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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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自問(下)

 瑠衣はソファで体育座りをしてその膝の上に顎を乗せてテレビを見つめていた。


 今流れているのはバラエティ番組。何かの企画で珍しいものでも見つけたようで感嘆の声が上がっていたが、そんな内容など今の彼女にはまるで入っていない。


「へぇ〜、すごいな。絶滅危惧種だってよ」


 そんな瑠衣のかわりと言わんばかり言った透はソファの背もたれの部分に両肘を載せている。


 風呂から上がったばかりの透は首にタオルを掛けながらそのテレビを興味深げに見ていた。


 瑠衣はリラックスしている透をちらりと見ると再び視線をテレビへと戻した。

 それと同時に声が向けられる。


「桑田さんとなんかあったか?」


「……なんで?」


 ひとまず即答で否定されなかった辺りから取っ掛かりがあることを感じた透は彼女にバレないように息を吐いた。


「俺たちと分かれて桑田さんと先に音ゲー行ってたろ?

 その前まではいつもと変わらなかったのに、合流した時にはなんかいつもと違ってた」


「そんなことは──」


「あった。そりゃゲームは普通にしてたし映画を選ぶ時もそうだったけど、さ。

 でもやっぱりいつものお前じゃなかった。修也だって気がついてる。ってか修也が真っ先に気が付いていたよ」


 瑠衣は口を噤む。

 言葉を選んでいるのか、そもそも言うか言わまいかを悩んでいるのだろう。


 そう感じた透は瑠衣の頭を軽くポンポンと叩くと作り置きの麦茶を飲むために冷蔵庫へと向かう。


 兄として心配ではあるが話したくないと言うのなら無理に効き出すつもりは透にはなかった。

 修也も絶対にそれで納得してくれるという確信がある。


 それでもあの問いを口にしたのは彼女にとっての兄である自分や想い人である修也が心配しているということだけは知っていてほしかったからだ。


 何かあれば手助けとまでは言えずとも話を聞くぐらいはできる者がいると伝えておきたかった。


「ねぇ、お兄ちゃん。話したいこと、あるんだけど」


 それは意を決して口に出された声だ。

 彼女が修也が好きと自分に明かした時と同じ口調。


 生唾をコップに注いだ麦茶と共に飲み込んだ透は息を吐くと「よし」と呟き類の元へと戻った。


 リビングに戻った透は瑠衣から少し離れた位置でソファに腰を落とした。


「……昼間、お兄ちゃんたちと分かれてる時に私聞いたんだ。修也さんのことをどう思ってるのか」


「そりゃ、またド直球に聞いたな。んでその答えは?」


「ただ図書委員の仕事で一緒にいるだけだって。これから先はわからないけど今はそういう気持ちは持ってないって言ってた」


「あいつも似たようなの昨日言ってたなぁ」


 昨日の昼休みの時にした会話を思い出していた透だったがそこでふと思い留まる。


 聞いた限りでは2人とも互いに相手のことを友人と認識しているようだ。

 もちろん嘘をついているという可能性もあるが、今はわかっている情報で状況を組み立てる方が先決。


 しかし、現状から考えると多少なりとも瑠衣が焦る理由はわかるが、ここまで思い詰めるような必要はないはずだ。


 そんな疑問に答えるように瑠衣は口を開いた。


「その後に『私はたぶん彼と釣り合えない』って言ったの」


「ん? ちょっと待て。“私は”ってことは、あいつが釣り合わないんじゃなくて自分が釣り合えないってこと、でいいんだよな?」


「うん。たぶん。

 なんとなく言い方とか顔とかそんな感じだった」


 補足をした瑠衣の言葉に透は唸る。

 住んでいる場所的に家は所謂裕福層と呼んでもいい存在だ。

 だから修也が釣り合わないということであれば納得はできる。


 しかし、違う。

 凛は“自分が”釣り合わないと言ったのだ。彼ではなく、自分の方が足りていないと。


(謙遜、とかか? そんな謙遜するタイプ、なのかな?)


 透が首を捻る隣で瑠衣はもう1つのことを頭に巡らせていた。


(でも、あの顔はなんか──)


 そのことを話さなかった理由は上手く言葉にできなかったからではない。

 ただ全てが感でしかったのだ。


 彼女は何も言っていない。ただ瑠衣という少女がなんとなくで感じたものだ。


(──警告? ううん。それも少し違うかも)


 それからあの言葉を言った時の凛の顔を瑠衣はもう一度思い浮かべる。

 そこでようやくその答えに辿り着いた彼女は透にも聞こえないように小さく呟く。


「まるで、なにか怖がっているような?」


◇◇◇


 スマホから流れる透の話を聞き終えた修也は安心したように少し柔らかい声音で確認を投げる。


「なら、なんともないんだな?」


「ああ、たぶんそう見ていい、と思う」


「……? なんだよ。なんか自信なさげだな」


「あー、うん。なんというかまた別の謎が生まれたっていうかなんというか」


 いまいち要領を得ない物言いに修也は問い詰めようとしたが、まるでそれを遮るように透がいち早く口を開いた。


「それよりさ。お前の方はどうだった?」


「どうだったって?」


「桑田さんにゲーセンのこと聞くって言ってただろ。

 なんだ? 駅で話したんじゃないのか?」


「あ、あー……」


 修也は「しまった」と頭を抱える。

 その話を切り出す前に半ば喧嘩別れのようになってしまったのだ。


 当然話など聞けていないし今の今まで頭から綺麗に抜け落ちていた。


(ダメだな。ずっとこれじゃ……)


 自責の言葉を自身に投げかけた修也は息を吐くと話をでっち上げることにした。


 瑠衣のことがあったばかりで自分までも彼に心配させるわけにはいかない。そう思ったからだ。


「ちょっとあの映画の話で盛り上がっててな。聞くタイミングをなくしてな」


「らしくないなぁ。まぁでもわかる! いややっぱりあれはさぁ──」


 それから始まった透の言葉に適度に返事をしながら修也は今更ながらに自覚した。

 この当たり前の色彩豊かな日常の裏では白黒の戦場がある。


(なら、そこにいる人。そう、父さんや透、瑠衣ちゃんを守るために……)


 だが、杭のように突き刺さった凛の言葉が再生された。


『私を戦う理由になんてしないで……』


 その言葉が修也が掴もうとした答えの輪郭をぼやけさせる。

 あれは否定ではなく、もっと別の意味合いがあったのではないか。


(もっと別の意味……)


 桑田凛という少女にはあり、紫原修也という自分にはないもの。

 それを心の中で問いかけたが、答えはすぐに浮かんだ。


(俺が、他の誰でもない俺自身のためだけに戦えるような理由?)


 結局のところ彼女は自分のためにアルカナを使っている。

 おそらく他の誰かが死のうとも彼女は気にすることはない。


 そこまでするほどに本当の自分というものが大事なのだ。

 どれほどの苦境にあろうとも戦えるほどに彼女にとっては大切なのだ。


(そこまでのものを俺はまだ見つけられていない)


 今自分が立っている場所、しっかりと掴んでいるものを確かめた直後に透の声がスマホから届く。


「ん? 修也、聞いてるか?」


「ああ、聞いているよ」


「……なら、いいんだ。それでな──」


 さらに話を少し続けた後、修也は透との通話を終えた。

 それからもずっと自分の戦う理由を自分へと問い続けながら半ば無理やりに眠りについた。

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