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薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
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007 記憶探し

 紅茶を貰って部屋に戻る。

 ノックをしてドアノブに手をかけると、簡単に扉が動いた。

 ……鍵がかかってない。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 部屋に入ると、ベッドに座っていたリリーがこちらを見る。

「鍵、ちゃんと閉めないと駄目だろ。ここは、城の中みたいに安全な場所じゃないんだからな。戸締りの癖ぐらい付けないと、」

「城の中だって、街では皆、戸締りはちゃんとしてたよ」

「なんだって?」

 今、なんて言った?

「いつも鍵はちゃんとかけてるよ。でも、エルが戻って来ると思ったから……」

「そうじゃない。街って、どういうことだ?」

「お城の中にも街があるんだよ」

「あの壁の向こうに?」

「うん」

「規模は?」

「規模?城下街みたいに広くないけど……。レストランとか雑貨屋さんとか、いろんなお店があって……。お祭りをする広場もあって。皆、それぞれの家で暮らしてるよ」

 住宅地に商業施設に広場まで。本当に街みたいだな。

 テーブルに紅茶セットを置いてカップに注ぐ。

「要るか?」

「うん」

 リリーの空のカップに、湯気の立つ紅茶を注ぐ。

「どれぐらいの人間が住んでるんだ?」

「うーん……。たくさん?」

 最低でも、村と呼べる規模はありそうだ。

 椅子に座って紅茶の香りを嗅ぐ。

 グラシアルは、どこに行っても香りの良い紅茶が用意されている。

「あ、もちろん、外の街の方が広いし、知らないものがたくさんあるよ。お花屋さんも見たことのない植物がたくさんあったし。でも、ファストフードはなかったと思う。サンドイッチはあったけど」

「ファストフードっていうのは、手軽に食べられる軽食って意味だ」

「そうなの?」

「そうだよ」

『知らなかったね』

 完全に隔たれた場所なら、言葉の壁も多少はあるか。

 それにしても……。

 商業施設があるなら、買い物ができるはずだ。

「通貨は何を使ってたんだ?」

「金貨、銀貨、銅貨と、蓮貨」

「共通通貨か」

「うん」

 共通通貨。

 大陸のどこでも使える通貨で、商人ギルドによって管理されているものだ。

 金貨一枚は銀貨五十枚。銀貨一枚は銅貨二十枚。銅貨一枚は蓮貨十枚。

 旅人の通貨として知られ、宿屋みたいに旅人向けの商売をしている場所は共通通貨の方が安いのが通例だ。

「旅をするなら、使うのは共通通貨で良い」

「だよね。だから、金貨さえ持っていれば良いと思って、金貨だけ持ってきたんだ」

 何言ってるんだ。

「それ、誰かに相談したか?」

「えっと……」

『してないよね。誰にも。ボクだって、まさかリリーが金貨一枚しか持たないなんて思ってなかったよ』

「だって……」

 すでに説教はされてるみたいだな。

「いくら共通通貨が便利だからって、安い買い物で金貨を使う馬鹿なんて居ない。どこも金貨を崩せる釣りなんて用意してないからな」

「ないの?」

「ない」

 まさか。

「城では出てたのか?」

「うん」

『崩してくれたよね』

 出るのかよ。

「金貨を扱うのは商人ギルドや高額な取引をする一部の店だけ。一般的な店で使えるのは銀貨までだ。覚えておけ」

「……はい」

 なんで、共通通貨の価値をちゃんと理解してる癖に、変なところで常識が通用しないんだ。

 それに、その国の通貨を使わなければ、一般の買い物でぼったくられることは多い。グラシアルなら、グラシアルの通貨であるルークを使った方が得だ。なのに、なんで城内の通貨が自国の通貨じゃなくて共通通貨なんだよ。

「他には?」

「え?」

「城の外と中の違い」

 出来る限り、城の中との違いは是正しておいた方が良い。

「えっと……。武具は城の方が良いものが揃ってたかな。私の装備も街の鍛冶屋で揃えたんだ」

 もしかして、優秀な人材を城の中に囲ってるのか?

 その為の街?

「後は、宿もあるよ」

「宿なんて、誰が使うんだよ」

「外から来た人とか……。私も、城に帰りそびれた時に使うよ」

 王族が城に帰りそびれるって。城の中は、よほど安全なんだろう。

 それにしても、城に外部の人間を招くことは結構あるのか?

「どうやって城の中に入るんだ?」

「城の魔法使いなら……」

 急に、リリーが口を閉ざす。

 イリスに口止めされたんだろう。

「あの、どちらにしろ、私は入れないから」

 魔法使いなら自由に出入りできる?

 やっぱり、あの城には特殊な魔法の仕掛けがあるのか。

「この宿は、お城の街の宿の雰囲気に似てると思う」

「似てるって?」

「ベッドは一つだったけど、クローゼットがあって、テーブルと椅子があって。綺麗だから」

 ベッドの数はともかく、この宿と同じランクの設備なんだろう。

「宿のランクは様々だ。似たようなランクの宿を探したいなら、外観と立地で探せば良い。表通りにある宿なら観光客を対象にした綺麗な宿が多いからな」

 外観は中身に比例する。見た目で選んでハズレを引くことはそこまでないだろう。

「こういう場所は、一階がレストランなことも多い。後、シャワー室も一階にある」

「え?あるの?」

「あぁ。レストランの隣に……」

「行ってくる」

 ベッドから飛び降りたリリーが、飲み終えたカップをテーブルに置いたかと思うと戸口に向かって走る。

「待て」

「何?」

「何も持たずに行くつもりか?」

「え?」

 手ぶらで行っても、何も無いのに。

『リリー。エルと買い物したよね?』

「あっ。……うん。大丈夫。ちゃんとタオルとか持って行くんだよね」

 リリーが圧縮収納袋からタオルや石鹸を出している。

 もう使いこなしてるのか、それ。

 小物をまとめた手さげを持って部屋を出ようとしたリリーが、戸口で振り返る。

「エル」

「ん?」

 まだ、何か聞きたいとこがあるのか?

「あのね、私と一緒に旅をして欲しいんだけど、良い?」

 ……なんで、今?

 このタイミングで話すことか?

「私、まだ一人でこの国を出る自信がないんだ。でも、城の人間と一緒は嫌。だから、私のことを助けてくれる人を探してて……」

 城の人間と一緒は嫌?

 つまり、本来なら、リリーは城の人間と一緒に出発してたってことか?

 だとすると、リリーが逃げてる相手は、一人旅をする女王の娘の護衛役ってことになる。

 なんで、護衛役からそこまで逃げたいんだ?

 リリーの鎧を盗んだのは、護衛役から逃げ回るリリーへの制裁?

「私、あなたみたいな輝き、初めて見たんだ。色だって初めて見る色だった」

 顔を上げたリリーの輝く瞳が煌めく。

 リリーの視線は、いつも真っ直ぐで揺らがない。

 ……出会った瞬間からそうだった。

 だから、目が離せない。

「私、あなたのことを、もっと知りたい。外の世界のことをもっと知りたい。あなたと一緒なら、エイダも居るし……。だから……。だからね」

 エイダも懐かれてるのか。

 女王の娘にとって、精霊は安全を保障してくれる相手なのかもしれない。

「あなたじゃないと、だめなんだ」

 言ってることが支離滅裂だ。

 今一番、リリーが必要としていることは安全の確保だ。それを求めて同行を申し出たんじゃなかったのか?

 なのに、俺と同行したい理由が、俺の魔力の輝きや色が初めて見るものだったから?

 全く真意が読めない。

「良いよ。一緒に行こう」

「本当……?」

「あぁ」

 どちらにしろ、もう一緒に行くって決めてる。

「明日は朝一で出発する予定だから、地図を見ておいてくれ」

 ポールから貰った地図をテーブルに出すと、リリーが頷く。

「ありがとう、エル。いってきます」

「いってらっしゃい」

 リリーが部屋から出ていく。

 ……あ。

 エイダを同行させるのを忘れてた。一人で大丈夫か?

「メラニー。リリーが宿から居なくなったら教えてくれ」

『了解』

 闇の精霊は人の気配に敏感だ。

 屋内に既知の人間が居るかどうかチェック出来る。

 リリーが宿から居なくなれば、すぐに気づくだろう。

『過保護ねぇ』

「今のところ、護衛対象なんだから仕方ないだろ」

『え?そうなのー?』

『正式に引き受けたわけではないだろう』

 冒険者としての依頼でも何でもないけど。

「しばらくは一緒に行動する。放っておくわけにもいかないし、鎧の弁償もあるからな」

『そうですね』

 あれだけ感情を表に出して、下手な嘘を吐いて誤魔化し続けているのに。ふとした瞬間に平気で重大な秘密を喋って焦ってる。

 にも関わらず、俺が知りたい核心部分は何一つ聞けないまま。

 そして、リリーの望み通り協力することになっている。

「エイダ。悪かったな。せっかく来たのに、何も調べないまま出発になって」

『構わないわ。……私は、あの子に会う為にここに来たのかもしれない』

「リリーに会う為?」

『だって、エルがあの子に興味を持ったのは、あの子に私の声が聞こえたからでしょう?』

 確かに。

 ここに来たいと言ったのはエイダで、リリーを引き寄せたのもエイダだ。

 でも。

「記憶探しは良いのか?」

 ここに来た本当の目的。

 俺とエイダは上位契約を結んでいる。俺がエイダの願いを叶える代わりにエイダが俺を守る契約だ。

 長く封印されていた大精霊が俺に求めた願いは、失った記憶。

 わざわざ北西の果てにあるグラシアルまで来たのも、あちこち旅をしていれば思い出すと言われたからだ。

『記憶探しなんて、いつでもできるでしょう。リリーシアには期限があるはずです』

 期限。

 確か、修行は三年だっけ。

 女王の娘の義務。

 誰も女王には逆らえない。

 人間も……。

 精霊も?

『きっと、運命なのね』

「……運命?」

『リリーシアに会うことは、私の運命』

 運命。

 死ぬほど嫌いな言葉だ。

 

 ※

 

 夢。

 

 あぁ。久しぶりに見た。

 こんなに鮮明に、その姿を。

 

―希望をやる。

 

 そう言って、連れ出してくれた人の顔。

 声。

 

―さぁ。一緒に行こう。

 

 あの時。

 声が出なかったから。

 本当は、言いたかった。

「いいよ」

 って……。

 

 目を閉じる。

 

 次にどんな光景が待ってるか知ってるのに、目を開いてしまう。

 胸から滴る真っ赤な血。

 わかってるんだ。

 自分のしたことぐらい。

 

 

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