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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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初陣

 ポツリと呟かれた修也の言葉にダインは満足気な様子を一切隠すことなく告げる。


「ええ、そうですとも。この影の国での姿がそちらです。

 ナンバーは(8)、名前は……まぁ、お好きなようにお付けください」


 その言葉と段々と薄れていく痛みについて今の修也が気にする余裕などなかった。


 鋭く尖った指先と籠手がある左腕と女性のようなしなやかさと柔らかさを感じられる右腕を見つめる。

 左右で少し手の大きさが違うが動かす感覚に不思議と差はない。


 足も同様だ。

 左脚側部には鎧を思わせる大きめの甲殻がありそれに合わせて足のサイズが違うが不思議と立つという感覚には差を覚えない。


 姿鏡で変わった姿をまじまじと見ている時に後ろを向いたところで腰部にナイフシースがあることに気づく。


 明確な武器があることで「この姿が戦うためのものである」というものを裏付けているように修也は感じた。


 ナイフの柄に右手を置いたところでダインの声が意識を引き戻す。


「早速、現れましたよ」


 言いながら指差した場所は修也の右側。そこにはフェンスを背にして人影がいた。


 形としては人なのだがその輪郭は炎のように揺れているためおぼろげでどこか幽霊をイメージさせる。

 剣を中段に構えるそれから感じるのは明確な殺意だ。


「あれがスカアハの兵士です。

 一般的な兵士ですので、今のあなたにとってはちょうど良い相手でしょう」


 名称は【ソルジャー】。

 スカアハ兵の中でも一般的なもので単体での戦闘能力はたしかに高くはない。


 しかし、そんなことは修也は知り得ない。

 そのために言葉を荒げる。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!

 それって戦うってことだろ? 俺は戦い方なんて知らない!」


「ええ、あなたは知らないでしょう。ですがその姿、体は知っています。

 武器を取り、戦うことを意識するのです」


 よく分からないが目の前に敵がいるのは間違いない。

 ダインに援護なりして欲しかったが、後ろに下がりきっているあたりからそんなことは望めないだろう。


(1人でやれる? いや、やるしかないだろ!)


 修也は腰のナイフシーフから短剣を取り出し、逆手に構えた。


 瞬間、体が勝手に動き出した。


 そこには「こう動くべきだ」という思考はあるが、その中には動き出せたことに驚く自分もいるためそのような言い方をするしかない。


 ともかく修也は勝手に組まれた行動を忠実にこなす。

 手始めにダインが残していた姿鏡を雑に掴み、投げ飛ばした。


 ソルジャーは飛んで来たそれを軽く切り裂いたが、そのせいでほんのわずかに意識と視界から修也を消してしまう。

 そのことに気がついた時にはすでに遅かった。


 スライディングしながら近づいていた修也は短剣で隙だらけの胸を切り上げながら跳んだ。

 続けて空中で短剣をくるっと回し、順手に持ち替えると落下しながら頭部を切りつけた。


 衝撃でぐわりと揺れるソルジャーの頭を鷲掴みにすると勢いよく放り投げる。


 ただ投げた。

 修也の感覚としてはその程度だったが、投げられたそれはフェンスを易々と破り空中へとその体を舞わせる。


(えっ!? ちょっ!)


 修也が驚いたのはさも当然かのように体がそのソルジャーを追いかけ始めたからだ。


 このままでは自分も飛び降りることになる。

 止めようと信号を送ったがその時にはもう手遅れだった。


 体は迷いなく屋上の床を蹴り飛ばすとフェンスを軽々と越える。


「ひッィ!?」


 情けない声を上げながらも修也は宙に舞うスカアハ兵へと足を押し付けながら地面に落ちた。


 辺りに「ドンッ!」という大きな音が響き、続いて広がる土煙の中から飛び出してきたのは夕焼け色の甲殻を纏う修也だった。


 難なく地面に着地したが、彼の心境はそれと真逆。

 それを表すように四つん這いになり叫ぶ。


「こ、怖っ!? なんで跳んだんだよ今!」


 なぜ跳んだか。疑問に思うと同時に思考は理解していた。


 理由は2つある。

 1つは屋上に現れたソルジャーを確実に仕留めるため、もう1つは修也へと近付いてくる増援、3体のソルジャーを倒すためだ。


 それらの気配を察した体の訴えに修也は立ち上がり、短剣を逆手に構える。


「くそ! わかったよ! やればいいんだろ!」


 修也は吐き捨てると同時にもはや跳ぶような勢いで地面を蹴った。

 その勢いはまさに矢というにふさわしい。


 一息で先頭を歩いていたソルジャーへと接近、通り過ぎざまに脇腹を切りつけたかと思うと急ブレーキと同時に半回転。

 口の辺りを左手で抑え、軽く顎を上げさせると無防備になった喉へと短剣を突き刺した。


 それを流れるようにボウガンを持つソルジャーへと放り投げる。

 投げられた亡骸を受け止めるようにソルジャーは倒れた。


 遠距離武器を持つ存在の行動を止めた修也の体はターゲットを槍を持つ個体へと変更。


 すぐさま短剣を順手に持ち替えるとその刃を左腕の籠手に擦り付ける。

 金属同士が擦れ合う甲高い音を響かせたのもつかの間、短剣の刃が伸びて長剣に変化した。


 自分の体がしたその行動と訪れた変化に感嘆の声を漏らす修也。

 まるでそれを黙らせるかのように体は一直線へとソルジャーへと向かう。


 相手も一般的とはいえ兵士。

 修也が近付くのを見るや否やその槍を突き出した。


 だが、それはただの刺突。今の修也を捉えるには数秒遅い。

 現にソルジャーが放った一撃は彼の剣により弾き飛ばされ、ちょうど心臓があるあたりを修也の刃が貫いていた。


 力を失ったそれから剣を抜き取り雑に投げ捨てると、立ち上がってボウガンを構えているソルジャーへと向かう。


 接近する彼を迎え撃つためにその影はボウガンのトリガーを引いて杭を放った。


 それは左腕の甲殻に弾かれただけで修也の体を貫くことはおろか傷を負わせることすらできない。

 もはや攻撃する能力を失ったボウガンの杭は宙を舞う。


 そして、それが地面に触れるよりも速くボウガンを構えていたソルジャーの首が切り落とされた。


 杭が落ちる音、それに続いて体が倒れ、さらに首が落ちる音が響く。


 それが戦闘終了の合図だったようで感じていた妙な緊張感は消え去った。


「終わった……か」


 しばらく辺りをキョロキョロとしていたが何かを見つけることはなく、何かを感じることもなかった。


 ようやく確信できた戦闘の終わりに修也は腰を落としながら大きく息を吐く。

 そんな彼へと後ろから拍手と共に賞賛の言葉が向けられる。


「見ていてとても心強い見事な戦闘でしたよ」


「お前、本当に何もしないんだな」


 オブラートに包むことなく向けられた容赦ない言葉にダインは嬉しそうなものから悲しそうなものへと面を変える。


「何もしないのではなく、出来ないのです。

 私はそういう訓練を受けていませんし、受ける余裕もありませんから」


「ああ、そう……」


 修也はそう雑に答えるのが精一杯だった。

 肉体的な疲労はあまりないが精神的な疲れが今になって現れたのだ。


 多少慣れ始めてしまっているが、この姿だと感覚がいやに鋭くなっている。

 これでは落ち着きたくとも落ち着けない。


 そう感じた修也の頭に1つ疑問が浮かんだ。


「あれ? これ、どうやって解除するんだ?」


「ああ、それはうなじの辺りを3秒触っていれば戻りますよ」


 ダインの答えに雑な返事をして修也は右手をうなじへと伸ばす。


「しかし、お気を付けを。陽の国と影の国の場所はリンクしています」


 慌てて伸ばしていた手を止めるとダインへと視線を向ける。


 そして、自分の中で噛み砕いたものが正しいかどうかを確認するために口を開いた。


「それってつまり、ここで解除するとグラウンドに放り出されるってことか?」


「ええ、さらに陽の国と影の国は時間のズレ、正確には影の国が圧倒的に早いのです。

 なのであなたはなんの前触れもなくその場に現れたように見えます。

 加えて、その地面を」


 ダインが指をさした場所はグラウンドの地面。

 そこにあったのは人間の肩幅程度の黒点だった。


「……あれ、まさかあの場所には人がいるってことか?」


「ええ、そうです。ご理解が速く助かります」


 喜んだような面に変えて答えたかと思うとすぐに楽しそうな面へと戻してダインは続ける。


「時間のズレはさしたる問題ではありません。

 大きな問題は陽の国と影の国は互いに影響し合うということです」


 影の国で壊れたものは陽の国、つまりは修也が普段過ごす世界でも壊れる。

 そして、それは当然そこにいる人間にも当てはまるのだ。


「この影の国の黒点と陽の国の人間とはリンクしています。

 例えば、人がいるその黒点を明確な意思を持って潰してしまえば……」


「まさか……」


 修也が理解したことを反応から察したダインは小さな笑みを挟む明るい声音で告げる。


「どう力を使おうが私たちとしてはスカアハやその兵士たちと戦ってくだされば問題はありません。

 ですがまぁ、面倒な事件を起こしかねませんので乱用は控えた方がよろしいかと」


 ダインの面は声と同様に楽しそうなものだった。


 そのわかりやすいほどの語調と不気味なほどに楽しそうな笑顔の面が合わさり、最後のダインの忠告と煽るような言葉は修也の耳に強く残った。

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