第三部 魚身求神篇 その一
光「かの魔女の様子は?」
土「順調だと推定する。城はほぼ完成し、金属の打ち上げも済んだ」
水「しっかしすんごいこと考えるよね。重力魔法を使えてもあんな高いところから物を落として誰かの頭を叩こうなんて普通思いつかないよ」
闇「召喚者は常に想像の上を行くものよ」
光「だから異世界から神が呼び寄せる……我らをひねり潰すために」
土「……そうはさせぬのであろう?」
光「当然じゃ」
土「ところで少し気になることがある」
水「何?どうしたの?」
土「イフリートの動いた気配がある」
三柱「「「!」」」
土「魔王領の地下に停止していたはずのイフリートが北西にかつてない速度で進んでいる」
闇「地区の下を巡回しているのではなくて?」
土「数百年の間に築いた軌跡とは明らかに異なる。掘削して新路線を開いている」
光「よもや……魔王が動いた、か」
水「でもなんで今このタイミングなの?」
光「魔女の〝宝石箱〟はどこじゃ?」
闇「……なるほど。そういうこと」
光「誰よりも辛抱強いアヤツが動いたのじゃ。逆鱗に触れたか、それとも罠か」
土「我はどうすればよい?」
光「しばらく魔女の支援を中断した方が無難であろう。魔王を甘く見てはならぬ。「火」を捉え、その星獣イフリートを支配する者じゃ。奴の真の狙いは「土」であるそなたかもしれぬ」
水「ま、十中八九、〝魔女〟狩りが狙いだと思うけどね」
闇「大地を削り、大地を浮かせた者に罰を下す」
光「皮肉じゃが一番「神」のような存在。それが魔王ウェスパシア。おそらくはイフリートだけで終わらず、魔女を相手に何らかの策を講じてくるのであろう」
水「とにかく「土」!魔王に捕まらないよう気を付けてね!」
土「遅れはとらぬ。慢心もせぬ。そしてそれは汝らも同じこと。ゆめ油断せぬことだ」
闇「そうね。特に私は慎重に行動するわ」
水「厄介だけど、頭悪そうだから大丈夫だよ。あんなイカれ歌姫」
光「しかし「月」の歌姫。ゆえに危険なのじゃ。無様でも何でもよい。「闇」よ、とにかく生き延びよ。歌姫は機をみて魔女にでも討たせる」
闇「地の果て、いいえ、海の果てまでも逃げ切るわ」
水「そして「水」の僕と「光」がアイツを叩き潰す」
光「左様。「風」を既に捕まえ、何より神に愛されし玩具、ナガツマソラを」
闇「「風」……いなければいないで、さみしいものね」
水「ふん!あんなヤツ……………「火」も「風」も、いつか戻ってくるよ」
光「否」
三柱「「「?」」」
光「「戻ってくる」のではない。取り戻すのじゃ。我らの手で。よいな?」
三柱「「「応」」」
1. プロローグ
アーキア超大陸北部。ソイグル王国。
「ぶえっくしぇん!」
「ひぃ!?ちょっとアスカちゃん!嘘でしょ!?」
「ごみんごみん。ぐすっ。誰かが私の噂してるみたい」
「そんなのはどうでもいい。主よ。口に食べ物を入れたままくしゃみをしないで欲しい」
「そんなの無理やねん。生理反応やし呪いかもしれへんし」
「だからって口を全開にしてこっちに中身全部を吐かなくてもいいじゃない!」
「なっはっはっ!!お嬢は食べっぷりも豪快だが、くしゃみ一つとってもこれまた豪快!」
「……エンガチョ」
戦禍の絶えないオルフェス王国とティオティ王国の中間にあり、豊富な地下資源を有するソイグル王国の城山都市ヌズワニ。
貿易中継地点であるため、道行く人々は様々な衣装をまとい、様々な言語を使う。市場には石臼で小麦粉を挽く音があちこちで聞こえる。石で挽かれミネラル豊富な小麦粉で焼いたパンの焼けるニオイ、花売りのもたらす色とりどりの花の香りがそこかしこで上がる。
その都市の中心部にある大衆食堂「キールン」で五人の冒険者が食事をとっている。
食堂は商業ギルトとくっついているので建物全体は大きく、人もまた多い。その人々の大半は食事を楽しむか、鉱物の価格相場の変動をネタに不満をぶちまけるか、汗をふきふき商談を進めている。
「それにしても朝から活気のある街だ」
キャベツとベーコンのペペロンチーノを食べる尾鬼人族が周囲を改めて見回す。
彼の本名はグウェイ・ロマネ。
身長210センチの体重120キロ。
ティオティ王国の戦犯として死刑寸前の所を、召喚者である黛明日香の計らいにより脱出。黛に協力するという条件で彼女の指示に従い動いている。ここでの偽名は「グッサン」。
「まあ、貿易中継地点だからね。戦争みたいなドンパチはほかの国に任せて自分たちはせっせとお金儲け。そしてここ掘れワンワンであれやこれや出てくる土地だから当然じゃん?」
答える黛は黒髪ツヤアリのウェーブロングのウィッグをつけている。
粗末な茶色の布と、羊のなめし皮の修道服。腰は縄紐で縛ってある。その服の下にタクティカルベストを着ていることは、誰も知らない。そして彼女の冒険者名は「ミヤザワケンジ」。
「来るのは初めてだけど、ティオティなんかと違って人種が色々って感じ」
黛の盛大なくしゃみによって顔面に付着したミートソーススパゲッティを布巾で取り除くのは烏人族のハーバー・ドメーヌ。
身長189センチの体重71キロ。
事情はグウェイとほぼ一緒でティオティ王国戦犯の国外脱走犯。ゆえに現在は偽名「バービー」で行動中。
さらにこの亜人族二人に共通しているのは全身の整形と変装。
筋骨隆々(りゅうりゅう)の尾鬼人族のグウェイの場合は額の二本の角を削り落とし、後ろに束ねていただけのロングヘアは短くして七三分けのオールバック。そして伊達メガネ。フィールドジャケットM65とジーンズ。異世界的にはカオスの恰好を黛があえてチョイスした。
そしてハーバー。
全身に黒い羽毛の生えていたカラス頭の烏人族は青のモヒカン、細身の筋肉質の顔と背中の翼以外は脱毛して鳥肌丸出し。背中の翼はしかも脱色して白。天使となった背中の羽がレザースーツから伸びる。ついでに指にはめた指輪はドクロをあしらった銀。ヘビメタコーディネートも何もかも、主人である黛のチョイス。こうして二人はどこに出しても恥ずかしくない変態ビジュアル系冒険者となった。
「あのオナゴ、尻がうまそうだ。実にそそってくるのぉ!」
「……女はどうせまずい」
グウェイとハーバーが黛の古参の部下だとすると、残りの二人は新参。
他のテーブル客が一番ジロジロ見ている巨漢の名前はフランチェスコ・アジョシ。
赤のウルフカットは身長180センチで体重150キロの男。
この44歳の油虫人族は地下興行でプロレスラーをやっていたが、強すぎて賭けが成立せず食えなくなり、冒険者に転職した。
強いが女癖の悪いため冒険者パーティーをすぐに追い出されるこの元レスラーがナンパしたのが黛。黛の尻を勝手に触った代償に水属性魔法で男性器と睾丸を一瞬で凍らされた直後、許しを乞い、ついでに黛のパーティーのメンバーになった。睾丸一つが凍傷で砕けても性欲は衰えない。
そして声が大きいため、とにかく目立つ。
トラブルメーカーのフランチェスコがいるということは残りの面子もどうせろくでもない。食堂の他の席の客はそう認識するため、異常な姿の戦犯二人はフランチェスコと同類とみなされ、修道服の召喚者はフランチェスコに買われた夜伽の相手くらいにしか思われない。
もう一人はカリオストロ・サンレオ。
蓑虫人族の男は身長168センチで体重45キロ。
蓑笠と蓑衣と腰蓑で全身を隠している。両腕は事情があって肘から先を失い、そのかわり自ら皮膜を破いた二本の翅を、腕代わりにして器用にイカスミのパスタを静かに食べている。
この亜人族は鉱物資源を得るために鉱山を物色していた黛と、鉱山の中でばったり遭遇した。体術の強さが黛と互角なうえ、特殊スキルをもつため黛に気に入られ、食事の保証を条件に黛らと一緒に行動している。
巨大な蓑の塊が翅を使って食事をしている様子はどこからどうみても異様で気味悪く、まわりの客はフランチェスコやグウェイやハーバー、黛は見ても、カリオストロだけは見ない。すぐに視線をそらす。
かくして黛明日香率いる、冒険者登録を済ませたチーム『ベビーイーグル』は鉱山城市の中心街の食堂で一人三キロずつ、好みのパスタを平らげている。
「いつも思うけどアスカちゃんの胃袋ってどうなってるの?」
「まだあと二キロくらいいける予感。でもここで腹一杯食べたらうまい晩御飯たべられなくなるやん?せやからセーブしとんねん」
「なんと!晩飯を食べるつもりだったのか!なっはっは!吾輩は三日くらい食えないから食い溜めろということかと思っていたぞ!!」
「……おいしい。けど顎、疲れてきた」
「で、もう一度確認したいんだけど」
ソーセージとハムのパスタを食べているハーバーの手が止まる。
「なんだべ、バービー?」
「鉱山の調査をすればいいのよね?」
「ああ、その件だけどちゃうちゃう。調査っていうかゴミ掃除。今までいなかったところに魔物がわんさかゴッキーみたいに湧いたからそれを見つけ次第排除もする。だってそうじゃないと採掘ストップしたまんまになるっしょ?」
「なるほど、一週間のツアーというのはそういうことか」
「魔物を全滅させるのか!それは腕がなるわい!おっ、あの姉ちゃんベッピンだぞ!」
「……魔物、皆殺しできる。ふふ」
本来はティオティ王国の辺境エリゴにいることになっている召喚者黛明日香が、こっそり800キロも西に離れたソイグル王国の都市ヌズワニに来た理由。
それは自身の所有する鉱山に大量発生した魔物の駆除だった。
「採掘がストップした」
ティオティ王国が領有権をもつピルニツ諸島を拠点として秘密基地を造っている黛は、沈没船の財宝を回収することで着々と財を築き、その資金で他国の鉱山をいくつか所有している。鉱山からは銅、亜鉛、鉛、ニッケル、鉄、水銀、金、銀などの鉱物資源が得られて、それが基地の建造に回されていた。
その黛の所有する鉱山も含め、ソイグル王国全体の鉱山の様子がおかしい。
どの鉱山においても、採掘量が減るだけでなく、今まで目撃例が少なかった魔物が多数出没するようになった。
出没した魔物たちは鉱石を食らう好鉱物型の魔物で、通称ミネラルデビルと呼ばれる。彼らの出現によって多くの鉱山で、作業員の安全が確保できなくなり採掘がストップ。当然の帰結として市場に出回る鉱石の価格は高騰していた。
「これを解決するために島から二人を呼んだんだよ」
フォークで大きなミートボールを突き刺して口に運ぶ黛がモグモグしながら答える。
「どうにかなる相手だといいのだが」
皿を持ち上げペペロンチーノの残りをフォークでチャッチャと口にかき込むグウェイ。
「ならなかったらそれまでのこと!いつか石として我らも掘り出されるであろうな。わっはっはっは!」
カルボナーラを食べ終わったフランチェスコが炭酸水をゴクゴクと喉に流し込む。
「魔物……全部殺す」
イカスミのパスタを平らげたカリオストロが顔を皿に近づけ、皿に残るイカスミをぺろぺろ舐めながら言う。
「もちのろんろん。じゃあ前にも言ったけどグッサンとバービーはトッコロ鉱山。フラチェとカリオはマコマ鉱山。それぞれの鉱山の現場責任者には「やっべぇ奴二人組が魔物退治に来る」って手紙を送ってある。期限は一週間。鉱山内での単独行動はなし。必ずバディで動くこと。そして夕方六時にこの店に集合して私に状況を報告。約束破ったら四人ともかき氷にして海に捨てっぺさ。何か質問はあるっけ?」
「まさかこの格好でやれとはいうまいな?」
「当たり前田のクラッカー。鉱山の中に入ったら着替えてオッケー。フルチンでも何でもいい。ついでにグッサンとバービーはブツの使い方を実戦でマスターすること。フラチェとカリオはとにかく生きて戻ってくること。言うなら二人は今回の任務がテストやな」
「なるほど!新参の我々はそもそも主殿の前で能力をほとんど披露していない!当然そうなるな!」
「俺強い……誰よりも魔物、殺してやる」
「ほんじゃ勘定済ませたら参るとしやすか」
黛明日香が「よっこらせ」っと席を立ち、レジカウンターに向かう。部下の単独行動を許さないレベル81の異世界召喚者はそのくせ、たった一人で三つの鉱山を〝調査〟するつもりだった。
ソイグル王国調査一日目の夜。
カランコローン。カランコローン。
ソイグル王国でも指折りの豪華な大聖堂サンジョルジョの鐘が、午後六時を知らせる。
「おかえりなさ~い」
「「「「………」」」」
大衆食堂「キールン」にヘトヘトの『ベビーイーグル』四人が戻る。命令通り坑道の外では普段着に着替えているが、顔中煤だらけ汗まみれ、血まみれ。
「ごはんにする~?おふろにする~?っていうかおふろにして~。四人ともウンコみたいに臭いから店の裏の水桶で身体一旦洗ってきて~」
既にマルゲリータ一枚を平らげていた黛の命令で四人は仕方なく店を一度出て、裏手にある井戸にスゴスゴと向かう。
「ねえ、アスカちゃんって確か一人で鉱山三つ回る予定だったわよね?」
指輪を外しながらジャケットを脱ぎ出すハーバー。
「ああ。そして俺たちより早く戻ってきた」
眼鏡をはずし、瞼を閉じて疲れた眉間を指で押すグウェイ。
黛から既に金を受け取って待ち構えていた店の丁稚が怯えながら大きなバスタオルを四人にそれぞれ渡してその場からさっさと消える。
「もしや調査などせず、最初から食堂にいたとかは考えられぬか?」
釣瓶を井戸に落とし、縄を手繰り寄せるフランチェスコ。
「……魔物、遭わなかった?」
魔物の体液の付着した蓑笠の蓑を引き抜いて捨てるカリオストロ。
既に日は沈んでいる。
篝火だけの暗がりで四人は服を脱ぎ、煤や汗や血を洗い流す。やがて無言になる。
((((鉱山三つを自分たちよりも早く回り、魔物を瞬殺し、食堂に戻って待っていた))))
タオルで身体を拭きながら戦力差を再認識し、苦笑し、服を着直す。
「何を食う?」「シーフードピザね。アンタは?」
「吾輩か!?そうさな。ペパロニラバーが上手いと前にどこぞかで聴いた。蓑の小僧。お前はもう決めてあるか?」
「……ソーセージとベーコンのミートソース」
「なるほど。ならば俺はマスカルポーネを主にねだるとするか」
四人は食堂「キールン」にやっと戻る。
「おかえりみんな!ほんじゃま乾杯からいきますか!」
店の壁にくっけた木製のコップとそこから伸びる水の糸で外の会話を聞いていた魔女は既に四人のピザの注文を終えている。ビールの入った木の大きなコップが運ばれてまもなく、ピザは四人の元に到着する。そのマジックの〝種〟を教えられ、四人はやはり舌を巻いた。
「鉱山に行くと現場での採掘を請け負っているハワロー興業の社員四人が既に待機していてな、会うなり「ワニが出るから何とかしてくれ」と言われた」
ビールで出来た泡のヒゲを拭いながらグウェイが切り出す。
「でね、入って見たらドウクツワニの巣なのよ。参っちゃったわほんと。石を食べるワニなんて初めて見たわ」
「こんな感じよ」と石を食べるワニの真似をして見せるハーバー。普通のワニの食事と様子が違わないので「同じやん」と腹を抱えて笑う魔女。
トッコロ鉱山内の様子を話して聞かせるグウェイとハーバー。
彼らの倒した魔物たちの平均レベルは38。
グウェイのレベルが45でハーバーのレベルが46であるため、絶望的ではないが決して楽観視できる敵ではない。それでも彼らは主である魔女黛の命令に従い、一日でどうにか十九匹の魔物を退治した。
「吾輩たちの方も、社員だったかあれは?待ち構えておったな!」
既に一度乾杯の合図でコップをぶつけたフランチェスコがコップをカリオストロに近づける。
「……お前のせいで逃げた」
そのコップに、カリオストロの翅先が持つコップがコツンとまた当てられる。
「そうであった。冗談の通じぬ連中では仕方がない!わっはっはっは!」
タンブリ金属鉱山会社もハワロー興業と同じく社員がマコマ鉱山の前で冒険者の二人を待っていたが、やってきたフランチェスコが冗談で「お前らが魔物か!?成敗してくれる!」とからかったため、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げてしまった。
しかたなく予備情報なしにフランチェスコとカリオストロは鉱山内に侵入。結果として魔物マッドカンディルの群れをいきなり相手にしなくてはならなくなった。
「さんざん興行で無茶はしたが、あれはシャレにならぬと思ったぞ!」
マッドカンディル。平均レベル39。ナマズを大型かつ狂暴化したその魔物が群れをなして二人を襲う。
対してフランチェスコのレベルは40。
だがカリオストロのレベルは50。
結局フランチェスコが囮になって敵を誘導し、カリオストロが少しずつ敵の数を減らす作戦にフェーズ。
この二人の初日の戦果は三十三匹。
「みんな上出来。とにかく生きて帰れたんだからよかった」
言って二枚目のマルゲリータのピースをパクリとやり、口から伸びるチーズの糸を引きながら黛がフフフと笑う。
「そういう主はどうなのだ?」
「ん?あたし?ミンジ鉱山でグンタイサソリが出て、ダンテ鉱山じゃヤマハリセンボン、メーナ鉱山はドクカバがいたね。まぁ、なんとかなったっちゃあ、なったね」
「聞くだけ野暮だけど、全部で何匹くらい仕留めたのよ?」
「1000を超えてから数えんのめんどくさくなったから止めたよ。どうでもええやん。いなくなれば」
「千!?なんとっ!」
「……こわ」
シーザーサラダ、フライドチキン、アップルパイ、コーンクリームスープ、フォンダンショコラ。魔女の羽振りがいいとはいえ、ピザ以外にも皆は様々な料理を注文し、『ベビーイーグル』の酒宴は更けていく。客も入れ替わり立ち代わり現れ、みな笑い、涙し、叫び、消えていく。
「お前のところはどうだ?」
「ダメだ。Bランク冒険者に頼んだが、結局ミイラ取りがミイラになっちまった」
「Sランクは引っ張りだこで、しかもアイツら俺たちの足下見てやがるから依頼料をつりあげてきやがる!」
「お互いに商売人ってわけだ。笑うしかねぇな」
「反対に泣けてくるぜ。そっちは?」
「聞くだけ野暮ってもんでしょ。取引先もどんどん撤退して、商売あがったりよ」
「撤退って、ああ、アーサーベルか」
「羨ましいわ、ほんと」
「ここいらでどこか魔物のでぬ鉱山はないかのう」
「噂じゃ、ないんじゃない?アーサーベルの話じゃないけど、ほんと国外に当たるしかなさそうね」
「それじゃもっと金がかかっちまう」
「だな。誰かの所有する山を買うのはバカ高いし、買えたとしても一から設備投資するのは博打に近い」
「碌な話がねぇなぁ。お、そういえばパニュルジュ鉱山はどうなんだ?」
「はぁ?お前何言ってんだ。あそこは禁足地だろ」
「まあそうだけどよ。気にならねぇか?」
「ひょっとしてあの禁足地から魔物が現れてたりして……」
「やめてよ。ホントに怖いから」
「入ったら生きては帰れない鉱山か……確かに背筋が凍るわな」
「縁起でもない。あの鉱山の話なぞするもんではなかろう」
「そうだな。辛気臭い空気がもっと辛気臭くなっちまう」
「……」
「どうした主?」
フランチェスコの宴会芸で盛り上がっていた最中、『ベビーイーグル』の中で一人真顔の黛にグウェイが気づき、声をかける。
「ほぇ?ああめんごめんご。酔っぱらってぼうっとしてた!」
とろんとした表情をつくりながら、黛は次の日の予定を立て終えた。
翌日。
カランコローン。カランコローン。
午前七時を告げる鐘が聖堂から響く。
一週間貸し切りの宿屋を出て朝食を済ませた『ベビーイーグル』のうち、黛以外の四人は昨日と同じ作業場に向かう。その一方で黛は別の場所に向かう。
「へぇ、これが禁足地ねぇ」
自らの所有する三つの鉱山の魔物の殲滅を既に終えている黛は時間的に余裕がある。別の好物件があれば購入しようとも考えていた。
(鉱物が魔物のせいで突然とれなくなるのなら、魔物がいなくなれば再び採掘は可能になる。手放す連中が多い今がきっと買い時)
そして一番興味を覚えた場所へと、魔女は足を運んだ。
「……」
場所は、パニュルジュ鉱山。
ソイグル王国内では禁足地、つまり立ち入ってはいけないスポットとして人々に知られている。とはいえそこは国有地ではなく、私有地。個人が所有している。
鉱山の入口の横には石が置かれていて、「私有地につき、立ち入りを禁ずる」とだけ、刻まれている。
そして地蔵が六基。全て首から上が欠けていて、その頭部が地蔵の足下に、なぜか供えるように置かれている。
(赤い鳥居に、石畳、鉱山入り口の注連縄……おそらく召喚者の関係者が所有している)
異世界パイガにはまったく見られない神道と道祖神の気配を醸す鉱山入り口の様子に魔女は警戒する。
(周囲に魔物の気配はなし)
魔女は鉱山に侵入する。壁面に触り、魔女は驚く。
(シールド工法……どんだけ巨大なフナクイムシを使い魔にもってる)
穴を穿った坑道が崩れ落ちないよう、穿ってすぐに穴の壁面をセメントで覆った形跡を魔女は発見する。
デテイケ……デテイケ……
パニュルジュ鉱山の坑道に入ってすぐ、魔女は坑道奥から響く声を聞く。魔道具もしくは魔物の気配を探……
カチ。
「!?」
ドオオオオンッ!!!!
対人地雷の信管を踏んだことに気づいたときには、魔女の右脚は太腿までバラバラに吹き飛んでいた。
「く……」
すぐさま身を起こし、水属性魔法を使用し、傷口の応急処置を始める魔女。出血は止まるが、焦った全身から発汗が止まらない。
(地雷原まで用意してるなんて……迂闊だった!)
人為で作動するクレイモア地雷を警戒し、魔女はすぐさま坑道を出た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
異世界に来た際に、魔女は飛躍的に魔法の力を高めている。それは魔術師の域を超え、冥級魔術師、すなわち人体の細胞増殖すら支配できる。
つまり呪詛という制約さえなければ、手足を失っても魔力を使ってヒトデのように体を再生させることができる。ただしヒトデのように全身が脳ではないため、頭部と意識を失えば死ぬ恐れはある。
「ぐ……」
とはいえ人体再生には膨大な魔力が必要になる。
(地雷を警戒していたら全然先に進めない。となると宙に浮いた状態で進むしかない)
肩で息をし、脚を再生させながら、魔女はあれこれ考える。
(考えなしに入った罰。調べもせず〝敵地〟に飛び込んだ罰。らしくない。私らしくない)
脚一本と全身の傷を再生させたときには魔力はほぼ枯渇し、疲労困憊になりながら魔女は宿場に戻る。『ベビーイーグル』のハーバーに起こされるまで、泥のように眠ってしまっていた。
「何かあったのアスカちゃん」
数十分おきに目を覚ます訓練を続けてきた魔女は、久しぶりに四時間ものあいだ意識を失っていたと知る。
「体がだるくてさ。生理中なんよ」
しかも、自分で覚醒できたわけではなく、意識を引きずり上げられたことを知る。
「分かるわ。ツラいわよね」
相手が味方でなければ死んでいたかもしれないと知る。
「おカマに分かるわけないやん。いいからご飯食べにいこ」
「そうしましょ。みんなもう二時間も待ってるわ」
「食べないで私のこと待っててくれたの!?なんかうれぴー!」
「食べないだけで呑んでるわよとっくに」
「あっそ」
魔女は『ベビーイーグル』の四人と陽気な顔をして食事しながら、別のことを考えている。
思い出している。
爆発の瞬間を。闇の声を。シールドコーティングされた坑道を。
入口の注連縄を。首のない地蔵を。赤い鳥居を。花崗岩の石畳を。
(なぜだろう……)
魔女の脳裏に浮かぶ、一人の人間。
かき消しても浮かぶ、一人の人間。
(どうして連想する?)
かき消そうとするたびに、今まで自分で仕入れてきた様々な情報が脳裏に蘇る。
イラクビル王国で、手に負えず封印されていたはずの追放聖皇オパビニアが復活し、けれどたちまち行方不明になったこと。
ロンシャ―ン大山脈で起きた噴火が予想に比べて規模が小さく、また溶岩流が人口密集地帯を避けるように流れたこと。イラクビル王国と魔王領バルディアの軍事境界線をなぞるようにして流れたこと。
風の大精霊を祀る盤石の塔ペニエルが一瞬のうちに崩れ去ったこと。
そしてアルビジョワ迷宮。そこから発生した超大規模の魔力波動。
(クソ冥級魔術師が宿る可能性の最も高い存在……)
〝それ〟は、ソペリエル図書館での読書。
〝それ〟は、日銭稼ぎのための香料作製。
〝それ〟は、収納魔法所持。
(十七胴の溝呂鬼万葉はバカじゃない。強い宿主を選んでこの異世界に逃げ込んだはず)
〝それ〟は、異世界召喚と呼応するように起きた、動物と人の大量失踪。
〝それ〟は、生贄を捧げ終えたかのごとく、赤く染まった大河。
(歌姫殺しの私を殺す、最適解)
〝それ〟は、不可解な人間性。
〝それ〟は、異常な記憶力と知識。
〝それ〟は、器用すぎる動物解体。
(そんなジョーカーは、アイツしかいない)
〝それ〟はまるで、照明の一切ない坑道の奥のよう。
すなわち、
「永津真天」
「「「「え?」」」」
「食べたらまた眠くなっちった。グッサンもバービーもフラチェもカリオもご苦労さん。明日も頑張って魔物をぶっ殺してちょ」
大きな欠伸をすると、黛は目をこすりながら会計を済ませに席を立った。
翌日。
『ベビーイーグル』の黛以外は昨日同様鉱山の魔物退治に出かける。
他方で黛は街の銀行に足を運ぶ。煙突から侵入し、警備員を気絶させ、銀行の金庫にこっそり忍び込み、保管されている文書を漁る。ソイグル王国では銀行は、商取引などの契約書の保管も行っている。
「パニョルジュ、パニョルジュっと……」
禁足地というあだ名のついたパニョルジュ鉱山の所有者について調べ始める魔女。書類はやがて見つかる。
「坑内地図はないんか~い。で、なになに……銀がとれるのね。ほ~結構な採掘量じゃん。あれ、何か塗り潰してある。チッチッ甘い甘~い」
水を自在に操れる魔女はインクの染み抜きすらできる。
「金と、蛍色に光る石。蛍石かい。あっそ。んで、名義のところも塗り潰してやんの。これじゃ契約書の意味ないじゃん」
魔法を使い、再び染み抜きをする魔女。
「……」
新たにシミを抜かれた箇所は六つ。
すなわちパニョルジュ鉱山は所有権が六名の人物にある。
共同出資者が六人と理解した魔女は、六人の名前をじっと見る。
カンナ・ヨグソトス(地上0層掘削権所有)
リン・ツァトゥグァ(地下4階層掘削権所有)
ノリコ・マンティコラ(地下1階層掘削権所有)
ノノミ・ナックラビ(地下7階層掘削権所有)
モモカ・ドゥリアガー(地下2階層掘削権所有)
ミチコ・ラマシュトゥ(地下6階層掘削権所有)
「ふ~ん。なんで地下三階層がないのかな~。あやしいよね召喚者さ~ん」
魔女は頭の中で階層の数字を並べ替える。
「ポケベルの番号っぽくね?バブリー世代やなこれ」
⑦ノノミ・ナックラビ
②モモカ・ドゥリアガー
④リン・ツァトゥグァ
①ノリコ・マンティコラ
⓪カンナ・ヨグソトス
⑥ミチコ・ラマシュトゥ
(724106……たしか「何してる」か)
「うふふ……」
(声まで聞こえてきそう。アイツの声が)
苦笑する魔女。興奮のあまり、便意すら催す。
⑦ノノミ・ナックラビ
②モモカ・ドゥリアガー
④リン・ツァトゥグァ
①ノリコ・マンティコラ
⓪カンナ・ヨグソトス
⑥ミチコ・ラマシュトゥ
「昔っから偶然とは思えないんだよねぇ、こういうの」
銀行をあとにした魔女は道具屋に顔を出し、店中のマジックポーションと店の家宝として飾られているエリクサー1個、そして照明用の魔道具を全て買い占めた。
「よっしゃあ!ばっちこいやー!」
タクティカルベスト姿でバックパックを背負った魔女は、再びパニュルジュ鉱山の内部に侵入する。
ポーションを絶えず飲みつつ、重力魔法で身体を地上十センチ程度に浮かせ、慎重に内部へと進む。手には手作りの銀玉鉄砲、すなわちウィンチェスターM1897。総弾数5発のショットガンはブービートラップを次々と見つけては、わざと撃ち抜いて爆発の轟音を坑内に響かせていく。魔女は全身を覆う水膜以外に水属性魔法を使わない。重力魔法を常に発動している魔女にとってそれはさらなる負荷に他ならないから。
(これだけ騒いでいるのに誰もこないってこと、ある?)
魔物は一匹も出てこない。あるのは無数のブービートラップと「デテイケ」のBGMのみ。そこが魔女に、ここが異世界であることを一瞬忘れさせる。
「!」
そして魔女はとうとう、テントの張られた一角を見つける。
(地下3階層……)
そこには穴だらけのテントのほか、木樽や木箱、掘削や運搬に必要な資材が転がっている。
そして骸骨。
ボロボロの布切れを纏った骸骨が紙の資料を抱えたまま、坑道の壁に背を預けて歳月とともに座っている。
「……」
魔女が照らす照明で、ドクロの眼窩の奥に隠れていた土蜘蛛が慌てて逃げていく。年月を経た骸骨は埃まみれ、蜘蛛の巣まみれでその場にじっとしている。
「動かないっスよね?」
照明用魔道具を一帯に撒き、ウィンチェスターを構えて魔女は骸骨に近づいていく。
骸骨が何か資料のようなものを抱えていることに魔女は気づいている。
魔女は近づきながら考える。
持ち上げた瞬間に起爆するトラップはないかと。骸骨が倒れた瞬間に起爆するトラップはないかと。あるいはここにきて、死骸が魔物の擬態に過ぎず、屍鬼のごとく襲い掛かってくるのではないかと。
けれど自分の眼に骸骨のパラメーターは映らない。召喚者の目を欺けるほどの能力者かもしれないと魔女は疑う。疑えるだけ魔女は疑う。そうしてとうとう、骸骨の目の前まで来る。ウィンチェスターをしまう。ここで初めて氷の銃剣を握る。いざとなれば氷の盾に変形させる用意までして。
スパン!
資料を抱きかかえていた骸骨の腕を銃剣で一気に切断する魔女。そして資料も骨の腕も一度氷漬けの球体にする。
ゴロゴロゴロ。
「……」
何も起きない。
骸骨にブービートラップが仕掛けられていないことを確認した魔女は氷の球体を溶かし、資料を手に取る。ページをめくろうとする。けれど視野に入れることで発動する呪詛があるかもしれないと思い、ページをめくるのを止める。
「もうこんな時間か」
魔女はバックパックに紙の資料を入れ、ポーションを飲むと、パニュルジュ鉱山の出口に戻った。
「今日はどんなもんよ?」
「主殿!褒めて下され!吾輩さすがに囮になって這いずり回ってばかりではいられないと覚悟を決め、今日はマッドカンディルを素手で絞め殺しましたぞ!」
「あの凶悪なヌルヌルナマズを絞められたの?」
「……焼きながら絞めてた」
「えぐ~」
「味見しましたが食えたものではないですなあれは!」
「魔物なんて食べるもんじゃないわよ」
「そうなのか?」
「ああ。食わない方がいい。よくは知らないが、我々の体に入ると、奴らの血肉は毒になる」
「……食わない。殺すだけ」
「なるほど!バービーとグッサンのおかげでまた一つ賢くなった。それにつけてもそろそろ女を抱きたい!もうギンギンじゃ!主殿!今夜は少しばかり羽目を外してきてもよいか!?」
「はいはい行ってらっしゃい」
「カリオストロ!汝も来るか!?」
「……いかない」
「なんと!ではグッサンとバービーはどうだ!?」
「あたしはいいわ。グッサンといいことするから」
「冗談はやめろ。俺は疲れた。いつも通り部屋で編み物をする」
「そうか!グッサンは個室で緊縛プレイを楽しむのだな!」
「なんでそうなるねん」
「じゃああたしは違う大人のお店に行ってくるわね」
「行ってらっしゃ~い。明日の朝までに戻らなかったら「逃げた」ってことにするね」
「「死んだ」ということにならないのが恐ろしいな」
アントピウス聖皇国から遠く離れ、しかも貿易中継国家ゆえに金と富がソイグル王国にはある。このため法と宗教の箍が緩み、そこに風俗業の繁栄が生まれる。
昼とは違う夜の顔が、ソイグル王国にはある。
世情に通じ、芸事すらたしなむ娼婦と男娼は高級扱いされ「宮廷の娼婦」と呼ばれ、ただ体を売るしかない輩は女も男も低級扱いされ「蝋燭の娼婦」とここでは呼ばれる。
性欲を満たしたいだけの油虫人族の男は魔女がくれた小遣いで「蝋燭の娼婦」を買いに出かける。二度と運命の男には巡り逢えないと思っている烏人族の男は男娼を買わず、賭場に行く。偶然とは何かを味わうために。
「よいしょっと」
食堂を出て貸し切り宿屋に戻った黛とグウェイとカリオストロ。それぞれが自分の部屋に戻る。グウェイは一日を振り返りながら編み物をし、カリオストロは過去を振り返らず自分の蓑の手入れを黙々とする。
それぞれが、それぞれの時間を過ごす。
魔女は、パニュルジュ鉱山で拾ってきた資料を取り出す。
カチチチ……
魔法を発動する。氷を鏡のように使い、直接文字から反射した光が目に入らないように気を付ける魔女。
ペラリ。
「………………………………………………………」
いつの間にか魔女の周りに生じていた氷は溶けていた。
水の魔女を水が濡らすことはないが、ベッドや床は氷が溶けた水で濡れたまま。
魔女はそれにも気づかず、資料を食い入るように読んでいる。
(嘘でしょ)
資料を読み終えた魔女は顔をあげる。呆然とする。
(光る石……そういうことか)
資料を閉じる。紙の表紙は魔女が発生させた水に濡れたせいで、今までなかったはずの文字が浮かんでいる。
『ナ号計画』
呪いの魔法など掛けられていないのに、文字を見た魔女の全身には鳥肌が立った。
「ねえ、アスカちゃんどこに行ったの?」
「朝いなかったら「逃げた」とみなすと脅しておいた本人がいなくなるとは。さすがは主殿!できれば主殿を抱きたいものだ!!」
「やってみろ。今度こそ男根を千切られるぞ」
「はっはっはっ!それもそうよ!妄想してみただけのこと!それで十分勃起できる!」
「……いちいちうるさい」
なかなか部屋から出てこない黛を心配して『ベビーイーグル』四人が宿屋の主人にかけあい、部屋の鍵を開けてもらう。けれどそこに黛の姿はない。どうしたものかと思っていた四人は、ベッドの上に置かれたメモを見つける。
『ごめんちゃい。ちょっと用事があるから二日間くらい留守にします。みんなも利益第一安全第二で仕事がんばってちょ』。
「留守って、まさかピルニツの島に戻ったんじゃないわよね?」
「それはないだろう。おそらくこの国のどこかで、我らのあずかり知らぬことをやっている」
「ふう……そうね。アスカちゃんってそういうこと多いから、きっとそうね」
「……秘密、多い?」
新参の蓑虫人族は古参の烏人族と尾鬼人族に改めて尋ねる。
「そうよ。それがアタシらのご主人。まぁミステリアスな方がワクワクするでしょ?」
「まったくだ!女から謎と穴をとったらミイラでしかない!」
「……お前、下品すぎ」
「なっはっはっはっ!」
「とにもかくにも主の帰りを待ちつつ、言う通りにしよう。腹ごしらえを済ませたら仕事の仕上げに入る。俺たちも今日中に最下層に到達する。そっちは階層こそ少ないが敵数は断然こちらより多い。油断せずになすべきことを互いになそう」
『ベビーイーグル』の四人はこうしてまた、バディを組みそれぞれの担当する鉱山に向かう。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
自分たちのリーダーが禁足地で死にかけているとも知らずに。
パニュルジュ鉱山。
地下7階層。
いたるところに緑の燐光を放つ鉱石が生えている。そしてその傍で朽ち果てるおびただしい数の動物、人間。ある者は鉱石に抱き着き、ある者は鉱物に尻を向けている。共通しているのは相当に年月が経過していること。誰も彼も朽ち果てすぎている。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
その地下7階層を降った8階層に、魔女はいた。
そこは禁足地。
そこはパニュルジュ鉱山。
そこは封印階層第8階。
『侵入者ニ警告。直チニコノ場ヲ去レ。侵入者ニ警告。直チニコノ場ヲ去レ』
(こいつが、絶対にアレを守ってる!)
魔女の前に立ちふさがるモノ。
動物の皮革を鋼鉄線で継ぎ剥いでつくった人造の皮膚。そして骨格は直立歩行する特別爬虫類、すなわち恐竜の形をしている。
ウィーン!ドロオオオオオオオオオオンッ!!!!!
皮膚を突き破って現れた金属塊が金属弾を次々に発射する。すなわち20ミリ機関砲。
ドゴ――オオンッ!!
金属製の筒は継ぎ接ぎ恐竜の皮膚の下からいくつも出ている。そのうちの一つ、サーマルジャケット式の戦車砲の砲身から125ミリの砲弾が魔女に飛ぶ。
「うっ!!!!!」
氷の壁も鎧も水の膜も打ち破られ、魔女の皮膚が瞬時に焼ける。破片が肉に容赦なく食い込む。重力魔法を解除し、今は全力で水属性魔法で応戦するしかない魔女。魔女の眼には継ぎ接ぎ恐竜のステータスが映る。
ナ号計画遂行型バハムート:Lv119(機械生命体)
生命力:61005/70000 魔力:0/0
攻撃力:200000 防御力:50000 敏捷性:6000 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:20000 耐性:闇属性、光属性
特殊スキル:火器使用(榴弾砲、迫撃砲、ロケット砲、戦車砲、機関砲、無反動砲)
(銃器ってだけでもやばいのに、しかもよりによって……)
魔女は必死に弾を避ける。あるいは何度も拵えた氷の鎧と盾で受け止める。
(やばい、マジで)
自らの肉に食い込んだ銃弾の破片でその危険性に気づく魔女。
氷の鎧と盾を溶かし皮膚まで焼いてしまう発熱弾でその危険性を確信する魔女。
第7階層の光る石を思い出しその危険性の意味を理解する魔女。
黛明日香:Lv81(ミナグロ。水属性魔法使い)魔法攻撃力と魔法防御力成長補正。
生命力:499/6000 魔力:11011/400000
攻撃力:3000 防御力:3000 敏捷性:900 幸運値:400
魔法攻撃力:60000 魔法防御力:20000 耐性:水属性
特殊スキル:重力魔法
「ものみな歌え」
頭から流れる汗と血を袖で拭う魔女。拭った手首の先の指は膨らみ、血が噴きだし始めている。
「飛べ。番え。そして死ね……」
既に金髪赤瞳の本気モードに変化している魔女は愛用のモーゼルC96を握りなおし、呪い始める。背中から翼のように、光り輝く五線譜が伸びる。
「グレゴリウス、ゼクレンティア!!!」
「なんか、アスカちゃん抜きの食事が続くのって寂しいわね」
「ふっ、確かにそうだな」
「やはりむさ苦しい男どもの集まりにあって、主殿は花であるな!むおっ!?こぼれおちそうなオッパイの持ち主を発見!主殿の代わりに呼ぶか!?」
「……リーダーいないの少し、気になる」
黛ら『ベビーイーグル』がソイグル王国に入って六日目の夜。
『ベビーイーグル』の主人でありリーダーである黛明日香は前日の朝から一度も四人の前に姿を見せていない。つまり四人にとっては黛のいない二度目の夕食になる。一人で三キロ近いピザを平らげる豪の男たちは別に遠慮しているわけでもないのに、食が細る。自分たちの主の魔女が好んで食べていたミートソーススパゲッティを一人前ずつ頼み、肩を並べて静かにすすっていた。
結局食堂に黛は現れず、食べるよりも酒ばかり噛むようにして呑んで、くたびれた四人が宿屋に戻る。「まさか一人で部屋にもう戻っていることはないだろうか」とグウェイが黛の部屋をノックするも、返事はない。「何かあったかもしれないわね」と腕を組むハーバー。グデングデンのフランチェスコを支えきれなくなるカリオストロ。
ドガン!
フランチェスコが転がり、その重みで誤って黛の部屋の扉を開けてしまう。
「「「「!?」」」」
真っ暗な部屋には、一匹のクマがいた。
真っ黒の毛並みのクマ。ツキノワグマの形をしているが、月の白い模様のない。すなわちミナグロ。不吉の象徴。
「なんだクマ?」
ベッドの上のクマはそう言ってのっそりと四人の男たちに顔を向ける。
「お前、誰だ?」
おそるおそるグウェイが尋ねる。生粋戦士の性で、背中の尾が攻撃態勢に入っている。
「見てわからへん?どう見ても黒クマやん」
その声の調子で、グウェイの力みが消える。
「アスカちゃんなの!?」
逆に力むハーバー。
「そうだクマ」
「主殿!吾輩らが食堂で待っておったのにいっこうに現れぬとは一体どういう料簡じゃ!?」
床にひっくり返りながら叫ぶフランチェスコ。
「ごめんクマ。疲れて眠ってたクマ」
「クマクマクマクマ語尾に変なものをつけてごまかそうとしよって!さてはお前~、主殿の偽物じゃなぁグヘェッ!」
起き上がった酔っ払いオヤジを蹴り一撃で再び沈めるカリオストロ。翅の先に気絶したフランチェスコを引っかけ、「これ、捨ててくる」と言い残し、黛の部屋から出て行く。
「大丈夫なのか?」
「うん……大丈夫。ちょっと休ませて……」
グウェイとハーバーは娘をもつ両親のように顔を見合わせる。
(こんなに憔悴した様子は、かつて見たことがない)
(隙のないアスカちゃんが二度もこんな状態になるなんて)
二人とも既に酔いから完全に覚めている。
((誰かに、命を狙われてる?))
「俺は部屋の入口を固める」
「アタシは屋根の上で見張るわ」
グウェイとハーバーは黛の部屋を出ると、それぞれの〝持ち場〟についた。
ドスン。
「!」
午前三時頃、グウェイは黛の部屋の中で何かが落ちる音を聞く。黛の部屋に飛び込むグウェイ。見るとクマがベッドから転げ落ちている。
「本当に大丈夫なのか!主!」
「……かばん、とって」
「?」
言われてグウェイは室内の照明を明るくし、黛のバックパックを見つける。
「何を出せばいい!?」
「エリ、クサー」
そう言われたものの、グウェイはエリクサーを見たことがない。とにかくバックパックを急いでひっくり返し、たくさんの空の瓶の中から、中身の入っている瓶一本を見つける。
「これでいいのか!?」
明かりで事態に気づいたハーバーも屋根から降りてくる。グウェイが窓を開けてハーバーが滑るように飛び込む。
「エリクサーが欲しいらしい!ハーバー!これで間違いないか分かるか!?」
キュポンッ!
「間違いないわグウェイ。これがエリクサーよ!」
一般の兵士が一生分の稼ぎをつぎ込んでも買えない最高級ポーションの香りを偶然嗅いだことのあるハーバーがグウェイに告げる。二人とも偽名を使う心の余裕すらなくなっている。
「飲ませるぞ!」
グウェイがクマを仰向けにする。どこからどう見てもクマで、クマの毛皮を被った人とは到底思えないその動物の口を開かせる。黄ばんだ白い牙と桃色の歯茎が覗く。
チョポポポポポ……
そのクマの口の中にエリクサーをゆっくりと流し込むハーバー。緊張で手が震えている。
「ごほっ!ごほっ!ごほっ!」
むせるクマに焦るハーバー。そのクマを抱きしめ、背中をトントンと叩き続けるグウェイ。
亜人族二人による必死の看病。
「こんな家に生まれたかったクマ」
その最中、クマが何かをこぼす。
「「!?」」
咳き込むのが終わり、やっと声を出したクマに驚き、グウェイが抱きしめるのを止める。
「大丈夫か主!!」
「そんな真剣な顔を向けてくれるパパじゃなかったなぁ」
「アスカちゃん!しっかりして!!」
「ママのうちの一人はたぶん、そんな顔をしてくれたのかなぁ」
黛が譫妄状態と思った二人はとにかく呼びかけ続けようと躍起になる。
「まあどうでもいいかぁ」
「主!しっかりしろ!」「アスカちゃん!しっかりしてアスカちゃん!!」
「もう全員殺したし」
その一言でハーバーとグウェイの時が止まる。
((親を、手に掛けた?))
「な~んてね」
クマが起き上がる。四肢で身体を支える。野生のクマ同様の姿。
「大丈夫だクマ」
そして二本足で立ち上がる。
「エリクサーほんまありがと。おかげで回復できたクマ」
言うと、クマは再び四本足で身体を支える。のそのそと扉の方へ歩き出す。
「主!どこへ行く!?」
「裏庭で水浴び」
当たり前のようにそう言ってクマは部屋を出る。貸し切っている宿屋のため宿屋の夫婦以外の悲鳴も上がらず、クマは悠々と裏庭に向かう。
「なにさ、水浴びにきただけやん。そんなにウチの裸見たいんか?」
心配になって追っかけてきたハーバーとグウェイにクマがため息交じりに言う。言いながら、クマの皮膚は変化する。クマの毛皮を被る魔女の姿になる。
「うっふ~ん。ちょっとだけよ~ん。あんたも好きね~ん」
毛皮が魔女の肌から落ちる。裸形が月明りに照らされる。
「「……」」
脂汗をにじませたハーバーが耐えきれず、目を背ける。グウェイは目を釘付けにしたまま絶句する。
「ちょっと、無茶しちった」
黛明日香。その裸形が月明りの下に在る。
髪は抜け落ち、皮膚は爛れて赤い真皮がところどころ露出している。
残された皮膚には無数の浮腫がブドウの実のように生じてケロイドをつくっている。眼球は濁り、手足は膨れ上がり、爪はとれてしまっていてない。
「ど、どうしたのだ、その、姿は」
惨すぎる姿を前に、ようやくグウェイが口を開いた。
「う~ん。どこから説明したらいいかなぁ」
そのボロボロの魔女の体が少しずつ再生し始める。浮腫が一つずつ、消える。
「この世界には禁足地って呼ばれる立ち入れない場所があるのさ」
ケロイドが消える。皮膚が再生し始める。
「キンソクチ?」
「そう。その一つがこの国の場合パニョルジュ鉱山。食堂で聞こえなかった?生きては帰れない鉱山の話」
魔女の眼球の濁りが消える。赤い瞳が戻る。髪の毛が生えそろう。金髪のセミロング。
「聞いたかもしれないが、そこに一体何があるの?」
「何があるかは分からないけれど、〝何か〟があるから禁足地になっている。で、今回はね」
黛は氷の塊を転移魔法で取り出す。そして氷を蒸発させる。
「これ」
緑の燐光をあげる鉱物が、黛の手の中にある。そしてそれを掴んでいる黛の指先が再び膨れ上がり、血を噴き始める。
「一体、何なのその石は?」
血が流れることで石の危険性だけは認識できるハーバーが、戸惑いながら尋ねる。
「これ?これはね」
再び氷漬けにした石を転移魔法で他所に送る魔女。指が再生し、爪が生える。
ぶどうの集合体のような石。
光る石の正体。
「ウラニウム鉱」
すなわちそれは、天然のウランを含む鉱石。
「今見せた石はね、少しずつ壊れていって、その時に強いエネルギーを出すのさ」
「まさかその石に近づいたせいで、〝ああ〟なったのか?」
「まぁ、当たらずも遠からずってとこかな」
全身を再生させた魔女が「へへへ」とはにかむ。
パニョルジュ鉱山。
そこは天然のウランが採掘できる場所。
すなわち鉱山内は強い放射線で汚染され尽くしている。魔物も人間も長く居れば細胞内の水分子が異常運動を起こし、細胞組織が崩壊する。
「人が近づくことができない呪い石の奥に、人が造ったとしか思えない怪物がいたとする」
その怪物の名前はバハムート。
ナ号計画遂行型バハムートという、機械人形。
「偶然そんなところに、偶然そんなものがあるはずはないじゃん?」
機械人形の破壊を試みた魔女は推測する。
バハムートが守る物。
それは鉱山内で手に入れた資料が示している。
ナ号計画。
原子炉の作製。
試作原子炉が核分裂臨界に達したという報告書を、魔女は見てしまった。
「でも見つけられなかった。見つける前に怪物は自爆。鉱山ごと埋まっちゃったから」
バハムートを倒して原子炉を見つけようとした魔女だったが、バハムートは魔女の必殺の魔弾を受けて機能不全。『秘匿プログラム実行』という言葉を残して2分後に自爆。魔女の予想通りその爆発規模は桁違いで、鉱山はあっという間に崩れた。
「空飛ぶ魔法を使えなかったら生き埋めのまま出てこられなかった。ほんっと、危なかった」
筋肉と靭帯と腱の修復まで終えた自らの裸体を、魔女は見る。
(あれだけの劣化ウラン弾を撃つ機械を、操縦している者がいる)
バハムートが放った砲弾の中身は全て劣化ウラン。
原子力発電においてウラン濃縮する過程で生じる放射性廃棄物。
劣化ウランがあるということは、普通に考えれば原子力発電所があるということ。
否。
(ここは異世界)
普通に考えれば。
(原子爆弾を造った奴がいる)
電力をまだ必要としていない異世界にあって、ウラン濃縮をする理由があるとすればそれは、核兵器をつくるため。
それが普通。
(ナ号計画……)
地に落ちていたクマの毛皮が宙に浮く。魔女の肩にかかる。裸形を隠す。
ナ号計画。
魔女の頭の中で、「ナ」のつくものはもう、一つしかない。
この世の中で、思いつくものは一つしかない。
(それとも罠?ナガツマソラがやったと思わせるための罠?)
何度もその〝線〟を疑う。
しかし疑っても仕方ないという考えが魔女の頭を塗り潰していく。
ウラニウム鉱による外部被曝。
劣化ウラン弾による内部被曝。
小型核兵器レベルの自爆機械。
その全てを繋げる「ナ号計画」。
これらが魔女を黒く塗りつぶしていく。
核兵器をもつ者がいるならば、その可能性がある者はただちに取り除かなければならないと、魔女の心を塗り潰していく。
(大陸西で暴れる召喚者雫石瞳、南のオファニエル聖皇、東の魔王ウェスパシア、あるいはそれ以外……)
黒。
疑わしきは黒。
すべてを塗り潰す黒。
その黒すら呑み込む者がいるとすれば……
(ナガツマソラ。溝呂鬼万葉が、虚病姫を名乗るあのクソ魔術師が誰かに宿るとすれば、収納魔法を使えるアイツが一番都合がいい)
クマの毛皮から、黒い液体が流れて、黛の体を覆っていく。蝕んでいく。
(そもそも、亜空間をもつアイツなら、誰かが中に宿らなくてもウラン濃縮くらい、核兵器くらい造れる。だから)
封印されし言葉「ミナグロ」。
皆黒。
(先に)
すべてを塗り潰す黒。
(手を打つべきだ)
「ミナグロ」に選ばれた魔女は、再生した体で既に踊り始めている。
躍る魔女の足跡が白く光り輝いて残る。まるで譜面に記された音符のように。
舞踏譜。
魔女の切り札。
すなわち、「神の杖」の起動プログラム。
超大陸アーキアの上空千キロメートルを周回する軍事衛星が稼働する。全長6メートル、直径30センチ、重さ100キログラムのタングステン製の金属棒を正確なポイントに落とす準備が始まる。
(座標入力……)
予想される仮想敵のうち、居場所がほぼ確定できて、一番仮想敵になり得る者を選ぶ。
(落とせばもう、二度と〝元〟には戻れない)
重力魔法を司る魔女は何度も反芻する。
けれど〝黒〟が彼女を塗り潰していく。
内部被曝の痛みが、外部被曝の光が、人間の醜い歴史が、自らの過去が、不気味な召喚者の存在が、封印されし言葉が、魔女を黒く塗り潰していく。
「主よ」
「……」
魔女の踊りがハタと止まる。
「お前は一体、何をしているのだ?」
尾鬼人族の、父のような一言が、真っ黒の魔女の中に、白いシミを生む。
「……」
魔女は答えを探す。
(正義?責務?復讐?何だろう?)
白いシミが少しずつ広がっていく。
「アスカちゃん?」
烏人族が声をかける。母のように。
(そうだ。私は黛明日香)
広がった白いシミが再び、黒く染まっていく。
(黛家の末裔。一族の汚名を晴らすために、一族を皆殺しにした魔術師。その一生は要するに)
塗り潰した魔女は踊りを再開する。そして、
(ただの黒)
舞踏譜が完成する。白く光る足跡と足跡を演算式が結び、図形を生む。
キラ。
タングステン製の流れ星が夜明け前の空を斬るように走る。
放射能こそないが一撃必殺の流れ星はマッハ9の速度でシータル大森林のアルビジョワ迷宮に突き刺さり、迷宮の下に続くシギラリア要塞をも激しく損壊する。
カランコローン。カランコローン。
朝を告げる鐘の音がソイグル王国の街の聖堂からいつも通り人々の耳に届く。
ただいつもと違うのは、それが〝世界の終わり〟の始まりを告げる鐘の音であること。
〝闇〟があふれ出す合図であるということ。
「んまーいっ!!」
久しぶりに五人そろってガツガツと朝食を食べていた『ベビーイーグル』だが、突然リーダーの黛のフォークがとまる。
「どうした主?」
「ちょい待ち。ダミーちゃんから連絡が入ったの。ふむふむ。むふむふ」
ダミー。
それはソイグル王国から800キロ東のティオティ王国の辺境の街エリゴで、黛の影武者をしている使い魔。聖皇側が召喚者に秘密裏に植え付けた魔道発信機をつけている。
「皆の衆!久しぶりに仕事が入ったさ。今度は聖皇からアーサーベル王国に出張命令さ!」
「西に東に、忙しいわね」
アクアパッツァを食べるハーバーは口とは裏腹に、元気な姿の魔女を見て表情が穏やか。
「アーサーベル!?あそこのオナゴは吸いつくような肌をもつという!一度抱いてみたかったところじゃ!」
豚バラ肉のトマト煮込みを食べるフランチェスコは相変わらずのマイペース。
「俺たちはどうすればいい?」
戦士として、生物として、数時間前に見た魔女の舞踏譜と流れ星が気になるグウェイ。しかしそのことは口にせず、牛肉のタリアータを食べる手を止めて魔女の指示を仰ぐ。
「そだね。何があるか分からないからこっそりついてきて」
「……こっそり?」
タコとトマトのカッペリーニを食べていたカリオストロの手が止まる。隣にいるフランチェスコをじとりと見る。
「なっはっはっ!吾輩の一番得意とするところじゃ!主殿の部下だと気づかれぬよう、目立たぬよう行動せよということじゃな!!」
「俺たち三人でコイツはどうにかする。それよりどうしてアーサーベルに出向く必要がある?」
「あれ、聞いてない?今空前のゴールドラッシュだって」
「それなら毎日聞いてるわよ。みんなソイグルからアーサーベルに移住しようって騒いでるわ」
「でも口ではそう言ってるだけでみんな腰が重いっしょ?」
「……神隠しがどうとか、言ってた」
「アーサーベル王国は現在、空前の黄金狂時代。一攫千金を夢見て人が馬鹿みたいに集まる。そしてたどり着いた先では行方不明者が続出中」
魔女はガーリックチーズ焼きのズッキーニを口に放り込む。「あふあふ!」言いながら食べ、
「だから近くにいる召喚者を集めて「誰の仕業か調査しろ。ついでに魔物の仕業ならやっつけてこい」とさ」
にんまり笑う。
「なるほど。これまたシンプルでいいな」
「でしょでしょ?魔物がたくさん集まってたら人手が必要。だからこっそり手伝って」
「あいわかった」「了解よアスカちゃん」「合点承知の助!」「……了解」
返事を聴きながら魔女は朝食の残りを口にかき込む。
(「神の杖」を落とした直後に……これは偶然?)
何かの、誰かの意思が働いているのかもしれない。
そう勘繰りつつも、修道服姿の魔女はやはり自分を黒く塗り潰すことで、思考を一時停止させることにした。
captionem