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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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接触

 放課後、修也は図書室へと向かっていた。


 一番楽そうな委員会、ということで選んだ図書委員という仕事。

 少なくとも苦痛は感じないが定期的に司書の補佐や本の整理、定期連絡の時間がある。


 ちなみに今日向かう理由は後者。

 面倒だなと思いながらも「話を適当に聞いて帰るだけ」と自身に言い聞かせた修也は図書室の扉を開いた。


 入ってすぐの左手には受付があり、そこから進んだ先には本棚がずらりと並んでいる。

 大学ほどではないが近辺の高校では蔵書量が一番多いというのはよく知られている話だ。

 そんな本棚たちの左には自習スペースとして長机と椅子が複数並んでいる。


 司書の姿は見えないがその自習スペースにはすでに生徒が集まっていた。

 各々に課題をしていたり、小声で話していたりと過ごしている中を歩き、適当な席を見つけて腰を下ろそうとした。


 そんな時に読書をしている女子生徒が目に入った。


 肩ほどにまで伸ばされた少しウェーブがかった栗色の髪、少しタレ目気味で優しそうな目。

 根暗な印象はまるで受けられず、むしろ綺麗な姿勢で読書をしている姿からは優雅という言葉が浮かぶ。


 だが、それらを些細な事と一蹴できるほどのものを修也は見つけてしまっていた。


「な……ん」


 思わず口ずさまれた声に少女は本から顔を上げ、修也の首を見ると驚いたように目を見開く。

 しかし、それは一瞬のことですぐに柔和な表情に変えると感慨深げに呟いた。


「……驚いたわ。まさか、私以外にもそれを付けてる人がいるなんてね」


 呟いた彼女は修也をじっと見つめると微笑みながら促す。


「とりあえず座ったら?

 もう少しすれば先生も来るだろうし、込み入った話はそれからでもできると思うわよ?」


「ああ、そう、だな……」


 戸惑いと驚愕を抑えるように修也は答えながら椅子に腰を落とした。

 それを満足気に見届けた少女は視線を本へと落とし、ページをめくる。


 修也はとりあえずスマートフォンを取り出したが、思考はそこにはなかった。


(驚いたって言ってたあたり、この人もチョーカーを付けてる人を見たことがないってことだよな)


 スマホの画面から少女の方へと視線を向ける。

 色々な疑問が頭の中をよぎってまとまらない修也とは違い、彼女は表情を変えることなく綺麗な姿勢で本を読んでいた。


 その姿からはとてもだが白黒の世界で別の姿を持ち、戦っているとは思えない。


(この人は、一体いつから……どれだけ戦っているんだ?)


 あまりにも自然な佇まいから修也はそんな疑問を見つけていた。


◇◇◇


 30代前半辺りだろう女性司書の話としては定期的なものがほとんどだった。


 入学してきた1年生へ向けてのオススメの本の選定、仕事の割り振り、本の返却状況等々。


 1年のころから図書委員であった修也にとっては何度か聞いていた内容、聞き慣れた事柄だ。

 それはつまり、修也にとっては聞き流せるものということである。


 彼のような存在は他にも数名いるようで司書が解散の言葉を出すと「待ってました」と言わんばかりにそれぞれ立ち上がった。


 向かうのはもちろん図書室の出入り口だ。

 そんな彼ら彼女らの去りゆく背中たちへと司書は「仕事忘れねないでねー」とおっとりと間延びした声をかける。


 それらが起こっていた間に修也の前に座る女子生徒は大きく背伸びをすると立ち上がり口を開いた。


「じゃ私たちも行きましょうか。

 とりあえず……カフェでいいかしら? ほら、駅横にある」


「今は話が聞けるんならどこでもいい」


「ふふっ、わかったわ。なら行きましょう」


 カバンを持ち図書室の出入り口へと向かおうとしたところでその少女はふと思い出したように歩みを止めるとポツリとこぼす。


「そういえば重要なことを言ってなかったわね」


「重要なこと?」


 少し身構えた修也へと振り返った少女は笑顔を浮かべた。


「自己紹介よ。

 私は桑田(くわだ) (りん)。好きに呼んでいいわ。君は?」


「修也。紫原修也だ。俺の方も好きに呼んでくれ。

 えっと、その……よろしく?」


 こういう時になにを言えばいいのかよくわからなかった修也の辛うじて出された言葉。

 それでも凛は満足気に頷いて図書室の出入り口を指差す。


「よし、なら紫原君。行きましょう」


 そうして歩き出した凛に続いて修也も足を踏み出した。


◇◇◇


 帰宅部の者たちは早々に帰るなり遊ぶなり自由に動き、部活を行なっている者たちはその活動の真っ只中。


 言うなれば2つの下校ラッシュの間の時間に修也と凛は校門をくぐっていた。

 向かうのは大通りだ。そこに出て通り沿いに歩けば駅がある。


「あ、えーっと、紫原君はここまでは電車?」


「ああ、5駅行ったとこの西糸(にしいと)だよ」


「あ〜、ならよかった。

 図書室ではカフェって言ったけど、あれ私の都合だけで勝手に決めちゃったじゃない?

 だから少し気にしてたのよ」


 凛の言葉は本心から出たもののようで、答えを聞く前と比べて少し足取りが軽くなったように修也には見えた。


「別に俺は気にしないんだけど?」


「気にするものよ? こういうのは」


 そう言った凛は「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振りながら肩をすくめた。


 靴箱で見たが学年は修也と同じ2年生でクラスはA組。

 歳に違いはないはずだが、今までの会話だけで修也はわずかながらもズレを感じていた。


 その原因は今の修也が中途半端に知識を持っているという状態だからだ。


 陽の国と影の国の戦い。

 その影の国を率いるというスカアハ。

 そして自分の首にもあるダインスレイヴとそれを渡してきたダインという道化師。


 全てではなくとも自分より持っている情報や戦闘の密度には大きな隔たりがあるのだ。

 そして、その隔たりをズレとして修也は感じている。


「なぁ、桑田さ──」


「色々、聞きたいことはあるのはわかってる。私も聞きたいことがあるしね」

 

 修也の疑問を遮った言葉をそこで区切ってから凛はにっこりと微笑んで続けた。


「でもここじゃやめといた方がいいと思うわよ。互いに、ね?」


 可愛らしい笑顔だった。

 初めて顔を合わせた時のような柔和な表情。


 しかし、その目は笑っていない。

 殺気というものを修也はわからないがなんとなく暗い夜道を歩いている時のような妙な恐怖、不安感を覚えられた。


 そのため素直に言葉を引っ込めた修也を見た凛は向き直ると再び歩き始める。

 同時に雰囲気を変えるように少し明るい口調で問いを投げた。


「学校生活はどう?」


「え? 急にどうしたんだよ?」


 全く予想していなかった角度の質問に疑問しか覚えられなかった修也に対して凛は補足するために口を開いた。


「いや、ほら私たち学校に行ってるし、共通の話題的なのさ。なんかあるじゃない?」


「って言われてもなぁ。

 あ、なら──」


 そうしてさらに話していくうちにわかってきたことがいくつかある。


 凛という存在はA組の中でも好印象を持たれているようだ。


 成績は上位の方で運動もそつなく出来る。

 加えて、どこか朗らかな雰囲気と可愛らしい顔立ちということであればそれも不自然ではない。


 現に修也も影の国などに関しての質問を遮られた時以外はそういう印象を持っている。


 最終的に彼が得た凛の姿は「自分とは真逆」というものだった。


 家庭環境に関してはわからないがそこまで大きな問題は所作と話し方や雰囲気といったものからは感じられない。


 頭も良く運動神経もいい。さらに明言はしなかったが向上心もある。


 そんなこんなで会話をしながら歩いているともう目の前に目的のカフェが見えてきた。


 ようやく本題へと移れる。そう思った修也だったがその左腕は突如として凛に掴まれた。


「走って!」


「は? うおわっ!?」


 修也が答える間もなく、凛は走り出した。

 足を少しもつれさせながらもどうにか続けた修也が叫ぶように声をあげる。


「ど、どうしたんだよ急に!」


「なにも感じてないの?

 この妙に息苦しい感じ!」


「は、はぁ? そんなの──」


 否定しようとしたところで修也も違和感を覚えた。


 意識を向けなければわからないが、凛の言うとおり確かにどこか息苦しいような気がする。

 近いのは首に手を当て、少し力を入れられているような感覚だ。


 別に息ができないというわけではないが触れられていると感じる。


(首に違和感って……これか!)


 原因は間違いなくチョーカーだ。

 そのことに修也が気づき、凛が頷いた頃には2人は路地裏に入っていた。


 ビルとビルの隙間、薄暗くじめじめした場所。

 人がすれ違うことはできる程度の広さのそこで辺りを見回し、息を整えた凛は呟く。


「この辺なら大丈夫、かな?」


「使う、のか?」


「もちろん。この感覚は近くにスカアハの兵士がいるってことだからね。戦わないと」


「……わかった」


 わかってはいない。

 しかし、修也は頷いた。


 近くにスカアハの兵士がいて、それと戦う力を自分が持っている。

 わずかだがその自覚があるからだ。


 彼の思いを察した凛はまるで「それで十分」とでも言うように笑みを浮かべると次の瞬間には表情をキッと引き締めた。


「いくわよ」


「ッ、ああ」


 2人は影の国で戦うための姿を纏うその言葉を告げる。


「「ダインスレイヴ!」」

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