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薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
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004 精霊と魔法

 グラシアルの王都は長期滞在者向けの宿が充実している。

 ポールからも留学生かとしつこく聞かれたぐらいだし、他所から来た学生や研究者も多いんだろう。何より、こんな僻地まで遠出して観光もせずに帰るなんてもったいない。

 夕方になると自然に点灯する街灯や、昼夜を問わず淡く輝いているように見えるプレザーブ城。日によって色を変えるオブジェなど、研究施設が開放されていなくても、魔法研究の成果は王都の随所に見られる。

 寒冷地の文化が残る独自の街並みも美しいし、一般書や専門書、錬金術の道具も珍しいものが揃っていた。特に、古いものが多く残っている印象だ。長く争いに巻き込まれることなく保たれた土地だけある。

 

 俺が滞在してる氷砂糖亭も、長期滞在者向けの宿だ。中心地から離れているものの、街に入ってすぐという立地は静かで過ごしやすい。女将は親切だし、料理も美味くて、良い宿だ。

「おかえり」

「ただいま」

 昼のピークを過ぎた宿は静かだ。

 買い物やランチで時間を潰した甲斐があった。

「早かったね。お茶でも淹れるかい?」

「あぁ。二つ頼む。ついでに、彼女も宿泊者に加えてくれ」

「じゃあ、宿帳に名前を書いてくれるかい」

「わかった」

 金貨を崩さない限り所持金はゼロと変わらない。鎧の弁償をすることは確定しているし、しばらくはリリーの旅に付き合うことになりそうだ。

 受付へ行って、宿帳を開く。

 リリーシア……。

 変わった名前だよな。どう書くんだ?

「名前を書いてくれ」

 ペンを渡して俺の名前の欄を示すと、リリーがその下に名前を書く。

 本当は偽名を使いたいところだけど、諦めた。いくら言い聞かせたところで、名前を聞かれたら本名を名乗るだろ。

 フルネームで書こうとしたら、止めないといけないけど……。

「これで良い?」

 

 Elroch Clanis

 Liryshia

 

「あぁ」

 書いたのは名前だけ。少しは学んだらしい。

 変わったスペルだな。グラシアルだとリリーはこう書くのか。

「お茶が入ったよ。夕飯は肉かい?魚かい?」

 ランチはミートボールのクリームスープを食べたから……。

「俺は魚」

「お嬢ちゃんは?」

「えっと……」

 お姫様が宿のシステムなんて知るわけないよな。

「今日の夕飯のメインだよ。肉と魚、どっちが良い?」

 どっちも美味いだろう。

「魚」

「二人とも魚だね。今日は新鮮なのを仕入れてるから、楽しみにしてておくれ」

「はい」

 女将から紅茶を受け取って、階段を上がる。

「食べ物って、好きなものを選べるの?」

「だいたい、どこの宿もメインは二つから選べるようになってる」

「そうなんだ」

 菜食主義者ならメインを断ることもできるけど。今日、一緒に過ごした感じだと、特にこだわりは無さそうだ。

 

 リリーと一緒に部屋へ。 

 ベッドが二つ、テーブルと一対の椅子、クローゼットが揃ったシンプルな部屋。

「誰かと一緒に泊まってるの?」

「一人だよ。一般的な宿の個室は、だいたいベッドが二つある」

 部屋の利用者が一人でも複数人でも、部屋の構成が変わることは、ほぼない。

 一人旅の連中が利用するのは雑魚寝部屋がほとんどで、わざわざ質の良い一人用の個室を用意しているのなんて貴族向けの高級宿ぐらいだ。

 テーブルに紅茶セットを置いて振り返ると、リリーが、まだ戸口で突っ立っていた。

「適当に座ってくれ」

「はい」

 リリーが移動した後、部屋の戸に鍵をかける。

 尾行は居ないはずだ。

 ランチを食べたレストランでも誰かがこちらを伺っている様子はなかったし、メラニーからの報告もない。宿も人が出払ってる時間で、誰かに盗み聞きされる可能性は低い。

 ……けど。念の為、魔法をかけておこう。

「メラニー。顕現して、監視とトラップの魔法をかけてくれ」

『了解』

 メラニーが顕現して、魔法を使う。

「闇の精霊だよね?」

「あぁ。博識だな」

 精霊にもさまざまな種類が居る。見ただけでわかるのは、それなりに精霊や魔法について勉強しているからだろう。

「似たようなのを見たことがあるから」

「城の中で?」

「うん。城にも色んな精霊が居るんだ。炎の精霊は居なかったけど」

 もともと寒冷な土地だったから、炎の精霊は居ないんだろう。温暖な土地に雪や氷の精霊は居ない。

「今は、顕現させてるんだよね?」

「あぁ」

 顕現。つまり、姿を現すように指示している。顕現した精霊は誰にでも見えるし、触れることも出来る。

「あの、どうして今は顕現しているの?」

「精霊自身が魔法を使うには顕現してないと無理だからだ」

「あ……。そっか」

 精霊だって、自然に対して影響を与える魔法を使う場合は顕現しなければならない。

「確か、精霊って、顕現するのにも魔力を使うんだよね?」

「あぁ。でも、契約中の精霊は契約者の魔力を使うから問題ない」

 メラニーが顕現中はずっと、俺の魔力は消費され続けている。

「契約中だと、精霊が魔法を使うのにも……」

「俺の魔力を使ってる」

 契約中の精霊が自分の魔力を使うことなんて、まずない。魔力を使用する行為はすべて、契約者の魔力を使って行うのだ。

「でも、普通、契約中の精霊を他人の前で顕現なんてさせないからな」

「どうして?」

「契約中の精霊がばれるからだ」

 リリーが首を傾げる。

 わかってないな。

「魔法使いっていうのは、自分が魔法使いであることも、契約してる精霊も隠してることが多いんだよ。自分の力をばらすようなことは普通しない」

 知識がある人間が見れば、精霊の属性はもちろん、使う魔法の傾向もすべてばれてしまう。

「でも、リリーには隠しても無駄だからな」

「え?」

 どうせ見えるんだから。

「あなたは、精霊が見えないの?」

「見えないよ」

「え?」

 まさか、誰でも見えると思ってたのか?

『完了した』

「ん。ありがとう」

 メラニーが顕現を解く。

 テーブルに戻ると、リリーが紅茶をカップに注いでいた。

 座って、香りの良い紅茶を飲む。

「精霊と仲が良いんだね」

「魔法の使用は、契約してる精霊との繋がりや信頼関係に依存するからな」

「えっと……。人間は精霊と契約するにあたり、必ず相互の理解を深め……」

「共存共栄のために律しなければならない。……って、専門書の丸暗記じゃないか」

 魔法学の専門書なら、たいていの本に書いてある言葉だ。

「だったら、解るだろ?精霊は顕現しなければ見えない存在だって」

「見える人ばっかりじゃないっていうのは知ってるよ。魔法を使うには素質が必要だから」

 本当にわかってるのか?

「魔法使いの三条件は知ってるか?」

「うん。共鳴、対話、契約、だよね?」

「正解」

 魔法使いになる為の三つの条件。

 共鳴とは、精霊の存在を感じる力。

 対話とは、精霊と意思疎通を行う力。

 契約とは、精霊の信頼を得て契約を行う知識。

 これが揃って、初めて魔法を使えるようになるのだ。

「だから……。共鳴できるなら、精霊は見えるよね?」

「違う」

「え?」

 そこで勘違いしてたのか。

「共鳴は精霊の存在を感じる力。そこに居るってわかるだけだ。精霊を視認する必要なんてない」

「そうなの?」

「だいたい。俺は、顕現していない精霊が見える奴なんて今まで会ったこともないし聞いたこともないからな」

「え?でも……」

 そんなことが可能な人間が居るって話すら聞いたことがない。

 けど、リリーの常識は違うらしい。

「他にも見える奴が居るのか?」

「私の姉妹は見えるよ」

「姉妹?」

「女王の娘。五人姉妹なの。それから、龍氷の……」

 女王の娘は、本当に五人らしい。リリーは四番目だっけ。

 龍氷も聞いたことがある。

「龍氷の魔女部隊?」

「知ってるの?」

 大陸史で習った。

「古い時代にグラシアルの守護者として活躍していた女王直属の部隊だろ?今もあるのか?」

「あるよ。龍氷の魔女部隊は、女王にならなかった人が入る部隊だから」

 つまり、リリーと同じ女王候補で、元女王の娘。

 あれは、王族が所属する部隊だったのか。精霊が見えるのは女王の血筋の能力で間違いなさそうだ。

 周りが見えてる奴ばかりだったなら、勘違いしても仕方ないとはいえ、この力は危険過ぎる。

「見えるのは特殊なことだ。見えるなんて言わない方が良い。トラブルの元だ」

「……はい」

 素直な返事だ。

「気をつけるのは人間だけじゃないからな。精霊もだ」

「どうして?」

「人間に対して好意的な精霊ばかりじゃないからだよ。人間と関わりたくない精霊も居るんだ。用が無いなら、その辺に居る精霊とも無暗に目を合わせない方が良い」

「……わかった」

 リリーが俯くように頷く。

 生まれてからずっと城の中で暮らしていた世間知らずのお姫様、か。

 専門書の知識だけでやっていくには、一般常識も経験も乏しすぎる。

「魔法使いが魔法を使う方法は知ってるか?」

「うん。精霊と契約することで、人間は精霊に応じた属性の魔法を使うことが可能になる。発動する魔法を具体的にイメージして、自分の魔力に乗せて魔法を放つんだよね」

「正解」

 完璧だ。

 人間は精霊と契約することで、精霊の持つ自然の力を借りた魔法の発動が可能になる。精霊を媒介として、精霊の属性を引き出した魔法を使えるのだ。

「なら、使える魔法に種類があるってことは理解してるか?」

「種類って、属性のこと?」

「俺が話してるのは、発動方法や魔力の強さの違いについてだ」

 ランプのシェードを取って、指先に灯した炎の魔法を芯に向ける。

「あれ?火がつかない?」

 リリーがランプに顔を近づける。

「つかないよ。これは自然現象ほどの威力を持たない簡単な魔法だからな。さっき、リリーを追ってた連中に使ったのも、これと同じ。炎に焼かれているような痛みは感じるけど、火傷が出来るような炎じゃないんだ」

「そうなんだ」

「でも、火をつけることも可能だ」

 明確に炎をイメージすると、ランプに火が灯る。

「ついた……。何が違うの?」

「魔力の強さの違いだよ。今のは自然現象と同じ効果をもたらす炎。通常より多くの魔力を込めた魔法で、物理的にものを燃やすことも可能だ」

 見た目に違いはあまりないけど、結果は全く異なる。

「攻撃魔法で、ここまで魔力を込めた魔法を使うことなんて滅多にない。人間を火だるまにするレベルの自然現象なんて、滅多に使わないんだ。わかったか?」

「はい」

 精霊が引き起こすような自然の奇跡なんて、簡単に出来ることじゃない。

「あんなに騒いで、ごめんなさい」

 リリーが謝る。

 知らなかったんだから仕方ない。

「謝る必要なんてない。こういうのは、実際に魔法を使っていれば身につく。……っていうか、魔法を使えるなら体感でわかるだろ?」

 リリーが俯く。

「私……。魔法なんて使えない」

「え?」

 使えない?

 女王の娘なのに?

 でも、顕現していない精霊の姿が見えて話せるってことは、共鳴する力も対話する力も備わってるってことだ。

「精霊と契約してないってことか?」

「契約してるよ」

「なら、条件は整ってる」

「そうじゃなくって……」

 契約している精霊が居るなら、後は精霊の力を引き出して自分の魔力に乗せて放てば良いだけ。その方法だって、理解していたはずだ。

「私には、魔法を使う為のものがない」

「魔法を使う為のもの?」

 共鳴、対話、契約以外に必要なものなんて……。

「魔力がないんだ」

 まさか。

「魔力が無い人間なんて居ない」

 魔力。

 魔法を使うから魔力と呼ばれているけれど、その意味は幅広い。

 魔力の本来の意義は、自然の恵みであり、自然そのもの、あるいは自然の命を指す。

 精霊にとっては寿命や命と同義で、精霊は魔力が尽きると消滅してしまう存在だ。……まぁ、圧倒的な魔力を保持する精霊が魔力を枯渇させることなんて、ほぼ無いわけだけど。多くの精霊は魔力の回復手段を持たないことから寿命と同義とされている。

 一方、生き物にとっての魔力は寿命と無関係で、いくらでも自然回復可能なものだ。魔法の使用等により魔力が枯渇すれば一時的に昏睡状態に陥るけど、何もしなくても放っておけば自然に回復するのが人間にとっての魔力だ。

 ただ、精霊に比べれば一度に保持できる魔力量が少なく、魔力量の上限には個人差がある。

「魔法が使えないぐらい、魔力上限が低いってことか?」

 リリーが頷く。

 魔力が無いって言いきれるぐらい少ないのは確からしい。

 リリーは、精霊が見えて、精霊の声も聞こえる。契約してる精霊も居る。でも、魔力が無いから魔法は使えない。

 ……聞けば聞く程、圧倒的な魔力を持つ女王のイメージからかけ離れていくな。

「そろそろ本題に入ってくれ」

「わかった」

 

 

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