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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
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変化

 修也とファイターの戦闘には防御や回避という概念が丸ごと抜け落ちたかのようなものだった。


 回避をするのならばその足で前へと踏み込み、防御をするよりもその一撃を相手へと打ち出す。


 戦況としては少し修也が押している程度。


 修也が放った右の拳がファイターの側頭部に入り、その頭部を揺らす。

 ふらつくその隙に左膝で腹部に追撃、さらに左拳を突き出そうとしたがそれを遮るように左肩にファイターの拳が打ち付けられた。


 衝撃で後ずさる修也へとそれは攻撃を続ける。

 左右の拳から放たれるラッシュは的確に彼のボディを捉え、ダメージを与えていく。


 しかし、今の彼を完全に倒しきるには決め手に欠ける。

 そしてそれは攻撃を返す修也も同じだった。


 たしかに力は増している。現に一撃一撃入れる手応えがまるで違う。

 防御力も上がっているようで痛いのは痛いが耐えられないほどではない。


 だが、足りない。

 あと一撃、強力なものが必要だ。


(このままどっちかが倒れるまで殴り合いを続けるか?

 いやダメだ。いくらなんでも先にバテるのは俺だ。でも、それならどう……!)


 目に入ったのは最初にファイターに殴り飛ばされた時に落ちた短剣だ。


「あれなら!」


 拳が突き出されると同時、修也はしゃがみこむと足払いをした。

 突如のことで対応できず、ファイターが倒れたその隙に彼は短剣へと向かう。

 迷うことなく飛び込んむと受け身を取りながらそれを掴んだ。

 瞬間、脳裏にブワッと記録が浮かんだ。


(今、のは……)


 短剣を握り締めた瞬間に過ぎったまるで元から知っていたかのような情報。

 無理矢理脳に叩き込まれたそれに嫌悪に似た物を感じならその情報を元に、修也は短剣の刃と左腕、右脚の甲殻の内側を見つめる。

 

 そこにはよく見れば何かを差し込めそうなスリッドがあった。

 ちょうど短剣が入りそうな深さもあるようにも見える。


(これなら、いけるのか?)


 情報として頭にあるが実際に使ったことがないためその効果が実感としてない。

 しかし、悩む時間は彼にはなかった。


「紫原君!」


 修也を思考の海から引っ張り出したのはそんな凛の叫びにも似た呼びかけであった。


「ッ!?」


 彼が勢いよく振り向いた先にはいつのまにか立ち上がっていたファイターが拳を振り上げていたところだった。


(迷ってる暇なんてない!

 やれるかもしれないなら、今はそれに賭ける!)


 修也は腹を括るとファイターへとタックル。

 その反動で後ろに跳ぶと空中で右脚甲殻の内側に短剣を突き刺す。


 着地すると肩幅より少し広めに脚を広げて腰を落とした状態を維持、ゆっくりと息を吐きファイターを見据えながら右足に意識を向けた。


 そんな彼の意識に応えるようにアルカナにも変化が起こる。


 右脚の鎧のような甲殻が上下に開いたかと思うとその隙間から4枚、上の甲殻から4枚の計8枚のフィンが伸びた。

 1枚1枚は細いのだが長さは1メートル近くはある。


 続けて黄色の縁取りが赤へと色を変わる。

 修也も視界に映る自分の腕からそれがわかったが意識を取られることはない。


 様々な変化や使ったことがないものを使うという不安、初めて感じる高揚感。

 それらを押し殺すようにファイターを見据える修也。


(やってやる。これで、ここで決める)


 そんなわかりやすい変化をそのまま放置するわけもなく、ファイターは即座に地面を蹴り飛ばした。


 迫り来る攻撃への恐怖を組み伏せるように彼は叫ぶ。


「でぇぇ……やぁあッ!!」


 殴りかかろうとするそれに合わせて修也が放ったのは前蹴り。

 放たれた右脚の一撃はファイターの拳が彼を捉えるよりも早くその胸部に突き刺さった。


 瞬間、大型のトラックかなにかがぶつかったような轟音が鳴り響き、それに続いて強風が彼らを中心に巻き起こる。


「はぁ……はぁ……っ」


 それらが過ぎ去った後に残っていたのは胸部に大穴が開き、そのせいで上半身と下半身とで分かれたファイター。

 思い切り前へと突き出した右脚をゆっくりと下ろす修也の姿だった。

 彼の右脚の甲殻から伸びていた8枚のフィンは姿を消している。


「……すごい」


 戦闘を忘れてその光景を見ていた凛がポツリとそう溢す。

 散々苦戦していた存在をたった一撃、それもまだまだ余力があるように見える状態で消し飛ばしたのだ。


 ただ圧巻されるしかなかった。


 威力もそうだが凛は単純に見惚れてもいた。

 放たれる前は美女が愛でる花のようにも見え、放たれるその瞬間は獅子の(たてがみ)にも見えた一撃に。


 小さく呟くことしか彼女にはできなかった。


「桑田さん!」


「ッ!?」


 修也に名前を呼ばれたことで凛は意識を現実に戻し、何かに弾かれるようにバッと視線を向ける。


 その先にいたのはアーチャーだ。

 しかし、先ほどの修也の一撃を見てこれ以上の戦闘は難しいと感じたようでゆっくりと後ずさっていた。


「しまった!」


 凛が反射的に口から言葉を出したと同時にアーチャーは彼女たちから背を向けて逃走を始めた。


「俺が追、ッ!?」


 それを追いかけようとした修也だったが足が絡れて倒れ込んだ。


(なん、体が……重い!?)


 間違いなく先ほどファイターへと放った一撃が原因だろう。

 体の自由が完全になくなっているわけではないが機敏に動くということはしばらくできないのは間違いない。


 その事実に歯を食いしばる修也へと凛が声をかける。


「紫原君! 動ける!?」


「ど、どうにか! でも、いつもみたいには」


「それで十分! 約束は果たすわよ!」


 修也が「約束?」と首をかしげるのと同時に凛が動く。


 彼女が放ったのは両肩の車輪。

 しかしアーチャーはまるで後ろにも目があるかのように2つの車輪を何事もなくかわした。


 それに驚く様子もなく凛は右腕の装置から車輪を放つ。


 当然ながらそれも先ほどの車輪同様にアーチャーにかわされ、その横を通り抜ける。

 そう修也は予想したがそれは覆されることになった。


 そもそも巨大な車輪が向かったのはアーチャーではなく、何もない場所。

 弧を描いて凛の元へと戻るはずの車輪、その進行方向に飛び込んできたものがあった。

 先ほど凛が放った肩の車輪、その1つである。


「「ッ!!」」


 標的とされたアーチャーと立ち上がった修也が凛の狙いに気がついたのは同時だった。


 彼らの予想どおり巨大な車輪に弾かれた車輪は真っ直ぐにアーチャーへと向かう。


 視界には捉えていたが不意を突いた一撃。

 アーチャーは咄嗟に回避をしようとしたがわずかに間に合わず左脚が切り落とされた。


 切られた時の衝撃と脚を失ったことにより着地に失敗したそれはうつぶせに倒れた。


 まだ動いているあたりから逃げることは諦めていないのだろうが、その隙を与えるつもりは2人にはない。


「紫原君! 今よ!」


「ああッ!!」


 修也はかき集めたわずかな力を両足へと向けて一息に高く跳び上がる。


 空中で1回転しながら左腕の甲殻に短剣の刃を擦り付けて長剣に変化させると落下の勢いも合わせて刃を突き落とす。

 それはまるで地面と繫ぎ止める杭のようにアーチャーの頭部を貫いた。


 そうして先ほどまでの激しい音や衝撃が嘘だったかのように辺りに静寂が訪れた。

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