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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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「ごめん……」


 凛の質問に答える言葉を修也は持っていなかった。


 先に話してくれた彼女への礼の代わりと思ってどうにか返そうと修也は頭をひねるが「これだ」となるものが形になることはない。


 修也は申し訳なさそうにしながらもう一度謝罪を口にする。


「……ごめん。わからない」


「わからないって、どういうこと?」


 かなり驚いたような様子で問いかける凛へと修也は自分の言葉を補足するために口を開いた。


「俺は遊び半分だったんだ。

 ただ『死ぬってどんな感じなのかな』って、それで屋上から飛び降りようとした。

 でも結局怖くなって戻ろうとしたところでダインに声をかけられたんだ」


 そう、遊び半分だ。

 ほんの僅かな間、気が狂って突発的に行った行動。


 凛のように現実の自分と意識する自分のギャップに苦しんだことはない。

 当然、他のことでも悩むことは多少あれど自殺を考えるほどの深いものはなかった。


 それを聞いた凛は数度、瞬きをするとカップに口をつけた。

 少し興奮した気持ちを落ち着かせるように息を軽く吐いてから修也へと言葉を向ける。


「驚いたわ。ここに来るまでに聞いた話じゃ、なんとなく紫原君は私と似た人間だと思ってたから」


 どこか謝るように凛は自嘲気味の笑みを浮かべていた。

 彼女の期待を知らずうちに裏切ってしまった。そう感じた修也は居た堪れなくなりまた頭を下げた。


「その、本当にごめん」


「謝る必要なんてないわよ。気負う必要もね。

 私が勝手に感じたものなんだし」


 少し暗くなった雰囲気を変えるように凛は話の流れを変える。


「でも紫原君のおかげで色々わかったわ」


「具体的にはどんなことが?」


「まずダインがこのチョーカーを渡す条件よ。

 紫原君、あいつにこれを渡される時なんて言われたか覚えている?」


「えーっと、たしか『その命を少々貸してくれ』とかだったかな?」


 その後の展開の方が修也の脳裏には強く焼き付いていたため、どうにもダインの言葉はおぼろげにしか残っていない。


 しかし、凛の方は約1ヶ月前の記憶だというのにはっきりと覚えているようで自信満々に補足する。


「そう。さらに『その命がいらないならば』ってね」


 凛の言葉で修也も彼女が至った答えにたどり着き、「あっ」と声を漏らしつつ目を見開いた修也が確認するように呟く。


「つまり、自殺しようとした人に渡してるのか」


「うん。それも本当に実行しようとした人。

 例えばベランダによじ登ったり、ホームから飛び降りかけたり、首を吊ろうとしたりね」


 それをどう察知しているのかわからない。

 だが、修也と凛の前にダインが現れた状況が一致することから考えればおそらくそう間違ってもないはずだ。


 戦うということは命を失う可能性がある。

 出会い頭に「これを渡すから戦ってくれ」と言われても普通なら拒否する者の方が多い。

 しかし、自ら命を断てる者ならばそれも少ない。


 ダインたちはおそらくそう考えたのだろう。

 良い気はしないが彼らもそれだけ必死ということであり、可能な限り陽の国を巻き込まないという意思は僅かだが感じられた。


 修也がそう考えていた頃、ふとある一点に疑問が生じた。


「……ん? 桑田さんの話が正しいなら、それって俺たち以外にもコレを付けてる奴がいるってことだよな」


「私もそこは考えてた。

 そして同時に浮かんだ疑問がある。それは──」


「──数が少ない?」


「そうなのよ。この国の自殺者数は大体2万人。ただこれは実行した人数。

 未遂を含めればもっと多いと思うわ。間違いなくね」


「全員に声をかけている、にしては少ないよな」


「ダインは“適合”って言ってたわね。

 でも、そんな使える者が限られるような道具で戦争するとは考え難い」


「たしかに……人選はともかく戦力はあった方がいいはず」


 ポツリと修也が呟いてから2人は揃って黙り込み、思考に浸ったがその答えは出ない。

 そんな時、もう一度自分たちの言葉を再生していたのだろう凛がこぼす。


「戦力……戦力、か」


「ん? どうかしたか?」


「あ、ほら、このチョーカーの数よ。全部でいくつあるのかなって」


 原理は不明だが陽の国の住人に影の国の存在の力、それも決して小さくない力。それを与えるチョーカーの数はたしかに少し気になる。


 もちろんこれもダインの言った「適合」の意味の通りわからない。

 凛は「わかるわけないわよね」と片付けようとしたが、その寸前で修也が呟いた。


「……22個」


「え?」


「ダインの前で始めてアレを使った時に何か言われなかったか?」


「んーっと、たしかナンバー(10)って言われたわね。好きに名付けていいとかも」


「そう。俺の方はナンバー(8)だった」


「その番号って製造番号とかじゃないの?」


「いや違う。タロットカードの大アルカナだ」


 修也のその言葉で少し前の彼と同じように凛は気が付いたように小さく「あっ」と声を漏らす。

 それを見て満足気に頷いた彼は続ける。


「アレのデザインはタロットカードをもとにしてる。

 俺のⅧはタロットカードで言うところの“力”。描かれるのは美女と獅子。

 桑田さんのⅩは“運命の輪”だ」


「なるほど、だから武器が車輪みたいな形してたのね。

 そして、もしそうなら0から21の計22体ってことか」


「小アルカナも含めれば78体だけどスート、わかりやすくいうならソードとかペンタクルとかで大別されてるから」


「ならとりあえず22体、小アルカナを含めていたとしても26体か」


 整理するように言った凛に頷いた修也だったがコーヒーの液面に映る真剣な自分を見て表情をふっと緩めた。


「まぁ、あともう1種類ぐらい見ないとわからないけどな」


「急に自信をなくさなくていいじゃない。私はいい線いってると思うわよ?」


 修也の「そうかな」という呟きに「そうよ」と小さな笑みと共に返した凛はふと気が付いたようにこぼした。


「にしてもちょっと面倒ね」


「ん? 面倒?」


「そうよ。このチョーカーには“ダインスレイヴ”って名前があるけどあの鎧にはそういうのないじゃない?」


「あー、たしかに。毎回アレっていうのも話し難いしな。

 ならアルカナでいいんじゃないか?」


 修也としてはかなり適当に言った言葉だったのだが、凛はそれが気に入ったらしく数度その名前を口にした後に小さく笑った。


「いいじゃない、アルカナ。なんかかっこいいし言いやすいわ」


「よし、ならこれからはそれでいこうか」


 そうして2人は自分たちが影の国で纏うものにそう名前を付けた。


 さて、これでこの話は一区切りがついた。

 気持ちと意識を入れ替えるようにコーヒーを飲み「今こそ」と修也が質問を口にしようとした時のことだった。


「あ、ちょっとごめん」


 カバンからいそいそとスマホを取り出した凛は画面に映っているのだろう発信者の名前を見て苦笑いを浮かべた。


「お母さんから。ごめん、出るね」


「ああ、いいよ。早く出てあげてくれ」


「うん。ありがと!

 もしもし? うん、凛だけど──」


 そうして2人は会話を始めた。

 修也がはっきりと聞き取れるのは凛の言葉のみであるため状況はわからないが、電話の向こうの母親と話している姿を見る限り普通の少女だ。


 やはり彼女が自殺を本気で考えて、実行に移そうとしたこと。

 そして、自分と同じダインスレイヴを持ち、アルカナを纏えるという事実を修也はどうにもすんなりと受け入れられなかった。


 電話で受け答えしている今の凛を言うならば、それらを悟られないようにしながら良い娘の役を演じている、ということなのだろう。


(役を演じる、か)


 それを心の中で呟いた修也は思考を自分に向けた。


『全部に“私”がいないような気がしてね』


 凛のその切実で本気で悩みながら発せられた疑問を修也は感じたことがなかった。

 

(悪く言えば今まではなにも考えずに生きてきたってことなのかなぁ)


 そう思い背もたれに体重を預けているとふとその考えに行き着いた。


(俺はそれが嫌で、無理やりにでも変わりたかったのか?)


 修也が飛び降りをしようとした理由にうっすらと触れたその時、凛がいる方向からパンッと両手を合わせる音と声が上がる。


「ごめん! お母さんと買い物に行く約束してたんだった。まだ話してないこと色々あるけど帰るね」


「いいって。また明日も会えるだろうし。

 それに家族と過ごせる時間は大切にした方がいい」


 修也の口から出たその言葉は何の気なしに吐かれたものだ。


 しかし、凛にしてみればそれは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けるものだった。

 乾いた笑みと共に彼女は言う。


「ふふっ、私はそれを捨てようとしてた親不孝者なんだけどね」


 彼の「しまった」という顔に対して「気にしていない」と答えるようにまた微笑んだ凛は財布からコーヒー代をテーブルに置くと店を出た。


 店員の見送る声を聞きながら修也は先ほどまで凛がいた場所を見つめてポツリとこぼす。


「親不孝者、か……」


 遊び半分で命を危険に晒した自分もまたそうだ。


 嫌な親近感を覚えながら口を付けたコーヒーは今まで飲んだどれよりも酷く苦く感じた。

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