No.ⅩⅢ 死神
12時も過ぎた深夜。
神谷 健永はまだまだ賑やかさを残す繁華街を歩いていた。
土曜日ということで明日も休みの者が多いのかその喧騒が終わるのは日が昇り始めるあたりまで続くだろう。
だが、今の彼の耳にそんなものは一切入っていない。
思い出すのは約1週間前の出来事。修也たちと初めて戦った時のことだ。
(くっそ……あいつがいなきゃ今頃俺は)
思い出すたびに健永は歯噛みをしていた。
あの時、彼は凛を誘拐するつもりだった。
妻の次は娘を嬲って殺し、その次に彼の前に優雅に現れ懇切丁寧に恨み辛みを読み連ねて殺すつもりだった。
しかし、そうなることはなかった。
ひとえにそれはあの夕焼け色のアルカナと3体のスカアハ兵の邪魔が入ったせいだ。
(しかもあのスカアハ兵ども、よりにもよってこっちを狙いやがって……!)
健永のアルカナは撹乱や不意打ちといったことには長けているが、こと戦闘能力に関しては修也や凛のそれとは劣る。
そのため、どうにか1体倒して逃げるのが限界だった。
健永はその怒りと鬱憤を霧散させるために首に感じた締め付けに答えるようにそれを口にする。
「ダインスレイヴ」
すでに酔っている者や騒ぎ疲れた者たちは突然消えた人間に気を止めることはない。
せいぜいが「さっき人がいたよな?」程度であり、その後は何事もなかったかのようにそれぞれの目的地へと向かい始めた。
そんな中で影の国へと移った健永は首に感じる強い締め付けと息苦しさを紛らわせるように大鎌を握りしめる。
彼の目の前にいるのは1本の剣を持った3体のソルジャー。
(チッ……当てつけか?)
ただの偶然。それは彼自身も理解している。
だが、その武器を見るたびに似た武器を使い、復讐に水を差した存在が浮かぶ。
その存在を踏みつけるように駆け出したい健永は浮かぶ影を切り裂くように大鎌を振るった。
振るわれた大鎌はソルジャーの上半身を切り飛ばした。
下半身が倒れると続けて上半身が落ちる。
しかし健永はそれを一瞥もすることはない。
苦労などない暇潰しと鬱憤を一時的に晴らす作業。
彼はそれを再開させるように構え直した大鎌を振りかぶり、下ろした。
当たれば確実に死ぬ一撃だが当たらなければそれはないも同然だ。
大きな一撃をかわしたそのソルジャーは切っ先を向けると健永へと突き出す。
それに合わせてもう1体は降下しながら剣を振り下ろした。
2つの攻撃は速度も遅く正確性もあまりない。
黒い煙を使うまでもなく半歩ほど後ろに下がることでかわすと大鎌を薙いだ。
その一撃が切り裂いたのは降下してきたソルジャーの首。
切り飛ばされた首が地面に転がる頃には残りの1体へと健永は迫っていた。
下から振り上げられた大鎌だったが踏み込みが1歩遠い。
その証拠に彼の振るった一撃はソルジャーの胸部に深い切り傷を入れるに止まった。
「チッ!」
露骨に舌打ちした健永は一歩足を踏み出しながら大鎌の刃をソルジャーの方へと向けて振り下ろす。
追撃で繰り出された大鎌の持ち手がソルジャーの肩にかかるが、健永は気にせずに思い切り大鎌を手元に引いた。
当然、その先にある刃は健永の方へと向かうい、彼の目の前にあるソルジャーの背中に入る。
それだけで刃が止まることはなく、容赦なく胸部を切り抜いた。
周囲にいたスカアハ兵はこの3体だけのようで他の気配は感じられない。
戦いは終わったが健永の鬱憤が晴れることはなかった。
(これじゃダメだ……あいつには)
それから先の言葉を食い殺すように奥歯を噛み締めた健永だが、すぐにその力を抜いた。
「ははっ……気にすることじゃないだろ。そうだ。あいつは無関係なんだ」
(目的をずらすな。ただそのためにだけ動け。
そうすれば次は絶対に……誰にも……)
大鎌を握り締めた健永はうなじに手を伸ばし、アルカナを解いた。
◇◇◇
有能。優秀。天才。
それらは他人が言っていたことであり、自分でも認めていた。
だから結果を出し続けていた。
学生の頃の成績は常に上位にあった。
やればやるほど伸びていた健永からしてみれば勉強や運動に苦労を感じるわけがなく、そしてそんな彼が周りと歩調を合わせられるわけもない。
だが、それで構わないと思った。
むしろ自分から人との繋がりを嫌がるようになった。
そのせいもあって上位にいればいるほど、結果を出せば出すほどに誰かから褒められるということはなくなる。
出来て当然のようになり、健永自身も出した結果に満足できなくなった。
次第にその意識は強く、深くなり結果を残すことでしか自分の存在や価値を認められなくなったのだ。
そんな彼は有名な大学を卒業し、ある企業に就職する。
入社したそこで出会ったのが桑田 龍弥という男だ。
彼は冷たく厳しい人間だが、認めたくはないが有能だった。
ある企画のプレゼンテーションの対立で健永は龍弥に負けた。
所属する部署の誰も彼を責めることはなかった。
むしろ「入社してすぐにこれだけのものを出せるなんて」と褒められるほどだ。
しかし、その敗北は健永にとっては始めての挫折である。
その後も何度か彼と企画立案で対立したがその全てで負け続けた。
羨ましいと思った。
自分に勝ち続け、他の者たちから認められている彼を羨ましいと思った。
対して、自分の周りには誰もいなかった。
親も見てくれず、友人はそもそもいない。頼れるような同僚もいない。
比べて初めて健永は自分に何もないことを知った。
周りを変える方法どころか自分の変え方すらも知らなかった彼は自分を責め始めた。
今まで誰も責めてこなかったその代わりと言わんばかりに延々とそれを続けた。
それから彼の精神が病むのには時間はそうかからなくなり、存在を認められなくなった結果、自分で命を絶つことにした。
首を吊るための準備をして後は足場にしていた椅子から飛び出せば、というところで声がかけられた。
「その命、要らないのであれば少々貸していただけませんか?」
赤い燕尾服にピエロの面をつけた奇妙な存在。
言葉と共に渡されたのは純粋な力だった。
健永がその力を使った復讐を思いつくのに時間は必要なかった。
自分が受けた以上の屈辱を彼に味わわせる。
自分自身の願いのために彼はその大鎌を振るうことを決めた。




