表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
9/59

008 朝の日ざし

 動けない。

 背中がやけに熱いのがわかる。

 腕を後ろに回すと、何か柔らかいものに触る。

「んん……」

 ちょっと待て。

 なんで?

 思い出せ。昨日……。

 リリーがシャワーを浴びに行って。

 待ってようと思ったけど、結局、眠くなって、後のことをエイダに任せて寝たんだ。

 だから、その後のことは知らない。

「エイダ。説明しろ」

『説明も何も。見たままですよ?』

 後ろから回った腕は、しっかりと俺の胴体に巻きついている。

「なんで、こうなってるんだよ」

『無理やり引きはがします?』

『無理じゃないー?エルは非力だからねー』

『剣士の娘だからな』

『手伝ってあげようかぁ?』

 朝からうるさい連中だ。

 リリーの腕を掴んで引っ張るけど、全然取れない。むしろ、強くなった。

 なんで。

『いいこと考えたぁ』

「やめろ。ろくな事じゃないだろ」

『あたしたちが引っ張ってあ・げ・るぅ』

「引っ張るって?」

『じゃあ、私がやりますね』

 エイダが姿を現し、俺の体を引っ張る。

「う、わっ」

 リリーの腕をすり抜けたのは良いけど。

 そのままベッドの下に落ちた。

『大丈夫ー?エル』

 いってぇ……。

『上手くいったねぇ』

『上手く行ったか?』

「いってないだろ」

 朝っぱらから酷い目に合った。

 なんとか立ち上がって、埃を払う。

「集まれ、精霊たち」

 目を閉じて、魔力を集中する。

 エイダが窓を開いたらしく、新鮮な朝の空気が部屋の中に満ちた。

 大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。

 自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせる。

 呼吸するたびに、魔力が体の隅々に行き渡るのを感じる。そして、自分から溢れ出た魔力が、精霊たちへ流れていくのを。自分と精霊の繋がりを。

 この国は、本当に精霊の気配で溢れてるな。魔力が満ちているのを体感する。

 そして、ゆっくりと目を開く。

「エル、おはよう」

 いつの間にか起き上がったリリーが、ベッドの上に座っている。

「おはよう」

「今のって、何?」

「魔力の集中」

 リリーが首を傾げる。

 ……まぁ、知らないか。

「毎朝してるの?」

「だいたい毎朝やってるよ。朝の方が空気も澄んでて集めやすいし。ほら、今日も良い天気だぜ」

 リリーが窓に駆け寄る。

 輝く瞳が開いて。そして、朝の日差しに照らされたリリーの顔が笑顔になる。

「街が、黄金に輝いてる」

 ただの街の風景なのに、こんなに喜んでるなんて。

 城の中の景色とは、また違うのかもしれない。

「支度を整えたら朝食を食べに行こう。それが終わったら、すぐに買い物に出かける。今の内に、荷物は整えておけよ」

「えっ?待って。えっと……」

 リリーが荷物の中をチェックしている。

「イリス、リリーの荷物は足りてるんだよな?」

『これだけあれば大丈夫じゃない?最初に準備した分よりも充実してると思うよ』

「最初に準備した分って?」

『あの鞄の倍ぐらいの量は用意してたんだよ。なのに、リリーが荷物を減らしちゃうから』

「減らし過ぎだ」

「だって、荷物が多いと動きにくくなっちゃうし……」

『でも、薬の準備はもともとなかったからね。助かったよ』

「旅をするなら、傷薬は必需品だろ」

『リリーって、あんまり怪我しないからさ』

「剣士なんだろ?」

『あれでも、城の中では最強なんだよ』

「最強?」

『城内の剣術大会で優勝してるからね』

「優勝?……すごいな」

 城内にどれだけの剣士が居るのか知らないけど、剣術大会参加者に軍人が混ざっているなら、それよりも強いってことになる。

「えっ?」

 リリーが驚いた顔でこちらを見る。

「どうして、イリスとエルが話せるの?」

 何をいまさら。

「特殊な契約だからだよ」

『ボクがリリーを守る契約だから、ボクは自分の意思で魔法使いの素質を持った相手に話しかけることが出来るんだよ』

「じゃあ、イリスの姿も……」

「見えない」

『見えるわけないだろ』

「……はい」

 エイダもそう。

 契約者の意思に反して、契約者以外の人間と会話することが可能だ。

 可能なだけで、そんなことするケースなんてほとんどない。イリスだって、リリーだけじゃ埒が明かないから、諦めて俺と話すことにしたんだろう。

 リリーが荷物の整理を始めた。時間がかかりそうだし、シャワーに行くかな。

 ……いや。その前に、確認しておかないといけないことがある。

「リリー。身分証は持ってるんだよな?」

「持ってるよ」

 リリーが荷物の中から書類を出して……。

「えっ?」

 顔を近づけて、書類をじっと見始めた。

 めくれた一番上の部分には、名前と身分の項目がある。

「リリーシア・イリス?」

 名前はそれだけしか書いてない。

 そして、身分は上級市民。

 他の情報は見えないけど、保護者が必要な身分証じゃないから成人してるのは確かだろう。

 大陸会議加盟国であるグラシアルの身分証は、ラングリオン同様、オービュミル大陸のほとんどの国の通行証として利用できる。これがあれば、どこへ行くのも自由だ。

「ちがう……」

 リリーが落ち込んでる。

 まさか、自分の身分証の中身を知らなかったのか?

『当たり前だろ。女王の娘なんて、あちこちで言うわけにはいかないんだから』

 ……だよな。

 グラシアルでは、女王の顔も女王の娘の顔も名前も誰も知らないんだ。旅に出た女王の娘が、本当の身分を名乗っているはずがない。

 これを見て、少しは軽率な行動を控えるようになれば良いけど。

「あの……。私の本当の名前、信じてくれる?」

 リリーが輝く瞳で俺を見上げる。

 そんなに不安そうな顔しなくても良いのに。

「リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ」

「……はい」

「これが、俺の知ってるリリーの名前だ。そうだろ?」

 リリーが微笑む。

「ありがとう。エル」

 ……名前。

 リリーにとっては、大切なものなんだな。

 さてと。

「シャワーを浴びに行ってくる。戻るまでには支度を終わらせておけよ」

「わかった」

 

 ※

 

 朝食を食べた後は、山越えに必要な準備をしに店へ。

 ポールが言っていた通り、店主に言うだけで一通りのものを用意してもらえた。

 後は、靴。

「サイズも合ってるな。じゃあ、これで良いか?」

「はい」

 新しい登山靴を合わせたリリーが自分の靴を眺めてる。

 ずっと城に居たなら、こういう靴とは無縁だろう。

「あんたは、自前の靴で良いんじゃないか?そんだけ重い登山靴なら平気だ」

「ん」

 登山靴なんて日常では使わない。

 でも、冒険者をやっていると足場が悪い場所を歩くこともあるから、一足持っているだけで重宝する。

「この時期に山登りなんて、変わってるな」

「じゃあ、良いシーズンは、いつなんだ?」

「そりゃあ、夏に決まってるだろ。でも、もう少し雪解けが進んだら山菜取りに行く奴も出てくるな。……今は、まだ雪が残ってるから気を付けな」

 雪、か。

「雪を見に行くなら、良い時期なんじゃないのか?」

 店主が笑う。

「あんた、本当に時期を外して来たな。真冬の王都なら綺麗な雪が見られるぜ」

「女王が居るのに雪が降るのか?」

「あぁ。山に比べたら穏やかだなもんだ」

 季節がはっきりしてるんだな。

 会計を済ませて、振り返る。

 ……居ない。

 どこに行ったんだ。

『エイダが付いて行ってるわよぉ』

 なんで、大人しく待っていられないんだ。

 

 店を出ると、リリーが近くのパン屋を眺めていた。

「リリー」

「エル」

 リリーが振り返る。

「勝手に店を出るな」

「……はい」

 返事だけはしっかりしてるな。

 まぁ、丁度良い。

「ランチ用のパンを買っていくか」

「うん」

 

 店内には、様々なパンが並んでいる。

 冷たい商品はカウンターのショーケースに入ってるけど、焼き立てのパンは店頭に並んでいるものを自分で取る形式らしい。

 トレイを持って、トングをリリーに渡す。

「ほら、選んで」

「うん」

 リリーが早速、メロンパンを乗せる。それから、胡桃とレザンのパンに、マフィン。

 楽しそうだな。

 あ。

「そこにあるビスケットも乗せて」

「ビスケット?」

「これも旅の必需品。保存食なんだよ」

「そうなんだ」

 山越えをするなら、備えておくに越したことはないだろう。

「あっちは見なくて良いのか?」

 リリーがデニッシュコーナーに並ぶパンを見る。

「わぁ。可愛い」

 やっぱり、こういうのが好きなんだな。

 でも、選ぶのはあれだろ。

 ……正解。

 リリーが、苺ジャムの入ったハートの形のデニッシュを乗せる。

「やっぱり、それか」

「どうして、わかったの?」

「わかりやすいから」

 可愛い。

「後は良いのか?」

「うん。大丈夫。でも、こんなに食べられるかな?いつも、パンは皆で分けてたから」

「皆?」

「私の姉妹。皆で、好きなものを半分こにしたりして食べてたんだ」

 姉妹って、女王の娘のことだよな。

 王位継承者候補同士は仲が良かったのか。

「エルは食べたいものある?」

「じゃあ、そこのライ麦パンを乗せて」

「わかった」

 これだけあれば、充分だろう。

「会計してくる。店の中で待ってろよ」

「……はい」

 早く会計を済ませないと、また消えるかもしれない。

「いらっしゃいませ。御一緒にレモネードはいかがでしょうか?」

「じゃあ、それも」

 買い物が終わったら、すぐに出発だ。

 会計を終えて、店の中で待っていたリリーの方に行く。

 なんだ。

 言えば、ちゃんと待ってるのか。

 リリーの頭を撫でる。

『大人しく待ってただけで褒められるの?』

「ちゃんと待ってたの、これが初めてだろ」

「えっ?」

『あー。確かに』

 リリーが頬を膨らませてる。

 ……可愛い。

 

 リリーと一緒に店を出る。

 買い物は、これで終わりだ。

「思い残すことはないか?」

「え?」

「これから王都を出るんだ。修行に出たら、しばらく帰れないんだろ?」

 リリーが、プレザーブ城を見上げる。

 色々、思うところはありそうだな。

「メラニー」

 小さい声で名前を呼ぶ。

『特に尾行されている気配はない』

「ん」

 なら、良いけど。

 リリーが振り返って、笑顔を見せる。

「大丈夫」

 準備は整った。

「なら、行くか」

 あの門をくぐれば、外の世界だ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ