016 巻き添え
キルナ村に着いたのは夕方。
リリーは、歩く速度は遅いものの、体力があるから途中で休憩を挟むことなく進むことができた。これだけ歩けるなら旅をするのに全く問題ない。……方向感覚さえどうにかなれば。
村の入口に衛兵が立っている。
「身分証の確認を」
言われた通り、身分証を出して見せる。
「ラングリオン?聞き慣れない国だな」
「東の国だよ。あちこち旅してるんだ。出入国の記録を見ればわかるだろ」
身分証と一緒に出入国の記録も出してある。
「確かに。そちらは?」
リリーが身分証を見せる。
すると、衛兵の態度が急変した。
「リリーシア様……!」
「え?」
「申し訳ございません。どうぞ、お通り下さい。御自由に!宿の手配も直ぐに、こちらで!」
脅えたリリーが俺の後ろに隠れる。
これが、グラシアルにおける上級市民の扱いか。
「うるさい。騒ぎ立てるな。見ればわかるだろ。身分を隠して旅をしてるんだ」
「しかし、女王陛下の、」
「あの、大丈夫だから……」
「しかし、」
「お願い。私のことは黙っていて」
衛兵がもう一度、リリーに向かって深く頭を下げる。
「かしこまりました。仰せのままに」
これで口止め出来たら良いけど。
「宿の場所は?」
「この村には一軒しかありませんし、貴い御身分の方に満足いただけるかわからないのですが……」
そんなことは聞いてない。
「場所はどこだ」
「広場を右に抜けたところにございます」
「ん」
「ありがとうございます」
衛兵の横を通り抜けて、村の中に入る。
静かな村だ。
「ごめんなさい」
「何が?」
「変なことになって」
「気にしなくて良い」
「でも……」
「どうせ、身分証の提示を求められることなんて、そんなにない」
「そうなの?」
「近隣で賊が出るから確認してるだけだろ」
出入国時ならともかく、わざわざ都市で提示が求められるケースなんて、ほとんどない。犯罪者の捜索や王侯貴族の訪問といった特別な事情がある場合だけだ。
「でも私、エルが持ってた判子の書類、持ってないよ」
「出入国の記録帳か?あれは、出国手続きをした場所で発行される書類だ。旅の間は身分証と共に携帯が義務付けられる」
「私も発行してもらえるのかな」
「当たり前だろ」
持っていなければ出国時に必ず発行してもらえるもので、帰国の際も必要になる。判子を押す場所がある限り同じ書類を使い続けることが可能だから、旅の記録になるものだ。
「上級市民って、何かな」
「女王の恩情の厚い家系らしいな」
「私、そんなの知らない」
『そうだね』
外に出たことがないんだから、外での貴族の扱いなんて知るわけないよな。
「これでわかっただろ。女王は、この国では神さまみたいなもんなんだ。リリーが女王の娘って知ったら、あの衛兵、卒倒するぞ」
「……はい」
身分をばらすことのリスクは、身にしみてわかっただろう。
村の中は暗くて静かだ。
夕方だっていうのに活気もなければ人の気配も全くない。
なんなんだ。
広場を右に行ったところに宿を見つけた。外観もそこまで悪くないし、レストランからも賑やかな声が聞こえてくる。
でも、明かりや人の気配がするのはこの宿だけだ。
他の家屋からは人の気配がしない。こんな時間なのに、夕飯の支度をしているような匂いもなければ、働きに出てる人間が帰宅する様子も見られないなんて。
この村は、おかしい。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
どの道、今日は村に泊まるしかない。
リリーと一緒に宿に入ると、一階のレストランで喧しく食事をしていた連中が急に静かになった。
「あんたたち、何者だ」
「見ればわかるだろ。旅人だよ。衛兵に宿はここだけって聞いて来たんだ。泊まれるのか?」
「お客様ですね。どうぞ、こちらへ」
宿の主人らしき男に案内されて受付のカウンターへ行くと、さっきの賑やかさが戻った。
「村の者がうるさくてすみません」
「ここに居るのは、全員、村の連中なのか?」
「はい。お食事は……。本日は肉料理しか御用意出来ませんが、よろしいでしょうか」
「何でも良いよ」
「ありがとうございます。お部屋の準備が整うまで、お食事をしてお待ちいただけますか」
「わかった」
「では、こちらにサインをお願いいたします」
宿帳に俺とリリーの名前を書く。
「すぐに料理をお持ちいたしますので、空いている席でお待ちください」
「ん」
リリーを連れて、窓際の席に着く。
随分、大人しいな。
「喧しいのは苦手か?」
「え?えっと……」
リリーが俯く。
「ここ……。男の人ばっかりだから……」
確かに。
この店には男しか居ない。
「男が苦手なのか」
「苦手っていうか……。街には男の人も結構居たけど、城は……」
『リリー』
イリスがたしなめる。
身分がばれたらまずいって、説明したばかりなのに。
「あの、私が居たところって、男の人と関わることがあんまりなかったから。こんなに男の人がいっぱいの場所は初めてで」
王位継承候補は女系の王族だけなんだから、女王の娘の世話をするのも女ばかりなんだろう。女性が一人も居ない空間は初めてなのかもしれない。
『エル。気を付けろ』
食事をしていた男が二人、近づいてきた。
「あんたら、この辺じゃ見ない顔だな」
『リリー。余計なことは話さないようにね』
こんなのは無視に限る。
「可愛い子を連れてるじゃねーか」
「気を付けないと、こんな子、すぐに攫われるぜ」
例の賊の話か?
少し探っておくか。
「攫われるって、どういう意味だ。この村には、人さらいが居るって言うのか?」
「あんた、何も知らないでこの辺に来たのか?」
「最近、この村の周辺では、良くないことばかり起こってるんだよ」
「良くないこと?」
「良くないことって……」
「強い亜精霊は出るわ、やばい魔法使いは居るわ。ろくなことがないんだぜ」
亜精霊は白狼のことだな。
魔法使いは賊のことか?
「亜精霊って、さっきの白い狼?」
「あんたたちも会ったのか」
「良く無事だったな」
ブレスを吐く亜精霊は厄介だ。戦い方を知らなければ、手こずる敵だろう。
「亜精霊なら討伐済みだ。もう現れない」
「え?あんたたち、あの白狼を倒したのか?」
「リリーが倒したんだよ」
「この子が?」
「えっ?止めを刺したのはエルだよね?」
「どっちでも同じだ」
リリーなら一人でも余裕で勝てた。
「あんたら強いんだな」
危険度の高い亜精霊の討伐は、騎士団か冒険者ギルドに討伐依頼を出すのが通例なのに。なんで、放置されてるんだ。
「で?魔法使いっていうのは?」
「この辺を縄張りにしてる賊のボスだよ」
「あいつら、やりたい放題だ」
魔法使いが牛耳ってる賊の一団か。それなりに統制が取れた組織なら厄介だな。
「人さらいは、そいつらのことか?」
「そうだ」
「悪党なら、騎士団に討伐してもらえば良いだろ」
「頼んでるさ。何回も」
「女王陛下に頼みに行った奴も、まだ帰ってない」
辺境の訴えは後回し?
でも、変だな。魔法使いが悪さしてるなら、魔術師ギルドが動きそうなものなのに。
「騎士団の連中は、びびってるんだよ」
「二つ名のある魔法使いだからな」
「二つ名って?」
「黄昏の魔法使い」
まさか、その名をこんな場所で聞くことになるなんて。
「黄昏の魔法使いって?」
「お嬢ちゃんは知らないのか?」
『知らないね。っていうか、外の有名人なんて知らないよね』
だろうな。
「ラングリオンの英雄らしいぜ」
「え?悪魔だろ?」
「それは、セルメアの話だ。セルメアの悪魔」
「英雄で、悪魔なの?」
リリーが首を傾げる。
「エルは知ってる?」
「さぁ?二つ名持ちの魔法使いなんて、あちこちに居るからな」
なんで、西の果ての国に東の国の魔法使いが居るんだよ。
ラングリオン王国。そして、その南に位置するラ・セルメア共和国は、どちらも大陸の東の国だ。
「あいつは普通の魔法使いじゃない」
「化け物なんだよ」
……化け物。
「お前ら。頼むから、お客様に迷惑はかけないでくれ。全員、追い出すぞ」
肩をすくめて、二人が戻って行った。
「申し訳ございません。まだうるさいようでしたら、追い出しますから」
店主が食事を並べる。
「女将が居ない宿なんて珍しいな」
「……ここは、そういう宿なので」
そういう宿、ねぇ。
「ワインはいかがでしょうか。お詫びに、サービスいたしますよ」
「酒は飲まないんだ。紅茶があったら、後でくれ」
「かしこまりました。食後に御用意致します」
店主が軽く頭を下げて席を去る。
「飲まないの?」
「気分じゃない」
こんな怪しい村で、のんびり酒なんて飲んでいられるわけがない。
「いただきます」
「いただきます」
リリーが食事を美味しそうに頬張る。
早々に村を出ないと。
宿の食事が選べない場所っていうのは、大抵、なんらかの問題を抱えている。立地による流通の悪さや政治的な問題、貧困等。この村が危険な状況に置かれていることは間違いない。賊や亜精霊に脅える生活が続いているのは明らかだ。
だいたい。普通なら、騎士団が遅いとわかった時点で、すぐに冒険者ギルドに相談するはずだろ。そうしないのは、ギルドに払える対価がない、つまり、急激に貧しい状況に陥ったってことだ。
その理由は……。
ん?
リリーが、何故か俺の方をじっと見ている。
「どうした?」
「箸……」
箸?
「あぁ。便利だよな。これ」
箸は、ラングリオンではあまり使われない道具だ。
「グラシアルでは食事にも使うんだな」
「どういうこと?」
「ラングリオンでは、料理の時にしか使ってなかったから。これよりも長い奴だったけど」
「料理用って、菜箸のこと?」
「それだ。トングより便利だって、使い方を教わっておいて良かった」
変わった持ち方をするけど、慣れるとすごく便利な道具だ。
「家族から教わったの?」
家族。
「そうだよ」
ロールキャベツを作る時。キャベツを丸ごと茹でながら、一枚一枚剥がすのに使うんだって。教わった時に触れた手の形が重なる。
「ただの細い棒二つなのに重宝するよな」
久しぶりに夢で見たせいか、良く思い出す。
村の連中が、ひっきりなしに出入りしてる。小規模の村なら、こういった場所が集会場になるのは仕方ないとはいえ。落ち着かないな。
「お待たせいたしました。お部屋の御用意ができました。二階の奥の部屋をお使いください」
ようやく準備ができたか。
店主が紅茶と部屋の鍵を置いて、空いた皿を下げる。
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
リリーが、淹れたての紅茶を機嫌良さそうに飲んでいる。
「料理、美味しかったね」
「目新しい料理だったのか?」
「そうじゃなくって……。外って、同じ料理でも味付けが全然違うから」
伝統料理でも、地方によって食材や味付けに差が出るのは良くあることだ。閉鎖的な環境なら尚更だろう。
「ポルトぺスタなら、もっと色んな料理が食べられる」
「すごく大きな街なんだよね?」
「あぁ。城下街よりも広い」
「そんなに?」
「一日じゃ見て回れないだろうな」
グラシアル最大の都市。商人が多く活気に溢れた都市は、グラシアルの中心都市だ。
「あんたたち、冒険者か?」
……また来た。
「だったら、何だって言うんだ。仕事は受けないぞ」
「俺たちは今日、誘拐された村の女たちを助けに行く予定なんだ。腕が立つなら手伝ってくれないか?」
「えっ?誘拐?」
「断る」
「え?」
巻き込まれてたまるか。
「まぁ、話を聞けって。もちろん、タダで頼むわけじゃない。銀貨十枚用意した。これでどうだ?」
銀貨十枚って。
「ふざけるな。その辺のゴロツキ退治ならともかく、賊の一団を相手に銀貨十枚だって?そんな安値で引き受ける冒険者なんて居ないぞ」
馬鹿馬鹿しい。
「一団と言っても、今日はボスも居ないし、主力部隊は離れてる。警備も手薄なんだ」
「信憑性が薄いな」
「古城の様子はずっと観察してるから間違いない」
観察って。
本当に中身を確認出来てるのか?
キルナ村の通報で、古城が賊のアジトであることも、誘拐された人間が囚われていることも騎士団は知っているはずだ。なのに、未だに何の動きもない理由。
そして、人質を放置して賊の主力部隊が居なくなった理由。
こんなのあり得ない。
「そこまで確信してるなら何の問題もないだろ。俺たちに頼らずに、自分たちだけでやれば良いじゃないか」
「もちろん、手はずは整えてある。ただ……。俺たちも、誘拐された村人を安全に救出したいんだ。それには人手が足りない。白狼みたいな亜精霊がいつ現れるかもわからないし、あんたたちには、もしもの時の護衛を頼みたいんだ」
「断るって言ってるだろ」
急激に村が貧しくなった理由は、賊による略奪が行われたせいだ。襲われた村は騎士団に助けを要請したが無視され、続けて村人まで誘拐されてしまったんだろう。
この村に来てから女性の姿を一人も見ていないことからも、かなりの人数が攫われていることは間違いない。夕方だっていうのに明かりも付けずに閉じこもってるのは賊を恐れているからだ。
この村に戦う力は残されていない。
なのに、夜間の行動に慣れた賊相手に、暗がりの中、一集団を無事に村に連れ帰ろうとしてるなんて。
無謀だ。
「私、手伝います」
「は?何、馬鹿なこと言ってるんだ。危険過ぎる」
「大丈夫だよ」
「駄目だ」
「だって、放っておけないよ。私一人でも行く」
自分が城の連中に命を狙われてること、忘れてるわけじゃないだろうな。
……ったく。
「助ける人数は何人だ。一人につき銀貨一枚で手を打ってやる」
代表の男が後ろの連中を見ると、全員が頷く。
確認が必要なぐらいの人数が居るのかよ。
「わかった。足りない分はルークで支払う。それで良いか?」
救出人数が十人以上なのが確定した。
「良いよ」
これ、どれだけ時間がかかるんだ。
「ありがとう、エル」
『ふふふ。また、巻き込まれちゃいましたね』
だから。
毎回、俺のせいじゃないって言ってるだろ。
楽しそうに言うな。




