第三部 魚身求神篇 その十三
川戸「なぁ國本」
國本「何?」
川戸「前から聞きたかったんだが、お前はどうして面具を着けようと思ったんだ?」
種村「そう言えば気になってた。敵を威圧するってのは分かるけどよ、そんなん着けてて息苦しくねぇのか?」
重光「私、萌ちゃんみたいに着けようとしたことあったけど、メングって重いし首、動かしづらくてあきらめたよ」
照沼「耳とか紐でこすれて痛くならないの?」
國本「これはその……〝守られていた〟ことを思い出すためにつけてる」
四人「守られて、いた?」「ほえ?」「顔を守るためでしょ?当然じゃん」「守られていたって、なんで過去形なんだ?」
國本「……ちょっと、昔話してもいい?」
川戸「國本の?珍しいなぁ」
重光「萌ちゃんの昔話ーっ!?超気になるんだけどぉ!」
照沼「萌ちゃんなかなか自分のこと話さないから聞かせて聞かせて!」
種村「これからアーサーベルの王様守ってみんな死ぬかもしれねぇって時だ。死亡フラグみてぇで悪くねぇ」
國本「死亡フラグ?……ふふ。そうかも」
四人「「「「?」」」」
國本「みんなはナガツマソラって覚えてる?」
四人「「「「!」」」」
國本「この異世界に召喚されて、アルビジョワ迷宮で仲間を救うために人柱になって死んだ、同級生」
三人「ああ……」「う、うん」「覚えてるよ、もちろん」
種村「竹越んとこの奴だろ。ウチの馬鹿リーダーがマシに思えるくらい胸糞悪い話だった」
國本「私はアイツと少しだけ、縁があるんだ」
四人「「「「え?」」」」
國本「何?」
四人「國本は永津と付き合っていたのか?」「萌ちゃんがあの永津君と!?」「嘘でしょ萌ちゃん!」「意外過ぎて信じらんねぇ」
國本「誰が付き合っているなんて言った?ただ縁があるって言っただけ。恋仲なんかじゃない」
四人「そうか」「なんだ、つまんないの」「恋仲じゃなくてそれ以上とか?ムフフ……」「照沼、あんまり國本を茶化すと石突きで殴られっぞ」
國本「……とはいえ、アイツには死ぬほど世話になった」
四人「「「「……」」」」
國本「高校一年生の夏休みだ。私の家族はみな登山が好きで、夏の赤川岳に家族四人でチャレンジした」
種村「チャレンジ?その言い方からすっと、赤川岳っていうのは結構すげぇ山なのか?」
國本「知らない?ギネスブックにも記録されてるけど?」
三人「何の世界記録だ?」「そうそう何の記録?」「高さだったら富士山が日本一だよね?」
國本「死者数」
四人「「「「!?」」」」
國本「地形が複雑で急斜面が連続する危険山岳地帯。それが赤川岳。赤川岳は限られた範囲内での遭難や滑落、落雷、突風、雪崩による死者が世界一。何もかもが尋常じゃない場所。ちなみに行方不明者は毎年二桁を出している。滑落して大量の熊笹が生い茂る藪に入ってしまったら最期。地元民でも発見できない魔の山」
四人「「「「……」」」」
國本「兄は山岳サークルに所属する大学四年生で、父も母も登山のためにジムで体を鍛えるくらいの健脚。残る問題は私だけど、そこそこ運動もできるし、親と連れ回されたおかげで登山には慣れている。そして高校生になった。だから挑戦しようって話になって、高一の夏にその赤川岳に家族みんなでトライしたの」
四人「「「「……」」」」
國本「痩せ尾根……両側がすっぱり切れ落ちたような山の尾根を歩いている時だった。一歩でも踏み外せば死ぬっていうような状況で、突然霧が発生した」
四人「「「「……」」」」
國本「あっという間に前も後ろも見えない状況になって、私は怖くて身動きが取れなくなる。両親が何か叫んでいる。お兄ちゃんも叫んでいる。でも何を言っているのか、恐くて耳が遠くなっていって、私はうまく聞き取れない」
四人「「「「……」」」」
國本「私は家族の中で、最後尾を歩いている。他に登山客はいた。けれどだいぶ遠くにいた。なのに……」
重光「萌ちゃん?」
國本「霧の中で、私の背負っているザックが思い切り後ろに引っ張られた。今思えばそう感じただけなのかもしれない。でもその時は確かに引っ張られたように感じた。ナガツマソラに話したら「あそこは〝そういうこと〟もあるね」とクスクス笑っていたが」
川戸「永津に話したのか?」
國本「ああ。赤川岳で、二人きりの時に」
四人「「「「どゆこと?」」」」
國本「順を追って話すから。えっと……霧の中でザックを掴まれたと思って振り返った時には、私の天地はひっくりかえっていた。私は痩せ尾根から転落した」
四人「「「「えっ!?」」」」
國本「何度も何度も転がり、何度も何度も止まろうとした。けれど山で滑落して自力で止まるのは無理。特に赤川岳の斜面は急峻すぎて無理。鼻と口の中に変な臭いと味がして、頭の中が真っ白になったまま、私は転がりまくって、気を失った……と思う」
四人「「「「……」」」」
國本「しばらくして目を覚ました時、私の視界には黒いナイフのような何かがたくさんあった。分かるかもしれないけど、全部熊笹。つまり私は痩せ尾根から滑落して、絶対に見つけてもらえない最悪の場所に倒れていたってこと」
四人「「「「……」」」」
國本「顔が濡れ始める。藪の隙間から見えるわずかな空の色が急変する。天気が崩れて、雨が降り始めた」
四人「「「「……」」」」
國本「でもその時は雨に濡れたらまずいとか冷たいとか思う余裕なんてなかった。全身が痛すぎて、呼吸するのがやっとだったから」
四人「「「「……」」」」
國本「声が出せない。そのままで、雨がやんで、夜になる。全身の痛みのうち、特に腕の痛みがひどいことが分かる。立てなくて、声が出せなくて、寒くて、自分の今いる場所がどういう場所かも受け入れられて、真夜中、やっと涙が出た」
四人「「「「……」」」」
國本「自分も行方不明者になる。山から帰れず、このままここで、死ぬんだと思った。死んだあとに熊笹になってここでずっと藪の一部をやるんだと本気で思った」
四人「「「「……」」」」
國本「夜を二回見た。だからたぶん二日経った。雨水がなくなったせいで喉が渇いて頭がぼんやりしていたところで、藪の一部が激しく揺れる音がした」
四人「「「「……」」」」
國本「強風の時の揺れ方とは違って、一か所だけ大きく振動して、動く音。よく知っている、動物が藪漕ぎした時の揺れ方の音。クマだろうなってその時は思った。ヒトが弁当とかお菓子を持っていることを学んだクマが、ヒトを恐れず、ヒトのニオイを嗅ぎつけて逆に追ってくる。下手するとヒトの味を覚えた人食いクマかもしれない。食べられるんだ私。熊笹にならないんだ。体のどこから食べられるんだろう。頭、かじられるのかな。首を噛まれて、苦しくて死ぬのかも。その時はただそう思った」
四人「「「「……」」」」
國本「でもぜんぶ違った」
四人「「「「?」」」」
國本「現れたそいつは、赤いつば付き帽子に黄色のレインウェアを着た人間だった」
四人「「「「!」」」」
國本「そいつは私を見つけると、何も言わずにへこんだ水筒を取り出して、私に水を飲ませてくれた。ようやく事態が呑み込めて驚いている私に、そいつはこう言った。「登山道から400メートルも滑落して生きてるなんて、カモシカ並みにしぶといね。國本」」
川戸「ちょっと待て。まさか、その人間っていうのは」
種村「マジかよ……ありえねぇ」
重光「なんで……どうして……」
照沼「え?誰?みんな誰かわかるの!?」
國本「現れたのはなんと、同じ学校に通う同級生。ナガツマソラ。「見た感じ、腕が折れてるね」と私にいいながら、アイツは無線機を取り出す。ひしゃげて壊れた無線機。「やっぱりだめか」とアイツはため息をつき、無線機をしまい、私を山岳救助用の背負いバンドに括り付け、私を背負った」
四人「「「「……」」」」
國本「腕の激痛に耐えながら私はアイツの背中で、不思議な光景を見た。藪漕ぎをした、尾根へと続く一本の道。アイツの腰にさした剣鉈で切り落とされた、一本だけの道。それはどこまでもまっすぐだった」
四人「「「「……」」」」
國本「まるで私がここにいることを最初から分かっていて、その場所にただ突き進んできたようにしか、思えなかった」
四人「「「「……」」」」
國本「身体が揺れるたびに走る激痛のおかげで、私はまだ生きていて、現実の中にいるんだと分かった。私のウェストベルトを締めあげたナガツマソラは「〝さっき〟のよりは軽くてよかった」とぼやきながら、なぜ赤川岳にアイツがいるのかを話してくれた」
四人「「「「……」」」」
國本「バイトだって」
四人「「「「は?」」」」
國本「その夏、山小屋のアルバイトをナガツマソラはしていたらしい。理由はアイツの父親が急病で倒れて寝た切りになったからと言ってた。妹のほら、アイツの双子で同級生だった永津朱莉。彼女の専門学校の学費を貯めるために、八月いっぱいは赤川岳の紫水晶小屋で働いていたそうだ」
川戸「親が倒れて妹の学費稼ぎとか、どんだけ偉いんだアイツ」
重光「けなげ~っていうかそう言えば永津君って、たしか勉強もすごくなかった?」
照沼「学年1位だよ。模試とかも全国で1ケタに入ってた。うちのクラスの室野井がいつも試験で負けてキェーッて悔しがってたからそれ超覚えてる。あっ!今気づいたんだけど室野井ってうちらのアホリーダー山野井と苗字似てない!?」
種村「ナガツマソラ本人は指定校推薦の特待生とかで無償で有名大学いけるレベルなのに、あのパリピみてぇな双子のアッパラパーのために苦労してやがったのか。ツいてねぇ奴だな、ほんと」
國本「そう。そのツいてないナガツマソラによって、私は救助された。自衛隊の最新鋭ドローン、山岳警備隊最強のツール県警察ヘリ、そして土地勘のある地元のベテラン猟師ですら捜索を断念する赤川岳の笹薮平面で」
四人「「「「……」」」」
重光「でも、どうして萌ちゃんの場所が分かったの?」
國本「それを聞こうと思っていたが、結局聞く機会はなかった。紫水晶小屋の定時連絡無線交信とは別に緊急で遭難者の連絡があったから救助に向かった。それ以外詳しいことは何もアイツは話さなかった。まぁ、今となってはどうでもいいことだけど」
四人「「「「?」」」」
國本「まっすぐな一本の道を昇っていると、また冷たい雨が降り始めた。しかも風も強い。嵐かもしれないほどの雨と風。「これはまずいね」というナガツマソラ。雷までなり始めて、私を背負ったナガツマソラは来た道を引き返し、やがて森に入った」
四人「「「「……」」」」
國本「森の中をしばらくキョロキョロしていたナガツマソラは、また黙々と歩き始める。歩き始めるとアイツは一切迷いがない。私という重い荷物を背負って息こそ乱しているが、進む方向にはまったく迷いがない。……気づけば私は降ろされ、熊穴の中に押し込められていた」
川戸「クマアナ?」
國本「冬ごもりをしたクマの巣穴。それが熊穴。その熊穴は小さな窪みの上に平たい大岩をかぶせたような形をしていた。ナガツマソラは私を背負いベルトから外し、熊穴に押し込んだあと、自分が蓋になるようにして、熊穴に入った。私は横たわり、アイツの背中と、地面に突き刺した脂と血がわずかについた剣鉈を見ながら、同級生の山小屋バイトの詳しい話を教えてもらった。「日給が1万1000円も出るんだ。これよりいい条件だとママ活か治験バイトか闇バイトしかないね」とアイツは山小屋バイトを自慢していた」
川戸「アイツが喋ってる姿が浮かんでくる」
重光「分かる。なんかいかにも言いそう。にしても日給1万超のバイトってなかなかないよね」
照沼「ねぇねぇ、ママ活って何?チケン?電車の遅延のこと?」
種村「どっちもお前の知らなくていい世界の話だ。それにただ並べて言っただけだろ……たぶん」
國本「さあ?……とにかく、それだけの日給で、遭難者捜索中に藪に潜んでいたツキノワグマに襲われ、ヘッドライトと無線機を壊され、そして捜索不可能といわれる場所に倒れていた私を見つけ出して救ってくれた……だから私は自分の価値がいくらか聞かれたら、はっきり答えられる。1万1000円以下だよって」
四人「ツキノワグマって、クマ!?」「永津君、クマと戦ってたの!?」「ねぇそれはさすがに嘘でしょ?」「ありえねぇ。アイツ、どんだけタフなんだよ」
國本「地元では有名らしくて、昔から赤川岳には〝絶対に殺せないクマ〟がいるとか。「たぶん熊笹に隠れて移動しているからだと思うよ。それと、胸に白い毛がない「ミナグロ」だったから、猟師はタタリを恐れて殺さないし、見ても言わないんじゃないかな」……まるで近くで見てきたように言うアイツのレインウェアはよく見ると、濡れたクマの毛がいたるところにへばりついていた」
四人「「「「……こわ」」」」
國本「雷はまもなくやんだ。でも雨と風は全然収まらない。それどころかどんどん強くなる。その雨と風から私を守るために、私に背中を向けて座っている人間がいる。それがナガツマソラ。私は異世界に来ても元の世界にいても神なんて信じていない。でもあの時だけは、アイツがそう、思えた」
四人「「「「……」」」」
國本「神様は剣鉈と一緒に熊穴からいなくなったと思ったら、私の骨折部位に当てる添木を持って戻ってきて、腕の骨を固定してくれて、話しながら時々こっちを覗き込んで、水筒の中の薄い麦茶を分けてくれたり、ポーチから取り出したキャラメルとピーナッツ入りのチョコレートバーを鉈で細かく切って食べやすい大きさにして、私に食べさせてくれた。私が疲れて眠りそうになると、折れた方の腕をポンポンと叩く。私に「痛い!」と叫ばせて、「ここでぐっすり眠ったら死ぬよ?」とずぶ濡れで微笑み、眠らないようにするため、私に話をさせた……今思えば本当に、神様みたいだった」
四人「「「「……」」」」
國本「雨の音も風の音も凄すぎて段々(だんだん)気にならなくなったころだ。……聞こえたんだ」
四人「「「「?」」」」
國本「モエ。……私の名前を呼ぶ声が、穴の外から聞こえた」
四人「「「「?」」」」
國本「私は、折れていない方の腕でナガツマソラの背中を強く叩いた。その間も私の名前を呼ぶ声が嵐の中から聞こえ続ける」
四人「「「「……」」」」
國本「違うよ」
四人「「「「?」」」」
國本「ナガツマソラは言った。「〝これ〟は違う。〝これ〟は助けに来た声じゃない」。アイツは確かに熊穴の入口に座ったまま俯いて、私にはっきりそう言った」
四人「「「「……」」」」
國本「でも確かに聞こえる、私の名を呼ぶ声。そして私の目の前にいるナガツマソラもその声が聞こえている。だから、だけど、なのに……私は発狂しそうになって叫んだ。叫びながら、上体を起こした」
四人「「「「……」」」」
國本「出たらダメだよ。行ったらダメだよ……そう穏やかに忠告するナガツマソラの声を私は叫びながら否定し、アイツの手を振り払い、熊穴を飛び出した」
四人「「「「……」」」」
國本「嵐の中、私は這って、そのうちにまた歩けることに気づいて、足を引きずりながらとにかく歩いた。全身の熱がどんどん引いていって、でも私を呼ぶ声だけは大きくなる。間違いない。私を助けに来た両親とお兄ちゃんの声……」
四人「「「「……」」」」
國本「声は大きくなるのに、いっこうに姿は見えない。しかも足下は滑る岩肌とぬかるんだ腐植土で最悪。私はとうとう石にけつまずいて転んだ。でも石はなんか柔らかかった」
四人「「「「?」」」」
國本「石だと思ったらそれは石じゃなかった。朽木にしては全体がカラフルで、ところどころヒラヒラしている」
四人「「「「……」」」」
國本「私を呼ぶ声が聞こえなくなった時、私は自分を転ばせたモノが人間の死体だと分かった」
四人「「「「!」」」」
國本「声が止んで、雨と風の音が蘇って、死体を見つめて、体中が急にカッと熱くなった。訳なんて何も分からない。きっと死ぬ直前の本能で心が燃えたのかもしれない。分からない。分かったのは……」
四人「「「「……」」」」
國本「ほらね」
四人「「「「?」」」」
國本「背負いバンドと剣鉈を持ったナガツマソラがいつの間にか私の近くに立っていて、そう言った」
四人「「「「……」」」」
國本「だから言ったでしょ。〝さっき〟のは、お前を助けに来た声じゃない」
四人「「「「…………」」」」
國本「ナガツマソラの言葉も、目のまえの死体も、いまだにはっきりと覚えている。鮮やかな冬用のハードシェルはジャケットもズボンもボロボロ。ありえない方向に全部曲がっている手足。それでも紫色の手で握りしめたザックのハーネスの切れ端。顔の上半分はない。滑落した時の衝撃で頭部が破損したんだと思う。……でも顎はあった。顔に口は残っていた」
四人「「「「?」」」」
國本「アイツが死体の近くにあったザックから財布を見つけて免許証だけ取り出し、死体の名前をつぶやくと、雨と風が急に弱まったような気がした。私の体は熱をすぐ失って、ただもう凍るように冷たかった」
四人「「「「……」」」」
國本「あとは闇夜の中、濡れる背負いバンドを再び地に広げて、そこに跨せるように私を座らせながら、アイツは耳元で私に教えてくれた」
四人「「「「……」」」」
國本「見ての通りザックを掴まれたし、まだ残る口で名前まで呼んでもらえた。これで分かったでしょ?」
四人「「「「……」」」」
國本「この山は、お前を守ろうとしていない」。
四人「「「「…………」」」」
國本「アイツの言動はどこまでが正気で、どこからが狂気なのか分からない。それはまるで闇の森」
四人「「「「……」」」」
國本「濃霧。滑落。落石。土砂崩れ。鉄砲水。雪渓下敷き。落雷。火山ガス。突風。凍死。熱中症。増水。疲労。孤独。遭難。発病。埋雪。表層雪崩。動物。植物。菌類。ありったけの死が容赦なく襲いかかる闇の森。そして襲われたら〝守ってもらう〟以外に生き延びられない闇の森」
四人「守って……」「もらう……」「闇の……」「森……」
國本「私は相手を脅せると思って面具をつけてるんじゃない。あの時の守られた体験を思い出したいから装備する。霧の中で〝何か〟にザックをつかまれ滑落して遭難死するはずだったのに守られ、それでも〝何か〟に呼ばれて凍死するはずだったのに守られて思い知った恐怖。〝あれ〟に比べれば、何も怖くないから……昔話、長すぎてゴメン」
四人「いや」「なんていうか、うん」「そう、だったんだ……」「へへっ、道理で面具が似合うわけだ」
國本「でしょ?これはナガツマソラが迷宮で死んだと知らされ、所持金全てを叩いて特注した潰頭石面具『アカガワ』。山に守られなかった私には、似合うに決まってる」
川戸「でもナガツマソラに守られてお前は生きてる……それほどの奴なら案外、まだ生きてるかもな」
重光「私もなんだかそう思う!異世界に来る前からクマ倒しちゃうくらい強いんだもん!」
照沼「こんな超ゾッとする話聞かされたら、確かに生きてるかもーって私も思った」
種村「守る必要もねぇくらい強ぇ國本を〝守る神様〟なら、しぶとく生き残っててもおかしかねぇな。アイツ、頭もキレるようだし」
國本「正直なところ……私はアイツをどう思って、アイツにどう願っていいのか、わからない」
四人「「「「?」」」」
國本「アイツは私達のパーティーの明日香みたいに、傍にいてくれるだけで心強くなるとか、そういうランタンの灯火みたいな存在じゃないと思う。そもそもアイツは素の私が踏み込める領域にいない」
四人「「「「……」」」」
國本「ナガツマソラについてせいぜい分かることといえば……恵みの森のように死ぬほど優しくて、夜の闇のように死ぬほど恐いということ。守られなければ死ぬしかない〝こっち側〟にはいないこと……このデスマスクを着けると、だから」
シュ……キュ。カチャ。
國本「明日香がいなくても、魔物や敵に囲まれても、落ち着いていられる。……守る〝あっち側〟に踏み込めた気がするから」。
13.黄金狂時代「死守」(前編)
「それにしても、ずいぶんと派手にやらかしとるのう」
「……城下町、燃えてる」
アーサーベル王国首都にして王都マスバテ。
製錬都市マリタから北へおよそ80キロの地点。
「助けに行きたいのはやまやまだけど、これじゃあねぇ」
「松明の数からして、一万は確実にいるな」
現国王フナフティ・ウルタサペルのの兄タヴキ・ウルタサペルを擁した逆臣ファガマロが武装蜂起した学術都市ネグロスから北へ約30キロの地点。
「それでどうするのじゃ?」
「……皆殺しにするのか?」
王都マスバテは既にファガマロが集めた王国反乱兵がなだれ込んでいる。城下町は壊滅状態に陥り、国王のいるラーユーン城も徐々(じょじょ)に敵兵によって侵食されている。
「そんなの無理よ。ね?小隊長」
「隊長?俺でいいのか?」
空を大量の翼蜥蜴が舞う。城下町の壁をブルドーザーのように壊し続ける砦亀。家屋も人も装甲車のように突撃し破壊して進む汽犀。
「いいわよ。隊長は一人。指揮官は常に一人。戦において大事なのは衆知じゃなくて統一」
「分かった。なら機動の原則通り、急ぐとするか」
これだけの妖兵を用意したのは、人魔問わず、心を惑わす幻術に長けた暗殺一族ダクシャの長兄ドレイク・ダクシャ。
しかしもう彼はこの戦場にいない。
最強の魔女黛明日香の相手を買って出て、拷問され、訳の分からぬ第三者グレムリンによって改造され、エレクトロリッチーとなり、製錬都市マリタの墓標となった弟ロロノアを見届けるために、王都を離れたから。
「のう。元軍人の二人よ。それでどうすればよいのじゃ?」
「……コボルトがこっちに走ってくる」
そして訳の分からぬ第三者グレムリンは魔女黛すら犯して壊し、けれど黛は禁忌の歌によってグレムリンを壊し返してとりこみ、もう誰の手にも終えぬ怪物になった。
「見た感じ、前衛部隊は軽装コボルトの8個中隊。左右翼がそれぞれコボルト大隊1個って感じね」
「ああ。横陣に展開するそのコボルトのうち3個中隊がこちらに気づいて駆けてきている」
それらすべてを見届けた魔物ドレイクは王都の東を飛んで、アーサーベル王国北部へと去っていく
「そりゃ分かる!それでどうするのじゃ!?」
「……策は?」
「集中の原則どおりだ」「この兵数差なら当然ね」
「「?」」
「各自、目のまえの敵兵を殺し尽くす。相手が分散し、守りの薄い部分が生まれるまで」
ゆえに〝そこ〟は城外乱闘。
そこ。
王都マスバテ南郊外。
魔女黛明日香の部下ベビーイーグル四名が対峙するのは、少し遅れて大集結した反乱兵一個師団。兵数一万二千人。
率いるのは齢四十を超えたばかりの人間族の男ズムウォルト将軍。魔王領バルディアと国境を接するアーサーベル王国で一番苛烈な任である国境警備を二等兵から経験し、ついには将官にまで上り詰めた努力家であり野心家。
(下知が一向に来ない)
その将軍ズムウォルトは辛抱強く指示を待っている。が、
(国王を守る勇者とその一味を倒したという報告は受けていない。となるとこのまま座して待つわけにはいかないはず)
アーサーベル王国における今回のクーデターの首謀者ファガマロとその後ろ盾であるタヴキからの連絡が途絶して一時間が経過した今、ズムウォルト将軍もまた、軍人として戦いの原則をもって動き出す。
すなわち主導の原則。
先に動き、機先を制することで主導権を握る。握ったら離さない。
(国王を討ち現体制を転覆させるのが第一目標)
そのために、場合によっては部下であることをやめて、上司の立場になって行動すること。
(ファガマロ殿やタヴキ様がいないのなら私が王になり独裁を敷けばいいだけのこと)
横陣で展開した反乱軍の中央歩兵。その後ろに控える予備軍に守られたズムウォルト将軍は冷静にそう算段し、軍の機動を開始した。
そしてそのズムウォルト将軍の一個師団の最前線に、ベビーイーグルはいる。
ワイバーンの不慣れな操作により誤って敵師団の最前線に落下した四名だったが、四名はその最悪の状況でも主である魔女の命令「国王と召喚者を守れ」に従い行動に移る。
亜人族4人対一個師団1万2千人。
ズムウォルト将軍は王都マスバテと自軍の間に冒険者集団ベビーイーグルがいることをまだ知らされていない。そして予備軍全体も知らない。
横陣中央を構成する人間族の重装歩兵5500人もドワーフの火力部隊950人も知らないし想定していない。左右翼を構成するウマイヌ戦車兵コボルト2000人も知らないし気づいていない。
気づき始めたのは王都に対し一番近い位置にいる前衛部隊の左右翼にいるコボルト兵団たち。
(何か、様子がおかしい)
そしてまさかの絶望を味わっているのは、前衛部隊中央の各コボルト中隊。
(なんだこいつら!?)
夜空の下、赤々と燃える王都マスバテを背景に、黒いシルエット四つが反乱兵の中を跳梁跋扈する。
「むんっ!」
尾鬼人族の右手の宝剣はコボルトの攻撃を封じ、あるいはコボルトの急所を正確に打突して動けなくする。
シュパン!シュパシュパンッ!
左手の刀剣はそのコボルトの首を同時にいくつも刎ね飛ばす。
ドグシュッ!
そして屍となったコボルトを尾鬼人族の背中から生える尾が回収し、一か所に向けて放り投げる。それで死体の山が少しずつ高くなる。
グウェイ・ロマネ。
尾鬼人族。身長210cm。体重120kg。元ティオティ王国軍、正面部隊第六隊長。階級は大尉。通称「不死身のグウェイ」。戦争捕虜で死刑になるはずだった彼は魔女の眼にかない、今こうして再び戦場で敵を切り殺す経験を重ねる。
「いやねぇもう。コボルトはどのみち垢ぬけなくてタイプじゃないのよ!」
グウェイから少し離れた修羅場で烏人族が高速の鎌を振り回す。烏人族の鎌が旋回するたびに、コボルトが裁断されていく。烏人族は同じ場所から動かない。ゆえに烏人族の周りが徐々に死骸の山になっていく。
ハーバー・ドメーヌ。烏人族。身長189cm。体重71kg。元ティオティ王国、遊撃部隊第一隊長。階級は大尉。通称「死神のハーバー」。グウェイと同じく戦争捕虜だった彼もまた魔女に見出され、偶然にも魔女が研究目的で所持する魔剣の適合者であることが分かり、魔女から魔剣ナハトケルヒェを与えられた。
魔剣ナハトケルヒェ。
所有者の物理攻撃力をランダムなタイミングで5倍にする不吉な逸品。
ただでさえ動物の裁断に長けた鎌使いはこれによりランダムなタイミングで恐るべき死神となる。
「グウォオオオオオッ!!!」
蓑で全身を覆った不審者に駆け寄り牙を向き、爪を振るう狼人族。
「……ふん」
ドムンッ!!
不審者の間合いに不用意に入ったコボルトから素早い前蹴りを食らう。噛みつこうとしたコボルトの開いた大口に不審者の足はスコップのように突き刺さり、細長の頭蓋上半分が瞬時に消し飛ぶ。血の噴水を上げベロをだらしなく伸ばしたまま、その場に崩れ落ちるコボルト。
フ。ドムンッ!
力を載せ鋭い爪を豪快に振るう別のコボルトの視界から不審者が突如として消える。あまりに素早くしゃがまれたせいで標的を見失い焦るコボルトの脇腹に飛び膝蹴りが深くめり込む。無防備なあばら骨が散り散りに砕け、内臓に容赦なく骨破片が突き刺さる。
「ゴ……ハ……」
口と腹から血を吐いてその場に崩れ落ちるコボルト。
ヒョイ。
二つの死体を、蓑姿の不審者は背中から生えるボロボロの翅先で引っ掻けるようにして持ち上げ、築きつつあるコボルトの死体の山に投げる。
蓑の不審者。
カリオストロ・サンレオ。
蓑虫人族。身長168cm。体重45kg。魔物によって両腕を失うトラウマを負った元漁師は廃鉱山でひっそり暮らしていたが、そこを訪れた魔女の返り討ちに遭い、手下となった。そうしてトラウマを払拭する機会を与えられ、魔物の抹殺を喜びとする彼は今、はじめて師団規模の軍隊を相手にして戦っている。
「わはははははっ!こっちじゃ早く来い!オスメス問わず、穴という穴を犯してやろうぞ!!」
兵士から見てその火の付いたコボルトの死体の山は一番目立ち、一番感情を揺さぶる。同胞の無残な姿と肉の焦げる悪臭に激怒したコボルトが大勢集まる中、油まみれの元プロレスラーは四本の腕を広げて相手をさかんに挑発する。
ドンッ!
油まみれの巨漢が膝を曲げ、地響きを立てて跳躍する。反らせた体が勢いをつけて戻る。
ゴオォンッ!
そしてヘッドバット。強烈な頭突きをもろに頭部に食らったコボルトは脳震盪を起こして即気絶する。
ガシ。
しかもその状態でさらに掴まれる。逃げられない。
「ほうりゃっ!!」
コボルトがヌンチャクのようにぶん回される。遠心力と衝突のせいで体液と内臓がぶちまけられる。元レスラーを取り囲んでいたコボルトたちがコボルトヌンチャクのせいで次々になぎ倒される。
「しっかりせい!戦は始まったばかりじゃぞい!!」
ヌンチャクを放り捨て、虫の息の倒れたコボルトの首を掴んだ元レスラー。
ゴキ、ブオンッ!!
燃える死体の山へ、そのコボルトも投げとばす。首投げ。ただし逆首投げ。
うつ伏せ状態で首だけをつかんで持ち上げられ、首を支点にして回転するようにぶん投げられたコボルトは宙を舞っている時点で骨折して息絶え、荼毘の山に着弾した時にはもう動かない。そのままじりじりと火葬されていく。
油まみれの元レスラー。
フランチェスコ・アジョシ。
油虫人族。身長180cm。体重150kg。強すぎて賭けが成立しないプロレスラー崩れのやくざ冒険者は女癖が悪すぎるあまり、あろうことか魔女に手を出そうとしてしまった。そして返り討ちにあい魔女の手下になることを決める。
そして今、カリオストロと同じく初めての戦場で己の技を披露する。ムーンサルトフットスタンプ。飛竜裸絞め。垂直落下脳天割。外道クラッチ。裏アキレス腱固め。ジムブレイクアームバー。トゥームストンパールドライバー。ジャーマンスープレックス……。文字通りのデスマッチの犠牲者たちはフランチェスコの体が分泌する油分とともに火の山に葬られ、火の勢いをさらに盛んにしていく。
((こいつらはただものじゃない!))
着々(ちゃくちゃく)と大きくなる四つの死体の山。
それらを築く四名の戦士たちの異常さに気づいた前衛部隊左右翼の戦車コボルト兵たちが遠吠えとともに連射弩のハンドルを回し始める。前衛中央にいた各コボルト中隊が仲間の鳴き声を聞いて即座に後退する。同時に無数の矢が夜天に向かって射放たれる。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
「さすがはコボルト兵。進むも退くも迅速」
「おまけに高性能のボーガンまで扱えるのね。優秀なワンちゃんだこと」
「……こんなの、全然効かない」
夜空から降り注ぐ数多の矢雨。それを死骸で築いた防御陣地でしのいだグウェイ、ハーバー、カリオストロの三名。
「痛ちち……吾輩も三人のように隠れればよかったかのう」
手にしていたコボルトの死体四つで矢を防ぎ切ろうとしたがあまりの膨大量で被弾を免れなかったフランチェスコが苦笑いしながら腕や肩にささった矢を引き抜く。
「まぁ仕方なし!燃やしてしまったもんはどうしようもない!わっはっはっは!」
(間違いなく、我が軍への刺客)
奇怪な戦士四名の出現と驚愕すべき報告を受けたズムウォルト将軍はベビーイーグル四名をようやく認識し、「敵」と認定する。
「勇者の連れだろう。一騎当千の強者。戦の手練れと認めよう。であれば一騎に対して五千一万の兵で囲み、ひたすら隙を突く。何重にも包囲して殲滅する」
冷静な将官はすぐさま指示を出す。前衛部隊である軽騎兵すなわち100mを6秒足らずで駆けるコボルトたちによる包囲攻撃が始まる。一度後退していたコボルト各中隊は引き返して前進し、左右翼にいた各コボルト大隊が四名の背後に回り込む。
「以下のこと、全軍に通達せよ。一兵卒たる者、数の利を期待するなかれ」
将軍ズムウォルトは油断しない。慢心しない。
「だが将たる者は数の利で必ず敵を打ち破る。ゆえに私の命令を速やかに遂行せよ」
相手が四人だろうと、ズムウォルトは攻撃の手を緩めるつもりなど毛頭ない。
軍中央で、機動部隊である人間族重装歩兵に守られて進む火力部隊ドワーフたちに攻撃準備を行わせる。
エウウウウウウウウ……。
動作は鈍いが全長30メートルにも達する超大型動物エリマキキリン。
シャシャシャシャシャシャ………
跳べば三百メートル上空まで一瞬で到達できるノミモグラ。
二種の〝火力的〟戦略兵器がズムウォルト将軍の指示で臨戦態勢に入る。
エリマキキリンの首によるノッキングを食らえば、たったの一撃で普通の中隊は壊滅する。襟巻が起こす爆風のせいで立っていることもできない。エリマキキリンの口に咥えた岩石が投げ飛ばされてそれが直撃したら、小隊は即戦闘不能に陥る。
ノミモグラの落下攻撃は正確無比で、狙われた小隊は肉片も残らず潰える。残るのは落とし穴レベルのクレーター。しかもクレーター内をノミモグラは積極的に移動し、敵の死角に移動できる。移動してさらに跳ねて落下されれば標的は何も知らぬまま木っ端微塵になる。
軽騎兵で包囲し、殲滅する。
包囲が仮に突破されれば火力で殲滅する。
火力が仮に突破されれば重装歩兵で足止めし、中央にいる左右翼の重戦車コボルトを四名の背後からぶつけて滅する。
つまり包囲。シンプルに包囲。
要するに簡明の原則。
ズムウォルト将軍はあくまで軍人であり、決して間抜けな夢追い人ではなかった。
とはいえ、
アオオオーン……
「「「「「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」」」」」」
前衛部隊を激走するコボルトの脚が一瞬止まる。聞こえてきた西の方角へ、皆が首を向ける。
(なんだ?)
ズムウォルト将軍は前衛部隊と中央部隊の後続の予備部隊の中にいる。その予備部隊はコボルト2個中隊とドワーフ1個小隊そして人間族2個中隊からなる。
(コボルトがみな、何かを凝視している)
ズムウォルト将軍はコボルトたちが闇の中の一点を見ていることに気づく。前衛部隊のコボルト包囲網と衝突寸前だったベビーイーグル四名もそのことに気づく。
さらに、
「なんじゃ?」「……地面!」
ズブブブ……
「いやん!何よこれ!?」「地面が軟化するだと?」
堅い大地。その揺るぐはずのない前提が崩れる。戦場がみるみる沼地にかわっていく。
王都南郊全体にどよめきが走る。
エリマキキリンは驚きの悲鳴を上げつつ足を動かし、ノミモグラは恐怖のあまり地面からの逃走を図ろうとして全力で飛び跳ねる。
けれど沼は跳ねれば跳ねるほど沈むもの。動けば動くほど沈むもの。
それでさらに慌てるノミモグラとエリマキキリン。二種の兵器を制御しなければならないドワーフはコボルトや人間族とは違い、騒がない。互いにまじまじと顔を見合わせ、自分たちを呑み込もうとする地面を再び見て、そして瞼を閉じ、うなだれる。
(母なる大地に嫌われた)
沼は鉱人族の失意と諦念を喜ぶかのように、ノミモグラやエリマキキリンと同じくドワーフも呑み込んでいく。
それらを目の当たりにして恐怖しか浮かばないコボルトと人間族。コボルトの方が筋力も代謝も高く、そのせいで足掻いてはどんどん沈んでいく。それすらもすぐ傍で見せつけられて、もはや恐怖を通り越して呆然とするしかない重装歩兵人間族だけが、かろうじて腰元まで沈むだけで済む。
ヒヒイイイイイッ!
ズムウォルト将軍はただただ、自分の跨る馬の動揺を抑えるしかない。
(〝こんなこと〟までここでは起こるのか!?)
甲冑で守る全身の皮膚に冷や汗を浮かべながら将軍は次の策を急ぎ思案する。足元のはなはだ悪い湿原での戦闘経験などないズムウォルト将軍はどのようにして沼から脱出するのかを懸命に考える。
(糧食?盾?装備?乗り物?そうだ。この際なんでもいい!泥の上にそれらを捨て置き、それを足場に脱出を試みるしか……)
『して、ここはどこか?』
(は?)
『さて?人の城が茜色に燃えているのは分かるが』
(誰だ?私に語りかけているのは!)
将軍の思考を止めた〝それ〟は、前衛部隊コボルト包囲網の中心。
胸まで泥沼に浸かったコボルト。そして数多くのコボルトを観察して瞬時に沼を学び、動かず、膝まで浸るだけで済んだベビーイーグル四名。
いずれにせよ沼に囚われた彼らを見下ろす位置に、二人の〝何か〟がいる。
『して、これはなにか?』
『はて?黒い土に生えていることは分かるが』
ベビーイーグル四名のうち、一番コボルトを殺して一番堆い死体の山を築いたハーバー。そのハーバーの築いた山の上に、ボロボロのローブ姿の何かが二つ、ある。
〈なんじゃ、こいつらは?誰ぞ、知っとるか!?〉
ただならぬ何か。
〈……分からない。ただ〉
ベビーイーグルはローブ姿の二人を見極めようとする。
〈あいつら、アスカちゃん並みにヤバイ気がするのは、アタシだけじゃないわよね?〉
四名は無意識に魔法無線を開く。
〈ああ。否定しない。……しかしこのような力を持つ者が、この戦場に何の用があって現れる?〉
〈……何か濃い風が、急に吹いてきた!〉
〈それにしても寒いのう。おっ!寒すぎてウンコが漏れてしもうた〉
「して、土に何が生えておる?」
「はて?堕落した嚏狆と矮小な侏儒。脱糞した、しまらぬ顔の油虫。それとコソコソ話す破落戸なら分かるが」
〈〈〈〈盗聴された!〉〉〉〉
自分たちの主にして最強の魔女黛明日香の魔法暗号無線を傍受されたことのないベビーイーグルが四名とも戦慄して身を固くする。
「して、堕落した嚏狆とは?」
ローブ姿の二人のやり取りは、空気の振動ではなく、沼の水の振動で師団全体の兵に伝わる。
「はて?汝の子孫ではないのか?あの、ただの、くしゃみをしたような面のイヌは」
「なに?」
予備軍の方へ体を向け、二人して肩を並べていたローブ姿の一人が初めてそこで、体をねじる。
「我が子孫だと?」
「違うのか?」
二人のローブ姿が互いを首を向ける。
「では矮小な侏儒とは何ぞや?」
「あれらはただの精神薄弱で無能な小人。我が子孫にあらず」
「では何ぞや?」
「言うならば痩土から生まれた泥人形。我ではない侏儒どもが捏ねて残った屑の集まり」
「では汝の子孫はいずこに?」
「さあ?いずれにせよこの地にいないのは明白自明」
ボオッ!!!!
ローブ姿の二人が突如として青く燃え上がる。
「人間族ごときに飼い馴らされ」
「堕落したイヌを目の当たりにするとは」
ローブ姿の一人のなれの果てを目の当たりにしたコボルトたち。目が釘付けのまま、全身の力が虚脱する。
「捏ねた泥ほどの価値しかない」
「堕落した小人を眺めることになるとは」
ローブ姿の一人のなれの果てを目の当たりにしたドワーフたち。目に涙を浮かべ、顔をクシャクシャにして、泥に顔を突っ伏して泣く。
「「してそれで、そのまま、なに者でもなく、なに者にもならぬまま、朽ち果てるのか?」」
聖狼ウルリクムミ。
コボルトの土着信仰の神。
聖鉱テショプ。
ドワーフの土着信仰の神。
すなわち古の神二人が目を細め唸りをあげて牙を剥き、髭を風になびかせ巨大な鎚を肩に担ぎ、末裔ともいえるコボルトとドワーフに尋ねている。
ブオンッ!
テショプの鉄槌が降り下ろされる。巨槌はけれど、空を切る。しかし師団全体は即座に思い知る。足元の黒い地面が自分たちの身体を呑み込んだまま再び硬くなったことを。
「思い知れ。弱き者たちよ」
そう告げて、歯茎まで見せたウルリクムミが顔を上に挙げて雄たけびを上げる姿勢をとる。
しかし誰にもその声は聞こえない。
「お前たちの神は、お前たち弱者が憎み合うことを憎む」
鉄槌を肩に担ぎしまったテショプが代わって告げる。神が何に怒っているのか、なぜ自分たちが人間族の奴隷的存在なのかを理解するのと同時に、自分たちの身体の中に発熱を覚えるコボルトとドワーフ。
「汝らは憎み合う資格もないほどか弱いと知れ」
首の下まで地面に埋もれた、顔面を泥まみれにした、冷え切った身体全体に熱の広がる、二種の奴隷身分。
「「問う。汝らなんぞや」」
ウルリクムミとテショプはそう告げ、死体の山三つを青く燃え上がらせて消える。青い炎の雪が一個師団の上を舞い、落ちる。
「アオオオオオォォォォ――ンッ!」
どこかでコボルトが叫ぶ。するとそれに呼応するように別のコボルトたちが叫ぶ。
「ヌアアアアアッ!!!!」
どこかでドワーフが叫ぶ。そしてそれに呼応するようにドワーフたちが次々に叫ぶ。
そしてドワーフが支援魔法を放つ。
ドワーフの土属性魔法が埋まるコボルトの攻撃力を高める。コボルトは力を得て、土の枷を脱出する。
「アオアアッ!!!!」
コボルトが大地を指と爪で割る。埋もれていたドワーフの土の枷を砕く。ドワーフがコボルトの豊かな体毛をわし掴む。毛がぶちぶちと千切れるのも厭わず、コボルトが重いドワーフを土の枷から引きずり出す。
〈〈潮がひく〉〉
「「「「!?」」」」
ベビーイーグル四名の暗号通信に突如、ウルリクムミとテショプの声が流れる。
〈〈それは畏れるべき事象の前触れ〉〉
グウェイ、ハーバー、フランチェスコ、カリオストロの目の前で今行われているのは、救助活動。ドワーフとコボルトが互いに全力で協力し、冷たい土砂の枷から脱出を試みる。
〈〈潮にのまれたくなければ、早々に去れ〉〉
ドワーフとコボルトは手を取り合い、枷から抜ける。ただし人間族には手を貸さない。
自分たちを虐げてきた者に、物のように虐げられた者は手を貸さない。
(((((((このままだと殺される!!)))))))
何が始まるのかを理解してしまった人間族兵士。
彼らは所持する全ての武器を使い、自分たちの膝下まで呑み込んだ土の塊を必死に壊し始める。
〈〈もがく者たちよ。城の中でもうじき命運の果てる者がいる〉〉
「それはもしやこの国の王のことか?」「神様のアンタたちは今の国王を助けたいのね?」
〈〈命運は果てる。お前たちが、ゆかない限り〉〉
「なんか壮観じゃのう!コボルトとドワーフがすごい形相で人間に迫っとるぞ!」「……積年の恨みが、ようやく同じ方向を見た」「ちょい待ち!こっちにも来るぞい!!」「仕方ないわね。こうなったら城に行くっきゃないでしょ」「そうだな。国王を助けるのは主の命令でもある」「あの可愛いオナゴの召喚者たちも救わにゃなるまいて!」
ウルリクムミとテショプの声に合わせて、テンションを上げる冒険者三名。
「……教えろ。お前ら〝二人〟は何者だ?」
一名だけ、冷静になって二つの声に問う。
〈〈我らは神〉〉
「どっちでもいい!急ぐぞみんな!」「分かったわ!にしてもかったいわねこの土!」「ほうりゃっ!!わっはっは!吾輩の怪力にかかればこの程度の土塊、なんてこともなし!バービーお姉!助けに行くぞい!」「いやよ。ウンコったれの力なんて借りないわ。アタシより困ってるカリコの方へ行って!グッサン!早く来て引っ張ってちょうだい!!」「ウンコはもうついとらんわい!……すまん。嘘じゃ。尻にこびりついとった。まあそれは後でなんとかするとしてカリ坊!今助けにいくから待っとれ!!」
「……神。ではお前らは〝誰の創った〟神だ?」
〈〈もはや往け。〝此方〟は神の統べる領域。お前たちの藻掻く領域は〝彼方〟だ〉〉
暗く激しい怒りに燃えるコボルト兵とドワーフ兵が牙と爪と武器と魔法と動物を使い、震え恐怖する人間族兵士に向かって走り出す。その巨大な激情のうねりをどうにかこうにかかわし、ベビーイーグル四名は王都マスバテに急いで駆けこむ。
「はぁ、はぁ……こっちは明るくて無茶苦茶熱いのう!吾輩はこういう方が好きじゃ!!」
いたるところで火事火災に見舞われている城下町。夥しい数の兵士の死骸、そして王国民の死骸が転がる。そこから血が流れて湖や川となる。戦の熱と死の臭いがあちこちに充満する。
「ゲアアウッ!!!!」
体温の上昇で墜落したワイバーン、王国兵と王国民の攻撃によって重傷を負ったワイバーンが地面や屋根の上にひっくり返り、あばれ、断末魔の悲鳴を上げている。
ドスンッ!!
その弱ったワイバーンに走り寄り、丸太のように太い首を刀で切り落とすグウェイ。
「はあ、はあ……確かに。俺もこういう方が好きだ」
ズクシュッ!
「ふぅ、ふぅ……そうね。よく知ってる戦場ほど落ち着くものはないわ」
最後の力を振り絞り立ち上がろうとしたワイバーンの心臓に鎌を背中から突き刺して殺害するハーバーが深呼吸をする。むせかえるような血の臭いに安堵した表情を浮かべる。
「……戦場、か」
戦利品を探して家を荒らしていた反乱兵一人がワイバーンの断末魔の悲鳴に驚いて跳び出してくる。家に隠れていた若い娘を見つけ抱きかかえていたが、カリオストロのローキックを食らい骨折し、激しく転倒する。
「きゃあ!」「痛っ!」
ボグシャッ!!
「……戦場ではいつも、〝あんなこと〟が起きるのか?」
サッカーボールのように反乱兵の頭だけを蹴り飛ばした後、血しぶきが上がって静まるまでを見ながら、カリオストロはグウェイとハーバーに尋ねる。
「いつもじゃないわ」
鎌の血を掃い、呼吸を整える烏人族。
「ああ。だがたまに起きる」
刀の血を掃い、首と肩をまわす尾鬼人族。
「戦場を呑み込み、誰もが気の狂うほど混乱し、ともすれば戦況をひっくり返すような時間と存在」
ハーバーが何かを思い出したように哀しげに微笑む。
「すなわち闇。何が起きてもおかしくはない、底の知れぬ闇」
目を閉じたグウェイが何かを思い出すように言葉を接ぐ。
「……そうか」
「おおっ!カリ坊でかした!なんちゅうベッピンじゃ!この娘なら三日三晩眠らずに床の間で楽しめるわい!む?なんじゃワラワラと?おお、そんなにワシに抱かれたいのか。そうかそうか。よいよい。安心せい!吾輩はムサ苦しい男どもも大歓迎じゃ!!!」
路地から突如現れた王国反乱兵の小隊12名がフランチェスコのラリアットから始まる地獄のフルコースをふるまわれてたちどころに消命する。
「急ぐぞ!」「「「おうっ!!」」」
既に王都マスバテ城下町になだれ込んでいる無数のアーサーベル王国反乱兵。
大部分は率いる将軍たちの命令通り、国王フナフティ・ウルタサペル8世の籠る城攻めに取り掛かっている。だが一部のやくざ部隊はカリオストロに〝サッカーボール〟にされた兵士のように、戦利品目当てで家々を荒らしまわっている。
そんな兵士が眼前に出現するや否や、肉片に変えて走るベビーイーグル四名。城下町の空を支配するワイバーンたちがそれに気づかないはずもなく、当然のごとくベビーイーグルたちに襲いかかってくる。
「肉味は悪くないが、いい加減こやつらの相手は飽きたのう!!」
ワイバーンの肝臓を食らいながら文句を言って走るフランチェスコ。
「そうね!でもイチモツが大きいからアタシは結構好きよ!!」
ワイバーンの心臓から滴る血液を飲みつつ走るハーバー。心臓を投げ渡され、同じく血液を飲むグウェイ。そして隣を走るカリオストロのために心臓に溜まる血液を搾り尽くす。
「……デカいの、来たぞ」
血で喉を潤したカリオストロの目が光る。大型のワイバーンが四名の行く手を塞ぐ。
そしてワイバーンの後ろには反乱兵がアリのごとく群がるラーユーン城。
「そろそろ乗るか!」「天守閣までひとっとびね!」
「飛ぶのかぇ。気が進まぬのう」「……文句言うな」
ベビーイーグル四名が大型のワイバーンの初撃を躱し、あっという間にワイバーン1匹を制圧する。
「早く飛べ」「うふん。愛撫は優しくしなくちゃダメよ」
「ぐっふふ。硬くて太いココを握られるのがエエんじゃろう?」「……ムズい」
グウェイがワイバーンの下顎をたたき割る。ハーバーが竜骨突起に付着している筋肉の一部を千切る。フランチェスコが足根中足骨一本をへし折る。カリオストロが叉骨をぶち割る。
「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
わずか10秒の間。ほぼ同時に拷問のフルコースを味わった爬虫類型魔物が絶叫を上げて飛び上がる。生存本能は北を目指す。元はヒトの自分を〝こんな目〟に遭わせた者たちはみな北にいる。だから北を目指してとにかく逃げ飛ぶ。
「ぬおっ!?」「フラチェっ!!」「何してんのよバカ!!」
ラーユーン城上空でしかし、アクシデントが発生する。捕まった箇所で一番激しく抵抗され、しかも油まみれのフランチェスコがワイバーンから振り落とされてしまう。
「……やれやれ」「「!」」
ため息をついたカリオストロがワイバーンから手を離して飛び降りる。被膜のない翼を広げる。フランチェスコの落ちていくところめがけて、自分から滑空していく。
「もう!こうなったら頼んだわよカリコ!!」
「おいトカゲ。少しはこっちの思い通りに飛べ。さもないと」
メキャ。
「ギュエエエエッ!!」
グウェイとハーバーは仕方なくそのままラーユーン城の天守閣めがけてワイバーンで飛んでいった。
ラーユーン城。多聞櫓。
城を人体に見立てた際、血管にしてリンパ管にあたる通路。
そこは現在、地獄の回廊と化している。
ゴウンッ!!
「むんっ!!」
「ウォータービスケット!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
城壁をよじ登って場内に進入し多聞櫓を逆走してきたコボルト兵の相手をする川戸翔太朗と重光結。ディフェンダーの川戸がコボルトたちの前進を大楯で食い止めている最中、ヒーラーであるはずの重光結が氷弾をマシンガンのように飛ばす。
「キャウンッ!」
ゴジュンッ!!
目や鼻を傷つけられて怯んだ一瞬の隙を見逃さず、川戸が盾をぶん回し、突き潰し、コボルトの息の根を止める。それでも延々と向かってくるコボルト兵の群れ。
「ファイアサルート!ラインオブファイア!」
「助かる!」
多聞櫓へと昇る梯子はとうになくなったものの、人間族やコボルト、ドワーフの死骸が死体の山となり、階段となり、多聞櫓へと昇ってくる兵士は圧倒的に増える。
「エアアアアアッ!!」「うおおおおおっ!!」「フホホホッ!!!」
その兵士たちを相手するのは照沼花里奈と國本萌。
燃え上がる死体の山のせいで多聞櫓の登り口は火のように熱い。その熱波に耐えられるよう照沼は何度も火属性耐性魔法を自分と國本にかけ、さらに國本の槍に炎をのせる。
「ゲインウィンドアップ……」
その國本の槍が風をまとい、炎の勢いを強める。命知らずのコボルトが死体の山を登り切り、泥まみれの爪が國本の面具『アカガワ』に触れる。
「突風に注意しろ」
ドスウウンッ!!!!!!!!
「特に山の上では」
國本の潰頭石面具に触れたコボルトも、死体の山を登ることを一瞬躊躇した人間族もドワーフも一瞬にして火達磨になる。
「ついでに熱中症にもね」
國本が天から地に突き刺した炎と風の槍は死体の山を灰塵にして散らす。
「二人ともまだまだ余裕そうじゃねぇか!」
汗まみれの召喚者女子二人に冗談を言う種村岳。その種村が一番忙しい。
ハイポーポーションに相当する回復薬「桃仙」の入った瓶を重光、照沼に渡しながら、多聞櫓の窓から侵入を試みる敵兵を排除しなくてはならない。
「次から次に、めんどくせぇなぁ!」
窓から飛もうとしたコボルトの首に種村の投げた分銅鎖が巻き付く。
ズゴドス!
驚いて首の鎖をほどこうとするコボルトの無防備な眼球と頸動脈にボールペンの形をしたタクティカルペンが突き刺さる。
「ギャウウゥ!!」
悲鳴を上げると同時に種村に蹴り飛ばされたコボルトは窓の外へ落ちていく。
暗器使いの召喚者は極力魔法を使わず魔力を温存し、敵の侵入を警戒する。
それにしても、敵は多い。
多すぎる。
反乱兵率いるコルグエフ将軍、ロッコール将軍、アコルーニャ将軍。
彼らが従える兵力は総数二万四千。
その半数はいまだラーユーン城に到達していないか、撤退したか、勇者星野風太郎によって殲滅したが、それでも数千の兵がラーユーン城の攻略に現在とりかかっている。
城の天守閣へ続く虎口をこじ開けるには多聞櫓を破壊するのが一番効率的。
ゆえに城壁を登ることで個人として城門を突破できたコボルトですら自軍全体を引き入れるため天守閣へ進もうとせず、折り返して多聞櫓を守る王国兵を殺しに向かう。
「敵は魔物にあらず。国賊なり。我らは国王と民を守るため城とともに死ぬ!これより良き死所はないと知れ!」
「「「「「「「応!!!!!!」」」」」」」
それらすべてを相手するのが召喚者五名とキルクーク将軍率いる王国兵1200名。
彼らは櫓の各所に配置され、コボルトと現在応戦中。
天守閣に近づくワイバーンと、虎口でごった返す反乱兵を相手するのはそれぞれ、勇者風太郎の兄「嵐太郎」と宝具「菜単」。
炎をまとう犬型勇者嵐太郎は宙を駆け舞い、降下してきた翼竜に噛みついては焼き落とし、肢の生えた中華鍋型宝具菜単は相手の望む幻影を見せながら敵兵の同士討ちを見舞い続ける。
ゴオオオ――ンッ!!
「「「「「!?」」」」」
地獄の多聞櫓。
戦車砲を食らったような耳鳴りが召喚者五名を襲う。種村が櫓を揺らす衝撃で吹き飛ばされたことに気づき、慌てて駆け寄る重光と照沼。駆け寄りたくても敵の群れが襲ってくるため近寄れず、大声で種村の名を叫ぶしかない川戸と國本。
オオオオオオ……
もはや寄せ集めでしかなくなっている反乱兵はしかし、秘密兵器を持っている。
回天の果実。
すなわちヒトを魔物化する髑髏棗を魔物ドレイクに与えられ、変異した元人間たち。
それら魔物擬きがとうとう押し寄せ、多聞櫓ごと虎口を破壊し始める。
「な、んだよあれ」
かろうじてまだ意識のある種村の視線の先にあるのは、砦亀の甲羅。そしてその上を偶然、汽犀が駆けのぼってしまう。
プシュゥ……
最悪が重なる。
多聞櫓の回廊の道幅とほとんど変わらない魔物擬きが現れ、召喚者たちと対峙する。
ムシュ~…・・
鼻息荒い汽犀が頭を低くする。
ドッ!!!
大きな角を種村、重光、照沼たち三名に向け、走り始める。
「……的がデカすぎる」。
ズドンッ!!
走り始めたばかりの汽犀の体がわずかに震えて止まり、崩れ落ちる。
「「「!!!!」」」
拷問ワイバーンから訳あって飛び降りた蓑虫人族カリオストロの硬い踵落としが直撃した魔物擬きの背骨は、綺麗に半分に折れる。
「……無事か?」
五人の召喚者の安否確認をするカリオストロ。そこへ、虫の息の汽犀が呻く。
ヒュドンッ!!
蓑がさっと舞う。胴回し回転蹴りが汽犀の角の根本に刺さる。
汽犀が声にならない悲鳴を上げてついに果てる。
「立派な亀頭じゃのう!先っぽがテカテカしていて吾輩のイチモツといい勝負じゃ!だがイチモツにコブなんぞいれとるとは邪道も邪道!けしからんぞい!!」
カリオストロがワイバーンから飛び降りる原因となった張本人は櫓の外でギャーギャーわめいている。
反乱兵をクッション代わりにして圧死させて生き延びた油虫人族フランチェスコは砦亀の前に進み出てカメの首を四本の腕でアームロック。そのあまりの腕力に首を引っ込めることもできず魔物擬きの首の肉は一部が千切れ、フランチェスコの腕は頸椎と脊髄神経に到達。
「オアアアアアアアウウウウウウ……」
ここで手のひらを使ったデスロック。ヤシやココナッツの殻をも砕く凄まじい握力は弾力のある神経繊維の束も頸椎骨もまとめて千切ってしまう。
ドスゥゥン!……
虎口を破ってすぐ、絶叫を上げながら砦亀が一匹息絶える。
「召喚者のオナゴとワッパども!生きておるかああっ!?」
カリオストロの空からの急な登場と、聞き覚えのあるフランチェスコの遠いけれど大きな声で我に返る召喚者五名。
「もってるな、俺たち」「マジで助かったぜ」「ありがとう!来てくれて!」「死ぬかと思ったよおお!」「恩に着る。本当に」
「……国王が危ない。先に行け。ここは俺と下のアレが引き受ける」
そう言うカリオストロは多聞櫓の先を翅先で指す。櫓の先は天守閣へと続く。
召喚者五名は強くうなずき、まだ破壊され尽くしていない櫓の回廊を走り上る。
それを食い止めるかのように、駆け下ってくるコボルト軽装兵。
「止まるな!走れ!!」
盾を前に構えながら走る川戸が先頭で強く叫ぶ。川戸のすぐ横を走る國本が全身の血管を浮かせ、槍の先を光らせる。
鋭い爪と牙を剥き、雄たけびを上げるコボルト。召喚者に迫った彼の選択肢は三つしかない。
一、フロレンタイトデスマスクをつけた槍の女に飛び込む。
二、壁のような大盾を構えて近づいてくる男に挑む。
三、槍女と盾男の二人を避けて背後に回り込む。
召喚者を前にしたコボルトは生来の獰猛さと身体的能力への自信ゆえ、窓から逃げるようなこともせず、三つのいずれかの選択肢を選ぼうとする。
ズグシュッ!
一途、外れ。行く末は死。
不気味なデスマスクに、鋭くて小さな槍の穂先。気づけば槍の餌食になる狼人族。運が悪ければ鳩尾を抉った刃がそのまま心臓を刺し貫く悶死。運が良ければ額から脳髄を一瞬でぶち貫かれる即死。
二途、外れ。行く末は死。
逃げ場のない〝走る壁〟に自分から走ってぶつかれば打撲脱臼骨折は免れない。そして床に倒れたら最後。重い盾の下縁と召喚者の大きな足裏によるフットスタンプで頭部を強制破壊される。
三途、当たり。
槍女と盾男を躱して後ろに回り込むことに成功するコボルトの一人。そして待ち受けるのは照沼の弓矢と重光の金属杖と種村の暗器による集団リンチ。
すなわち三途の川を渡れば〝当たり〟前の死。
ザシュンッ!ドムン!ゴシャッ。ドスドスンッ!シュパンッ!
当たり外れ関係なく死を撒き散らしながら、汗だく返り血まみれの召喚者五名は櫓の奥へと突き進んだ。
その櫓の奥、つまり天守閣。
「賊だ!かかれぇっ!」
国王フナフティの親衛隊長であるケルマンジャー将軍が叫ぶ。
天守閣のテラスからふわりと当たり前のように侵入してきた二人の賊に対して親衛隊が挑みかかる。
小手に膝当て、そして兜で武装するコボルト親衛隊員。杖と斧、そして胸当てを装備するドワーフ親衛隊員。丸盾と長短2本の剣を備え、さらに鎧と兜で身を守る人間族親衛隊員。
種族の分け隔てなく実力で採用され親衛隊にまで上り詰めた戦士たちがフルパワーで挑みかかる。
しかし、それらを賊の一人は見ていない。
「なんという格好をしておる」
テラスの手摺の上に立つ王の兄タヴキは王族の衣服を夜風でなびかせながら、部屋奥の実弟を見下して嘲笑う。その弟は現国王フナフティ・ウルタサペル8世。
「しまらぬというか……」
「おのおの!大丈夫か!?」
現国王はふんどし一丁で高級アルミニウムの盥と柄杓をもち、水を親衛隊にむかってかけ続けている。盥の中には勇者星野の兄である桃太郎が沈んでいて、回復薬である「桃仙」を作り続けている。そのポーションで体力と傷を回復させながら、種族の関係なく親衛隊は賊に挑み続ける。
「もはや道化を通りこして滑稽。文字通り裸の王という、何よりの証明でございましょう」
向かってくる屈強な親衛隊の攻撃をさらに素早い動きでかわしながら彼らを次々に死肉へと変えていく逆臣ファガマロがクスクスと笑いながら、背中越しにタヴキに答える。
王兄タヴキ・ウルタサペル。
逆臣ファガマロ・ラロマヌ。
既に二名とも、人間を辞めている。
魔物であるダクシャ兄弟姉妹の長兄ドレイクが渡した特別製の〝回天の果実〟で人間を終えている。
「浅はかな愚弟を守護する憐れな兵たちよ。なぜそのような無用を働く?」
手摺から降りた王兄タヴキが親衛隊の血の海を歩きながら説きはじめる。
「お前たちの主人フナフティ・ウルタサペル8世の悪政を顧みよ。そのような無知蒙昧な暴君を守る甲斐が一体どこの道端に落ちているというのだ?」
「聞く耳を持つな!相手は私利私欲に駆られた極悪非道の狂人にすぎない!!」
ケルマンジャー将軍が怒りをあらわにして怒鳴る。
「我らの王は人の才を信じてくださる御方!種族の血と身内の富貴ばかりに拘る凡俗にあらず!!」
逆臣ファガマロのあまりの強さで恐怖に支配され始めていた親衛隊。
「侮辱するな!!!」
将軍の強い言葉で、彼ら親衛隊の中の何かが弾ける。
「いつも!捨て身でこの国を支えてこられた我らの王を!!二度と侮辱するな!!!」
帰りを待つ妻子や父母の姿が、脳裏から消える。
自分たちの皮膚や甲冑や兜やマントを後ろから桃仙で必死に濡らし、染み込ませ、傷を癒すことに徹している王で埋め尽くされる。
(あきれ果てた奴らよ)
親衛隊の気配の変化に気づき、逆臣ファガマロが憐憫の笑みを浮かべる。
「軽い恩を売られたくらいで誑かされる屑ども。安いお前らは今後も役に立ちそうにない。むしろ害悪だ。早々に死ね」
そしてため息とともに、死を宣告する。
「上等だゴラアアアッ!!」「てめぇこそぶっ潰してやる!!!!」「死ねファガマロ!!」
「調子こいてんじゃねぇぞ!」「王を侮辱した貴様を殺すことしかもう考えられない!!」
完全にブチ切れた親衛隊の狼人族。鉱人族。人間族。
「吠えるのもいいがさっさとかかって来い」
それらと〝さらに遊ぶ〟ことで絶望を国王に見せつけることにした逆臣ファガマロ。
「水じゃ水じゃ!飲めるときに飲んでおけ皆の衆!!」
家の火事の火消しで必死になる民のように無我夢中で回復薬を撒き続ける国王。
「……」
黙するタヴキ。
(殺す)
王兄の演説を肯定せず無視する王弟。
王兄の演説を否定し説教するケルマンジャー。
(殺してやる)
王の存在と将軍の言葉で鼓舞された親衛隊。
(殺さねばならぬ)
すべてに対して純粋な嫉妬と新鮮な怒りを覚え、腸が煮えくり返る王兄タヴキ。
(俺が殺して、王になる!)
天守閣の中はもはや誰も、部屋の外を気にしていない。
ズゴオオオーンッ!!!!
「「「「「「「?」」」」」」」
それ故に闖入者が部屋の壁をぶち壊していきなり侵入すれば、当然誰しも仰天する。
ガキイーンッ!!
闖入者の太い枝木のような刃とファガマロの腕がぶつかる。そしてファガマロの袖が刃に引っかかる。
「ちっ!」
闖入者は転がりながら数名の親衛隊を壁際にはじき飛ばし、逆臣ファガマロだけを巻き込んで天守閣からすぐさま落下していく。
ズドオオー……ンッ!!
「何者か?」
国王の寝室がある本丸御殿の屋根を突き破って落下したファガマロは無傷で起き上がり、闖入者に対し苛立ちを込めた低い声で質す。
「グェ……ァア……クア」
闖入する前から拷問操縦によって死にかけていた翼竜はさらに弱々しい声で啼く。
「死ぬかと思ったわ」
「まったくだ」
翼竜を〝操縦〟していたベビーイーグルの二名が全身の土埃と煤灰を手で掃う。
(なんだこの二人は?見ない顔だ。しかし……)
「やっと安全地帯に来られたわね」
あるいは首や腕を回して関節をほぐしながらぼやく。
「同感だ。ここなら枕を高くして眠れる」
すでに青筋を浮かべ白眼になっている逆臣ファガマロに対し、烏人族ハーバーと尾鬼人族グウェイが凄味のある眼差しを逆臣へ向ける。
「こんな雑魚みたいな敵じゃなくて、もっと強くて太いカメが襲ってきたらどうしようかしら?」
言って、凶悪な鎌の柄を両手で握りしめる烏人族。
「ザコ?敵?そんな奴がこの床の間にいるのか?……もしかしてそこの、猫にたかる蚤みたいな腰巾着のことか?」
枝分かれした刀とは別に、腰の鞘から二本目の刀を引き抜く尾鬼人族。
「ふふふ……亜人風情が」
魔剣ナハトケルヒェと宝具七支刀をもつその亜人族のただならぬ気配を察知し、逆臣ファガマロは〝最初から〟殺しに行くと決めた。
「ファガマロめ……最初から最後まで使えぬ奴よ」
一方の天守閣。
取り残される形となった王兄タヴキが、突き崩れた天守閣の壁の方を見ながら軽く嘆く。
そのとき、
ドンドンドンドン!
「俺たちだ!川戸と重光、照沼、國本、種村の五人だ!敵は今いない!ここを開けてくれ!!」
玉座の間の鉄扉を激しく叩く召喚者川戸の声が響く。
「生きのびておったか!!ケガをしているかもしれん!はよう開けてやれ!!」「はい!」
ダムンッ!
国王フナフティの指示で重い扉が開かれる。
「おぬしらケガはないか!?」
「あっ、いえ……まだ戦えます!」「えっと、大丈夫じゃないけど大丈夫です!」「はいあの、なんとか生きてます!」「右に同じです」「はぁ……当分櫓は走りたくねぇっす」
国王の第一声に驚きつつ返事をする五名。
「虎口はどうなった!?」
しかし王兄タヴキを睨んだままのケルマンジャー将軍の言葉で我に返る。
「あの冒険者ベビーイーグルの二人が抑えてくれています!だから助けに来ました!!」
天守閣の間に飛び込んだ返り血まみれの召喚者五名。
「本当にすまぬ!かたじけない!!」
涙目の国王フナフティは叫びながら柄杓の水を五人に馬鹿みたいに浴びせる。返り血が流れ落ちる。体から湯気を上げている五名の減りに減った体力ゲージがみるみる回復していく。
「逆賊タヴキ!悪事の片棒を担ぐファガマロは消え去った。今すぐ降伏せよ!!」
ケルマンジャー将軍がとうとう〝それ〟を叫ぶ。
「逆賊?降伏?」
鉄扉が叩かれ、開かれ、召喚者が突入して彼らが回復するまでの、弟のふるまい。
「分をわきまえぬ小娘よ黙れ」
そして王族でもない者に貼られた「逆賊」のレッテルと、突きつけられた「降伏」の命令。
「分不相応のお前こそ黙れ!!!」
王族を相手に一歩も退かないケルマンジャーを、胸を打たれたかのように見つめる親衛隊。
「うふふ……」
(こいつらは一人残らず必ず殺す)
王兄タヴキの堪忍袋の緒が完全に切れる。
「国王の命を脅かした罪!万死に値する!!」
ケルマンジャー将軍の裁きに呼応するように親衛隊たちが表情を引き締め、武器を握り直し、構えなおす。顔や皮膚に滴る桃仙をなめて少しでも体力を補う。
「加勢します!」「やります!」「そのためにダッシュで来たんだし!」「あのステータスとパラメーター、なんか嫌な感じはするけどな」「大丈夫。〝赤川岳〟よりは絶対マシだから」
「みな、かたじけない!」
将軍と国王にことわり、召喚者五名も急ぎスタンバイを終える。
「弟よ」
ドスを効かせた声が室内をこだまする。
「へ?」
「何か申せ」
兄は、弟だけを見て言う。
「え?」
「俺は寛大だ。虫けらが何をほざこうと、あるいは聞き流そう。だがお前だけは別だ。なぜならお前は俺の弟。母は知らぬが、少なくとも俺と同じ父の血が流れておる。そのお前が何を考えているか、俺に申せ」
「……兄上」
「何だ?」
「頼み申す。……退いてはくださらぬか」
「それを望まぬ者が大勢いるとまだ分からぬか?」
「兄弟で争いたくはございませぬ」
「すべてはもう遅い。手遅れじゃ」
「そうでございますか」
表情をうっそりさせた国王は柄杓の水をそっと口に含む。ゴクリと喉を鳴らす。
飲み終えた国王フナフティが刮目する。
「全軍に命ずる!忠臣ナイラガ・ヴィテレヴを殺したその逆徒を誅せよ!!」
ケルマンジャー将軍以上の大声が玉座の間に鳴り響く。
「ふふ。よくぞ申した」
兄は口辺に笑みを漂わせる。
本丸御殿に落ちた逆臣ファガマロと理由は違えど、天守閣にいる王兄タヴキもまた、〝最初から〟標的を殺しに行くことにした。
(なんだ?コボルトとドワーフの様子がおかしい)
王都マスバテ北郊外。
王都の東郊外で暴れ回り敵一個師団を壊滅させた勇者星野風太郎は指二本を失った状態で現在、北郊外に向かっていた。
北と南からの援軍がもうじき到着する――。
当初から予想していた包囲作戦の概要を反乱兵の幹部から聞きだした星野は南と北どちらの守備に回るか悩んだ末、北に回った。
(南の方が確かに集まりやすい。しかし南はあれだけの〝厄災〟にこのタイミングで見舞われた。恐慌、物資の焼失。いずれにせよ南で軍を集結させるのには時間がかかる。北からの援軍はその点不利かどうかは不明確。予定通り集まる可能性が高い。だから最優先で潰す)
失った指を見ながら星野はそう考えた。
星野のいう厄災。
魔物であるダクシャ兄弟姉妹の一人ロロノアのなれの果て。
製錬都市マリタ一つをとり込んで造り上げた電磁力加速銃レールガンによって、アーサーベル王国全体が物理的かつ精神的衝撃を受けた。
集まろうとしていた反乱兵の遅延遅滞そして離散は事実として発生していた。
しかしロロノアはグレムリンによって破壊され、電源装置となって都市マリタで鎮まった。
そして事態をいち早く収拾した稀代の名将軍ズムウォルトによって、南からの反乱支援軍は星野の予想に反して早めに到着してしまった。マリタから飛んできた冒険者ベビーイーグル四名が当初戦っていたのはその反乱軍。
その反乱軍の様子が、おかしい。
(南で何が起きている?)
星野は血のつながる嵐太郎と星野の宝具である菜単にとりあえず連絡を試みる。
〈人間ダケ焼イテル〉
天守閣に向かう道上を走る武装した反乱兵。その人間族〝だけ〟を焼いているという嵐太郎。
〈虎口で、人間ダケ倒シテイマス〉
城壁をコボルトから守る任務をやめ、人間族の反乱兵〝だけ〟が流れ込む城の出入り口で戦っている菜単。
〈人間だけ?コボルトやドワーフはどうしたんだおい?〉
〈モウココニハイナイ〉
〈なんでだよ?〉
〈彼ラ、人間ヲ、殺シテイマス〉
〈は?〉
星野の耳はそのとき、二つの共通する音を拾う。
ハンマーの頭どうしを打ち合わせる高い金属音。そしてもう一つはオオカミのような長い遠吠え。
〈別の反乱が発生した?〉
勘のいい勇者星野がある仮説を立てる。
〈二種ノ家畜ガ家畜ヲヤメテ、飼イ主ヲ食ッテル〉
火災が炙り照らす夜宙を舞うフレイムドッグは弟の仮説を暗示的に肯定する。
「……」
〈なあ。そっちは何とかなりそうか?〉
〈カマ烏ト尻尾鬼ガ戻ッタ〉
〈油虫ト蓑虫、強クテ草デス〉
「へへ。頼りになる冒険者が戻ったか……そいつはまじで良かった」
(そしてあいつは……大丈夫だよな?)
デカいリュックを背負う鞭使いの召喚者黛明日香の姿が脳裏に浮かぶ星野。
「ま、ガキンチョの心配している暇なんて、今の俺にはないわな」
指の傷口を焼灼している星野風太郎の前に、兵の集団がゾロゾロと向かってくる。
チャンチャラー・ストーディア:Lv7(人間族)
生命力:777/777 魔力:7/7
攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7
魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性
特殊スキル:七大罪
サパンローイ・ジョアンナ:Lv7(鉱人族)
生命力:777/777 魔力:7/7
攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7
魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性
特殊スキル:七大罪
シィーエーク・セッティモ:Lv7(狼人族)
生命力:777/777 魔力:7/7
攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7
魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性
特殊スキル:七大罪
コンファーク・ショーペロ:Lv7(狼人族)
生命力:777/777 魔力:7/7
攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7
魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性
特殊スキル:七大罪
ワッタルン・ウッシャーモ:Lv7(鉱人族)
生命力:777/777 魔力:7/7
攻撃力:7 防御力:7 敏捷性:7 幸運値:7
魔法攻撃力:7 魔法防御力:7 耐性:光属性
特殊スキル:七大罪
(一個大隊ってところか。にしてもふざけたステータスパラメータじゃねぇか)
言いながら手ぶらの星野は懐から煙草を取り出す。指の切断面だけでなくこちらにも火を点ける。
「スー、フゥー」
煙草を咥えたまま煙をゆるゆると鼻から吐く。吐きながら、近づいてくる兵の異様さを窺う。
(ワンコロがこれだけ鳴いても反応なし。小人がこれだけカンカンやっても動じねぇ。空威張りが得意のヒトサマも臆病風に吹かれる様子が全然ねぇ。……つまりこりゃあ)
既に星野の両手には、転移させた中華包丁型の魔剣二本が握られている。
(ヒト相手じゃねぇなぁ)
チリチリチリ……
膝を屈め腰を沈め、煙を深く長く吸った星野の煙草が一気に赤くなり短くなる。
「燻香排骨」
短い詠唱のあと、星野の両腕と魔剣が唸りをあげて一瞬、消える。
ドムンッ!!!!!!!!!!!!!!
星野から白い煙が一つの波紋のように、広がる。
三日月を象ったような極薄の煙は最初の轟音のあと、音一つ立てず大地を滑るように移動しながら広がり、大隊を構成する敵兵士の首をサラリと撫でて通り過ぎる。
ドサドサドサドサドサドサドサドサ……
人間族。狼人族。鉱人族。甲冑と兜の間のわずかに露出した皮膚から血が滲み、断たれた首から下の肉と骨は歩く兵士を取り残し、頭部だけを落下させる。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ……
「はぁ……へへ」
首がなくなっても止まらず歩き続ける兵士たちを見て、鼻の頭をポリポリ掻きながら苦笑する星野。
(中隊1個分くらいは刎ねたが、ヒトデナシには通じねぇよな)
ブシュウウ……
前進を止めない首なし兵士の首切断面から血が噴き出る。
グパッ。
「ヤクザ軍隊のくせに大層な路銀をもってんじゃねぇか」
兵の首先から生えた金属は、星野の背後で炎上する首都マスバテの大火を映して鈍く輝いている。
チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨)
生命力:7/7 魔力:777/777
攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777
魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性
特殊スキル:英雄崇拝
チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨)
生命力:7/7 魔力:777/777
攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777
魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性
特殊スキル:英雄崇拝
チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨)
生命力:7/7 魔力:777/777
攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777
魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性
特殊スキル:英雄崇拝
チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨)
生命力:7/7 魔力:777/777
攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777
魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性
特殊スキル:英雄崇拝
チシアーモ・アルツァーティ:Lv7(忌念硬貨)
生命力:7/7 魔力:777/777
攻撃力:777 防御力:7777 敏捷性:77 幸運値:777
魔法攻撃力:777 魔法防御力:777 耐性:光属性
特殊スキル:英雄崇拝
「人間辞めて名前がそろったか。英雄崇拝?英雄ってのは一体だれのこった?」
再び技を放つ準備をしながら、星野は巨大な金貨を首から生やした兵士たちのステータスパラメータから読み取れる情報を探せるだけ探す。
「?」
一人の兵のコイン面にある肖像画の老人が口元をゆがめたことに、星野が気づく。
ブシャッ!!!
老人の口がぐわんと開き、そこから液が鋭く星野に向けて発射される。
「喉に痰でも絡んだかジイさん?吐くならてめぇの足下に吐けよ!」
星野が避けた強塩基性の体液はそのまま大地に着弾し、刺激臭を上げながら地面をすぐに溶かす。
シュルシュルルルル……
金貨の肖像画老人の開いた目から伸びる、黄金の触手たち。
「金貨の魔物……こりゃ完全なノーマークだったな」
星野が魔剣「石旋風」を手に、漆黒の原野を疾走する。
アーサーベル王国北部から出現した千人の〝反乱兵擬き〟。
王国を転覆させようとするクーデター事件において、ついに黒幕が出してきた切り札。
(やるしかねぇ!)
危機に瀕する王国の中、敵の切り札を相手に出来る唯一の人物は今、自らの責務を全うするべく〝金の亡者〟に刃を当て始めた。
nummus




