第7話 トラブルはあったが、とりあえず配信は乗り切れたのでまぁ良いでしょう
明野来海 衣服
研究をするのが日課な来海は毎日着るこの白衣をまるでパジャマのように思っており、外出しない日は一日中来ている。この白衣は同じものを七着も持っており、曜日ごとに違うものを着ているらしい。ちなみに白衣は下半身の下のほうまでしっかり隠してくれるので、中にはパンツ以外何も身につけていないという。
とある未公開の公式設定資料より
「ちょっ!ちょっと!?」
そう言うと、燈哉は体育座りをし、なんとか体が見えないように突然座り込んだ。
「えっーと、来海ちゃんは白衣の下に何も着てなかったってことなのかな?」
あまりの突然の出来事に美咲は状況を理解することに必死になる。
「放送事故にならないよね・・・?」
遥はこの配信が大丈夫なのか不安になる。
実際に俺自信が裸になったわけではないのに、何故か恥ずかしくてこの体勢から動けない・・・。
そんな放送ラインギリギリの状況。困惑に不安、そして羞恥とそれぞれの理由で動けなくなってしまう中、一人だけ動ける者がいた。
「来海ちゃん胸ちっちゃくて可愛いね!ほんの少しだけ膨らんでて!※」
アバターの設定でそうなっている。実際合わせるように燈哉は少し胸にパッドを敷き詰めてきている
そう、莉音だ。
莉音の配信はよくこのような放送ラインギリギリにのることどころか、実際に莉音のあげている動画の何個かは広告なしなどの処罰も受けており、このような状況は完全に慣れているのだ。
「いや、よくその状況で平然とそんなこと言えるね!?」
「いやぁ、先生こんなことよくあるから慣れちゃってるんだけよね〜」
「慣れてるならどうにかしてよエロ教師!」
「エロさでいうなら白衣の下何も着てない来海ちゃんのほうが上だよ!裸エプロンならぬ裸白衣のくせに!」
この燈哉と莉音の掛け合いは来海の普段見れない姿(見た目も話し方も)を見れたとリスナーの中で有名になり、また「裸白衣」というワードは後日Tというコメントを呟き、発信するサービスでトレンド入りを果たしたという。
また、これ以上の続行は不可能と判断され、ここでこの配信は終了となり、色々な面で伝説の回となった。
配信が終了してから30分後。現在時刻は五時三十分で今日の午後七時からやる来海一周年記念の配信まで一時間半ほどの猶予があった。
「今日はありがとねー!またコラボしようね〜」
無地の白Tシャツに黒いズボンを履き、さらに黒いキャップつきの帽子とマスクを身につけた莉音はそう言うと部屋を出て行った。
莉音は都合が合わず、この後の配信にはでないため、帰るのだ。
「こちらこそありがとうございました」
燈哉はそう言って深く頭を下げて礼をする。
「おぉ、まさか本物のlogxが見れるとは・・・」
そんな姿に遥はオタクのようにそう歓喜の言葉のぼそりと言う。
これは来海が配信で、人にお辞儀をする時はlogxの関数のグラフの形が良いという発言をしており、それを本人が生でやっているというのに気づいたら遥だけに通じたネタなのだ。
本来そのような発言を覚えている人はおらず、さらには今回お辞儀をするにあたって燈哉本人すらlogxなど全く気にしていない。
そう、つまり今遥は全員(三人)に「何言ってんだコイツ?」と思われてしまっているのだ。
だがもちろんそんなことを口にする人は誰もおらず、何もなかったかのように事は進んで行く。
莉音が姿を消したのち、残った三人は七時の配信に向けて色々準備をし始めた。
ちなみにだがモーションキャプチャー用の黒い服から三人ともすでに着替えており、遥と燈哉はここに来た時に着ていた服で、美咲は高校の制服と思われるワイシャツに緑で模様の入ったネクタイと、少し長めのスカートを身に纏っていた。
「じゃあとりあえず七時の配信に向けて準備をするんだけど、その前に皆さん晩ご飯はどうしますか?」
美咲のその発言に遥と燈哉は「あ、考えてなかった」と言わんばかりに硬直する。
「私はとりあえずすぐ近くのコンビニで買って適当に済ますよ。」
数秒の沈黙の後、燈哉はそう口を開く。
これに対し遥は「あ、じゃあ私もそうする・・・」
と言った。
「おっけー!じゃあ私お家でご飯用意して待ってくれているから私も一回帰ります!七時までには絶対戻ってくるからその時またよろしくねー!」
美咲はそう言うと急いで荷物をまとめ、その場を後にした。
まるで明るくて元気な太陽みたいだな・・・
燈哉は美咲をみてそんなことを思いつつ、「ゆっくりでいいよ」と言い、少し笑みを浮かべて手を振った。
「じゃあ私たちもご飯買いに行こっか」
「う、うん!そうだね!」
燈哉が呼びかけに遥はそう答えると、二人もまたこの部屋を後にするのだった・・・。
数十分後。コンビニでご飯を買い終えた二人は会社内の休憩スペースに立ち入った。
休憩スペースは入ってから右の壁際に自販機、電子レンジ、給湯器と並べて設置されており、真ん中には丸い机が四つにそれぞれを囲むように丸椅子が三つずつ、そして自販機と向かい側の壁にカウンター席のように壁に設置された長方形のテーブルとその手前に四つの丸椅子が並んでいた。
休憩スペースとは言いつつも、完全に飲食のためのスペースである。
燈哉の手には左手にはコンビニのビニール袋があり、休憩スペースに入ると同時に燈哉は袋の中から買ったものを取り出し始めた。
「遥先輩、ちょっとそこの給湯器でこれにお湯入れてくれる?」
「お、おっけーです!というかこの会社にこんなお湯が使えるスペースあるの初めて知ったよ」
取り出したカップ麺とインスタントの味噌汁に慣れた手つきで火薬などを入れたのち、燈哉は遥にお湯を入れるよう頼んだ。
そして遥がお湯を入れている間に今度は揚げ物を取り出した燈哉は電子レンジに迷うことなく真っ直ぐ向かい、それらを中に入れて温めた。
お湯を入れ終わった遥はビニール袋が置かれた丸テーブルの一つにそれらを置き、椅子に座る。
そして数十秒後電子レンジで温めた揚げ物たちを持って燈哉もまたその丸テーブルにそれらを置き、椅子に座った。
「頂きます」
燈哉はそう言いながら袋からパンを取り出し、食べ始めた。
「い、頂きます」
燈哉につられて遥も同じように言うと、遥も同じように袋からパンを取り出して食べ始めた。
二人が食事をし始めてからその部屋は沈黙に包まれた。仲良くなれたとは言え、今日初対面であることに変わりはなく、途切れることなく雑談するのが難しいどころか、どう会話し始めるのが良いかすら分からないのだ。
「・・・ねぇ、配信っていつもどれくらいやってるの?」
燈哉が何か会話をするために遥にそう話題をふった。
「私は配信一本だから時間さえあれば配信してるよ。だからあんま時間とか気にしたことないかも・・・」
「あ、そうなの?実は私もスケジュール通りの配信以外にも時間さえあればって感じで結構やったりするんだよね」
「だ、だよね!雑談配信とか!」
共感得られた遥は嬉しそうに話に食いついた。
そしてやっと場が和んできたと思ったその時、一人の男がこの休憩スペースに突然入ってきた。
「お、先客がいたか。どうもお疲れ様です」
と言って一つ隣の丸テーブルの椅子に座る。フォーマルなスーツを身に纏い、見た目的に50歳は超えてそうな中年の男だった。
この建物内で働く者は技術スタッフを除いて全員が女性と定められている。また、その技術スタッフもまた少数精鋭で人数が少ないため、この会社で男を見かけるのは珍しいのだ。
ではこの男が技術スタッフかと言うとそうではない。
この会社な基本的に私服OKとなっており、スーツで仕事をする技術スタッフは誰一人としていないのだ。
ではこの男は何者か。従業員は基本女性という規則を虫できる存在。そう、つまりこの男は・・・
「「社長、お疲れ様です」」
燈哉と遥は椅子から立ち上がり、食べていたものを置いて、そう深々とお辞儀をした。
そう、この会社の社長だ。社長はこの会社で唯一俺の素顔を知る人物であり、俺にとって「恩人」とも呼べる人だ。
「あぁ、お疲れ様。ところでみなみさん※、隣の方は誰ですか?」
※社長は所属しているVTuber全員を本名ではなくアバター名で読んでいる。
その言葉に燈哉の頭に嫌な予感がよぎった。
ん、待ってこの状況非常にまずいのでは?普通に社長が口を滑らしたら遥に俺の正体が一瞬でバレる。どうこの状況を打開すれば・・・
だが、そんなことを考える余裕は一切なく会話はどんどん進んでいく。
「社長、ご存知ないのですか?本社で唯一VTuberの方たち全員の素顔を知っていると仰っておりませんでしたか?」
「もちろんそうだよ。だが、彼女は今初めてみたよ。もしかして彼女はVTuberなのかい?」
「はい、丁度一年前に活動を開始した明野来海さんですよ。」
待て、俺が女装してここに来てることを知らない社長にその流れは流石にまずい。
「しゃ、社長。少々私と席を外して話し・・・」
燈哉はそう言って一度社長と話し合おうとそう言おうとした。
その時、燈哉は社長と完全に目が合う。
「も、もしかして君、燈哉くんか!?」
社長の驚いたような声が休憩スペース全体に響き渡る。
数秒の沈黙の後、遥が口を開いた。
「と、燈哉くんって誰ですか?」
この時、俺のVTuberとしての生活に初めてヒビが入った。