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Jeu de hasard

Ame impure

 

 

 

 私は、この時を待っていた。

 

 ずっと。

 あなたが来るこの時を。

 

 これで、すべてが終わる。

 

 


 世界の始まりの大陸、神の台座。

 そこは、オービュミル大陸の北西に位置する氷に覆われた大地だ。外海の巨大生物が往来する危険な海域に存在し、高くそびえる氷の断崖があらゆる侵入者を拒絶する。

 この完全に閉ざされた大陸を仰ぎ見る位置に、白銀の美しい城が立っている。荒れ狂うニフル海峡に削られた断崖絶壁にそびえ立つ壮麗な城は、オービュミル大陸北西部を支配するグラシアル女王国の女王の居城だ。

 その眼下に広がる城下街の一角、一階にレストランを構える宿。

 

王国暦六〇七年 ポアソン十七日

 

「あんたも留学に来たのかい?」

 白昼堂々、目の前で酒をあおる若い男が話しかけてきた。

 ここでは昼間から酒を飲む習慣でもあるのか?……でも、周りには酒を飲んでる奴なんて一人も居ない。何より、これまでのグラシアルの旅でも、そんな習慣は目にしなかった。

「王都は初めてか?」

 面倒な客に絡まれたな。

 無視しよう。

「ここの飯は美味いだろ」

『しつこいわねぇ』

 本当に。

 けど、満席のレストランで、四人がけの席を独占するわけにはいかない。知らない男と相席になるのは仕方ないだろう。

『どっかの誰かさんみたいだわぁ』

 機嫌の悪い精霊の声が続く。

 契約中の精霊の声は俺にしか聞こえない。しかも、通常の精霊は人間には見えない存在だ。いつもお喋りな精霊に付き合ってることを考えれば、酔っぱらいの戯言も気にならないか。

「酒でも奢ってやるか」

「要らない」

 相手の男が驚いたような顔をする。

「なんだ。未成年だったか」

「そんなわけないだろ」

「冗談だって」

 男が笑う。

 からかわれたらしい。

 余程、暇なんだろう。そろそろ食べ終わるし、相手ぐらいしてやるか。

「ただの観光だよ」

「観光、ねぇ。……こんなところに?」

 グラシアル女王国の王都・ライラ。

 王都と言っても、ライラは大陸のすみっこという僻地にある。街道が整備されているとはいえ、わざわざ観光目的で足を伸ばすような場所じゃない。

 適当な理由で誤魔化そう。

「ここなら、神の台座が見えると思ったんだ」

「神の台座?……残念だが、こっから見えるのは城だけだ。見たいなら、船に乗るか山登りでもするんだな」

 神の台座は船で近づくことは困難な場所で、山登りするならかなり高所を目指さなきゃいけないことになる。

 どっちも現実的じゃないな。

「あんた、どっから来たんだ?」

「どこだって良いだろ」

「当ててやろうか」

 にやりと笑った男が酒を片手に頬杖を付き、こちらの観察をはじめる。

「グラシアルじゃないんだろ?……クエスタニアっぽくないな。ディラッシュか?」

 どちらもグラシアルと隣接する国だけど、違う。

「ハズレかよ。若いってのに身なりも整ってるし、なまりもない。どっかの貴族……?にしちゃあ、護衛が居ないか。箸を上手く使えるってことは、この辺の奴なんだろ?」

 箸はグラシアルのレストランでは当たり前のように出る食器だ。使いこなすには少しコツが要る。

「違うって?んー……。金髪にブラッドアイなんて聞いたことないからな。くせ毛は南部に多いって聞くが……」

「ラングリオン」

「へぇ。ラングリオンか」

『教えるのぉ?』

 これ以上、じろじろ見られるのも詮索されるのも迷惑だ。

「ずいぶん遠くから来たんだな」

 ラングリオン王国は、オービュミル大陸の北東に位置する大国だ。東に砂漠を抱える騎士の国として知られ、グラシアルとの間には、ディラッシュ王国、ティルフィグン王国を挟むほど遠い。

「向こうに比べりゃ、この国は相当寒いんじゃないか?」

 大陸は、北西から北東にかけて傾斜する形になっている。大陸の北と言っても、ラングリオンはグラシアルより南寄りに位置し、温暖で農耕が盛んな国だ。

「思ったより寒くないよ。こんなに過ごしやすいと思わなかった」

 一方で、氷漬けの大地を仰ぐグラシアルは、古くから寒冷な地域として知られる。本来なら春でも雪が残るような土地で、東に見えるオペクァエル山の姿だって真っ白だ。にも関わらず、人里は明らかに寒くない。周囲の様子からは考えられないほど穏やかで過ごしやすい気候だ。

「これが、女王の恩恵ってやつか?」

「その通り。女王陛下万歳だ」

 絶大な魔力を持つグラシアル女王。

 グラシアル初代女王は、寒冷だったこの地から雪と氷を取り除き、人々に穏やかで実りある豊かな土地を与えた伝説的な人物と言われている。その奇跡の力は歴代の女王に脈々と受け継がれ、女王の力によってグラシアルは寒さに脅えない豊かな暮らしを約束されているのだ。

「それで?どこを観光するんだ。行きたいところがあるなら案内するぜ」

 行きたいところか。

「城」

「は?」

「きれいな城だろ。中に入れないのか?」

「馬鹿だな。入れるわけないだろ。女王陛下の居城だぞ」

「一般開放されてる場所は一つもないのか?」

「開放も何も。あの城には入口なんて一つもない。誰も入れないんだよ」

「誰も?」

 あり得ない。

「なら、どうやって生活してるんだよ」

「さぁ?」

 目の前にあるのに、誰も中身を知らないなんて。

「落ち込むなよ。探してるものがあるなら手伝ってやるからさ」

 しつこいな。

「探してるものなんてない。最先端の魔法の国なら、良い勉強になると思って来ただけだ」

「お。やっぱり留学生だったか」

 なんで、そうなるんだ。

「ここに来た奴は、皆、そう言うんだよ。ただの観光だって。でも、目的は魔法の国にしかない文献や最先端の学問だろ?」

 絶大な魔力を持つ女王の影響で、グラシアルは魔法の国、あるいは魔女の国と呼ばれている。特に王都は魔法研究が盛んな場所で、大陸の最先端の研究場所と言って良い。

 ただ……。

「俺に言わせりゃ、そういうのは遊びに来たって言わないね。学者みたいな探究心がなけりゃ、わざわざこんな僻地まで来たりしないだろ」

 グラシアルの研究機関は一般に開放されていないし、研究者が異国と交流している様子もない。徹底した秘密主義を貫いている。

「この街は広いぜ。適当に歩いたって、探してるものは簡単に見つからない。俺が効率良く案内を……」

「ごちそうさまでした」

 ようやく食べ終わった。

 酔っぱらいの相手もこれで終わり。さっさと部屋に戻ろう。

 ……と、思ったのに。目の前の皿がトレイごと宙に浮く。

「悪いね、お客さん。うるさいのと相席になっちゃって」

 女将だ。

 食器を下げた女将が俺の前に紅茶セットを置く。

「頼んでないけど」

「宿泊者向けのサービスだよ。紅茶が欲しかったら、いつでも声をかけておくれ」

 ここは、一階がレストランで二階が宿泊スペースという、良くあるタイプの宿だ。

 そして、俺はここの宿泊者でもある。

「ポール。あんまりうちのお客さんに絡むようだったら、出てってもらうからね」

 この男は、女将と知り合いらしい。

「絡んでるわけじゃないぜ」

「どうだか」

「ほら、知らない街を一人で歩くのは大変だろ?探してるものがあるなら手伝ってやるって言ってるんだ」

「だからってねぇ……」

 香りの良い紅茶だ。

 グラシアルでは嗜好品として紅茶が好まれる。そういえば、土産の紅茶はまだ買ってないな。っていうか、他にも色々頼まれたような……。

「で?何か探し物はないか?」

 女将が別の客に呼ばれて居なくなるなり、早速、酒飲みがこちらを見る。

「俺は情報屋なんだ。王都のことなら何でも知ってるぜ」

 情報屋か。

 しつこく絡んできたのは、観光客の欲しいものを探る為だったらしい。

 怪しい奴だけど、宿の女将と知り合いなら多少は信用出来るだろう。

 行きたい場所……。

「図書館」

「王立図書館のことか?」

 図書館はあるらしい。

「どこにある?」

「どんな本を探してるんだ?」

 図書館の場所を聞いてるのに。

 ……そういえば、頼まれてた本があったんだ。

「銀の棺」

「銀の棺か。まかせときな」

「年代も著者も言ってないぞ」

「当てがあるんだよ」

 そんなに有名な古文書だったのか。

「自己紹介がまだだったな。俺はポール。あんたは?」

「エルロック」

「エルロックね。しばらくここに居るんだろ?」

「二、三日は居る予定」

「了解。すぐに用意してやるから待ってな」

 そう言うと、残りの酒を飲み干したポールが颯爽と店から出て行った。

『自分で探せば良いじゃないですか』

「別に、安く済むならそれで良いだろ」

 しつこかったし。

『でも、賭けは私の勝ちですよ』

「……」

 王都に入る少し前、声の主と賭けをしたのだ。

 

―『エルのことだから、街に入ってすぐに声をかけられるわね』

―「まさか」

―『じゃあ、賭けをします?』

 

 話しかけられたのは、城下街に入って宿泊手続きをし、ランチを食べていた時。

『ね。エルは人に話しかけられやすい』

 エイダ。

 そんなつもりは微塵もない。単に、店が混んでいて相席になっただけだ。

『ついでにぃ、これからまた何かに巻き込まれちゃいそうだよねぇ?』

 ユール。

『今回は、道中、平穏だったと思うが』

 メラニー。

『エルにしては珍しく何もなかったよねー』

 ジオ。

 目の前から人間がいなくなるなり、お喋りが増えてきた。

 今、店内のやかましさ以上に耳に届く複数の声を聞いているのは、俺一人。

『気を付けた方が良い』

 バニラ。

「どういう意味だよ」

 紅茶のカップに口を付けながら呟く。

 精霊と話す為には、精霊に聞こえるよう声を出さなきゃいけない。

「別に、何も起きたりなんかしない」

 けど、傍目には独り言にしか見えないから、喋る時は気をつける必要がある。

 何故なら、精霊は目に見えない存在だから。その姿を人間が視認する為には、精霊に顕現してもらわなければならない。

『じゃあ、賭けますか?』

 また、賭け?

「そっちこそ、何か手がかりはあったのか?」

 ここは、今回の旅の目的地だ。

『さぁ、どうかしら』

 西の果てまで来たいと言ったのは、エイダなのに。

「……あ」

『どうした?』

「あいつ、王立図書館の場所を教えてくれなかった」

 ため息や笑い声が聞こえる。

 仕方ない。自分で探すか。

 行こう。

 

 


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