兄妹
そうして翌日の土曜日。天海駅の前に修也はいた。
集合の約10分ほど前に到着した彼がスマートフォンを片手に適当に時間を潰している中、声がかかる。
「おーい! 修也ー!」
「透!」
スマホをボディバッグに入れ、顔を上げた頃には修也の目の前には透と彼の1歳下の妹である瑠衣がいた。
透はジーンズに黒のフード付きのパーカーと修也といつも遊ぶ時によく見るような格好をしている。
その隣にいる瑠衣の方は肩ほどまである綺麗な黒髪をポニーテールにさせていた。
服装は明るい青のジーンズに薄いピンクのシャツ。その上にはアイボリーの薄い上着と柔らかな印象を受ける格好をしている。
「瑠衣ちゃんも久しぶり」
「は、はい。お久しぶりです!」
どことなく透と似た雰囲気を持つ可愛らしくも活発そうな顔立ちで瑠衣は気恥ずかしそうにしながらぺこりと頭を下げた。
そんな彼女に笑みを浮かべる修也へと辺りを見回していた透が問いかける。
「んで、えーっと、桑田さんは?」
「んー、博部って言ってたしそろそろじゃないか?」
「え!? 博部って……お金持ちなんですね。その桑田さんって人」
博部は空港や港があり、修也たちが住むあたりでは中心部とも呼べる場所だ。
天海が商業や娯楽施設に特化しているのに対して博部は高級住宅やマンションが多い。
当然ながら地価も高く、そこに住んでいる者とはつまるところある程度の稼ぎがあるということだ。
そんなこともあり瑠衣の言葉には羨望がある。
しかし、修也としては凛のやろうとしたことや思っていることをある程度知っているため、複雑な面持ちをするしかなかった。
彼の表情の変化を見逃さなかった透が口を開いたところで少女の声が上がる。
「あ、紫原君!」
修也の名前を呼びながら駆け足気味で近付いてきたのは凛だった。
ベージュのパンツに赤いシャツ。上にはデニムジャケットとシンプルながらもどことなく大人っぽい印象を与える服装。
凛は揃った面々を見て申し訳なさそうにしながら言う。
「ごめん。遅れちゃった?」
「いや、紫原さんも集合時間の5分前だし、俺たちが早かっただけだよ」
「よかった。そう言ってもらえると助かるわ」
修也と笑みを浮かべ合った凛はその視線を彼の後ろにいた2人へと向ける。
「えーっと、2人が紫原君の友達の──」
「あ、ああ。吾妻透だ」
「……妹の吾妻瑠衣、です」
「透君と瑠衣ちゃんね。突然ごめんね」
修也から透や瑠衣のことや関係をある程度聞いていた凛には自分が部外者だと言う意思が強くある。
名前を聞いてすぐに謝ってきたことがその証拠だ。
そんな彼女を見た透は少し慌てて言葉を返す。
「いや、気にしなくていい。ちょっと……あー、いやかなり驚いたけど“俺は”増えたからって何かないし」
透の“俺は”とわざわざ挟まれた言葉に凛は視線をその隣にいる瑠衣へと移した。
その視線に答えるように瑠衣は静かに様子を伺うように、同時に見定めるようにじっと凛を見つめている。
(あー、なるほど?)
それは言うなれば女の勘。
しかし、まだそれは予感だ。
今日1日で確信へと変えるという意識を持ったところで修也が言う。
「んじゃ、行こうか」
その言葉を耳にしていち早く返事をしたのは瑠衣だ。
彼女は駆け寄ると自然に彼の隣に並び話を始めた。
その姿を見て早速、己の勘が間違えていないことに確信を持ち始めながら凛は続き、透も3人と共に歩き出した。
◇◇◇
天海駅から歩いて5分程度の場所に修也や透がよく行くゲームセンターはある。
建物はかなり大きく、地下1階から3階まである。
そんな広さを持つゆえに大抵の機種があるため「この辺りで遊ぶなら」と、とりあえずで選ばれることも多い場所である。
今日は土曜日ということもあって人は多いが遊ぶことには支障はないレベルだ。
そんな店内に入った透は凛へと問いかける。
「何かやってみたいゲームってあるか?」
「ん? んー、そうね……」
そのまま少し考え始めたかと思うとふと顔を上げて透へと確認するように口を開いた。
「透君は格闘ゲーム、瑠衣ちゃんは音楽ゲームが好きなんだっけ?」
「そうだな。どっちかやるか?」
「そうね。最初は2人のオススメを触ってから色々みようかしらね」
提案に頷いた凛を見た透は「よし」と挟むと地下へと行くエスカレーターを指差した。
「なら下だな。最初は格ゲーやるか!」
意気揚々と透はエスカレーターへと向かった。
その姿を見た凛は修也と瑠衣に問いかける。
「明るくて元気ね。いつもあんな感じなの?」
「遊ぶときはあんな感じだな。俺は好きだよ? こう『全力!』って感じでさ」
「うるさいって感じる時もありますけど、面倒見だけはいいんですよ」
「2人にとっては自慢かい?」
その問いに修也と瑠衣は目を見合わせると微笑み合い、はっきりと1回頷いた。
◇◇◇
それから1時間後のこと。
透はゲーム機筐体近くのベンチに座って頭を抱えていた。
そこにあるのは笑顔ではなく、驚愕と動揺。
「……ダメだ。勝てるルートが見えねぇ」
今彼の目の前にあるのは修也の背中と画面だ。
修也の体があるためキャラクターの動きをはっきりと見ることはできないが、どうにか見えるHPバーから修也が劣勢であるのは容易に理解できた。
「すごいよね。桑田さん。本当に今日初めてなのかな?」
「いや、たしかに初心者だ。コマンドもコンボもできてなかったし……」
たしかに修也も透もプロではない。
しかし、それでも4、5年はやり込んだゲームだ。
少なくとも初めて1時間程度の凛に負けるということはない。
それなのに2人は操作を覚えたばかりの凛に一方的に負けた。
最初こそたしかに手を抜いた。操作を覚えて勝つ感覚を知って楽しんで欲しいと2人は思ったからだ。
だが後半、つまりは先ほどのリベンジマッチは本気だった。
凛に勝つつもりで操作していたがそれでもなお負けた。
「なのに、お兄ちゃんたちに勝てるの?」
「めちゃくちゃ理解が早いし……こう、動きに迷いがないっていうか、思い切りがいいっていうか」
言葉に悩む透に「ふーん」と瑠衣が返事をしたのと同時にゲーム筐体から「K.O」というボイスが流れる。
結果は修也の負け。
透よりもいくらかいい勝負をしていたようだが凛に届くことはなかった。
「あー、もう無理だ。降参」
「いやー、楽しかったわ」
各々に感想を口にしながら修也と凛は透たちの元へと向かう。
そんな2人へと労いの笑みを浮かべる透が言葉を向けた。
「2人ともお疲れさん。にしても本当に強いな桑田さん」
「ふふっ、まぁね。コツを掴めば結構簡単なのね」
「1時間でコツ掴めるのがすごいよ」
関心と驚愕の2つを滲ませた言葉を口にしてしながら修也は透の隣に座り大きく息を吐いた。
「悔しそうだな」
「……透は悔しくないのか?」
「もちろん悔しい。めちゃくちゃ悔しい」
「再戦はいつでも受け付けるわよ」
勝者の余裕というのはつまるところ今のような凛を言うのだろう。
彼女は自分よりもプレイ時間の長い2人に勝ったという事実を得たことで胸を張って得意気の表情を浮かべている。
「おう、近いうちに絶対また挑戦状叩きつけてやるからな」
「ええ、待ってるわ」
透の言葉に凛は笑みを浮かべたながら答えた。
そしてその視線を瑠衣へと向けると柔和な表情で問いかける。
「それで、次なんだけど……瑠衣ちゃんの好きなゲームってどこにあるの?」
「あ、えっと、あっちですけど……」
瑠衣はその方向を示しながらも修也たちへと問いかけるような視線を向けた。
どうやら2人を置いて先に行っていいものか悩んでいるらしい。
それを察した修也は答える。
「大丈夫。少ししたら行くから」
「おう、先に行ってろ」
2人の答えを聞いた瑠衣は頷くと凛を連れてそのゲーム筐体がある方向へと歩みを向けた。
「結構身体動かしますけど大丈夫です?」
「こう見えて運動はそこそこできる方よ? たぶんいけるでしょう。そこそこはね」
多少のぎこちなさは感じるが険悪な雰囲気はないように見える。
あの様子ならば特に問題なく遊んでいることだろう。
(一方的にライバル視とかしてたらやばいかもって思ったけど、考え過ぎだったなぁ)
透は安心したように息を吐いた。
その隣、彼の心配の種の原因になっていたことなどまるで知らない修也は首を傾げる。
「どうした?」
「……いや、なんでも。
ジュースちょっと飲んで落ち着いたら行こうぜ」
「あ〜、うん。そうだな」
その後2人はそれぞれに飲み物を片手に一休みした後、瑠衣たちの分の飲み物を買って音楽ゲームの筐体が並ぶ場所へと向かった。