離別(中)
クローたちにはもはや修也のことなど頭にないようで肉を掻き出し、食い千切り、咀嚼する音を響かせている。
「あ、あぁ……」
伸ばしていた腕を力なく下ろした修也は歯を食いしばり両腕に力を込めた。
切り刻まれた全身から痛みが走るがそんなことを気にすることはない。
もはや痛みを堪えるとことすら忘れて修也は立ち上がろうとしていた。
彼の意思に答えるかのようにアルカナの縁取りの色が黒から白、黄を挟み赤へと変化。
体が軽くなった感覚を覚え、足を踏み出したがそれまでだった。
「ッ!?」
突然力を失ったかのようにガクンと姿勢を崩した修也は地面に膝と両手を付ける。
その視界に映る甲殻の縁取りの色は再び黒へと戻っていた。
(なんで……こんな時に)
せめて一矢報いると、どちらか1体だけでもここで命に代えても倒すつもりであった意思に反して体の方は限界を迎えていた。
その限界を訴えるようにそのことを思い出したかのように全身から鋭い痛みが駆け巡る。
「ぐっ、ぅ……ぅ!」
なお立たせようとするが体は全身に鉄を括り付けているかのように重く、動くことはない。
(動、けよ! 今戦わなくていつ……!)
自分の体なのに、自分の意思で動かせる手足があるのに、ピクリとするのが限界の体に悪態をつく修也。
そんな彼の頭上に唐突に影が落ちた。
軽く上げた視界に映ったのは獣、より正確には狼のような足。
咄嗟に後ろへと逃げることも出来ずに振り上げられた前足により、修也の体は宙に浮かぶ。
これまで蓄積された傷からの激しい痛みに先ほどの攻撃の衝撃が加わり、苦悶の声すら口から出ることはなかった。
重力に引かれて地面へと落ちる直前にもう1体のクローが前足の爪で斬撃を放つ。
為す術もなく近くの壁に叩きつけられた修也は無理やり空気を吐き出させられたせいで咳き込んだ。
咳1つするだけで激痛が走る。
その痛みをどうにか堪える修也だったが、ついには意識も限界を迎えた。
視界が歪み、意識が薄れ始めたのだ。
抗おうともがくがその抵抗はほぼ意味をなしてはいない。
(っ……く、そ……)
もはや体に力を入れることすらも出来ない。
壁にもたれかかる修也が唯一できることは別の黒点から人を取り出すクローたちを見つめることだけだ。
(と、おる……)
全身に切り傷を付けられたアルカナはプツンと操り糸が切られたかのように力を失った。
◇◇◇
修也と吾妻透との出会いはそう感動的なものではない。
中学生の時にたまたま同じクラスになり、たまたま近くの席で、話が合う。
きっかけらしいきっかけは特に覚えていないが、気が付けば学校外でも会うようになっていた。
とある日、修也の家のリビングで彼らは録画していたアニメを見ていた。
最終回用の特殊EDが終わり、通常の番組へと画面が切り替わる。
(やっぱり良い最終回だった)
もうすでに1回見ていた修也だったがそれでもやはり心にくるものがある。
そう思っていた修也の隣にいた透はポツリと呟く。
「俺は、あれだな。誰かが泣いてる顔より笑ってる顔の方が好きだな」
「……何言ってんだお前」
「冷静に突っ込まむなよ。なんか恥ずかしい」
「なら言わなきゃいいのに」
そう言ってテーブルに置いていたジュースを飲んだ修也へと透は「でもさ」と挟んで続けた。
「だって、相思相愛なのに主人公は世界のためーってヒロインの前からいなくなるんだぜ?
ヒロインの笑顔のためって戦ってたのに最後に泣かせるってなんかモヤモヤしないか?」
「でもそうしなきゃその残されてるヒロインも死ぬじゃん」
「うーん。でもなぁ……」
修也の言葉は理解できるが透としては納得ができないらしく、腕を組み唸り始める。
そのまま30秒ほど経ち一度「うん」と頷くと出てきた答えを口にした。
「確かにいい終わり方だったとは思うけどやっぱり笑顔で終わりってしてほしかった」
「そりゃ、俺もそう思うけどさ。でもあの流れだとそうなるしかなくないか?」
「うーん。まぁ、それはそうなんだけどさ。
でもそういう笑いあって終わって平和な世界で生きるって話でもよかったような」
そのまま彼らはそのアニメのについての感想を話し始めた。
理想の終わり、その終わりに向かわせるにはどういう行動をキャラたちが取ればよかったのか。
物語を読んだ後に少し考える「もし」を話し合い、満足した2人が次に始めたのは格闘ゲームだ。
そして、それを遊んでいるうちに陽が傾き、夕方辺りになって「今日は終わり」と言って解散する。
それが遊びの定番の流れであった
気が置けない頼れる親友。
アルカナを得てからは日常の象徴とも言える存在。
それが修也にとっての吾妻透という人間だった。
◇◇◇
「──おい! 聞こえるか!」
呼びかけの声とともに肩が揺すられる。
それらによって意識を取り戻した修也だったが、彼にはその2つがなぜ自分にされているのか理解できなかった。
だんだんとはっきりしてきた意識で過去の記憶を探る。
(俺……たし、か)
瞬間、修也の意識は霧が晴れるようにバッと戻った。
同時に目を見開いた彼の視界に映ったのは見慣れない男性。
見たことがなく今日が初対面であること、救急隊員の人ということは意識を取り戻したばかりの彼でもすぐに理解できた。
しかし、状況の理解ができない修也へと救急隊員の男性は胸をなで下ろすように息を吐く。
「よかった。大丈夫かい?」
「え、えっと……は、はい」
影の国では全身を切りつけられたのだが、陽の国ではそのことがまるで夢だったかのように痛みすらもなかった。
「よし。おーい! こっちは意識があるぞ」
「わかりました!」
男性は修也の肩に優しく手を置くと「大丈夫」と安心させるように頷いて少し離れた場所に向かう。
入れ替わるように修也の元に来た男性が修也へと声をかけているのだが、彼にはその言葉に答える余裕を一瞬のうちに失っていた。
先ほどまで修也へと声をかけていた救急隊員が向かった先に視線が固定化されてしまっているのだ。
「あ、あぁ……」
地面に寝そべる透とその周りにいる2人の隊員の緊迫したような表情から修也は理解した。
もう透の息がないということを。
自分の手が透には届いていなかったことが現実であるということを。




