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アルカナイック・スーサイド  作者: 諸葛ナイト
第一章 戦いの始まり
12/39

意思

 地面にうつ伏せで倒れていた修也は痛みでふらつく視界に凛を捉えていた。

 今の彼の中にあるのは疑問と戸惑いだった。


 敵の強さにではない。急に敵わなくなった自分の力にでもない。

 ただ、未だ諦める意思が見えない凛の姿を見て彼はそう思った。


(なん、で──)


 怖いわけがない。


 たしかに攻撃を受けていたのは凛ではなく修也だ。

 しかし、誰かが目の前で殴り飛ばされている状況で平然とできるわけがない。

 ましてや立ち向かうなど考えられるわけがない。


 普通ならそのはずだ。


 だが、凛は未だに震えることもなく立っていた。

 迷いもなく、構えを解く様子がないことからも戦闘を続けるつもりなのだろう。


(──まだ戦えるんだ?)


 自ら命を断とうと、その直前まで足を進めていた者がまだ立っている。

 戦おうとしている。

 生きようとしている。


 その理由はどこにある?


 修也が頭の中だけで考えたところで答えなど見つかるわけがない。


「うっ、くっ……!」


 だが、そんなことは修也にとっては些細なことだ。


 彼にとって重要なのはまだ目の前で生きようとしている者がいる、まだ立っている者がいるという事実。


 ならば、まだ自分は倒れたままでいるわけにはいかない。

 こんなところでまだ死ぬ気もない自分が先に諦めるわけにはいかないのだ。


(まだ、動、ける!)


 地面に手を突きながらゆっくりと上半身を起こし、膝を付けて体を起こす。


 じわりと広がる痛みだがアルカナを纏う時の痛みに比べれば堪えて立ち上がることなどなんてことはない。


 ただ、恐怖があるのだ。殴られた痛みが頭の中で繰り返されている。

 また次もあれを受けるのかもしれないと考えると勝手に体に無駄な力が入り、動きが鈍ってしまうのだ。


「俺はまだ!」


 体の震えを押し込むように修也は震える膝に拳を振り下ろした。

 そのガツンと広がる痛み(鼓舞)もなんのそのと言った様子で体は未だにこの場から逃げる方法を探している。

 全てから逃げようと敵に、未だ戦う凛に背を向けようとしている。


(クソ! まだ俺だって戦えるだろ!)


 一歩後ずさろうとする足を無理矢理に横へとずらして肩幅に開いた。


「紫原君……? 無茶よ。あなたはダメージを受けてて、次は私が!」


「いや、俺はまだ戦える。桑田さんがまだ戦おうとしてるんだ。

 なら、諦めるわけにはいかない」


 そう、諦めるわけにはいかない。

 ここはまだ全てを投げ出す場所ではないのだ。


(逃げるな。戦え! 勝たなくていい、ただ、せめてここで死なないように!)


 しかし、体は未だに硬直し、動こうとしない。

 少し前までなら体が戦い方を知っているかのように行動が浮かんでいたが、今では逃走の一手しか取ろうとしない


「だから、どうした……」


 咄嗟に口が動いた。

 その言葉は今思考している自分への言葉か、逃げの一手を考えている体、どちらに向けているかはわからない。


 だが、不意に口から出たその言葉はきっかけとなった。


 形になれば、言葉となれば、意思となれば掴むのは簡単なこと。

 ただ手を伸ばせばいい。それを己の意思を言葉にして形にすればいい。


「これは……! 俺の、体だ! 俺の力だッ!!」


 瞬間、修也のアルカナの白い縁取りの色が黄色へと変化した。

 派手な音が響くことはなく、特別に光るわけでもなくただ静かに色が変わった。


「……紫原、君?」


 たったそれだけの変化であったのにもかかわらず、修也から放たれる気配は先程までとまるで違う。


 研いだばかりの刃のような鋭さが今の彼からは感じられ、それを凛は人間味が薄れたように感じた。


 もしかするとアルカナの影響で彼の中に予期せぬ変化が現れたのではないか、という不安が彼女の中でもたげる。


 だから凛は戸惑いの声音で修也を呼んだのだ。


 対する修也はその不安を吹き飛ばすように、今までと変わらないことを伝えるように答える。


「大丈夫。俺は戦える」


 修也の声音はいつもと同じだった。

 自分と同じ秘密を共有し、約1週間ほど戦場を共にし、つい先ほどまで遊んでいた彼のものだ。


 すっかりと息を潜めた不安。

 それに安心したように息を吐こうとしたがそれをぐっと抑え込む。

 まだ戦いは終わっていない。安心している暇はない。


 現にファイターとアーチャーは変わった空気を機敏に感じ取り、上がりかけた彼女たちの顔を押さえつけるために行動を起こそうとしている。


「……紫原君。先頭のやつどうにかできる?」


「どうにかやる。後ろにいるやつの足止めは?」


「やって見せるわ。そうね……せめて腕か足の1本は落とすわ」


「上等!」


 話が決まると同時、修也は足を踏み出した。

 それに合わせてファイターも地面を蹴り飛ばし、修也へと向かう。


(速い。けど──)


 もはや飛ぶと言っていい勢いで距離を詰めた修也とファイターは互いに拳を突き出した。

 彼らが放った一撃はぶつかり合うことなく横を通り過ぎ、それぞれが狙っていた胸部へと突き刺さる。


 ほんの少し前、まだ白縁の頃ならば一方的に修也の方が吹き飛んでいたのだろうが今は立っている。

 それどころかわずかだがファイターの方が姿勢が崩れた。


(痛い! めちゃくちゃに痛い! でも!!)


 その単語が脳にちらつくと同時に修也は右拳でファイターの頭部を殴り飛ばした。


(やれる!)


 追撃の一撃を受けてさらに後ずさったファイターへと修也はラッシュを叩き込む。


 獣のような荒々しさとは違い、子どもが癇癪を起こしたような雑な攻撃。


 しかし、今回はそれが功を制した。

 ファイターは修也が今まで戦ってきたソルジャーと比べて数段強いが、彼の雑であるがために予測のしづらいラッシュにカウンターを挟めるほどの強さはなかったのだ。


 防戦一方であるファイターを支援するべくアーチャーも弓を構えたがその射線にはファイターも入ってしまっている。

 そのため、移動しようとしたがその目前を2つの車輪が通り抜けた。


 ぎょろりと1つ目を向けたアーチャーの先にいるのは凛。


「あんたの相手は、私でしょ?」


 頭部の外骨格のせいでその表情は窺い知れないがそれでも笑っているとわかるほどの明るい声音だった。


 アーチャーが狙いを凛へと変えて弓矢を構え、矢を番えるとそれを放つ。


 攻撃に合わせて凛も右腕の車輪を射出した。


 車輪は矢を吹き飛ばし、そのまま直進しアーチャーへと向かう。

 だが直線的なその攻撃を回避するのはそれにとっては容易なことだ。


 右前方に飛び込み、受け身をとったアーチャー膝たちの状態で矢を3本放った。

 凛は両肩に戻ってきた車輪を再び発射、2本の矢を消し飛ばす間に前進。


 その間に右腕に戻ってきていた巨大な車輪の刃を駆動させると最後の矢を高く跳ぶことで回避。

 硬化しながら巨大な車輪をアーチャーへと振り下ろした。


 彼女の大振りな攻撃はかわされ、地面を切りつけえぐる。


(やっぱり紫原君みたく近寄って攻撃なんてできないか)


 回避されながら放たれた矢を巨大な車輪で防いだ凛は少し前に修也へと言った言葉をもう一度心の中で呟く。


(腕か足の1本、ね)


 放っていた車輪が両肩に戻る感触を感じながら凛は自分へと言い聞かせるように口を開いた。


「有言実行、させてもらうわよ!」


 修也とファイターの激しい戦闘に負けず劣らず、凛とアーチャーの戦闘もより苛烈となっていった。

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