離別(下)
透がクローたちに食われて4日が過ぎた。
火曜日の11時から彼の親族たちが集まって葬式を行うことになっている。
その葬儀場の近くには修也の姿もあった。
透と血縁関係はないが彼の両親から「もしよければ」と誘われたのだ。
成績にも出席日数にも特に問題はない修也はそれに頷き、今日に至る。
葬儀場の駐車場へとポツポツと車が入っていく。
乗っている者たちの顔は見えないが沈痛な面持ちを浮かべているであろうことは想像するまでもない。
彼らの流れに乗るように修也も会場に向かうべきなのだが、その足を前へと進められないでいた。
原因は修也の中でもたげている疑問のせいだ。
(俺は本当に行ってもいいのか……?)
修也は道の恥によるとポケットからスマホを取り出し、ニュースサイトを開く。
そこには『同じ場所で心不全、5人死亡』という見出しがあった。
この5日で嫌というほどに見たその見出しを映すスマホを握りしめた修也は視線を葬儀場へと戻す。
透を含めて5人。
直接見たのは透だけだが、残りの4人もクローに食われたことは間違いない。
なぜ自分が生き残っていたのかはわからない。
だが、生きている。
透や他の人たちを守ることもできずに生き残ってしまった。
彼を守れなかった自分が友人の葬式に出ていいのか。
そんな資格などないのではないか。という疑問が修也の足を地面に結びつけていた。
「修也、さん……」
立ち尽くす修也へと声をかけたのは瑠衣だ。
まだ学生ということもあり、彼女も修也同様に学校の制服を着ている。
「ありがとうございます。学校を休んでまで来てくれて」
頭を軽く下げた瑠衣はすぐに顔を上げると今すぐにでも溢れそうな涙を堪えながら続けた。
「きっと、お兄ちゃんも喜びます」
その言葉が、どうにか浮かべられた笑顔が修也の心を抉る。
彼女にそれを言わせたのは自分のせいで、泣きそうな笑顔を浮かべさせているのも自分のせいだとわかっているからだ。
「そう、かな……」
「はい……」
2人の間に無言が訪れる。
それを壊したのはきゅっと唇を結んだ後に出された瑠衣の言葉だ。
「あの、中に入りませんか?」
手を引かれるような言葉だった。
頑張っていつもの声音を作っているのが痛々しいほどにわかる。
行く資格はない。
そう思うが同時に最後の場に居たいと思っていた。
瑠衣に答えることも忘れて黙り込んだ修也はようやく覚悟を決めるように大きく息を吐くとゆっくりと頷いた。
悲しそうで嬉しそうな笑顔を浮かべた瑠衣は修也を葬式場への案内を始めた。
◇◇◇
それから数時間が経過した。
修也は納骨まで参加したのだが、その記憶は曖昧だ。
瑠衣たちの両親に感謝の言葉を貰った記憶はある。
僧侶のお経と誰かのすすり泣く声も聞いた。
焼香も見よう見まねでした記憶もある。
しかし、棺桶に収まっている透の顔と遺骨は不自然なほどに思い出せない。
自分は本当に参加したのかと疑いたくなるほどに、まるでそこだけ後から切り取ったかのようにすっぽりと抜け落ちているのだ。
「紫原君」
透の骨壷が納められた墓の近くで彼を呼びかけたのは母親だった。
少しツリ目気味で性格も大雑把なところはあるが良い人という印象を持っている。
いつもは溌剌とした彼女だが、真っ黒の服を見に包んだ今の彼女からは同一の人物であるとは思えない。
「今日はありがとうね。あの子も喜んでくれてるわ」
「そう、でしょうか? なら、いいんですが……」
「ええ、きっとね。
もしかしたら『お前は学校いけよ』って言うかもしれないけど、でもたぶん『ありがとう』って言うわよ」
「たしかにそうですね。しかもあまり照れずに言ってきますし」
懐かしむような笑いが混じったその言葉を吐いた修也。
もう姿が薄れ始めていることに悲しさや寂しさを感じていた彼の手を透の母親は優しく握り締めた。
「今日は本当にありがとう。
紫原君みたいな友達がいてあの子も幸せだったと思うわ」
彼女のその言葉1つ1つが胸に突き刺さる。
そんな友人を目の前で殺され、救えなかった自分が無力に思えた。
アルカナという力を持ちながらも友人を守れなかった事実が修也の背中に重くのしかかる。
今握られているこの手もまるで手錠をかけられているような気さえしていた。
「ごめん、なさい……」
それらから逃れるように修也は無意識に謝罪を口にした。
例えその言葉に意味はないとしてもそうするしかないと思ってしまった結果だ。
「え? 紫原君が謝ることなんて……」
修也の事情を知らない母親からすれば唐突に謝られたことになる。
戸惑い混じりの言葉に修也は答えることなく、自分の手を優しく握るその手を見つめた。
そうして言葉と共に様々な感情を押し殺すように奥歯を噛み締めて修也は言う。
「その、俺、帰ります」
「え、ええ。そうね。明日、学校ですものね」
修也は透たちの母親から少し離れると頭を下げてその場を去ろうと歩き出した。
「紫原君!」
少し歩いたところで彼女に呼び止められ、振り向く彼へと母親らしい笑みを浮かべて言葉を送る。
「すぐには無理かもしれないけど、あなたは日常を普通に過ごしなさい。
いつ無くなるかわからないものだからね」
「……ッ! は、い」
修也は返事をどうにか絞り出すとその場から逃げるように早歩きを始めた。
やはり自分のような存在が来ていい場所ではなかった。
今の彼にはそんな後悔しか心になかった。
向けられた言葉は自らその日常を捨てようとしたような存在に向けられていいものではない。
力がありながら、目の前で食われている様を見るしかなかった自分に向けられていい励ましではない。
これならば全てを話して責められる方がずっとマシだ。
しかし、そうされることを恐れていることを恐れてもいる。
死神に感じた以上の憎しみを修也は自分自身に感じていた。




