発見
包まれていた静寂を破ったのは修也のどこまでも大きな深いため息だった。
「はあぁぁぁぁ……」
多大な緊張感から放たれた彼は今までで1番大きいと言ってもいいほどの安堵の声を漏らすとゆっくりと剣を抜き取り、後退。
その剣を雑に投げ置くと腰を落とし、そのまま仰向けに倒れた。
続いてまるで彼の戦闘意思がなくなったことを示すように赤になっていた縁取りの色が黄色へ、そして白へと移り変わった。
そんな修也を見た凛も体の力を抜くように息を吐くと戻ってきた車輪を両肩で回収、同じく戻ってきていた巨大な車輪を受け止めた右の装置は腰後ろにしまいながら歩み寄る。
「お疲れ様、紫原君」
「ああ、桑田さんもお疲れ様」
答えながら修也は上半身だけを起こした。
かなりマシにはなっているがそれでもまだ全身に走っている倦怠感や痺れのようなものは残っている。
それを悟った凛は少し会話をして互いの時間を潰すことにして口を開いた。
「紫原君のアルカナ、あんな力があるなんて」
「俺も驚いてるよ。正直……ってあれ? 色が白になってる」
アーチャーに剣を突き刺すまでは縁取りの色は間違いなく赤だった。
しかし、今は白となっている。
困惑しながら首をかしげる修也と共に唸っていた凛はふと至った感想を口にした。
「そういえばあれね。今見るとなんか力がないように見えるわね。
こう、やる気がないっていうか、疲れてるっていうか」
「やる気……そういえば戦おうって決めたら黄色くなったし、あいつを倒そうって思った時には赤くなった、ような気がする」
しばらく両手を見つめていた修也は先ほどまで行っていた戦闘を思い出す。
それからふと視線をあげると商店街の店、そのガラス戸が目に入り、そこに映る自分のアルカナの姿をまじまじと見つめた。
改めて見つめることで頭にその答えが浮かび口をつく。
「そうか。戦意、いや意思だ!」
「どうかしたの?」
「アルカナの8、力は筋力とかそういう意味じゃなくて精神力を表してるって聞いたことないか?」
「ええまぁ、そりゃ聞いたこ……あ!」
彼らの予想が正しければアルカナはタロットカードのデザインを元にしている。
そして、凛のアルカナを見るにその能力もまた同じようにモチーフとしている可能性が高い。
「そう、たぶんこれが俺のアルカナの能力なんだ」
「意思によってその能力が変わるってことね……。
強そうなようでその強さを維持するのは難しそうね」
「たしかに。白い時と赤い時ですごい差があるし」
「とりあえず、今は黄色を維持できるように頑張っていきましょ」
言いながら凛は修也の前に手を差し出した。
「ああ、そうだな」
修也はその手を取り彼女に引っ張られながら立ち上がった。
そうして一息をつく。
(そうだ。勝たなくてもいい、死なないために俺はこの力を使うんだ)
彼は自分へとその言葉を向けるとアルカナを纏った場所へと戻った。
◇◇◇
昼食を食べた後に修也たちが向かったのはボーリング場でもカラオケ店でもなく、映画館であった。
理由は単純で透が修也たちがどことなく疲れていることに気がついたのだ。
瑠衣の様子も少しおかしいということもあり、透はゆっくりできる場所をということで映画館に行くことを提案して今に至る。
「んー、なに見るかなぁ」
呟いた透の前には映画館に並べられたポスターがある。
当然、透が考えていることなど知らない修也はジト目で問いかける。
「お前が急に映画館に行きたいって言ったんだろ。
それってなんか見たいのあったからじゃないのか?」
「あー、まぁ、思い違いっていうか。たぶん先週で終わってたんだろうな。悪りぃ」
「俺はいいけど。なら、なんか見たいのあるわけじゃないんだな?」
「そう、だな。2人はなんか見たいのあるか?」
透から話を振られた瑠衣と凛はポスターを一通り見回すとほぼ同時にそれを指差した。
それを見た2人は一瞬だがたしかに表情を固まらせる。
理由はたった1つ。それがサメ映画だからであった。
もちろん面白い作品があるのも2人は知っているが、今彼女たちが指しているのはZ級すれすれとまで言われているものだ。
「……え、本当にあれか?」
「うん。なんか面白そうじゃない?」
「瑠衣ちゃんはなんで?」
「クラスメイトが面白くないって言っててそれで逆に興味が湧いてきちゃって」
修也と透は互いに顔を見合わせるとポスターを一瞥、それから凛たちを見ると再び顔を見合わせて覚悟を決めた。
「よし、行くか」
「あ、ああ。そうだな。実際はすごい面白いかもしれない」
それから約2時間後、修也と透はげっそりとした様子で凛と瑠衣は笑顔で感想を言い合いながら劇場から出ていた。
◇◇◇
もう辺りが夕陽に染まり始めた頃、透たちと別れた修也と凛は駅でそれぞれの電車を待っていた。
「すごい映画だったわね」
「ああ、ほんっとにすごい映画だった……」
嬉々として話す凛に対して修也の声に元気はない。
小さく息を吐き、その映画を思い出した修也は改めてその感想を口にする。
「ツッコミどころしかなくてすごい疲れたよ」
「でも、楽しかったでしょ?」
その問いかけには素直に頷くしかなかった。
たしかに疲れはしたが悪い気はしなかったからだ。
少なくとも昼間に死にそうになりながら戦った時よりはずっと心地良い疲労感だ。
「ああ、そうだな。うん、楽しかったよ。もう二度と見ないけど」
小さく笑った修也に釣られるように凛も笑みを浮かべると視線を線路の方に向けて口を開いた。
「初めて話した日に少し思ったことだったけどね。
紫原君は……もう戦うのはやめた方がいいと思う」
唐突に切り出されたそれに修也は目を見開き凛を見た。
彼女もそれは分かっているがそれに視線を返すことはない。
「2人ともとてもいい人だわ。
透君は紫原君が疲れているのを悟って映画館に行こうって言ったし、瑠衣ちゃんは……うん、とても優しい子だし」
無言で聞き続ける修也に凛は続ける。
「私と違って紫原君には紫原君の場所がある。
わざわざ戦う必要なんてない。苦しむ必要なんてない」
修也と凛の決定的な違いはそこだ。
今の彼を認め、好意を向ける存在がある。
彼にはこの世界にたしかな居場所があるのだ。
そもそも修也は本気で死のうとしてアルカナを得たのではない。
ほんの一時の迷い、偶然手に入れてしまった力であり、偶然入り込んでしまっただけだ。
凛も偶然ではあるがその前の意識はまるで違う。
「そう、かもな。いや、そうなんだろう」
「ならーー」
「でも俺は戦うのはやめない」
「……ッ、なんで」
そこでようやく彼女は修也へと視線を向けた。
彼ははにかみながらそれに答える。
「誰かが戦っているのを知ったんだ。見て見ぬ振りなんてできない」
それを受けた凛は修也から表情み隠すように俯くと拳を握りしめる。
そして吐き出すように言葉を口にした。
「私を、私を戦う理由になんかにしないで……」
彼女の言葉の後を追うように電車が駅に到着した。