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薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
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005 嘘と本当

 ようやく本題だ。

「その……。上手く説明できるかわからないけど……」

 まとめておくか。

―あなたじゃないとだめなんだ。

「俺が知りたいのは、何から助けて欲しいのか、どうして俺なのか。この二つだ」

 他に頼る相手が居ないってことは解ったものの、具体的なことは解らないままだ。

「助けて欲しいっていうのは、何かに追われてるからなんだろ?」

「うん」

「誰に追われてるかわかってるのか?」

「私を追ってるのは……」

 リリーが途中で言葉を切る。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

「城の人間」

「は?」

 城の人間だって?

「なんで?女王は、リリーの旅立ちを祝福してるんだろ?」

 広場のオブジェを見て、そう言っていたはずだ。

「そうなんだけど……。だから、その……。そういう人も居るんだ」

 そういう人、ねぇ。

「王族同士の諍いでもあるのか?」

「そう、そんな感じ」

 ……嘘だな。

 嘘吐くの下手過ぎだろ。

 もう少しましな態度が取れないのか?

 他の女王の娘が継承権争いの為にリリーを妨害している可能性があると思ったけど、その筋は消えた。

 でも……。

 城の連中が組織立ってリリーを監視している可能性は高いのか?

 世間知らずの女王の娘が一人で外に出たんだ。見守り部隊が居てもおかしくない。俺たちの行動が筒抜けなのも、複数の城の人間が監視している為とすれば納得も行く。

 ただ、見守りが目的なら、リリーを追いまわす理由がない。

 だとすれば……。

「そいつらに追われる理由って、女王の娘の修行に関係あるのか?」

「え?」

 ……関係ないらしい。

 本当にわかりやすい反応だな。

 城の人間に捕まらずに王都を出ることが修行なのかと思ったけど、これも違うらしい。

「追われる理由ははっきりしてるのか?」

「……うん」

「理由は?」

「だから……。敵対してる人が居て……」

 だめだ。

 理由を話す気がない。

 オブジェを見る限り女王はリリーの旅立ちを祝福しているし、城内にリリーと敵対する勢力が居る様子もない。

 なのに、リリーを追い回したり鎧を盗んだりするのは城の連中だと言う。

 なんなんだ。

「目的は、そいつらに捕まらないように王都を出ることだけ?」

「うん」

 はっきりしてるのはそれだけか。

 俺が撃退した連中に対して命乞いしてたぐらいだし、追い回している連中と完全に敵対しているようにも見えない。

 この雰囲気なら、城を出る時に何かやらかして逃げ回ってるだけって言われても納得する。

 だめだ。わからない。

 ……次に行こう。

「で?俺じゃなきゃいけない理由っていうのは?」

 もう一つの理由。

「あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

 初っ端から脱線するなんて、先が思いやられる。

「一緒に連れて行って欲しい」

「どこに?」

「あなたの行くところに」

 なんだそれ。

「俺がこれからどこに行くのか知ってるのか?」

「わからないけど……」

 だよな。

 今回の俺の旅の目的地はグラシアルの王都。この城下街だ。

 この後、どこに行くかなんて決めてない。

「あなたと一緒に行きたいの」

 理由になってない。

「仲間を探してるなら、それこそ冒険者ギルドに行った方が良い。当てのない旅だろうと、付き合ってくれる奴ならいくらでも探せるだろ」

 護衛、輸送、捜索、討伐。旅をするなら、地方の冒険者ギルドに寄って情報を集め、護衛や仲間を募るのは常識だ。

「俺みたいな見ず知らずの相手に頼むより、よっぽど安全な方法だ」

 犯罪に厳しい冒険者ギルドなら、確実に信頼できる人間と出会える。

「ギルドは頼れないよ。ギルドで会う人が、城の関係者じゃないとは言い切れないから」

 また、城の人間か。

 犯罪者じゃなければ、誰でも冒険者になることは出来る。

 城の関係者をギルドに紛れ込ませることは可能だけど……。

「だったら、俺だって城の人間かもしれないだろ」

「あなたは違う」

「なんで、そこまで断言できるんだ?」

「それは……」

 リリーが黙って俯く。

 理由を話すって言ってた割りには、答えられないことだらけだな。

『ねぇ、エル』

 ユール。

『あまり声を出すな。相手は、精霊の声が聞こえる人間だ』

 バニラ。

『あたしの声はぁ、聞こえてないんじゃないかなぁ?』

 確かに、リリーの反応は無い。

『ジオ、大きな声出してみてぇ?』

『やっほー!』

 誰が、そんな大声を上げて良いって言った。

『気づいてないみたいだねー?』

『ほらねぇ』

 本当だ。これだけ大きな声なのに、リリーは反応してない。

『聞こえてるのってぇ、エイダとメラニーだけだと思うのぉ』

 なんで?

『ほら。さっき、紹介しないとって言ってたじゃなぁい?』

―そうだよね。

―誰かと契約中の精霊って、きちんと紹介されないと声が聞こえないはずなのに……。

『紹介ってぇ、一回でも見られたらってことだと思うのぉ』

『あー。メラニーは、さっき見られたよねー』

 俺から出た時か。

 つまり、見たり聞いたりするには条件がある?

『じゃあ、エイダはー?』

『さぁ?』

『この街に来てからは、皆、エルの中に居たよねー?』

『そぉねぇ』

 精霊は普段、契約者の体の中に入り込んでいる。

 って言っても、こいつらが勝手にうろうろしていても俺は気づけないんだけど。

 エイダが見えた理由……?

「あのね」

 考え込んでいたリリーが、ようやく顔を上げた。

「あなたは強い魔法使いだ。私、こんなに強い力は初めて見て……」

「どういう意味だ」

 強い力。

 一体、何が見えてるって言うんだ。

「あの……。私……」

 リリーが俯く。

『エル、こわぁい』

 威嚇するつもりはなかったんだけど……。

「悪い。続けてくれ」

 過剰に反応し過ぎた。

 新しい情報が多すぎて、整理しきれてない。

 落ち着こう。

『やっぱり、リリーには任せておけないね』

 突然、リリーの頭の上に喋る水色の鳥が現れた。

 ……まさか、精霊?

「イリス」

 イリス?

 リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ。

 リリーの名前だ。

 水色の輝きを持つ精霊は……。

「氷の精霊か?」

「うん」

 リリーが頷く。

 全然、見たことのないタイプの精霊だ。

 一般的な精霊は、手のひらサイズの人間に近い見た目をしているものなのに。イリスは長い尾を持つ丸々とした鳥の姿をしている。

 いや、ちょっと待て。

 確か、小人の姿を作れないのって……。

『このボクが顕現してあげたんだから、感謝しろよ、魔法使い』

「何言ってるんだ。弱い精霊の癖に、無理して顕現なんてするな」

『なんだと、可愛げのない人間だな!氷漬けにしてやるぞ!』

「やるのか?」

 しかも、精霊の癖に好戦的なんて。

「待って、イリス」

 飛び立とうとしたイリスのしっぽを、リリーが掴む。

『うにゃー』

 情けない声を上げて脱力したイリスを、リリーが抱きかかえた。

『尻尾はやめてよぅ』

「ごめん、イリス」

 リリーがイリスをあやしてる。

 ……こいつ、本当に精霊か?

 精霊の姿は魔力を反映する。魔力が尽きる寸前の精霊は、小動物の姿に変化するって聞いたことがある。つまり、イリスは魔力がほとんどないってことになる。

「話の続きをしろ」

『それは、お前がボクたちに協力するって約束してからだ』

「話の前提が間違ってるぞ。協力して欲しかったら情報を隠さずに出せ。さっきから、肝心なことは何一つわからないままだ」

『嫌だね!女王の娘の秘密を、そう簡単に話せるもんか』

 女王の娘の秘密?

 そんなことは聞いてない。

「女王の娘っていうのは、顕現していない精霊の姿が見えて、声が聞こえることだろ?」

『そんなのは些細なことだね』

 どこが些細だよ。

 通常じゃあり得ない特徴だ。

「じゃあ、絶大な魔力を持つ女王の娘なのに、魔法が使えないってことか?あぁ、魔法も効かないんだったな」

『それは……。あーっ。これ以上は話さないぞ』

 勝手に喋った癖に、何言ってるんだ。

 でも、この感じだと、魔力がないことや魔法が効かないって情報は、本来なら語ってはいけない内容だったのかもしれない。

 煽れば、もう少し情報を引き出せそうだな。

「魔力がない娘に魔力のない精霊。お前たち、本当に女王の関係者か?」

『ふん!誰が、お前みたいな田舎者に教えてやるもんか!』

「は?」

 誰が田舎者だ。

 ラングリオンは大陸でも屈指の……。

「あなたの出身は、のどかな場所なの?」

『リリー……』

 田舎の意味をはき違えて呑気に話すリリーに、イリスが呆れたようにため息を吐く。

 なんていうか……。

 少し同情するよ。

『いいかい、魔法使い』

 イリスが、リリーの腕から飛び立つ。

『女王の娘の特徴ってのはね。一つ、魔法への耐性がとても高い!二つ、魔力が目に見える!三つ、子供が産めない!だよ』

 一つ目。魔法への耐性が高いから、魔法がほぼ効かない。それは、さっき確認したな。

 二つ目。魔力が目に見える。……見えるのは精霊じゃないのか?

 いや、同じか。精霊は魔力で生きる存在だ。魔力が詳細に見えるってことかもしれない。

 あれ?

「魔力が無いことは……」

『あっ!聞いたな、魔法使い!』

「お前が勝手に喋っただけだろ」

『気に食わないやつだ!決闘だ!』

「俺が炎の魔法を使えるってわかってるんだろうな」

 左手に杖を構える。

「だめ……。イリス……」

「リリー、」

 ふらついて椅子から落ちそうになったリリーを抱きとめる。

「大丈夫か?」

「ん……」

 魔力切れだな。

 ぐったりしたリリーを抱えてベッドに運ぶ。

 契約中の精霊は、顕現することで契約者の魔力を奪う。でも、こんなわずかな時間で魔力切れを引き起こすなんて。

 本当に、魔法を使えるだけの魔力がないってことか?

『リリー。そんな恰好で寝る気?寝間着は?』

 あれ?

 でも、契約中の精霊は、顕現や魔力の行使に対して契約者の許可が必要なはずだ。

 イリスは今、リリーの許可を得ずに顕現したよな。

『ちょっと、リリー』

 だるそうに起き上がったリリーが、髪を解いて、目の前で服を脱ぎ始める。

「おい」

 長い髪で隠れてるとはいえ、どこまで脱ぐ気だ。

『こいつの名前聞いてないよ』

「エルロックだ」

「ん……」

 リリーがベッドに倒れ込んだかと思うと、すぐに寝息が聞こえてきた。

 脱いでる途中で力尽きたらしい。

「まったく。何考えてるんだよ……」

 もう少し、常識を教える奴が居なかったのか?

 布団をかけると、リリーが枕を抱えて布団の中で丸まった。

『なぁ、魔法使い』

 イリスが俺の前に飛んでくる。

『リリーに協力する覚悟があるの?』

「覚悟?」

 なんで、覚悟?

「そもそも、質問に答えてないだろ。俺じゃなきゃいけない理由は何だ?」

『そんなの、ボクだって知らないよ』

「は?」

『リリーが決めたことだから、理由はリリーにしかわからない』

 なんだそれ。

「なら、リリーがやる修業って何だ?俺に同行することで修行になるのかよ」

『修行は、試練のために力を蓄える期間』

「試練って何だ」

『リリーが魔法を使うこと』

「魔法?だって、リリーは魔法なんか使えないって……」

 どういうことだ?

 魔法を使えない。魔力がない女王の娘の試練が、魔法を使うこと?

 魔力量というのは生まれながらに決まっているもので、後天的に増やしたり減らしたり出来るようなものじゃない。

 なのに、魔法を使えるようになる修行がある?

『協力する覚悟はあるの?魔法使い』

「名前は教えただろ。エルだ」

『エル。誰も女王には逆らえないんだ。リリーも、ボクも』

 そう言って、イリスが顕現を解いた。

 なんで、女王が出て来るんだ。

 リリーもイリスも、女王の命令に従ってるだけ?

 だから、話せない?

 ……っていうか。

 イリスとリリーの契約関係も気になる。

 人間と精霊の契約は、内容が平等であっても対等な立場じゃ出来ない。

 一般的な契約方法は下位契約と呼ばれるものだ。人間が精霊の力を借りる代わりに、人間が精霊を守り、魔力を供給する関係を築く。

 魔力の供給と言っても、渡すのは人間が日常で得る余剰分。人間は生きているだけで呼吸をするように自然から魔力を得ることが出来るけど、保持できる上限は決まっていて、余剰分は自然に還元されてしまう。その余剰分をすべて精霊に受け取ってもらう形だ。

 また、下位契約は、形式上、精霊が人間に従属する立場を取るのが特徴で、精霊は契約者の許可なく顕現することは出来ない等の制限を受ける。

 もう一つの契約方法は、上位契約だ。

 こちらは精霊が人間を守る義務を負う契約になる。それ以外は基本的に同じで、あまり精霊にメリットはない。せいぜい、契約者の許可を得ずに自由に行動できるぐらいか。

 形式上、人間が精霊に従属する関係になると言っても、人間が負う義務なんて契約時に交わす約束だけ。これは、精霊が人間に特別な願いや頼みごとをする時に交わす特殊な契約だ。

 イリスがリリーの許可なく顕現していた以上、二人の契約は上位契約と見るべきだ。イリスはリリーを守る義務を負っている。

 何故、魔力のない精霊が魔力のない娘と契約をしてるんだ?

 女王の娘だから?

 ……女王に逆らえないから?

 精霊が人間に逆らえないなんてこと、あるのか?

『また、厄介ごとに巻き込まれちゃいましたね』

 エイダ。

「笑い事じゃないだろ」

 俺を守ると約束した大精霊の楽しそうな声が聞こえる。

『あら。楽しそうじゃないですか』

「楽しそう?」

『だって、楽しそうですよ、エル』

 どこが?

 

 

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