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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり

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印象

 あれから時間は過ぎ、その日の夜。

 自室であとは寝るだけとなった修也は凛と通話していた。


「それで、何かわかった?」


「ぬか漬けが沼ってことかな」


「あのねぇ……」


 凛は眉間を抑えているのだが、通話越しではその姿が修也にわかることはない。

 自分を落ち着かせるように息を吐いた彼女は改めて問いかける。


「私のお母さん、紫原君から見てどうだった?」


「……正直な感想でいいんだよな?」


「もちろん。むしろそうでなきゃダメよ」


 修也は数秒思案したが、凛の言うとおり自分の感想を正直に言うことに決めて口を開いた。


「母親ってあんな感じなのかなって思った」


「母親らしい人ってこと?」


「わからない。

 だって俺はまともに母親と話したことないんだぞ?

 顔だって写真でしか知らないし、そんなんだから母親像なんてないし、比べようがない」


 凛はハッと息を飲むと罰が悪そうな声音で言う。


「……ごめんなさい。私のことばかりでそのことは考えてなかったわ」


「いいって、俺も覚えてないころだからさ。悲しさっていうのはないんだよ」


 修也の母親は物心着く前に病気で亡くなった。


 もしかすればまだ立つことすらできなかった時に「ママ」と呼ぶぐらいはしていたかもしれないが、母という印象が残るほど一緒に過ごしてはいない。


 誰かの母親、例えば透たちの母親とならば話したことはある。

 だが、どれほど親しくなろうともやはり彼らの母親であり自分の母親ではない。


 少し暗くなり始めた空気を変えるように修也は明るい口調で続けた。


「あとは、優しくていい人だなって思った。

 話しやすかったし、話してて楽しかったよ」


「みたいね。盛り上がり過ぎてて私たちはあまり面白くなかったけれどね」


「それは、うん。ごめん」


「まぁ、いいわよ。実際のところ私もそう思うし」


「なら、いいじゃないか。たぶん俺と桑田さんが持ってる印象は変わらないよ」


 真夢と話していた時のことを思い出しながら微笑んだ修也へと凛は次の問いを投げかける。


「もう1つだけ聞きたいんだけど、お母さんは紫原君に何か自慢をしたかしら?」


「自慢?」


 唸りながら頭の中で今日した会話を呼び起こす。

 1分弱ほどそうしていたが修也の頭にそのシーンが浮かぶことはなかった。


「いや、特には……そう考えると謙虚な人なんだな」


「その謙虚が過ぎてるからダメなのよ」


「そうか? 変に威張ってる人より印象良いと思うけど」


「あら、知らない? 謙虚も行き過ぎれば不快になるのよ。親なら尚更ね」


 例えば絵の腕であったり料理であったりと修也からしてみれば「すごい」と思ったところがある。

 たった数時間しか接していない修也たちでさえそれがわかった。


 親子であり共に過ごしてきた凛からしてみればもっとすごいところを知っているのだろう。


 しかし、真夢はそれを自慢することはなかった。


「ようはもっと自信を持ってほしいってことか……?」


「そうよ。でも、なかなかそうはなってくれなくてね」


 深いため息をついた凛は頭を抱えた。


 優しくて話も上手い。加えて世間一般的に連想される母親像にかなり近い人柄。


 真夢から得られる印象に凛と修也の間に差はない。

 だからこそ彼女は頭を悩ませるのだ。


 もっと別のいい面を見つけられればその悪い面を見なくてもよくなるかもしれない。

 そう思っていたが出てきたのは自分と同じ印象。

 それでは意味がない。


 もちろんそのことで修也を責めるような考えは微塵もない。

 ないのだが、それでも肩透かしを勝手に食らったように思って無意識に深いため息を吐くしかなかった。


「自信、か」


「そう、褒められても認めてくれないし」


 返されたその言葉に修也はわずかに違和感を覚えた。

 その正体を少し考え、答えを出した修也は提案する。


「……直接言うしかないんじゃないのか?」


「直接、お母さんに?」


「ああ、自分が嫌なことを言って話していくしかないんじゃなのか?」


 良い考えのように思ったがすぐに「それではダメだ」という答えを出した凛は首を横に振り、言葉を返す。


「ダメよ。ただでさえ自信がないのよ?

 否定なんかしたら余計に──」


「いや、違う。

 たぶん、だけど違う」


「……どういうことよ」


「自信がないんじゃない。怖いんだよ」


 真夢は自信がないわけではない。


 褒められた時は純粋に嬉しそうであったのに加えて、その言葉を素直に受け止めているように修也には見えた。


 そんな者が自分に全く自信がないというのは少し考え難い。

 しかし、それでも謙遜するのには理由があるのだ。

 その理由は恐怖だ。


「自分に出来ることがあるのが怖いんだ。

 出来るってことは誰にも頼れなくなる、ってことだ。

 人との繋がりを頼るってことでしか実感できないんだ」


「人との繋がりを実感したいから、自分は何も出来ないって謙遜してるってわけ?」


 誰かに守られることで誰かとの繋がりがあると実感できる。


 真夢自身は自分がどこまで出来るかを知っている。

 そして、その実力があれば1人で生活することができるということもわかっている。


 だが、それさ同時に孤独を生む。

 彼女は自ら作る孤独を人一倍恐れているのだ。

 だから自分だけでは何も出来ないと言い聞かせるように謙遜する。


「ああ、たぶん。おそらく……予想、だけど」


「急に自信をなくさないでよ」


「だって、数時間話しただけだぞ?

 俺はそういう資格があるでも勉強してるわけでもないし」


「そう間違ってないと思うし、私は納得できてるから良いのよ」


 修也の「そうかなぁ」という声に改めて頷いた凛だったが、もはや何度目かのため息を吐くとぼやいた。


「でも、ますます嫌いになったわ。

 繋がりのためだけに自分を小さく見せるなんて」


「そうかな。人の繋がりがないってきついと思うよ。

 例えばさ、透がいなかったらたぶん今こうして桑田さんと話すことはなかっただろうし、あってもずっと先のことだったかもしれないって思ってる」


「それは、そうかもしれないけれど……」


「たぶん、昔何かあったんだよ。俺には想像できないけどさ」


 修也の言っていることも理解はできる。


 孤独はそう簡単に克服できるものではない。

 真夢の過去になにがあったのかは知らないが、一度感じた孤独をもう一度感じたくないと考えての行動ならば少し理解はできた。


 だが、かといって納得できない。


 そんな凛へと修也は柔らかい語調で安心させるように言う。


「それにわかっていれば話すことができる。

 そんなことをしなくても誰も繋がりを絶たないって言えるだろ?」


「あっ……」


 修也のその言葉でようやく凛は気がついた。

 真夢は自分と同じ、ということに。


 誰かに期待された自分であり続けたのはなぜか。

 仮面をつけ続けていたのはなぜか。


 それは(ひとえ)に失望されたくなかったからだ。

 孤独が怖かったからだ。

 その方法は違えど人との繋がりを求めていたからだ。


 自分が真夢という母親に対して抱いていた苦手意識は同族嫌悪が元だった。

 今こうして彼女を理解しようとしているのもたった1人だが理解者がいるという安心感があり、孤独感が薄いからだ。


(そう、いうことね……)


 わかってしまえば理解できる。

 どうすれば良いのかもわかる。


 ならば後は行動するだけだ。

 小さく笑った凛は先ほどよりも数段明るい声と有無を言わせないような勢いで問いかける。


「……紫原君。明日空いてるかしら?」


「うぇ? 明日?

 え、ああまぁ空いてるけど」


「なら少し付き合って」


「え、えっと、待ち合わせはどうする?」


「天海駅に10時でどう?」


「わ、わかった」


「色々ありがと。おやすみ紫原君」


 そう言い残した凛との通話は途切れた。

 ツーツーと鳴るスマホを見て瞬きした修也はふっと小さく笑みを浮かべる。


 自分が彼女に何が出来たのか。

 それはわからない。おそらく今後もわかることはないだろう。


 だが、それでいい。

 なぜなら最後の「ありがと」という言葉は今まで聞いたどの言葉よりもずっと嬉しそうだということがわかったからだ。


「ま、何はともあれ良かった、のかな?」


 修也は背伸びをしてベッドに飛び込み、眠りに就いた。


◇◇◇


 そして、翌日。

 数時間前に修也と共に選んだケーキとプレゼントのネックレスを手にした凛は自宅の玄関扉の前にいた。


 不安はある。

 上手く話せるのかはわからない。


 でも、前へは確実に進む。


 凛は深呼吸を挟むと「よし」と小さく気合いを入れると玄関を開けて声を飛ばす。


「ただいまー!」


 緊張を吹き飛ばすように声を上げながら靴を脱いで廊下を歩き、リビングへと向かう。

 そのドアノブに手を掛けて開いながら中にいるであろう真夢へと言葉を飛ばしながらそれを開いた。


「お母さん、話……が、あ……る」


 そこにあったのは胸を包丁で滅多刺しにされ、血の池に浮かぶ自分の母親、真夢の姿だった。

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