣は魔力素以外にも呪詛が秘められている」
「呪い、ですか」
「そう」
呪詛は使用する者を限定するためのもの。
簡単に魔力素を引き出されて使用されないようにするための保険みたいなもの。だから宝具より長持ちする。使用者を制限すれば使用頻度も減るから当然と言えば当然。
「なるほど。そういうことでございましたか」
「さて、それじゃあ「助けて」の声の主に対面するために魔剣を壊すから、ビキニも止めてエプロンドレス姿に戻って」
魔剣「ピュセルの水轟柩」の効果表示隠蔽の暗号解析終了。
なるほど、効果は名前の通りシンプルだね。だけどちとヘビーだこれ。
「水着もいけませんか」
「ダメ。それと、ちょっと危ないからエリザベスと一緒に後ろに下がって」
「かしこまりました」
コマッチモによってエリザベスから俺と椅子が下ろされる。コマッチモとエリザベスが俺の後ろに下がる。
カチカチカチカチカチ……
厚さ2メートルの氷壁を二人の四方に発生させて、天蓋も設ける。これで少しは安心。
「さてと」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔〔充力〕〕〔渦魔導魔〕
「おっぱじめますか」
ヴ……
魔剣「ピュセルの水轟柩」に俺の魔力素を注ぎ入れ、
ガシャ。
魔剣を破壊する。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!
ダムが決壊したように柩型の魔剣から水があふれ出す。恒星の重力崩壊のように、本来圧縮不可能な水を原子レベルで圧縮して鉄原子に変えていたものが元の状態に戻る。そりゃあこうなる。
水圧以前に風圧だけで椅子も俺も吹き飛びそう。
計測……最大瞬間風速、209メートル毎秒。元の世界だったらスカイツリーが折れて吹き飛ぶくらいかな。
地面と椅子と俺は氷で接着している。だからこちらはかろうじて持ちこたえられる。全身を氷で覆っているからとりあえず肉も引きちぎれない。こりゃまたおっそろしい。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――……
部屋どころか迷宮すら消滅できる量の水と風があふれ出し、そしてことごとく消えていく。
水と風の逝き先は俺の亜空間ノモリガミ。
治美兄さん。
ごめん。おそらくこの水量、1億トンくらいある。
ちょっと多いけれど少しの間我慢して。たぶんマソラ4号の俺が使うと思うから、すぐになくなる、はず。それまでしんどいかもしれないけど蓄えといて。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ。
「これで終わりかな?」
ノアの大洪水みたいな激流が消え、噴水が消え、とうとう壊れた灰色の柩が再び姿を見せる。
「……」
柩の前に立つ、全身拘束具を付けられた女。漂白されたみたいに肌が白~い。
俯くその頭には海藻みたいに濡れた長い髪。怖~い。
Δλ LV h/mc(1−cosθ)
生命力:σ(θ)~ 魔力:1 / sin*4θ
攻撃力:B 防御力:n*2 敏捷性:n*2 幸運値:-2*2
魔法攻撃力:3 魔法防御力:4 耐性56
特殊スキル:4.1585
「助けに参りましたよ。〝箱入り娘〟のお嬢さん」
だから気さくに声をかけてみる。
「……助けて……助けて……助けて」
「さすがに女性のお洋服を脱がすのは憚られるのでご勘弁を」
顔が上がる。こっちを見つめる目元は儚げ。でも赤い角膜に黄金の瞳。
シュー……
やっぱり魔眼か。まいったな。
石化の呪詛ってヤツかな。
「ふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふ……ふふふふふふ」
名前からして、そうだよね。暗号解析終了。
メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)
生命力:60606060/70000000 魔力:45000/50000
攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇
特殊スキル:石化
でも本当に石化なんてできるんだ。びっくり。
全身の細胞が石になっていくのかな?
シュ~……
「氷が……ハダリ様?ハダリ様!!」
これは……そう、か………
「汝の主かそれは」
壊れ……終わ……俺……
「貴様、ハダリ様に何をした!?」
「見ての通り〝石〟と化した。我の持つ凶尽の眼力で」
「……」
「汝も石にしてくれようか?」
「その前に貴様を切り刻んでやる!!」
「やめておけ。お前ごときでは我には到底及ばぬ。我が魔眼はお前の能力値すら見抜く。天地の隔たりが見えるぞ」
「それが虚飾かどうかを今すぐ試してやる!!」
「慌てるでない風前の灯火。耳を少し貸せ。我は魔王ウェスパシア様の矛の一柱メデューサ・カトブレパス。憎き僧侶ゼハンプリュに封じられし者。これより穴蔵をはい出でて後、アントピウスの大地を汚らわしき人の血で赤く染めんと欲す。我が柩の封印を解いたその者の手柄に免じて、汝には〝滅び〟を眺める権利を授けようぞ」
「〝闇上がり〟とは思えないほど元気だね」
「?」
ボゴ。ギョロギョロ。
〈大丈夫でございますか?マソラ様〉
〈問題ないよコマッチモ。視界良好。お芝居ご苦労様〉
〈お安い御用でございます〉
コマッチモの引っ込んだ眼球の替わりに俺は〝俺の眼球〟をつくって迫り出させる。
バクリ。……ンベェ。
「陽子崩壊を起こせる魔物がいるとは想像していなかった。これが〝石化〟の正体か。ほんと勉強になったよ」
コマッチモの額の真ん中を縦に割って口を作り、俺は礼を言う。
「まさか……我が呪いを受けて生きているのか?」
「どうだろうね。普通に考えたら石というか素粒子分解されてハイ人生終了」
「あとは砕けて怨念と魔力素の残骸になって水路で迷宮の外に運ばれ砂に混ざってコンクリートの材料に使われて遺跡の素材として長い年月を過ごすことになりそう」
小脳。間脳。中脳。大脳。橋の再生終了。
「でも運が良かった。お前の〝目の前〟にいたのはたぶん、しぶとさが取り柄の魔法使い。心も体も生も死も始まりも終わりもごちゃ混ぜの闇鍋」
コマッチモの中には俺の細胞が他の魔獣よりも多めに入れてある。
それを増殖させて、コマッチモの中で俺は俺の神経細胞と眼をまず作成。肘掛け椅子に座る俺は脳細胞全てが陽子崩壊するまでに、脳が保存している全情報を新しい脳みそに魔力素を使い転送する。こうすれば魂核も無事。首から上だけは自由自在。
「……」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
「もう効かないよ。膠着子不投射方程式は、石になった〝元俺〟が解読した。お前の放つ陽子崩壊の呪詛は〝今俺〟が一々破壊してあげる」
菫色の瞳を俺はメデューサの魔眼に向ける。
「ふむ……よかろう」
メキメキメキメキメキメキッ!
「思えば、我が声を拾い、この地にはせ参じたと抜かした時点で、気づくべきであった」
メデューサの濡れた拘束具の布が破れ、金属が砕け、全て床に落ちる。
針金で縫合されていた口の裂け目がブチブチと切れて広がる。怪談話に出てくる口裂け女よりたぶん裂けてる。
「力ある魔法使いでなければソレが叶わぬことを失念しておった」
ゴキゴキゴキ……
肘と顔のこめかみから伸びる棘はクワガタの角のようでデンジャラス。
体表は銅色の蛇の鱗で覆われていてセクシー。
背中からは真鍮っぽい金翼が伸びて、これはこれでゴージャス。
シュルシュル伸ばして、熱源が俺たち以外に存在しないか確かめるその舌。頭全体にいつの間にか生えまくってる蛇はどちらもエロティック。
「永劫の制水に溺れ、身も心もふやけておった」
〈口裂け蛇女の魔眼は俺が〝魔法的に〟壊す〉
永津真天 3号:Lv10(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間 香霧多知 身硝盛)
生命力:400/400 魔力:―――
攻撃力:0 防御力:0
敏捷性:0 幸運値:0
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:命食典儀・魔蛆生贄
「我が声を遮る隷廟に至り、我を封ずる魔剣を破壊し得る者は魔王様以外におらぬと思うていたが、よもや魔王様ではあるまい。ゼハンプリュのごとき欺瞞の手品師でも、勇者を名乗った狂剣でもあるまい」
〈だからコマッチモはあの魔物を〝物理的に〟壊して〉
コマッチモ:Lv60(魔獣)成長補正付与。
生命力:5050/5050 魔力:5050/5050
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800
魔法攻撃力:500 魔法防御力:2020 耐性:闇属性
特殊スキル:即死魔法。回復薬調製。
「いずれにせよ我が秘術を破り、肉を捨て魂核のみで他者に寄生できるとは、理法の外に身を置く外道。まさしく異獣。それほどの力があるのなら、我が右腕にしてもよいぞ、異獣ナガツマソラ」
〈マソラ様をケモノ呼ばわりする蛇ビッチを破壊せよとの命令、承知いたしました〉
それじゃあヤっちゃおうか。はじめての合体♡
ギシュギシュギシュ……
「嬉しさのあまり五臓六腑が凍り付きそうです」「冷たく扱ってごめんね」
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:5450/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:蛇の口裂き。蛇の皮剥き。蛇の串焼き。蛇鍋。蛇炒め。蛇汁。
「さてもさても異獣よ」
エリザベスが肢の一本をわずかに動かす。
ボッ!!!
コマッチモもメデューサも、微笑したまま影のように消える。
ガキンッ!!
「!」
コマッチモのコンバットナイフの刃先がメデューサの眼球にぶつかって逆に砕ける。
わお!蛇女だけに瞬膜で眼球をコーティングしてるのか。なんちゅう硬さ。にしてもいきなり目を狙うコマッチモもエグいね。
ザシュンッ!!!
速くて重いメデューサの鉤爪がコマッチモの肉を削る。水もたまらない鋭い切れ味。
ドムンッ!!!
削られたコマッチモがそのまま体を回転させて三日月蹴りをメデューサにぶちこむ。前蹴りよりやや外側から伸びた脚先が蛇女の顎にクリーンヒット!……したのに微動だにしないなんてマジ?防御力9万のパラメーターは飾りじゃなさそう。
スピューンッッ!!!!
コマッチモはすぐに距離を取って必殺技を指先から展開。いいぞやっちゃえ。
その名も鋼線。
スライムの体の一部を極限まで細くして繊維状にしたジョンガネは強度も上々だけど高速で移動させることで大抵の物体は切断できる。例えば首都のレンガ工場の煙突とか。地下迷宮の魔物とか。
「ふふふ……」
その場から動かず微笑むメデューサをジョンガネが絡めとる。こりゃ殺っちまって……ない?
「どうした?斬らぬのか?」
「……」
絡めとったのはいいけれど、いつものように切断できない。滑らかに輝く蛇の鱗が硬すぎる。嘘でしょ?コマッチモのフレッシュワイヤーだよ?斬れないとかないでしょフツー。
ブシュッ!
メデューサの肉じゃなくてコマッチモの鋼線が千切られる。千切ったのは真鍮の黄金翼。翼の羽毛がチェーンソーの刃みたいに動いてる。うわ~、何でもありだコイツ。
「やっちまったね。こりゃもう泣くしかない」「申し訳ございませんマソラ様。作戦を立てたいのでこの場を一度撤退してもよろしいでしょうか?」
「我はいっこうに構わぬぞ。我が眷属が許すかは知らぬが」
部屋の壁のドクロというドクロからモゾモゾとムカデとヤスデが出てくる。この量のステータスを隠すのは無理だから召喚したのか。すんげぇ。
ビシシイイイッ!!!!
しかも召喚されるなりみんなで発電してやんの。測定、測定……1511Vの4002A。あ~、10両編成の電車が走れちゃう電力だコレ。電気の檻かい。こりゃコマッチモの体だと出られそうにない。仕方ない。
「すみませんマソラ様」
謝ることなんてないよコマッチモ。
相手が想定外のバケモノってだけのことだ。気にしないで。
それに、せっかく合体したんだ。
久しぶりに俺も〝物理的に〟参戦するよ。コマッチモの邪魔にならないようにね。
「ありがとうございます。私の方こそ気を付けてまいります」
ムチュムチュムチュムチュムチュムチュ。
「先ほどから思うていたが、お前の主もお前も実のところ、人ではあるまい」
「当然です。私は下僕。マソラ様は神です」
へいおまち!「お口」をさらに六カン追加だよ!
左右の肘に足裏、広背筋。オンユアマーク!
「承知しました」
ゲットセット。
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:5450/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:2800
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:蛇の口裂き。蛇の皮剥き。蛇の串焼き。蛇鍋。蛇炒め。蛇汁。
「水ゲロ作戦ですね」
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
「?」
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:5450/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2800
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
ドムンッ!
膂力と六ケ所から噴き出る水圧を合わせたコマッチモの超音速左ジャブがメデューサをのけぞらせる。
ボオオオオオッ!!!
さらに左フックからの、
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
右ストレート。
「ちっ」
ダメージはあんまりなさそうだけど、避けられないのは魔物的に悔しいよね。
「水轟柩の水を噴射して加速強化とは、面白い奴よ」
「たいしたことないよ」「たいしたことあります」
「だがその程度では我には効か」
ドゴォ――ンッ!!!!!!!!
「当たった当たった」「大命中。お見事です」
俺は貧乏性だから、噴射して飛び散った水も無駄にしない。集めて粘性を高めてアメーバみたいな仮足にして、ピュセルの水轟柩をつかんで蛇系女子にポイ。
結果、車道に飛び出した小学生がトラックにはねられたみたいによく飛んだ。心臓が止まるほど迫力満点だね。
ドガンッ!!ビシイイイイイッ!!!!
稲光と轟音をあげて輝く神殿の壁とドクロを激突して壊し、感電した状態のメデューサ。あれ~、こっちを普通に睨んでるんですけど。
「電気も平気らしいね」「頭から生えている蛇は感電して焼けているのがいます」
「どうやら手加減は、要らぬようじゃな」
神殿内が一気に暗くなる。
メデューサの真鍮の翼、蛇の鱗、爪、角、眼。総てに電気が流れ込む。体の周囲の元素がプラズマ化しちゃって、オーロラをまとってるみたい。すんごい。これがオーラってヤツ?
「手加減はしてくれないって」「そのようです。困りました」「箱入り娘を箱に戻そうとしたのがたぶん気に入らなかったんだ」「デタラメなビッチなので、今度はサンドバックのような〝袋とじ娘〟にでもしましょう」
オーロラが弾ける。光が弾ける。
コマッチモとの距離をメデューサが一気に詰める。爪先の光が迫る。
振れられただけで肉片が炸裂しそう!電子励起爆薬みたい!!
ドムンッ!!!キュイイイイ……
亜空間サイノカワラから出したイワシの「鰯球盾」でメデューサの突進を止める。水をまとっていなかった四千匹のイワシたちに電子が流れる。
キュイイイイイ!ドゴオオオオンッ!!!!!!!!!!
一辺が四メートルの立方体の氷にコマッチモと一緒に漬け籠る俺。でも氷は爆発の衝撃と熱で一瞬にして溶ける。コマッチモの体も少し溶ける。
ごめんイワシたち!
お前たちの卵は絶対に〝闇〟で孵すからそれで許して!水蜜牢展開!!
「コマッチモもごめん!」「謝らないでくださいまし。おかげで身も心も冷たくなってきました」
ボオオオオオオオオオッ!!!!
「オッケー。今は〝冷え切った関係〟だから大目に見てね」「もちろんでございます」
カチカチカチッ!!
コマッチモと俺からの氷結左ボディ。よく躱せたねメデューサ。
でも噴射する水の圧力が鱗をめくるほどとは思わなかったでしょ?
おかげで鱗が数枚ペロリンチョ、からの氷柱で刺突ズクシュ!
はい肋骨一本いただきました!次はきっと肺まで届くよ!
ドゴンッ!!!
氷結右ストレート。よく耐えられたねメデューサ。
でも肘から生える角棘は極低温パンチのせいで砕けた砕けた!ざまぁみそ漬け。〝こっち〟は水圧だけじゃなくて水温も弄れんだよ。殴った瞬間にお前の角棘の中に送り込んだ水は氷に変身。体積膨張からの組織破壊。どうよこの連続コンボ!
ドズンッ!!!
氷結左フック。そりゃ今度は避けるよねメデューサ。
でもよけ方がマズい。
コマッチモの肘に作った「俺の口」とお顔が大接近。キスのかわりに、
ヒュオオオオオオオオオオオッ!!!!!
肘の口をすぼめて冷気噴射。よし!額から唇まで一直線の凍傷完成!片方の瞬膜も破った!口裂け女を伝説のヤクザみたいにメイクアップ。この調子ならテニスラケットのガットみたいな格子模様を顔に彫れそう。
ゴボンッ!!!
でもその前に、氷結して高硬度にしたコマッチモの音速パンチがメデューサの鳩尾に突き刺さる。内臓殺しのボディーブロー。
「ぐふっ!」
しかも俺の水温管理も十分だから、食らえば熱中症のおまけつき。カラダ、熱くなってきたかな?それは〝気のせい〟じゃないからね。
メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)
生命力:10556060/70000000 魔力:15000/50000
攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇
特殊スキル:石化
すぐに体勢を立て直したメデューサの素早い切り裂きが連続してこっちに迫る。だから何もかも早いって!
「滅せよ!!」
メデューサに電気は残っていないけれど、爪が赤熱している。引き裂かれた魔獣の肉は一瞬にして焦げる。やだよ、コマッチモのレアステーキなんて見たくないよ!
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:3330/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2800
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
「このままですとマソラ様と一緒に〝熱々(あつあつ)カップル〟になりそうです!」「情熱じゃなくて摩擦熱で焙煎されちゃうかもね!」
メデューサの足下に溜まる水を俺はダッシュで凍結させる。瞬く間にメデューサに踏み砕かれる。
でもコマッチモの氷結右ストレート・右アッパー・左フックのコンボは砕けない!
メデューサの爪が届く前に、分厚い氷壁を築く。それはだけどすぐに溶け消される。
でもコマッチモの氷結左アッパー・右ストレート・左フックのコンボは砕けない!
メデューサのパラメーターが少しずつ削れていく。
でもでも、コマッチモのパラメーターの減りの方が早い!
メデューサの速くて熱い爪の攻撃はかわし切れない。爪に触れただけで大ダメージ。躱しても爪から出る熱波がそれだけでコマッチモの肉を灼く。ダメージを負う。
コマッチモを回復させたいけれど、この期に及んでメデューサはまだ陽子崩壊の呪詛をチョクチョク仕掛けてくる。「呪解」に追われて回復まで手が回らない。
ビシイイイイイイイ……
やばっ。ドクロの壁にまだたくさんの〝お仲間〟がいるのを忘れてた。
「また雷が落ちそう」「怒らせましたからね」「大目玉を食らうかも」「大目玉とはどれくらいの目玉でしょうか」「そうだね。壁目くらいかな」
亜空間サイノカワラから俺はスズキを大量召喚する。中型の貪食魚は尾ひれを動かし電気ヤスデと電気ムカデに急ぎ向かい、それらを捕食し始める。
密集盾で犠牲にしたイワシの時とは違い、水の被膜と水糸に守られたスズキに電気は流れ込まない。熱に弱いけれど電気には強くできた。頼むよ吉兆魚スズキ。蛇女にサンダーフィンガーなんてやらせない……
「暑いのう」
蛇女の全身の鱗が逆立つ。んん?
プシュウウウウウウ――ッ!!!!!!!
うっそ……。
まさかの水蒸気大噴射。
召喚したスズキたちの半分が、まさかの即死。コマッチモまで火傷!
悪い、みんな。卵も孵すけど、その命はエリザベスがちゃんといただくから成仏して。
「来るがよい。異獣」
「無論です。ところでマソラ様、ウォールアイとは何ですか?」「そのままの意味だよ。壁の目だ。それより火傷防げなくてごめん」「大丈夫です。それより謎がさらに謎をよんで面白くなりました」
コマッチモが飛ぶように走り出す。俺はコマッチモの両拳を氷結させる。
コマッチモの拳を警戒しはじめたメデューサがコマッチモの膝蹴りのフェイントに思わず反応して腕が無防備になる。
コマッチモの拳の氷結を解除する俺。
メデューサの腕を掴むコマッチモ。
そのまま蛇のようにコマッチモはメデューサに絡みつく。鱗を逆立てて刃物にしてコマッチモの肉を突き刺すメデューサ。体液を垂れ流すコマッチモはそれでも野生動物のように無表情。
「ウォールアイとは魚の巨大な目」「やはりそうでしたか」「もしくは……」
スリーパーホールド。からの、
「死に直面した者の見せる白眼」「謎が解けました」
ブオンッ!
逆さ落とし。
足掻くメデューサの体が半回転して真っ逆さまに地面に落下する。このまま地面に叩きつけられれば運が良くて頸椎骨折。悪ければ首チョンパ。
カチチチチチ。
でも俺がメデューサの胴体落下予測地点に水を集めて尖った氷柱を用意したから、運の良し悪しなんて関係ない。
串刺し逆さ落とし。
ゴギッ!ズグシュッン!!
〝白眼〟にならずに済むかなぁ?
メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)
生命力:3556060/70000000 魔力:13000/50000
攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇
特殊スキル:石化
やれやれ。タフだなコイツほんと。
「おのれええっ!」
首が折れて心臓に氷柱の突き刺さったメデューサが再びコマッチモに襲いかかる。やっぱり爪の攻撃がえぐい。折れた首を、頭から生える無数の蛇が巻き付いて補強している。氷柱が一瞬で溶けて胸の傷口から血管じゃなくてムカデがワシャワシャ生えてくる。ずいぶん〝剛毛〟なんだね。
心臓が弱点じゃないのならその首を千切るしかないよ、コマッチモ。
それと毒蛇が噛みついてきた時に体に入った神経毒と筋肉毒それに出血毒、分解しといたから。
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:3000/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:2900
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
「何から何まで面目ありません」「面にコマッチモの目はないから気にしないで」
何度も仕掛けてきたメデューサの魔眼の呪いが止む。
蛇女はようやく肉弾戦に集中するらしい。こっからか……。
カチカチカチカチカチ……
俺はコマッチモの腕から先と、脛から下を、氷の鎧で大至急覆う。
ガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンッ!!!!
蛇女の爪嵐はそれを肉もろとも削りに来る。
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:2160/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3000
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
ガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンガシュンッ!!!!
激しく重く熱い怒気を乗せた引き裂き攻撃を何とか耐えるコマッチモ。
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:1111/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3100
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
ごめんね。俺がしてやれることと言えば、スズキを使ったムカデとヤスデの踊り食い。それと、
ガチガチガチガチ……
氷の障害物の作製。テーマは大人も子供も魔獣もメデューサも楽しめるアスレチックジム。
「ちょこまかと逃げよって!」
蛇女のくせに隠れる場所が多いのは嫌いみたいだからちょうどよかった。一方で迷宮生まれ、宝箱育ちのコマッチモは、狭い所から獲物を狙うのは超得意。
おまけにかくれんぼもコマッチモは得意。
「氷のせいで温度が低いし、焼きたての香ばしい魚が氷に混じってて、熱感知も嗅探知も難しいよね~」
外見だけでなく体温まで下げて氷に擬態したコマッチモの重いドロップキックを食らったメデューサに、俺はヒントを出す。
「そう言えば柩はどこかな?」
「!?」
ドゴ――ンッ!!!
メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)
生命力:956060/70000000 魔力:12200/50000
攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇
特殊スキル:石化
でも答える前に俺が〝答えを当てる〟。俺ができることと言えばこれくらい。〝今は〟ね。
スピュキゥウウウウ―――ンッ!!!
コマッチモの鋼線が吹っ飛ぶメデューサを捕らえる。
ただし今度のコマッチモワイヤーは俺の「水」付き。水と言っても分子の運動を多少抑えているからマイナス50℃の氷。223ケルビンまで温度を下げた鋼線からはたぶん逃げられないよ。
「いくら糸を丈夫にしたところで我が肉体は斬れぬ!」
真鍮の翼が電気鋸のように回転して鋼線の切断を試みる。極低温だとコマッチモワイヤーはかえって切断されやすい。こりゃもう困っちもう!
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:890/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3200
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
「斬るつもりなんてございません」「がんばれがんばれコマッチモ!」
コマッチモが大きく全身と腕を振る。メデューサが軌道を変えて再び高速でぶっ飛ぶ。
ドムチュッ。
鋼線を離れ、壁ではなく障害物にぶつけられたメデューサ。
「どうしたどうしたメデューサ!」「許されると思っているのですか?」
「ぬうううぅぅ!」
「がんばれがんばれコマッチモ!」「そんなにマソラ様とくっついて」
駆けながら肉薄してくるコマッチモを、鬼の形相で睨むメデューサ。
メデューサが衝突したのは〝俺〟。
椅子に座ったまま石化した俺の体。
俺は全身石化が起きる前に、脳とは別に体の中心部分の細胞も増殖させて、その細胞塊に収納魔法を発動させた。つまり亜空間サイノカワラからフジツボの接着剤を取り出して、石像になった俺の体に滲ませておくことくらいはできる。
「くううっ!!」
おかげで蛇も角も腕も足も翼もベッチョベチョ。陽子崩壊ギリギリまで時間をかけて、たっぷり用意したもんね。身動きなんてとれないよ。
「マソラ様にお姫様抱っこされていいのは私だけです」「そんなことより」
ボブシュウウウッ!!!
コマッチモの捨て身のラリアットが、
「俺たちから逃げずによく戦えた」
メデューサの首を、蛇もろとも千切り飛ばす。
コマッチモの右腕と俺の石になった首も砕け散る。
葬思葬哀:Lv35(無理真獣)
生命力:335/5450 魔力:―――
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:14000 幸運値:3300
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:――― 耐性:全属性
特殊スキル:潮吹き
メデューサ・カトブレパスLv191(魔物)
生命力:0/70000000 魔力:12200/50000
攻撃力:9000 防御力:90000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇
特殊スキル:石化
「さすがコマッチモ。レベル差が100以上ある相手によく勝てたね」「一重にマソラ様への愛の力でございます。レベルなど関係ございません」
俺の脳がコマッチモの中にあるせいで会話がほぼ同時に成り立つ。会話が噛み合っているかはどうかはともかく、二人のコミュニケーション速度だけは早い。
でもいくらコミュ力が高くても、肉体がないと俺は二次選抜を終えることはできない。ワルプルギスどころの話じゃない。
「ちょっと体を作るから待ってて」「どうかそのような「トイレに行くから待ってて」みたいな軽いノリでおっしゃらないでください。大切なマソラ様のお体。どうぞ丁寧にお創りくださいませ」「ありがとう。コマッチモもさ、ネチェルエリクサーでも一杯ひっかけて腕とか全身とか治しておいて」「承知しました。軽く済ませておきます」。
二次選抜試験開始後69時間経過。
カンカンカンカン……
ガタタタタタタ。ガタタタタタ。
ムチュムチュムチュ……
メデューサのいなくなったドクロの神殿廃墟で、それぞれのDIYは続く。
カンカンカンカン……
エリザベスはどこで覚えたのか、工具と木材を使って俺用の椅子を一から作ってくれている。ベニオオウミグモがこんなに器用だなんて知らなかった。亜空間サイノカワラで誰からどんな教育うけてんの?
ガタタタタタタ。ガタタタタタ。
傷を癒したコマッチモは亜空間ノモリガミから出したミシンと布を使い、俺の服を新調中。下着からチョッキまで繕ってもらい、すみません。
ムチュムチュムチュ……
で、俺は肉体再生。相変わらず首から下は動かせないけれど、まあそれは最初から織り込み済み。
スンスン。
ついでに周囲の状況を、復活した鼻で確認。
「あれもお召し上がりになるのですか?」
俺の全身の八割くらいが完成したところで、コマッチモが手を止めて聞いてくる。
「もったいないないし、気の毒だからね」
皮膚が出来上がっていない俺は剥き出しの左右の眼をメデューサの死骸に向ける。
「気の毒、ですか」
「好きで独りぼっちになったわけじゃないでしょ?コイツも」
「それもそうですね。思えば私もこの女も、似たような境遇です」
「でしょ」
「そして結果はどうであれ、巡り合えたのです。マソラ様に「助けて」と叫ぶことで」
コマッチモが再びミシンを動かし始める。
巡り合えた、か。まぁ、そうだね。
「おかえりなさい」
俺は背中から銀の蔓を伸ばす。銀の蔓でメデューサの死骸を巻き取る。
「辛い時はお互い様。困った時はお互い様。俺の闇に溶けて眠れ」
命食典儀、魔蛆生贄……。
銀の蔓に触れた魔物の死骸が光の粒になり、蔓の中に吸い込まれる。
「んん?」
「どうかしましたかマソラ様?」
「ああ、いや。ちょっとめずらしくお腹をこわしたみたい」
「ええっ!?」
「冗談冗談。でもなんかいつもと違って異物が残る感じ。魔物の怨念は深いね……おえ」
コロコロコロコロコロン……
口から異物を吐き出す。全身再生を終えた俺はそれを水糸で拾い、眺める。
「……」
「本当に大丈夫でございますか?」
「問題ないよ」
口から吐いた、ビー玉より大きな黒い球体全てを亜空間ノモリガミに回収する。
コキコキコキコキ。
「おっ。ありがとうエリザベス」
椅子の修理が終わったエリザベス親方が椅子を自分の背中に乗っけてこっちに来る。
「こちらも仕上がりました」
「ありがとう」
テーラーコマッチモが仕立ててくれた服を着させてもらい、椅子に座らせてもらう。椅子も洋服もちょうどいい。腕利き職人に恵まれて幸せだ俺は。
「じゃあさっそくあそこへ行こう。〝オマリ〟」
「かしこまりました。〝ハダリ〟様」
水蜜牢を張り巡らせたドクロの神殿。その奥で魚たちが群がり、ツンツンつついている箱がある。俺が飼っている魚は餌以外に魔力素に反応するから、箱の中身は動物の死骸か魔道具だろうね。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔〔充力〕〕〔渦魔導魔〕
箱を封じる錠型の魔道具を「充力」で破壊し、箱から感知できる呪詛をあらかじめ「呪解」で無効化する。メデューサの陽子崩壊の魔眼に比べれば余裕余裕。
「宝箱を見るとどうしようもなくワクワクしてしまうのですが、なぜでしょう?」
「ヤドカリが身体のサイズにピッタリのお家を見つけたら喜ぶのと一緒じゃない?」
「それではまるで私がヤドカリだと仰っていることになります」
「だって前まで宝箱にずっといたじゃん。ヤドカリと一緒だよ」
「〝ずっと〟ではありません。十年に一度くらいは外に出ておりました」
「十年に一度か。そういうのを俺の世界ではヒキニートっていったよ」
「ヒキニート……。イザベル様とクリスティナ様のおっしゃっていた星獣イフリートと響きがどことなく似ていて、何とも強そうでございますね」
「そうだね。コマッチモみたいにヒキニートはみんな強いよ」
和やかな雰囲気でコマッチモが「よいしょ」と宝箱を開く。中にはシロツメクサが敷き詰められ、その上にシルクで包んだ物体が入ってる。
「ハダリ様。どうやら四葉のクローバーがお宝のようです」
「それは梱包材として入れられているだけだと思う。クローバーはあとで好きなだけ取って構わないから、そのシルクの包み、広げてみて」
「かしこまりました」
絹布をどける。
「兜……のようでございます」
「うん。『蟹星の兜』だってさ。宝具らしい。あれ、ちょっと待てよ。蟹星ってたしか……」
「『蟹星の兜』と言えば、ワルプルギスの優勝賞品だったと存じ上げます」
「優勝する前に優勝賞品を手に入れちゃったね。アハハ」
「アハハではございません。これはチャンスです。この兜を質にとり勇者や聖皇をおびき寄せましょう」
「こんな兜一つでそんな大物連中が飛びつくわけないで……」
おや?
「……ハダリ様?」
この感じ……。
「その兜、ちょっと俺の頭につけてもらっていい?」
「もちろんでございます」
俺は『蟹星の兜』を被る。瞼を閉じる。集中する。
……。
………。
…………やっぱり。
『封印されし言葉の入力を確認。ミガモリ認証。身硝盛。美臥銛。魅蛾護。珪素原子操作が可能』
目を開く。
サー……
「マソラ様!?こちらは一体……」
「これは俺が勇者候補生フジオにぶっ飛ばされて倒れたシーンのジオラマだ。よくできてるでしょう。フジオ試験官の冷酷な感じと、体の不自由な俺の弱々しくて情けない感じ」
ガシャンッ!!!
「ええ。大変よくできております。不愉快なほどに」
フジオ教官の首がコマッチモの上段回し蹴りで吹き飛ぶ。胴体に亀裂が入る。
ガシャガシャーン……。
ガラスのオブジェ全体が粉々(こなごな)に砕け散る。初めて見るダイヤのような輝きに戸惑うエリザベス。
「うふふ」
宝具『蟹星の兜』。
その中に隠されていたのは、封印されし言葉「ミガモリ」。
ふふふ。
やっと、〝アドバンテージ〟が手に入った。
魔力素の大量消費が難点だけど、この大地の大半を占めるケイ素Siを自在に操れる土属性超級魔法はきっと役に立つ。
マソラ4号。
どうか1号と2号に〝これ〟を伝えて。
ついでに「頑張って」って。
「〝いいもの〟が手に入った。それとさっきのオマリの作戦で行こう」
「ではここを出たら兜に似合う装備を……」
「いや、この兜にもう用はない。むしろここに〝このまま〟おいてあるほうが望ましい」
「?」
俺はコマッチモに『蟹星の兜』を絹布に包み直させ、宝箱の中に戻させる。四葉のクローバーを一本と封印されし言葉「ミガモリ」だけ拝借して、俺は宝箱から去る。
「さあ急ごう。残り時間が少ない。指定魔道具をもつメガラニアラーテルを〝派手に〟始末して迷宮を出よう」
「かしこまりました」。
二日後。
「塩気もちょうどいい。くどくないし、後味もオッケー。歯ざわりも舌ざわりも文句なし」
宿屋ザビヤチカの朝食で出してもらったアジの開きの一夜干しの感想を求められて、俺はこんな感想を伝える。
「ありがとうございます!」
同じテーブルで食事をする宿屋の娘ロスチャの元気な返事と、いちいちうれし泣きする父ネツキ。
朝食に出てきたのは一夜干し単品だけじゃない。
薄焼きパン。アジの開きの一夜干し。焼きトマト。マンゴーのピクルス。パクチー。絞ったレモン。付け合わせがパンに合体したその姿は、人呼んで「アジの一夜干しサンド」。
「「……」」
その絶品一夜干しサンドを虚ろな表情で口に運び続けているのは、秘密警察のオズロスクとアルダベーン。二人ともぼんやりして心ここにあらずって感じ。
大変だよね、俺とコマッチモの監視は。
日の出ている間は魚の調理と販売。日が落ちたら署に戻って取り調べと今日の調書作成。睡眠時間が一日三十分くらいしかないだろうけどまあ頑張って。
オズロスクとアルダベーンの寝る暇がなくなったのは俺とコマッチモが二次試験選抜を終えたその日から。
試験開始から71時間11分で俺たち『アブラカタブラ』は地下迷宮アルマーヤを脱出。もちろん脱出前に迷宮のボスであるメガラニアラーテルを倒し、指定魔道具の一つ「ウルズの麻花」を手に入れた。
脱落組は全部で二組。
まずは、迷宮探索二日を過ぎて、俺と河童が流したフェイクニュースが原因でバトルになった『ノクティルカ』と『ハマヌーン』。
『アイゼンクラウト』を含め三つ巴の戦争は『アイゼンクラウト』が制した。他の二チームの魔道具を奪い、計三つの魔道具をもって『アイゼンクラウト』は脱出したけど、本選どころじゃないほど全員ボロボロ。
脱落組は、本当は三組だったらしい。けれど一組、本選出場に繰り上がった。
そのチームは、最初から勝つつもりのない、魚掃除係の『クリアクス』。
彼らは結局、俺の泳がせた魚を焼きまくり、仲間一人を俺の河童に殺され、三つ巴戦争の後始末をして終わった。「本部」の命令と迷宮内の状況の不一致に終始悩まされた彼らは、最終的に命令を無視し、戦闘不能の受験者をただ救助して脱出するという道を選んだ。ところがどっこい、
騎士道精神の鑑――。
みたいな感じで、これが実況されて、大うけ。
指定魔道具をもって出てこなかったけれど、三つ持っていて助け出された『アイゼンクラウト』が一つを迷宮内で『クリアクス』に譲渡した、という設定になって『クリアクス』は脱落を回避。しかも生き残った六人全員が英雄扱いされる始末。彼らの人生の〝表街道〟は順境。
「それにしても、勇者チーム『神の炎』は本当にすごかったです!」
ロスチャが興奮気味に言う。
「圧倒的でした。一日で試合終了です」
「え?今日はじゃあもう放映されないの?」
「はい。終わってしまいましたから」
「どうしてそんなに早く終わったの?」
「えっと、一日目で、迷宮で一番強い魔物を勇者様たちが倒しちゃって、魔道具も九個全て勇者様が見つけて、それを一個ずつ参加チームに分け与えたんです」
それ、試験内容台無しじゃん。いいの、それで?
「しかもワルプルギスの優勝者に与えられる『蟹星の兜』まで見つけてしまったんです!」「『蟹星の兜』といったら優勝賞品だよね?なんでそれが地下迷宮アルマーヤにあるの?」
俺はコマッチモに一夜干しバーガーを食べさせてもらいながら、とぼける。
「実はそれもまた〝試験〟だったそうです」
「どういう意味でしょうか?」
コマッチモが興味を示す。いや~な予感。
「『蟹星の兜』は迷宮に古来から封印されていた代物で、勇者のみが見つけることができる魔道具だそうで、主催者はそれを見越して二次選抜試験を地下迷宮アルマーヤで行っているという発表でした」
父ネツキの説明に、ロスチャは頷く。
「試合を見ていた人たちがみんな口々に言ってましたよ。「時は来た!」「勇者は本物だ!」って」
「それはすごい。スプーンをフォークみたいにちぎらないでオマリ。で、兜は結局どうなったんですか?」
「あれ、昨日の報道をご覧になっていなかったのですか?宿に居なかったのでてっきり冒険者ギルドで視聴されていたのかと思いました」
「昨日はちょっと用事があって別の場所におりました。それで兜は?」
俺は父ネツキに重ねて問う。
「勇者様はこう仰せられました。「見つけたのは偶然に過ぎない。もし私が勇者であるならば必然的に再び兜が私のもとに戻ってこよう」。そして兜を大会の優勝賞品として、改めてワルプルギスの主催者に納められたのです」
「勇者様、ほんとにすごいです」
思い出しながら尊敬の眼差しを空に向けるロスチャ。
「確かに勇者様は立派で謙虚な方ですね。エリザベスとミット打ちもしないでオマリ」
で、ニコニコしている俺をボ~っと見ている秘密警察二人。
「大丈夫ですか?二人とも」
「え?」「ああ、いえ」
「それどころじゃねぇよ」と言いたげな疲れ切った顔のオズロスクが、口に入れてたアジの肉をポロリと口の端から溢す。アルダベーンの目も充血している。
「少し残念なのは、昨日からアナウンサーが変わっちゃったことです」
「アナウンサーが?」
俺はロスチャに尋ねる。
「はい。私、あの人の実況を聞くのが楽しみだったんですけど、勇者様が入った第十回から実況する人が変わったんです。ワルプルギスではまた実況してほしいな~」
へぇ。
すごいペナルティー。
実況の奴まで処分したか。
ということはこの秘密警察二人も『クリアクス』も、いずれ消されるかな。
「それにしてもお魚おいしいですね。二人ともたくさん食べてください。……食べられるうちに」
オズロスクとアルダベーンの肩がビクリと震える。こっちを凝視する。その目、見覚えがある。
拷問される人間の目。怯えているような、怒っているような、祈っているような、強張った目。
二日前の二次試験最終日。迷宮脱出直前。
指定魔道具をもっていることが予め分かっていたメガラリアラーテルは、俺の流したフェイクニュースと魔物自体の強さとしぶとさのおかげで、まだご存命。
それをコマッチモが撲殺した。
撲殺に使用した鈍器は壊れた柩。つまり魔剣『ピュセルの水轟柩』の残骸。
俺とコマッチモの『アブラカタブラ』以外のチームは、あれやこれやあって結局既に迷宮を脱出済み。
そして投影水晶のない隠し部屋のドクロ神殿から元の迷宮に戻って投影水晶に映った俺たち二人。
これを実況アナウンサーが放っておくわけがない。一挙手一投足をとにかく喋りまくる喋りまくる。
そして柩を使って撲殺したシーン。
――ただいまメガラリアラーテルが倒れました!斃したのは『アブラカタブラ』の戦士オマリ・グラニュエールです!しかし何という凶器でしょう!巨大な石棺のようにも見えます。え?ピュセル?何ですかそれ?あっ、ちょっと何するんですか!?……
これでその日は放送終了。
迷宮に垂れ流させていたアナウンスが途切れたということは、全国放送も終了。
遮られて突然のプッツン。
そりゃ誰だって何が起きたか気になるよね。
で。
水路を使い、河童を全員迷宮内から脱出させ、俺はコマッチモと脱出。
脱出した後は案の定の大盛り上がり。
放送が突然中断したのが原因で、会場はお祭りじゃなくてデモ隊と警官隊の衝突現場みたいになっていた。
呆気にとられる受験生。野次馬VSワルプルギス運営スタッフの大乱闘。
「こちらが指定魔道具になります」
駆け寄ってきた武装スタッフに俺は指定魔道具を渡し、コマッチモとその場を去ろうとする。
「おい待て貴様らウッ!?」
けれど引き留められたから、接着剤の大好きな俺はスタッフたちの瞼と足の裏に「フジツボンド」をプレゼント。
一時的に光を失い、動けないスタッフに向かってくる野次馬集団。
彼らの手にはブランフォーディ遺跡のコンクリートブロック片。メデューサの怨念の欠片。頭をかち割るのに最適なサイズの、モース硬度4の呪物。
「潮招鬼。ああ死を招き。シオマネキ」
「近づく雑魚は。消えて果つべし」
上の句を読む俺が魚の餌にしたり、下の句を読むコマッチモが拷問すると失格になりそうだから、観客からの集団私刑で勘弁してもらうことにした。
撲殺される音や悲鳴を遠くに聞きながら宿に戻り、一日も経つと、ジブリールが河童を見つけて連絡を送ってくれた。
アントピウスの首都アスクレピオスは下水道が発達している。だから河童の移動は事欠かない。バケツリレー方式で八百匹以上の河童が情報を伝えてくれるから、その伝達スピードも速い。
俺はコマッチモを宿屋の裏庭の井戸に向かわせ、釣瓶を引き揚げさせるだけでいい。その中には河童が運んでくれた、撥水性のあるカワガラスの羽毛で包まれた書物が入っているから。
「天地をひっくり返したような騒ぎぶり」
なんて言葉がモールス信号で書いてある。
ジブリール情報によれば、俺とコマッチモが迷宮を脱出した後、映像の確認はもちろん、実際に地下迷宮に潜り、魔剣『ピュセルの水轟柩』が回収された。
ただちに魔剣の調査が行われ、しかも元老院カペルラの緊急招集まで行われた。
問い詰められたのは迷宮アルマーヤの管理者。つまり魔法学園リュケイオンの理事長にして枢機卿ヴェロニカ・カロリ。
「聖皇、某、マリク、ヴェロニカの四者にて密議。そも神代の魔物を封印せし事実を皆に伝えるべきか否か」
石化能力をもつレベル200くらいのメデューサを封印してた檻が壊れました。そんなわけで、追放聖皇オパビニアも含めて、レベル200前後のヤバい行方不明者が二名に増えましたとさ。テヘペロ。
なんてことを伝えたらシャレにならない。だから元老院内で情報共有するかどうかですら、舞台裏で悩んだらしい。
で、結局黙殺することに決まった。メデューサは当の昔に魔剣の力で滅び、その後魔剣もいつの間にか力を失い壊れた、だって。
楽観的過ぎて、どうかしてるよね。
その〝どうかしてる〟代償を支払わされたのが秘密警察。トイツブラーテン。
局員たちはメデューサが本当にいないかどうか、そもそもメデューサの存在すら知らされず、「緊急点検」と称し、勇者が迷宮に潜る直前まで全階層の魔物と生態系を調査させられた。元老院はドクロの神殿も調査させたらしい。
ちなみに神殿調査を行った調査員の末路は不明。図書館長の予想だと「地図作り」。つまり無期懲役の政治犯扱いで一生刑務所。
「不明と申せば、神代の魔物を、元より無き者としたにもかかわらず、また「蟹星の兜」が無事存ずるにもかかわらず、落ち着かぬヴェロニカの様子」
このメッセージのおかげで、誰が〝白〟じゃないかは分かった。
ジブリール図書館長が騙さていなければ、という前提だけど。
とにもかくにも、秘密警察の局員は全員ヘロヘロ。
ちなみに俺とコマッチモをマークしなくちゃいけないオズロスクとアルダベーンは午後から取調室でず~っと取り調べ。あとは俺たちの調書づくり。魔剣『ピュセルの水轟柩』についての情報を引き出すまで続くらしい。
この状況は迷宮で俺たちと一緒の夜を過ごした『クリアクス』の六人も一緒。いやもっと辛いとか。ジブリールによれば「食事抜きの不眠不休の尋問」だから、俺のやる拷問よりひどい。騎士道人生の〝裏街道〟は逆境。
オズロスクとアルダベーンが俺たちの傍にいない夕方から翌朝まで、別のベテラン秘密警察が何度も監視に来たけれど、結局コマッチモの「手錠と酸っぱいニシンのプレゼント」をもらうと発狂したように叫んでいなくなる。二十四時間でシュールストレミングを36匹も贈ることになるとは思わなかった。大盛況。宿屋の周辺がシュールストレミングのニオイになってこれはこれでキッツイ。
でもそれに関して俺は手を打った。
臭いものには蓋。ではなくて、臭い場所には近づかないこと。
俺は昨日一日宿屋を留守にして、商業ギルドでビジネスライフを満喫。
「こちらは黒真珠にございます。鑑定と、できれば買い取りをお願いします」
まずギルドにいる宝石商と交渉したのはメデューサの結石。
世の中をあまりにも恨みすぎて、自分の体内で炭酸カルシウムの石まで作っちゃった狂女の結晶。
「この大きさ、艶、漆黒の中に赤や緑、青の煌めきがある……見たことがない」
「でしょうね。魚介以外の者から偶然採取しましたから」
「と言いますと?」
「魔物の体内で作られたものにございます」
「これまた御冗談を。特大サイズの黒真珠を作る魔物の話なぞ、商いをはじめてこのかた、聞いたことがありません」
「ええ冗談です。実はブランフォーディ遺跡の地下での拾い物です。ワルプルギスの予選中継が中断するほどの価値しかございません」
「……」
「……」
「クモにまたがる魔法使い貴族と、メイド姿の元冒険者……そちらの言い値で買い取りましょう」。
「オマリ」
「はい」
俺の合図でコマッチモがテーブルに封筒を置く。
「何ですか、これ?」
差し出されたロスチャは封蝋された手紙を手に取る。
「その紋章は、パンノケル王国の商業ギルドの公式印……」
さすが宿屋の親父。組合員だから知ってるよね。
「開けてごらん」
俺に言われてロスチャは手紙の封を破る。中に入っている羊皮紙をおもむろに広げる。
「……すみません。なんて書いてあるのか私、文字が読めません」
あ、そっか。ロスチャの識字能力を確認するの、忘れてた。
「権利書でございます」
コマッチモが立ったまま告げる。
「「権利書?」」
「パンノケル王国の南、ボスラ州ジャフロム市の漁港ラノララクに家屋一軒と漁船一隻をご用意しました。既に購入済みです」
「「……へ?」」
「あそこの海は海底が高い。それに東の暖流と西の寒流がぶつかって絶好の好漁場なんだ。船の操舵は自分でできなくても、地元の人を雇い入れれば何とかなる。募集さえすれば、自分の船をもつ夢を抱えた連中がいくらでも集まってくるよ」
「え、え?」「船?雇う?」
「商業ギルドにはもう商店の登録もハダリ様が済ませております」
狂女の黒真珠を手に入れた時に、店の名前は勝手だけど、決めさせてもらった。
「「商店!?」」
「店舗の名前は「ロスチャ」。君の名前だ。君が好きなタイミングで魚屋を開いたらいい」
「という内容がその紙には書かれております」
コマッチモが締めくくる。
「強く生きなさい、ということです」
凶女が付け加える。少女が泣きそうになるのを必死にこらえる。
「娘さんの顔を傷つけた詫びとして、どうぞお納めください」
俺はそう言ってロスチャの父ネツキに頭を下げる。
ネツキが椅子から転げ落ちるようにして地面にひざをつき、手をつき、額をこすりつける。こっちはボロボロ泣いている。
「というわけです。運が悪すぎてワルプルギスと同時か、それ以前に人生が終わるかもしれない〝暗礁に乗り上げた方々(かたがた)〟は今のうちに〝若女将〟にツバを付けておいた方がいいかもしれないですよ。ご家族のためにも」
水糸を使い、頭をあげた俺は秘密警察のオズロスクとアルダベーンにおっとりと言う。
「「……」」
局員二人はお互いの憔悴した顔を見た後、天を仰ぎ、深いため息をついた。
lunae lumen
mulier




