帝国軍と遭遇するまで
全5話予定。テンプレで進んで、敵の重要拠点を落とすところまで行きたい。
帝国歴245年。魔王エルエリーゼ率いる魔王軍5万、帝国領北部へ侵攻を開始。皇帝は直ちに軍の招集を命じ、各国境沿いを護る辺境候を除いた帝国軍主戦力8万に属州から徴発した20万と教会騎士団3000騎を加えて迎撃に向かわしめた。
先鋒は精鋭の誉れ高い帝国第一軍8000。鉄騎兵団800が友軍としてこれを翼佐する。
北部辺境候の城邑はすでに陥落間近との知らせが入っていた。北部辺境候領の後背には平原域に続いて穀倉地帯が広がり、帝国の真珠と称えられる都市の連なりが続いている。
第一軍に下された任務は、平原域の要地を占領して策源地を確保し、各軍団の終結地とすることであった。
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「なにもねえ…」
見渡す限り草と灌木と空しかない。行軍7日目に入ろうというのに、まったく代わり映えしない光景だった。
寝て起きたら全く知らない世界で魔族の将軍になっているという、17年の人生で最大の珍事に見舞われてから早8年。現在、敵国である帝国の領内を絶賛行軍中である。
長らく目の上のたん瘤であった北部辺境候の軍を打ち破ったところまでは良かったのだが、敗軍が立てこもった城の攻略に思いがけず手間取った。結果、攻城戦力自体は足りてるし、兵を遊ばせとくのもなんだからと言うことで、俺に威力偵察の指令が下されたのだ。
適当な軍か街かを攻めて、敵の様子を探って来いというのである。できれば有力者を捕虜にして引きずって来いとの話だった。
かくて、獲物を求めて帝国領に侵入すること7日目。日ごとに斥候を派遣して探らせ、結構な距離を進んで来たはずだが、未だに敵影どころか街もない。小さな村落にぶつかることはあったが、そこも既に避難したのかもぬけの殻で収穫と言えばはぐれたらしい畜獣くらいであった。
(まあ、こっちも5000しかいないから、あんまりデカい相手に遭遇してもまずいんだが)
今回、連れてきている戦力は俺の手勢オンリーだった。1万ぐらい貸してくれよと内心思ってはいたのだが、攻城戦で手抜き参加してたのが魔王様にばれていたらしくとても言い出せる雰囲気ではなかったのだ。
5000の内訳は、アマゾネスの騎兵が3000に牛魔人の兵士が2000。数に入れられるほどではないが、エルフの弓兵が100人ばかりいた。
アマゾネスは全員が兵士であり、営地の作成や輜重の運搬は気性が大人しくて力のある牛魔人の部隊が兼任している。小勢のエルフ軍に付属部隊などあろうはずがなく、正真正銘5000名で全軍だ。
(帝国は何十万だろう。囲まれでもしたら死ぬなこりゃ)
どこか他人事のようにぼんやりと考える。転生してからこっち、どこか夢の中にいるようで死の恐怖に鈍感になった。俺はすでに死んでいるんじゃないかとよく思う。と言うより、向こうの世界ではきっとそういう扱いなのだろう。
あるいは、この世界は何らかの理由で臨死状態にある俺が見ている夢なのかもしれない。
だが、現に俺の意識がこうしてあり、手綱の感触が確かな以上まずは目先の課題である。
「カイネはいるか!」
「は!」
俺の呼びかけに横を進んでいたアマゾネスの騎兵団から一騎が近づいてきた。この世界での俺の腹心、アマゾネスの戦士長カイネだ。
「この先はどうなっている?まだ草原が続くのか。」
太陽の方角から東西の向きは分かるが、土地勘のない敵地なのではっきり言って現在はほぼ迷走状態である。魔王様との契約魔覚は繋がっているので大まかな位置関係は分かるとはいえあまりいい状況ではないだろう。
多分だが、偵察と言うには深く入り込み過ぎている気がする。この先も何もないならいったん進路を変更して、もう少し浅いところで動いた方がいいかもしれない。
「全軍からの報告では、前方7道里進んだ先に山と丘を含んだ森林地帯がございます。すでに偵騎を放っておりますが、わずかながら土煙の様なものが遠望でき、あるいは敵軍かもしれません。まもなく判明するでしょう。」
大裂抗から響いてくる鈴の音とでも言おうか。重厚ながら澄んだ声音で淀みなく報告が行われる。戦士長カイネは優秀な指揮官であり、個人としても無双の豪傑だ。それなのに態度はいつも慇懃で戦闘以外の趣向も知っている。尊敬すべき戦士と言えた。
そんな女性を俺なんかが顎で使って誰も疑問に思わないのだから、世の中というのは奇妙である。
「結果待ちか…。空振りならば明日からは進路を変える。戻れ。」
「かしこまりました。」
軽く頭を下げたカイネは手綱を引いて馬首を転じると、隊列の元の位置へスルスルと戻っていった。来た時もそうだったが見事な馬術である。
アマゾネス達はもともと、大山大河が連なった天然の要害域に盤踞する半狩半漁の大族だった。外部に略奪行に向かうときは凱馬に乗って疾風の騎兵となり、外敵が侵入してくれば徒歩となって自然を盾に変幻の戦法を取る。
魔王エルエリーゼが6巡期という歳月に5度の征伐を行って服属させるまで、長く独尊を誇ってきた強兵だ。
体つきは鍛えられているがしなやかで引き締まっており、プロレスラーや筋トレ狂というよりも陸上競技者や遠泳選手を思わせる。
装備も少し変わっている。軽装を好む彼女らは主に革鎧を用いた。
自ら仕留めた魔獣の皮をなめし、特殊なワックスを塗ってさらに強度を高め、動きの邪魔にならないよう体のラインにフィットした衣服のようにして着込むのだ。あるいは帯状にしてテーピングのように巻き付け全身を防護していた。
手にはグローブも嵌めるので、露出しているのは首から上だけである。そこからさらに、わき腹や手先など要所には鉄製のプレートを当てて補強する。
もう一つ特徴的なのが、頭に付けた仮面と言うか兜と言うか…とにかく金属製の被り物だ。形は奇形ではない。卵を二つに割った内の丸い方の殻を被っている感じである、ただし、ふちはギザギザしておらず、滑らかな曲線で前方へ流れ、鼻先辺りまでを覆って潰えている。加えて、表面には美しい装飾彫りが施されていた。
わずかに開いた二つの穴からは女戦士の凛々しい双眸が覗いている。瞳の色は青か黒が多い。
(いつ見ても壮観だな)
アマゾネスは身長が高く、平均は優に175cmを越える。俺も魔族で男なので195はあるが、俺に比肩する体格の奴もちらほら存在するぐらいだ。そんな戦士が上述の格好で3000騎である。圧巻と言っていい。と、
「将軍閣下ご注進!将軍閣下ご注進!」
不意に前方から騎兵が近づいてきた。どうやら偵騎が戻って来たらしい。
「ここにいる!」
全軍に停止の合図を出して馬脚を止めると、近づいてきたアマゾネスの騎兵が下馬して片膝をついた。
「前方6道里先の丘上に敵影在り。総数およそ1万弱。丘上にて陣地構築を行って居る模様。」
「兵の様子は?」
「周囲を重装騎兵が巡回。総数およそ200。ただし、宿営地内の馬の数から陣営内にはその3倍は居るかと。陣内兵の大半は工作作業に従事。武装部隊は3000に満たず。装備は充実しており兵気にたるみはございません。精兵と思われます。」
アマゾネスの視力は突出しており、それ以上に度胸も勘もいい。報告に大きな誤りがあったことは今まで一度もなかった。
重装騎兵600に精兵が3000、工兵(?)が約6000か。普通に考えれば先発で陣地作成している工兵隊とその護衛って感じだが…。
「作業に従事している者たちの人種内訳は?」
「は。人間種以外の姿は見受けられませんでした。」
「ふむ…。」
そこだけ引っかかるんだよなあ。仮に帝国軍の工兵隊なら、属州から徴発したドワーフや獣人が混ざっていると思うのだ。
戦うべきか。それとも避けるべきか。