ブタのだいじょぶーた
心があったかくなりますように。
『だいじょぶーた』は、ブタのぬいぐるみだ。
ピンクのフェルトで作ってある小さなぬいぐるみだ。
ユキはずっとこのぬいぐるみを大切にしている。
まだユキがとても小さかったとき、迷子になって泣いている自分を助けてくれたお姉さんがいた。
その人が『絶対大丈夫になるお守りだ』と言って、自分にくれたぬいぐるみ。
それが、だいじょぶーただった。
そのときの記憶はもうないけれど、ユキはだいじょぶーたを宝物にしていた。
汚れてきたら、いつも石けんで丁寧に洗ってあげた。
だからだいじょぶーたは、十年経ってもまだきれいなぬいぐるみだった。
もうすぐユキは、とっても大事なテストがある。
いままでずっとそうしてきたように、ユキはだいじょぶーたにお祈りした。
(だいじょぶーたがいるから絶対大丈夫!)
近所の大型文具店で、新しいノートを買って帰る途中、ユキは泣いている子供を見かけた。
どうも迷子らしい。
まわりの大人たちは遠巻きに見ていて関わろうとはしない。
ママ、ママと泣き叫ぶ子供の声に、ユキは昔の自分と重なり、思わず声をかけていた。
「ママとはぐれたの? 大丈夫だよ。絶対に見つかるから」
優しく声をかけても、子供が泣き止む様子はない。
困ったユキは、だいじょぶーたを子供に見せた。
「ほら! この子ね、絶対大丈夫のお守り、だいじょ……」
「だいじょぶーこ!」
子供が突然泣き止んだ。
「アタシももってる! ママがつくってくれたの! すごい! おねーさん、なんでこれもってるの?」
(……あれ? 実はなにかのキャラクターだったのかな……?)
名前は微妙に違うが、だいじょぶーたのことを知っているらしい。
泣き止んだ子供は、突然思い出したように叫んだ。
「どうしよう! アタシ、きょう、だいじょぶーこもってきてない……! どうしよう、ぜんぜんだいじょうぶじゃない! もうママにあえない!? うわぁぁぁあん!」
またしても泣き始めた子供に、ユキは思わずこう言ってしまった。
「大丈夫! 私のだいじょぶーたがあるから!
ほら! これでもう絶対大丈夫!」
「……くれるの……?」
「――えっ? ……う…………うん……」
ぴたっと泣き止んだ子供に、ユキは仕方なくだいじょぶーたを握らせた。
どうしてもその場の流れで『ダメ』とは言えなかったが、ユキにとっても、だいじょぶーたはとても大切なものだ。
もうすぐ大事なテストもあるし、だいじょぶーたを手放すのはすごく嫌だった。
(この子のお母さんが見つかったら、返してもらおう……)
そんなことを考えながら、ユキと子供は迷子の放送をしてもらうために、お店の人を探しに行った。
・・・
子供の母親はすぐに現れた。
それを見届けたユキは、どうやってだいじょぶーたを返してもらおうか、声のかけ方で悩んでいた。
本意ではなかったが、あげたものを返せと言うのは、とても気が引けた。
もしまた泣き出したりしたら困る。
「ママ! あのね! おねーさんがね! だいじょぶーこもってたんだよ! ほら!」
「え? ……あら! だいじょぶーたじゃない! やだ! すっごく懐かしい!」
ユキは思わず、子供の母親に話しかけた。
「も……もしかして、昔、迷子の私を助けてくれたお姉さん……だったりします……?」
「まあ! もしかしてあのときの女の子!? うそー! 大っきくなったわねえ!」
お姉さんも――もうお母さんになっていたけれど――自分のことを覚えていてくれた。
ユキは嬉しくて嬉しくて、言葉が出なくなった。
お母さんになったお姉さんは、ユキに優しい声で話しかけてくれた。
きっと自分が小さかったときも、今みたいに優しい声で話しかけてくれたのかもしれない。
「ずっと持っていてくれたのね。
うふふ……子供のときに作ったものだから、なんかヘタクソで恥ずかしいわ。
でもぜんぜん汚れてないのね。
これあげたの、どれくらい昔だったかしら?
私がまだ中学生か高校生のころだったと思うけど……」
「石けんで洗ってました。大事なお守りだったので……」
「ほんとだー! このコ、すっごくいいニオイがするー!
ママ! このコね! おねーさんがくれたんだよ! アタシきょうからこのコとねるのー!」
ユキの言葉を聞いて、子供がだいじょぶーたに鼻を近づけた。
ユキのお気に入りの、花の石けんの香りがしたのだろう。
だがしかし、ますます返してもらいづらくなってしまった。
(ヤバいよ、どうしよう……! 私のだいじょぶーたが……!)
ユキは自分の顔が引きつるのを感じた。
「ねえ、もし良かったら、私達の家……このすぐ近所なんだけど、お礼にお茶でもいかが?
あとね、私……人形とかぬいぐるみを作るのが好きで、すごくいっぱい家にあるんだけど、もし欲しいのがあったら、もらってくれない?」
「……え?」
「あ、ごめんなさい。もうお姉さんだもんね。こういうぬいぐるみは、もう卒業かな?」
「そんなことないです! いいんですか?
私……だいじょぶーたがずっとお守りだったんです。もし、他のだいじょぶーたがいれば……もらえたら嬉しいなって……」
「うふふ、いるわよ〜。他にも『だいじょぶーと』とか『だいじょぶーか』とか、男の子も女の子もたくさん!」
「欲しいです! もらってもいいですか? もうすぐ私、試験なんで……! だいじょぶーたがいないと心配で……!」
ユキはそのまま、お母さんと子供の家にお邪魔して、ケーキをごちそうになって、それから自分の家に帰った。
・・・・・
ユキは今日買ったばかりのノートを開き、さっそく勉強を始めた。
勉強机の上には、並んだブタのぬいぐるみ。
ピンクのフェルトで作られた、小さなブタのぬいぐるみが並んでいる。
だいじょぶーたは、もういない。
だいじょぶーたは、自分のお母さんのいる家に帰っていった。
これからユキのことを応援してくれるのは、青い蝶ネクタイがオシャレな『だいじょーぶらいあん』と、赤いワンピースが可愛らしい『だいじょーぶりじっと』だ。
このふたりは……というより2匹は、恋人同士なのだそうだ。
これでもう、絶対に大丈夫。
目標の高校にも絶対に合格できるし、絶対に素敵な彼氏ができるはずだ。
(よーし! めっちゃがんばるぞ!)
ユキの表情は、自然と笑顔になった。
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