意味
月曜日。
久々に見た学校からはいつもと変わった様子は感じられない。
ただ教室の窓側の一番後ろの席に供えられている花瓶と綺麗な花がその事実を小さく物語っていた。
クラスメイトからのメッセージのおかげで修也が元々いた席と透の席は交換、一番後ろとなった透の席には1週間ほど花を添えるという話はすでに知っている。
そのため、戸惑いはないが花瓶に供えられた花が透がいないということを改めて突きつけるように修也の目には映った。
(もう、誰もこんなことには、こんな思いを俺は……)
自分の決意を今一度握りしめるように拳を作った修也へと男子生徒が話かける。
「お、紫原おはよー。もう大丈夫か?」
「ああ、ごめん大丈夫だ。あとありがとな、ノートの写真」
「いいっていいって」
透ほどではないが比較的よく話す男子生徒は何事もなかったかのように軽く言うと修也から離れていつもつるんでいるグループの元へと戻った。
その姿を一瞥して修也も椅子に座ると窓の外から青い空を見る。
聞こえる生徒たちの語調や雰囲気からは透の死を気にしている様子はない。
いや、先週はもっと沈痛の表情が多かったのかもしれないが土日を挟んだことで元の日常に戻れたのだろう。
それでいい。透ならばそう言うような気がした。
朝に見た光景かや目を逸らすように青い空を見上げた。
◇◇◇
放課後、図書室に修也の姿はあった。
なにか仕事があるわけでもなく、本を借りたいわけでもなければ勉強をするのでもない。目的はとある少女だ。
修也は受付にまっすぐに向かうとそこにいた人物に声をかける。
「桑田さん。こんにちは」
「え、紫原君?」
溜まっていた本の返却処理をしていたのだろう凛は顔を上げると首を傾げた。
「今日仕事じゃないでしょ?」
「うん。まぁ、なんとなく、さ……」
頬を掻いた修也から何かいいたげな雰囲気を感じた凛は司書を一瞥すると小声で言う。
「もうちょっと待っててね。早く帰れるか聞いてみるわ」
「いや、いい。待ってるよ」
修也の言葉に凛はさらに疑問符を浮かべながらも「わかったわ」と頷いた。
そんな彼女を見て修也は適当な席に腰を下ろす。
スマホを取り出そうとしたがそこで課題が出ていることに気がついてそのまま片付けることにした。
それから1時間弱ほど。ちょうど課題を片付け終えた修也は仕事が終わった凛と共に校門を潜った。
駅へと向かう道を歩き始めたところで凛が口を開く。
「それで、どうかしたの?」
「うん。ちょっと、桑田さんにしか頼めないことがあって、さ」
呟いた修也はふと立ち止まる。
西古駅へはまだ少しあることに加えてここは特別な店もない通り。止まる理由はないはずだ。
(……あ、そうか。確かこの道って)
頭の中の記憶を探っていた凛がそれにたどりつくのと同時に修也は深呼吸を挟んで手を差し出した。
「少しの間だけでいい。手を、握っててもらえるか?」
そこにあるのは照れが少し強いが、その影に隠れるように怯えが見える。
加えるのならばその手は少し震えていた。
その理由を悟っている凛は修也の様子に気が付かないようなふりをしながら手に取る。
「ありがとう……」
半ば無理やり作った笑みを浮かべた修也は重くありながらもしっかりとした足取りで歩き出した。
「学校に来るときはさ、どうにか大丈夫だったんだけど。この時間になると、な」
「少し時間は遅いけれど。それでも?」
「ああ、それに今日学校に来てる時に見たんだ。
それを見てさ、ここを1人で通るのが怖くなったんだ」
2人がたどり着いた場所、なんの変哲もない道路には少し不釣り合いな白いテーブルクロスが敷かれた長机があった。
その上には花束やお菓子、何かしらの人形が置かれている。いや、供えられている。
供えられている花束に混じってぬいぐるみやお菓子が混ざっていた。
それらが透と過ごした時間があまりない凛でも彼にはあまり似合わないものだということはわかる。
(そう、か……)
凛は修也がこの道を怖がる理由を理解した。
だからこそ彼の手を強く握りしめる。
込められた力に触発されてか修也は吐き出すように口を開いた。
「透、だけじゃないんだよ。他にも4人死んだんだ」
その4人について修也が知っていることはない。当然、面識がないため顔も知らない。
彼らが死んだのはただ偶然そこを通りがかったというだけで他に理由はない。
修也の中では透の死のショックが大き過ぎて他にも死者がいたことなど抜け落ちていたのだ。
献花台を見るまでそのことを忘れていた自分に失望し、同時に自分が守れなかったものの多さを実感した。
その現実が恐怖となり彼の体を強張らせていたのだ。
「そりゃ、俺はこの人たちと話したこともないし、顔もまともに知らない。
でもこの人たちが死んで悲しんで泣いた人がいる。それは確かなことなんだって思う」
「紫原君は優しいのね」
「……優しいのは透だよ」
小さく笑った修也は供物を見て続ける。
「あいつなら、誰かのために戦えた。誰かの笑顔のためにって……。
俺にはできないよそんなこと」
守れなかったことで誰が死んだことによる後悔。
こんな後悔をしたくないから戦うと決めた。
それは結果的に誰かを守ることになるが、結局は自分本位だ。
後悔がなければ見捨てるという選択も取れてしまう。
最悪、この手で殺すことさえも躊躇わないかもしれない。
しかし、透は違う。
罪を犯した者へと全力の怒りをぶつけるように殴りつけるだろうが、その後は一緒に悩みながら償う方法を探すだろう。
そんなことはできない。
「いいえ、優しいわ。少なくとも私よりはね」
自分へと呆れるようなため息を吐いて苦笑いを浮かべた凛は続ける。
「そもそも私に誰かを守る資格なんてないのよ」
「そんな誰かを守るのに資格なんて必要ないだろ」
「そうかしら?
自分で命を捨てようとした人に守られた自分ってなんだか惨めじゃない?」
ふと彼と共にいることで自分の何かが変わることに恐怖を覚えた。
間近に変化したところを見たからこそ感じられた恐怖。
だから軽蔑して距離をとってほしかった。
今握っているこの手を離してほしかった。
しかし、彼女の望みに反して修也は手を離すことはなく首を横に振る。
「いや、俺はそうは思わない」
紫原修也という存在はそれだけの言葉で桑田凛という存在を軽蔑することはない。
「だって、守ったんだろ? その人は生きてるんだろ?
守るっていうのは結果なんだ。だから本当は理由に意味なんてないんだ」
理由がなくとも誰かを守ることはできる。
それでもなお理由を求めるのは自分のためだ。
「誰に守られたかなんて関係ない」
「でも、それは誰にも感謝されないわよ。
守られた人はそのことすら知らずに普通に生きていく。
ただ紫原君が苦しむだけで……」
「俺が望むのは感謝じゃない。守れたっていう結果だけだ。
もちろんそれは俺がそうしたいから、な」
修也は照れたような笑みと共に顔を少し赤くしてそう言った。
それに吊られるように凛は笑みをこぼす。
「照れるぐらいならかっこつけなくてもいいのに」
「ま、まぁ、たしかに恥ずかしいけど、本心だよ。
少なくとも俺はそう思ってる」
どこか満足気に胸を張るように言う修也の表情と声音からは嘘を言っているようには見えない。
もちろんかっこつけているわけではないということも本当はわかっている。
それでもそうからかうしかなかった。
(やっぱり、私と紫原君は全然違う……)
その決定的な違いとそれによって起こるかもしれない結末が頭に浮かんでしまったのだ。
それを拒絶するように凛は修也の手を握り続けた。




