不安
瑠衣が得意とする音楽ゲームはリズムに合わせてステップを踏んだりジャンプやダウンをするものだ。
簡単な曲でも2、3曲もやれば疲労を感じる程度には動きの激しいゲーム。
筐体を前にそんな説明を聞いた凛は興味深げにそのゲーム筐体を見つめる。
「へぇ〜、なかなかいい運動になりそうね」
「はい! ダイエットに良いって割と遊んでる人多いんですよ」
言いながら瑠衣は筐体に百円玉を入れようとしたところでピタリと動きを止めた。
桑田凛。
まだ出会って1時間程度だが、人が良いというのはなんとなく感じられた。
そして、修也との距離感が近いということも。
親友や恋仲とは少し違うような気がするが近いということは事実であり、その事実は修也に好意を寄せる瑠衣に焦燥感を与えるには十分だった。
だから凛が修也へと向ける感情を知りたい。
もし彼女も彼に想いを寄せるのならば強力なライバルになるからだ。
しかし、出会ってまだそう時間も経っていない相手にそれを聞くのは憚られる。
それでもこのモヤモヤを抱えたままゲームを始めたくないと思い、言葉を投げかけようかと揺れているときだった。
瑠衣の隣へと歩み寄った凛は安心させるような微笑みを浮かべて口を開いた。
「別に紫原君とは同じ図書委員の仕事をしてるってだけよ?」
心の中の疑問を見透かされたことに驚きながらも瑠衣は確認する。
「……本当ですか? これからその、そういう仲にとか?」
「これからはわからないわ。だから断言はできないけど──」
一瞬だけ凛は言葉を止めた。
その間に何に想いを馳せていたのかは当然、瑠衣にはわからない。
首をかしげる彼女へと凛は苦笑いのようなものを浮かべながら言葉を再開させる。
「──私は、たぶん彼と釣り合えないのよ」
「それって、どうい──」
「お、いたいた!」
「2人ともー、ジュース買ってきたぞ〜」
瑠衣の口から疑問が全て出る直前、修也と透の声が投げかけられた。
反射的に視線を2人へと向けると透の方は誇らしげに2つのジュースを掲げている。
彼らは早歩きで凛たちのところに歩み寄ると修也がその驚きを伝えるように明るい口調で言う。
「こいつ自販機のルーレットでジュース当てたんだよ。すごくないか?」
「へ〜、ああいうのって当たるのね」
「どうよ俺の引き!」
誇らしげに笑みを浮かべている透の手から凛はリンゴジュース、瑠衣はソーダを受け取る。
そんな光景を見ていた修也の頭にはあることが過った。
彼はその後に見せるであろう反応を思い描きながらからかうように透へと言葉を向ける。
「あ、でもその引きは明後日のピックアップまで持っとくべきだったな」
「……あー! そうじゃん!!」
運は自由に出し入れできるわけではないが、それでも使ってしまったような感覚を覚えてしまった透は頭を抱えた。
そんな彼の反応を笑いながら見ていた修也の視界にふと瑠衣が写る。
彼女の視線は透に慰めるような言葉を向ける凛へと向かっており、どこか心ここに在らずといった様子だ。
「桑田さんがどうかしたか?」
修也の声に意識を現実に戻した瑠衣は「はっ」とすると少し慌てた様子で首を横に振る。
「い、いや、なんでもないです。桑田さん、早速やってみましょう!」
「ええ! あ、でも最初は教えてね」
「もちろんです」
2人は揃ってゲーム筐体の方に近づくと身振り手振りを加えながら話し始めた。
そんな彼女たちを少し離れた場所から眺めていた修也がポツリとこぼす。
「瑠衣ちゃん、なんかあったのか?」
「ん? なんのことだよ」
「いや、なんかぼーっとしてたような?」
修也の言葉に透は瑠衣の姿を見つめる。
説明は終えたようで彼女は凛の隣で簡単な曲を選んでいた。
一見、楽しげに話してはいるがたしかにぎこちなさや繕っているような印象が端々から感じられる。
出会ってそう時間がないから、といえばたしかにそうではあるが「何か違う」と透も思った。
「んー? たしかに。
でも格ゲーの時とかはなんともなかったはずだよな?」
「ああ。でも喧嘩、とかじゃなさそうだよな」
剣呑な雰囲気はまるで感じない。
そもそも違和感を覚えるのは瑠衣からだけであるため可能性としてはかなり低いだろう。
かといって体の具合が悪そうにも見えない。
「んー、今のところは大丈夫っぽいし、帰ったら何があったか聞いてみるわ」
「俺も後で桑田さんに聞いてみるかな」
修也たちがその結論を出したところで2人の曲は終わった。
◇◇◇
その後も何曲か遊び、他にも数種類のゲームで遊んだ修也たちはゲームセンターから出て近くの繁華街にいた。
背伸びをした凛は満足気なことを示すように笑顔と明るい声音で口を開いた。
「ん〜! 初めてああいうところで遊んだけど結構楽しいもんね〜」
「満足してくれたならよかったよ」
「誘ってくれてありがとね。紫原君」
修也が「気にするな」とでも言うような笑顔を見た凛は振り返って透と瑠衣に続けて礼を口にする。
「2人もありがとう。突然だったのに」
「いいんだって。俺たちも楽しかったし、な?」
「うん。そうだね」
受け答えはいつもと同じなのだが、やはり何か違う。
そう感じた修也だったが、隠していることを今聞いてもすんなり話してくれるとも思えない。
今の自分にできることはないことに少し歯がゆく感じながらも修也は透へと問いかける。
「昼飯はどこで食う?」
「いつものとこって言いたいけど……桑田さんの舌に合うやつがなぁ」
「あ、私? 私のことは気にしないで……って言っても気にしちゃうわよね」
自分が原因で彼らに少し小洒落たような物を要求させるのは忍びない。
ここは自分から手頃な場所を言うべきだが、この辺りはさして詳しくない。
そんなこんなで頭を捻らせていた凛だったが、ある案が頭に浮かんだ。
「あ! ハンバーガー食べたい! ほら、CMでやってたあの大きいやつ!」
「え? あれでいいのか?」
「ええ。ああいうところって1人で行きにくくて」
照れ笑いを浮かべる凛を見て修也と透は顔を見合わせる。
彼らとしては具体的に何を食べたいかは定まっていないため、凛の案に乗るつもりだった。
「瑠衣はどこか行きたいとこあるか?」
「え、ううん。私もないよ」
「よっし、なら決まりだな。食ったらカラオケかボーリングやろうぜ」
「あんまりやらないようなやつもいいよな。ダーツとかさ」
そんな風に午後の予定をどうするか話し合いながらハンバーガーチェーン店に向かっている時、それは2人に現れる。
「「ッ!?」」
疑うようにそれを感じた修也と凛はチョーカーに指を沿わせた。
この軽く締め付けるような感覚。これは間違いなく近くにスカアハの兵がいることを示している。
(こんな時に……!)
あの黒い壁がぶつかるまで人に見えているのは確認済み。
そのため本来ならば今すぐにでも人通りの多い場所からどこかの路地裏にでも行ってアルカナを纏いたいところだが、ここには透と瑠衣がいる。
どう離れるべきか考え始めた修也が答えを出すよりも先に隣にいた凛が唐突に「あっ!」と声を上げた。
「猫!」
言うと同時、凛建物と建物の間の薄暗い場所へと凛は駆け出した。
急な行動に戸惑う3人だったが、修也は凛と同じ境遇の存在だ。
そのため彼女の唐突な行動の本当の理由を理解できた。
「俺追いかけるから! ちょっと待ってて」
透と瑠衣が止める間もなく言い残した修也は凛を追いかけて路地裏へと向かう。
そうして修也がたどり着いた場所には「待っていた」と言わんばかりに微笑む凛がいた。
「桑田さん。少し強引だったんじゃないか?」
「でも離れることはできたでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「ならよしってことで、ね?
本当に私、あのハンバーガー食べたいからさっさと片付けて戻るわよ」
「ああ、わかってる」
2人は軽く息を吐き、意識を戦闘に切り替えるためにもそれを口にする。
「「ダイン・スレイヴ!」」