決意
死神との決着から4日が過ぎた。
遠くから車の通る音、風で揺れる枝葉が擦れ合う音が響く墓地に修也の姿はあった。
彼の目の前にあるのは親友の吾妻透の骨壷が納められている墓。
そこで軽く頭を下げ、手を合わせていた修也はすっと顔を上げた。
こうして墓の前に立つ今でも「自分がここにいていいのか」という問いが修也の中に浮かび続けている。
合わせていた両手をじっと見下ろす。
なんの変哲もない年相応の手つき。
しかし間違いなくこの手で殴り飛ばし、剣を振るって死神、人を殺した。
戦っている時はそれだけに意識を向いており、その後はダインからの話で一杯になった。
そのためすぐには実感がなかったが、今は違う。
(この手で、たしかに……)
その事実が何もないはずの両手に、ずしっとした重さを与えているように修也は感じた。
死神を殺さなければ凛が殺されていた。
しかしそれは修也から見たことであり、人を殺したという事実が変わることはない。
そして、彼はそれを正当化できるほどの図太さを持ち合わせていなかった。
「お前がこのことを知ったらなんて言うんだろうな」
怒って軽蔑するだろうか。
そのまま交友を切ってくれるだろうか。
返ってくることのない質問を呟いた修也は知らずのうちに入っていた力を抜くように息を吐いて夕焼けに染まる空を見上げる。
(でも守ってみせるよ。
もう、誰にも泣いてほしくない。そんな顔を見たくないから……)
透に改めて伝えるように心の中で告げて視線を前へと戻すのと同時に隣から人の気配を感じた。
反射的に向けた場所には墓に手を合わせる凛がいた。
数秒そうしていた彼女は顔を上げると墓石を見つめながら言う。
「ここだったのね。透君のお墓……」
そのことを覚えるようにはっきりと呟いた凛は横目で修也を見る。
責めるような雰囲気を纏っている目から逃れるように修也は「あー」と溢しながら頭を掻いた。
「そういえば言ってなかったな。ごめん」
「いいわよ。
ここに来るときに紫原君を尾行しちゃってたからチャラってことで」
揶揄うような笑みを挟んで凛は墓へと視線を戻して続ける。
「それに紫原君もそんな余裕はなかっただろうし」
「……うん。その、ありがとう」
「ん」
その小さな返答を境に2人の間に静寂が訪れた。
互いにわからないほどに続いたその時間を切り裂いたのは凛の独白のような言葉。
「私は紫原君に死神を殺させたくなかった」
「復讐を遂げられなくなるから?」
「その感情がなかったとは言わないわ。でも1番の理由は紫原君が心配だったの」
「俺が?」
確認を取るように聞き返す修也に凛ははっきりとした首肯を挟んで続ける。
「紫原君は相手が人殺しでも自分が殺したってことに悩み続けるって思ったのよ。
自分のしたことに後悔するんじゃないかなって……」
「だから、俺の後を着いて来たのか。俺が下手なことをやるかもって思ったから……」
凛は修也が自ら命を絶つ可能性も考えていた。
透が死んだ際も必要以上に自分を責めていたところから自らの手で人を殺した彼が何も思わないはずがない。
もし彼が何かしらの方法で命を絶とうとしたならそれを止めるつもりだった。
自身の戦う覚悟はその程度のものか、と説得するつもりですらあった。
「にしても、よくわかってるな。俺のこと……。
うん、なんか嬉しいよ。俺は孤独じゃないって」
そう呟いた修也の顔は今すぐにでも消えそうなほどに儚げで優しいものだった。
たしかに彼は自ら命を絶つということはしないだろう。
それを見ていられなくなった凛は言わないつもりだったことを口にした。
「死神は、私のお母さんを殺したわ」
「でも、それが殺していい理由にはならない。
あの人にだって大切な人がいたかもしれない。残された人は今泣いているかもしれない」
わかっていてそれでもなお修也は殺した。
そうしなければ“自分が”守りたいものを守れないからだ。
奪われたくないから誰かから奪ったのだ。
「いないかもしれないわよ?」
「でもいないとも言い切れない。俺が知ってることなんてアルカナを使って復讐をしようとしてたことぐらいだ」
「紫原君……」
凛はただ憂いを帯びた表情で修也のことを呼ぶしかなかった。
(やっぱり紫原君には死神を殺させたくなかった……)
死神を手にかけたせいで修也という少年はこの戦いの場から降りる事は絶対になくなった。
もし降りてしまえば彼は「守りたいもの」を全て捨てることになるだけではなく、誰かを殺し、誰かの大切なものを奪った理由を失う。
泣いてる顔を自分が見たくない。
その戦う理由を修也は「自分のため」と言いったが、結局はどこかに他人の影がある。
それは彼が「自分自身のためにどこまでも貪欲に力を使うことができない」ということを如実に表していた。
そんな者がただその場の感情で人を殺したことを許せるはずもなく、結果的に自分が大切なものを奪ったという重圧に彼は殺される。
凛はキュッと唇を噛むと拳を握りしめた。
あの時、自分が感情に呑まれず修也だけを戦わせなければまだ言いようもあった。
(もう戻ることは出来ない。
出来るのは誰かを殺して、奪いながら進み続けるか、誰かに殺されて終わるか……)
頭の中に浮かんだ最悪、自分と修也が本気で殺し合う未来から目を背けるように凛は目を閉じて息を吐いた。
(ううん。そんなことになんてなるわけがないわ)
初めて出会った時から共に戦い続けて今もこうして話している。
このような関係を築けているのに互いに殺し合うようなことになるなど考えられない。
否、そうさせない。
修也は人を殺すことに罪悪感を覚えるほどの優しさがあり、その重荷を背負えるだけの強さがある。
しかし、それはあまりにも苦悩が付き纏う生き方。
そんな生き方の存在を支えること、寄り添えるのは同じ戦場に立つことができる自分だけだ。
ならば自分は側にいよう。
それが彼の味方として、彼を戦場から遠ざけられなかった者のせめてもの償いだ。
「だから、ありえないわ」
凛は夕焼けに染まった空を睨み付けながら誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
今回で第一章完結となります。
1ヶ月ほど更新が止まりますがご容赦を。




