死神
直感の後に反応が告げる。
(やばい!)
もし本当にあの男性が凛の母親を殺した存在ならば、この場にいるのは偶然ではないだろう。
どこからかはわからないが彼女をずっとつけていた可能性が高い。
その目的は無論、凛の殺害。
今すぐにでも話をしに行きたいところだが、彼の中にあるのは恐怖だ。
影の国であればアルカナという鎧がある。武器もある。
しかし、この陽の国では一般的なただの学生に過ぎない。
対して相手は殺人犯かもしれない者で、人を殺しているかもしれない存在だ。
今更もう1人殺すことに大きな躊躇いもないだろう。
(逃げる? いや、でも……)
ちらりと視線を凛へと向ける。
彼女は未だに男性から向けられている視線に気が付くことはなく、どこへ行こうかと思案していた。
もし目の前に母親を殺した存在があると知れば、ようやく落ち着きを取り戻した凛がまた混乱するのは間違いない。
(あんな顔はもう見たくない)
柔らかな印象を与える瞳に涙を浮かべてほしくなかった。
優しくもあり、心強さも感じる声で嗚咽をこらえてほしくなかった。
悲しみにくれ、弱々しくなった彼女を見たくはなかった。
そんな修也の望みを嘲笑うかのように男性はニヤリとドロドロとした笑みを浮かべるとゆっくりと口を動かす。
彼は一介の学生であるため読唇術の心得などはない。
だが、脳が勝手に読み取り言葉を組み立てる。
(だ……い……ん……!?)
男性が何を言おうとしているのかを察知すると同時に人目も忘れて修也はその言葉を口にした。
「ダイン・スレイヴ!」
「え?」
凛の驚愕と困惑の声が聞こえたが修也の意識にすでにそれはない。
眼前から迫る黒い壁にぶつかった衝撃のままに後ろへと転がると先程まで彼がいた場所を大鎌の刃が通り抜けた。
アルカナを纏った痛みを堪えながら視線を辺りへと軽く投げる。
辺りにポツポツと黒点があるところから数人にはアルカナを纏う瞬間、すなわち修也が消えるところを見られたのは間違いない。
だが、それに長く気を取られることはなかった。
首を横に振った修也はゆっくりと短剣を抜き取ると逆手で構える。
すぐ目の前にいる大鎌を振りかぶった存在はその武器をくるくると回すと石突きで地面を突いた。
白黒の世界にカツンっと音を響かせ、再び大鎌を構えたそれは一言で表すならば死神だった。
修也や凛のアルカナ同様にどこか生物の甲殻を思わせる質感の燻んだ黒を基調とした外骨格。
形状としては西洋の騎士甲冑ともローブとも取れるもので、頭は人骨の頭部のように見える。
だが、本来からば目がある部分からは灰色の煙、口の部分には怪しく光る赤い目を持っていた。
加えて先が尖った指は異様に長く、その手で大鎌を持っている。
死神、と言われてイメージされるような姿と似たり寄ったりの姿をしたそれから声が発せられた。
「ちっ! 俺以外にもそれ使えるなんて聞いてねぇぞ。
おい、お前、なにもんだ?」
「……それはこっちのセリフだ」
震えが必死に隠された修也の言葉に2度目の舌打ちをした死神は不機嫌な様を隠すことなく言葉をぶつける。
「俺の復讐の邪魔すんな、ガキ」
「復讐?」
「ああそうだ。その娘の親父のせいで俺の人生はめちゃくちゃになったんだ!」
「だから、殺したのか……」
彼のたった1つの感情のためだけに1人が死に、1人が深い悲しみに落とされた。
それがわかると同時に体から震えが取れ始め、入れ替わるように炎で炙られたような熱が全身を駆け巡る。
修也の中に湧いた感情を逆撫でするように死神は答える。
「ああ、そうだ。この力を使えばすぐにでも殺せる。なんの苦労もなくな。
でも、それじゃただ死ぬだけで苦しまないだろう?
あいつを深い絶望の中で殺すためには家族から殺すのが一番ってわけだ」
意気揚々と話す様からそのことを頭の中に思い描いていることなど容易に悟れた。
つい溢れたような笑みを押し殺し、それでも漏れる笑い声を喉奥で殺しながらさらに続ける。
「ああ見えて家族想いらしいからな。
そんな家族の妻が殺されて娘も殺される。
殺された方法はわからず、迫る未知の死の恐怖に歪む顔!
ただ殺すだけじゃない、最高の復讐じゃないか!」
「ッ、貴様ぁ!!」
修也の中の糸がプツンと切り落とされた。
瞬間、彼のアルカナの縁取りの色が白から黄色へと移り、すぐさま赤へと変わる。
自身の急激な変化など感情が爆発した修也には些細なことでしかない。
変化に対して戸惑うこともなく地面を蹴り、飛ぶ勢いで接近すると逆手に持つ短剣を振るった。
「ッ!?」
その動きは死神の予想よりもずっと早く、鋭いものだった。
振られた短剣を死神はどうにか大鎌の柄で受け止める。
「お前は、殺す。俺が殺す」
他の誰でもなくただ自分のためだけにアルカナを使うという決意。
それは今まで経験したことのない熱と力を修也に与えていた。
「ガキが……でかい口を!」
両目の窪みから流れていた灰色の煙がその量を増し、色を黒くさせながら死神の体を覆っていく。
黒煙となったそれに完全に覆われた死神。
修也は構わず短剣を向けていたのだが、拮抗していた力が急になくなった。
ぶつかり合っていた力が急に消え、そのままの勢いで短剣は煙を切り裂く。
「なに……!?」
修也に切り裂かれた煙はまるで意思を持っているかのように少し後ろに下がったかと思えば死神の像を作り始めた。
完全に再生された死神は大鎌を振り上げていた。
「死ねぇ!!」
勢いよく振り下ろされたそれを後ろに跳ぶことですれすれで回避。
着地し、地面を滑ることで距離を取った修也は左腕の籠手に短剣を擦り付け、長剣にさせる。
剣を中段で構える彼に続くように死神も大鎌を構え直した。
「「ッ!」」
そして、どちらが言うでもなく両者はほぼ同時に再び距離を詰め、武器を交える。
◇◇◇
唐突に消えた修也。
その時に彼の口から出た言葉。
(紫原君……なんで急に)
おかしい。
凛が最初に感じたのがそれだった。
指でチョーカーに触れるが締め付けるような感覚はない。
それはつまりこの辺りにスカアハの兵はいないということだ。
であれば修也が言葉もなく、人目もあるこの場所でアルカナを使うわけがない。
(なら、なんで……)
修也が消えたのを視界の隅にでも捉えたのだろう人々が騒ぎ出したが、ほぼ全員が何かの見間違いだろうと納得させてそれぞれの目的地へと向かう。
このままならば騒ぎもそう大きくなることはないはずだ。
そのことにひとまず安心したように凛は息を吐く。
(今から私もアルカナを……いえ、ダメね。
なにがあったかはわからないけど、たぶんもう終わってる)
影の国と陽の国では影の国の方が時間の流れは早い。
こうしている間に影の国では数時間は経っているおり、それだけの時間があれば勝敗はどうであれ決着が付いていない方がおかしい。
凛はそう考え至るとスマホを取り出し、修也へと電話をかける。
(紫原君……出て……!)
スマホを握りしめ、祈りながら呼び出し音を聞いていた。
少ししてその呼び出し音は途切れ、替わりに留守番を残すかどうかの機械音声が流れ始める。
「ッ、紫原君!」
バッと顔を上げた凛は辺りへと視線を飛ばした。
どこにいるかはわからないが、そこでじっとしている事は今の凛にはできなかった。
(探さなきゃ、探さなきゃ……!)
嫌だと思った。
母親を亡くし、それに続くように自分のことを認めてくれている存在を失いたくなかった。
今の凛にとっては1番の理解者は修也しかいない。
そんな彼を失ってしまえば自分はもう立ち直ることなどできなくなる。
凛は迷子の子どものように涙目になりながら修也の姿を探し始めた。




