第三部 魚身求神篇 その四
室野井「リーダー。俺はリーダーを心底尊敬している」
岡安「そりゃどうも。いいから口じゃなく手を動かせって」
室野井「監獄から戻った後の対抗戦で沼田チームにわざと負け続けて危険な任務を回避した先見の明も称賛に値すると思っている」
深堀「うっ、うぷ……」
岡安「深堀、きついなら目をつむっとけ。……横隔膜を破って……あった。大動脈。よっと。千切ったぞ」
深堀「うん。大丈夫。ちゃんと最初から最後まで、見られる」
石原「よし!こっちもプッツン終わり!今泉、次の羊カモン!!」
今泉「お、おう」
藤井「こちらも大動脈を切った。室野井、次の羊いくぞ。ちゃんと脚をおさえてくれ」
室野井「はぁ、分かった。魔物狩りからいきなり屠殺の現場に送られるとは正直計算していなかった」
岡安「ここは異世界。日本じゃねぇんだ。毎日の昼飯の支度〝の支度〟は誰かがやらないといけない。仕方ねえさ」
曽根「ふひ!慣れてくればお肉の加工は何とも思わないよ!羊のお腹裂いて死んじゃう瞬間に「ニュー」って鳴かれるのはちょっと辛いけど!」
塩澤「バインディン軍港に送られるのは絶対御免だけど、毎日アスクレピオスの下水道のネズミ狩りは正直退屈だったから、これくらいの刺激があるとちょうどいいわ。むしろこの羊の首をチョンパしたいくらい!」
曽根「ふひ!そんなことしたら血まみれになっちゃう!」
塩澤「じゃあテメェのケツを血がにじむまであとでぶっ叩いてやる」
曽根「ふひ!ご褒美ありがとうございます塩澤さん!!」
深堀「とにかく一週間。料理の手伝いはこの一週間だけだから、耐えましょ。そしたら約束通り大会警護に回される話だし」
室野井「その話が真実ならいいが」
岡安「大丈夫だろ。今は大量の参加者の選考で運営の手が回らねぇだけだ。そんでポンコツ召喚者の俺たちまでスタッフのメシ番をやらされてる。数がしぼられて大会出場者が決まればアントピウスのお偉方に言われた通り、ワルプルギスの会場警備だ。そしたら羊の塩ゆで肉と乳酒を今度は俺たちがじっくり味わおうぜ」
カーン。カーン……
八人「「「「「「「……」」」」」」」
シャン、シャン……
岡安「今日も真っ昼間から、聞こえんなぁ」
室野井「禁忌音。……一体誰がこんな悪戯を続けている?」
岡安「さあな。とにかくこの国の差別や偏見をあざ笑ってる奴の仕業だろ。こっちが音源を辿る前に音源を消せる時点で普通の相手じゃない。犯人は誰もが知らなそうで知ってる魔王か、誰も知ってそうで知らない神様かもな」
深堀「会場まで静かになった」
塩澤「そりゃ試験だって一時中断するでしょ。国全体がチェルノボーグにビビってんだから」
今泉「病人の、拍子木と鈴」
藤井「見えないのに、音だけ聞こえる」
石原「なぁ、そう言えば昔〝こういうの〟なかったか?」
七人「「「「「「「……」」」」」」」
石原「夜、うちらのチームだけで残って練習してさ、うちら以外に誰もいないその部屋で最後、座って反省会している時にほら、足音だけがこっちに近づいてくる音がしたぞ!」
七人「「「「「「「……」」」」」」」
石原「あれ、覚えてないか!?みんな」
深堀「覚えてる」
今泉「確かに誰もあの時」
藤井「俺たち以外に、あの訓練所内には誰もいなかった」
曽根「ふひ!でも歩いてきてすぐそばまで近づいてくる音はみんなで聞いたよ」
塩澤「けど絶対、誰もいなかった。ステータス画面には私たち以外誰も、何も表示されなかった」
岡安「ああ。そうだったな。で、アイツだけが珍しく笑ってた……目を閉じたまま」
七人「「「「「「「……雫石」」」」」」」
岡安「本当に怖いのは、聞こえるのに見えねぇこと。相手のステータスまで見えるようになったくせに、何も見えねぇこと。考えてみたら俺たちはあの時からそれを知っていたのかもしれねぇな」
室野井「リーダー。その、タイミングがタイミングだっただけに、俺は今でも思うのだが」
深堀「室野井!」
室野井「あ……すまん」
岡安「あれは……アルビジョワ迷宮で永津が死んだ直後の出来事。だから〝それ〟は正直俺も思った。バカげているかもしれねぇけど、〝だから〟雫石のいる俺たちのところに現れたんじゃねぇかって。けど違う。ステータスなんてものが見えるこの召喚者の目も、そして腐れ縁のこの地獄耳も〝それ〟は違うって反応した。だから……」
ヒュドオオオ――ンッ!!!
八人「「「「「「「「?」」」」」」」」
室野井「試験が再開したか」
深堀「それにしても、すごい音」
石原「ものすごい魔法使いが参加しているんだなきっと!すっごく見たいぞ!!」
塩澤「試験官の魔法でしょ、どうせ」
ウアアアアアアアアア……
今泉「なんか」
藤井「やばくないか」
岡安「どれどれ…………確かにやばいことになってる」
深堀「耳栓、とって大丈夫なの?」
岡安「ああ。みんな。メシの下処理は少しヤメだ。悲鳴とは別に妙な音が試験場全体から聞こえる。音源は禁忌音と違ってクソはっきりしてるが……聞いた記憶がねぇ音ばかりだ。とにかく行こう」
4.ステータス
「行ってらっしゃいませ!バーソロミュー様」
「ええ。行ってきます」
アーキア超大陸南西の国パンノケル。
モントピーリア州カテニン市。つまりパンノケル王国の首都カテニン。
一か月分の宿代を前払いした俺は気前のいい客として宿屋の主人ネツキの愛想笑いで送り出される。と言っても俺は歩けない。手も動かない。動くのは首から上だけ。コマッチモにお姫様抱っこされて扉に向かう。
「男が女に抱っこされてカッコ悪~」「こらロスチャ!お客様になんてことを言うんだ!」
宿屋の主人の娘ロスチャに揶揄われるけれど、仕方ない。体を動かす能力や余裕なんて3号の俺にはない。
シャン、シャン……
「ひぃっ!?」
外で聞こえる鈴の音。俺の設置したチンダラガケの「鳴子達磨」が鈴を鳴らしたらしい。ロスチャも彼女の父のネツキも身をビクリとさせたかと思うとすぐにその場にうずくまる。
「ロスチャ」
コマッチモに呼ばれて反射的にロスチャが顔を上げる。
「鈴の音ごときで怯えるなんて格好悪いですね」
余計なことを宿屋の娘に言って扉のノブを蹴り飛ばすコマッチモ。これで扉は勝手に開くようになる。ドアノブの粉砕片がモルタル製の壁にめり込む。あと二センチずれていたらロスチャの頭蓋半分が粉砕するところだ。一生痕の残りそうな頬の傷だけで済んでよかったね。これに懲りたらコマッチモを怒らせないで。
「ハダリ様。〝アレ〟をお出しください」
「はいはい」
晴れて肌寒い午前九時の表に出ると、毎度恒例のパニック状態。
カーン。カーン。
外にいた人々は拍子木の音を聞いて蒼ざめ、屋内へと慌てて引き返す。亜空間を見られたくない俺にとってはまさにチャンスタイム。誰も見ていなさそうなので俺はとっておきのDIYを亜空間ノモリガミからさっと取り出す。
「ああ、愛しのジンリキシャ……」
人力車を見るコマッチモの目はうっとりしている。
俺を座席に座らせてくれたコマッチモは幌の角度を調整して俺が日射しで眩しくないようにしてくれたあと、おもむろに舵棒を握る。
「それでは参ります」
人力車の車輪が動き出す。
人力車。このカディシン教的異世界にありそうでないもの。
荷馬車はあっても人が車を曳いたりはしない。亜人族すら車を曳かない。曳くのは動物ばかり。だからみん な珍しいんだろうね。隠れたばかりの路地裏や家の窓からこっちをチラチラ見てヒソヒソ何か言っている。封印されし言葉「カンダチ」を使えばおおよその状況は嗅覚で把握できる。赤外線と超音波まで使えばほぼ正確に把握できる。近場であれば、の話だけど。
鳴子達磨。
伝染病罹患者の通過を知らせる拍子木と鐘の音を真似する現象型チンダラガケ。
目をキョロキョロと動かし、その姿なき音の恐怖に怯え苦悩する人々。
流行りの免罪符を握りしめて一途に祈る人々。
怯えることにいら立ち、暴力や破壊に走る人々。
混乱の限界に達して酒に溺れる人々。
パンノケル王国のいたるところで見られる光景。
それに終止符を打つための序章として行われるのが、ワルプルギス。
パンノケル王国主催の、そしてアントピウス聖皇国が全面的にバックアップする武闘会。
戦いの舞台は魔法学園リュケイオン。
超大陸最大規模の魔法研究所にして、多くの魔法使いを世に輩出してきた大学施設。
要するに魔王ウェスパシアに有効な〝兵器〟を研究する特務機関。
そこがワルプルギスの行われる舞台。
「ハダリ様。前方から騎兵らしき者が近づいてきます」
「大丈夫。そのまま堂々(どうどう)と歩き続けて」
「かしこまりました」
俺は大気中の水を凝集して糸状にし、幌を引きあげる。俺の容姿風貌が遠くの相手からも見えるようにする。
ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、……
石畳を馬の蹄でけたたましく蹴ってこちらに向かってくる騎馬兵たちは、その身なりからして、首都防衛の任に就く兵士。つまり警察。まぁ中に秘密警察の犬も混じっているんだろうけれど。俺にとってはどっちでもいい。
「そこの者ら!止まれ!」
〈マソラ様。我々が止まりますか?それとも彼らの息の根を止めますか?〉
〈怖いこと言わないで素直に人力車を止めて〉
コマッチモが騎兵の指示に従い人力車を止める。
「こんにちは」
俺は幌に張り付けた水糸を使い、自分の首をコクリと動かす。
「見たところ貴族とお見受けするが、念のため身分証を拝見させていただこう!」
「オマリ。兵士様にお見せして」
「かしこまりました。ハダリ様」
コマッチモは肩掛け鞄の中から俺とコマッチモの身分を証明する書類を取り出す。もちろん免罪符付きで。
「……ここへ来た目的は?」
書類をざっと見ながら問う兵士。
「ワルプルギスへの参加です」
パンノケル入国の際と同じ質問に、同じ答えを返す。
「何?」
返ってくる同じやり取り。
「貴族様の売名行為ですかな?」
「売名?富と名声は祖国アントピウスの自領で十分に享受しておりますので興味はございません」
「ちっ……じゃあ何か?ワルプルギスで優勝でも狙うつもりか?」
安い挑発のおかげで言葉遣いが荒くなる騎士様。
「はい。優勝したあかつきに勝者に贈られるとされる宝具に興味がありますので。これでも魔法使いの端くれですから」
「おい聞いたか?宝具が欲しくてワルプルギスの優勝を目指すとさ!」
兵士たちの中で巻き起こる嘲笑。ここまで全部一度経験積み。
「お前知らねぇのか?」
そう言いつつ、空気が完全に変化しているのに気づいていない連中。「取り調べ」ではなく「憂さ晴らし」へと変わる雰囲気。流れないのが二人……あれが秘密警察か。俺を見ている時間よりコマッチモを見ている時間が長いね。
ステータスが見えるからかな?
それともコマッチモの今の姿がセクシーだからかな?
「知らないとは、何を、でしょうか?」
「今回のワルプルギスが何のために行われるかだよ!」
「真に強い者が宝具を手にするためではないのですか」
広がる笑い声と茶化す声。
鳴子達磨の鈴と拍子木の音のせいで隠れていた人々も、徐々に通りに戻ってくる。もう病人を知らせる音はない。そして兵士がいる。自分たちの替わりに弄られている田舎貴族がいる。人の戻りは加速する。
「いいか!?今回のワルプルギスは勇者様御一行の栄光を世に知らしめるために行われるのだ!」
「勇者様?それは一体どのような御方なのですか?」
俺の質問になぜか嬉しそうになる兵士たち。コマッチモの偽名であるオマリ・グラニュエールだけ紙に筆記して、周囲の警戒を始めるトイツブラーテンの犬二人。大衆は騎兵の答えを期待して、さらに集まってくる。
「その名前はもうじき世間に知れ渡る!せいぜい楽しみにすることだ!!」
たぶん自分が皆から注目されていると勘違いしている騎兵の男が宣伝するように大声を出して大衆に告げる。そして俺に視線を戻す。
「もっともお前がその名を聞くのは病室のベッドの上だろうがな!」
「墓石の下の間違いじゃねぇか!?」
身分証をコマッチモの胸に突き返した兵士たちが高笑いを浮かべつつ再び馬上の人になる。民衆は急ぎ道を開ける。そして機嫌よく彼らの開けた道を通り、俺たちから去っていく騎兵。
「さてオマリ。急ごう」
「……はい。ハダリ様」
ピシーン。
コマッチモが舵棒を両手で握りなおし、人力車が動き出す。
だいぶ後ろの方で建物の崩落する音が聞こえる。
音と匂いからして焼成レンガを作っている作業場の煙突だ。誰が何をしたのかは、俺は何も感知しない。知らない。兵士の何人が馬と一緒に煙突の下敷きになったのかも数えない。俺はただ幌を戻し、舵棒を握るコマッチモの先を見つめる。大きな闘技場が見えてくる。確かソペリエル図書館長ジブリールのよこした地図によれば第四闘技場。
元老院カペルラの一人でもあるジブリールの流してくれた情報によると、ワルプルギスの参加者は全部で6026名。
よくもこんなに集まったもんだ。
アントピウス聖皇国出身者が2844名。
イラクビル王国出身者が137名。
パンノケル王国出身者が3045名。
で、パンノケル王国3045名の応募者のうち、魔法学園リュケイオンの生徒が358名。いいねぇ。こういうどうでも良さそうな情報が緻密かつ正確なところがジブリールのいいところ。知識の蒐集家らしくて嫌いじゃない。
そして都市カテニンの複写地図を送ってよこす大胆さも悪くない。地図の無断帯出はアントピウスの法においては死刑。肝がすわってるね、おじいちゃん。
それで、約六千のワルプルギス参加希望者を、書類選考と実技審査で600名にまで絞るらしい。
候補者は単独でも複数でもオーケー。ただしグループの人数上限は十名まで。
「ハダリ様。到着しました」
「よし。じゃあ俺の入る鞄を出して」
「ハダリ様!?」
「嘘だよ。エリザベスに乗るから、俺を下ろすの、手伝って」
コマッチモは頬を膨らませる。そして俺をそっと持ち上げて……
ムギュ。
あれ?
「オマリをあまり」
オレンジレッドの唇が近い。ついでにEカップのスライム二つが襲い掛かってくる。
「虐めないでくださいませ」
あらやだコマッチモ。
ドアノブや煙突を破壊したかと思ったら、突然俺を抱きしめて耳元でそんな甘酸っぱいことを言ってくるなんて乙女みた~い。戦乙女ね。
っていうかコマッチモと出会ってだいぶ経つけれど、いまだにコマッチモの性別を俺は知らない。最凶種のヴァルキリースライムだったことしか知らない。まぁいっか。潤んだ目で頬を赤くするブロンド髪のエプロンドレスは最強種で間違いない。「可愛い」は最強。
さて。
参加者らしき連中で賑やかにごった返す会場前。俺は幌の内側で亜空間サイノカワラを無音で展開し、エリザベスを出す。
コキコキコキ……
エリザベス。ベニオオウミグモ。
相変わらず不思議な身体だね。胴体も脚もどこもかしこも同じ太さってところがシュールすぎ。
ほら、コマッチモに注がれていたみんなのエロい視線が一瞬でエリザベスに向けられる。こんな非現実的な動物、見たことないって感じだ。
ところでエリザベスさんや。また脱皮したんかい?
ぶっちゃけミニカーよりでかくなってね?
まぁとにかく今日も〝車いす〟よろしくね。
「ところでハダリ様の受付はどちらで行われるのでしょう?」
そう言ってコマッチモはキョロキョロと周囲を見渡す。闘技場の入口はよく見るといくつもあり、参加者も運営スタッフらしき連中もあちこちに分かれて立っている。
「通知によれば11番ゲートとか書いてあったけど、肝心のその11番ゲートがどこか分かりづらいね」
地図が機密扱いされる世界で会場の図面なんて公開しているわけがない。だから会場の構造を知る者は限られている。まぁ「カンダチ」でおおよその外観は分かるけれど、どのゲートが何番かまでは、いくらなんでも分からない。
「仕方ない。こういう時は聞くのが一番早い」
俺は運営スタッフを見つけ、エリザベスに乗って移動する。
「うわっ!なんだお前ら!?」
エリザベスか、その上に肘掛椅子を置いて座る俺のどっちかに驚いて叫ぶ若い男。
「すみません。審査会場の受付である11番ゲートとはどちらでしょうか?」
「お前、参加者かよ……って、そうだよな。そんな変な使い魔に乗ってるんだから」
声をかけたスタッフは「やれやれ」と言いつつ、俺たちをゲートに案内してくれると言った。
「ここで応募者全ての審査が行われるのですか?」
ゲートの前に並ぶワルプルギス参加希望者の列を見ながら俺はスタッフに尋ねてみる。
「はぁ?そんなの無理に決まってんだろう。ここは六つある審査会場のうちの一つだ」
俺とコマッチモを案内してくれる運営スタッフは背中越しに言う。
「一週間で一次審査通過者を決めなきゃいけねぇんだこっちは。そりゃ手分けするさ」
ジブリールのよこした情報の精度を確認する。スタッフの言葉と一致。さすが。
「身上を伺ってすみません。差し支えなければお聞かせください。あなたはリュケイオンの生徒様ですか?」
「卒業生だ。ただし審査員じゃなくてただの運営協力。審査するのは俺のいたリュケイオンの教師陣と、アントピウスの聖皇専属の親衛隊とか聖皇お抱えの精鋭騎士団。腕の立つそういう面々が六ケ所に散らばってお前らみたいなのを審査するんだ」
「誰も彼も大変ですね」
「な~に。「勇者」って奴を拝める機会だ。それにワルプルギスに出場するわけじゃねぇから誰かにボコボコにされる心配もねぇ」
勇者。
まるでゲームに登場する〝職業資格〟のように、この異世界ではこの言葉が出てくる。
「田舎者のぶしつけな質問、ご容赦ください。勇者とは一体何者なのでしょうか?」
俺の心中を察したのか、それとも勇者という言葉が気に入らないのか、コマッチモが前を行くスタッフに尋ねる。でもどうせまたさっきの警察兵士のような答えが返ってくる。そんな予感がする。
「見えるらしいぜ」
「「?」」
「相手の能力が見える。お前らみたいな貴族は知らないかもしれねぇけど、この世界には召喚者っていう、異世界から招かれた連中がいる。その連中は相手の能力を戦う前から把握できる超人みてぇな特殊スキルを持つとか」
「「……」」
「その中でもさらに神様みたいなすごい特殊スキルを持つのが勇者……リュケイオンじゃ入学したてのガキでも知ってる話だ。そして勇者をサポートするためにリュケイオンはある。卒業するまでに全員が嫌でもそう教わる。思い知る」
「そうですか。勉強になりました」
前を歩く寂しげな魔法使いのステータスをはじめて意識する。
エリト・トラチェンカLv31(人間族。闇属性の魔法使い)
生命力:400/400 魔力:890/890
攻撃力:100 防御力:200 敏捷性:30 幸運値:4
魔法攻撃力:700 魔法防御力:800 耐性:闇
「ついたぜ。11番ゲートだ」
俺とコマッチモは受付のあるゲートに到着する。変なの。思っていた以上にここは参加者の列が短い。おっと、そんなことより、
「あなた様のお名前を伺ってもいいですか?」
「俺か?俺はエリト。エリト・トラチェンカ」
嘘偽りのない答え。嘘偽りのない眼。
色々なものを諦めて捨てたせいで、美しい眼。石のような眼。
「そうですか。トラチェンカ様。道案内をしていただいた上、興味深い話まで伺えたこと、感謝します。ちなみに私は……」
「ああ、いいよ。名乗らなくて」
どうして?お前も実はステータスが見えるから?
「お前の名前も人生も知ったことじゃない。俺は俺の人生で手一杯。仲良くしたけりゃ、お互い近寄るな。これが人生の鉄則だ」
「なるほど……ありがとうございました」
俺は去り行くエリトに背中で挨拶をする。
さすが〝闇〟属性。考え方が俺とよく似ている。
「いくら強い相方と不思議な使い魔がいるからって、調子に乗ると痛い眼に合うから油断するなよ」
強い相方か。コマッチモは殺気なんて出していないのによく分かったね。
ステータスが見えているみたいな言い方が、ちょっと後ろ髪をひかれる感じ。
ピシピシ……
水を凍らせて数枚の鏡にし、光を反射させて俺は背後を確認する。
歩きながら片腕を持ち上げて「さよなら」と手を振るエリトの背中が、ただ小さく映りこむだけだった。
「お前がバーソロミュー家の御曹司か」
11番ゲートに入り、突き進んだ奥。たどり着くまでにはいくつも部屋があり、部屋の扉にはオレンジの光の文字が浮いていて、人の名前が書かれている。その扉の向こうで話し声が聞こえた。どれもこれも、自己紹介と質問。つまり面接。光る文字はどうやら受験生の名前らしい。
「ハダリ・バーソロミューと従者のオマリ・グラニュエールでございます」
試験会場は全部で六つに分けられる。つまり一会場あたり、千人の応募者が集められ、ふるいに掛けられ、一週間かけて約百名までに絞られる。
これがいわゆる一次選考。その始まりがこの、個室での面接。
「生まれつきの肢体不自由者か。あの家の血筋は何か問題でも抱えているのか?調べたところによるとお前の母親も兄弟たちも気が触れてるそうじゃないか」
一次選考は書類審査と実技審査。
「弟たちの場合は〝ただの転落事故〟によるものです」
上から目線の面接官に答える。
「どうだろうな。遅かれ早かれ気が狂って、お前もそのうちああなるんじゃないのか?」
三人の面接官が一つの長机の前に腰かける。真ん中の男が喧嘩を売ってくるだけで、男の両隣は分厚い資料に目を通したまま。
にしても分厚い資料だこと。あんなに書類送ってないんですけど。
そう言えばジブリール情報によれば、書類審査は身辺調査も兼ねる場合があるとか。
特に俺の居着いたバーソロミュー家の場合、当主がアントピウス聖皇国の官僚だからあれこれ警戒されて、最初から余計な情報がた~くさん集められているとか、暗号文に書いてあった。
だけどそのどれにも齟齬がないようにちゃんと調整してくれたのが、バーソロミュー家の執事長メロヴィング。
今頃〝胸像〟になった甥と一緒にジェラートでも食べているかな。
「で、金にモノを言わせて雇ったSランク冒険者がそいつか」
これもメロヴィングと示し合わせた設定のうち。
「はい。冒険者稼業は常に命の危険を伴うため引退を考えているとのことでしたので、我が家の使用人になってくれないかとこちらから願い出たところ、承諾してもらいました」
「ふ~ん」
俺はエリザベスの上から圧迫面接官一人と相変わらずやり取りするだけ。隣の生き生きとした若い甲冑女とローブを羽織る白ひげふさふさ爺ちゃんは終始無言。でも資料からようやく目が離れる。
「腕は立つみたいだが、魔法は使えないんだな、お前」
圧迫面接官がコマッチモを見ながら言う。その視線は美人のコマッチモの顔より少しだけ上に向けられている。
「いえいえ。オマリは魔法を使わないで済むほど強いので普段から使わない……」
「いいや。こいつは魔法を使えない」
チラリと俺を見、俺の頭上を見、もう一度すぐにコマッチモを見る男。
「そうなのか?オマリ」
「大変申し訳ございません。実は、魔法はその、不得手で」
「不得手じゃなくて「使えない」と本当のことを言わないのか?そりゃ言わないか。雇用契約上不利になるだろうからなぁ」
という芝居を織り交ぜたやり取りを経て、これ見よがしの魔道具を面接官は披露する。
「これの前で嘘はつけない」
名前はカッコよくてヘブンズアイ。要するに能力測定器。ウソ発見器。
嘘を暴かれるより、水晶玉みたいな魔道具をいじくるお爺ちゃんの手がプルプル震えている方が気になる。完全強縮できないほど筋肉が弱ってるなら魔法なんて使わずウォーキングでもした方がいいだろうに、まったく。
オマリ・グラニュエール:Lv60(人間族)
生命力:5050/5050 魔力:10/10
攻撃力:3000 防御力:4000 敏捷性:1500 幸運値:80
魔法攻撃力:0 魔法防御力:2020 耐性:闇
特殊スキル:斬撃効果上昇
ハダリ・バーソロミュー:Lv19(人間族。水属性の魔法使い)
生命力:200/200 魔力:3000/3000
攻撃力:0 防御力:0 敏捷性:0 幸運値:10
魔法攻撃力:1000 魔法防御力:1000 耐性:水
特殊スキル:使い魔操縦
ここまでは見えていない。
魔道具ヘブンズアイに分かるのは測定対象者の魔法属性と魔力だけ。
俺とコマッチモの偽ステータスが確実に見えているのは、目の前のこの男、フジオ・オゲーニア。
フジオ・オゲーニア:Lv67(勇者候補生)成長補正付与。
生命力:8000/8000 魔力:4300/4300
攻撃力:4000 防御力:6000 敏捷性:1000 幸運値:100
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:2400 耐性:風
特殊スキル:毒攻撃自動回避
「それで、君は使い魔を操るのですね」
甲冑女がとうとう口を開く。意外なハスキーボイス。
ステータスを見ているのかどうかが分からないのがフジオの隣にいるこの女、チアキ・コイパス。格好からしてアントピウスの聖皇親衛隊。それにチアキとかいう名前も何となく召喚者っぽい。やっぱ見えてんだろうな、きっと。
チアキ・コイパス:Lv77(人間族。光属性の魔法使い)
生命力:6000/6000 魔力:5000/5000
攻撃力:9000 防御力:8000 敏捷性:700 幸運値:400
魔法攻撃力:6000 魔法防御力:1000 耐性:光
特殊スキル:回復魔法効果上昇
「はい。何せ体が不自由なもので」
「見たところ、魔物のようにも見えるのじゃが、それは一体なんなのかのぉ?」
最後の一人はたぶんステータスが見えていない。っていうかこのおじいちゃん、ステータスどころかそもそも視力が悪そう。
マンテラ・ヒドロコエル:Lv67(人間族。土属性の魔法使い)
生命力:400/400 魔力:10000/10000
攻撃力:10 防御力:50 敏捷性:10 幸運値:50
魔法攻撃力:20000 魔法防御力:6000 耐性:土
「これは海洋に生きる命です。本来であれば水の中でないと生きられない生物ですが、水魔法を扱える私が水をこの者に供給することで、陸の上でもこうして過ごすことができます」
「なんとそりゃあすごいっ!これはもう合格じゃあ!!」
「ジジイ。勝手なことを抜かすな」
「マンテラ殿。ここは学園の定期考査ではありませんよ」
「おお、そうじゃった。つい興奮してしまった。失敬」
個室で見せられる面接官三人の漫才劇。部屋の警備二人と俺は失笑する。コマッチモは無表情。エリザベスは表情不明。
「ではさっそく実技審査に入りますか」
チアキ・コイパスが背もたれのないスツールからすっと立ち上がる。
「そうじゃ。さっそく試さんとしよう」
よぼよぼのマンテラ・ヒドロコエルが杖を手に取りキングチェアから立ち上がる。
なるほど。
部屋にいる面接官は最初から実技審査官も兼ねているらしい。
三人の平均レベルは間違いなくコマッチモに照準を合わせている。
偶然なわけがない。
指定される時刻と場所が受験者によって異なるのは、ステータスが何者かによって事前にチェックされているからだろう。
つまりこの部屋に案内される前から既にコマッチモのステータスは見られている。
どの段階からだろう?
アントピウスの郵便省で大会の申し込みをする前?
大会の申し込みをした後?
申し込みの後だとして、どのタイミング?
パンノケル王国に入国した時?
それとも生意気盛りの娘のいる宿屋に宿泊を決めた時?
人力車で騎兵隊とすれ違った時?
勘のいい運営スタッフにゲートまで案内された時?
誰が俺たちのステータスを見ていたんだろう?
誰がステータスを見る能力をもっているんだろう?
ステータスか。
召喚者の特権。
そして勇者候補生。
考えてみれば〝ここ〟は召喚者擬きの集う場所だ。
そうだそうだ。〝それ〟を忘れちゃいけない。
「おい。ボディーチェックをしてもいいか?」
「私の、でしょうか?」
最後にウィンザーチェアから立ち上がったフジオ・オゲーニアがコマッチモに近づいていって問う。
出ましたセクハラ。
これで乳揉んで目を抉られて舌を切られて脊髄を傷つけられて両脚を切られた知り合いがいま~す。
「違う。お前の主だ」
ボグッ!
「?」
おっと。俺か。
ドサッ。
さすが勇者候補生。コマッチモの動きの緩急を読んで俺を殴ってきた。
「ハダリ様!!!!!!」
部屋の壁が割れそうになるほどの大声をあげて俺に駆け寄るコマッチモ。
「大丈夫だよオマリ。……ボディーチェックは済みましたか?」
「体が不自由なのは本当らしいな。防御のための筋肉の緊張が全くない。惨めな人生だな」
〈今すぐこいつを殺してもよろしいですか!?〉
頬をぶん殴られて倒れた俺を抱き起こしつつ、殺気をおさえきれないコマッチモ。
〈ダメ〉
〈では後で殺してもよろしいですか!!〉
〈ダメ〉
コマッチモの弱点。
宝箱生活の弊害というか、迷宮生活の弊害というか、要塞生活の弊害というか、引きこもりの弊害というか、とにかく外の世界をあまり知らない元魔物コマッチモの弱点は、切れやすいこと。すぐにブチ切れちゃう。
〈コマッチモ。お願いだから我慢して〉
〈………〉
……やれやれ。
〈感情を制御できない奴は足手まといだ〉
〈!〉
〈1号も2号も4号も、みんないろいろな制約を我慢して引き受けて、それでも必死にやっている。できることを、できるときに、できるだけやっている。3号の俺はその足を引っ張るわけにはいかない。俺は四人の分裂体の中で一番リードしないといけないんだ〉
「……………………」
〈残りの分裂体三人にアドバンテージをもたらさなくちゃいけないんだ。その俺の足を引っ張るというのなら、一番の親友のお前も容赦なく、俺は切り捨てる〉
「申し訳……ございませんでした……」
俺を抱きしめている最強の魔獣。
その魔獣の目から大粒の涙がとめどなく溢れて零れる。
「見事な主従愛ですね」
さりげなくもらい泣きしているチアキ親衛隊員。「この戦士との審査には、どうか水をささないでください」と小さくフジオに告げて部屋を出ていく。「ワシはこの魔法使いを相手するぞい!」と元気よく叫びその後を追うマンテラ教授。
「魔法しか能のないその貴族様が椅子に座ったら、試合場に案内してさしあげろ」
部屋の警備二人に言い残し、勇者候補生フジオも出ていく。
〈大丈夫。壊れている俺がちゃんと全部、壊すから〉
〈はい……マソラ様〉
コマッチモは俺を肘掛椅子にゆっくり戻す。その眼元は赤い。
「ハダリ様。このオマリ、一生ハダリ様のお傍に仕えさせていただきます」
「ありがとうオマリ。じゃあ行こうか」
エリザベスが動き出す。その肢体を気味悪そうに見ながら警備の二人がいそいそと俺たちを実技審査会場へと案内する。
「ところでオマリ。今夜はクマの内臓料理を食べたい。ドングリをたらふく食べたクマの肉の旨味と渋味を堪能したいんだ。作れそう?」
〈……作戦は以上。理解した?〉
「もちろんでございます。ついでにクマ肉のすき焼きもお作りいたしましょう」。
「ルールは簡単だ。試験官が三人。一人でもいいから「降参」と言わせればお前たちを一次審査合格者として二次試験に回してやる」
おそらくはロンシャーンに近い溶岩台地からわざわざ削り出して運んできたらしい黒い玄武岩が立方体に削られ、並べられて作られた闘技盤。その上で実技審査が行われるみたいだ。
「申し遅れたが私の名前はチアキ・コイパス。アントピウスで聖皇様の親衛隊に所属している。さらに今回はワルプルギス審査官という栄誉ある任を仰せつかった。神と聖皇様のお与えくださったこの幸運に感謝するとともに、ぜひ貴殿と手合わせ願いたい」
「大変恐縮でございます」
相手の長~い口上に一礼して返すコマッチモ。
実技審査用の闘技盤は、俺とコマッチモの立つ場所も含めて全部で四つある。
それぞれの盤で試験官三人が受験者たちの相手をしている。
よく見ると、三名のうち一名は見ているだけで手を出さない。
残りの二名もしくは一名が相手の実力に合わせて選ばれ、動き、判定している感じがする。
ほとんど動かない試験官のステータス画面に共通するのは「勇者候補生」という言葉。
「フォッフォッフォ!ワシはマンテラ・ヒドロコエルと申す!魔法学園で土の魔法の教鞭を執る。ワシの相手はおふひひゃはい!」
興奮して入れ歯がずれてるよ、おじいちゃん。
「学園の教授様に審査していただけるとは、またとない栄誉にございます」
さてさて。
勇者候補生。
ジブリールによれば「勇者村」という特務機関の出身者。
その詳細はジブリールですら知らない極秘。
管理者は元老院メンバーのアーキュレイ・ドリアン枢機卿ただ一人。こいつと聖皇オファニエル以外に勇者及び勇者村に関する情報を知る者は皆無。つまり最高軍事機密。
「では、はじめる」
その軍事最高機密が偉そうに両腕を組み、開始の合図を告げる。
魔法使いマンテラが入れ歯を直し、杖を構える。ほぼ同時に足下に青い光の魔法陣が浮く。地下と背後からの攻撃を防ぐって書いてある。うん。入れ歯芸の方が面白い。
チアキ親衛隊員は腰の左右のグラディウスを引き抜く。盾の代わりに使うらしい左手のグラディウスはイベリアン・グラディウスにそっくりで湾曲して大きな片刃剣。それを逆手にもつ。右手のグラディウスはスパタそっくりで、まっすぐな両刃の刀剣。もちろん順手で握る。強そう。
ツカ。ツカ。ツカ。ツカ。
そのチアキ試験官へノーガードで普通に詰めていくコマッチモ。ナメられていると思ったのか一瞬険しい表情を見せるも、技だと理解し、力を抜いて穏やかな表情に戻すチアキ親衛隊員。そしてマンテラとは違い、チラリとだけ俺を見る。
シュウウウウウ……
俺はエリザベスの上に据え付けられた椅子に座ったまま、大きめの水球を宙に生む。エリザベスより大きい、コンパクトカーが入るくらいの水球は表面でさざ波を立て始める。
「むお!磯の香る水球とは摩訶不思議!まさしく海水!ではわしは陸土の攻撃魔法で対抗するとしよう!」
マンテラ教授が詠唱を開始する。魔法陣が教授の前で複数展開する。チアキ親衛隊員の構えも含め、それら一切を高みから見下ろす感じでいらっしゃるフジオ試験官。どんだけ偉いんだ、お前。
フッ!!
チアキ親衛隊員が電光石火、消える。コマッチモは冷たい目つきで歩き続ける。
ヒュドオオドオオオオオオ――ンッ!!!!
「「「「「!?」」」」」
他の審査をしている試験官と受験生が轟音に仰天してこっちを見る。魔法を放つ前にマンテラがひっくり返る。フジオが倒れそうになるのをかろうじて堪える。
シュ~……
煙が収まるにつれて判明する顛末。
玄武岩の上の〝遺留品〟は、立った状態で残る、親衛隊員の下半身。
「何を、した?」
「〝火属性魔法〟を使用しましたが、それが何か?」
愕然とするフジオ試験官の方へ、はじめと変わらない歩速で向かっていくコマッチモ。
異世界じゃない世界の魔法、それが科学。
コマッチモがやったのは断熱圧縮。
擬態している片方の手の中にはガソリンとニトログリセリンを仕込む。そしてチアキ親衛隊員の攻撃に合わせてカウンターパンチ。その際、空気を急激に圧縮して高温状態にしつつガソリンと混ぜ合わせ、点火爆発させる。車のエンジンと一緒だ。ニトログリセリン以外は。
で、結果は自動車の発進じゃなくて親衛隊員の即死。そして俺の用意した水球の破裂。
バシャーンッ!!!
終わりの始まり。
「なんじゃ!?なんじゃこれは!」
これが何か、か。
水蜜牢。
魔法のような科学。科学のような魔法。
つまりは空中水族館。
「魚じゃ!魚が」
〝山育ち〟の俺が山から下りて一番驚いたのは海。
山と同じくらい情報量が多く、未知に溢れていたのは「海」。
山の孕む〝闇〟とは完全に異質の〝闇〟。
それが海。
「無数の魚が、宙を泳いでおる!!」
今の俺の魔力なら〝それ〟くらい拵えられる。
「!?」
起き上がったばかりのマンテラ教授の肩にそっと触れる、
「それはキロネックスと言いましてね」
俺以外の触手。
「クラゲの仲間です」
泳ぐ魚に気を取られていた魔法学園の老教授の全身にからみつく刺胞動物の触手。
「キロネックスのあだ名は「海のスズメバチ」。触手が触れると毒針が相手に突き刺さり、神経細胞、赤血球、表皮細胞などを壊死させます。ついでに視力低下と呼吸困難が起きるので、壮健な若人でも10分足らずで死にます」
「お……おお……」
半透明の触手地獄の中から見るのは俺かな?
それともチアキ親衛隊員の死骸を猛烈な勢いで食らいつくすブルーフィッシュかな?
「このおおおおっ!!!!」
ガキガキガキンッ!!!
判定を下すはずのフジオ試験官はコマッチモと仲良く踊ってる。
ジャララ。
コマッチモとフジオ試験官はお互いの片手が手錠で結ばれている。仕掛けたのはもちろんコマッチモ。手錠の鍵はコマッチモしか持っていない。
ガキキンッ!!
フジオ試験官は腰から抜いたファルシオンを素早く振り回すも、それらは全てコマッチモの戦闘用ナイフで防がれるか、手錠によって片手の自由を奪われているせいで体勢を崩されるかして、コマッチモに当たらない。そして手錠と手錠を結ぶ短い鎖を切断しようとすると今度はコマッチモのナイフがフジオ試験官の皮膚を切り裂いていく。攻撃と防御のどちらにも専念できない手錠攻撃。
「親衛隊のチアキ様を貪食しているのはブルーフィッシュといって、口の中には小さい剃刀のような歯がぎっしり並んでいます。餌の追い方も摂り方も、このように獰猛苛烈で、食い抜き、噛み裂き、引きちぎっていきます」
致命傷を避けつつも静脈を切られまくり血にまみれていく勇者候補生フジオに俺はおっとり説明する。
「ひいいっ!」「ぐああっ!」「うっ!!」
たくさんの小さな嘆声にまじり、会場内でチラチラと大きな悲鳴が聞こえる。
「ブルーフィッシュがイワシの大群に突っ込んだ時のイワシの様子はそれはもう凄惨で、海面、海中、海底に無数の千切れたイワシの残骸が散乱して、さながら世界の終わりを想起させます」
本来であればブルーフィッシュの餌食になるはずのイワシの大群は素早く不規則に会場内の空間を煌めきながら泳いでいる。
水蜜牢。
会場内に張り巡らせ互いにつながった極細の水糸と自身の体に纏う水の被膜で、水棲生物たちは陸の上を海の中同様に泳ぎ続ける。まるで水族館のように。
「……」
その光景に見とれる運営スタッフ。
あ、道案内してくれたエリトもいるね。
そっか。
俺のイワシの群れを見てそんな楽しそうな顔をしていられるということは、残念だけど〝こっち〟側じゃないってことだね。
「ぐうっ!」
瞼を閉じて苦しむのは大抵が「勇者候補生」というステータスの試験官。そしてエリート騎士団のような恰好をした試験官。
そりゃそうだろうね。君らは〝こっち〟側だから。仕方ないよ。
「では始めましょうか」
俺の合図でコマッチモがフジオの両膝の皿をぶち割り、アキレス腱そして手錠を結ぶ鎖をコンバットナイフで切断する。あまりに正確で冷酷無比な攻撃に反応できず、崩れ落ちるしかないフジオ試験官。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
「!」
そのフジオ試験官をイワシの大群が包む。
包んで渦を巻く。
渦はその直径を変え、煌めく模様を変え、動く速さを変え、そして俺の亜空間サイノカワラへと戻っていく。チアキ試験官の残骸を食いつくしたブルーフィッシュもイワシを追いかけてサイノカワラへ戻る。既に絡めとったマンテラ試験官を体内に取り込んでドロドロに消化しているキロネックスは最速クラゲとはいえモタモタしているので、こちらから亜空間に呑み込む。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
武器を捨て両手で顔をおおい、転げまわるフジオ試験官。その悶える様子を嬉しそうに観察するコマッチモ。
うふふ。
地獄だろうね。
あんな無量大数の魚のステータスが網膜に焼き付いて離れないなんて。
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……。
ステータスの群遊。
俺の飼う魚たちはみな俺の魔力素の溶け込んだ水の中で呼吸し、泳いで、生きている。だから俺の一部。ゆえにステータス画面を必ずもつ。
ステータス。
パラメーター。
見たいなら、いくらでも見せてあげる。
ステータス画面に注意を向ければ向けるほど、また近くで見れば見るほど魚のステータス表示は長時間にわたり網膜の視細胞に刻み付けられる。
しかも魚の動きに合わせてステータスも動く残像つきで。
「ああああああああああああああああああああああああ……」
ゲロをぶちまけながらのたうち回る勇者候補生フジオ。
試験官フジオ。審査員フジオ。憐れなフジオ。不自由なフジオ。
「余計なものが見えるから、〝そう〟なる」
まばらな観客席で叫んでいる連中にも向けて言う。
「ううううううううううああああああ……」
「余計なものが見える目なんて持っているから、〝そう〟なる」
「ぐうううう………」
「この意味、分かる?」
とうに武器を捨てているフジオ試験官が右手を「チョキ」の形にする。その人差し指と中指は震えている。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
勇者候補生はとうとう、閉じていた瞼を開く。
ズグシュッ!!
右手の人差し指と中指を全力で自分の目に突き刺す。硬い爪と鍛えた指先のせいで角膜が破れ、水晶体が千切れ、ガラス体が飛び散り、網膜が削れ、毛細血管が裂ける。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
どうやら闇の中の魚の群れは去ったらしい。
両目から指を引き抜き、仰向けで横たわるフジオ試験官。
射精して賢者タイムに入った高校生みたい。
精液じゃなくて血液とガラス体が零れているのがちょっと違うかな。
賢者タイムのフジオ試験官を軽く蹴飛ばしてゴミのように転がし、うつ伏せにするコマッチモ。そしてフジオ試験官の首の後ろに足を乗せる。これが本当のフィニッシュってやつだね。
「気分はどうですか?」「ムフ」
頸椎をへし折る体勢に入ったコマッチモの足下をゆったり見ながら俺は微笑む。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
「二人の試験官の後を追う前に言い残す言葉はございますか?」「フフフ」
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………降参だ」
「それは残念」「フフフッフッフッ」
コマッチモがフジオの首に置いた足を下ろす。
「フッフッフッフッフ……」
よく殺意を我慢したね。偉いよコマッチモ。
でもそのせいかな、
妙な笑い方を覚えたね。
なんだろう。その笑い方、どこかで見た気がする……
スンスン。
あれ?
懐かしい匂いまでする…………ありゃま。
ここにいたのか。
あいつらはたしか、チーム岡安。
……運がいいね。
俺の新鮮なイワシは見てないって感じだ。でも表情が一様に昏い。呼吸も乱れている。
良かったね。勇者候補生の発狂から賢者タイムまで傍観できたのか。
本当に運がいい。もってるね。今夜は悪夢で眠れないよきっと。
……そうでもないか。
だって「チーム岡安」だもんね。
包容力がありとぼけた振りのうまい岡安竜太に、女房役で岡安にゾッコンの深堀彩芽。
異世界召喚の不幸を二人は愛の力で乗り切るつもりだろうって昔思った。
俺に対しツンデレみたいな対応をよくしてきた室野井創。
今も昔も俺、そっちの気ないから。
体の発育が良くて明るくて脳筋の石原野々花。
ポロリが多かったから、なんだかんだで召喚者男子の視線を常に集めてた。男なんてサルみたいなもんだから仕方ない。自分も「封印されし言葉」に出会う前は仕方なかった。見ちゃうもんは見ちゃう。あれは回避不可能の魔法みたいなものだから仕方ない。水蜜牢といい勝負と言えなくもない。
いつも二人で競い合ってた今泉航佑と藤井良輔。
少年漫画みたいな健全な「二人の世界」をもってた気がする。
一方で、お近づきにはなりたくない弩Mの曽根義宗と弩Sの塩澤玲。
退廃的で倒錯的で不健全な「二人の世界」に足を踏み入れる気には到底なれない。ある意味で特殊な〝闇〟に生きる住人だと昔思った。
ふふ。
それにしても、仲がいいこと。昔も今も。
相変わらず全員同じ香水を付けてる。男性用のハンティングピンク。
オレンジとオポポナックスの柔らかで荒いスイートダスト……岡安によく合うね。
その岡安にメンバーが合わせているのかな。
岡安竜太。
聴覚超鋭敏の召喚者。
幼馴染の赤荻晴音と謎の多い黛明日香以外で、好意的な姿勢を俺に見せてきた数少ない召喚者。
そして妹の永津朱莉以外で俺の〝闇〟を感じられる唯一の召喚者。
理由は不明。でもだいたい想像がつくから興味もわかない。ただ……
……。
そうか。そういうことか。
岡安たち〝八人〟を見て「懐かしさ」の正体を俺は知る。
「オマリ。行こう」
「はい。ハダリ様」
淀んだ暗がりを覗くような懐かしい笑みを消したコマッチモが、いつもの表情に戻る。
「第二次審査のお報せ、折れない程度に首を長くしてお待ち申し上げております」
書道が好きで口笛のうまい岡安チームの〝九人目〟を思い出した俺は〝元勇者候補生〟に挨拶を済ませ、エリザベスとコマッチモとともに試験場を後にした。
Ecce homo