2#国のイヌ
日も傾き始めたころ、ようやく依頼主であるゴンゾウさんの家に到着した。
「こんばんはー組合からの依頼を受けたものですが」
オオカミと出会った場所から依頼主の家が小さく見えてはいたけど歩くと意外と時間が掛かるなぁなんて、割とどうでもいい事を考えながらゴンゾウさんの玄関の扉を叩いた。
「はーいはいはい今向かいますーちょっと待ってねぇー」
奥から人の気配が近づいてきた
「はーいもうすぐ着きますからねー」
「あっはいっ!」
「はーい……今日日中暑かったでしょ?」
……玄関が遠いのだろうか?
っと、どうでもいい事を思っているとガラガラガラと扉が開き、ひょっこりと人のよさそうな白髪のおじいちゃんが現れた。
「やぁこんにちはバサラ君、今日日中暑かったでしょ?」
(・・・・・・・・・・・)
「こんにちは……いや、まあ…はい、多少は……」
こんな気温にこだわりでもある人だったけ?そんなことを考えながらふと、ゴンゾウさんの背後を覗いてみたら、玄関上がってすぐ目の前に居間があった、しばらく待たされた理由をおもわず尋ねたくなるが、日も傾きかけもう早く帰りたいのでここはグッと我慢する。
「そうじゃったか。いやなに歳を取ると気温に鈍くなっての、大した理由は無いんじゃ。日中天気が良かったから暑そうじゃなあって思ったんじゃ……水分補給しないと気付かんうちに年寄りっちゅうのは熱中症なることもあるからの――実際暑かったんじゃろ?」
「ゴンゾウ!もうよいわ!気温の話は仕舞にしてこっちの話を聞いてほしいのじゃ!」
我慢の限界が来たのか割と短気なヒミコが前に出てきておじいちゃんとの会話の流れをブッタ切る。
「っ!これはこれはヒミコ様ではございませんか!?なぜ姫様がこちらに?それにこんな暑い日にわざわざ!」
‥‥ブレないなこのお爺ちゃんは
「民に困っていることがあれば放っておくことができないのじゃ!」
◇
「おっ?西区の舗装工事か。期間は3カ月昼飯付き。週5日連続で働いたら手当も上乗せ、うん金も良いな!うまうまだな!」
他にこれ以上なければこれにしようと辺りも見回してると
【オオカミ討伐】
場所 成功報酬等が書かれている張り紙を見つけた
「はっ死んでもごめんだね。俺は街中で危険が無いところでぬくぬく温室で暮らすんだ!」
一度の危険な依頼で、そこそこ良い金額を貰ったからと言って怪我をしたらその後しばらく仕事が出来なくなる。だったら週4~5安全な街の中で仕事をしていた方が堅実というものだ。
ゴンゾウさんは知らない人じゃないけど正義感で飯は食えないのだよ!
「のうバサラ!この貼り紙見てみい!ゴンゾウのとこの畑がオオカミに荒らされとるらしい!このオオカミを討伐すればヒミコ様すげー!っとなって民衆たちの好感度爆上がりじゃ!兄上たちを抜いてワレが女王に君臨する可能性もあるの!!カカッ!」
振り返ると護衛も連れずにヒミコがアホ毛を立たせながら無邪気な笑顔で俺を見上げていた。
「お前‥‥また護衛も連れずに城抜け出してきたのか?」
こいつは国王の娘のくせに城を抜け出す常習犯だ、父親が末の娘に激甘だから、抜け出した時に止められなかった護衛がいっつも怒られている。
「大丈夫じゃ。今日は部屋の窓から抜け出してきた」
大丈夫の言葉の意味をこいつは分かっているのだろうか?
この国は治安が比較的良いし、外に出たかったら護衛をつけて正門から堂々と出て来ればいいだけなのに。
今、ヒミコの部屋の外にいる護衛は意味もなく無人の部屋を守っているんだろうと思うと、同情を禁じ得ない。
声をかけても応答が無く、部屋に入りもぬけの殻だったら「そっかぁ今日は窓かぁ」って言ってるのすら想像がつく。
「はぁ‥‥まあいいや。というかお前それ受けようとしてない?普通に考えてダメだろ」
「バサラ。普通とはなんじゃ?」
普通一国のお姫様が嬉々とオオカミ退治の依頼は受けようとしない。ましてや部屋の窓から抜け出して一人で単独行動などしない!
「後周りにいるお前ら!「あっヒミコ様だぁ」じゃねえ!なに普通に受け入れてるの!何日常の中にというか組合の中に姫がいる事を普通に受け入れちゃってるの!?「‥‥ヒミコ様がなぜここに‥‥?」が正常な反応だろ!?」
ヒミコが抜け出す→護衛が慌てて探しに行く→ヒミコバサラの所にいた→護衛安堵と共に「後は任せました」と敬礼と共に立ち去る。
がいつもの流れだ。
えっなんで?といつも思う、いや連れて帰れと。
「ぺちゃくちゃやかましい奴じゃのう‥‥おぉーいそこの受付。この依頼、そこのやかましい奴と受ける故手続きを頼むのじゃ、おっと!このことは城の者にはこれじゃぞ?」
しーっ!と人差し指を口元に充て笑顔を見せる
「ふふふっ畏まりました」
ヒミコから依頼書を受け取った受付のお姉さんは二つ返事で笑顔で手続きの処理を行う。
「いや、ふふふじゃないから!普通に受理しようとするんじゃねえ!ヒミコ!俺は受けないからな」
なぜオオカミ退治なぞ危ない目にわざわざ遭いに向かわなければいけないのか
そういったものは無駄に正義感が高い奴らが勝手に受ければいいのに。
後、組合もそうだがここの人間はヒミコと俺が2人で1組と思っている節がある。一人で歩いていると「今日お姫様は?」と聞かれることが多い
「おいバサラ、おぬしゴンゾウがオオカミで困っとるのに依頼を受けないとはそれでも男か」
「そういう危険な奴は正義感が強い奴が受ければいいじゃん。おれは街の中でぬくぬく過ごしたいんだ!」
「かぁーおぬしという奴は‥‥民が困っているというのに」
私利私欲全開だった奴がどの口で言ってんだか。
「とにかく!俺は受けない!絶対受けないからな。やるなら護衛連れて俺抜きで行ってこい」
そう高らかにヒミコに宣言する
俺は街の中で舗装工事しながらぬくぬくと生活することにしようと、受付に舗装工事の依頼書を持っていく。
「ダメですバサラさん、もう受注しちゃいましたのでその依頼を受けたいのでしたらまず、こちらの依頼を達成してからにしてください」
そう、両腕でバッテンを作りながら拒否の姿勢を見せる。
「なんで!?俺オオカミ退治なんてしないって言ったよね?」
「そういう問題ではありません。いいですか?この組合は今は民間企業ですが5代前の邪馬台国国王の時は国営企業でした、当時は国もそこまで発展していませんでしたし良いとこ第二次産業が関の山です。こんな組合なんて作って何の意味があるのだろうと、当時の民は思ったのでしょうね」
だがだんだんと国が発展し、豊かになると新たな感情が生まれる。
心の余裕である。そこから第3次産業が発展し、娯楽が生まれ。当時は無かった飲食店、宿屋、雑貨屋さん等様々なお店が出来た時に民は組合を作った国王の先見の明に驚愕した。
「ここまで先を見越して組合を作ったのか」と
他の街に行くときの護衛の依頼や建設工事。害獣の駆除、薬草採集。自分で出来ることもあるが、発展し余裕が生まれたからこそお金を出して誰かに頼む。そして国に金を落とし循環させ更なる発展につなげる。
まだまだ発展の途中だが、ある程度発展したところで、3代前の国王が民間に切り替え、そして現在に至る。
「つまり」
「つまり?」
「犬です」
―――ん?
「組合は邪馬台国の犬です。飼い犬は飼い主とずっと会えなくても飼い主のことを忘れることはありませんよね?恩を忘れることもありませんよね?ヒミコ様は飼い主のご息女。つまり”上”です。バサラさんとヒミコ様のどちらのいうことを聞くかというと、まあそういう事です。諦めてください」
当時の王が国営から民間に切り替えたのは、独立して羽ばたいて頑張れと言うことでは無いのだろうか……!
圧倒的犬宣言……親の意思には無条件で服従……!
それで良いのか民間企業……!
◇
「おぉ‥なんとっ……ヒミコさまはそこまで我々民のことを考えてくださっているとは‥‥このゴンゾウ!只々感激し感動、そして胸が暑くなるばかりでございます!」
「良いのじゃ、民を思えばこそなのじゃ!それよりも今日ここに来たのはゴンゾウの畑を荒らしていたオオカミの件で来たのじゃが」
「はぁ……その、先ほどからわしの視界に入ってはいるのございますが、そこにいるオオカミが今回の件に関わっているとわしの心が暑く訴えているのですが」
何度も無視しようと思ったがこの爺熱くの時だけ胸元をパタパタさせやがる。振り返ってみるも俺と同じ感情なのかヒミコも苦々しい顔をしている。
「その通りじゃ!畑を荒らしていたのはこのオオカミでな、なんか喋れるし連れてきたのじゃ」
「はぁ……?喋るですか……?いくら姫様でもそのような冗談は―――」
ゴンゾウさんの話を手で遮りまあ見てみよとヒミコが目配せするとオオカミがゴンゾウの前まで行き
「見事だ、ゴンゾウ……我の舌を満足させるその作物、今後も野菜作りに励むと良い」
「なっ!なっ!?しゃべった!?」