夢見夢花は痛恨の一打を浴びる
夢見夢花。キャンキャンと堀北の周りを駆け回る犬のような存在だ。もう人間の尊厳を超えて犬に同化していると思うが、愛らしい飼い主と犬の関係性を眺めるだけで、この場が平和だと実感させてくれる。前回の期末試験を無事に終え、学内のピリついた雰囲気も落ち着きを取り戻していた。このまま変わりない日常が続く事を願いたいばかりだ。だがその日常は簡単に崩れてしまう事件が起きることを、古関黒斗はまだ知らない。
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昼休み。ボッチにとっては、さてどこで弁当を食しようかと悩む時間帯だ。だがその心配は不要だ。なぜなら、高校に入学して僅か二日の間で、校内全体の構造をほぼモーラしているからである。用意周到とはまさしく俺のことを指す。チャイムと同時に教室からそそくさと出て、二階の南校舎にある使われていない空き教室にたどり着いた。俺の念密な調査結果によれば、この空き教室は俺が入学してからも未使用な状態であり、誰かが入った形跡は見あたらなかった。まさに絶好の穴場スポットといえるが、少々狭い分、俺にとってはむしろ快適に過ごすことが出来る。高揚感が胸の奥から沸沸と湧き上がる衝動を抑え込み、扉の取手に手をかける。
刹那、何やら扉の奥から声が聞こえてきた。俺の幻聴ではないと思うが、気味が悪いと直感的に悟った。声のトーンは極めて低いが、男性とは言い難い。声量は扉越しでほぼ遮られており、片言でしか聞こえなかった。休み時間は十分をきり、時間が刻々と差し迫る中、このままでは弁当を食べる時間がなくなってしまうことを危惧した俺は、早々とドアの取手に手をかけ、扉を勢いよく全開させた。そして暗がりの部屋の奥に人影が見え、何やらブツブツと独り言を発していた。一歩ずつゆっくりと近づき、スカートを履いていることから女子生徒だ。しかも同じ学年の勲章をつけているのが薄っすらと見えた。さらに近づき、何やらお得意の嫌な予感センサーが発動された。もしや、いや、ただの見間違えなのは否定できない。なぜなら、俺の目の前にいるのは──
「夢見?」
「帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい、まだ昼だ、早く早く早く終われぇーーー!」
床に足を抱え込み、発狂しながら息を荒ぶる夢見夢花の姿だった。これがもし、俺の幻覚であるのならば、末恐ろしいが残念なことに現実だ。それにしても、なぜ俺はここまで冷静にこの現場を見ていられるのには、理由があった。
「夢見、夢見」
「はぁ!!あ、あれ?こここ、ここ、コココ!」
「パニクってニワトリみたいになってるぞ」
「あ、はは、ふぅ・・・やっほ!古関君もここでお昼かな?!」
「夢見、無理あるぞ」
そしてしばしの沈黙。
何とも気まずい雰囲気だが、俺はその雰囲気ごと断ち切るように夢見の真正面に座る。対する夢見は、目が左右に泳いでおり、明らかに動揺していた。ちなみに恋の動揺ではない。頭を軽く掻きむしり、昼の弁当を組んだ足に乗せ、包を開ける。今日の卵焼きは上出来だろう、少々甘すぎたかと心の中で独り言を呟き、口の中に放り込む。
「あ、あの・・・。」
「何だ?」
「何で普通にお弁当食べれるの?驚かないの?ほら、根暗陰キャだーとか」
ちょうど唐揚げを掴んでいた箸を置き、天井を見上げながら呼吸を一つついた。
「まあ、多少は驚くというか、まあそうだな。だが、それがどうした?」
「で、でもこんな教室とかの様子と全然違うし」
「まあ陰の部類に適応があるのも一つだが・・・夢見、この前の試験でそこそこ順位高かっただろ?」
目を大きく見開いて瞬きをする夢見は、普段の彼女の様子とはかけ離れていた。
「わざわざ勉強出来ない振りして合わせていただろ?それに前、班分けしたときもお前、若干動揺していたしな」
「ほ、他の人には、バラしてない?」
「意味ないだろ」
夢見は緊張気味で上がりっぱなしだった肩が一気に下がり、その瞬間目に涙を浮かべた。ちょっ、待てよ、俺今さっき強く言い過ぎたか?どう見ても俺が泣かせたみたいな捉え方しか出来ない現状、夢見以上に焦っていた。
「お、落ち着け、ほら飴やるから」
「いらない、ひっく、うぅ・・・なんで、優しいのっ」
「別に優しくしたつもりはないが」
「うぅ・・・違うの?」
ここに来て可愛さを出すなよ、犬のオーラは健在だった。
しばらく泣き止ませようと必死であれやこれやをしたが、結局は泣き疲れて落ち着きを取り戻していた。俺の苦労は水の泡状態だ。泣きたい、けど誰も慰めてくれるくれないもんな。そんな友達いたらこんな捻くれ気質になってないしな。
「ともかく、そろそろ授業が始まるし教室も──」
キーンコーンカーンコーンー
「・・・これって、五分前のチャイムか?」
「もとからそんなシステムないよ」
──これがいわゆる詰みだろう
時刻は授業開始十分後。この時間にはとっくに教室に戻り、ながら授業を聞いている頃合いだったはず。しかし現状!!
「じゅっ、授業が、はじ、じじじま!!どうししよよ!!不良生徒と認識された挙げ句、クラスでの居場所がっ!!」
夢見がまたまた発狂しながら、発作を現在進行中で起こっていた。一方で俺はというと──
「まあ落ち着けって、授業はたしかあれだろ。国語だろ?国語担当の教師なら何とか言い訳できる、あの人そこまで怖いイメージないしな」
「古関君・・・この授業、化学、白雪先生、授業」
「そうか・・・白雪っ教師っ、の、あー大丈夫・・・じゃない」
説明しよう!白雪教師の授業開始時刻から0.00001秒でも遅れてしまったら最後、クラスメートの目の前で何か一つ一発芸を行い、そのネタがウケるまで永遠と笑いを提供しなければならない、陰キャいや、学校で影が薄い者たちからしたら一種の拷問と呼ばれるアレなのだ。
皆がご想像していた廊下で立っとれ!とは比べものにならない鬼畜さが思う存分見られる絶好の刑罰だ。俺は心なしか背筋に寒気を感じていたが、きっと気の所為だと信じたい。
「古関君、震えているけど、だ、大丈夫?」
「ああ、ただの武者震いだよ、あははは」
口に運んでいるご飯が箸からこぼれ落ちていくさまを見た夢見はかなり心配している。多分俺はこの弁当が最後の晩餐なんだろうな。冷や飯で最後を締めるなんて俺の人生を象徴しているみたいで自然と涙が。
「どうする?戻る?えっと、どうしよ!」
「夢見、落ち着け。一発芸は二人で乗り越えれば痛みも二等分だ」
すると夢見は何故かとても気まずそうにちらりと俺の目を見る。
「あ、その件だけど、その、私スイッチ入ると笑いはどうにか対処できるから、そのところは大丈夫だけど」
「は?待て待て、スイッチなんてあるのか?」
こくりと頷く夢見
「スイッチが今はオフだからこんな根暗陰キャだけど、オンになったら何とか乗り越えられる、かも」
クソぉぉぉおおおおーーー!!!
心の中で叫ぶ俺は、夢見夢花を同類と少しでも思ってしまった自分に深く失望するのだった。すまん、夢見、お前はまだ輝ける(キラ)
俺は弁当の白米がより一層冷たくなる感触をよく噛み締めた。
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それからというもの、俺と夢見は授業残り五分間で教室に入り、深く深く謝罪したが白雪教師はご立腹のようで例のアレを回避することは不可能だった。夢見はいとも簡単に笑いを起こせたが、俺の場合はクスリどころか、皆の冷酷な眼差しを直で受け、心が崩壊していくさまをリアルタイムでお届けできた。結局は授業の終わりを告げるチャイムまでひたすら寒いダジャレを言い続け、メンタルだけが失い続ける非常に痛々しい結果となった。トラウマ、黒歴史にまた一枚刻むことなる。
放課後、部室では珍しく夢見一人であり、堀北の姿は見当たらなかった。
「古関君、その、ごめん。わわ私のせいであんな、酷を虐げられて、ごめん」
「いいんだ、夢見。全て終わったことは水に流そうじゃないか、あははは」
「ダジャレ、面白かったよ、うん、うん」
夢見の温かな慰めもあり、俺と夢見はある意味絆を深められたと思う。ダジャレを言ったのは誰じゃ?などは今後とも深く封印しておこう。
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