蠱毒
右胸から先を失った死神はゆっくりと倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……っ」
修也はそんな死神を見下ろしながらゆっくりと後退る。
続けて最後の力を振り絞りさらに後ろへと跳ぶと凛の隣に着地して片膝をついた。
「桑田さん、大丈夫?」
「少なくとも、紫原君と同じぐらいには、ね」
「なら、よかった」
少し緊張感が抜けた会話を死神の呻めき声が邪魔をする。
「うっ……くっ、そ……こんな、こんな終わり方が……」
本来ならば言葉すら吐けないはずだ。
本来ならば身を捩らせることすらもできないはずだ。
しかし、死神はそれをこなす。
ただそのためだけにまだ命があるかのように刃が砕け、長さも半分となった柄を握りしめて立ち上がろうとしていた。
「やめろ。もう、お前は……」
「黙れ!!
俺は、まだ……せめて、ここでお前だけは殺──」
しかし、彼の言葉は最後まで修也に届くことはなかった。
唐突に死神の四肢が折り畳まれ始めたのだ。
頭部と左手、両足から体へ向かうようにパタパタと折り畳まれていく。
「……は?」
「な、に?」
満身創痍の修也と凛は警戒することも忘れて目の前の光景を茫然と眺めるしかなかった。
そんな中でも折り畳まれる音は響き、最終的に手のひらよりも少し大きい長方形のカード、タロットカードになった。
異様な現象が起こった場所に視線を縫いつけられて言葉を失う中、修也の方へと向かってカードが弾丸かと見紛う速度で飛んだ。
「うわ!?」
修也は反射的に短剣を振るうことでそれを弾き上げる。
少しして高く飛ばされたカードは修也の目の前で床に突き刺さった。
しばらくそれをじっと見ていた彼は意を決して左手で摘み上げる。
質感としてはプラスチックのカードに近く、存在感を覚えられる程度の重さを感じた。
表と思われる面には大鎌を持ちローブを纏った髑髏の絵。
その下部には「ⅩⅢ/Death」と記されていた。
対して裏面は黒で塗り潰されている。
「それは──」
「おめでとうございます」
修也の後ろから覗き込んだ凛が疑問の口を開こうとしたがそれを遮るように拍手と共に妙に明るい声が遮った。
聞き覚えのある声と拍手に2人はカードからその方向に視線を投げる。
そこにいたのは赤い燕尾服を着て道化師の面を付けているダインだった。
まるで2人の視線や周りの状況を無視するように嬉しそうな仮面のままにそれは続ける。
「紫原修也様。あなたは新たな力を手に入れました」
「新たな、力?」
「ま、さか……」
修也がカードへと視線を落とす隣でその考えに至った凛が傷が痛むのを無視して叫ぶ。
「ダイン! これは、どういうこと……!」
もはや戦闘は難しいはずだが、放たれる雰囲気からは今すぐにでも飛び掛からんと思わせるほどの気迫があった。
「どう、と言われましても。ただその力がより相応しい者へと移っただけですが?」
飄々と答えるダインに修也は戸惑いながら疑問をぶつける。
「待て! これは、この力はスカアハと戦うことじゃないのか?
それなのに、それじゃ……」
死神のように個人の感情のみで動く者もいるだろうが、本来はスカアハという陽の国を支配しようとする敵を倒すための力がアルカナだ。
そのため今回のようなことが例外のはずだ。
しかし、ダインの言い方をそのまま受け取るのであればアルカナ同士で戦闘することも前提かのような印象を感じる。
そんな修也の疑問を読み取ったようにダインは頷いた。
「ええ、そうですよ。スカアハは強い。
ですからより強い者に力を与えるのは当然でしょう?」
「……貴方は、最初から私たちに殺し合いをさせるつもりだったの?」
「無論ですとも」
端的に、誤解を与えないように、切り捨てるようにダインは答えた。
そこから嘲笑うようなものはない。当然、憐れむような色もない。
それが普通であるということを示すような口調だった。
「数では意味がないのです。
より強く、洗練された存在。スカアハを倒すためだけの存在を作り出す。
それが私たちの目的でございます」
ダインのやろうとしていることを例えるならば蠱毒である。
スカアハを倒すためにはただの戦士では足りない。
純粋な力とそれを扱いきれる存在が必要なのだ。
純粋な力ならば用意はできた。
しかし、それを扱いきる才能を持つものが影の国、より正確にはスカアハと戦う者たちの中になかった。
そのため陽の国で才能を持つものを探り、目星を付けた者たちにアルカナという力を与え、戦わせることで最強の戦士を作り出すことを考えついた。
「お前は……お前たちは!」
「なぜ、そこであなた方は憤るのですか?」
その姿や態度からわざとらしくも見えるが、本気でわかっていないダインは首を傾げる。
そんなダインへと修也が声を荒げた。
「そんなの決まってるだろ!
こんな、人殺しを続けろっていうのか!」
「だから聞きましたでしょう?
最初に『その命、要らないのであれば少々貸していただけませんか?』と。
そしてあなた方はそれを肯定し、その力を手に取った。違いますか?」
「それは……」
「それに、そうでもしなければいずれはこの世界もスカアハに支配される。
あなた方が過ごした日常や平穏はなくなるやもしれませよ?」
ダインのその言葉は修也の口を塞ぐのには有効過ぎた。
自分が守りたいと思った日常を守る。
そこに住むものたちも守る。
その笑顔を守る。
そう決めた彼にとっては即座に反論することはできなかった。
その代わりと言わんばかりの勢いで凛が言葉を返す。
「でも、あなたは最初に人と殺し合いをするなんて言っていなかったわ。
私も……彼も、スカアハとその兵士たちと戦えと言われただけよ」
「ええ、そうですね。ですが嘘はついておりませんでしょう?
途中はどうであれスカアハと戦うということに変わりはありませんので」
「……詭弁ね」
「私が行っていたのは交渉。上手く進めるために詭弁を使うのは当然ではありませんか?」
凛は言葉の代わりに奥歯を噛み締めてダインを睨みつける。
その視線を一身に受けるダインだったが言葉がないことで会話の終わりとしたそれは口を開いた。
「では、今回のお話はここまで、ということで……」
仰々しくお辞儀をして再び顔を上げたところでふと思い出したかのように修也へと言う。
「そうそう。その力、もし使うのであれば握り潰していただければ吸収できますので是非に……。
それでは今度こそ、お別れでございます。また何処かで」
再び敬っている様子がまるで見えないお辞儀をしたダインは姿を消した。
先ほどまで赤い道化師がいた場所を見つめた修也は視線を左手のタロットカードへと下ろす。
「どう、するの。それ」
「……桑田さんはまた今回みたいなことが起こると思う?」
「まぁ、起こるでしょうね。
少なくとも残りの人たち全員で協力してスカアハに挑むなんてことはないと思うわ」
その答えを耳にした修也はそのカードをじっと見つめる。
少しして「ふっ」と軽く笑う声を漏らして小さく返した。
「そりゃ、そうだよな……」
ならば取る行動は決まっている。
これから先、自分がすることへの覚悟を示すように修也は手に取っていたそれを握り潰した。
瞬間、紙を丸めるときのような音と水っぽい肉を潰す音が辺りに響いた。




