表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第三部 魚身求神篇 その十三

川戸(かわと)「なぁ(くに)(もと)

國本(くにもと)(なに)?」

川戸「前から聞きたかったんだが、お前はどうして(めん)()()けようと思ったんだ?」

種村(たねむら)「そう言えば気になってた。(てき)威圧(いあつ)するってのは分かるけどよ、そんなん着けてて息苦(いきぐる)しくねぇのか?」

重光(しげみつ)「私、(もえ)ちゃんみたいに着けようとしたことあったけど、メングって重いし(くび)、動かしづらくてあきらめたよ」

照沼(てるぬま)「耳とか(ひも)でこすれて(いた)くならないの?」

國本「これはその……〝(まも)られていた〟ことを思い出すためにつけてる」

四人「守られて、いた?」「ほえ?」「(かお)を守るためでしょ?当然(とうぜん)じゃん」「守られていたって、なんで過去形(かこけい)なんだ?」

國本(くにもと)「……ちょっと、昔話(むかしばなし)してもいい?」

川戸(かわと)「國本の?(めずら)しいなぁ」

重光(しげみつ)「萌ちゃんの昔話ーっ!?超気(ちょうき)になるんだけどぉ!」

照沼(てるぬま)「萌ちゃんなかなか自分のこと話さないから聞かせて聞かせて!」

種村(たねむら)「これからアーサーベルの王様(おうさま)(まも)ってみんな死ぬかもしれねぇって時だ。死亡(しぼう)フラグみてぇで悪くねぇ」

國本「死亡フラグ?……ふふ。そうかも」

四人「「「「?」」」」

國本「みんなはナガツマソラって(おぼ)えてる?」

四人「「「「!」」」」

國本「この異世界(パイガ)召喚(しょうかん)されて、アルビジョワ迷宮(めいきゅう)仲間(なかま)(すく)うために人柱(ひとばしら)になって死んだ、同級生(どうきゅうせい)

三人「ああ……」「う、うん」「覚えてるよ、もちろん」

種村(たねむら)竹越(たけこし)んとこの(やつ)だろ。ウチの馬鹿(ばか)リーダーがマシに思えるくらい胸糞(むなくそ)(わる)い話だった」

國本「私はアイツと少しだけ、(えん)があるんだ」

四人「「「「え?」」」」

國本(くにもと)「何?」

四人「國本は永津(ながつ)と付き合っていたのか?」「萌ちゃんがあの永津君と!?」「嘘でしょ萌ちゃん!」「意外過(いがいす)ぎて信じらんねぇ」

國本「誰が付き合っているなんて言った?ただ(えん)があるって言っただけ。恋仲(こいなか)なんかじゃない」

四人「そうか」「なんだ、つまんないの」「恋仲(こいなか)じゃなくてそれ以上とか?ムフフ……」「照沼、あんまり國本を茶化(ちゃか)すと石突(いしづ)きで(なぐ)られっぞ」

國本「……とはいえ、アイツには死ぬほど世話(せわ)になった」

四人「「「「……」」」」

國本「高校一年生の夏休みだ。私の家族はみな登山(とざん)が好きで、夏の赤川(あかがわ)(たけ)に家族四人でチャレンジした」

種村(たねむら)「チャレンジ?その言い方からすっと、赤川(あかがわ)(たけ)っていうのは結構すげぇ山なのか?」

國本「知らない?ギネスブックにも記録(きろく)されてるけど?」

三人「何の世界(せかい)記録(きろく)だ?」「そうそう何の記録?」「高さだったら富士山(ふじさん)が日本一だよね?」

國本(くにもと)死者数(ししゃすう)

四人「「「「!?」」」」

國本「地形(ちけい)複雑(ふくざつ)急斜面(きゅうしゃめん)連続(れんぞく)する危険(きけん)山岳(さんがく)地帯(ちたい)。それが赤川岳。赤川(あかがわ)(たけ)(かぎ)られた範囲内(はんいない)での遭難(そうなん)滑落(かつらく)落雷(らくらい)突風(とっぷう)雪崩(なだれ)による死者が世界一。何もかもが尋常(じんじょう)じゃない場所。ちなみに行方(ゆくえ)不明者(ふめいしゃ)毎年二桁(ふたけた)を出している。滑落して大量の熊笹(くまざさ)が生い(しげ)(やぶ)に入ってしまったら最期。地元民でも発見できない魔の山」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「兄は山岳サークルに所属する大学四年生で、父も母も登山のためにジムで体を鍛えるくらいの健脚(けんきゃく)。残る問題は私だけど、そこそこ運動もできるし、親と連れ回されたおかげで登山には慣れている。そして高校生になった。だから挑戦しようって話になって、高一の夏にその赤川岳に家族みんなでトライしたの」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)()尾根(おね)……両側がすっぱり切れ落ちたような山の尾根を歩いている時だった。一歩でも踏み外せば死ぬっていうような状況で、突然霧(きり)が発生した」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「あっという間に前も後ろも見えない状況になって、私は怖くて身動きが取れなくなる。両親が何か叫んでいる。お兄ちゃんも叫んでいる。でも何を言っているのか、恐くて耳が遠くなっていって、私はうまく聞き取れない」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「私は家族の中で、最後(さいこう)()を歩いている。他に登山客(とざんきゃく)はいた。けれどだいぶ遠くにいた。なのに……」

重光(しげみつ)「萌ちゃん?」

國本(くにもと)(きり)の中で、私の背負っているザックが思い切り後ろに引っ張られた。今思えばそう感じただけなのかもしれない。でもその時は確かに引っ張られたように感じた。ナガツマソラに話したら「あそこは〝そういうこと〟もあるね」とクスクス笑っていたが」

川戸(かわと)「永津に話したのか?」

國本(くにもと)「ああ。赤川岳で、二人きりの時に」

四人「「「「どゆこと?」」」」

國本(くにもと)(じゅん)を追って話すから。えっと……霧の中でザックを(つか)まれたと思って振り返った時には、私の天地はひっくりかえっていた。私は痩せ尾根から転落(てんらく)した」

四人「「「「えっ!?」」」」

國本(くにもと)何度(なんど)も何度も転がり、何度も何度も止まろうとした。けれど山で滑落して自力で止まるのは無理。特に赤川岳の斜面(しゃめん)急峻(きゅうしゅん)すぎて無理。鼻と口の中に変な臭いと味がして、頭の中が真っ白になったまま、私は転がりまくって、気を失った……と思う」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「しばらくして目を覚ました時、私の視界には黒いナイフのような何かがたくさんあった。分かるかもしれないけど、全部熊笹(くまざさ)。つまり私は痩せ尾根から滑落(かつらく)して、絶対に見つけてもらえない最悪の場所に倒れていたってこと」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「顔が()れ始める。藪の隙間から見えるわずかな空の色が急変する。天気が崩れて、雨が降り始めた」

四人「「「「……」」」」

國本「でもその時は雨に濡れたらまずいとか冷たいとか思う余裕なんてなかった。全身が痛すぎて、呼吸するのがやっとだったから」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「声が出せない。そのままで、雨がやんで、夜になる。全身の痛みのうち、特に腕の痛みがひどいことが分かる。立てなくて、声が出せなくて、寒くて、自分の今いる場所がどういう場所かも受け入れられて、真夜中、やっと(なみだ)が出た」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「自分も行方(ゆくえ)不明者(ふめいしゃ)になる。山から(かえ)れず、このままここで、死ぬんだと思った。死んだあとに熊笹(くまざさ)になってここでずっと(やぶ)の一部をやるんだと本気で思った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「夜を二回見た。だからたぶん二日経()った。雨水がなくなったせいで喉が渇いて頭がぼんやりしていたところで、(やぶ)の一部が激しく揺れる音がした」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「強風の時の揺れ方とは違って、一か所だけ大きく振動して、動く音。よく知っている、動物が(やぶ)()ぎした時の揺れ方の音。クマだろうなってその時は思った。ヒトが弁当(べんとう)とかお菓子(かし)を持っていることを学んだクマが、ヒトを恐れず、ヒトのニオイを()ぎつけて逆に追ってくる。下手するとヒトの味を覚えた人食(ひとく)いクマかもしれない。食べられるんだ私。熊笹にならないんだ。体のどこから食べられるんだろう。頭、かじられるのかな。首を噛まれて、苦しくて死ぬのかも。その時はただそう思った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「でもぜんぶ(ちが)った」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「現れたそいつは、赤いつば付き帽子(ぼうし)に黄色のレインウェアを着た人間(にんげん)だった」

四人「「「「!」」」」

國本(くにもと)「そいつは私を見つけると、何も言わずにへこんだ水筒を取り出して、私に水を飲ませてくれた。ようやく事態が呑み込めて驚いている私に、そいつはこう言った。「登山(とざん)(どう)から400メートルも滑落して生きてるなんて、カモシカ並みにしぶといね。國本(くにもと)」」

川戸(かわと)「ちょっと待て。まさか、その人間っていうのは」

種村(たねむら)「マジかよ……ありえねぇ」

重光(しげみつ)「なんで……どうして……」

照沼(てるぬま)「え?誰?みんな誰かわかるの!?」

國本(くにもと)「現れたのはなんと、同じ学校に通う同級生。ナガツマソラ。「見た感じ、(うで)が折れてるね」と私にいいながら、アイツは無線機(むせんき)を取り出す。ひしゃげて(こわ)れた無線機。「やっぱりだめか」とアイツはため息をつき、無線機をしまい、私を山岳(さんがく)救助用(きゅうじょよう)背負(せお)いバンドに(くく)り付け、私を背負(せお)った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「腕の激痛(げきつう)()えながら私はアイツの背中で、不思議な光景を見た。(やぶ)()ぎをした、尾根へと続く一本の道。アイツの腰にさした剣鉈で切り落とされた、一本だけの道。それはどこまでもまっすぐだった」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「まるで私がここにいることを最初から分かっていて、その場所にただ突き進んできたようにしか、思えなかった」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「身体が揺れるたびに走る激痛のおかげで、私はまだ生きていて、現実の中にいるんだと分かった。私のウェストベルトを締めあげたナガツマソラは「〝さっき〟のよりは軽くてよかった」とぼやきながら、なぜ赤川岳にアイツがいるのかを話してくれた」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「バイトだって」

四人「「「「は?」」」」

國本(くにもと)「その夏、山小屋(やまごや)のアルバイトをナガツマソラはしていたらしい。理由はアイツの父親が急病(きゅうびょう)で倒れて寝た切りになったからと言ってた。妹のほら、アイツの双子で同級生だった永津朱莉(ながつあかり)。彼女の専門(せんもん)学校(がっこう)学費(がくひ)()めるために、八月いっぱいは赤川岳の紫水晶小屋(しすいしょうごや)で働いていたそうだ」

川戸(かわと)「親が倒れて妹の学費(がくひ)(かせ)ぎとか、どんだけ(えら)いんだアイツ」

重光(しげみつ)「けなげ~っていうかそう言えば永津君って、たしか勉強もすごくなかった?」

照沼(てるぬま)「学年1位だよ。模試とかも全国で1ケタに入ってた。うちのクラスの室野(むろの)()がいつも試験で負けてキェーッて(くや)しがってたからそれ超覚えてる。あっ!今気づいたんだけど室野(むろの)()ってうちらのアホリーダー山野井(やまのい)苗字(みょうじ)()てない!?」

種村(たねむら)「ナガツマソラ本人は指定校(していこう)推薦(すいせん)特待生(とくたいせい)とかで無償(タダ)(ゆう)(めい)大学(だいがく)いけるレベルなのに、あのパリピみてぇな双子(ふたご)のアッパラパーのために苦労してやがったのか。ツいてねぇ奴だな、ほんと」

國本(くにもと)「そう。そのツいてないナガツマソラによって、私は救助(きゅうじょ)された。自衛隊(じえいたい)最新鋭(さいしんえい)ドローン、山岳(さんがく)警備隊(けいびたい)最強(さいきょう)のツール(けん)警察(けいさつ)ヘリ、そして土地(とち)(かん)のある地元(じもと)のベテラン猟師(りょうし)ですら捜索(そうさく)断念(だんねん)する赤川岳の(ささ)(やぶ)平面(へいめん)で」

四人「「「「……」」」」

重光(しげみつ)「でも、どうして萌ちゃんの場所が分かったの?」

國本(くにもと)「それを聞こうと思っていたが、結局聞く機会はなかった。()水晶(すいしょう)小屋の定時(ていじ)連絡(れんらく)無線(むせん)交信(こうしん)とは別に緊急で遭難者の連絡があったから救助に向かった。それ以外詳(くわ)しいことは何もアイツは話さなかった。まぁ、今となってはどうでもいいことだけど」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「まっすぐな一本の道を昇っていると、また冷たい雨が降り始めた。しかも風も強い。(あらし)かもしれないほどの雨と風。「これはまずいね」というナガツマソラ。雷までなり始めて、私を背負ったナガツマソラは来た道を引き返し、やがて森に入った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「森の中をしばらくキョロキョロしていたナガツマソラは、また黙々と歩き始める。歩き始めるとアイツは一切(いっさい)(まよ)いがない。私という重い荷物を背負って息こそ乱しているが、進む方向にはまったく迷いがない。……気づけば私は降ろされ、(くま)(あな)の中に押し込められていた」

川戸(かわと)「クマアナ?」

國本(くにもと)「冬ごもりをしたクマの()(あな)。それが熊穴。その熊穴は小さな(くぼ)みの上に平たい大岩(おおいわ)をかぶせたような形をしていた。ナガツマソラは私を背負いベルトから外し、熊穴に押し込んだあと、自分が(ふた)になるようにして、熊穴に入った。私は横たわり、アイツの背中と、地面に突き刺した脂と血がわずかについた(けん)(なた)を見ながら、同級生の山小屋バイトの(くわ)しい話を教えてもらった。「日給(にっきゅう)が1万1000円も出るんだ。これよりいい条件(じょうけん)だとママ(かつ)()(けん)バイトか(やみ)バイトしかないね」とアイツは山小屋バイトを自慢(じまん)していた」

川戸「アイツが喋ってる姿が浮かんでくる」

重光「分かる。なんかいかにも言いそう。にしても日給1万超のバイトってなかなかないよね」

照沼「ねぇねぇ、ママ活って何?チケン?電車の遅延(ちえん)のこと?」

種村「どっちもお前の知らなくていい世界の話だ。それにただ並べて言っただけだろ……たぶん」

國本(くにもと)「さあ?……とにかく、それだけの日給で、遭難者(そうなんしゃ)捜索中(そうさくちゅう)(やぶ)(ひそ)んでいたツキノワグマに(おそ)われ、ヘッドライトと無線機(むせんき)(こわ)され、そして捜索(そうさく)不可能(ふかのう)といわれる場所に倒れていた私を見つけ出して救ってくれた……だから私は自分の価値(かち)がいくらか聞かれたら、はっきり答えられる。1万1000円以下(いか)だよって」

四人「ツキノワグマって、クマ!?」「永津君、クマと戦ってたの!?」「ねぇそれはさすがに嘘でしょ?」「ありえねぇ。アイツ、どんだけタフなんだよ」

國本「地元では有名らしくて、昔から赤川(あかがわ)(たけ)には〝絶対に殺せないクマ〟がいるとか。「たぶん熊笹に隠れて移動しているからだと思うよ。それと、(むね)(しろ)い毛がない「ミナグロ」だったから、猟師(りょうし)はタタリを恐れて殺さないし、見ても言わないんじゃないかな」……まるで近くで見てきたように言うアイツのレインウェアはよく見ると、濡れたクマの毛がいたるところにへばりついていた」

四人「「「「……こわ」」」」

國本(くにもと)(かみなり)はまもなくやんだ。でも雨と風は全然収まらない。それどころかどんどん強くなる。その雨と風から私を守るために、私に背中を向けて座っている人間がいる。それがナガツマソラ。私は異世界(いせかい)に来ても(もと)の世界にいても(かみ)なんて信じていない。でもあの時だけは、アイツがそう、思えた」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)神様(かみさま)(けん)(なた)と一緒に(くま)(あな)からいなくなったと思ったら、私の骨折(こっせつ)部位(ぶい)に当てる添木(そえぎ)を持って戻ってきて、腕の骨を固定(こてい)してくれて、話しながら時々こっちを(のぞ)き込んで、水筒(すいとう)の中の(うす)麦茶(むぎちゃ)を分けてくれたり、ポーチから取り出したキャラメルとピーナッツ入りのチョコレートバーを(なた)で細かく切って食べやすい大きさにして、私に食べさせてくれた。私が(つか)れて眠りそうになると、折れた方の腕をポンポンと(たた)く。私に「(いた)い!」と叫ばせて、「ここでぐっすり眠ったら死ぬよ?」とずぶ濡れで微笑(ほほえ)み、眠らないようにするため、私に話をさせた……今思えば本当に、神様みたいだった」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「雨の音も風の音も(すご)すぎて段々(だんだん)()にならなくなったころだ。……聞こえたんだ」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「モエ。……私の名前を呼ぶ声が、穴の外から聞こえた」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「私は、折れていない方の腕でナガツマソラの背中を強く叩いた。その間も私の名前を呼ぶ声が嵐の中から聞こえ続ける」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)(ちが)うよ」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「ナガツマソラは言った。「〝これ〟は違う。〝これ〟は助けに来た声じゃない」。アイツは確かに(くま)(あな)の入口に座ったまま(うつむ)いて、私にはっきりそう言った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「でも確かに聞こえる、私の名を呼ぶ声。そして私の目の前にいるナガツマソラもその声が聞こえている。だから、だけど、なのに……私は発狂しそうになって叫んだ。叫びながら、上体を起こした」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「出たらダメだよ。行ったらダメだよ……そう穏やかに忠告(ちゅうこく)するナガツマソラの声を私は叫びながら否定し、アイツの手を振り払い、熊穴を飛び出した」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「嵐の中、私は()って、そのうちにまた歩けることに気づいて、足を引きずりながらとにかく歩いた。全身の(ねつ)がどんどん引いていって、でも私を呼ぶ声だけは大きくなる。間違(まちが)いない。私を助けに来た両親とお兄ちゃんの声……」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「声は大きくなるのに、いっこうに姿は見えない。しかも足下(あしもと)(すべ)岩肌(いわはだ)とぬかるんだ腐植土(ふしょくど)最悪(さいあく)。私はとうとう石にけつまずいて転んだ。でも石はなんか(やわ)らかかった」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「石だと思ったらそれは石じゃなかった。朽木(くちき)にしては全体がカラフルで、ところどころヒラヒラしている」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「私を呼ぶ声が聞こえなくなった時、私は自分を転ばせたモノが人間の死体(したい)だと分かった」

四人「「「「!」」」」

國本(くにもと)「声が止んで、雨と風の音が(よみがえ)って、死体を見つめて、体中が急にカッと熱くなった。訳なんて何も分からない。きっと死ぬ直前の本能で心が燃えたのかもしれない。分からない。分かったのは……」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「ほらね」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「背負いバンドと(けん)(なた)を持ったナガツマソラがいつの間にか私の近くに立っていて、そう言った」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「だから言ったでしょ。〝さっき〟のは、お前を助けに来た声じゃない」

四人「「「「…………」」」」

國本(くにもと)「ナガツマソラの言葉も、目のまえの死体も、いまだにはっきりと覚えている。(あざ)やかな冬用のハードシェルはジャケットもズボンもボロボロ。ありえない方向に全部曲がっている手足。それでも紫色の手で握りしめたザックのハーネスの切れ(はし)。顔の上半分はない。滑落した時の衝撃(しょうげき)頭部(とうぶ)()(そん)したんだと思う。……でも(あご)はあった。顔に口は残っていた」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「アイツが死体の近くにあったザックから財布を見つけて免許証(めんきょしょう)だけ取り出し、死体の名前をつぶやくと、雨と風が急に弱まったような気がした。私の体は熱をすぐ失って、ただもう(こお)るように(つめ)たかった」

四人「「「「……」」」」

國本「あとは闇夜(やみよ)の中、濡れる背負いバンドを再び地に広げて、そこに(またが)せるように私を座らせながら、アイツは耳元(みみもと)で私に教えてくれた」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)()ての(とお)りザックを(つか)まれたし、まだ残る(くち)名前(なまえ)まで()んでもらえた。これで()かったでしょ?」

四人「「「「……」」」」


國本(くにもと)「この(やま)は、お(まえ)(まも)ろうとしていない」。


四人「「「「…………」」」」

國本(くにもと)「アイツの言動(げんどう)はどこまでが正気(しょうき)で、どこからが狂気(きょうき)なのか分からない。それはまるで(やみ)(もり)

四人「「「「……」」」」

國本「濃霧(のうむ)滑落(かつらく)落石(らくせき)土砂(どしゃ)(くず)れ。鉄砲(てっぽう)(みず)雪渓(せっけい)下敷(したじ)き。落雷(らくらい)。火山ガス。突風(とっぷう)凍死(とうし)熱中症(ねっちゅうしょう)増水(ぞうすい)疲労(ひろう)孤独(こどく)遭難(そうなん)発病(はつびょう)埋雪(まいせつ)表層(ひょうそう)雪崩(なだれ)。動物。植物。菌類(きんるい)。ありったけの()容赦(ようしゃ)なく(おそ)いかかる闇の森。そして襲われたら〝(まも)ってもらう〟以外に()()びられない闇の森」

四人「(まも)って……」「もらう……」「闇の……」「森……」

國本「私は相手を(おど)せると思って(めん)()をつけてるんじゃない。あの時の守られた体験(たいけん)を思い出したいから装備(そうび)する。(きり)の中で〝何か〟にザックをつかまれ滑落して遭難(そうなん)()するはずだったのに守られ、それでも〝何か〟に呼ばれて凍死するはずだったのに守られて思い知った恐怖(きょうふ)。〝あれ〟に比べれば、何も(こわ)くないから……昔話(むかしばなし)(なが)すぎてゴメン」

四人「いや」「なんていうか、うん」「そう、だったんだ……」「へへっ、道理(どうり)(めん)()似合(にあ)うわけだ」

國本(くにもと)「でしょ?これはナガツマソラが迷宮(アルビジョワ)で死んだと知らされ、所持(しょじ)(きん)(すべ)てを(はた)いて特注(とくちゅう)した潰頭石(フロレンタイト)面具(デスマスク)『アカガワ』。山に守られなかった私には、似合うに決まってる」

川戸(かわと)「でもナガツマソラに守られてお前は生きてる……それほどの奴なら案外(あんがい)、まだ生きてるかもな」

重光(しげみつ)「私もなんだかそう思う!異世界(いせかい)に来る前からクマ(たお)しちゃうくらい強いんだもん!」

照沼(てるぬま)「こんな(ちょう)ゾッとする(はなし)聞かされたら、確かに生きてるかもーって私も思った」

種村(たねむら)「守る必要もねぇくらい強ぇ(くに)(もと)を〝(まも)神様(かみさま)〟なら、しぶとく生き残っててもおかしかねぇな。アイツ、頭もキレるようだし」

國本(くにもと)「正直なところ……私はアイツをどう思って、アイツにどう(ねが)っていいのか、わからない」

四人「「「「?」」」」

國本(くにもと)「アイツは私達のパーティーの明日香(あすか)みたいに、(そば)にいてくれるだけで心強(こころづよ)くなるとか、そういうランタンの灯火(とうか)みたいな存在(そんざい)じゃないと思う。そもそもアイツは()の私が()()める領域(りょういき)にいない」

四人「「「「……」」」」

國本(くにもと)「ナガツマソラについてせいぜい分かることといえば……(めぐ)みの(もり)のように死ぬほど(やさ)しくて、(よる)(やみ)のように死ぬほど(こわ)いということ。(まも)られなければ()ぬしかない〝こっち(がわ)〟にはいないこと……このデスマスクを()けると、だから」

 シュ……キュ。カチャ。

國本(くにもと)明日香(あすか)がいなくても、魔物や(てき)(かこ)まれても、落ち着いていられる。……守る〝あっち側〟に踏み込めた気がするから」。

挿絵(By みてみん) 



13.黄金狂時代「死守」(前編)


「それにしても、ずいぶんと派手(はで)にやらかしとるのう」

「……(じょう)下町(かまち)()えてる」

 アーサーベル王国(おうこく)首都(しゅと)にして王都マスバテ。

 製錬(せいれん)都市(とし)マリタから北へおよそ80キロの地点。

「助けに行きたいのはやまやまだけど、これじゃあねぇ」

松明(たいまつ)の数からして、一万は確実(かくじつ)にいるな」

 現国王(げんこくおう)フナフティ・ウルタサペルのの兄タヴキ・ウルタサペルを(よう)した逆臣(ぎゃくしん)ファガマロが武装(ぶそう)蜂起(ほうき)した学術(がくじゅつ)都市(とし)ネグロスから北へ約30キロの地点。

「それでどうするのじゃ?」

「……皆殺(みなごろ)しにするのか?」

 王都マスバテは(すで)にファガマロが集めた王国(おうこく)反乱兵(はんらんへい)がなだれ込んでいる。城下町は壊滅(かいめつ)状態に(おちい)り、国王のいるラーユーン城も徐々(じょじょ)に敵兵によって侵食(しんしょく)されている。

「そんなの無理(むり)よ。ね?小隊長(しょうたいちょう)

「隊長?(おれ)でいいのか?」

 (そら)を大量の翼蜥蜴(ワイバーン)()う。城下町の(かべ)をブルドーザーのように壊し続ける砦亀(スルフォルトン)家屋(かおく)も人も装甲車(そうこうしゃ)のように突撃し破壊して進む汽犀(モドラ)

「いいわよ。隊長は一人。指揮官(しきかん)(つね)に一人。(いくさ)において大事なのは衆知(しゅうち)じゃなくて統一(とういつ)

「分かった。なら機動(きどう)原則(げんそく)(どお)り、(いそ)ぐとするか」

 これだけの妖兵(ようへい)を用意したのは、人魔(じんま)()わず、心を(まど)わす幻術(げんじゅつ)()けた暗殺(あんさつ)一族(いちぞく)ダクシャの長兄(ちょうけい)ドレイク・ダクシャ。

 しかしもう彼はこの戦場にいない。

 最強の魔女黛(まゆずみ)明日香(あすか)の相手を買って出て、拷問(ごうもん)され、(わけ)の分からぬ第三者(だいさんしゃ)グレムリンによって改造(かいぞう)され、エレクトロリッチーとなり、製錬(せいれん)都市(とし)マリタの墓標(ぼひょう)となった弟ロロノアを見届けるために、王都を離れたから。

「のう。元軍人(もとぐんじん)の二人よ。それでどうすればよいのじゃ?」

「……コボルトがこっちに走ってくる」

 そして(わけ)の分からぬ第三者グレムリンは魔女(まじょ)(まゆずみ)すら(おか)して(こわ)し、けれど黛は禁忌(きんき)の歌によってグレムリンを壊し返してとりこみ、もう誰の手にも終えぬ怪物(かいぶつ)になった。

「見た感じ、前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)軽装(けいそう)コボルトの8個中隊(ちゅうたい)左右翼(さゆうよく)がそれぞれコボルト大隊(だいたい)1個って感じね」

「ああ。横陣(おうじん)展開(てんかい)するそのコボルトのうち3個中隊(ちゅうたい)がこちらに気づいて()けてきている」

 それらすべてを見届(みとど)けた魔物(まもの)ドレイクは(おう)()の東を飛んで、アーサーベル王国北部へと去っていく

「そりゃ分かる!それでどうするのじゃ!?」

「……(さく)は?」

集中(しゅうちゅう)の原則どおりだ」「この兵数差なら当然(とうぜん)ね」

「「?」」

「各自、目のまえの敵兵(てきへい)を殺し尽くす。相手が分散(ぶんさん)し、守りの(うす)い部分が生まれるまで」

 ゆえに〝そこ〟は城外乱闘(じょうがいらんとう)

 そこ。

 王都マスバテ南郊外(みなみこうがい)

 魔女黛明日香の部下ベビーイーグル四名が対峙(たいじ)するのは、少し(おく)れて大集結した反乱兵一個師団(しだん)。兵数一万二千人。

 (ひき)いるのは(よわい)四十(よんじゅう)を超えたばかりの人間族(マヌシア)の男ズムウォルト将軍(しょうぐん)魔王領(まおうりょう)バルディアと国境(こっきょう)を接するアーサーベル王国で一番苛烈(かれつ)な任である国境警備を二等兵から経験し、ついには将官(しょうかん)にまで上り詰めた努力家(どりょくか)であり野心家(やしんか)

下知(げち)が一向に来ない)

 その将軍ズムウォルトは辛抱強(しんぼうづよ)く指示を待っている。が、

(国王を守る勇者とその一味を倒したという報告は受けていない。となるとこのまま座して待つわけにはいかないはず)

 アーサーベル王国における今回のクーデターの首謀者(しゅぼうしゃ)ファガマロとその後ろ(だて)であるタヴキからの連絡が途絶(とぜつ)して一時間が経過した今、ズムウォルト将軍もまた、軍人として戦いの原則をもって動き出す。

 すなわち主導(しゅどう)の原則。

 先に動き、機先(きせん)(せい)することで主導権(しゅどうけん)を握る。握ったら離さない。

(国王を討ち(げん)体制(たいせい)転覆(てんぷく)させるのが第一目標)

 そのために、場合によっては部下であることをやめて、上司(じょうし)の立場になって行動すること。

(ファガマロ殿やタヴキ様がいないのなら私が王になり独裁を敷けばいいだけのこと)

 横陣で展開した反乱軍の中央(ちゅうおう)歩兵(ほへい)。その後ろに(ひか)える予備軍(よびぐん)に守られたズムウォルト将軍は冷静にそう算段(さんだん)し、軍の機動(きどう)を開始した。

 そしてそのズムウォルト将軍の一個師団の最前線に、ベビーイーグルはいる。

 ワイバーンの不慣(ふな)れな操作により(あやま)って敵師団の最前線(さいぜんせん)に落下した四名だったが、四名はその最悪の状況でも(あるじ)である魔女の命令「国王と召喚者を守れ」に従い行動に移る。

 亜人族(あじんぞく)4人対一個師団1万2千人。

 ズムウォルト将軍は王都マスバテと自軍の間に冒険者集団ベビーイーグルがいることをまだ知らされていない。そして予備軍全体も知らない。

 横陣中央を構成する人間族の重装(じゅうそう)歩兵(ほへい)5500人もドワーフの火力(かりょく)部隊(ぶたい)950人も知らないし想定していない。左右翼を構成するウマイヌ戦車兵(せんしゃへい)コボルト2000人も知らないし気づいていない。

 気づき始めたのは王都に対し一番近い位置にいる前衛部隊の左右翼(さゆうよく)にいるコボルト兵団たち。

(何か、様子(ようす)がおかしい)

 そしてまさかの絶望(ぜつぼう)を味わっているのは、前衛部隊中央の(かく)コボルト中隊(ちゅうたい)

(なんだこいつら!?)

 夜空の下、赤々と燃える王都マスバテを背景に、黒いシルエット四つが反乱兵の中を跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する。

「むんっ!」

 尾鬼人族(エコルオーガ)の右手の宝剣(ほうけん)はコボルトの攻撃を(ふう)じ、あるいはコボルトの急所を正確に打突(だとつ)して動けなくする。

 シュパン!シュパシュパンッ!

 左手の刀剣(とうけん)はそのコボルトの首を同時にいくつも()ね飛ばす。

 ドグシュッ!

 そして(しかばね)となったコボルトを尾鬼人族の背中から生える()が回収し、一か所に向けて放り投げる。それで死体の山が少しずつ高くなる。

 グウェイ・ロマネ。

 尾鬼人族(エコルオーガ)。身長210cm。体重120kg。元ティオティ王国軍、正面(しょうめん)部隊(ぶたい)第六(だいろく)隊長(たいちょう)。階級は大尉(たいい)通称(つうしょう)不死身(ふじみ)のグウェイ」。戦争(せんそう)捕虜(ほりょ)死刑(しけい)になるはずだった彼は魔女の()にかない、今こうして(ふたた)び戦場で敵を切り殺す経験を重ねる。

「いやねぇもう。コボルトはどのみち(あか)ぬけなくてタイプじゃないのよ!」

 グウェイから少し離れた修羅場で烏人族が高速の鎌を振り回す。烏人族の鎌が旋回するたびに、コボルトが裁断されていく。烏人族は同じ場所から動かない。ゆえに烏人族の周りが徐々に死骸の山になっていく。

 ハーバー・ドメーヌ。烏人族(ブルンガガ)。身長189cm。体重71kg。元ティオティ王国、遊撃(ゆうげき)部隊(ぶたい)第一隊長。階級は大尉。通称「死神(しにがみ)のハーバー」。グウェイと同じく戦争(せんそう)捕虜(ほりょ)だった彼もまた魔女に見出され、偶然にも魔女が研究目的で所持する()(けん)適合者(てきごうしゃ)であることが分かり、魔女から魔剣ナハトケルヒェを与えられた。

 魔剣ナハトケルヒェ。

 所有者の物理攻撃力をランダムなタイミングで5倍にする不吉(ふきつ)逸品(いっぴん)

 ただでさえ動物の裁断(さいだん)に長けた鎌使いはこれによりランダムなタイミングで恐るべき死神となる。

「グウォオオオオオッ!!!」

 (みの)で全身を(おお)った不審者(ふしんしゃ)に駆け寄り牙を向き、爪を振るう狼人族(コボルト)

「……ふん」

 ドムンッ!!

 不審者の()()いに不用意(ふようい)に入ったコボルトから素早い前蹴(まえげ)りを食らう。()みつこうとしたコボルトの開いた大口(おおぐち)に不審者の足はスコップのように突き刺さり、細長の頭蓋上(ずがいうえ)半分(はんぶん)が瞬時に消し飛ぶ。血の噴水を上げベロをだらしなく伸ばしたまま、その場に崩れ落ちるコボルト。

 フ。ドムンッ!

 力を()(するど)い爪を豪快(ごうかい)に振るう別のコボルトの視界から不審者(ふしんしゃ)突如(とつじょ)として消える。あまりに素早くしゃがまれたせいで標的(ひょうてき)を見失い(あせ)るコボルトの脇腹(わきばら)()膝蹴(ひざげ)りが深くめり込む。無防備なあばら骨が散り散りに砕け、内臓に容赦なく骨破片が突き刺さる。

「ゴ……ハ……」

 口と腹から血を()いてその場に(くず)れ落ちるコボルト。

 ヒョイ。

 二つの死体を、(みの)姿(すがた)の不審者は背中から生えるボロボロの翅先(はねさき)で引っ()けるようにして持ち上げ、(きず)きつつあるコボルトの死体の山に投げる。

 蓑の不審者。

 カリオストロ・サンレオ。

 蓑虫人族(ヌガーン)。身長168cm。体重45kg。魔物によって両腕(りょううで)(うしな)うトラウマを負った元漁師(もとりょうし)(はい)鉱山(こうざん)でひっそり暮らしていたが、そこを訪れた魔女の返り討ちに()い、手下(てした)となった。そうしてトラウマを払拭(ふっしょく)する機会を与えられ、魔物の抹殺(まっさつ)(よろこ)びとする彼は今、はじめて師団規模の軍隊を相手にして戦っている。

「わはははははっ!こっちじゃ早く来い!オスメス問わず、(あな)という穴を(おか)してやろうぞ!!」

 兵士から見てその火の付いたコボルトの死体の山は一番目立(めだ)ち、一番感情を揺さぶる。同胞(どうほう)無残(むざん)な姿と肉の()げる悪臭(あくしゅう)激怒(げきど)したコボルトが大勢集まる中、油まみれの元プロレスラーは四本の腕を広げて相手をさかんに挑発(ちょうはつ)する。

 ドンッ!

 油まみれの巨漢(きょかん)(ひざ)を曲げ、地響(じひび)きを立てて跳躍(ちょうやく)する。()らせた体が勢いをつけて戻る。

 ゴオォンッ!

 そしてヘッドバット。強烈(きょうれつ)()()きをもろに頭部(とうぶ)に食らったコボルトは脳震盪(のうしんとう)を起こして(そく)気絶(きぜつ)する。

 ガシ。

 しかもその状態でさらに(つか)まれる。逃げられない。

「ほうりゃっ!!」

 コボルトがヌンチャクのようにぶん回される。遠心力(えんしんりょく)衝突(しょうとつ)のせいで体液(たいえき)内臓(ないぞう)がぶちまけられる。元レスラーを取り囲んでいたコボルトたちがコボルトヌンチャクのせいで次々になぎ(たお)される。

「しっかりせい!(いくさ)は始まったばかりじゃぞい!!」

 ヌンチャクを(ほう)()て、虫の息の倒れたコボルトの首を掴んだ元レスラー。

 ゴキ、ブオンッ!!

 燃える死体の山へ、そのコボルトも投げとばす。首投(くびな)げ。ただし逆首投げ。

 うつ伏せ状態で首だけをつかんで持ち上げられ、首を支点(してん)にして回転(かいてん)するようにぶん投げられたコボルトは宙を舞っている時点で骨折して息絶(いきた)え、荼毘(だび)の山に着弾(ちゃくだん)した時にはもう動かない。そのままじりじりと火葬(かそう)されていく。

 油まみれの元レスラー。

 フランチェスコ・アジョシ。

 油虫人族(クトダウン)。身長180cm。体重150kg。強すぎて()けが成立しないプロレスラー(くず)れのやくざ冒険者は女癖(おんなくせ)が悪すぎるあまり、あろうことか魔女に手を出そうとしてしまった。そして返り討ちにあい魔女の手下になることを決める。

 そして今、カリオストロと同じく初めての戦場(せんじょう)で己の技を披露する。ムーンサルトフットスタンプ。()(りゅう)裸絞(はだかじ)め。垂直(すいちょく)落下(らっか)脳天(のうてん)(わり)外道(げどう)クラッチ。(うら)アキレス腱固(けんがた)め。ジムブレイクアームバー。トゥームストンパールドライバー。ジャーマンスープレックス……。文字通りのデスマッチの犠牲者(ぎせいしゃ)たちはフランチェスコの体が分泌(ぶんぴつ)する油分(ゆぶん)とともに火の山に(ほうむ)られ、火の(いきお)いをさらに(さか)んにしていく。

((こいつらはただものじゃない!))

 着々(ちゃくちゃく)と大きくなる四つの死体の山。

 それらを(きず)く四名の戦士たちの異常(いじょう)さに気づいた前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)左右翼(さゆうよく)戦車(せんしゃ)コボルト兵たちが遠吠(とおぼ)えとともに連射弩(いしゆみ)のハンドルを回し始める。前衛中央(ちゅうおう)にいた各コボルト中隊が仲間の鳴き声を聞いて即座(そくざ)後退(こうたい)する。同時に無数の矢が夜天に向かって()(はな)たれる。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

「さすがはコボルト兵。(すす)むも退()くも迅速(じんそく)

「おまけに高性能のボーガンまで(あつか)えるのね。優秀(ゆうしゅう)なワンちゃんだこと」

「……こんなの、全然(ぜんぜん)()かない」

 夜空から降り注ぐ数多(あまた)矢雨(やう)。それを死骸で築いた防御陣地(トーチカ)でしのいだグウェイ、ハーバー、カリオストロの三名。

()ちち……吾輩(わがはい)も三人のように隠れればよかったかのう」

 手にしていたコボルトの死体四つで矢を防ぎ切ろうとしたがあまりの膨大量で被弾を免れなかったフランチェスコが苦笑いしながら腕や肩にささった矢を引き抜く。

「まぁ仕方なし!燃やしてしまったもんはどうしようもない!わっはっはっは!」

間違(まちが)いなく、我が軍への刺客(しきゃく)

 奇怪(きかい)戦士(せんし)四名(よんめい)の出現と驚愕(きょうがく)すべき報告(ほうこく)を受けたズムウォルト将軍はベビーイーグル四名をようやく認識(にんしき)し、「敵」と認定(にんてい)する。

「勇者の()れだろう。一騎当千(いっきとうせん)強者(つわもの)(いくさ)手練(てだ)れと認めよう。であれば一騎に対して五千一万の兵で囲み、ひたすら隙を突く。何重(なんじゅう)にも包囲(ほうい)して殲滅(せんめつ)する」

 冷静(れいせい)将官(しょうかん)はすぐさま指示を出す。前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)である軽騎兵(けいきへい)すなわち100mを6秒足らずで()けるコボルトたちによる包囲(ほうい)攻撃(こうげき)が始まる。一度後退していたコボルト各中隊(ちゅうたい)は引き返して前進し、左右翼にいた各コボルト大隊(だいたい)が四名の背後(はいご)に回り込む。

「以下のこと、全軍に通達(つうたつ)せよ。(いち)兵卒(へいそつ)たる者、(かず)()期待(きたい)するなかれ」

 将軍(しょうぐん)ズムウォルトは油断(ゆだん)しない。慢心(まんしん)しない。

「だが(しょう)たる者は数の利で必ず敵を()(やぶ)る。ゆえに私の命令を(すみ)やかに遂行(すいこう)せよ」

 相手が四人だろうと、ズムウォルトは攻撃の手を(ゆる)めるつもりなど毛頭(もうとう)ない。

 軍中央で、機動(きどう)部隊(ぶたい)である人間族(マヌシア)重装(じゅうそう)歩兵(ほへい)に守られて進む火力(かりょく)部隊(ぶたい)ドワーフたちに攻撃準備を行わせる。

 エウウウウウウウウ……。

 動作(どうさ)(にぶ)いが全長30メートルにも達する超大型動物エリマキキリン。

 シャシャシャシャシャシャ………

 ()べば三百メートル上空まで一瞬で到達できるノミモグラ。

 二種(にしゅ)の〝火力的〟戦略(せんりゃく)兵器(へいき)がズムウォルト将軍の指示で臨戦(りんせん)態勢(たいせい)(はい)る。

 エリマキキリンの首によるノッキングを食らえば、たったの一撃で普通の中隊(ちゅうたい)壊滅(かいめつ)する。襟巻(えりまき)が起こす爆風(ばくふう)のせいで立っていることもできない。エリマキキリンの口に(くわ)えた岩石が投げ飛ばされてそれが直撃(ちょくげき)したら、小隊は即戦闘(せんとう)不能(ふのう)(おちい)る。

 ノミモグラの落下攻撃は正確(せいかく)無比(むひ)で、(ねら)われた小隊は肉片(にくへん)も残らず潰える。残るのは落とし穴レベルのクレーター。しかもクレーター内をノミモグラは積極的(せっきょくてき)に移動し、敵の死角(しかく)移動(いどう)できる。移動してさらに()ねて落下されれば標的(ターゲット)は何も知らぬまま木っ端微塵(こっぱみじん)になる。

 軽騎兵(けいきへい)包囲(ほうい)し、殲滅(せんめつ)する。

 包囲が仮に突破(とっぱ)されれば火力(かりょく)で殲滅する。

 火力が仮に突破されれば重装(じゅうそう)歩兵(ほへい)で足止めし、中央にいる左右翼の重戦車(じゅうせんしゃ)コボルトを四名の背後からぶつけて滅する。

 つまり包囲(ほうい)。シンプルに包囲。

 要するに簡明(かんめい)原則(げんそく)

 ズムウォルト将軍はあくまで軍人(ぐんじん)であり、決して間抜(まぬ)けな夢追(ゆめお)(びと)ではなかった。

 とはいえ、


 アオオオーン……


「「「「「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」」」」」」

 前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)(げき)(そう)するコボルトの脚が一瞬止まる。聞こえてきた西の方角へ、皆が首を向ける。

(なんだ?)

 ズムウォルト将軍は前衛部隊と中央部隊の後続(こうぞく)予備(よび)部隊(ぶたい)の中にいる。その予備部隊はコボルト2個中隊とドワーフ1個小隊そして人間族(マヌシア)2個中隊からなる。

(コボルトがみな、何かを凝視(ぎょうし)している)

 ズムウォルト将軍はコボルトたちが(やみ)の中の一点を見ていることに気づく。前衛部隊のコボルト包囲網と衝突(しょうとつ)寸前(すんぜん)だったベビーイーグル四名もそのことに気づく。

 さらに、

「なんじゃ?」「……地面(じめん)!」


 ズブブブ……


「いやん!何よこれ!?」「地面が軟化(なんか)するだと?」

 (かた)い大地。その揺るぐはずのない前提(ぜんてい)が崩れる。戦場がみるみる沼地(ぬまち)にかわっていく。

 (おう)()南郊(なんこう)全体にどよめきが走る。

 エリマキキリンは驚きの悲鳴(ひめい)を上げつつ足を動かし、ノミモグラは恐怖(きょうふ)のあまり地面からの逃走を(はか)ろうとして全力で飛び()ねる。

 けれど沼は跳ねれば跳ねるほど(しず)むもの。動けば動くほど沈むもの。

 それでさらに(あわ)てるノミモグラとエリマキキリン。二種の兵器を制御(せいぎょ)しなければならないドワーフはコボルトや人間族とは違い、騒がない。互いにまじまじと顔を見合わせ、自分たちを呑み込もうとする地面を再び見て、そして瞼を閉じ、うなだれる。

(母なる大地に嫌われた)

 沼は鉱人族(ドワーフ)失意(しつい)諦念(ていねん)(よろこ)ぶかのように、ノミモグラやエリマキキリンと同じくドワーフも()み込んでいく。

 それらを目の当たりにして恐怖しか浮かばないコボルトと人間族(マヌシア)。コボルトの方が筋力(きんりょく)代謝(たいしゃ)も高く、そのせいで足掻(あが)いてはどんどん沈んでいく。それすらもすぐ(そば)で見せつけられて、もはや恐怖を通り越して呆然(ぼうぜん)とするしかない重装(じゅうそう)歩兵(ほへい)人間族だけが、かろうじて腰元まで沈むだけで済む。

 ヒヒイイイイイッ!

 ズムウォルト将軍はただただ、自分の(またが)る馬の動揺(どうよう)(おさ)えるしかない。

(〝こんなこと〟までここでは起こるのか!?)

 甲冑(かっちゅう)で守る全身の皮膚(ひふ)に冷や汗を浮かべながら将軍は次の(さく)を急ぎ思案(しあん)する。足元のはなはだ悪い湿原(しつげん)での戦闘経験などないズムウォルト将軍はどのようにして沼から脱出するのかを懸命(けんめい)に考える。

糧食(りょうしょく)(たて)装備(そうび)?乗り物?そうだ。この際なんでもいい!泥の上にそれらを捨て置き、それを足場に脱出を試みるしか……)


『して、ここはどこか?』


(は?)


『さて?人の(しろ)(あかね)(いろ)に燃えているのは分かるが』


(誰だ?私に語りかけているのは!)

 将軍の思考を止めた〝それ〟は、前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)コボルト包囲網(ほういもう)の中心。

 胸まで泥沼(どろぬま)()かったコボルト。そして数多くのコボルトを観察して瞬時に(ぬま)を学び、動かず、(ひざ)まで浸るだけで()んだベビーイーグル四名。

 いずれにせよ沼に(とら)われた彼らを見下ろす位置に、二人の〝何か〟がいる。

『して、これはなにか?』

『はて?黒い土に生えていることは分かるが』

 ベビーイーグル四名のうち、一番コボルトを殺して一番堆(うずたか)い死体の山を(きず)いたハーバー。そのハーバーの築いた山の上に、ボロボロのローブ姿の何かが二つ、ある。

 〈なんじゃ、こいつらは?誰ぞ、知っとるか!?〉

 ただならぬ何か。

 〈……分からない。ただ〉

 ベビーイーグルはローブ姿の二人を見極めようとする。

 〈あいつら、アスカちゃん並みにヤバイ気がするのは、アタシだけじゃないわよね?〉

 四名は無意識に魔法無線(サイファー)を開く。

 〈ああ。否定(ひてい)しない。……しかしこのような力を持つ者が、この戦場に何の用があって現れる?〉

 〈……何か()い風が、急に吹いてきた!〉

 〈それにしても寒いのう。おっ!寒すぎてウンコが()れてしもうた〉

「して、土に何が生えておる?」

「はて?堕落(だらく)した(てい)(ちん)矮小(わいしょう)侏儒(しゅじゅ)脱糞(だっぷん)した、しまらぬ顔の油虫(あぶらむし)。それとコソコソ話す破落戸(ごろつき)なら分かるが」

 〈〈〈〈盗聴(とうちょう)された!〉〉〉〉

 自分たちの(あるじ)にして最強の魔女黛(まゆずみ)明日香(あすか)魔法(まほう)暗号(あんごう)無線(むせん)傍受(ぼうじゅ)されたことのないベビーイーグルが四名とも戦慄(せんりつ)して身を固くする。

「して、堕落した(てい)(ちん)とは?」

 ローブ姿の二人のやり取りは、空気の振動ではなく、沼の水の振動で師団全体の兵に伝わる。

「はて?(なんじ)子孫(しそん)ではないのか?あの、ただの、くしゃみをしたような面のイヌは」

「なに?」

 予備軍(よびぐん)の方へ体を向け、二人して肩を並べていたローブ姿の一人が初めてそこで、体をねじる。

「我が子孫だと?」

(たが)うのか?」

 二人のローブ姿が互いを首を向ける。

「では矮小(わいしょう)侏儒(しゅじゅ)とは何ぞや?」

「あれらはただの精神(せいしん)薄弱(はくじゃく)無能(むのう)小人(こびと)。我が子孫にあらず」

「では何ぞや?」

「言うならば痩土(そうど)から生まれた泥人形。我ではない侏儒どもが()ねて残った(くず)の集まり」

「では汝の子孫はいずこに?」

「さあ?いずれにせよこの地にいないのは明白(めいはく)自明(じめい)

 ボオッ!!!!

 ローブ姿の二人が突如として青く燃え上がる。

人間族(にんげんぞく)ごときに()()らされ」

堕落(だらく)したイヌを目の当たりにするとは」

 ローブ姿の一人のなれの果てを目の当たりにしたコボルトたち。目が釘付(くぎづ)けのまま、全身の力が虚脱(きょだつ)する。

()ねた泥ほどの価値しかない」

「堕落した小人を(なが)めることになるとは」

 ローブ姿の一人のなれの果てを目の当たりにしたドワーフたち。目に涙を浮かべ、顔をクシャクシャにして、泥に顔を突っ伏して泣く。


「「してそれで、そのまま、なに者でもなく、なに者にもならぬまま、朽ち果てるのか?」」


 聖狼(せいろう)ウルリクムミ。

 コボルトの土着(どちゃく)信仰(しんこう)(かみ)

 聖鉱(せいこう)テショプ。

 ドワーフの土着信仰の神。

 すなわち(いにしえ)の神二人が目を細め(うな)りをあげて牙を剥き、(ひげ)を風になびかせ巨大な(つち)を肩に(かつ)ぎ、末裔(まつえい)ともいえるコボルトとドワーフに(たず)ねている。

 ブオンッ!

 テショプの鉄槌(てっつい)が降り下ろされる。巨槌はけれど、空を切る。しかし師団(しだん)全体(ぜんたい)は即座に思い知る。足元の黒い地面が自分たちの身体を呑み込んだまま再び(かた)くなったことを。

「思い知れ。弱き者たちよ」

 そう告げて、歯茎(はぐき)まで見せたウルリクムミが顔を上に挙げて雄たけびを上げる姿勢をとる。

 しかし誰にもその声は聞こえない。

「お前たちの神は、お前たち弱者(じゃくしゃ)(にく)み合うことを憎む」

 鉄槌を肩に担ぎしまったテショプが代わって告げる。神が何に怒っているのか、なぜ自分たちが人間族(マヌシア)奴隷的(どれいてき)存在(そんざい)なのかを理解するのと同時に、自分たちの身体の中に発熱(はつねつ)を覚えるコボルトとドワーフ。

(なんじ)らは憎み合う資格もないほどか弱いと知れ」

 首の下まで地面に埋もれた、顔面を泥まみれにした、冷え切った身体全体に熱の広がる、二種の奴隷身分。

「「問う。汝らなんぞや」」

 ウルリクムミとテショプはそう告げ、死体の山三つを青く燃え上がらせて消える。青い炎の雪が一個(いっこ)師団(しだん)の上を舞い、落ちる。

「アオオオオオォォォォ――ンッ!」

 どこかでコボルトが叫ぶ。するとそれに呼応するように別のコボルトたちが叫ぶ。

「ヌアアアアアッ!!!!」

 どこかでドワーフが叫ぶ。そしてそれに呼応するようにドワーフたちが次々に叫ぶ。

 そしてドワーフが支援(しえん)魔法(まほう)を放つ。

 ドワーフの土属性魔法が()まるコボルトの攻撃力(こうげきりょく)を高める。コボルトは力を得て、土の(かせ)を脱出する。

「アオアアッ!!!!」

 コボルトが大地を指と爪で割る。埋もれていたドワーフの土の枷を(くだ)く。ドワーフがコボルトの豊かな体毛をわし掴む。毛がぶちぶちと千切れるのも(いと)わず、コボルトが重いドワーフを土の枷から引きずり出す。

 〈〈(しお)がひく〉〉

「「「「!?」」」」

 ベビーイーグル四名の暗号通信(サイファー)突如(とつじょ)、ウルリクムミとテショプの声が流れる。

 〈〈それは(おそ)れるべき事象(じしょう)前触(まえぶ)れ〉〉

 グウェイ、ハーバー、フランチェスコ、カリオストロの目の前で今行われているのは、救助活動。ドワーフとコボルトが互いに全力で協力し、冷たい土砂の(かせ)から脱出を試みる。

 〈〈潮にのまれたくなければ、早々に去れ〉〉

 ドワーフとコボルトは手を取り合い、枷から抜ける。ただし人間族には手を()さない。

 自分たちを虐げてきた者に、物のように虐げられた者は手を貸さない。

(((((((このままだと殺される!!)))))))

 何が始まるのかを理解してしまった人間族(マヌシア)兵士。

 彼らは所持(しょじ)する全ての武器を使い、自分たちの膝下(ひざした)まで呑み込んだ土の(かたまり)を必死に壊し始める。

 〈〈もがく者たちよ。城の中でもうじき命運(めいうん)()てる者がいる〉〉

「それはもしやこの国の王のことか?」「神様のアンタたちは今の国王を助けたいのね?」

 〈〈命運は果てる。お前たちが、ゆかない限り〉〉

「なんか壮観(そうかん)じゃのう!コボルトとドワーフがすごい形相(ぎょうそう)で人間に(せま)っとるぞ!」「……積年(せきねん)の恨みが、ようやく同じ方向を見た」「ちょい待ち!こっちにも来るぞい!!」「仕方ないわね。こうなったら城に行くっきゃないでしょ」「そうだな。国王を助けるのは(あるじ)の命令でもある」「あの可愛(かわい)いオナゴの召喚者(しょうかんしゃ)たちも(すく)わにゃなるまいて!」

 ウルリクムミとテショプの声に合わせて、テンションを上げる冒険者三名。

「……教えろ。お前ら〝二人〟は何者だ?」

 一名だけ、冷静になって二つの声に問う。

 〈〈我らは(かみ)〉〉

「どっちでもいい!急ぐぞみんな!」「分かったわ!にしてもかったいわねこの土!」「ほうりゃっ!!わっはっは!吾輩(わがはい)怪力(かいりき)にかかればこの程度の土塊(つちくれ)、なんてこともなし!バービーお姉!助けに行くぞい!」「いやよ。ウンコったれの力なんて借りないわ。アタシより困ってるカリコの方へ行って!グッサン!早く来て引っ張ってちょうだい!!」「ウンコはもうついとらんわい!……すまん。嘘じゃ。尻にこびりついとった。まあそれは後でなんとかするとしてカリ坊!今助けにいくから待っとれ!!」

「……神。ではお前らは〝(だれ)(つく)った〟神だ?」

 〈〈もはや()け。〝此方(こちら)〟は神の()べる領域(りょういき)。お前たちの()()く領域は〝彼方(あちら)〟だ〉〉

 暗く激しい怒りに燃えるコボルト兵とドワーフ兵が牙と爪と武器と魔法と動物を使い、震え恐怖する人間族兵士に向かって走り出す。その巨大な激情(げきじょう)のうねりをどうにかこうにかかわし、ベビーイーグル四名は王都マスバテに急いで()けこむ。

「はぁ、はぁ……こっちは明るくて無茶苦茶熱(むちゃくちゃあつ)いのう!吾輩(わがはい)はこういう方が好きじゃ!!」

 いたるところで火事(かじ)火災(かさい)に見舞われている城下(じょうか)(まち)(おびただ)しい数の兵士の死骸、そして王国民の死骸が転がる。そこから血が流れて湖や川となる。(いくさ)(ねつ)()(にお)いがあちこちに充満する。

「ゲアアウッ!!!!」

 体温の上昇で墜落したワイバーン、王国兵と王国民の攻撃によって重傷を負ったワイバーンが地面や屋根の上にひっくり返り、あばれ、断末魔の悲鳴を上げている。

 ドスンッ!!

 その弱ったワイバーンに走り寄り、丸太のように太い首を刀で切り落とすグウェイ。

「はあ、はあ……確かに。俺もこういう方が好きだ」

 ズクシュッ!

「ふぅ、ふぅ……そうね。よく知ってる戦場ほど落ち着くものはないわ」

 最後の力を振り絞り立ち上がろうとしたワイバーンの心臓に鎌を背中から突き刺して殺害するハーバーが深呼吸をする。むせかえるような血の臭いに安堵した表情を浮かべる。

「……戦場、か」

 戦利品を探して家を荒らしていた反乱兵一人がワイバーンの断末魔の悲鳴に驚いて跳び出してくる。家に隠れていた若い娘を見つけ抱きかかえていたが、カリオストロのローキックを食らい骨折し、激しく転倒する。

「きゃあ!」「痛っ!」

 ボグシャッ!!

「……戦場ではいつも、〝あんなこと〟が起きるのか?」

 サッカーボールのように反乱兵の頭だけを蹴り飛ばした後、血しぶきが上がって静まるまでを見ながら、カリオストロはグウェイとハーバーに尋ねる。

「いつもじゃないわ」

 鎌の血を(はら)い、呼吸を整える烏人族(ハーバー)

「ああ。だがたまに起きる」

 刀の血を(はら)い、首と肩をまわす尾鬼人族(グウェイ)

「戦場を()み込み、誰もが気の(くる)うほど(こん)(らん)し、ともすれば戦況(せんきょう)をひっくり返すような時間と存在」

 ハーバーが何かを思い出したように(かな)しげに微笑む。

「すなわち(やみ)。何が起きてもおかしくはない、(そこ)の知れぬ闇」

 目を閉じたグウェイが何かを思い出すように言葉を()ぐ。

「……そうか」

「おおっ!カリ(ぼう)でかした!なんちゅうベッピンじゃ!この(むすめ)なら三日三晩眠らずに(とこ)の間で楽しめるわい!む?なんじゃワラワラと?おお、そんなにワシに抱かれたいのか。そうかそうか。よいよい。安心せい!吾輩はムサ苦しい男どもも大歓迎(だいかんげい)じゃ!!!」

 路地(ろじ)から突如(とつじょ)(あらわ)れた王国(おうこく)反乱兵(はんらんへい)の小隊12名がフランチェスコのラリアットから始まる地獄のフルコースをふるまわれてたちどころに消命(ノックアウト)する。

「急ぐぞ!」「「「おうっ!!」」」

 既に王都マスバテ城下町になだれ込んでいる無数のアーサーベル王国反乱兵。

 大部分は率いる将軍たちの命令通り、国王フナフティ・ウルタサペル8世の籠る城攻めに取り掛かっている。だが一部のやくざ部隊はカリオストロに〝サッカーボール〟にされた兵士のように、戦利品目当てで家々を荒らしまわっている。

 そんな兵士が眼前に出現するや否や、肉片に変えて走るベビーイーグル四名。城下町の空を支配するワイバーンたちがそれに気づかないはずもなく、当然のごとくベビーイーグルたちに襲いかかってくる。

肉味(にくみ)は悪くないが、いい加減こやつらの相手は飽きたのう!!」

 ワイバーンの肝臓を食らいながら文句を言って走るフランチェスコ。

「そうね!でもイチモツが大きいからアタシは結構好きよ!!」

 ワイバーンの心臓から滴る血液を飲みつつ走るハーバー。心臓を投げ渡され、同じく血液を飲むグウェイ。そして隣を走るカリオストロのために心臓に()まる血液を(しぼ)り尽くす。

「……デカいの、来たぞ」

 血で(のど)(うるお)したカリオストロの目が光る。大型のワイバーンが四名の行く手を(ふさ)ぐ。

 そしてワイバーンの後ろには反乱兵がアリのごとく群がるラーユーン城。

「そろそろ乗るか!」「天守閣までひとっとびね!」

「飛ぶのかぇ。気が進まぬのう」「……文句言うな」

 ベビーイーグル四名が大型のワイバーンの初撃を(かわ)し、あっという間にワイバーン1匹を制圧する。

「早く飛べ」「うふん。愛撫(あいぶ)は優しくしなくちゃダメよ」

「ぐっふふ。硬くて太いココを握られるのがエエんじゃろう?」「……ムズい」

 グウェイがワイバーンの下顎(したあご)をたたき割る。ハーバーが竜骨(りゅうこつ)突起(とっき)に付着している筋肉の一部を千切(ちぎ)る。フランチェスコが(そっ)根中(こんちゅう)(そっ)(こつ)一本をへし折る。カリオストロが叉骨(さこつ)をぶち割る。

「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 わずか10秒の間。ほぼ同時に拷問(ごうもん)のフルコースを味わった爬虫類型(はちゅうるいがた)魔物(まもの)が絶叫を上げて飛び上がる。生存本能は北を目指す。元はヒトの自分を〝こんな目〟に()わせた者たちはみな北にいる。だから北を目指してとにかく逃げ飛ぶ。

「ぬおっ!?」「フラチェっ!!」「何してんのよバカ!!」

 ラーユーン城上空でしかし、アクシデントが発生する。捕まった箇所で一番激しく抵抗され、しかも(あぶら)まみれのフランチェスコがワイバーンから振り落とされてしまう。

「……やれやれ」「「!」」

 ため息をついたカリオストロがワイバーンから手を離して飛び降りる。被膜(ひまく)のない翼を広げる。フランチェスコの落ちていくところめがけて、自分から滑空(かっくう)していく。

「もう!こうなったら頼んだわよカリコ!!」

「おいトカゲ。少しはこっちの思い通りに飛べ。さもないと」

 メキャ。

「ギュエエエエッ!!」

 グウェイとハーバーは仕方なくそのままラーユーン城の天守閣(てんしゅかく)めがけてワイバーンで飛んでいった。


 ラーユーン城。多聞櫓(たもんやぐら)

 城を人体に見立てた際、血管(けっかん)にしてリンパ管にあたる通路。

 そこは現在、地獄(じごく)回廊(かいろう)と化している。

 ゴウンッ!!

「むんっ!!」

「ウォータービスケット!!」

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

 城壁(じょうへき)をよじ登って場内に進入し多聞櫓を逆走してきたコボルト兵の相手をする川戸(かわと)(しょう)太朗(たろう)重光結(しげみつけつ)。ディフェンダーの川戸がコボルトたちの前進を大楯(おおたて)で食い止めている最中、ヒーラーであるはずの重光結が氷弾(ひょうだん)をマシンガンのように飛ばす。

「キャウンッ!」

 ゴジュンッ!!

 目や鼻を傷つけられて(ひる)んだ一瞬の隙を見逃さず、川戸が盾をぶん回し、突き潰し、コボルトの息の根を止める。それでも延々と向かってくるコボルト兵の群れ。

「ファイアサルート!ラインオブファイア!」

「助かる!」

 多聞櫓(たもんやぐら)へと昇る梯子(はしご)はとうになくなったものの、人間族(マヌシア)やコボルト、ドワーフの死骸(しがい)が死体の山となり、階段となり、多聞櫓へと昇ってくる兵士は圧倒的(あっとうてき)に増える。

「エアアアアアッ!!」「うおおおおおっ!!」「フホホホッ!!!」

 その兵士たちを相手するのは照沼(てるぬま)()里奈(りな)國本萌(くにもともえ)

 燃え上がる死体の山のせいで多聞櫓の登り口は火のように熱い。その熱波(ねっぱ)()えられるよう照沼は何度も火属性耐性魔法を自分と國本にかけ、さらに國本の(やり)に炎をのせる。

「ゲインウィンドアップ……」

 その國本の槍が風をまとい、炎の勢いを強める。命知らずのコボルトが死体の山を登り切り、泥まみれの爪が國本の面具(デスマスク)『アカガワ』に触れる。

突風(とっぷう)に注意しろ」

 ドスウウンッ!!!!!!!!

「特に山の上では」

 國本の潰頭石面具(フロレンタイトデスマスク)に触れたコボルトも、死体の山を登ることを一瞬躊躇(ちゅうちょ)した人間族もドワーフも一瞬にして火達磨(ひだるま)になる。

「ついでに熱中症(ねっちゅうしょう)にもね」

 國本が天から地に突き刺した炎と風の槍は死体の山を灰塵(かいじん)にして散らす。

「二人ともまだまだ余裕そうじゃねぇか!」

 汗まみれの召喚者女子二人に冗談を言う種村(たねむら)(がく)。その種村が一番(いちばん)(いそが)しい。

 ハイポーポーションに相当する回復薬「桃仙」の入った(びん)を重光、照沼に渡しながら、多聞櫓の窓から侵入(しんにゅう)を試みる敵兵を排除(はいじょ)しなくてはならない。

「次から次に、めんどくせぇなぁ!」

 (まど)から飛もうとしたコボルトの首に種村の投げた分銅(ふんどう)()が巻き付く。

 ズゴドス!

 驚いて首の(くさり)をほどこうとするコボルトの無防備な眼球と(けい)動脈(どうみゃく)にボールペンの形をしたタクティカルペンが突き刺さる。

「ギャウウゥ!!」

 悲鳴を上げると同時に種村に()り飛ばされたコボルトは窓の外へ落ちていく。

 暗器使(あんきつか)いの召喚者は極力魔法を使わず魔力を温存し、敵の侵入を警戒する。

 それにしても、敵は多い。

 多すぎる。

 反乱兵(はんらんへい)(ひき)いるコルグエフ将軍(しょうぐん)、ロッコール将軍、アコルーニャ将軍。

 彼らが従える兵力は総数(そうすう)二万四千。

 その半数はいまだラーユーン城に到達していないか、撤退したか、勇者星野風(ほしのふう)太郎(たろう)によって殲滅(せんめつ)したが、それでも数千の兵がラーユーン城の攻略(こうりゃく)に現在とりかかっている。

 城の天守閣(てんしゅかく)へ続く虎口(とらぐち)をこじ開けるには多聞(たもん)(やぐら)を破壊するのが一番効率的(こうりつてき)

 ゆえに城壁を登ることで個人として城門を突破できたコボルトですら自軍全体を引き入れるため天守閣へ進もうとせず、折り返して多聞櫓を守る王国兵(おうこくへい)を殺しに向かう。

「敵は魔物にあらず。国賊なり。我らは国王と民を守るため城とともに死ぬ!これより良き死所はないと知れ!」

「「「「「「「応!!!!!!」」」」」」」

 それらすべてを相手するのが召喚者五名とキルクーク将軍(しょうぐん)(ひき)いる王国兵1200名。

 彼らは櫓の各所に配置され、コボルトと現在応戦中(おうせんちゅう)

 天守閣に近づくワイバーンと、虎口でごった返す反乱兵を相手するのはそれぞれ、勇者風太郎の兄「嵐太郎(らんたろう)」と宝具「(さい)(たん)」。

 炎をまとう犬型勇者嵐太郎は宙を駆け舞い、降下してきた翼竜(ワイバーン)に噛みついては焼き落とし、(あし)の生えた中華(ちゅうか)(なべ)型宝具菜単は相手の望む幻影を見せながら敵兵の同士(どうし)()ちを見舞(みま)い続ける。

 ゴオオオ――ンッ!!

「「「「「!?」」」」」

 地獄の多聞(たもん)(やぐら)

 戦車砲(せんしゃほう)を食らったような(みみ)()りが召喚者五名を襲う。種村が櫓を揺らす衝撃(しょうげき)で吹き飛ばされたことに気づき、慌てて駆け寄る重光(しげみつ)(てる)(ぬま)。駆け寄りたくても敵の群れが(おそ)ってくるため近寄れず、大声で種村の名を(さけ)ぶしかない川戸(かわと)(くに)(もと)

 オオオオオオ……

 もはや寄せ集めでしかなくなっている反乱兵はしかし、秘密(ひみつ)兵器(へいき)を持っている。

 回天(かいてん)果実(かじつ)

 すなわちヒトを魔物化する髑髏(どくろ)(なつめ)を魔物ドレイクに与えられ、変異した元人間(もとにんげん)たち。

 それら魔物擬(まものもど)きがとうとう押し寄せ、多聞櫓ごと虎口を破壊し始める。

「な、んだよあれ」

 かろうじてまだ意識のある種村の視線の先にあるのは、砦亀(スルフォルトン)甲羅(こうら)。そしてその上を偶然、汽犀(モドラ)が駆けのぼってしまう。

 プシュゥ……

 最悪が重なる。

 多聞櫓の回廊(かいろう)道幅(みちはば)とほとんど変わらない魔物擬きが現れ、召喚者たちと対峙(たいじ)する。

 ムシュ~…・・

 鼻息荒い汽犀が頭を低くする。

 ドッ!!!

 大きな角を種村、重光、照沼たち三名に向け、走り始める。


「……的がデカすぎる」。


 ズドンッ!!

 走り始めたばかりの汽犀の体がわずかに震えて止まり、崩れ落ちる。

「「「!!!!」」」

 拷問ワイバーンから訳あって飛び降りた蓑虫人族(ヌガーン)カリオストロの硬い(かかと)落としが直撃した魔物擬きの背骨は、綺麗に半分に折れる。

「……無事か?」

 五人の召喚者の安否確認をするカリオストロ。そこへ、虫の息の汽犀が(うめ)く。

 ヒュドンッ!!

 蓑がさっと舞う。胴回(どうまわ)回転蹴(かいてんけ)りが汽犀の(つの)の根本に刺さる。

 汽犀が声にならない悲鳴を上げてついに果てる。

立派(りっぱ)亀頭(きとう)じゃのう!先っぽがテカテカしていて吾輩のイチモツといい勝負じゃ!だがイチモツにコブなんぞいれとるとは邪道(じゃどう)も邪道!けしからんぞい!!」

 カリオストロがワイバーンから飛び降りる原因となった張本人は櫓の外でギャーギャーわめいている。

 反乱兵をクッション代わりにして圧死(あっし)させて生き延びた油虫人族(クトダウン)フランチェスコは砦亀(スルフォルトン)の前に進み出てカメの首を四本の腕でアームロック。そのあまりの腕力に首を引っ込めることもできず魔物擬きの首の肉は一部が千切れ、フランチェスコの腕は(けい)(つい)脊髄(せきずい)神経に到達。

「オアアアアアアアウウウウウウ……」

 ここで手のひらを使ったデスロック。ヤシやココナッツの(から)をも(くだ)(すさ)まじい握力(あくりょく)弾力(だんりょく)のある神経繊維の(たば)も頸椎骨もまとめて千切ってしまう。

 ドスゥゥン!……

 虎口(とらぐち)(やぶ)ってすぐ、絶叫(ぜっきょう)を上げながら砦亀が一匹息(いき)()える。

「召喚者のオナゴとワッパども!生きておるかああっ!?」

 カリオストロの空からの急な登場と、聞き覚えのあるフランチェスコの遠いけれど大きな声で我に返る召喚者五名。

「もってるな、俺たち」「マジで助かったぜ」「ありがとう!来てくれて!」「死ぬかと思ったよおお!」「恩に着る。本当に」

「……国王が危ない。先に行け。ここは俺と下のアレが引き受ける」

 そう言うカリオストロは多聞櫓の先を翅先(はねさき)で指す。櫓の先は天守閣(てんしゅかく)へと続く。

 召喚者五名は強くうなずき、まだ破壊され尽くしていない櫓の回廊を走り上る。

 それを食い止めるかのように、駆け下ってくるコボルト軽装兵。

「止まるな!走れ!!」

 盾を前に構えながら走る川戸が先頭で強く叫ぶ。川戸のすぐ横を走る國本が全身の血管を浮かせ、槍の先を光らせる。

 鋭い爪と牙を剥き、雄たけびを上げるコボルト。召喚者に迫った彼の選択肢(せんたくし)は三つしかない。

 一、フロレンタイトデスマスクをつけた槍の女に飛び込む。

 二、壁のような大盾を構えて近づいてくる男に挑む。

 三、槍女と盾男の二人を避けて背後に回り込む。

 召喚者を前にしたコボルトは生来の獰猛(どうもう)さと身体的(しんたいてき)能力(のうりょく)への自信ゆえ、窓から逃げるようなこともせず、三つのいずれかの選択肢を選ぼうとする。

 ズグシュッ!

 一途(いちず)、外れ。行く末は死。

 不気味なデスマスクに、鋭くて小さな槍の穂先(ほさき)。気づけば槍の餌食になる狼人族(コボルト)。運が悪ければ鳩尾(みぞおち)(えぐ)った刃がそのまま心臓を刺し貫く悶死(もんし)。運が良ければ(ひたい)から脳髄(のうずい)を一瞬でぶち(つらぬ)かれる即死(そくし)

 二途(にず)、外れ。行く(すえ)は死。

 逃げ場のない〝走る壁〟に自分から走ってぶつかれば打撲(だぼく)脱臼(だっきゅう)骨折(こっせつ)(まぬが)れない。そして床に倒れたら最後。重い(たて)下縁(したぶち)と召喚者の大きな足裏によるフットスタンプで頭部を強制(きょうせい)破壊(はかい)される。

 三途(さんず)、当たり。

 槍女と盾男を(かわ)して後ろに回り込むことに成功するコボルトの一人。そして待ち受けるのは照沼の弓矢と重光の金属杖と種村の暗器による集団リンチ。

 すなわち三途(さんず)の川を渡れば〝当たり〟前の死。

 ザシュンッ!ドムン!ゴシャッ。ドスドスンッ!シュパンッ!

 当たり外れ関係なく死を()き散らしながら、汗だく返り血まみれの召喚者五名は(やぐら)の奥へと()き進んだ。


 その(やぐら)の奥、つまり天守閣(てんしゅかく)

(ぞく)だ!かかれぇっ!」

 国王フナフティの親衛(しんえい)隊長(たいちょう)であるケルマンジャー将軍が叫ぶ。

 天守閣のテラスからふわりと当たり前のように侵入してきた二人の賊に対して親衛隊が挑みかかる。

 小手に膝当て、そして兜で武装するコボルト親衛隊員。杖と斧、そして胸当てを装備するドワーフ親衛隊員。丸盾と長短2本の剣を備え、さらに鎧と兜で身を守る人間族親衛隊員。

 種族の分け隔てなく実力で採用され親衛隊にまで上り詰めた戦士たちがフルパワーで挑みかかる。

 しかし、それらを賊の一人は見ていない。

「なんという格好(かっこう)をしておる」

 テラスの手摺(てすり)の上に立つ王の兄タヴキは王族の衣服(いふく)夜風(よかぜ)でなびかせながら、部屋奥の実弟(じってい)を見下して嘲笑(あざわら)う。その弟は現国王(げんこくおう)フナフティ・ウルタサペル8世。

「しまらぬというか……」

「おのおの!大丈夫か!?」

 現国王はふんどし一丁で高級アルミニウムの(たらい)柄杓(ひしゃく)をもち、水を親衛隊にむかってかけ続けている。盥の中には勇者星野の兄である桃太郎が沈んでいて、回復(かいふく)(やく)である「桃仙(とうせん)」を作り続けている。そのポーションで体力と傷を回復させながら、種族の関係なく親衛隊は(ぞく)に挑み続ける。

「もはや道化(どうけ)を通りこして滑稽(こっけい)。文字通り裸の王という、何よりの証明でございましょう」

 向かってくる屈強(くっきょう)な親衛隊の攻撃をさらに素早い動きでかわしながら彼らを次々に死肉へと変えていく逆臣(ぎゃくしん)ファガマロがクスクスと笑いながら、背中越しにタヴキに答える。

 王兄(おうけい)タヴキ・ウルタサペル。

 逆臣ファガマロ・ラロマヌ。

 既に二名とも、人間(にんげん)()めている。

 魔物であるダクシャ兄弟姉妹(きょうだい)長兄(ちょうけい)ドレイクが渡した特別製の〝回天の果実〟で人間を終えている。

「浅はかな愚弟(ぐてい)を守護する憐れな(つわもの)たちよ。なぜそのような無用を働く?」

 手摺(てすり)から降りた王兄タヴキが親衛隊の血の海を歩きながら説きはじめる。

「お前たちの主人フナフティ・ウルタサペル8世の悪政(あくせい)(かえり)みよ。そのような無知蒙昧(むちもうまい)(ぼう)(くん)を守る甲斐(かい)が一体どこの道端(みちばた)に落ちているというのだ?」

「聞く耳を持つな!相手は私利(しり)私欲(しよく)に駆られた極悪(ごくあく)非道(ひどう)狂人(きょうじん)にすぎない!!」

 ケルマンジャー将軍が怒りをあらわにして怒鳴(どな)る。

「我らの王は(ひと)(さい)を信じてくださる御方(おかた)種族(しゅぞく)()身内(みうち)富貴(ふうき)ばかりに(こだわ)凡俗(ぼんぞく)にあらず!!」

 逆臣ファガマロのあまりの強さで恐怖に支配され始めていた親衛隊。

侮辱(ぶじょく)するな!!!」

 将軍の強い言葉で、彼ら親衛隊の中の何かが(はじ)ける。

「いつも!捨て身でこの国を支えてこられた我らの王を!!二度と侮辱するな!!!」

 帰りを待つ妻子や父母の姿が、脳裏(のうり)から消える。

 自分たちの皮膚や甲冑や兜やマントを後ろから桃仙で必死に()らし、染み込ませ、(きず)(いや)すことに徹している王で埋め尽くされる。

(あきれ果てた奴らよ)

 親衛隊の気配の変化に気づき、逆臣ファガマロが憐憫(れんびん)の笑みを浮かべる。

(かる)(おん)を売られたくらいで(たぶら)かされる(くず)ども。安いお前らは今後も(やく)に立ちそうにない。むしろ害悪(がいあく)だ。早々に死ね」

 そしてため息とともに、死を宣告(せんこく)する。

「上等だゴラアアアッ!!」「てめぇこそぶっ(つぶ)してやる!!!!」「死ねファガマロ!!」

「調子こいてんじゃねぇぞ!」「王を侮辱した貴様を殺すことしかもう考えられない!!」

 完全にブチ切れた親衛隊の狼人族(コボルト)鉱人族(ドワーフ)人間族(マヌシア)

「吠えるのもいいがさっさとかかって来い」

 それらと〝さらに遊ぶ〟ことで絶望を国王に見せつけることにした逆臣ファガマロ。

「水じゃ水じゃ!飲めるときに飲んでおけ皆の衆!!」

 家の火事の火消しで必死になる民のように無我夢中(むがむちゅう)回復薬(ポーション)()き続ける国王。

「……」

 (もく)するタヴキ。

(殺す)

 王兄の演説を肯定(こうてい)せず無視(むし)する王弟。

 王兄の演説を否定(ひてい)説教(せっきょう)するケルマンジャー。

(殺してやる)

 王の存在と将軍の言葉で鼓舞(こぶ)された親衛隊。

(殺さねばならぬ)

 すべてに対して純粋な嫉妬(しっと)と新鮮な怒りを覚え、(はらわた)()えくり返る王兄タヴキ。

(俺が殺して、王になる!)

 天守閣の(なか)はもはや誰も、部屋の(そと)を気にしていない。


 ズゴオオオーンッ!!!!


「「「「「「「?」」」」」」」

 それ故に闖入者(ちんにゅうしゃ)が部屋の壁をぶち壊していきなり侵入(しんにゅう)すれば、当然(とうぜん)誰しも仰天(ぎょうてん)する。

 ガキイーンッ!!

 闖入者の太い(えだ)()のような(やいば)とファガマロの(うで)がぶつかる。そしてファガマロの(そで)が刃に引っかかる。

「ちっ!」

 闖入者(ちんにゅうしゃ)は転がりながら数名の親衛隊を壁際(かべぎわ)にはじき飛ばし、逆臣ファガマロだけを巻き込んで天守閣からすぐさま落下していく。

 ズドオオー……ンッ!!


何者(なにもの)か?」

 国王の寝室(しんしつ)がある本丸(ほんまる)御殿(ごてん)の屋根を突き破って落下したファガマロは無傷(むきず)で起き上がり、闖入者に対し苛立(いらだ)ちを込めた低い声で(ただ)す。

「グェ……ァア……クア」

 闖入(ちんにゅう)する前から拷問(ごうもん)操縦によって死にかけていた翼竜(ワイバーン)はさらに弱々しい声で()く。

「死ぬかと思ったわ」

「まったくだ」

 翼竜を〝操縦(そうじゅう)〟していたベビーイーグルの二名が全身の土埃(つちぼこり)(すす)(はい)を手で(はら)う。

(なんだこの二人は?見ない顔だ。しかし……)

「やっと安全(あんぜん)地帯(ちたい)に来られたわね」

 あるいは首や腕を回して関節をほぐしながらぼやく。

「同感だ。ここなら(まくら)を高くして(ねむ)れる」

 すでに青筋を浮かべ白眼になっている逆臣ファガマロに対し、烏人族(ブルンガガ)ハーバーと尾鬼人族(エコルオーガ)グウェイが凄味(すごみ)のある眼差(まなざ)しを逆臣へ向ける。

「こんな雑魚(ざこ)みたいな敵じゃなくて、もっと強くて太いカメが(おそ)ってきたらどうしようかしら?」

 言って、凶悪な(かま)(グリップ)を両手で握りしめる烏人族。

「ザコ?敵?そんな奴がこの(とこ)()にいるのか?……もしかしてそこの、(ねこ)にたかる(のみ)みたいな腰巾着(こしぎんちゃく)のことか?」

 枝分かれした刀とは別に、腰の(さや)から二本目の刀を引き抜く尾鬼人族。

「ふふふ……亜人風情が」

 ()(けん)ナハトケルヒェと宝具七支(しちし)(とう)をもつその亜人族(あじんぞく)のただならぬ気配を察知(さっち)し、逆臣ファガマロは〝最初から〟殺しに行くと決めた。


「ファガマロめ……最初から最後まで使えぬ奴よ」

 一方の天守閣(てんしゅかく)

 取り残される形となった王兄タヴキが、突き崩れた天守閣の壁の方を見ながら軽く(なげ)く。

 そのとき、

 ドンドンドンドン!

「俺たちだ!川戸と重光、照沼、國本、種村の五人だ!敵は今いない!ここを開けてくれ!!」

 玉座(ぎょくざ)()鉄扉(てっぴ)を激しく(たた)く召喚者川戸の声が響く。

「生きのびておったか!!ケガをしているかもしれん!はよう開けてやれ!!」「はい!」

 ダムンッ!

 国王フナフティの指示で重い扉が開かれる。

「おぬしらケガはないか!?」

「あっ、いえ……まだ戦えます!」「えっと、大丈夫(だいじょうぶ)じゃないけど大丈夫です!」「はいあの、なんとか生きてます!」「右に同じです」「はぁ……当分櫓(やぐら)は走りたくねぇっす」

 国王の第一声に驚きつつ返事をする五名。

虎口(とらぐち)はどうなった!?」

 しかし王兄タヴキを(にら)んだままのケルマンジャー将軍の言葉で我に返る。

「あの冒険者ベビーイーグルの二人が抑えてくれています!だから助けに来ました!!」

 天守閣の間に飛び込んだ(かえ)()まみれの召喚者五名。

「本当にすまぬ!かたじけない!!」

 涙目(なみだめ)の国王フナフティは叫びながら柄杓(ひしゃく)の水を五人に馬鹿みたいに浴びせる。返り血が流れ落ちる。体から湯気(ゆげ)を上げている五名の減りに減った体力ゲージがみるみる回復していく。

「逆賊タヴキ!悪事の片棒(かたぼう)(かつ)ぐファガマロは消え去った。今すぐ降伏(こうふく)せよ!!」

 ケルマンジャー将軍がとうとう〝それ〟を(さけ)ぶ。

逆賊(ぎゃくぞく)降伏(こうふく)?」

 鉄扉が叩かれ、開かれ、召喚者が突入して彼らが回復するまでの、弟のふるまい。

(ぶん)をわきまえぬ小娘(こむすめ)(だま)れ」

 そして王族でもない者に貼られた「逆賊」のレッテルと、突きつけられた「降伏」の命令。

分不相応(ぶんふそうおう)のお前こそ黙れ!!!」

 王族を相手に一歩も退かないケルマンジャーを、胸を打たれたかのように見つめる親衛隊。

「うふふ……」

(こいつらは一人残らず必ず殺す)

 王兄タヴキの堪忍(かんにん)(ぶくろ)の緒が完全に切れる。

「国王の命を脅かした罪!万死(ばんし)(あたい)する!!」

 ケルマンジャー将軍の(さば)きに呼応(こおう)するように親衛隊たちが表情を引き締め、武器を握り直し、構えなおす。顔や皮膚に滴る桃仙をなめて少しでも体力を(おぎな)う。

加勢(かせい)します!」「やります!」「そのためにダッシュで来たんだし!」「あのステータスとパラメーター、なんか嫌な感じはするけどな」「大丈夫。〝赤川岳(アイツ)〟よりは絶対マシだから」

「みな、かたじけない!」

 将軍と国王にことわり、召喚者五名も急ぎスタンバイを終える。

「弟よ」

 ドスを()かせた声が室内をこだまする。

「へ?」

「何か申せ」

 兄は、弟だけを見て言う。

「え?」

「俺は寛大(かんだい)だ。虫けらが何をほざこうと、あるいは聞き流そう。だがお前だけは別だ。なぜならお前は俺の弟。母は知らぬが、少なくとも俺と同じ父の血が流れておる。そのお前が何を考えているか、俺に申せ」

「……兄上(あにうえ)

「何だ?」

(たの)(もう)す。……退()いてはくださらぬか」

「それを望まぬ者が大勢いるとまだ分からぬか?」

「兄弟で争いたくはございませぬ」

「すべてはもう遅い。手遅れじゃ」

「そうでございますか」

 表情をうっそりさせた国王は柄杓の水をそっと口に含む。ゴクリと喉を鳴らす。

 飲み終えた国王フナフティが刮目(かつもく)する。

「全軍に命ずる!忠臣(ちゅうしん)ナイラガ・ヴィテレヴを殺したその逆徒(ぎゃくと)(ちゅう)せよ!!」

 ケルマンジャー将軍以上の大声が玉座の間に鳴り響く。

「ふふ。よくぞ申した」

 兄は口辺(こうへん)に笑みを(ただよ)わせる。

 本丸(ほんまる)御殿(ごてん)に落ちた逆臣ファガマロと理由は(たが)えど、天守閣(てんしゅかく)にいる王兄タヴキもまた、〝最初から〟標的(ホシ)を殺しに行くことにした。


(なんだ?コボルトとドワーフの様子がおかしい)

 王都マスバテ北郊外(きたこうがい)

 王都の東郊外(ひがしこうがい)で暴れ回り敵一個(いっこ)師団(しだん)(かい)(めつ)させた勇者(ゆうしゃ)星野風(ほしのふう)太郎(たろう)は指二本を失った状態で現在、北郊外に向かっていた。

 北と南からの援軍(えんぐん)がもうじき到着する――。

 当初から予想していた包囲(ほうい)作戦(さくせん)の概要を反乱兵の幹部から聞きだした星野は南と北どちらの守備に回るか悩んだ末、北に回った。

(南の方が確かに集まりやすい。しかし南はあれだけの〝厄災(やくさい)〟にこのタイミングで見舞われた。恐慌(きょうこう)物資(ぶっし)の焼失。いずれにせよ南で軍を集結させるのには時間がかかる。北からの援軍はその点不利かどうかは不明確。予定通り集まる可能性が高い。だから最優先で潰す)

 失った指を見ながら星野はそう考えた。

 星野のいう厄災(やくさい)

 魔物であるダクシャ兄弟姉妹(きょうだい)の一人ロロノアのなれの果て。

 製錬(せいれん)都市(とし)マリタ一つをとり込んで(つく)り上げた電磁力(でんじりょく)加速(かそく)(じゅう)レールガンによって、アーサーベル王国全体が物理的(ぶつりてき)かつ精神的(せいしんてき)衝撃(しょうげき)を受けた。

 集まろうとしていた反乱兵(はんらんへい)()延遅滞(えんちたい)そして離散(りさん)は事実として発生していた。

 しかしロロノアはグレムリンによって破壊され、電源装置となって都市マリタで(しず)まった。

 そして事態(じたい)をいち早く収拾した稀代の名将軍ズムウォルトによって、南からの反乱支援軍は星野の予想に反して早めに到着してしまった。マリタから飛んできた冒険者ベビーイーグル四名が当初戦っていたのはその反乱軍。

 その反乱軍の様子が、おかしい。

(南で何が起きている?)

 星野は血のつながる嵐太郎(らんたろう)と星野の宝具(ほうぐ)である菜単(さいたん)にとりあえず連絡を試みる。

 〈人間ダケ焼イテル〉

 天守閣に向かう道上(どうじょう)を走る武装した反乱兵。その人間族〝だけ〟を焼いているという嵐太郎。

 〈虎口(とらぐち)で、人間ダケ倒シテイマス〉

 城壁(じょうへき)をコボルトから守る任務をやめ、人間族(マヌシア)の反乱兵〝だけ〟が流れ込む城の出入り口で戦っている菜単。

 〈人間だけ?コボルトやドワーフはどうしたんだおい?〉

 〈モウココニハイナイ〉

 〈なんでだよ?〉

 〈彼ラ、人間ヲ、殺シテイマス〉

 〈は?〉

 星野の耳はそのとき、二つの共通する音を(ひろ)う。

 ハンマーの(ヘッド)どうしを打ち合わせる高い金属音(きんぞくおん)。そしてもう一つはオオカミのような長い遠吠(とおぼ)え。

 〈別の反乱が発生した?〉

 (かん)のいい勇者星野がある仮説(かせつ)を立てる。

 〈二種(にしゅ)家畜(かちく)ガ家畜ヲヤメテ、()(ぬし)ヲ食ッテル〉

 火災が(あぶ)り照らす夜宙(よぞら)を舞うフレイムドッグは弟の仮説を暗示的(あんじてき)肯定(こうてい)する。

「……」

 〈なあ。そっちは何とかなりそうか?〉

 〈カマ(がらす)尻尾(しっぽ)(おに)ガ戻ッタ〉

 〈油虫(あぶらむし)(みの)(むし)、強クテ(くさ)デス〉

「へへ。頼りになる冒険者が戻ったか……そいつはまじで良かった」

(そしてあいつは……大丈夫だよな?)

 デカいリュックを背負(せお)鞭使(むちつか)いの召喚者(しょうかんしゃ)(まゆずみ)明日香(あすか)の姿が脳裏(のうり)に浮かぶ星野。

「ま、ガキンチョの心配している(ひま)なんて、今の俺にはないわな」

 指の傷口を焼灼(しょうしゃく)している星野風(ほしのふう)太郎(たろう)の前に、兵の集団がゾロゾロと向かってくる。


 チャンチャラー・ストーディア:Lv7(人間族(マヌシア)

 生命力:777/777 魔力:7/7

 攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7

 魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性

 特殊スキル:七大罪(ダンテ)


 サパンローイ・ジョアンナ:Lv7(鉱人族(ドワーフ)

 生命力:777/777 魔力:7/7

 攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7

 魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性

 特殊スキル:七大罪(ダンテ)


 シィーエーク・セッティモ:Lv7(狼人族(コボルト)

 生命力:777/777 魔力:7/7

 攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7

 魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性

 特殊スキル:七大罪(ダンテ)


 コンファーク・ショーペロ:Lv7(狼人族)

 生命力:777/777 魔力:7/7

 攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7

 魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性

 特殊スキル:七大罪(ダンテ)


 ワッタルン・ウッシャーモ:Lv7(鉱人族)

 生命力:777/777 魔力:7/7

 攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7

 魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性

 特殊スキル:七大罪(ダンテ)


一個(いっこ)大隊(だいたい)ってところか。にしてもふざけたステータスパラメータじゃねぇか)

 言いながら手ぶらの星野は(ふところ)から煙草(たばこ)を取り出す。指の切断面だけでなくこちらにも火を()ける。

「スー、フゥー」

 煙草を(くわ)えたまま(けむり)をゆるゆると鼻から吐く。吐きながら、近づいてくる兵の異様さを(うかが)う。

(ワンコロがこれだけ鳴いても反応なし。小人がこれだけカンカンやっても動じねぇ。(から)威張(いば)りが得意のヒトサマも臆病風(おくびょうかぜ)に吹かれる様子が全然(ぜんぜん)ねぇ。……つまりこりゃあ)

 既に星野の両手には、転移(ワープ)させた中華包丁型の魔剣二本が握られている。

(ヒト相手じゃねぇなぁ)

 チリチリチリ……

 (ひざ)(かが)(こし)(しず)め、煙を深く長く吸った星野の煙草が一気に赤くなり短くなる。

燻香排骨(シュウシャンパイコウ)

 短い詠唱のあと、星野の両腕と魔剣が(うな)りをあげて一瞬、消える。

 ドムンッ!!!!!!!!!!!!!!

 星野から白い煙が一つの波紋のように、広がる。

 三日月(みかづき)(かたど)ったような(ごく)(うす)(けむり)は最初の轟音(ごうおん)のあと、音一つ立てず大地を(すべ)るように移動しながら広がり、大隊を構成する敵兵士の首をサラリと()でて通り過ぎる。

 ドサドサドサドサドサドサドサドサ……

 人間族。狼人族。鉱人族。甲冑(かっちゅう)(かぶと)の間のわずかに露出(ろしゅつ)した皮膚から血が(にじ)み、()たれた首から下の肉と骨は歩く兵士を取り残し、頭部だけを落下させる。

 ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ……

「はぁ……へへ」

 首がなくなっても止まらず歩き続ける兵士たちを見て、鼻の頭をポリポリ()きながら苦笑する星野。

(中隊1個分くらいは()ねたが、ヒトデナシには通じねぇよな)

 ブシュウウ……

 前進を止めない首なし兵士の首切断面から血が噴き出る。

 グパッ。

「ヤクザ軍隊(ぐんたい)のくせに大層(たいそう)路銀(ろぎん)をもってんじゃねぇか」

 兵の首先から生えた金属(きんぞく)は、星野の背後で炎上する首都マスバテの大火(たいか)(うつ)して(にぶ)(かがや)いている。


 チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨(ヘッドテイル)

 生命力:7/7 魔力:777/777

 攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777

 魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性

 特殊スキル:英雄崇拝(ヴィットーリオ)


 チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨(ヘッドテイル)

 生命力:7/7 魔力:777/777

 攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777

 魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性

 特殊スキル:英雄崇拝(ヴィットーリオ)


 チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨(ヘッドテイル)

 生命力:7/7 魔力:777/777

 攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777

 魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性

 特殊スキル:英雄崇拝(ヴィットーリオ)


 チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨(ヘッドテイル)

 生命力:7/7 魔力:777/777

 攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777

 魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性

 特殊スキル:英雄崇拝(ヴィットーリオ)


 チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨(ヘッドテイル)

 生命力:7/7 魔力:777/777

 攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777

 魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性

 特殊スキル:英雄崇拝(ヴィットーリオ)


「人間辞めて名前がそろったか。英雄(えいゆう)崇拝(すうはい)?英雄ってのは一体だれのこった?」

 再び技を放つ準備をしながら、星野は巨大な金貨(きんか)を首から生やした兵士たちのステータスパラメータから読み取れる情報を探せるだけ探す。

「?」

 一人の兵のコイン面にある肖像画(しょうぞうが)老人(ろうじん)が口元をゆがめたことに、星野が気づく。

 ブシャッ!!!

 老人の口がぐわんと開き、そこから液が鋭く星野に向けて発射される。

(のど)(たん)でも(から)んだかジイさん?()くならてめぇの足下(あしもと)に吐けよ!」

 星野が()けた(きょう)塩基性(えんきせい)の体液はそのまま大地に着弾(ちゃくだん)し、()激臭(げきしゅう)を上げながら地面をすぐに溶かす。

 シュルシュルルルル……

 金貨の肖像画老人の開いた目から伸びる、黄金の触手たち。

「金貨の魔物……こりゃ完全なノーマークだったな」

 星野が魔剣「(こく)旋風(せんぷう)」を手に、漆黒(しっこく)原野(げんや)疾走(しっそう)する。

 アーサーベル王国北部(ほくぶ)から出現した千人(せんにん)の〝反乱兵擬(はんらんへいもど)き〟。

 王国を転覆(てんぷく)させようとするクーデター事件において、ついに黒幕(ダクシャ)が出してきた()(ふだ)

(やるしかねぇ!)

 危機(きき)(ひん)する王国の中、敵の切り札を相手に出来る唯一(ゆいいつ)の人物は今、自らの責務(せきむ)を全うするべく〝(かね)亡者(もうじゃ)〟に(やいば)を当て始めた。

nummus

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ