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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり

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母親

 凛が住むタワーマンションはスクエア型と呼ばれる建て方がされている。

 建物の中央にはエレベーターと階段があり、それを取り囲むように外廊下、その廊下に沿うように部屋が並ぶような構造だ。


 そんなマンションの24階の角部屋、2403号室が桑田凛とその両親が住んでいる部屋である。


 彼女は迷うことなく玄関扉を開いて声を飛ばす。


「ただいま〜! みんな連れてきたわよ〜」


「はーい!」


 返事と共にとたとたとした控えめな足音、扉が閉まる音を連れて1人の女性、真夢が修也たちの前に現れる。


 凛に似た、それでいて彼女よりもずっと柔らかな雰囲気を纏いながらにっこりと微笑む。


「いらっしゃい。今日はよく来てくれたわね」


「は、はい。あの今日は──」


「立ち話もなんだし。ささ、みんな上がって。

 凛ちゃんから話を聞いててね。私それが嬉しくて」


 よほど嬉しいのか修也の言葉を遮ってまで真夢は言った。

 そんな母親の姿に恥ずかしさを覚えたのか凛は声を上げる。


「お母さん落ち着いて。みんな面食らってるから!」


「あ、あら、ごめんなさいね」


 纏う雰囲気は凛とは違うと感じていた修也だったが、照れたように笑うその顔を見比べれば2人が親子なのだと納得できた。


 真夢は凛に背中を押されながらも改めて「どうぞどうぞ」と修也たちへと部屋に上がるように勧める。


 3人はほぼ揃って「お邪魔します」と口にしてから廊下へと足を踏み出した。


 最初こそ、その外見や外廊下のシンプルでありながらもどこか高級感の漂う雰囲気から少々気圧されていた3人だが、部屋自体からはそういったものを感じなかった。


 たしかに広くはある。

 ホールや廊下自体もゆとりをもって作られているのもわかり、掃除も行き届いているのがわかるほどに輝いている。


 しかし、強いて言うならその程度だ。


 修也たちが廊下を歩いていた時に得た妙な違和感、それはリビングに入った瞬間に確信へと移った。


 リビングは広々とした空間を持っており、入ってすぐの場所にはダイニングキッチンとテーブルに椅子。

 その視線を左へとずらせばソファとテレビが目に入った。

 

 この部屋、少なくともリビングや廊下、玄関の雰囲気を表すのならば庶民的という言葉がピタリと合う。


 高価な家具や調度品はそこにはなく、一般的な家具店やホームセンターで見た記憶のある家具、突出して高いわけでもないテレビ。

 値段がよくわからないものといえばワンポイントのように飾られている絵画ぐらいなものだ。


「一応掃除はしっかりしたつもりだけれど、あまりマジマジと見られると少し恥ずかしいわね」


 半ば放心状態で部屋を見回していた修也たちへと真夢は恥ずかしそうに言った。


 その言葉に意識を現実に引き戻した修也は慌てて言葉を返す。


「い、いや、すごい綺麗に掃除されてて……ただ、イメージと違ったって言うか」


「イメージ?」


 聞き返す凛に修也は少し迷いながらも答えを口にした。


「こう、なんかもっと全体的に高そうというか……豪華なイメージがあったから、さ」


「うん。虎の毛皮とか鹿の頭の剥製とか」


「瑠衣ちゃんのそれは極道とかそっち系じゃないかしら?

 まぁ、それは置いとくとして、お父さんの趣味よ」


「そうなのよ。あの人ね、普段使いの物にそこまでお金をかける必要はないって言ってるのよ」


 セキュリティや道具類に関してはとことんまで求めるタイプだが、一転して他の家具になると途端にその熱量を失う。


 例えばこのタワーマンションに住むのはそのセキュリティや交通の便の良さがあるからであり、スマホやPCは仕事でも使うからだ。


「私も色んな機能があっても扱いきれないから同意見なのだけどね」


 その言葉に「たしかに」とそれぞれに相槌を打った彼らに真夢はリビングのソファを指差した。


「あそこに座ってテレビでも見てて。すぐにご飯用意するから」


「あ、私も手伝おうか?」


「ううん。下拵えは終わっちゃってるから凛ちゃんはみんなとお話ししてて」


 そう言った真夢はキッチンへと向かい道具を出し、料理を始めた。


 4人は彼女の言葉に素直に従いそれぞれソファに座る。

 そこそこいいものを使っているのだろうがやはり家で使うものとあまり差を感じない。


 修也のその感想は透や瑠衣も感じたようで落ち着くようでありながらもそれでいてそわそわとしていた。


「普通でしょ?」


「まぁ、そうだなぁ。もっとすごいものが置いてるって思ってた。

 マンションの見た目もなんかすごかったし」


「そう、だね。でも中は普通で少し驚いちゃった」


 瑠衣は自分の口から改めてその言葉が出たことでハッとしたかと思うと慌てて補足を始めた。


「あ、ち、違うんです。これはその、おかしいとか変っていうわけじゃなくてえっと……」


 慌てる瑠衣を見て凛は笑みを浮かべると首を横に振った。


「いいのよ。そういうイメージがされちゃう外観してるもの。そう思われちゃうのは仕方ないわ」


「でもこの部屋を見てお金をかければかけるほどにいい空間が作れるわけじゃないんだなって思ったよ」


「紫原君、良いこと言うわね。

 たしかにきちんと考えておけばオシャレにはなるし、機械ももっとたくさんのことが出来て便利にはなるわ。

 でもお金をかけて飾ることと毎日が快適になることはイコールじゃないのよね」


 そんな3人の会話を聞きながら部屋を見回していた透の目に止まったのは風景画だ。

 絵の具らしい色付けがされたどこかの海岸の絵を指差して凛へと問いかける。


「あの絵は? 廊下とかにも色々飾ってたけど」


「お母さんの絵よ」


「へぇ〜、上手いな」


「元々美術系の大学に行ってたらしいわよ。本人はあまり自慢したがらないけどね」


 透と瑠衣は興味深そうに相槌をうちながら別の絵を見始めたが、修也は凛の声音がいつもと少し違うように感じた。

 その感覚を言葉にするのならば嫌悪だろう。


(母親との距離、か……)


 修也はその言葉を心で呟き、視線を凛から絵画へ、そこから窓へと向けた。

 まるで綺麗な絵に描いたような青い空がそこにはあった。


◇◇◇


 少しして修也たちはダイビングテーブルについていた。


 タワーマンションでありながらも、室内は広さの違いだけで一般的なもので纏められている。

 そんな場所に住む者がどんな料理を出すのかと身構えていた3人だったが出されたの和食であった。


 綺麗に炊かれた白米、サバの味噌煮と卵焼き、肉じゃがに味噌汁、加えてナスとキュウリのぬか漬け。


(((ふ、普通だ……!)))


 特別珍しいような料理はそこには並んでいない。

 手間はかかるがどの家庭でも作ろうと思えば作れるメニューだ。


 しかし、そのシンプルさゆえかどれも丁寧に作られているのは盛り付け方から察せる。


「さぁ、冷めないうちに食べちゃって」


「えっと、いただきます」


 修也が手を合わせながら言ったのに続いて透、瑠衣、そして凛が言い、それぞれ並べられたメニューに箸を入れる。


 目を見開いたのは真夢の料理を食べ慣れていない3人だった。

 味噌煮を口にした透がポツリと感想をこぼす。


「美味しい……」


「ふふっ、お口に合ったようでよかったわ」


 少し緊張をしていたのか息を吐き、安心したような笑みと共にその言葉は言われた。

 その間に修也が次に箸を伸ばしたのは漬物だった。


「ん、これも美味しい……」


 漬物に合わせて白米を食べた修也はそれらを飲み込むと真夢へと問いかける。


「あの、この漬物って自家製ですか?」


「ええ、そうよ。よくわかったわね」


「時々買ってるものと味がかなり違ってたのでなんとなく……。

 うちでも作ろうかなって思ってるんですけど、何かコツってありますか?」


「んー、そうねぇ。捨てぬかと毎日混ぜることかしら?

 あとは気温ね。25℃ぐらいがちょうど良いわよ」


「なるほど……」


 ナスのぬか漬けを食べ、舌鼓を打つ修也へと真夢は嬉しそうに提案した。


「よかったら床分けをしましょうか?」


「え!? いいんですか!」


「ええ、もちろん」


「いただきます! ぬか床って1から作るの難しいですから」


「そうなのよねぇ。私も最初は苦労したわ……」


 そこから修也と真夢の話は料理話へとさらに広がっていくのだが、残った3人のうち瑠衣だけがその内容に付いて行っていた。


 完全に置いていかれ、話をする相手がいなくなった透は凛へと視線を向けて声をかける。


「なんか、すごい盛り上がってるな」


「そう、ね……」


 修也は今日なぜ自分が呼ばれたのかを覚えているのか、凛は少し心配になりながら見ていた。


 しかし、そんな事情を知らない透は彼女の視線を別の意味で受け取ったようでにんまりとしながら問いかける。


「嫉妬か?」


「……違うわ。ただ──」


 ちらりと見た修也は未だ楽しそうに真夢といつの間にか加わった瑠衣と話し込んでいるため、凛の視線に気がつくことはないだろう。


(──忘れてないわよね。今回の目的)


「ただ?」


「いや、なんでもないわ」


 そう答えた凛は何でもないような顔で漬物を齧る。


「こういうの、好きなんだ……」


 小さくその言葉を口にして凛は箸をさらに進めた。

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