第三部 魚身求神篇 その三
油「ん?腕と足に噛みついとるこれはなんじゃ?」
烏「それはヤマカガシ2匹とマムシ3匹ね。1匹にでも噛まれると死ぬこともあるわ」
油「そうか!では吾輩は死ぬかもしれぬのだな?ではこいつらを代わりに食って命を返してもらわねばなるまい!あむっ!!むぐっ!?骨までうまい!!!」
蓑「……これ、本当に道か?」
鬼「一応獣道をたどっている。しかし最近使われた形跡がどうも見当たらない」
蓑「……獣、見ない」
鬼「ああ。イノシシやシカ、クマといったたぐいがいない」
烏「あ、そろそろ着いたんじゃない?」
油「どれどれ!蛇の肉と血を食らってもうイチモツはギンギンじゃ!今夜はオナゴ三人をいっぺんに抱……」
三人「「「……」」」
油「人っ子一人おらんではないかああっ!!」
鬼「バービー。本当にここで間違いないのか?」
烏「アスカちゃんがくれた地図によればここが鉱山都市カラミャンのはずよ」
蓑「……道、間違えて違うところ出た?」
鬼「道なき道をあえて歩かされたが、コンパスと太陽で方角は間違えていない。主のよこした地形図と磁北線が正確であればここがカラミャンのはずだ」
油「そんなことはどうでもよい!オナゴは!?オナゴはどこにおる!?」
鬼「とにかくここがカラミャンかどうか確かめ、住人を探す。いいか」
烏「分かったわ」油「オナゴを見つけるためじゃ!合点承知の助!」蓑「……了解」
鬼「通りという通りを見てきたが人の気配がまるでない。野良犬や鼠すら見かけない。そっちはどうだ?」
烏「人はいないけれど、ここがカラミャンであることは間違いないわ。街の名前を刻んだ工具や店があちこちにあるもの」
蓑「……街の入口見てきた。標識看板ある。カラミャンで合ってる」
油「これを見よ!このサイズの下着を身に着けておるオナゴがおるのじゃ!さぞ尻がでかいのであろう!吾輩はもう少し家探しをしてくる!」
鬼「それはきっとドワーフの女のものだろう。それとお前のやっていることは泥棒と変わらない。今すぐ元の場所に戻してこい」
烏「それにしても、みんなどこに消えたのかしら?」
蓑「……仲間割れ?」
鬼「ふっ、いくら奴隷のドワーフとコボルト同士の仲が悪くても、街から全員消えることはないだろう」
烏「奴隷が街からいなくなって、飼い主の人間族が何もかも残し、慌てて後を追いかけていったって言うの?そんな話、誰も信じないわよ?」
油「ではなぜオナゴがおらぬのじゃ!?」
鬼「これがアーサーベル王国の行方不明事件の現状……待ってくれ。主から連絡が入った」
烏「アスカちゃんから?なんて?」
鬼「ふむ……特攻野郎ども、もうカラミャンには着いているよねコンチクショウ、だと」
烏「着いてるわよ。かなり険しいほとんど崖みたいな斜面をよじ登って楽しく到着したわって伝えてちょうだい」
油「山登りは死と隣り合わせであると吾輩は初めて知ったぞ!はっはっはっはっ!!」
蓑「……パンツかぶるな、変態」
鬼「主からさらに返信がある。……承知した」
烏「アスカちゃんの今度の注文は?」
鬼「カリオストロ。カラミャンの入口で三本の分岐路を見たか?」
蓑「……見た」
鬼「その一本、鉱石運搬道カリタに向かえとの仰せだ」
蓑「……理由は?」
鬼「主の言葉によれば「召喚者三名が都市ディポログからそちらカラミャンに向かい、カリタ道を進行中。頭のイカれた武装ドワーフと魔物から、三名を救出せよ」だそうだ」
油「頭のイカれたドワーフじゃと!?それはどういう意味じゃ?」
烏「アスカちゃんの言う通りよ。最強の魔女が「イカれてる」っていうんだから〝相当〟イカれてんでしょ」
蓑「……それと、魔物」
鬼「言い忘れたが、最後に主はこう告げた」
三人「「「……」」」
鬼「見敵必殺。黒塗確定。以上」
三人「「「了解」」」
3.黄金狂時代「試験」
チク、タク。チク、タク。チク、タク。チク、タク。
柱に据え付けられた古時計が時を刻む。
「アイツ……何してやがる」
超大陸アーキア北東の果て。アーサーベル王国。
チク、タク。チク、タク。チク、タク。チク、タク。
空前のゴールドラッシュに湧く辺境の小国の、南西の交易都市ディポログ。
「スー、フー……」
「けほっ!けほっ!」
「あ?すまねぇ気づかなくて。よっと」
「あ、いえ!お気になさらず」
貴賓室の床に胡坐をかいて座っていた男は、自分のふかし続ける煙草の煙で若い召喚者がむせたことに気づき、のっそりと立ち上がる。そのまま窓に向かっていく。
「空気の入れ替えだ」
物憂げに窓を開く。ひんやりした空気と乱雲、それに弱い日光の下、ひっくり返したような大騒ぎの街の喧騒が窓から室内に急に飛び込んでくる。
交易都市ディポログ。
ティオティ王国とアーサーベル王国の玄関口にあたる都市ディポログは現在、アーサーベル王国の首都マスバテ以上の繁盛ぶりを誇っている。
しかし人や物資の動きが盛んなのはゴールドラッシュだけが原因ではない。
商館ジージュワンの三階の窓から煙草男が見下ろす通りには冒険者や兵士もたくさんいる。諦めや不安や財産を抱えてティオティ王国に向かう人々。覚悟と欲と運をもってアーサーベル王国に向かう人々。彼らの巻き添えで移動する動物や家畜などのせいで、通りはごった返している。
「俺の仲間の到着が遅れて本当にすみません!!」
召喚者の一人が男に近づいて頭を下げ、同じ言葉を繰り返す。名前は山野井冬愛。アントピウス聖皇国が永津真天と同じタイミングで大量召喚した、異世界からの召喚者の一人。ステータスによる班分けの結果、チームリーダーになった人物。
「別に遅れちゃいねぇよ。まだ約束した時間まで二分もある」
男は巻煙草の煙を外に吐きながら、通りを眺めている。
「お?あれか?」
召喚者の山野井同様に人や魔物のステータスが見られる煙草男は、急いで商館ジージュワンに向かって走ってくる女を見つける。
「あ!あれです!黛の奴!」
「国境の街エリゴは辺境だからなぁ。ここまで来るのも一苦労だ。そうカッカするなよ」
男は山野井に声をかけると、煙草をポイと放り捨てる。瞬間、煙草は散り散りになって消える。
ドカドカドカドカドカドカドカ
ジージュワン商館の階段の踏み板をドタバタと踏み、駆けあがってくる音が部屋中の皆の耳に聞こえる。
チク、タク。チク、タク。チク、タク。チク、タク。
ゴーンッ。ゴーンッ。
ガチャバンッ!!
「さーせん!ただいま到着しやした!!」
午後二時。
扉を開けて開口一番謝る召喚者。その名前は黛明日香。
永津真天と同じタイミングで召喚された召喚者の一人。ステータスによる班分けをその能力で操作し、山野井チームに自ら加わった一人。
三十五名の同時期召喚者とは異なり、異世界に来る前から魔術を扱えた魔術師。
そして異世界に来てさらに能力を飛躍的に高めた魔法使い。さらにその能力を隠蔽できる魔法使い。
三十六名の同期の中で、最も魔術に対する造形の深い者。
一名の転生者を除いて。一名の歌姫を除いて。
「馬鹿野郎マユズミ!今すぐ星野様の前で土下座しろ!!」
「およ?誰かと思えば山野井じゃん。元気して……なさそうだね」
「うるさい!!」
席を立ち、激昂する山野井の元に近づく男二人。名前は川戸翔太朗と種村岳。
「なんだ二人とも!」
「落ち着こうか、山野井」
「俺は落ち着いてる!だから星野様を三十分も待たせたコイツに礼儀を……」
「その星野様がもう席についてるぜ。星野様の時間を奪っちゃまずいだろ」
「……」
山野井の扱いに慣れている召喚者の男二人が山野井を黙らせる。その二人にいつからか恋慕の目を向けるようになった召喚者の女二人。重光結と照沼花里奈。
「久しぶりだ。明日香」
座ったまま涙ぐみ、懐かしそうに声をかけるもう一人の女は召喚者、國本萌。
「萌ちゃんも元気そうでなにより」
「……」
さっきまで煙草を吸っていた男はぼんやりした眼で七人の人間関係とステータスを観察する。その間、下の階から上がってきた商館の従業員二人が八人分の温かい紅茶とカップを持ってくる。既にテーブルの上に置いてあり、飲まれることなく二時間かけて冷たくなった紅茶のカップを下げ、もう一人が新しいカップを置き、茶を注ぐ。それら作業が済むと、商館の従業員は退室する。
「では皆さまがた、お集まりのようですのでご着席ください」
部屋の柱時計が二時を知らせる一時間前からテーブル前に腰かけ、いくつもの文書に目を通していたフェイビア司祭が音頭をとり、召喚者七名と男が腰を下ろす。
バキバキ。
「!」
「すまねぇな。背もたれが苦手なんだ」
柱時計が二時を知らせる三十分前から部屋に入るなり床に座っていた男は、椅子の背もたれの木を引きちぎる。その男の背中には黒い中華鍋が亀の甲羅のようにくっついている。
「こ、これは今の今まで気づかず失礼いたしました。たった今新しい椅子を……」
「これで構わねぇ。始めてくれや。時間が惜しい」
「あ、はい」
フェイビア司祭が「それでは」と言って話を始める。
「このたびのアーサーベル王国招集は、アントピウス聖皇国で枢機卿の任を仰せつかっているラース・フラジェリコ様直々のものです。つまり、事は非常に重大であるということです」
「そうだろうな」
チク、タク。チク、タク。チク、タク。チク、タク。
「アーサーベル王国で金鉱が見つかったのは全部で三か所でございます。北から順番に紹介しますと、ケリアン鉱山、バリクパハン鉱山、スルポルナ鉱山です。今からおよそ一年前のことでございます。元々これらの鉱山は岩塩や銅、ニッケル、コバルトが採掘できるので重要視されていた鉱山ですが……」
(飲んだか)
老眼鏡をかけて資料を読む司祭の話を聞きながら、椅子を壊した男はテーブルに座る召喚者七名の様子を注意深く見ている。
テーブルに置かれた木製のコップに注がれた紅茶。
それを何気なく飲む者が何人いるのか観察している。
(およそ敵地に来て、正体不明の奴が用意した飲み物をそのまま飲むアホンダラはどのくらいいる?)
飲んでいるのは紅茶の元々好きな川戸、二時間前から部屋で待機し喉の乾いた種村、國本、照沼、重光。
(飲まねぇのは自信過剰の小僧と遅れて登場した低レベル魔法使いの二人だけ。小僧は俺が飲まねぇからやせ我慢をしているだけだろう。この小僧に振り回されて二時間も水一滴飲めなかった連れの五人てところか。……遅れてきた小娘はなぜ手を付けない?走ってきた。今日の空気は乾燥している。のどが乾くはず。それともこちらの期待通りに用心深いのか?)
「金の採掘がはじまって一年。国全体がゴールドラッシュに湧く中、行方不明者が出始めたのは今から一か月ほど前です」
「……ふ」
(小娘がかすかに笑った。何だ。何がおかしい?魔王領と国境を接する街エリゴでも事件が起きていたか?目立った報告は聞いていない。……報告が上がっていないだけか。あの辺境の果ての地に独り残った召喚者だとか。魔物との小競り合いは日常茶飯事のはず。一々報告をあげても上までは伝わらない。それにしてもレベルが低いのが気になる。用心深さと機転で乗り切ってきたのか。だとすればそこの勘違い小僧よりよほどリーダーに向いている。が、強さが足りねぇな)
星野は他の召喚者の平均レベルより5ポイントくらい下の魔女に注目する。
黛明日香Lv15(召喚者)
生命力:600/600 魔力:450/450
攻撃力:200 防御力:200 敏捷性:80 幸運値:900
魔法攻撃力:200 魔法防御力:200 耐性:水
特殊スキル:止血
(レベルの割に、なんちゅう幸運値の高さだ。本当なら、めでてぇ奴だ)
「皆様をラース枢機卿がお呼び立てしたのは、近ごろ起きている行方不明者の捜索及び行方不明の原因調査でございます。そこでお聞きしておきたかったのですがこの後の方針です」
司祭は老眼鏡を外す。顔をあげる。男は黛の観察をやめ、司祭の目を見る。
「このディポログを拠点にここから一番近いスルポルナ鉱山をすぐに直々にお調べになられるか、それとも東にある首都マスバテに移動し、王国兵らの調査結果を見聞した上で近場の鉱山から当たられるか。いかがいたしましょう?金鉱山以外でも行方不明事件は多発しております。ただ金鉱山の被害が甚だしいのです。もっとも、理由としてはそこにたくさんの人々が集まってしまっているということもありますが」
フェイビア司祭も男を見る。男は司祭から視線を外し欠伸をした後、自分の前にある温い紅茶に初めて手を付ける。男にはそれが、普通のダージリンティーであることは分かっている。
「近場から直接調べる。この連中と一緒に」
男は茶をズズズと行儀悪く啜った後、席を立つ。
喉の渇きを一番我慢していた山野井は急いでお茶をゴクリと飲みこむ。
「お待ちください。それでは、こちらをお持ちください」
フェイビア司祭は眼鏡をかけ、テーブルの上に置いた資料の一番下に隠しておいたものの一つを取り出す。間違いがないことを確かめ、立ち上がり、〝それ〟を男に手渡す。
それは国家最高機密であり、一般人が持つことは法律で禁じられた、2万5000分の1の地形図の複製。
小指の幅一センチで250メートルを表す地図。
しかも10メートルごとの等高線と詳細な地図記号まで入っているもの。
終身刑を言い渡された政治犯罪者や識字能力のある模範囚が、監獄で死ぬまで作り続ける、軍事機密の塊。
「くれぐれも無くさないでください」
「ああ。分かってる」
既に同じ地形図の複製をラース枢機卿から直に渡されている男は受け取った地形図を手に、部屋を出る。
「どうかご安心を!星野様とともにこの山野井と連れの者が事件を解決しますから!!」
連れの全員がうんざりする猛アピールを司祭にかました山野井が、起立した状態で深深と頭を下げ、男の後を急いで追う。
「お気を付けください。アーサーベル王国に元々いた召喚者さまも行方知れずとなっておりますので」
フェイビア司祭は残る六人の召喚者に心配そうに言う。
「大丈夫です。うちには上等な〝餌〟がいるので、いざとなればソイツを置いて調査だけして逃げてきますから」
「こら種村」
冗談を言う種村とそれにツッコむ川戸。クスクス笑う女子三人。
「ねぇねぇ、そのエサってまさか私じゃないよね?」
顔をしかめる黛。
「なわけねぇだろ。それよか、うちの団長のかわりにエリゴから戻ってこいっつーの」
種村は頭をポリポリ掻きながら部屋を出ていく。
「そしたらマジで楽しくなりそうだね」
「激しく同意する」
「しかもひょっとしたら団結力とかも上がってぇ、沼田君たちのチームより強くなってぇ、あったかいアントピウスに戻れるかも!」
「ほら、お前らも冗談言ってないで早く出るぞ」
女子三人の陰口を扉の向こうへ追っ払う川戸。
「こういう感じだ」
装備を背負う川戸が背中で黛に言う。
「なんとなく想像はしていたよん」
その背中を横から通り越しながら答える黛。
「だったらチームに残ってくれればよかったのに」
「ほえ?」
「なんでもない。俺たちも急ごう」
「ラージャ」
川戸と黛も部屋の外に出る。
(まさか、勇者村の出身者を二度も送ってくることになろうとは)
貴賓室に一人残ったフェイビア司祭はゆっくりと腰を下ろし、冷めた紅茶の残りをそっと啜る。
(これでまたしくじれば、私の首どころか、枢機卿も終わりであろう)
独身で、両親も当の昔に世を去り、天涯孤独となった老年の司祭はひっそりと笑った。
「そう言えば自己紹介がまだだった」
商館ジージュワン1階のロビー。
どこもかしこも人がいるが、部屋の隅に空きスペースがあったので、男がそこに移動する。召喚者七人も当然そこに集まる。七人全員がそろったところで、男が口火を切る。
「俺は星野風太郎。お前たち召喚者みたいな奴らから生まれた、いわゆる二世のガキだ。と言ってもお前たちより前にこの世に生まれちまったから、見ての通り中年のオッサンだ」
長い髪を後ろに雑に結んだだけの、面長の髷男はそう名乗る。しかし山野井らの目に映るステータス画面は尋常ではない。
星野風太郎:Lv75(勇者候補生)攻撃力&魔法攻撃力補正。
生命力:8000/8000 魔力:10000/10000
攻撃力:10000 防御力:4000 敏捷性:1000 幸運値:200
魔法攻撃力:10000 魔法防御力:10000 耐性:火属性、水属性
特殊スキル:腸回復
((((((レベル75……超強い))))))
自分たちのステータスとは比べ物にならない強さに改めて恐怖する召喚者六名。
(腸回復?なんやねんそれ)
鼻をポリポリ掻く魔女一名。その魔女の耳には星野の独特の呼吸音が小さく響き、鼻には魔物の血を吸い過ぎている武器のニオイが微かに届く。
「少し早く生まれただけの、親の七光りで恐縮だが、上からモノを言ってもいいか?」
「はい!よろしくお願いします星野様!」
張り切る山野井。その吐息や汗に混じるニオイが普通ではないのを、星野と魔女は既に感じとっている。
(何かと思ったらドーピングか)(魔瘴薬に頼ってまで……)
強くなりたい。英雄になりたい。勇者になりたい。
その思いが強すぎる召喚者は、過酷なトレーニングだけでなく薬物にまで手を出している。結果的に筋肉は増強するも、その副作用として気性は荒くなる。
((それだけじゃ済まないはず))
魔女も星野も同じ目で山野井を見ているが、見られている山野井はそのことに気づかない。ただ星野の視線が自分に向けられていることに喜びを覚える。
「他の連中は?異論ねぇか?」
山野井以外の召喚者五人、そして低レベル召喚者に化ける魔女もコクコクと頷く。
「よし分かった。お前らは別に名乗らなくていい。召喚者の親譲りでお前らと同じく、俺もステータスが見られる。名前も見える。下の名前が読めねぇのが何人かいるが、苗字が読めれば十分だ」
星野は六人の苗字を試しに読み上げる。ヤマノイ、シゲミツ、タネムラ、クニモト、カワト、テルヌマ。呼ばれた六人はそのたびに「はい」と返事を返す。
「実はお前だけ苗字が読めねぇ。何て読むんだこりゃ」
星野が魔女に問う。
「マユズミっす」
「マユズミッスだと~?呼びにくい!下の名前のアスカでいいか?」
「あざーす。自分もその方が嬉しいっス!」
そのやりとりだけで嫉妬を覚える山野井だったが、うだつの上がらない格好の黛とそのステータスを見て留飲をどうにか下げる。
(修道士が腰に鞭を携えてデカい背嚢を背負ってるだけだ。まるで商売人かサーカスの芸人じゃないか。こんな奴に対する評価が俺より高いわけがない。落ち着け。そのうち俺もトアと下の名前で呼んでもらえる時が来る!強いことを証明できれば呼んでもらえる!そもそも黛の奴は単純に苗字が読みにくいだけだ!だから……)
「よし。それじゃさっそく、これをお前にやろう」
「?」
そう言うと星野はいきなり地形図を種村に渡す。渡された種村も、渡されなかった山野井も、口が開いたままになる。
「お前、リーダーやれ」
種村にかけられた言葉で、川戸、重光、國本、照沼が凍り付く。
「ちょ、ちょっと待ってください!星野様!」
黛以外の不安要素がいきなり浮上し、頭が混乱してパニックになる山野井。
「お前が第一班リーダー。で、お前が第二班のリーダー」
星野はまず種村を指さし、次に川戸を指さす。
「へ?」
別動隊であることが理解できてようやく口を閉じる種村。しかし今度は川戸の口がふさがらない。山野井の口は再び開いたまま。
「第一班は種村、重光、照沼の三名。第二班は川戸、山野井、國本、アスカの四名。そして第三班は俺一匹」
「あの!星野様!!」
「うるせぇ黙れ。俺が口を利いていいというまで黙ってろ」
ギロリと星野ににらまれ、小犬のように黙り込む山野井。怒りと恐怖で肩が震える。
「これからテストを行う。テストとは文字通り試験だ。試験を通過できねぇ落ち毀れの弱者に用はねぇ。テストを通過できなきゃラース枢機卿には「弱すぎてこいつらは使えません。ですのでティオティ王国の国境警備隊に戻します」と伝える」
ここまで言うと星野は種村に地図を開けと命じる。種村は言われた通り地形図を開き、他の六人に見えるように示す。
「手短に一度だけ言うから耳をかっぽじってよく聞け。ここディポログからスルポルナ鉱山に行くにはまず、ここより北の高地にある鉱山都市カラミャンに行く必要がある。そしてそこの連中がどうなっているか調べることから始める。なぜなら二週間前に調べにいった〝俺レベル〟の同僚が帰ってこねぇからだ」
「俺レベル」という言葉に六人は凍りつく。魔女はちり紙用の葉をポケットから取り出して鼻をかむ。その様子を見て星野は鼻で笑う。
(のびのびしてんなぁ。肝っ玉のでけぇ娘か、単なる図太い馬鹿か。まあいい、見せてもらおうじゃねぇか)
「カラミャンとここディポログを結ぶ主要道路は全部で三本。西から順番にカリタ。クオラム。バスクだ」
星野の指先で空気中の水蒸気が凝集し、直径2ミリサイズの水滴になっていくつも丸く凍る。その氷の中で星野は炎を灯す。氷が宝石のようにオレンジに輝く。輝いた宝石の粒々が地形図の上に飛んでいく。魔女は目を細めてそれを見る。
(やるじゃん。さすが勇者候補生。……てか勇者って何?称号?身分?まいっか)
「まずは西のカリタ。これは鉱石運搬のための専用道路だ。鉄製のレールがいくつも敷かれていて、そこをトロッコっていう鉱石運搬車が走る。牽引するのは怪力持ちの鬼人族の場合もありゃ、戦車曳きのウマイヌだったり、そうじゃねぇ場合もある。その人馬や動物が行方知れずと来た。楽な道じゃねぇ。ここを種村。第一班のお前らが行け」
「……はい」
圧倒的な実力差のある相手から喧嘩を売られたかのように、種村は小さな声で返事をするしかない。しかも行方不明事件の調査に向かう構成メンバーはさらに減らされ、召喚者二人だけ。その二人である重光と照沼の顔からも血の気が引く。
「心配するな。いざとなれば〝お前ら三人〟が魔物か何かの餌になればいいだけだ。その間に〝俺〟が調査してさっさと逃げる」
地獄耳で聴きとった種村の言葉を真似し、さらに胸苦しくなるような言葉を接ぐ星野。宝石のような火の氷玉が地形図の別の位置に移る。
「次は中央のクオラム。幹線道路クオラムだ。鉱石以外のあらゆる物資、ヒトがここを行き来する。鉱山都市カラミャンにとっては生命線みてぇな道路だ。当然被害はひどい。一番行方不明者を出している道路だ。ここが川戸。第二班のお前らの進む道だ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
緊張で呼吸が乱れる川戸。
「一番、行方不明者が出ている……」
興奮で呼吸が乱れる山野井。対照的な二人を見比べる構成メンバーの國本。
(で、一番怪しげな軍用路は自分がやるんかい。テストだとかいう割に優しいこと。男気だねぇ)
川戸にも山野井にも興味を示さず、星野の采配を心の中で笑う魔女。笑いながら魔女は自分の部下に通信を入れる準備を始める。
「ちなみに俺は試験官だ。試験官が試験を受ける必要はねぇ。被害報告が出てねぇ軍用路バスクは俺の道だ」
(そりゃ軍用路だから普段誰も使わんし、被害が出るわけないやん。そこをハイレベル召喚者二世が歩くことで、〝敵〟を混乱させるつもりかい)
魔女は気づくが、ただの惨い仕打ちだと思い込む五人の召喚者は顔面を蒼白にしてうなだれる。英雄願望を持つ召喚者一人だけが顔に血の気を取り戻し、紅潮している。
「この街はすげぇ活気に満ちている。そりゃあ物資の集積地だしなんてったってお日様の出てくる東を見りゃあサボアンガ湖なんて貯水池まである。魚も獲れるしな!俺はその水源を右手に見ながら軍用路バスクを優雅にのんびり歩く。のどが乾けば湖に流れ込むメルトン川の水をたらふく飲んで優雅にのんびりとな」
火の氷玉は最後、軍用路バスクと沿うようにして流れる河川メルトンを示し、交易都市ディポログから一キロと離れていないサボアンガ湖を照らして、消滅する。
(軍用路バスクはパワラン山頂に続いて、その後は軍用路ベイトで都市カラミャンに続く……誰もいないとは思えないよねぇ)
照らされることのなかった軍用路を魔女は思い出しながらもう一度星野を見る。
(死ぬつもりはなさそう。腕は立つのかな。まあそっちはそっちで逝ってらっしゃい)
何かを隠している中華鍋と、体中に仕込んでいる中華包丁に思いをはせた黛は大きな欠伸をした。
「以上だ。支度が出来たらさっさとカラミャンに向かえ。言い忘れたが制限時間は明日の夜明けだ。日が昇った時点でカラミャンにいなかったら「死んだ」もしくは「逃げた」とみなして脱落。急いで準備をして向かえ」
すべてを伝え終わると星野は商館ジージュワンの入口に向かう。大きな扉を開いて外に出ていく。喧噪と賑わいと恐慌の混じる外へと通じる扉はゆったりと開き、ゆったりと閉じる。外ほどではないが人の声の絶えない商館内の〝騒々しい沈黙〟に七人は浸される。
「やるしかねぇ。支度したら行くぞ」「うん」「そうだね」
第一班種村。重光と照沼に声をかけ、地図をしまう。
「地図、俺たちが持って行っていいか?」
川戸に声をかける種村。川戸が「ああ」と頷く前に、
「いいわけないだろ!今すぐそれをよこせ!!」
激しく遮る山野井。
「お前はリ……」
「俺は常にリーダーだ!今回は星野様がたまたまこういう班編成をしただけだ。本来のリーダーである俺に地図をよこせ!当たり前だろうが!!」
「はい!結チンと花里奈ッチにプレゼンツ!ハイパーポーション六本とマジックハイパーポーション三本!」
「え、いいのアスカちゃん?」
「あげるあげる。エリゴで餞別にいっぱいもらったから使って使って」
「「……」」
場の空気を一変させる黛の行動で、種村と川戸は〝いつも〟通りに動くかどうか躊躇う。山野井の機嫌を損ねないように動くかどうか、迷う。
「地図、私覚えたから持ってきなよ」
魔女はポーションを重光と照沼に渡しながら、種村と川戸を後押しする。
「だそうだ。だからこれは〝俺たち〟一班が持っていく」
腹をくくった種村は地形図を丸めて自分の懐にしまう。
「何言ってるんだ!リーダーの言うことが聞けないのか!」
「一班のリーダーは種村だ。よさないか」
川戸が鍛えた体で山野井の動きを制止する。山野井を止めるために鍛えた厚い体で。
「アスカちゃん、ありがと!」「アスカッち、ごめん」「すまねぇ」
第一班の三人はそれぞれ魔女に礼を言って早々に商館を出ていく。
「で、二班のリーダーはお前ってわけか。川戸」
我慢の限界に達した山野井の血管が浮き上がる。魔女は殺気を感じ、どうするか迷う。いつものことで耐えるしかないと覚悟する川戸と國本。その國本は懐から面具を取り出す。顔の下半分を覆う死神の面をつける。槍を手にする。
「違うよな?」
「……」
「俺がリーダーだあああああああっ!!!!!」
川戸の手を振りほどき叫ぶ山野井。
パーンッ!!!!
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
その山野井だけでなく、商館にいる全員が聞いたことのない破裂音の方に目を向ける。
パンパーンッ!!!!
「これすごいっしょ?鞭ってさ、みんなをビビらせる効果があるんだよね」
魔女は鞭を振り回す。鞭の先端は簡単に音速を超えて、破裂音が鳴る。鞭で物を叩いて音を鳴らすことは誰にでもできるが、あえて何も叩かず鞭だけで破裂音を発生させる芸当は猛獣使いでも難しい。
ドサ。
鞭の音と魔女の芸に気を取られている間に、山野井が倒れる。
召喚者たちの前では極力、水魔法を使わないと決めていた魔女は仕方なく自分ルールを破る。山野井の血圧を一気に下げて気を失わせる。けれどそれを見破れる者は部屋の中にいない。みな、魔女の鞭に夢中で、魔女の魔法には気づかない。
パチパチパチパチパチッ!!
「ブラボー!」「なんて技だありゃあ」
ヒューヒュー!
「すごいわアンタ!」「あの人きっとプロの猛獣使いよ!」
「鞭をなめてたぜ!」「俺の体をそのムチで叩いてくれ!」
「あざーす!お騒がせしやした!!」
鞭を丸め、腰に戻す黛。その視線の先には、倒れる山野井を担ぐ川戸。
「山野井が、すまん」
「びっくりして気絶させちったかな。〝荷物〟が増えたけど、ウチらも早く行こう」
(やっぱり、いてくれるだけで全然違う)
魔女の能力を決して見破ってはいないが、〝何かが起こせる〟魔女のことを心底尊敬している國本は戦闘用マスクを外し、川戸の分の荷物も背負い、三人の後を追った。
「どうか痴漢や強姦魔や殺人鬼や盗賊や魔物が出ませんように~」
フラグを立てるのは魔女黛。魔女たちの歩く道は幹線道路クオラム。
普段なら人の行き来が盛んだが、今はまばら。
通行するのは冒険者を私兵のごとく大勢ひきつれた大商人ばかり。その商人も冒険者も、何かが起きはしないかと戦々恐々としている。
パンパーンッ!!!!
その彼らの度肝を抜き、最初は怒らせ、ついには笑わせ、過ぎ去った後には安心させるのが魔女。
第二班川戸の先頭を歩きながら鞭を手に音を鳴らし、通行人を驚かせ、逆に鞭でその存在の無事を教えることで、自分たち以外にも通行人が生きて通行していると覚えさせる魔女。
「う、うう……!?」
「やっと起きたか。リーダー」
目覚めたら〝そう〟言おうと決めていた川戸が肩の〝荷物〟に声をかける。
「僕は、一体……」
「ハードワークのせいで疲労がたまっていたんだろう。少しの間気を失ってた」
「そうか。僕はもう歩ける。下ろせ」
礼の一つも言わず、山野井は川戸の肩から降りる。いつもの傍若無人ぶりながら、相変わらず槍で頭を殴りたい衝動をぐっと堪える國本。
「ここはどこだ?」
周囲の灌木林や草花を見ながら山野井が川戸に聞く。國本はたとえ自分に聞かれたとしても答えたくない。なるべく大好きな黛の方を見るようにしている。
「ここはクオラム。あの星野様が言っていた中央の幹線道路だ」
「そうか。……ところで僕はどのくらい気を失っていた?」
「一時間くらいだ」
時刻は四時三十三分。
日は傾いている。
「そうか。ならまだ一番乗りは狙える!」
鞭を鳴らしながら班の先頭を歩く黛を睨んだ山野井は「おい黛!」と叫び、ずかずかと近づいてくる。「お疲れ様」と川戸にねぎらいの言葉をかけて川戸に荷物を渡しつつ、うんざりするような目で山野井を見る國本。装備以外の生活必需品は山野井以外の五人が常に持ち歩く。
「俺は平気だ。いつも以上に」
「……そだね」
心配そうに黛を見ながら支度し直す川戸。そして國本。
「鞭を鳴らすのをいい加減にやめろ!」
「おはよう山野井。いきなり何言うてまんねん?」
「うるさいからに決まってるだろ!」
「でも魔物避けになるじゃん」
「魔物避けだと!?だったらなおさら余計なことをするな!!」
「え?もしかして山野井は魔物と戦いたいの?」
「そうだ!そうすれば俺はもっと強くなれる!強くなれば俺は英雄になれる!!」
「オッケー。分かった。じゃあ鳴らすのやめるよ」
魔女は言いながら、空気の変化を敏感に感じ取る。
暗く、湿っていて、寒いのに、生温かい空気。
「当たり前だ!いいか!俺に無断で余計なことは一切するな!」
「親分それより見てくだせぇ。逆に魔物が現れやしたぜ」
「「「!?」」」
その一言で山野井も川戸も國本も目を瞠る。
ゥゥゥゥゥ……
音は動物の注意を引く。
本能が危険を察して逃げるのが、動物。
本能が獲物と察して近づくのが、魔物。
ウウウァ……
「グ、グール……」
地面や茂みに隠れていた屍人が立ち上がり、召喚者四人に向かってくる。
屍人。
魔物によって魔物化された動物死体のなれの果て。
恰好はばらばら。老若男女もバラバラ。共通しているのは〝出身〟が同じこと。
誰も彼も北の都市カラミャンからやってきた、元人間族。
「魔物だな。全部俺が倒してやる!!」
片手剣バスタードソードと盾ホプロン、それに鋼鉄製のプレートアーマーを装備した山野井が走る。英雄希望者らしくその肩にはアンティーク製の赤いマントがつけられ、走るに任せてそれは激しく翻る。強くなることと目立つことしか頭になく、頭部を守らなければ即死する場合があるという基礎的知識は持ち合わせていないワイルドツーブロックの男はグールの群れに果敢に挑みかかる。
山野井冬愛Lv24(召喚者)能力矯正。
生命力:1700/1700 魔力:1300/1300
攻撃力:2000 防御力:600 敏捷性:600 幸運値:80
魔法攻撃力:1500 魔法防御力:900 耐性:光
特殊スキル:自己暗示
「俺は防御専門だから攻撃は任せる」
手を合わせ骨を鳴らす川戸。
「分かってる、いつものことだ」
腰をひねり準備運動を軽く済ませる國本。
「頼むねパパ」
誰よりもデカいリュックを下ろす黛。
「パパ?俺のことか!?」
「いいから準備せや、川っちゃん。来るで」
「……ふふ、やっぱりお前がいると緊張せずに戦える気がする」
「激しく同意」
「二人とも暢気なことゆうてっと死にまっせ、ほんまに」
「「いつから関西弁になったんだ?」」
川戸と國本が戦闘態勢に入る。
荷物の一切を下ろす。
頑丈故に重すぎる大楯スクトゥムを背中から下ろし、体の前に構える川戸。黒のオールバックは額当てを常に装備し、致命傷を避けるためブレスプレートで胴体のみを守る。重量オーバーに近い過酷な装備に耐え仲間を守るため、一心不乱に身体を鍛え上げてきた川戸の筋肉は相当分厚い。
川戸翔太朗Lv20(召喚者)
生命力:3000/3000 魔力:50/50
攻撃力:500 防御力:2500 敏捷性:80 幸運値:400
魔法攻撃力:60 魔法防御力:2400 耐性:闇
特殊スキル:限界突破
カチャ。
國本は再び面具を装備し、ボアスピアーを握る。その体は防御力こそ低いが動きやすいスケールアーマーで守られている。
「萌ちゃん、カックイイ~」
「これか。これを付けると落ち着くんだ」
白髪のポニーテールはあえて頭部を守らない。そのかわりに敵を恐怖させる面具を装備する。顔の下半分が死神になる。
その理由は二つ。「いつ死んでも悔いはない」。「これから誰かを殺める自分は、鬼だ」。
國本 萌Lv21(召喚者)
生命力:1300/1300 魔力:350/350
攻撃力:900 防御力:600 敏捷性:200 幸運値:70
魔法攻撃力:700 魔法防御力:100 耐性:風
特殊スキル:風読み
「二人ともなんか雰囲気変わったねぇ」
「そうか?」「私が?」
「うん。ゴリマッチョっていうかゴリラみたいに川っちゃんなったし、萌ちゃんなんか必殺仕事人っていうかホラー映画の殺人鬼みたい」
「「全然うれしくないんだが」」
「それもこれも、やっぱ〝大将〟のおかげだね」
「それはまぁ」
「否定しない」
ウウウウアアアアアア……
自分も含めて誰も彼も脅かすうめき声が召喚者三人に刻一刻と迫る。
パパパパパパン!
魔女は「よっこらせっと」と言いながら鞭を使い、十数体のグールの足払いをする。
「むんっ!」
ドゴンッッ!!
攻撃ができないと言っていた川戸の大楯は倒れたグールの頭部を盾の下端で轢き潰し、
「せあっ!」
ズグシュッ!!
國本の槍はグールの首を一撃で切断し、穂先に引っかかった首をまだ立つグールにぶん投げる。
「うわ~えっぐいの~」
「少しずつ前進して、山野井の安全を確保する」
「はぁ……了解」
ため息をついて返事をした國本の目が一瞬、点になる。
先走っていたはずの山野井が血相を変えてこっちに戻ってくる。
「川戸!援護しろ!!」
川戸の傍まで来た山野井は再び剣を構えなおす。その手はガタガタ震えている。
「どうした山野井!?」
「コボルトだ!コボルトのゾンビが現れた!!」
(コボルトもゾンビになるんだ。へぇ。まあそりゃそうか)
感心している魔女の盗聴器から種村の声が聞こえる。「ドワーフのゾンビだ!二人とも火薬と投石に気を付けろ!!」。
(なるへそ。コボルトゾンビにドワーフゾンビね。あっちもこっちも忙しいこと)
口をカッと開きながら走ってくる狼人族屍人を迎え撃つ召喚者三人をよそに、魔女は魔道具を使い、カラミャンにいる部下ベビーイーグルに命令を下す。命令を受けた四人の亜人族は急ぎ鉱石運搬道カリタを駆け降りる。
パンパンッ!!!
魔女が鞭で炸裂音を何度も生む。それに気を取られ、隙の生まれたコボルトゾンビを召喚者三人が肉を切り、吹き飛ばし、骨を砕き、少しずつ倒していく。
パンパンパーンッ!!
風を切る鞭は鎌の様な牙が召喚者に届くのを時々妨げ、濁った白い盲眼と濡れた黒い鼻を時々叩いて破裂させ、召喚者の肉を抉ろうとする鋭い爪を指ごと時々切断したりする。
〝時々〟をくり返しながら、魔女は周囲を丁寧に観察し続ける。
(でっかいのが来た)
そう気づいた魔女が地面の一部をそっと凍らせて、転移させたブツをカーリングのようにゆっくり滑らせていく。
「何あれ?」
「まさか、コボルトチャンピオン」
「チャンピオンゾンビか!ならこの俺が倒……」
チュドオオオ――ンッ!!!!!!
「「「!!??」」」
魔女が滑らせた対戦車地雷を迫る敵とみなし、あえて踏みつぶそうとした大型のコボルトゾンビが爆発で倒れる。魔女はしたたかで、ソイグル王国のパニュルジュ鉱山のブービートラップをいくつもくすねてきている。
「なんだ?何が起きた!?」
爆発の衝撃波で倒れた川戸が起き上がって叫ぶ。同じく倒れてすぐに起き上がった黛と國本を確認する。
「分からない!だけどチャンスだ!!」
上体を起こした山野井は立ち上がると、重傷の大型コボルトゾンビに駆けてゆく。
「うおおおおおっ!!!」
そしてその首を全力で刎ねる。
「この僕が全員ぶっ殺してやる!!!」
コボルトチャンピオンの死骸を食らおうとして近づく一部のコボルトゾンビを滅多切りにしていく山野井。汗まみれ血まみれ泥まみれの狂戦士状態。
「俺は最強だあああ!!」
その最強を支えるのは召喚者三人。尽きることのないグールの群れと多くのコボルトゾンビに囲まれながら大楯と槍と鞭で次々に打倒していく。盾も槍も消耗し、損壊していく。
「……」
それを遠くから静かに観察している魔物が一匹。
(おかしい。リッチーも用意したはずなのに、なぜ出てこない?)
パンパーン……
(コボルトチャンピオンがいきなり倒されたことといい、奴ら、何かがおかしい)
パンパンパーン……
(あの片手剣と盾の召喚者の能力か?それとも……)
ズグシュッ!
「!?」
山野井たちの様子をうかがっていた魔物の肩に突如激痛が走る。咄嗟に飛びのく魔物。
パンパーン……
(なんだ?何が起きた?)
魔物は肩の傷口を確認する。綺麗な円。見たことのない綺麗な傷跡。そしてそこからおびただしい血液が流れ出ている。
(何かが、体の中に侵入した!)
じわじわと肉を蝕む感覚を魔物は敏感に感知する。傷口をおさえ、急ぎその場を離れる。
パンパーン!!
魔女の鞭。
その獲物の役割は、カムフラージュ。
パーンッ!
魔女が隠し持つ本当の獲物はハンドガン。ベレッタM92F。
その発射音をごまかすために鞭を振るう魔女。
ベレッタM92F。
全長217ミリ。重量970グラム。総弾数15発のダブルカラムマガジンは全て魔女の手作り。
弾体直径9ミリ薬莢長19ミリの使用弾薬パラベラム弾の弾頭にはただし、ソイグル王国のパニョルジュ鉱山で魔女が、ナ号計画遂行型バハムートによって体内にぶち込まれた劣化ウランが使用されている。体内から早期に摘出しなければやがて命を蝕む死の弾丸。
パンパーンッ!!
魔女はベレッタを使い、グールとコボルトゾンビを統率するリッチーを全て狙撃し、しかもリッチーを統率していた魔物まで見つけ出して狙撃した。
(さすがに一・六キロ先じゃ弾は当てられてもステータスは見えないか。しゃーない)
「敵の様子が変だぞ」
「森に……逃げてく」
コボルトゾンビが足早にその場を去り、それを追うようにグールも逃げていく。
「逃がすか!!」
「追うの?いってらっちゃーい」
遠くでリッチーの統率をしていた魔物の気配が消えたことを確認した魔女は鞭を巻いて腰に戻す。
午後五時四十分。日は地平線に沈む。
「はいこれ」
リュックから2本のハイパーポーションを魔女は一本ずつ、川戸と國本に渡す。
「これって、ハイパーポーション」「こんなに高価なものを今、使っていいのか!?」
「今使わなかったらいつ使うねん」
既に黛が蓋を開けてしまっているため飲まざるを得ない状況にしてあるポーションを二人は受け取ると、ゴクゴクと飲み干す。喉の渇きが消えるだけでなく力がみなぎり、生命力が全回復する。
「あいつはどうする?」
「ほっときゃいいっしょ。犬と同じで腹が減れば戻ってくるよ」
「ふふ。明日香に激しく同意。……ふふふ」
一人、殲滅戦をおっぱじめた山野井について考えるのを久しぶりに止め、川戸と國本は荷物を背負いなおす。
「さてさて、夜はどんな強い魔物が出て来るかなぁ」
((なんて、頼りになるんだろう))
先を進む黛の後ろをついていく。
「ヤマノイのバカーっ!!地図持ってるタネムラたちの方が絶対先にゴールすっぞー!!!」
黛が叫ぶと、腹が減った犬よりも早く、そしてボロボロになって山野井は三人の所へ戻ってきた。
Si vis pacem, para bellum