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薄明に繋ぐ弧弦, エルの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
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003 街巡り

「御着替えが済みましたよ」

「ん」

 女性向けの服屋。

 奥の部屋で着替えを終えたリリーが戻って来た。

 かなり雰囲気が変わったな。

 落ち着いた青色の長袖ワンピースに、黒のタイトパンツ。その上には、丈の短い上着も羽織ってる。

 可愛い。

 帽子も似合ってる。

 でも。

「なんで、その剣を背負ってるんだよ」

「えっ?」

「置いていけ」

「護身用の武器がないなんて、危ないよ」

 どこが護身用だ。

「そんな服で、そんなでかい剣を背負って歩く馬鹿がどこに居るんだよ。違和感あり過ぎだ」

「でも、リュヌリアンがないのは無理……」

 リュヌリアンって名前が付いてるのか。その剣。

「あのね、フード付きのマントを探してもらったの。これで良い?」

「どうぞ」

 リリーが、紺色の丈の長いフード付きのマントを羽織る。

 剣の持ち手の部分が、マントから不自然に出っ張ってるけど。さっきよりは、ましか。

 帽子を外そうとしたリリーの手を止める。

「なんで外すんだよ」

「フードがあるなら、要らないよね?」

「こっちの方が可愛い」

 ただでさえ、せっかく似合ってる服がマントで隠れるって言うのに。

 仕方ない。

 鎧を脱がせた分、剣とマントは妥協するか。

「鎧は、ここに預けておいても良いか?昼までには取りに来る」

「かしこまりました。お名前は?」

 適当な偽名で誤魔化し……。

「リリーシア・イリス……」

 こっちを黙らせるのが先だった。

「リリーシアで良い」

 リリーの言葉を途中で止める。

「かしこまりました。リリーシア様ですね」

 会計を済ませて、リリーの腕を引く。

「ほら、行くぞ」

 

 店を出て、通りを歩く。

「勝手に名乗るな」

「え?」

「追われてるんだろ?少しは警戒しろ」

 危機感がなさ過ぎるし、口も軽過ぎる。

「これから、どこに行くの?」

「買い物。それが終わったら、俺の宿に戻って話を聞く」

 どこに敵が潜んでるかわからない以上、完全な密室じゃないと話は聞けない。宿泊客が出払ってる時間なら、静かに話を聞けるだろう。

 今のところ、あれだけ目立つ場所に居た割には、見張られている形跡がないから大丈夫だと思いたい。

「あなたは、いつからグラシアルに居るの?」

 グラシアルって。

「王都ライラがグラシアルのどこにあるかわかってるか?」

「えっと……。左上?」

 左上。

 北西のことだよな?

「グラシアルに入国したのは、かなり前だよ。王都に入ったのは十七日」

「あ……。そっか」

 今日はポアソンの十九日だから、ここに来て三日目だ。

 

 ※

 

 リリーと会った場所へ戻る。

「何を買うの?」

「さっき買い損ねたものだよ」

「買い損ねた?」

「さっき、リリーがぶつかって来たせいで買えなかったんだよ」

「えっ?」

 リリーが周囲を見渡す。

「ここって、さっきの場所?」

「そうだよ」

 逃げ回ってたから、周りを見る余裕がなかったのかもしれない。

 さっきと同じ店の前へ。

 良かった。まだあった。

 店頭に並んでいた錬金術の道具を取って、店の中に入る。

 店の中にも変わった道具が並んでるな。ラングリオンではあまり使われないタイプのものだ。

 面白い。

 こっちは二つ買って、お土産にしよう。

 

 会計を済ませて店内を見回したところで……。

 居ない。

「どこ行った?」

『このお店には入って来ていませんよ』

「は?」

 なんで?

 いくら着替えたからって、単独行動はまずい。

 慌てて外に出ると、リリーが二軒隣の花屋の前に居た。

 良かった。

「リリー」

 呼びかけると、気付いたリリーが顔を上げた。

 店先の観葉植物を見てたらしい。寒冷地ならではの植物なんだろう。ラインナップは、ラングリオンとかなり違う。

 でも。

「旅に出るなら、植物なんて持ち運べないぞ」

「大丈夫。私の部屋にあるのは、ソニアが管理してくれると思うから」

 育てていた植物を思い出してただけか。

「ソニアって?」

「私のお世話をしてくれていた人」

 世話係。侍女かメイド、あるいは、乳母?

 信頼する親しい相手だったんだろう。

「次は、どこに行くの?」

「俺の用は終わり。リリーは、行きたい店、ないのか?」

「私?」

「この辺には、城にないものも、たくさんあるんじゃないのか?」

 リリーがきょろきょろと辺りを見回す。

 この辺は色んな店が並んでるし、気になるものも見つかるだろう。

 歩き始めたリリーに付いて行くと、突然、リリーが走り出した。

「待て」

 慌てて、腕を掴んで引き寄せる。

 危うく人にぶつかるところだった。

「いきなり走るな」

「ごめんなさい」

 まるで子供だな。周りが全然見えてない。

「何が気になったんだ?」

「あのお店」

「どれだ?」

 向こう側には、武具を置いてる店しかない。

「ほら、剣がたくさんあるよ。変わった武器も置いてる」

 ……見たかったのは、武器屋?

 

 武器屋に入ると、リリーが早速、剣や槍を熱心に見始めた。

 なんていうか。

 根っからの剣士だな。

 本当に、女王の娘?

「そういえば、短剣は持ってないのか?」

「短剣?……私、不器用だから。そういうのは使ったことがないんだ」

 大剣を護身用の武器って呼ぶぐらいだからな。持ってるわけないか。

「護身用にもなるし、一つぐらい持っておいた方が良い」

 手ごろなサイズは……。

 この辺かな。

 店主に向かって短剣を見せる。

「これに合う鞘と、女性用のベルトはあるか?」

「ちょっと待ってな」

 店主が鞘の付いたベルトを持ってくる。

「こいつが一番小さいサイズだ。鞘も丁度良いだろう」

 丈夫で扱いやすそうだし、問題ないな。

 新しい短剣を鞘に納める。

 大きさも丁度良い。

 リリーの方に戻ると、何故かリリーがむくれている。

「リリー」

 膨らんだ頬をつつくと、こちらを見た。

「これ、付けてみてくれ」

 リリーが黙ったままベルトを見る。

 一人じゃ付けられないか。

「利き手は?」

「右」

「短剣は順手で使うか?それとも逆手?」

 リリーが手をひらひらと動かす。

 使ったことが無いんだっけ。

 なら……。

「腕を上げて」

「はい」

 言われた通り、リリーが腕を上げる。

 腰にベルトを付けて、鞘の位置を調整する。

「鞘は背中に付けた。普段使わないなら、隠し持っていた方が良い」

「どうして?」

「敵に取られるからだよ」

 背中側なら、完全にマントの内側に隠れる。

 いきなり他人に抜かれて刺されるなんて心配もないだろう。

「右手で、逆手で引き抜く形にした。後は、自分が使いやすいように調整してくれ」

 リリーが右手を自分の腰に回して、短剣の柄を握る。

 引き抜きにくそうだな。

「もう少し手前の方が良いんじゃないか?」

 リリーが慣れない手つきでベルトを調整している。

 細かい調整は徐々にやれば良いだろう。

「いくらだ?」

「あの、待って。ここなら……」

 リリーが荷物の中を探してる。

「出すな」

「……はい」

 金貨なんて、絶対に見せびらかすな。

 

 店を出る。

 買い物も終わったし、鎧を回収して宿に戻っても良いんだけど。今から戻るとランチの時間にかち合うな。もう少し時間を潰すか。

「待って」

 振り返ると、リリーが走って来た。

 こんなに距離が開いてたなんて。

「ごめんなさい。遅れて……」

 歩くのが遅いのか。

 さっきは気にならなかったのに?

「あの……。手を繋いでも良い?」

 あぁ、そっか。

 ずっと、手を繋いでたんだ。

「良いよ」

 リリーの左手と手を繋ぐ。

 手袋を付けてないと、こんなに華奢な手なのか。

 歩く速さも気を付けよう。

 

 ※

 

 リリーの服を買った店に戻る。

「いらっしゃいませ。……あら?」

 店主が首を傾げる。

「リリーシア様、ですよね?」

「はい」

「預けてた鎧を取りに来たんだ」

「先ほど、お知り合いの方が引き取りにいらっしゃいましたが……」

「え?」

「知り合い?」

 引き取りに来た?

「誰だ?」

「ソニア様です」

「え?ソニア?」

 さっき話してた、リリーの世話係?

「わかった。……手間を取らせて悪かったな。リリー、行くぞ」

「え?うん」

 

 店を出て、通りを歩く。

「メラニー。周囲を警戒してくれ」

『了解』

 失敗した。

 もう少し、警戒しておくんだった。

「悪かった」

「え?」

「まさか、鎧を盗まれるなんて」

 少し買い物に出るだけだって、油断してた。

 尾行は完全に撒いたと思ってたのに。

「盗まれたわけじゃないと思う」

「なんで?」

「ソニアは、私の嫌なことなんてしないよ」

 どこまでお気楽なんだ。

「本当にソニアだと思ってるのか?」

「どういうこと?」

「鎧を盗む為に、リリーが信頼してる相手を騙っただけかもしれない」

 ソニアの名は、すでに俺とリリーの会話で上がっていた名前だ。もし、俺たちの近くで会話を盗み聞きしてる奴が居たとすれば、充分に騙れる。

 一体、どこから見られてる?

 メラニーだって、すべての尾行に気づけるわけじゃない。尾行の技術が高ければ、気づくことなんて不可能だ。

 まさか、こちらの監視をしてる奴が複数居る?

 こっちの行動は、どこまで筒抜けなんだ?

 ……とにかく。

 呑気に歩いてるのは危険だ。

 敵が一切見えない上に、今、尾行されてるかどうかもわからない。

 リリーの手を引いて、裏道に入る。

「絶対に俺から離れるな」

「……はい」

 闇の魔法で、リリーと自分を覆う。

「えっ?」

「え?」

 なんで?

 姿を消す魔法を使っているのに、リリーの姿が消えない。

「どこに居るの?」

「闇の魔法で姿を隠してるんだ。リリーも消えるはずなのに……」

 リリーが俯く。

「ごめんなさい。私……。魔法が効かないんだ」

「は?」

 魔法が効かない?

「女王の娘は、一切、魔法を受け付けないんだ。良い魔法も、悪い魔法もすべて」

 なんだそれ。

 そんな人間、聞いたことがない。

 女王の娘って、一体……。

 いや。今は考えても仕方ない。

 闇の魔法を解いて、頭の中に地図を描きながら、リリーの手を引いて歩く。

 繁華街や裏道を使って、少し複雑なルートで宿に向かおう。適当な道を歩き回っていれば、まだ確認できていない尾行も撒くことができるはずだ。

 後は。

「昼、何食べたい?」

「えっ?」

「俺が泊ってる宿は、ランチの時間は混むんだ。昼は別の店に入った方が良い」

 料理が美味い店だから、選んだ宿としては正解だったけど。混雑する昼には行きたくない。

「私、お金持ってないから……」

「金貨を持ってるだろ」

「でも、使えないんだよね?」

「額がでかすぎて、どこも扱えないだけだ。商人ギルドに行って崩せば使える。ルークへの両替も可能だ」

「そうなんだ。じゃあ、」

「でも、崩すのは別の街にしろ。金貨を見せびらかしていたのは、ばれてるんだ。商人ギルドで待ち伏せされてるかもしれない」

「……はい」

 この分じゃ、着替えたことも筒抜けだ。

 俺の情報も共有されてるなら、隠れて歩くのは難しい。

 かと言って……。

―お願い。

―出来るだけ早く、この街を出たい。

 今すぐ行動を起こすには情報が少な過ぎる。下手に街を出れば待ち伏せに遭って攻撃される確率の方が高いだろう。

 今のところ、公の場で行われているのは監視だけだ。それなら、一般人の目が多く、警備隊も居る王都に潜伏する方が安全だ。

 そもそも、目的は何なんだ?

 何故、鎧を盗んだ?リリーに用があるなら、確実に戻ると解ってる店を見張れば良いだけだ。俺とリリーが戻るまでに人数を集めておけば、リリーの誘拐だって可能だろう。……させないけど。

 リリーを追い回す目的が、誘拐や政治利用ではなく金目当てだとすれば、鎧の換金で手を引く可能性もあるけど。

 わからないことだらけだ。

「欲しいものがあったら言え。鎧の弁償はする」

「弁償?」

「俺のせいで盗まれたからな。後でまとめて返す」

「良いよ、そんなの。武器はあるし」

 本当に。

 その剣を持ち歩いていたのが正解だったから困る。

 鎧を取り戻す算段も付かないし、この分じゃ、装備を一式揃えなおさなきゃいけない。でも、鎧は細かくサイズを合わせなきゃいけないものだ。急いで王都を出なければいけない以上、鎧を揃えるのも落ち着ける街に着いてからになる。

 っていうか……。

 見る限り、大した荷物を持ってないんだけど。

「これから修行の旅に出るんだろ?そんな少ない荷物で大丈夫か?」

「うん。必要最低限のものは持ってると思う」

 怪しいな。

「ちょっと荷物を見せてみろ」

 リリーが鞄を開く。

 なんだこれ。

「薬は?」

「薬?」

「雨避けのマントもない」

「マント?今、着てるよ?」

「それじゃ雨避けにならない」

「でも、あんまり荷物が多くなると邪魔かなって」

 何言ってるんだ。

 さっき鎧の下に着ていただろうキルトの鎧下が荷物の半分を占めてるなんて。少な過ぎる。

「ピクニックに行くわけじゃないんだぞ。こんな荷物で旅なんて出来るわけないだろ。今から揃えに行く。荷物が大きくなるのが嫌なら、これを使え」

 荷物の中から出した袋をリリーに渡す。

「これは?」

「圧縮収納袋だ」

「圧縮……?」

「原理は面倒だから省く。要は、色んな物を縮めて収納できる入れ物だ」

 錬金術の技術で作られた道具。

「何でも入るの?」

「その袋の口を通るやつで、薬や布、紙とかだ。鉱物みたいに硬いものは縮まないから、武具なんかは無理。生ものみたいに組成が複雑なものも難しいな。乾燥パンとか組成の単純なものなら入れておける」

 真空の魔法を編み込んであるから、圧縮できるものなら、大抵のものは圧縮して収納できる。

 リリーが自分のハンカチを入れてる。

「どうやって出すの?」

「仕舞った位置を覚えておけば良い。すぐに慣れる」

 リリーが袋を眺める。

「私が吸い込まれることはない?」

「生き物には無害だ」

 っていうか。今、ハンカチを入れる時に普通に手を突っ込んだだろ。

 魔法抵抗を設定していないから、無機物にしか圧縮魔法はかからない。使えてるみたいだし、魔法が効かないことも関係ないだろう。

 リリーが袋の中に手を入れる。

「大丈夫……」

 慣れたら、簡単に使えると思うけど。

「あれっ?」

 リリーが出したのは、薬。

 そういえば、いくつか入れっぱなしだったかもしれない。

「癒しの薬とか、毒や麻痺を治す薬が入ってる。どれも旅をするなら必需品だ。好きに使って良い」

「良いの?」

「良いよ。そこに入ってるのは全部、俺が作ったやつだから」

「え?あなたが作ったの?」

「あぁ」

 リリーが、袋の中に入っていた他の薬も出す。

「エリクシール……?」

 あらゆる怪我を立ちどころに治癒する薬。大怪我をした際に活躍する薬だ。

「これも、あなたが?」

「あぁ」

 リリーが薬を仕舞う。

「あなたって、魔法使いじゃないの?錬金術師?」

「どっちでも良いだろ」

 説明が面倒だ。

 リリーが自分の鞄を丸ごと袋に突っ込み始める。流石に、それは無理があるんじゃ……。

「すごい。本当に何でも入るんだね」

 入った。

 リリーが袋を短剣のベルトに付けている。そういえば、ベルト通しを付けたタイプも作ってたっけ。

「ほら、行くぞ」

「はい」

 身軽になったリリーが笑顔で頷いた。

 

 

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