招待
よく晴れた月曜日。しかしそこには憂鬱なものはない。
なにせ祝日、世に言うゴールデンウィークだ。
加えて気持ちの良いほどの青空が広がっていれば外に出る人も自然に多くなる。
そのことは電車がよく表していた。
席は満席に近い状態でつり革に掴まっている人がまばらだがいる。
そんな車内には修也、透、瑠衣の3人はいた。
椅子に座る瑠衣の目の前に立つ透がどこか感慨深げに口を開く。
「いやぁ仲直りできてよかったなぁ」
「ああ、そうだな。
まぁ、喧嘩じゃなくてなんかこう、話し難いって感じだったんだけどな」
「どっちでもいいだろ? どっちにしろ変な空気だったのは変わらないんだしな」
「……まぁ、そうだな」
電車の席に並んで座る修也と透は笑い合った。
そんな2人の顔を交互に見た瑠衣は恐る恐ると言った様子で修也へと問いかける。
「あの、本当に良かったんですか?
修也さんだけじゃなくて私たちまで桑田さんの招待を受けちゃって」
「うーん。良い、と思うよ?
少なくとも桑田さんはむしろ歓迎するって言ってたし……。なんかお母さんが張り切ってるらしいよ」
「なら、いいのかな?」
「いいんじゃないか? 満足してもらえるかどうかは別としてとりあえずお土産も買ったし。たぶん」
2人の言葉を受けた瑠衣はお土産のクッキーの箱が入った紙袋を抱えて「そうだね」と笑った。
今彼らが向かっているのは博部駅。より正確にはその駅の近くにある凛の家だ。
今日は彼女の家で昼食をご馳走になる予定になっている。
突如として彼女の家へと向かうことになった経緯は一昨日の昼間に遡る。
◇◇◇
買い物をしていた修也は遭遇したソルジャーと戦闘を繰り広げていた。
数は6体。遠近バランスよく組まれた部隊だったが、今更ソルジャー程度に苦戦することはない。
それを表すように修也は擦り傷をいくつか受けながらも苦労することなく残り1体まで数を減らしていた。
その残ったソルジャーの後ろに回りこむやいなや顎を軽く上げさせると喉元に短剣を突き刺す。
力がなくなったことを修也に示すようにソルジャーは四肢をだらんとさせた。
抵抗するどころか自重すら支えることができなくなり、ずんと重くなったソルジャーから彼は手を離した。
何事もなくそれが倒れるドサッという音を耳にしながら修也が見つめるのはアシンメトリーの自分の両腕。
いつ見ても縁の色は白から変わる気配はないがそれに焦ることはなくなっていた。
それどころか半ば諦めのようなものすらをも感じながら短剣をしまった時のことだった。
「精が出るわね」
突如声が聞こえた。
聞き慣れた声の方へと向きながら修也はその声の主の名前を呼ぶ。
「桑田さん。まさか近くにいたなんて」
「あ、勘違いしないでね?
私が来た時にはもう紫原君がそれの首に剣を突き刺してたのよ?」
「疑ってないさ。桑田さんなら普通に援護してくれるって俺は信じてるしな」
「そ、そう……? なら、まぁ、うん」
相変わらずのストレートな好意に凛は修也から少し視線をずらした。
彼女のアルカナの頭部はバイザーであるため視線の動きは他人からはわからない。
そのため、修也は躊躇うこともなくいつもの口調で問いかける。
「そういや俺は買い物だったけど、桑田さんはどうした?」
「ん、お父さんとお母さんと晩御飯食べに行ってる途中。
ほら、ちょっと歩いたところにホテルあるじゃない?
シェラ・グランド・ホテル」
修也は「あ〜」と唸ったがそこであることに気がついた。
彼女の口から出たホテルは所謂高級と呼ばれる場所であり、当然中にあるレストランも良い値段をしている。
反射的に「すごいな」と漏らした修也へと凛はなんでもないように答える。
「まぁ、お父さんの知り合いがいるってだけよ」
「頻繁に行ってるわけじゃないのか?」
「そう、ね。月1とかそれぐらいかしらね」
「いや十分だろ、それ。うちは自炊だぞ?
時々ファミレスとかチェーン店に行くぐらいで」
「私にとってはそっちの方が羨ましいわよ」
さらりと凛の口から出た言葉には謙遜の色はまるで見えない。
本心から羨ましいと思っているのだと修也は確信に近いもの感じた。
「隣の芝生は青く見えるってことか」
「どうかしらね……」
自嘲気味に笑った凛はふと思い立ったように「あっ」と声を漏らすとそのままの勢いで修也へと提案を投げかける。
「私のお母さんと会ってみない?」
「桑田さんの? なんで?」
「紫原君の感じ方を知りたいの。私はお母さんの嫌いなところにばかり目がいっちゃうから。
他の人なら良い面を先入観なく見れるって思ってね」
「それは、まぁ別にいいけど。また急にどうした?」
凛の自殺の原因は課せられた期待に律儀に答えようとする自分を演じる恐怖。
本来の自分を失うかもしれないという恐怖が原因だった。
それを彼女に感じさせるものには家庭環境があるのだろうということは修也も察している。
だからこそ疑問が浮かんだのだ。
自分が凛の母親を見て、その印象を語ったところで彼女たちの確執をどうこうできるとはとてもだが修也には思えなかった。
「思い出したのよ。私ってお母さんとは喧嘩をしたことないなって」
「喧嘩って……しないならしない方が良いだろ」
「そうでもないわよ。安心して喧嘩、話し合うことができる距離感って必要だと思うわよ?」
修也は少し眉を寄せて「そういうもの」かと自分に当てはめようとした時、凛が続けて言う。
「結果、良いか悪い方向に行くか、悪い方向に行くかは別として変わりたいのよ」
はっきりとした物言いに修也は少し驚いていた。
なぜ急にそんなことを言い出したのかはわからなかったが、なにか自棄になった結果出たものではないということはわかる。
「……わかった。この間、俺の相談にも乗ってくれたしそのお礼だ」
「ありがとう紫原君」
「あ、透たちも誘っていいか?」
「ん? 透君と瑠衣ちゃん?
んー、まぁ、紫原君がちゃんとお母さんを見てくれるならいいけど」
「よかった。2人とも俺のこと心配してくれててさ。
もう大丈夫ってことを言いたくってな」
もし人間の顔であれば気恥ずかしそうな笑みを浮かべているであろう語調で凛は納得したように「ああ」と呟いた。
続けて微笑みで少し揺れる声で言う。
「そうね。お礼はしっかり言わなきゃね」
そうしてその日のうちに日程が組まれて祝日の月曜日へと繋がる。
◇◇◇
博部駅から歩いて10分ほどの場所にそのマンションはあった。
「「でっか……」」
マンションを見上げながら修也と透が揃ってそんな感想を口にしていた。
それは所謂タワーマンションと呼ばれるもので25階まである。
住宅街や10階前後のマンションに見慣れている2人にしてみればその高さには圧倒されるしかなかった。
「すごい……本当にお金持ちなんだね。桑田さんの家」
2人ほどではないが感嘆を込めながら瑠衣が呟く。
その声が耳に届いたタイミングで修也は視線を下げてマンションの中央出入り口へと向けた。
「と、とりあえず、行くか……」
修也が先頭で入ったマンションのエントランスには正面に自動ドア、その左に部屋の番号を入力するコンソールがあり、向かい側には宅配ボックスがあった。
「えっと、たしか部屋は2403っと」
部屋番号を入力し、呼び出しを押されたコンソールは待機音を少し挟んだ後に凛の声を響かせる。
「あ、みんな来たね。ちょっと待ってて、すぐに降りるから」
ブツンと音が途切れてから3分ほど経った後、エントランスの奥からラフな格好の凛は3人へと出迎えの言葉を向けた。
「よかった。迷わずにこれたわね」
「そりゃ地図も送ってもらえたからな」
「流石に迷いようがないよなぁ」
修也と透が交わす言葉に「そうね」と微笑みながら相槌を打つ凛へと瑠衣が声をかける。
「あ、あの、今日はありがとうございます。私たちまで招待していただいて」
「いいのよ。そうかしこまらなくても……あ、それお土産?」
「は、はい。つまらないものですけど」
おずおずと出されたそれを喜んだように声を弾ませながら凛は受け取った。
「嬉しいわ。ありがとう。
それじゃ、みんな私についてきてね」
凛の案内のもと修也たちはマンションの24階、さらに一番奥の部屋へと向かった。