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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり

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けじめ

 アルカナを纏った凛は横目で修也の家を見る。


(これで、いいのよ……)


 元々彼女は修也に戦ってほしいとは思ったことはない。

 むしろ逆の立場だった。


 修也には戦う理由はなく、代わりにあの日常がある。

 その日常の中にいた大切な親友を失ったのは事実だが、それでも彼はまだ1人ではない。


 立ち直るのには相当の時間が必要なのは考えるまでもないが、いつか必ず彼は新しい日常へと進み出す。

 なぜなら、1人ではないからだ。

 修也というあり方を認め、好意を抱く者もいる。


 そのような人物にこのような場所は似合わない。似合っていてはいけない。


 正直、少し羨ましいと思う。

 もう少し、あとほんの少し違う自分であればと考えてしまうのだ。


 そして、それは同時に寂しいという感情を自覚させる。

 唯一といっていい理解者を失う恐怖も──


 凛はそれらを払うかのように首を横に振って気配のする方を向く。

 そこには4体のスカアハ兵、ソルジャーがいた。


(私は、私のためにこの力を持っている)


 誰かのためではない。

 誰かのためになど彼女は戦えない。

 そもそも“誰かのため”などということを言う資格は自ら命を投げ捨てようとした者にはない。


 凛は腰部にある巨大な丸ノコのようなものが付いている装備を右腕に装着。


(お母さんを殺したアルカナと決着をつけて、そして私であるために戦い続ける。たとえ、1人でも)


 幸いと言えばいいのか、そこにいるのはソルジャーだけでクローの姿はない。

 速いということでどこかからか唐突に現れるかもしれないが、今は目の前の敵に集中するべきだろう。


 凛はそう結論付けると右腕の装置から巨大な車輪を射出した。


◇◇◇


 凛が帰ってからどれぐらいたったのか修也には分からなかった。

 そもそも自分がいつ玄関からリビングに移動したのか、テレビを見ながらソファに座って膝を抱えていたのかすら記憶にない。


「ただいま〜」


 茫然自失としていた修也の耳に父親である彰人の声が届いたが、それに言葉を返すことさえも今の彼には至難のことであった。


 そんな彼の様子など知らない彰人はリビングへの扉を開くとここ数日よりも一層に暗い息子の姿を見て目を見開いた。


 1日の仕事の疲れを一瞬で吹き飛ばした彰人はずっと意識しないようにしていたことを問いかける。


「……修也、お前俺に隠し事してるだろ」


 修也は頷くこともなく、かといって否定するように首を横に振るでもなくただ無言だった。

 無理に聞き出すことは不可能ではない。


 だが、それだけはしたくなかった彰人は悲しいとも悔しいとも取れる表情で続けた。


「言えない、か?」


「……父さん“には”言えない」


 絞り出すような小さな答え。

 今の修也にとってはそれが精一杯の答えである。


 しかし、あまりにも言葉を返すことにだけ意識が持っていかれていた彼はその内容にまで頭が回っていなかった。


 ぽろりとこぼされたその部分を彰人は聞き逃すことはなく、呟くように反芻する。


「俺には、か」


 修也は目を見開き、奥歯を噛み締めた。

 無理があろうとも無言のまま押し通すつもりであった彼にとってはその隙は大きい。


 次に来るであろう言葉に身構えていたが彰人の口から出た問いかけは予想していたものとはまるで違うものだった。


「俺以外には言えるんだな?」


「ッ!」


 入ってきた言葉に耳を疑った修也は俯いていた顔を上げて彰人の顔を見た。


 そこには心配や不安といった色が見える。

 本当は今すぐにでも聞き出したいのだろうことが嫌でもわかる顔。


 修也は今までにないほどの申し訳なさに眉を寄せゆっくりと頷いた。


 そのまま俯く彼の頭を彰人は軽く叩く。


「ならいい」


 言った彰人は修也から少し離れると持っていたカバンをダイニングの椅子に置いた。

 そこで初めてテーブルにコップが2つあることに気が付く。


(嘘は、言ってない、な)


 修也の言葉には嘘は感じられなかった。

 ただし、何かを隠そうとする様子だけは察せた。


 彰人は「これが親離れか」と少し寂しげな笑みを挟んで修也へと言葉を向ける。


「まぁ、お前の頭なら1週間ぐらいは学校に行かなくても勉強に問題はないだろ。

 だが、再来週からは午後からだけでもいいからちゃんと行けよ。

 流石に留年までは許せんからな」


 いつもの声音で笑い混じりに言った彰人がコップを台所へ持っていこうとしたところで修也が声をかける。


「父さんは、後悔したことってある?」


 予想外の問いだった。

 しかし、大切な息子からの質問。上手く答えられなくとも父親として答えておかなければならないだろう。


 少し頭の中で言葉をまとめた彰人は修也から背を向けたままで口を開く。


「もちろん。お前を育てながら今まで生きてきたんだ。数え切れないほどあるさ」


「どうやってそれを克服……乗り越えたの?」


「まぁ、そうだな。守りたいものがあるからな」


「守りたいもの、って?」


「この家とこの生活。そして、俺自身とお前だ」


 今までのことを思い起こしていた彰人の顔に影が落ちた。

 幸運なことにそれを一番見られたくない相手とは背を向けあっている。


 目を閉じて開くという動作だけでその影を吹き飛ばすと悟られないように自嘲気味に続けた。


「お前には苦労させることも多いがな」


「それはしょうがないだろ。お父さんは1人なんだから」


「そう言ってもらえるのはありがたいことだがな修也。

 息子にそうやって諦めさせてる時点で親としては考えなきゃいけなんだよ」


 振り向いた彰人は修也の背中を見つめる。


 親友を失った息子に父親という存在は何ができるかなど全くわからない。

 そもそも父親らしいことはあまりしない、できなかった自分だ。


 しかし、そんな父親でも子どもの疑問になんらかの答えを示すことはできる。

 むしろそれだけは絶対にしなければならないことだと思い彰人は言う。


「正直、今でもまだまだ足りないって思うし失敗もある。

 そうした時は泣くしへこむ。悔しくて拳を握りしめることもな。うだうだと悩むこともあるさ」


「でも、父さんは父さんをしている。できている」


「そうしなきゃ、何もできないからな。

 悩んで立ち止まるのはいい。だが、周りはそう長いこと待ってくれる奴ばかりじゃない」


 彰人は修也が立ち直るまで待ち続ける。

 それまで守り続ける覚悟もある。


 凛は酷い言葉を返したのに「仕方ない」と言った。

 彼女も大切なものを失った喪失感を知っているからだ。


 瑠衣はあれから毎日メッセージをしてくれている。

 透の葬式の時、彼女が手を引いてくれなければ別れの場にいることもできなかった。


 修也の周りはそんな人物ばかりだ。

 立ち止まり、塞ぎ込む彼を責める者はいない。


 だが、世間は違う。

 学校へは行かなければ単位を落とす。下手をすれば中退だ。

 そうなれば今後の生活もままならなくなる。


 それだけでなくスカアハ兵も絶えず攻め入ってくる。

 今のままのペースであればまだマシだが、これから苛烈になるようであればこんなことをしている暇はなくなる。


 加えて死神のようなアルカナの力を殺人に使うような存在への対処だ。


「いずれは進むしかない。

 落とし所を見つけて、納得して、前に進む。

 それが失敗した時のけじめってやつだ」


「失敗した時の、けじめ……」


「ああ、そうだ。けじめっていうのはどれだけ時間がかかってもつけなきゃいけない。

 他人のためじゃなくて、自分のためにな」


 修也の中の空白に何かが埋まった。

 ようやくはっきりと答えが出た。


(けじめ……)


 それは塞ぎ込むことではない。

 悪いことではないが、同時になんの解決にもならないことだ。


(自分が自分のためにできること……)


 脳裏に浮かぶのは声を震わせ、涙を浮かべる凛と辛いのは同じであるのに修也を元気つかせようとどうにか笑顔を作る瑠衣。


 彼女たちの顔を思い出した修也は見つけた答えを握りしめるように拳を作った。


「ありがとう、父さん。俺、少し頑張ってみる」


「……そうか」


 何かが変わった息子の背中を見た彰人は安心したように笑みをこぼした。

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